No.512424

魏エンドアフター~絆~

かにぱんさん

(゜_゜>)

2012-11-26 15:05:11 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:9671   閲覧ユーザー数:6853

目を瞑り、来るであろう衝撃を待った。

しかし、おかしな事にいつまでも自分の命を絶つであろう衝撃が来る気配が無い。

私の身体は壁に叩きつけられるでもなく、その場で叩き潰されるでもなく。

自分を衝撃から守ろうと、優しい温もりを与えてくれる、

崩れ落ちる身体を抱きかかえられる感覚を覚えた。

ゆっくりと目を開けると、

 

そこには──

 

 

 

 

 

最後に想う、最愛の人が居た

 

 

 

 

 

星「こ……れは……夢……なの……でしょうか……」

 

うまく言葉を発することができず、途切れ途切れになる

彼の大きな手が頬に添えられ、優しい温もりを分けてくれる

 

星「夢……だとした……ら……

  こ、これほど……嬉しく……残酷な……事……は無い……」

 

自分が死を覚悟し、全てを受け入れ、死んだ直後にこんな夢を見せるのだから

優しい微笑みを見せてくれる彼が、私の耳元で呟く

 

一刀「星。まだ君の告白に返事をしていなかったな」

 

ゆっくりと髪を撫でられる。

不思議と気分が楽になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀「俺は君が好きだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

耳を疑った。

これが神の見せている夢ならば、なんて罰を与えるのだろう

死んでいるのに、生きたいと思わせるのだから。

 

星「そ……んな事を……言われて……は……

  まだ……生きたいと……思ってしまうでは……ありませんか……」

 

彼の優しい温もりに包まれた安堵感からか、次々と涙がこぼれる。

 

星「貴方と……共に歩みたいと……思って……しまうではありませんか……」

 

涙で目の前が歪み、彼の優しい顔がぼやけてしまう。

 

星「貴方に……愛されたいと……思ってしまうでは……ありませんか……!」

 

堪えきれずに涙が零れる。

すると、力の抜けた私の手を握ってくれた。

 

一刀「あぁ、これからも一緒に居よう。

   共に歩もう。

   だから今はゆっくり休んでくれ」

 

彼の手が頬に添えられ、優しい温もりを与えてくれる。

 

一刀「愛してる。

   必ず君を助けてみせる。

   必ずだ」

 

彼の優しい笑顔が目に映り、私の意識は暗闇に包まれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の愛する者をこんなにボロボロになるまで痛めつけた。

彼女の命を絶とうとしていた。

こんなにボロボロになるまで、星はあの子の為に闘ってくれていた。

ここにたどり着く途中、明花を見つけた

 

今にも泣きそうになっているのを必死で堪え、

誰かに助けを求めるために一人で走り回っていた。

星が一人で残っていることを明花に聞き、ここにたどり着いた。

 

この子は──星は明花の為に命をかけて戦ってくれた。

あの子の幸せの為に、自分の全てを投げ捨てて。

俺は心の底から星を愛していると言える。

ずっと過ごしていく内にこの子の真っ直ぐな、とても綺麗な信念を見た。

自分の愛する者のためならその命すら捨てるであろうと思った。

そして今、彼女は明花の為に、その命の灯火が消えかかっている

……こんなに優しい子が死んでいいはずが無い。

必ず助ける。

必ず生きて──星と共に歩んでいくんだ。

 

 

 

一刀「衛生兵、すぐに応急手当を。

   それとすぐ近くの村に華陀という医者が負傷兵を見ている

   すぐにそこへ連れて行ってくれ。

   必ず──助けてくれ……!」

 

「……はっ!必ずや趙雲様をお助けします!必ず!!」

 

そう言うと数人が星を連れ、王間を後にする

 

 

 

 

兀突骨「……なんだ?」

 

男は未だに自分が何故吹き飛んでいるのか理解できていなかった

止めを刺そうと拳を振りかぶったのは覚えてる、しかしその先だ

何かが横を通り過ぎたと同時にものすごい衝撃を受け弾き飛ばされた。

 

兀突骨「……いてぇなぁ」

 

久しく感じていなかった痛み。

それは男の狂気をさらに膨れ上がらせた。

起き上がり、突如現れた彼にゆっくりと歩み寄る

 

兀突骨「おい……人を吹き飛ばしておいて無視はないだろう」

 

しかし彼は向こうを向いたまま動かない

 

 

兀突骨「……こっち向いてくれよぉ!」

両手を合わせ、思い切り頭上へ振りかぶり、振り下ろそうとした。

 

しかし

 

振り下ろそうと力を込めた瞬間、顔面をつかまれ思い切り後頭部を地面に叩きつけられた。

 

兀突骨「ぬぅ……!」

 

すぐに起き上がり間合いを抜ける。

彼から経験した事の無いものを感じる。

 

兀突骨「ははぁ……ぁああ!」

 

思い切り地面を蹴り、間合いを詰め、殴り飛ばそうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兀突骨「ッッッッ!?」

 

思わず踏みとどまる。

体中の毛が逆立つような、全身の皮膚が痙攣を起こしているかのような。

彼が放つ何かは男の狂気を遥かに上回り、男の感じた事の無い感情

 

 

 

 

男の狂気は、彼の怒りに飲み込まれ恐怖となった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男が恐怖に身を強張らせ、一瞬の隙が生じた

 

身体の芯から破壊されているかのような衝撃を受けた。

確かに間合いの外に居たはずだった。

男が混乱する、さらに目の前に双振りの赤い刃が現れる。

 

兀突骨「ッッ!!??」

 

訳が分からない。

理解できるのは自分の身体が吹き飛ばされているということだけ。

思い切り壁に激突し、その場で崩れる。

全身に絡みつくような、何かに押さえつけられてるかのような感覚を覚える。

 

恐怖は男にとって未知のものだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなものでは済まさない。

この男は俺の大切な人を傷つけた。

許さない。

絶対に……!絶対に許さないッ!!

