No.518629

魏エンドアフター~月詠~

かにぱんさん

(´・_・`)

2012-12-14 23:42:26 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:6896   閲覧ユーザー数:5054

一刀「斥候は?」

 

朱里「放ってはいるのですが、まだ帰ってきていません」

 

雛里「もうとっくに帰ってきていてもおかしくないと思うのですが……」

 

一刀「帰ってこれない理由があるって事か」

 

凪「でしょうね。

  この敵の反応の薄さ……というよりも、無反応と言えるこの状況も不気味に思えます」

 

一刀「うん……」

 

もうすぐ洛陽が見えてくるだろうという場所まで来ているというのに、董卓軍の反応が全くない。

本来ならもう少し状況を把握してから向かうんだろうけど、

我らが総大将の命令により、華麗に美しく前進せよ、との通達。

つまり、先行して様子を見てこいという事だ。

 

愛紗「ちっ、また我らを便利扱いに……」

 

愛紗が愚痴をこぼすのも仕方の無い事だ。

実際俺達は良いように利用されているのだから、誇り高い愛紗にはさぞかし屈辱だろう。

 

一刀「仕方ないよ。

   弱小勢力の悲哀、としか言いようがない。

   こればかりはどうしようもないね」

 

鈴々「早く強くなりたいのだ~……」

 

桃香「でも、私達の部隊だけ先行しても平気なのかな……」

 

朱里「董卓さんの部隊が見えないのでなんとも言えませんけど……」

 

能力も兵力も実力も浅い俺達に、皆を納得させられるほどの実績はない。

 

一刀「とにかく、細心の注意を払って先行しよう。

   桃香は後ろに下がって。

   愛紗、桃香の事頼むよ」

 

愛紗「……御意」

 

未だ納得が行かないという様子の愛紗。

しかしこれだけは譲れない。

外傷とは訳が違うのだから。

もし無理をして内蔵に骨が突き刺さりでもしたら取り返しのつかないことになる。

華佗が居ない今、怪我人に無理をさせるわけにはいかない。

 

桃香「うん……気をつけてね、皆」

 

部隊の再配置を行い、連合軍から先行して洛陽へ向かった。

何処から敵が来るかもわからない状況の中、

辺りを警戒しながら進むも、敵が姿を見せる気配はない。

その静けさが逆に不気味さを煽り、より警戒心を強くさせる。

そしてそのまま、何事も無く俺達は洛陽の前まで来た。

 

一刀「…………」

 

確かに何事もなく洛陽へたどり着いた。

しかしこの静けさ……静かすぎる状況はなんだろうか。

ここまで董卓軍の姿は見えなかった。

それどころか街には人がいる気配すら無い。

もし董卓が逃げたのだとしたら住民を避難させる必要はないはずだし、

住民を避難させたとするなら、董卓軍の兵達が何らかのアクションを起こすはずだ。

 

凪「隊長?」

 

一刀「……斥候はまだ帰ってきてないんだよね?」

 

雛里「はい……」

 

これだけで何らかの異常事態が起きていると考えていいのではないだろうか。

もう俺達が目の前まで来ているというのに、俺達の放った斥候が帰ってこないのだ。

もう一度斥候を、と言いたいところだけど、多分無駄に終わるだろう。

 

一刀「城の様子は?」

 

星「動き無し。

  薫風を受け止めて清々しくそびえ立つ城壁……詩が作れそうな程ですな」

 

普段と変わりなし、ってことか。

 

一刀「様子を見てくる。

   少数の部隊と、誰か身軽な……鈴々、一緒に来てくれる?」

 

鈴々「合点なのだ」

 

一刀「凪と星はこっちで何か起きたときの対処を頼む。

   愛紗が居ないってのは俺たちにとってかなりの痛手だからね」

 

星「は」

 

凪「了解しました」

 

一刀「それじゃあ行ってくる。

   行こう、鈴々」

 

