No.520247

二重仮想

2012-12-19 02:39:36 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:313   閲覧ユーザー数:312

『バックライトに包まれ、壇上で凛として佇む絢爛たる女性。彼女はこの会場の中心そのものだ。彼女ためにこの場は用意され、彼女は自分の役目を全うする。アイドルに興味などない僕ですら、見とれてしまうほど彼女は綺麗で、優雅にそこに在った。取材のおまけとは言え、アイドルコンサートに参加する意味などあるのだろうか、と思ったものだったが、周りの雰囲気にも感化され自分の感情の高ぶりを抑えきれそうにない。』

 読み終えた文書の一部をバサッとテーブルの上に投げた。店員が持ってきてくれたコーヒーを冷めないうちに一口飲んでから喋り出す。

「で、これからこのアイドルはどうなるんだっけ?」

「山奥の池の中から水死体として発見されるって感じだね」

 私はハア、とげんなりとした様子を明らかに示すように溜息を吐いた。

「あんたこれ長編にするつもり……なんだっけ? 無理でしょ」

「う……そうも簡単に言い切るのかい」

 テーブル越しにいるいかにも人が良さそう……悪く言えば物を頼まれたら断れなさそうな容姿の男は私の言葉に精神的にダメージを負っているようだった。

「このアイドルコンサートのシーンでもそうだけど、もっと長ったらしくぐらいで長く書いたらどうなのよ。描写が雑っていうか、緻密ではないわね。読んでいて音とか熱気が伝わってくるぐらいに書けないの?」

「……相変わらず手厳しいね……」

 あははと苦笑いする彼に悪いとは思わず、私は言葉を紡いでいく。

「あと、どうもしっくり来ないのが主人公が淡白過ぎるのよ。これのどこがアイドルに夢中になってるって感じなわけ? 美しく書こうとしてるのが、伝わって来るには来るんだけど、共感が逆に出来ないって感じかしらね」

「ああ、なるほど!」

 彼はぽんと手を叩いて、改善点を認識したらしい。自分でも思っていたところの受け入れは早いのだが、それ以外のところはなかなかに受け入れてもらえない。まあ、自分の書いたものが素晴らしいとか、そういった思考は創作者なら誰でも持つものだから当然といえば当然なのだけど。私としては面倒だから無駄な矜持は消え去ってくれないだろうかと思うものなのだが。

「それにシーンが少なすぎるでしょ。嵩増しを続けたとしたら、ただの面白くない長編が出来上がるけど。そんなの本末転倒でしょ。もっと深い設定を作って長くしたら。それかこの設定だけで、掌編。または良くて短編ってところね」

「うーん。そうかあ……。新聞記者の語り手、なぜか自殺した人気アイドル……これを主軸の路線は大丈夫なのかな……?」

「無難と言えば無難な設定なんだけど、そのバックヤードっていうかオチが酷すぎるわね。こんなのミステリーでもなんでもないわよ」

「ええ、これって駄目なのかい」

「結局、事件でもなんでもなくて自殺なんでしょ?」

「そうだね」

「それは別にいいのよ。だけど、火葬されたくないからって自殺するってのはどうなのよ」

「アイドルだから、カソウ……仮想の扱いに耐えられなくなって、どうせなら水死体となって火葬を免れたい……みたいな?」

「ただのダジャレじゃない。しかもつまらないし、っていうか伝わらないんじゃないのこれ」

「火葬と仮想ってそんなに難しいかなあ」

「だから、理由が陳腐過ぎるっていうの。人が死んでるのにそんなギャグみたいな死に方をして読者が納得するかって話。ま、現に私は納得してないのよ。他の人なら受け入れてくれるかしらね、このオチ」

「……自信が無くなってきたよ」

 そう言ってテーブルの文書を見ている彼を受け流して、すっとコーヒーを飲んだ。

「ま、そう思ってるならいいんじゃない。自信満々で出して、ボロクソにされるよりはマシってもんでしょ」

「現在してもらっていることと何が違うのかなって気はするけどね……」

「ま、いいじゃないの。いいじゃないの。ある意味良い所もあったよ。うん」

「え、どこが?」

 声色が少し明るくなっている。単純なものだ……。

「仮想ってのはなんか面白いなあと思ってさ。アイドルが仮想ってのは、私から見たらテレビの中の存在みたいに届かないもの、だからでしょ?」

「うん、まあそうだね。そこらへんは僕も考えていて思い至ったよ」

「そうそう。だからさあ私達のこうやった会話も仮想と同じになるんじゃないかってね」

「うん……? つまりどういうことなんだい?」

 私はそっと指をさす。

「あそこの監視カメラから私達を移して観察すれば、それは仮想ってことよ。私達も晴れて想像された世界とほぼ同じ存在に早変わり。どう? 結構面白くない?」

 彼は理解に及ばなかったようで、うーん? と首を捻っていた。まあ気にしなくていいだろう。所詮、仮想といえば仮想なのだから。

 私はコーヒーを飲みつつ、監視カメラのレンズをどうでも良さげに見つめ続けた。

 


 
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