 

頭の深層からとてつもなく熱いものがこみ上げてくる

それと同時に胸を掻き毟られるような感覚、全身の血が沸騰しているかのような感覚を覚えた。

その経験した事の無い感覚が身体の全てを覆いつくす。

 

憎い……憎い……!

俺の大切な人を傷つけたこの男が──何よりも憎いッ!

 

一刀「──ッ!!」

 

自分でも訳が分からないほどに全身が沸騰していく、意識が覚醒する。

それとは裏腹に思考回路が絶たれていく。

この男を殺すという、只一点を除いて。

氣が体内で暴走していくのが分かる。

鍛錬の時、一度だけ凪に言われた事がある

 

 

氣の暴走は命に直結する

 

 

つまりは自分の命を削りだしているということなのだろう。

しかし今はそんなことはどうでもよかった

この目の前に居る”敵”を。

俺の大切な人を傷つけたこの男を……!

 

 

 

 

 

「────────────────────────────────────────────────!!!」

 

 

 

 

耳を劈くような雄叫びが響き渡る。

冷静に、冷静になろうとするもそれは徒労に終わる。

彼が明確に”殺意”を向けたのはこれが初めてかもしれない。

怒気は殺気へと変わり、やがて狂気へと化し鬼となった。

理性の箍が外れたかのように男に飛び掛る。

形も何もあったものではない。

只我武者羅に飛び掛る。

 

修羅を思わせるその怒りに男は一瞬慄くものの、すぐに冷静さを取り戻し

 

兀突骨「なめるなぁぁぁぁ!!!!」

 

拳を振りかぶり、彼の身体を殴りつける。

その怪力に弾き飛ばされる、

 

しかし──

 

男は理解できなかった。

なぜなら今弾き飛ばしたはずの彼が、

既に目の前で得物を振りかぶり、男の命を断とうとしている。

 

兀突骨「この──!雑魚めがッ!」

 

またも弾きとばす。

渾身の力を込め手加減など一切ない。

兵を何百と潰した怪力を振るった──はず。

 

 

 

 

兀突骨(なぜ──目の前にいるんだ?)

 

 

 

 

腕を振り切り、戻そうとする時には既に美しい紅桜が映えていた

その桜の花びらひとつひとつが刃となり吹き荒れる。

それはまさに絶景と呼ぶに相応しかった

 

兀突骨自慢の鋼鉄の鎧はいとも容易く砕けてしまう。

いくらあれだけの攻撃を受けたところで、男の纏っている鋼鉄の鎧を砕く事などありえない。

 

兀突骨「ぬぅ──!あの小娘がぁぁぁぁッ!!」

 

星の猛攻は男の身体には届いていなかったものの、確実に鎧の耐久力を奪っていった

そしてそこへ一刀による氣を放ちながらの斬撃により鋼鉄は砕かれた。

 

予想だにしていなかった出来事に男が気を奪われた。

それを見逃さずに、両脇に刀を構え──

 

目の前が紅く光ったと同時に一閃により放たれた氣の刃が襲い掛かる。

放った動作と同時に間合いを詰め、踊り狂うかのように二刀を振るう。

一刀の最大の武器である速度を活かし、猛襲を掛ける。

怒りに任せた彼の猛襲に戦慄を覚える。

一瞬でも気を抜けば間違いなく命を絶つ刃。

男の腕を切り上げ懐に隙を作り、そこへ踏み込みと同時に氣を溜めた掌低を放つ

ドズンッ!と鈍い音を立て、男の身体がくの字に曲がる。

刀の柄で顔面をかち上げ腹部に氣を溜めた中段蹴り、身体を回転させ二刀を叩きつける。

 

そこへさらに追い討ちをかけようとするも──

 

兀突骨「ぬぁあああああああ!!!!」

 

男の拳から放たれた氣弾によってそれを阻止され、吹き飛ばされる。

しかし自分の体へのダメージなど知ったことでは無いと言うように

間髪入れずに起き上がり、間合いを詰め男に斬りかかる。

思い切り地面を蹴り空中からの振り下ろし

そのまま横へ薙ぎ、回転し逆胴を放つ。

その周りには真紅の氣が吹き荒れる。

 

兀突骨「ぐぉぉ……!!ぬぅッ!!」

 

吹き荒れた氣はまるで暴風のように男に襲い掛かり、その身体を容赦なく切り刻んでいく。

足で氣を暴発させ全力で横を通り過ぎる瞬間に抜き打ち。

 

兀突骨「ぐぁあ!?」

 

脇腹を切裂かれよろけながら後退する、しかしその傷は致命傷には為り得ていなかった。

 

兀突骨「その殺意……悪魔のようだな。

    あぁ、何が天の御使いだ。

    お前は悪魔だ」

 

不意に男がくっくと喉を鳴らし笑う

 