鈴々「応なのだ。

   それじゃあ行ってきまーす!」

 

凪「隊長」

 

いざ偵察へ、というところで呼び止められる。

 

一刀「ん?どうした?」

 

凪「くれぐれも無茶はしないでください。

  何かあったらすぐにここへ戻ってきてください」

 

一刀「……うん、ありがと」

 

心配してくれる凪にお礼を言い、俺と鈴々は洛陽へ侵入した。

ぱっと見た感じでは、人が居ないという点を除けば異常は見られない。

 

一刀「よし、一番隊は街の東、二番隊は西を頼む。

   あと何人かは俺と鈴々について来てくれ」

 

「はっ」

 

集合する場所と時間を決め三部隊に別れ、それぞれが街へと散っていく。

不気味な程に静まり返った街は、そこだけ時間が止まってしまったかのような錯覚を覚える程だった。

 

鈴々「何だか嫌な感じがするのだ……」

 

一刀「ああ……どうなってるんだ」

 

都というだけあってやはり広い。

すぐには異変を見つけられず、どれくらい歩き回ったかわからない。

この不気味な雰囲気に加え、常に周りを警戒しながら長い時間調査していたので兵士達の顔にも疲れの色が見える。

この状況でこれ以上の調査は危険かもしれない。

 

一刀「一旦戻ろう。

   もうすぐ指定した時間になるだろうし、これ以上は───」

 

言葉を続けようとしたところで言葉が止まる。

彼らが指定した集合場所へ行くには街の中央付近にある十字路のようになっている場所を通らなければならない。

そして今、そこに差し掛かろうとしている時に、異変に気づいた。

 

一刀「ッ!?走れッ!!!」

 

鈴々「にゃ!?」

 

突然の大声に驚く鈴々と兵達。

 

一刀「いいから走れ!!囲まれてる!!

   このままじゃ退路を塞がれるぞ!!」

 

凪程正確ではないにしろ、一刀もおぼろげにだが相手の氣を感じ取る事ができる。

その大雑把な感覚ですらわかる程に、自分たちが囲まれ始めている。

彼の大声により凪達の待機する場所へ全員で走るも、間に合わずに囲まれてしまう。

 

鈴々「にゃ!?こいつら何なのだ!?」

 

その姿を目にした途端、自分の中で嫌な、ドロドロとした感情が湧き上がる。

忘れるはずもない特徴的なその装束。

明花を拐おうとし、星を殺そうとしたあの男の姿が嫌でも頭に浮かぶ。

 

一刀「──ッ!!」

 

鈴々「お兄ちゃん……?」

 

鈴々に声をかけられ我に帰る。

そうだ。

今は余計な事を考えている場合ではない。

この状況を打破しないとまずい。

鈴々なら大丈夫だとは思うが、引き連れている兵や他の場所を調査している兵たちが気になる。

身軽な装備をしているし、この兵数差で向かってこられれば間違いなく全滅させられる。

 

一刀「鈴々、一点突破で一気に駆け抜けるぞ」

 

鈴々「了解なのだ!

   皆、鈴々とお兄ちゃんに続くのだ!」

 

「はっ」

 

今まで見たこともない奇妙な敵ということに、兵達の声が強ばっているのがわかる。

ゾロゾロと餌に群がる蟻のように、四方から白装束が近づいてくる。

ある程度まで引き寄せたところで、

 

一刀「3つ数えたら一斉に特攻するぞ。

   いち、に」

 

しかしここから凪達のところまで一気に駆け抜けるには少し距離が遠い。

 

一刀「さん!!!」

 

鈴々「うりゃりゃりゃりゃりゃーーーーーー!!!」

 

合図と共に鈴々が特攻し、それに俺達が続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星「……遅いな」

 

凪「───!!」

 

皆が一刀達の帰りを待つなか、全神経を集中させ、

ずっと氣を感知していた凪が異変を感じ取った。

今まで一定のペースで探索を続けていた調査部隊が、どれも慌ただしく動いている。

それに凪が一番よく知っている氣……一刀のそれも突然速度を上げこちらに戻ってきている。

さらに、氣というにはあまりにも禍々しい、そして生者のものとは思えない程に薄い”何か”。

それらが何か異常事態が起きているという事を知らせた。

 

凪「緊急事態!!楽獅隊、我に続け!!

