No.51402

妖の恋

gaussさん

 初めてぼくに彼女ができた。

 学園一の美女で最強の彼女だ。
 ぼくの弱々しいところに惹かれたらしいと信じている。

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2009-01-10 20:47:15 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:594   閲覧ユーザー数:568

 

 ぼくの前であやめさんはうつむいたままだった。

 なぜ呼び出されたのかわからないぼくは、しきりに頭をかいている。

 足がしびれて体重を反対側の足にかけた時、あやめさんはやっと顔を上げてくれた。

 ぼくと目があった。両手は胸の前に組まれたまま、あやめさんは不安げな表情で叫んだ。

「わ、わたしとつきあってください!」

 その言葉に、ぼくの頭はまっ白になった。

 日差しはいたいほどまぶしかった。

 あたりには鮮やかな緑が映え、のんびりとした風には新緑の香りが交じる。

 だから一層、ぼくにむけられた言葉が夢のような気がして仕方がなかった。

 夢の中にいるぼくはあやめさんの覗き込まれて、飛び上がった。

 さらに鼓動が増す。

 あやめさんの絹の様な髪の毛が風に遊ばれてふわりとなびいた。

 ふっくらとした綿のような唇がゆっくりと開く。

「……ごめんなさい。めいわく……だよね」

「え! イヤ、そんな……」

「お願い、はっきりいって。そのほうが……きもちの整理がしやすいから」

「あの、でも……」

「うなずくだけでもいいから……。ダメだよね? わたしのこと、きらいだよね?」

「と、突然……本当にぼくなの? ぼくでいいの?」

 目を伏せがちにうなずくあやめさん。ほのかに微笑んでいる顔にぼくの緊張した心が溶けていくようだった。

「ケイイチさんの優しいところがすきなの」

 名前を呼ばれてぼくはさらに混乱する。うれしいのにすなおに納得できなかった。

 

 あやめさんは美少女の姿をしているが、中身は蛇の妖怪だ。

 見た目どおりの学園一の美女。能力も実力も最強の持ち主だった。

 一方のぼくはぱっとしない妖怪の男だ。

 中肉中背。無個性といわれる姿。今までつきあった彼女なんていない。

 肉食でもあるあやめさんは、ぼくの無個性で、女々しいところに惹かれたらしい。

 それに本来、妖怪同士のカップルは意外な組み合わせが多いのも事実だった。

 だからこそ世の中には色んな好みがあるのだとぼくは思った。

 自分の中で納得した瞬間、あやめさんがぼくを見ているのに気がついた。

 じわじわと彼女ができるという喜びでぼくの心は満たされていく。

「あ、ぼくでよければよろこんで……」

 そういった途端、あやめさんはぼくに抱きついてきた。

 思わぬ展開にぼくの体はよろめき、そのまま後ろに倒れてしまった。

 下が芝生でよかったと思う。

 背中と腰を打ったがあやめさんのおかげで痛みを忘れることが出来た。

 予想通りの柔らかな感触とシャンプーの香りがぼくの心を貫き、射止める。

 これがきっかけでぼくらはつきあうことになったのだ。

 

 

 それから三日。

 ぼくらは順調にお付き合いしている。 

 ぼくは昼食を終え、のんびり草むらの上で寝ころんだ。

 草の葉が肌に触れてくすぐったい。

 今日もぼくのそばにはあやめさんのやわらかな笑顔。

 眼下には学園の象徴でもある五重塔が建ち並び、お香の香りがあたりを包む。

 ここ妖怪学園では実践的な教育が行われており無能の者は排除されてしまう。

 実力がすべての世界なのだ。 

「また五級落選か……ホントにぼくって才能無いな……」 

「そんなこと無いよ、ケイイチさんってすごいと思うな。

 的をあれだけ外すのも才能だし、剣道も……途中で剣を奪われて点数にならなかったけど、構えていた姿はかっこ良かったわ!」

「ありがとう、あやめさん。……でも褒めてないよ、それ」

 クラスのほぼ全員が受かっている五級試験に、ぼくはまた落ちた。

 あやめさんにいい所を見せたかったのに、結果には結びつかない無能な男だった。

 ちなみにあやめさんは最上級の特級保持者で仕事を持っている。

 だけど今は、ぼくに気を遣って一緒に学園に来てくれているのだ。

「学力テストも最下位だった……」

「私、ケイイチさんの答えこそが正解のような気がしたわ。だっていい答えだったもん」

「こないだも試験器具を全部割ってしまったし……」

「あれはもう古かったから……もろくなっていたのよ」

 いつでもあやめさんはぼくの味方になってくれる。

 相思相愛。

 ぼくはこの世で一番の幸せ者だ。

「あやめさんだけだよ、こんなぼくを見捨てないのは」

「私はケイイチさんの全部が好き、大好き」

 こぼれ落ちそうなほど輝くあやめさんの笑顔。

 ぼくはうっとりしながらも、照れて俯く。

「ねぇ……ケイイチさん。私たちつきあって三日になるじゃない?」

「え? あぁ、そうだね」

「そろそろもっと仲良くなってもいいんじゃないかなって……」

 視線をそらしながらあやめさんはつぶやいた。

 今だって十分仲良しだと思っていたぼくはなぜ? と思った。

「もっと大人のおつきあいがしたいなって思ったの」

 とあやめさんは顔を赤らめながらつぶやいたのだ。

 大人のつきあい…。それってもっと深いつきあいってこと?