兀突骨「お前も俺と同類だよ、狂っている。心の底から狂っている」

 

そのあまりにも強い「守る」という想い。

それは確かに狂っているのかもしれない

しかしそれは彼が今までに受けてきた彼女達への恩。

そして彼女達に注いでいる愛情。

彼女達が自分に注いでくれる愛情を理解しているからこその狂おしい想い。

どこまでも真っ直ぐで、どこまでも強い──「絆」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凪「春蘭様!詩優!ご無事ですか!」

 

春蘭「凪!!なぜお前がここにいるんだ!!援軍へ行ったのではなかったのか!?」

 

詩優「そうです!!それに私達が放った伝令を聞いてすぐに引き返してきたのだとしても早すぎます!!」

 

そう、彼女達が伝令を放ってから半日程しか経っていない。

一刀達が進軍したのは数日前だったはず。

 

凪「はい、道中に隊長が嫌な予感がする、何か違和感を感じると言ったのです

  なので伝令が届く前から自分達はこちらに引き返してきていました」

 

春蘭「はぁ?」

 

気の抜けた声を出してしまう。

それはそうだろう、それだけで軍を引き返して来たというのだから

 

詩優「それでは蜀への援軍はどうしたのですか?」

 

凪「戻ってきたのは私と北郷隊の一部だけだ。

  流石に全軍が引き返すなどという事はできなかった」

 

たしかに全軍が引き返してきたというには数が圧倒的に少ない、それに機動力がありすぎる

 

凪「隊長のあの時の表情を見れば、これが只の気まぐれだなんて誰も思わないはずだ」

 

そう、いくら一刀の言う事とはいえそんな勝手な真似が許されるはずはなかった

しかし彼の懸命な説得、そしてその表情を見て桂花が兵を送った

 

凪「何が目的かは知らないが明花を狙っているというのであれば黙って見過ごすわけにはいかない」

 

そう言う凪の表情には明らかな怒りが見える。

同時に先程の氣弾の規模を上回る氣膜が手足を覆う。

 

凪「我々が前衛を崩します、そこから突破口を見つけてください」

 

詩優「あっ!まっ──!」

 

凪「ハァァァァァァーーーーーーー!!!」

 

両拳両脚から流れるように放たれる氣弾の嵐が白装束の前衛に直撃する

そして彼女が引き連れてきた北郷隊の精鋭がそこへなだれ込む

 

凪「なるべく新兵を一人にするな!!互いを補え!!死ねば残されたものが悲しむ!!

  そんな事は絶対に許さん!!これは北郷隊の信条であり隊長の願いだ!!」

 

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

春蘭「今が好機!!いくぞぉぉぉぉーーー!!」

 

雄叫びを上げ、春蘭が単騎で特攻していく

 

詩優「ぁあ!?ちょ、もう!!皆さん!横撃をかけます!続いてください!!」

 

 

 

 

 

 

 

兀突骨「ぬぅぁぁあああああああああ!!!!!」

 

思い切り振りかぶり氣を溜めた拳を振り下ろす

 

一刀「オオオッ!!」

 

それに合わせ刀身に氣を帯びた一撃を浴びせる

ふたつの氣が重なり合い、二人を中心とした衝撃が王間に響く。

 

二人の猛攻が入り乱れる、最小限の動きで最大限の傷を負わせようとする。

それに従い段々と動きが加速していく、自身の限界を無視した──言わば諸刃の剣。

兀突骨による破壊を目的とした荒い氣に対し、相手の力に逆らわずそれを逆手に取り

自分の力を流れに乗せぶつける一刀の氣。

特性が異なる互いの氣は相手を飲み込まんと猛威を振るう

 

兀突骨「がぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

力では及ばないものの速度で測れば兀突骨は一刀の比ではない。

彼の一挙手一投足から舞い上がる氣は意思を持つかのように男に襲い掛かる。

しかしそれだけの氣を放出していれば当然身体に負荷が掛かる事になる。

それに加え体内での氣の暴走。

それは一刀が持ちうる氣の量を大幅に超えていた。

身体の至る所に痛みが走る、内側から身体が破壊されているかのような感覚に襲われる。

 

一刀「ぅぉ……ぉ……ぉぉ──ッ!!!」

 

しかしその激痛さえも彼を止める理由にはならなかった

 

一刀「────────ッ!!!」

 

その痛みを打ち消すかの如く雄たけびを上げる。

今、彼にとって自身に掛かる苦痛などは些細な事。

命を削りだしているという事ももはやどうでもいい。

只々目の前の敵を討ち滅ぼす。

その一点にしか思考回路が回らない。

彼にとって、自分の大切な人を傷つけられるという事はどんな事よりも耐え難い事だった。

 

頭上から振り下ろされる双振りの刀、そのまま回転し上段への回し蹴り

二刀を平行に構え、回転の遠心力を加え叩き付ける

破壊力に特化している為振り切る速度は速いものの一刀からすればそれは只のテレフォンパンチとなる。

兀突骨にとって彼の速度は脅威。

いくら自身の力が一撃必殺だったとしても当たらなければ意味がない。

ましてや先ほど彼は自分の一撃を受けているにも関わらず一瞬にして目の前に戻ってきた。

それは男に更なる恐怖を植えつけるには十分過ぎる理由になった。

男は自身が経験した事のないものに恐怖を抱いた。

 

兀突骨「うぉおおおおおおおお!!!!!!」

 

男はその恐怖を振り払うかのように、我武者羅に腕を振り回す

その我武者羅に振るわれた拳から多量の氣弾が放出し、あたりを破壊していく

桜炎では折れてしまいかねない驚異的な腕力、それを摩天楼を軸にし桜炎を叩きつけ抑える。

 

摩天楼を地面に突き刺しそのまま振り切る。

地面との摩擦で生まれる重さにより更に速度を上げ

摩天楼から氣の斬撃を放ち、桜炎からは燃え盛る炎のように桜が吹き荒れる。

 

 

 

 

ビキビキッ!