  洛陽へ突入する!!」

 

「はっ」

 

星「まて凪!一体何だ!」

 

凪「調査に出ている者達が何かに追われています!」

 

星「なっ……!趙雲隊も洛陽へ突入する!」

 

しかし厄介な事になった。

攻城戦ならばある程度兵を展開する場所を確保できたが、

街中とあってはそれほど多くの兵は連れて行けない。

それぞれの隊から精鋭を選りすぐり、二人は洛陽へ入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

張遼「……なんや?何か騒がしいで」

 

賈駆「さぁ……もうあれから日も経っているし、連合軍が来たのかもね」

 

董卓「…………」

 

霞が月達と合流してから今までの間、民家を転々とし、身を隠していた。

しかしそれももう長くは続かないだろう。

この数日間ろくに食事は摂れておらず、

詠は見るからに疲労困憊といった表情をしている。

月に至っては衰弱していると言ってもいいかもしれない。

ご丁寧に民家にある蓄えの殆どが白装束たちによって回収されている。

戦慣れしている霞と詠ならば耐えられるが、月には酷な状況だろう。

何度か街から出ようと試みたが、至るところに白装束や正気を失った兵が居て出るに出られなかった。

一度霞が強行突破を試みたものの、白装束が次から次へと湧き出るように押し寄せ、

致命傷を与えているにも関わらず、すぐには絶命せず、月達を危険に晒してしまった為断念した。

霞一人ならば抜け出せたが、そんな事は絶対にしなかった。

 

張遼「連合軍……利用出来るんとちゃうか?」

 

賈駆「あいつらの注意を連合軍に逸らして、ってこと?」

 

張遼「せや。連合軍の連中がここに来れば必ずあいつらとぶつかるはずやろ。

   そんで一瞬でもええ、注意が逸れて壁が薄くなったところをウチが一点突破する。

   連合軍の注意もあいつらに逸れるやろうからな。

   連合軍はともかく、あの薄気味悪い連中が何でウチらを狙ってるのかはわからん。

   せやけどもうこれしか無いで。

   ……限界やろ」

 

賈駆「…………」

 

何が、とは言わなかった。

言うまでもなく、辛そうな表情で壁にもたれ掛かっている月に目を向ける。

そう、このまま隠れていても月が衰弱していく一方だし、

もしそうでなくとも連合軍に見つかれば月は殺されてしまう。

 

張遼「ま、なんとかなるやろ」

 

からからと笑う。

霞なりに、月達が不安にならないように気を使ってくれているのだろう。

自分も疲れているはずなのに。

自分の命も危ないはずなのに。

 

賈駆「……ありがとね、霞」

 

張遼「なんや突然」

 

賈駆「……ううん、何でも無い。

   ……月、ごめんね、もう少し頑張れる?」

 

月「……(コク)」

 

詠の呼びかけに力なく答える。

 

張遼「心配せんでええよ。月、詠」

 

賈駆「え?」

 

張遼「ウチが絶対守ったるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴々「うりゃりゃりゃりゃりゃーーーーー!!!」

 

鈴々の突進に続き、凪達のもとまで走る。

しかし白装束の異常なまでの執念による耐久力と

その数により突進の勢いが徐々に失われていく。

 

鈴々「な、なんなのだこいつら!?