 意味が理解した途端、ぼくは全身で飛び上がった。

 突然の申し出に狼狽えるぼくを無視して、あやめさんはぼくとの距離をゆっくりと縮める。

 気が付けばぼくの顔の前に、あやめさんの白雪のような顔があった。

 急加速する鼓動と体温。

 全身から汗が噴き出し小刻みに震えている。

 でもいくら能なしのぼくでも、ここは決めるぞと覚悟を決めた。

 

 そう、その時。

 

「また試験に落ちたのか、あきれるほどの才能の無さだなぁ」

 背後から聞き覚えのある声に叩かれ、一瞬でぼくの体は強ばった。

「あやめ、いつまでふざけているつもりだ? おまえ、仕事はどうするんだ?」

「邪魔よ、あっちに行って!」

 あやめさんは声の主、沙頭(しゃず)さんの顔を見ずに叫ぶ。

 狐の妖怪でもある沙頭さんは一重の美青年で背も高い。

 そして一級保持者でもあり、悔しいぐらいにもてる奴だった。

「こいつに本気で惚れてるのか? からくり人形の方がまだまともだぞ?」

 あやめさんは返事をすることなくぼくの腕を掴むと、立ち去ろうとした。

 賢明な判断だ。

 ぼくじゃ歯が立つどころか、声をかけることすら怖くてできそうもない。

 だけど沙頭はゆっくりとした動作で逃げ道を塞いだのだ。

 こわばったぼくの体は、歩くことすらできなくなってしまった。

「オレが遊びを終わらしてやろうか?」

 一触即発な妖気に包まれる。

 それは鈍感なぼくでさえ震え上がるほどの殺気だった。

「あ、あやめさん、沙頭さんも心配していてるわけですから今日はこの辺で……」

「私、ケイイチさんの側にいたいの……」

 甘えた声でぼくを誘惑するかの様にささやく。

 心なしか沙頭さんの殺気が強くなった気がした時、空気を切る音が響いた。

 

 一瞬の出来事だった。

 沙頭さんから伸びた剣は、ぼくの喉元であやめさんの剣によって止められている。

「安心しな、すぐ終わらせてやるから」

 沙頭さんが薄気味悪い顔を浮かべた途端、あやめさんの目の色が真っ黒になった。

 

 

 白目も全部、全てを吸い込みそうな漆黒の黒。

 

 

 その瞬間あやめさんの顔にはうろこがもり上がり、本来の姿を現した。

 ぼくはその姿を見て、改めてあやめさんが蛇人間だったことを思い出した。

「いちいちうるせー奴だナァ!!!!」

 どす黒く腹の底に響くような重低音。

 その声は間違いなく、横にいる蛇人間から聞こえてきた。

「オレの獲物に手を出すとは、覚悟できてんだろうなァ!」

 言い終わるかどうかの間であやめさんは相手に飛びかかり切り裂く。

 一級と特級の実力の差は歴然だ。

 悲鳴を上げる事なく、沙頭さんの体は分割されて辺りに散らばった。

 あっという間に静寂が辺りを包み込んだ。

 ぼくの体はがたがたと音を立てて震えている。

 初めてあやめさんの本性を見て、ぼくと付き合う理由がわかった気がしたからだ。

 

 ぼくに告白した理由……。

 ぼくを獲物と呼んだ理由……。

 

 まさか……イヤ違う。

 あやめさんはぼくのことが好きなんだ。

 母性本能をくすぐられる……たぶんそんな理由で。 

 あやめさんは元の人間の姿に戻るとぼくを優しく抱きしめた。

「ごめんね、つい本音が出ちゃって。びっくりした?」

 その言葉でさらに恐怖が増す。

「ほ、……本音? どういうこと? ……ぼくのこと、好きなんだよね?」

 最悪な状況ばかりが頭に浮かび、僕の体温はどんどん下がっていく。

 すがるようにあやめさんを見つめてもやわらかな笑顔は無い。

 返ってくるのは冷たく刺し殺すかのような微笑み。

 優しかったあやめさんの手の感触が、急に吐き気がするほどの嫌悪感に変わっていく。

 逃げたいのに逃げられない。

 まるで見えない糸に絡まってるかのようにぼくは動けなかった。

「ケイイチってね、とてもおいしい匂いがするの」

「ぼくが?!」

「そう、麻薬みたいに虜になっちゃう匂い」

「そ、そうなんだ。あはは、知らなかったなぁ」

 ぼくは引きつりながらも懸命に笑って見せた。

 この殺気だった雰囲気を消すために。

 

 でもぼくは無能だ。

 いつだってそれが結果には結びつかない。

 

「だからケイイチを食べたらさぞかし美味しいんだろうなって、いつも思ってた。

 楽しみは取っておきたいでしょ? 

 せっかくの上等な獲物をあっというまに食べてしまうのはつまらない。

 でも、もう限界ね」

 

 ぼくの目に映ったのは闇に繋がる空洞のような目。

 

 それはあやめさんのもう一つの顔。

 ぼくの恐怖は頂点に達する。

「お願い! 食べないで!」

 空洞はぼくの歪む顔を嬉しそうに眺めている。

 ゆっくりとあやめさんは口を開けた。

 

「ぼくはこのまま君と一緒にいたいんだ! 君が大好きだから!」

 

 必死の願いは届くことはない。

 それはあやめさんがあっという間にぼくを頭から食べてしまったから。

 ぼくの体は一瞬でグニャグニャになった。

 

 

 

 

 

 しばらくしてぼくは目を覚ました。蛇人間として。

「あやめさん、好きだったのに……」

 僕は寄生妖怪。相手の脳に進入してすべてを支配する。


 
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