バツン!!

 

一刀「ッ……!!ごふッ──!!」

 

 

 

桜が燃え盛ると同時に一刀の身体に異変が起きた。

咽返るような吐き気、身体の重さ。

男の攻撃を受け、自身の氣の絶対量を超え、尚且つ氣を放出し続けた結果。

 

 

一刀「ぐッ……ぅぁッ……!!」

 

 

耐え切れなくなり地面に両手をつく。

彼の口から大量の赤い液体が溢れた。

 

一刀「はっ、はっ……もう少し……もう少し……くそ……!!」

 

夥しい量の吐血、彼の意思とは裏腹にその身体はすでに限界を迎えていた。

 

 

兀突骨「……?」

 

なぜか知らないが今まで修羅と化し自分に襲い掛かってきた男が地面に手をつき苦しんでいる。

よく見れば吐血している。

それもかなりの量だ。

 

兀突骨「は、はは……はははははははは!!!!」

 

男は勝利を確信した。

今ならば彼を仕留めることが出来る。

いや、今しか仕留める事はできない。

 

兀突骨「俺の勝ちだ!ははぁ!!俺の勝ちだぁぁぁ!!」

 

男は間合いを詰め、渾身の力を込め氣の放出と同時に彼を殴り飛ばす。

無惨にも彼の身体は男の必殺の一撃により弾き飛ばされた。

完璧な手ごたえ。

骨が砕け、肉が潰れる感触。

そして男の拳にべっとりと付着した赤い液体。

 

 

 

 

 

 

…………

……

 

 

 

 

 

 

王間に静寂が訪れる。

殴り飛ばした方からも彼が何かをしてくる気配はない。

 

兀突骨「無駄な手間をかけさせやがって」

 

男は落ち着きを取り戻し、自分の目的を再確認する。

 

兀突骨「邪魔もいなくなったことだ、さっさとあのお嬢ちゃんを探さないとな。

    ……どんな風に殺してやろうかなぁ……」

 

本来の目的を忘れ、いかに残虐に殺戮をするかということしか頭にはなかった。

男はまたも狂気にとらわれ、恍惚とした表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朦朧とした意識の中、暗闇の中を一人佇んでいた

 

身体が熱い。

 

……いや、これは痛みか。

 

辺りが暗い、何も見えない。

 

泣き声が聞こえる。

 

この声は良く知っている。

 

いつも城内を元気に走り回って皆を笑顔に変えてくれる子の声だ。

 

そんな子がこんなにも悲しそうに泣いている。

 

”お母さん”という、暖かい言葉を悲しそうに呟いて泣いている。

 

この子がこんなにも悲しそうに泣く理由を俺は知っている。

 

二度と泣かせるものかと誓ったはずだ。

 

明花……泣かないでくれよ。

 

あんなに辛い事があった分、これからいくらだって幸せになれるから。

 

俺が絶対に幸せにしてやるから……守ってやるから……な?だから泣かないでくれよ。

 

この子がこんなにも悲しそうに泣く理由を作ったのは──

 

あぁ……そうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前らか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王間を出て行こうと踵を返し扉に手をかけようと、男は腕を伸ばした

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

 

 

 

 

 

 

何者かに呼び止められ、伸ばした手は扉に届く事はなかった。

……誰に?あの男は確かに殺した、自分の持ちうる最高で最強の一撃を与えた。

それを受身をとる事もせず力の全てがあの男にのしかかった。

内臓が潰れていても何ら不思議ではない。

生きているはずはない。

ゆっくりと後ろを振り返る

 

 

 

 

「あの子を殺すと……言ったか」

 

 

 

 

そこに居たのは彼ではなかった、いや、正確には彼だ。

 

 

 

 

「どんな風に殺してやろうかと……そう言ったか」

 

 

 

 

そこに佇むのは鋭く、激しく、全てを貫くかのような激情。

もはや怒りなどではない、殺意などではない、言葉で言い表すにはあまりにも深く恐ろしい。

 

 

 

 

 

「母親を殺し……尚もあの子を苦しめるのか」

 

 

 

 

 

 

男は身動きが取れなかった。

恐怖などではない。

これは──絶望。

 

 

 

 

 

「どれだけあの子を傷つければ気が済むんだ──!」

 

 

 

 

 

辺り一面に桜が舞う。

先ほどの戦闘の中での規模とは比べ物にならない。

そして何よりもその色。

その桜の色は──まっさらな白。

世界が白銀に包まれたかのような錯覚に陥る。

その白銀の世界に佇む色鮮やかな双振りの刃。

 

 

 

 

 

 

「俺は守る。

 必ず守る。

 明花も、星も……皆を──必ず守る」

 

 

 

 

 

 