   やっつけてもやっつけてもすぐに起き上がってくるのだ!」

 

ついに鈴々の手が止まる。

いくら鈴々が猛者と言えど、全速力で走り抜けながら武器を振り回し続けるのは相当な負担が掛かる。

鈴々の手が止まるのを待っていたかのように勢いを増してこちらへ飛びかかってくる。

 

鈴々「このぉ~……!」

 

この場を切り抜けるには体力の温存なんてしていられない。

そう思い、全力で白装束の群れに突っ込もうとした瞬間、

鋭い音と共に白装束が凄まじい勢いで吹き飛んでいた。

まるで分厚い壁のように自分の突進を阻んでいた白装束の群れの中に、

一部分だけ何かが貫通したかのように空白ができた。

 

鈴々「にゃ!?」

 

隣で響いた突然の音に驚き振り向くと、刀を突き出す形で静止している一刀が目に入る。

 

一刀「全員走れッ!!!」

 

何が起きたのかわからないまま兵と共に全力で駆け抜ける。

一瞬の出来事に理解が追いつかなかったが、道が確保出来たことによりそこへ突進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の言うとおりに走り続けていると兵の一人が声を上げる。

 

「ち、張飛将軍!北郷様が!北郷様が着いてきていません!」

 

鈴々「にゃ!?」

 

兵の言葉に驚き、足を止め振り返る。

そこに居るはずの彼の姿は無く、そして襲いかかってきた白装束の姿も見えない。

 

鈴々「お兄ちゃん!?どこなのだ!?お兄ちゃん!!」

 

もう凪達のもとまで目と鼻の先というところまで来ているのに、彼の姿が無い。

想定外の出来事に鈴々は一瞬パニックに陥った。

守ると言った人が見当たらず、そして敵の姿も見えないということは、答えは一つしかない。

 

鈴々「お、お兄ちゃん一人で残ったのか……?」

 

鈴々の顔から血の気が引いた。

 

鈴々「すぐに戻るのだ!お兄ちゃんを助けるのだ!」

 

「お待ちください!この数で戻っても状況は変わりません!」

 

鈴々「じゃあお兄ちゃんを見捨てるのか!?」

 

「違います!前方に僅かですが砂塵が見えます。

 方向から見ておそらくお味方でしょう。

 まずは合流してから北郷様をお救いしましょう!

 あの方はお強い方です、簡単にやられたりはしません!」

 

鈴々「……わかったのだ」

 

兵の説得により、平静を取り戻す。

確かに今まで押されていたこの数で戻っても状況は更に悪化するだけだろう。

 

鈴々「そうと解ればすぐに合流するのだ!」

 

「はっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀「はぁ、はぁ……ッ!」

 

鈴々達を先に行かせてから走り回っていた。

俺がこうして殿のような事をしているのにはちゃんと訳がある。

白装束の狙いは明らかに俺だ。

その証拠に先に行かせた鈴々達を追わずに、

こうして俺一人をピンポイントで追ってきている。

ならば無理に一緒にいるよりもこうして俺が離れたほうが被害が少なく済む。

しばらく走り回ってから民家へ逃げ込んだ。

やはりこの街には既に住民は居ないらしく、

飛び込んだ民家に鍵は掛かっておらず、すんなりと侵入できた。

息を落ち着かせてから窓を覗き込む。

上手く撒いたらしく、自分を追跡しているような気配は感じられない。

 

一刀「はぁ~~~~~~……」

 

壁にもたれ掛かり、座り込む。

全力で走り続けていたせいで、結構脚に来ていた。

 

一刀「(どうするかなぁ……)」

 

両手で脚を揉みほぐしながらそんな呑気な風に考えながら、正面に目を向けた。

 

董卓「…………」

 

賈駆「…………」

 

張遼「…………」

 

一刀「…………」

 

三人と目が合う。

リアクションの無さが気まずさをより一層引き立てる。

 

一刀「……お、お邪魔します……?」

 

我ながら間抜けな言葉とそれに加え疑問形である。

 

董卓「は、はぁ」

 

賈駆「……あんた、誰?」

 

当然の質問である。

しかしそれ以前に気になるのがこの二人。

霞はもともと知っているから疑問には思わなかったが、

この二人はどこかで見たことがある。

 