男の意識はそこで途絶える。

最後に目に映るは白銀の世界に吹き荒れる白い花吹雪。

その中を見事に舞う、澄んだ薄紅色の猛き牙。

それはこの世のなによりも美しく──この世の何よりも冷たく突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春蘭「く……!少しは立て直したがやはり押し切れんか……!」

 

詩優「それでも想定外の援軍で士気も上がっています!まだ──!まだ踏ん張れます!!!」

 

北郷隊の合流により一時は体制を立て直したものの、徐々に押され始める。

 

凪「くそ!!致命傷を与えているはずなのになぜ向かってくる!?」

 

白装束はいくら致命傷を与えようともまるで何かに操られているかのように再び襲い掛かってくる。

 

 

 

風「このままではまずいですよ、稟ちゃん」

 

稟「わかっています!しかし……しかし……!」

 

これ以上続ければ取り返しのつかない事になってしまうかもしれない

最悪、この中の誰かが命を落としてしまうかもしれない

 

稟「潮時──ですね」

 

そして撤退命令を出そうとした時

 

「伝令!!!敵後方より大軍隊が接近中とのことです!!!」

 

この厳しい状況下でまだ何かあるというのか

今敵の増援が来ようものならば壊滅は免れない、完全なる敗北

それは国の崩壊を意味するだろう

 

「未だ正体は不明ですが、ここに到達するにはそう時間はかからないかと……!」

 

稟「了解、下がりなさい」

 

どうする、どうする……どうする……!!

ここで何か策を張らなければ風の言うとおり私は只の愚者となる。

何より戦火を浴び戦っている仲間を見殺しにするも同然。

そんなことができようか。

何かあるはずだ……!何か……!

 

 

 

「大丈夫」

 

 

 

絶望的な状況の中、後ろから声をかけられる。

 

 

 

「必ず助けに来てくれるよ」

 

 

 

驚いた、言っている事にも驚くがそれ以上に今の彼を見て驚いている

 

風「お、お兄さん……?」

 

風でさえも動揺を隠し切れないほどに、今の彼は──

 

 

 

「もう少しの辛抱だ、皆で頑張ろう」

 

 

 

立っているのが不思議なほどに、その身体は血にまみれていた。

 

 

 

稟「か、一刀殿……」

 

優しく微笑みかけてくれるが、その優しい表情が返って稟達の不安を煽る。

 

風「だ、大丈夫なのですか……?」

 

一刀「大丈夫、星は今治療を受けているはずだ。必ず助かる」

 

稟「あなたの身体のことを聞いているのです!!」

 

思わず声を張り上げる、それはそうだろう。

こんな身体になっても彼は星の事を気遣っている

いや、多分今自分の身体がどうなっているのかもわかっていないのだろう

 

一刀「俺は大丈夫だよ、星だってあんなに頑張ってくれたんだ。俺も頑張らないとな」

 

一目でわかる。

彼は重傷だ。

それも命に関わるほどの。

彼はこのまま戦場へ身を投じるつもりでいる。

そんなことをすれば命が無いことは分かりきっているのに。

 

稟「貴方はまず治療を受けてください、今すぐにです」

 

一刀「そんな暇はないよ。

   今の状況はかなりキツいんだろ?一人でも多いほうがいい」

 

稟「そんな身体の貴方に何かが出来るとは思えません。

  治療を受けてください」

 

一刀「俺は大丈夫だから──どいてくれ」

 

そういって稟の身体を押しのけようとする。

その瞳は酷く虚ろで、本当に意識があるのかとさえ疑ってしまう。

 

稟「絶対にいかせません!!」

 

後ろへ押しのけられた瞬間、一刀の身体を後ろから抱きとめる

ぬるり──と嫌な感触が触れている部分に伝わる。

 

稟「貴方が死んだら!皆が悲しむのですよ!?

  涙を流すのですよ!?それでもいいのですか!?」

 

抱きとめて彼の身体に触れた部分は血でぐっしょりと濡れている。

 

一刀「俺が皆を残して死ぬわけ無いだろ。

   無理だと思ったらすぐに帰ってくるさ」

 

ぐっと力を込め、進もうとする彼の身体をさらに強く抱きしめる

 

稟「貴方が……貴方が傷つくだけでも、胸が締め付けられるようなんですよ……。

  私達を頼ってくれるのではないのですか?

  私達に寄りかかってくれるのではないのですか?

  必ず何とかしますから──お願いです、いかないで……」

 

このまま行かせたら彼はもう戻ってこない。

今までの彼の行動を見て、稟は確信していた。

故に彼を行かせるわけにはいかなかった。

これでは同じ事の繰り返しになってしまう。

 

稟「お願いします……もっと自分を──大切にしてください……!」

 

風「稟ちゃんの言うとおりです。

  お兄さんは自分を犠牲にしすぎなのです。

  行かせませんよ」

 

涙を流し悲願する稟と、真剣な表情、声音で制してくる風

 

 

 

 

喧騒の中に静寂が訪れた。

しかし、その静寂を打ち破ったのは──

 

 

 

 

 

「みんなぁぁぁぁ早く早く!!あそこだよ!!!」

「あの白い気持ち悪いのがちぃ達を苦しめるの!!」

「どうか私達に力を貸してくれませんか?」

 

 

「ほわああああああああああああーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

 

稟「──え?」

 

遠くから聞き覚えのある掛け声がする、それと共にとてつもなく大勢の人間がこちらへ走ってくる。

 

風「ぉお!?これは予想の遥か彼方を行っているのですよ」

 

黄色の布をシンボルとした大集団が稟達の敷く布陣に近づいてくる。

 

一刀「……天和、地和、人和」

 

一刀の身体が膝から崩れ落ち、それを慌てて稟と風が抱きとめる。

 

稟「衛生兵!至急一刀殿に手当てを!」

 

「はっ!!!!」

 

風「三人とも一体どうしたのですか?」

 

稟「そうです!大陸を旅していたのではないのですか!?」

 

あまりにも信じられない出来事に声を荒げる

 

天和「んー?それはー、お姉ちゃんがすごいから?