一刀「うーん……?」

 

投げかけられた質問を放り投げ、記憶を辿る。

服装こそ違うが、確実に二人の顔には見覚えがあった。

どこだったか……そう、例えば宴会の席とかで──

 

一刀「あ」

 

思い出した。

そうだ、宴会だ。

前の世界での宴会で桃香達の給仕をしていた子達だ。

何故この時代にメイド服が?という強い疑問を感じたのを俺は覚えている。

ということは──

 

一刀「君が董卓?」

 

董卓「っ!?」

 

突然名前を言い当てられ、狼狽する。

 

賈駆「あんたもしかして連合軍……!?」

 

一刀「うんまぁ」

 

董卓をかばうように賈駆が身構える。

それとは対照的に、霞は落ち着いたまま俺に質問を投げかけた。

 

張遼「恋はどないした?」

 

一刀「呂布ならウチの陣営で寝てるよ。

   かなり身体を酷使してたからね。

   今は落ち着いてるから体力が回復すれば問題ない」

 

張遼「そか」

 

賈駆「は?いやいやいや」

 

まるで当たり前のように会話する二人に、思わず詠が突っ込む。

 

賈駆「こいつ連合軍なんでしょ!?

   何で普通に会話してるのよ!」

 

張遼「うーん……大丈夫やと思うで」

 

賈駆「何が!?」

 

張遼「あんた、ウチらの頸取りに来た訳やないんやろ?」

 

一刀「うん」

 

張遼「ほら」

 

賈駆「いやいやいやいやいや」

 

まるで呑気なやり取りに混乱する。

 

張遼「恋助けたのもこいつやし」

 

賈駆「はぁ?」

 

董卓「…………」

 

あまりにも訳がわからなかったのか、素っ頓狂な声を上げる。

 

張遼「ウチもあんたの事が気になってた。

   何で敵であるはずの恋を助けたのかってのも気になるし、

   ウチらの頸を取りに来たわけやないなら何をしに来たんやってのも気になる。

   それに何で月達の事が解ったんや?」

 

当然の疑問だった。

 

一刀「俺が君等を知ってるからだよ」

 

賈駆「え?」

 

張遼「知ってるって……そらこんだけ大事になってりゃ知ってて当然っちゅーか」

 

一刀「詳しい事は言えないけど……

   でもこの戦が君たちを貶める為に仕組まれたものだって事は知ってる」

 

賈駆「…………」

 

董卓「…………」

 

張遼「……それで?」

 

一刀「それにこの街を徘徊してる白装束。

   あれは多分、俺が狙いだから、俺が君たちを巻き込んだって事になる」

 

賈駆「でもあいつらはあたし達を狙ってきたのよ?

   あんたの事が狙いならあたし達が追われる意味が──」

 

一刀「あいつらが何を考えてるのかは俺にも解らない。

   只君たちを狙うことでより一層人を傷つけようとしてるんだろうね。

   あいつらは人の心をどこまでも踏みにじってあざ笑うようなクズどもだ」

 

恋が術に束縛されていた時に流れ込んできた感情を思い出し、怒りがこみ上げてくる。

明花のときだってそうだ。

母を殺し、更には明花自身にまで手を伸ばしてきた。

初めて、本気で人を殺したいと思う程に憎んだと思う。

 

一刀「呂布が操られているとき、どういう想いに縛られてたと思う?