   これだけの人を集めるの大変だったんだから」

 

人和「お姉ちゃんちょっと黙ってて。

   確かに旅をしていたわ、でも華琳様からの使いが来てね。

   自国が奇襲にあっていると。

   そんなことを聞かされたら旅どころではないわ。

   それに──」

 

言葉を続ける人和は兵に運ばれていく一刀を目で追う。

彼を乗せている担架は既に赤く染まり、その赤が水滴となって地面へ落ちた。

 

人和「私達の大切な人をあんなにした罪は重いわ。

   徹底的に潰してやらないと気がすまない」

 

風「援軍は大変ありがたいのですけど、

  風たちの指示通りに動いてくれるのでしょうか」

 

そう、いくら数が増えたところで機動力や連携、

指示を正確に聞き取り、こなすようでなくては話にならない

 

天和「それは問題ないよー」

 

地和「ちぃ達の言う事なら何でも聞くから指示はちぃ達に出してちょうだい」

 

人和「少し対応が遅れるかもしれないけど何も出来ないよりかはずっと良い筈」

 

すると地和が黄巾党の前へ出ていく

 

地和「皆!!ちぃ達の出す指示に完璧に従ってくれたら次の公演の入場料はタダよ!!

   そのかわり一瞬でも遅れたらだめだからね!!わかった!?」

 

人和「ちぃ姉さん、地が出てるわよ地が。

   それにそんな事勝手に決めて……大赤字よ?」

 

地和「もちろん一刀のお給金から取るに決まってるでしょ。

   それにこうでもしないと取り返しがつかなくなってからじゃ遅いし……

   あんなになるまで無茶した罰よ!!

   これくらいで済むんだから感謝してほしいくらいだわ!」

 

血にまみれている彼を見て、今にも泣き出しそうな顔で声を張り上げる

 

天和「そうだね、ちぃちゃんの言うとおりだね。

   許せないよね」

 

人和「どうして怒りが一刀さんに向いているのかはわからないけど、

   ともかく今はあの白装束を鎮圧することを考えて」

 

地和「当たり前でしょ!粉々に叩き潰してやるわ!

   いいえ、挽き肉にして家畜の餌にしてやるわよ!」

 

もはや自分がアイドルであるということも忘れているのではないかと思ってしまう程に彼女の感情は激昂していた。

 

風「でもこれで勝機は見えました。

  何よりお兄さんが敵さんの大将を討ち取ってくれたおかげで指揮するものがいなくなっています。

  星ちゃんとお兄さんの頑張りを無駄にする訳にはいきません。

  必ず勝ちますよ」

 

風の瞳にも強い感情が見える。

大切な人を傷つけ、大切な国を侵略する白装束への怒りが。

敵の将を討ち取ったという情報は瞬く間に軍の中へ広がり、兵達の士気を取り戻した。

それと同時に二人が重傷だということも伝わり、北郷隊に怒りが灯る。

 

凪「隊長……!星様……!!うおおおおーーーーーーーー!!」

 

怒れる獅子は敵を薙ぐ。

咆哮の如き大規模な多量の氣弾を連続で撃ち放つ。

凪の氣弾、春蘭の中央への単騎特攻、詩優の横撃、そして天和達による挟撃。

白装束が撤退を始めるまでに時間は掛からなかった。

しかしその撤退を許すものは誰一人としていない。

 

春蘭「逃がすな!完璧に叩き潰せ!我等の仲間を傷つけた事を後悔させてやれッ!」

 

凪「北郷隊!!すぐに追撃を行う!!遅れるな!!我に続けぇぇぇーーー!!」

 

機動力を失った白装束を包囲するのに時間は要らなかった。

北郷隊の兵達は彼を隊長として尊敬し、友として尊敬し

何よりもその強い想いを尊敬している。

故に彼が重傷を負ったという情報は何よりも彼らの心に火をつけた。

只の駒として扱われてもおかしくない自分達一般兵の事でさえも彼はとても大切にしてくれている。

人の命に差などないと彼は言っていた。

それは兵達にとってこれ以上ない程に嬉しい言葉だった。

警邏の時、彼が行く先々の者が皆笑顔になっていく、

それは街の平和を守っている兵達にはとても喜ばしく、

何より自分達の隊長が皆のかけがえの無い存在になっているという事が嬉しかった。

彼はいつか、出陣の前に自分達にこう言った

 

「君達が死んだら家族や友人が悲しむ。

 大切な人を悲しませる事は絶対にしちゃいけない。

 必ず笑顔で「ただいま」を言って、笑顔で「おかえり」を言ってもらうんだ。

 そのために君達も戦ってきたんだろ?