   あいつらはあの子の孤独という弱みを握って弄んだんだ。

   自分は独りだ。自分には何もない。自分には誰も居ない。

   寂しいって泣いてた。

   悲しいって泣き叫んでた。

   あんな優しい子の心を、あのクズ共は弄んだんだ……ッ」

 

思わず語尾が強くなる。

まだあの子の直接流れ込んできた感情の強さが残ってる。

俺が現世に戻された時に抱いた孤独感なんて比べものにならない。

 

一刀「寸でのところで思い出してくれたから助かったけど。

   ねね……陳宮のおかげでね」

 

賈駆「…………」

 

董卓「…………」

 

一刀「だから、俺のせいで巻き込まれている君たちを放って置く訳にはいかない」

 

操られていた、なんて突拍子も無い話のせいか、二人が言葉を失う。

 

張遼「……ま、呂布ちんを助けてくれた事は確かやし、あんたを信用するわ」

 

賈駆「ち、ちょっと霞!?本気で言ってるの!?」

 

張遼「ウチらを知ってるっちゅーのも嘘やないやろ。

   考えてみぃ。

   ”恋”を知らん奴があの”呂布”を優しい子なんて言うかいな」

 

賈駆「そりゃそうだけど……」

 

張遼「でもあんたはええんか?

   こんな事、ウチらに手ぇ貸したりしたら裏切り者って言われんで」

 

一刀「……もう、戻れないかもな」

 

張遼「あんたはそれでええんか」

 

一刀「……もちろん罪悪感はある。

   劉備達とは盃も交わしてるし、

   俺を信頼してくれてる気持ちを裏切る事になってしまう。

   でも君たちが命を失うのも間違ってる。

   白装束の元凶が俺である分、尚更に」

 

董卓「……もう、いいです」

 

今まで静かに話を聞いていた董卓が、言葉を発する。

 

賈駆「月……?」

 

董卓「もう、いいよ。

   詠ちゃん、霞さん。ありがとう」

 

張遼「月?何言って……」

 

董卓「このままじゃ詠ちゃんも霞さんも、殺されちゃうよ。

   私のせいで、殺されちゃう」

 

張遼「せやからウチが守ったるって……」

 

董卓「うん、ありがとう。

   ……でもね、私にも今の状況がどれだけ絶望的かって事くらい、わかります」

 

賈駆「月……」

 

董卓「……私の頸を差し出せば、二人の事は助けてくれるかもしれないもの」

 

張遼「アホな事いいなや!!」

 

董卓「華雄さんも恋さんも音々ちゃんも、詠ちゃんも霞さんも、私のせいで危ない目に会ってる。

   皆にいっぱい迷惑をかけて、こうして私の大切な人達が危ない目に会うのは……辛いです」

 

自分のせいで、霞達の命までが奪われてしまうかもしれないという恐怖を感じているのか。

 

董卓「……ですから、連合軍のお方。

   私は私の頸を差し出します。

   だから詠ちゃん達は助けてあげてください」

 

小さな身体で正座をし、額を床につけ懇願する。

 

一刀「……幸せになりたいって、思わない?」

 

董卓「……?」

 

突然の話題の転換に戸惑う。

 

一刀「幸せってのは人によって違うんだろうけど、

   俺にとっての幸せは、好きな人が傍に居てくれて、笑って、泣いて、

   そういういろんな出来事を共有してさ、他にも仲間や街の人達と

   笑って過ごしていく事が俺にとっての幸せなんだよ」

 

董卓「はぁ……」

 

一刀「君は?幸せになりたくない?」

 

董卓「……私は、いっぱい迷惑を掛けちゃってるから……」

 

一刀「そりゃね。人間生きてれば誰かに迷惑を掛けるよ。

  当たり前だよ。

  俺だってたくさん迷惑を掛けてる。

  でも、君が迷惑を掛けた人ってのは、迷惑だって言って君を突っぱねた?