 だから死して名誉を守るなんて事は俺の隊では絶対に許さない。

 どんな事があっても必ず生きるんだ、足りないところを互いで補って、必ず生きるんだ」

 

そこまで真面目な顔をしていた彼が、不意に笑みを浮かべ

 

「俺は君達の上司だけど友人でもあるつもりなんだ。

 だから君達が死んだら俺は泣くぞ、盛大に泣くぞ。

 ……だからさ、絶対に生きような!」

 

とても叱咤の言葉とは思えない、鼓舞の言葉とは思えない。

しかしそれは彼が自分達を大切に思ってくれている証拠だった。

彼は何よりも暖かく、優しい。

そんな彼を傷つけたこの「敵」が。

隊長であり、友である彼を傷つけた白装束がどこまでも憎らしい。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーー!!!』

 

その北郷隊の士気に呼応するかのように、他の隊の兵達の士気も上がっていく。

「守る」という想いが強くなっていく。

 

春蘭「叩き潰せぇぇぇぇーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、ここは引くしかなさそうですね。

 ……まったく、あの男は図体だけのようです」

 

「ふん、最初からこうなるだろうとは思っていたが……愚図め」

 

怒涛の猛襲により、程なくして白装束は鎮圧された。

 

 

 

 

 

呉side

 

数日後、華琳のもとに伝令が届いた。

 

秋蘭「華琳様、魏へ侵略していた白装束の鎮圧に成功したようです」

 

華琳「負傷者は?皆無事?」

 

国を守れた事による喜びよりも真っ先に皆の安否を気にしてしまう。

 

秋蘭「それが──」

 

その秋蘭の顔を見れば誰かが負傷した事はすぐにわかる。

胸を締め付けられるような感覚に襲われるが、何とか平静を装い秋蘭の言葉を待つ。

 

秋蘭「星と北郷が重傷。

   星は華陀が早急な治療を施し命は取り留めたそうなのですが──」

 

……嫌な汗が背中を伝う

 

秋蘭「北郷は今、かなり危険な状態だと言う事です」

 

ここに伝令が届いているという事は数日前にその戦いを終えたということ。

それで尚危険な状態という事は──

いけない、心を乱してはいけない。

今この戦火の中で只の女に成り下がるわけにはいかない。

大丈夫、一刀は大丈夫。

二度と私の傍を離れないと誓ってくれた。

だから大丈夫。

今はこの戦に集中しなければ。

 

華琳「そう、ではこれで心配する事はなくなったわ。

   さっさとこの低脳な連中を殲滅しましょう」

 

秋蘭「華琳様……」

 

 

いつもどおりに振舞っているつもりの彼女の表情は苦痛を堪えているかのように歪んでいた。

それはそうだろう。

彼女にとって彼の存在は非常に大きい。

彼が消えた時から帰ってくるまでずっと、

皆を支えながら自分は誰に頼る事もせずに苦しんでいた。

彼女が皆の前で涙を見せたとき、正直これは現実ではないのかとさえ思った。

それほどまでに彼は彼女の心の真ん中に入り込んでいる。

その彼の命が危険だと言われれば、今こうして平静を装う事自体が苦痛なはず。

そしてその「彼」を大切に思っているのは彼女だけではない。

 

 

あれほどに兵を大切にしている男はいない。

あれほどに兵に大切にされている男はいない。

あれほどに温かく、優しく包み込んでくれる男はいない。

そんな彼だから皆が愛し、皆を愛し、私達の心を掴んで放さない彼だから

重傷というその情報に必要以上に心を乱されてしまう。

だがここで心を乱し、誰かが負傷、最悪死ぬ事になれば彼は間違いなく悲しむ。

誰よりも深く悲しむ。

ならば今私達がするべきことはこの五胡の集団にのみ集中し、迅速に殲滅する事。

 

雪蓮「秋蘭……無理しなくてもいいのよ?」

 

……はっ、何をしているのだ私は。

 

友を助けに来たというのに、その友に心配されるなど私も落ちぶれたものだ

 

秋蘭「いや、問題ない。

   ……すぐにこやつらを叩き潰せば良いだけの話だ」

 

彼を心配していた心はいつしか五胡や白装束に対しての怒りへと変わる。

こんな情けない姿ではあの男に顔向けできんな。

何せ勝手な判断をし、罰を受けると分かっていながらも引き返し、

命を賭して仲間のために戦ったのだからな。

 

秋蘭「本当に……大馬鹿者だよ、お前は」

 

 

 

 

 

 

蜀side

 

桂花「……っ!!あのバカ……!」

 

一刀、星の両名が重傷を負ったという情報は桂花達の下へも伝わった。

 

桃香「星ちゃんが!?ど、どうして!?だって星ちゃんは──!」

 

朱里「星さん程お強い人が重傷だなんて……!無事なんですか!?」

 

「はっ!趙雲様のお怪我は北郷隊の者達が早急に連れ帰り治療を施し、命を取り留めたとの事です!!」

 

桃香「はぁぁぁ、よかったぁぁぁぁぁ……」

 

星の命は無事だという事を聞いた途端、桃香はその場に座り込んでしまう。

……なぜ星の怪我の報告しかしないのか。

二人とも無事ならばここで一刀の事も報告するはずだ。

 

桂花「……北郷は?」

 

雛里「そうです……北郷様はご無事なのですか?」

 

一刀の状況を聞くと同時に兵の顔が歪む。

嫌な予感とは良く当たるものだ。

 

「……北郷殿は依然、危険な状態との事です」

 

当たってほしくない予感を見事に的中させ、胸の中が掻き乱される。

そしてその情報は真桜や沙和の耳にも入った

 

真桜「……ッ!!」

 

沙和「──え!?」

 

戦場に身を投じている彼女達に動揺が走る。

 

五胡兵「はあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

真桜「っさいわボケェ!!少し黙っとけや!!」

 

沙和「隊長が重傷ってどういうこと!?隊長は無事なの!?」

 

真桜「わからん!!只──だぁぁぁ!!