  少しでも嫌な素振りを見せた?」

 

董卓が迷惑を掛けたと言っている相手は大体想像がつく。

ここに居る二人に、恋や音々、華雄。

その誰もがこの子の事を迷惑だなんて微塵も思ったことはないだろう。

 

一刀「君が強制して命令してるの?違うよね。

   皆が君を助けたいと思ってるから助けてくれてるんだ。

   そんな人達に迷惑は掛けられないなんて変に遠慮するほうが悲しくなると思う。

   自分はそんなに頼りないのかって」

 

董卓「そ、そんな事……!」

 

一刀「なら君が考えるべきなのは迷惑を掛けない事じゃない。

   君がみんなに助けてもらった分をどうやって返していくかを考えるべきだ」

 

董卓「返して……」

 

一刀「なんでもいいよ。

   そうだな、例えば今ここで諦めないで生き延びれば、

   それだけで張遼や賈駆にとってはお返しになるんじゃないかな。

   君の居ない未来が嫌だから、こうして必死になってくれてるんだから、

   君が生きていてくれるだけで嬉しく感じてくれると思う。

   少なくとも、賈駆にとっての幸せは、君といる事だろうから」

 

董卓「…………」

 

一刀「君が言う迷惑ってやつを掛けたと思うなら、尚更諦めちゃダメだ。

   それこそこの二人に対する裏切りだよ」

 

董卓「…………」

 

賈駆「月……」

 

俯いてしまっている小さな頭に手を置く。

 

一刀「迷惑を掛けた分だけ、君がお返しをすればいいんだ。

   誰も一人でなんて生きてないんだから。な?」

 

董卓「……はい」

 

一刀「よし」

 

話は終わりと言うようにその場から立ち上がる。

 

張遼「……あんた、名は?」

 

一刀「北郷一刀」

 

張遼「北郷一刀、ね。

   んじゃ一刀って呼ばせてもらうわ」

 

一刀「了解」

 

董卓「あの……北郷、様」

 

一刀「一刀でいいよ。どうしたの?」

 

董卓「……ありがとうございます」

 

一刀「何が?」

 

董卓「いえ。

   ……あの、私の事、月って呼んでください」

 

賈駆「ちょ、月!?」

 

一刀「え、真名でしょ?いいの?」

 

董卓「はい、貴方になら、呼んで欲しいです」

 

張遼「んじゃウチの事も霞って呼んでや」

 

賈駆「霞!」

 

張遼「まぁええやん。

   ウチは一刀になら呼ばれてもええと思ったから預けたまでや」

 

賈駆「で、でも!」

 

董卓「詠ちゃん、詠ちゃんの真名も、ダメ?」

 

賈駆「ぬぇ?」

 

あまりにも動揺したのか、それとも予想だにしない要求だったのか、

何やら鳴き声のようなものを発した。

……俺も以前こういう反応をしたような気がする。

人間て突拍子もないことを言われると鳴き声を発するんだね。

え?鳴かない?

 

賈駆「じ、冗談でしょ?こいつは連合軍なのよ!?」

 

董卓「でも、私たちに手を貸してくれるって言ってるよ」

 

賈駆「それだって罠かもしれないじゃない!」

 

董卓「大丈夫だよ。一刀さんはそんな人じゃないよ」

 

賈駆「え!?もうすごい信頼が!?」

 

突っ込みを入れたあと、こちらに目をやり親の敵でも見るかのように睨んでくる。

 

賈駆「くっ……あたしの月を……!」

 

一刀「あの、うん。

   嫌なら嫌で無理に呼ぶつもりは……」

 

董卓「詠ちゃん……」

 

賈駆「う……そんな縋る様な目で見ないでよぅ……」

 

しばしの沈黙。

 

賈駆「ああもう!わかったわよ!

   真名を預ければいいんでしょ!?

   詠よ!呼べばいいじゃない!」

 

うわーすごい投げやり。

 

一刀「いや、うん、まぁ真名の件は追々ということで……」

 

迷惑を掛けた分だけ返す、か。

偉そうな事を言っておいて、俺は……どうなんだ。

だって、俺は帰らないといけないから。

いつ帰るともわからない俺が、お返しなんて出来るのだろうか。

有言非実行も甚だしい。

自己嫌悪すら抱く。

それでも今、この子が諦めずに生きると言ってくれた事は大きな事だ。

死ぬべきではないんだ。

絶対に。

 

大きく息を吸い込み、吐き出す。

 

一刀「行こう」

 

 


 
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