   もう鬱陶しいんじゃアホボケカスが!!」

 

二人が混乱している所に容赦の無い強襲。

それを何とか跳ね除けながらも冷静に状況を確認しようとする

 

真桜「とにかく星姐さんは命を取り留めたそうやけど……!

   ったくなんでうち等の隊長はいつもいつもいつもいつもッ!!」

 

沙和「馬鹿なの!馬鹿以外の何者でもないの!!」

 

遠い場所で苦しんでいる大切な人の所へ今すぐにでも駆けつけたい。

しかし五胡の集団がそれを許してはくれなかった。

 

霞「それでも一刀は戦ったんや。

  星も重傷言うことは一緒に戦ったんやろ。

  一人で何でも抱え込んでた頃よりはずっとマシやで」

 

いつにも増して冷静な口調の霞に真桜達は驚きを覚える。

 

霞「せやけど──」

 

会話をしている最中でも霞は目を逸らすことなく敵を切り刻んでいく。

そこには段々と怒りの色がこみ上げてくる

 

霞「せやけど重傷っちゅーんはいくらなんでもアカンやろ」

 

この状況の中、確かに仕方の無い事ではある。

しかしそれを「仕方が無い」で済ませられるほど彼女達はできていない。

彼女の振るう得物の速度が徐々に上がっていく。

神速の張寮という名に恥じぬ勇猛さ。

しかし彼女は今、そんな事はどうでも良かった。

只一刻一秒でも早く、一刀達のもとへ駆けつけたい。

 

霞「どけやアホンダラァァァァ!!お前らもう許さへんッ!!

  この世の地獄見せたらぁぁぁ!!」

 

堰月刀を豪快に振り回し、敵をなぎ倒していくその姿はまるで羅刹のようで、

味方とはいえ恐怖を覚える光景だった。

しかし彼女の怒りは理解できる。

いや、彼女と同じ怒りを自分達も抱いている為、その恐怖は自分への鼓舞となる

 

真桜「さっさと終わらせんで!!姐さんに続け!!

   この脳みそ溶け切ったアホ共をぶっ潰したれや!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桂花「……」

 

軍師である自分がこれほどまでに心を乱されるとは思っていなかった。

認めたくは無いが彼は自分の心の中にどうしようもないくらいに深く入り込んでいる。

故に彼の負傷にこんなにも動揺してしまう。

 

桂花「ホントに、いつまで経っても……人に迷惑ばかり掛けて……!」

 

ぎゅっと胸元を掴む。

鼓動が早く、少し吐き気もする。

いけない、私は軍師よ。

常に客観的に物事を見て、状況を見極めなければならない。

これは戦よ、誰かが負傷する事なんて当たり前の事。

私達軍師の役目はそれを最小限に抑え、勝利を収める事。

自己暗示とも取れるその思考をいくら頭に巡らせても、胸の痛みは消えてくれない

 

霞「ぅおらぁぁぁぁああぁぁぁああぁあッ!!!」

 

桂花「っ!!!!」

 

考えに耽っている所へ霞の雄叫びが届く。

……そうだ、彼女達も自分と同じなのだ。

彼女達もこの胸の痛みに耐えながら、一刻も早く彼の元へ駆けつけようと必死に得物を振るっている。

 

桂花「ほんっと、これだから男は……」

 

と、胸の中で何かが吹っ切れた。

そう、要するにこの目の前の敵をいち早く殲滅すれば良いのだ。

 

桂花「覚悟しなさい低脳共。

   私の策は尋常では無いほどに苦しいわよ……!!」

 

 

 

 

 

「どうやらこちらは間に合ったようだね」

 

貂蝉「そうね、三日三晩走り続けた甲斐があったというものよ♪流石にちょっと疲れちゃったわぁん」

 

「無理をさせて悪いね、でもまだこれから一仕事あるんだ」

 

貂蝉「んもぅ!この借りはちゃんと返してもらいますからね!

   ……と言いたい所だけど他でもないご主人様の為だもの♪

   出血大サービスよん♪」

 

「それじゃもう一頑張り行くよ」

 

 

 

 

桂花「……?」

 

敵後方から突如砂塵が吹き荒れ、その中をまるで突風にでも吹かれたかのように飛び交う五胡

 

「ふんぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!」

 

この世のものとは思えない謎の轟音が平野だというのに響き渡った。

 

「ほぅわたたたたたたたたたたたたたたたッ!!!」

 

その轟音とともに次々と五胡が舞い上がっていく

 

桂花「な、なに!?何がおきているの!?」

 

その謎の轟音とは別の方向からは小規模な竜巻が吹き荒れる

何が何だかわからないが、とりあえず被害が出ているのが五胡だけだという事は理解できた。

 

朱里「……はぅぅ!?

   け、桂花さん!!雛里ちゃん!!

   い、今が好機だよ!!」

 

いち早く正気を取り戻した朱里が皆がそれに気をとられているのを阻止する。

 

桂花「はっ!?そ、そうね!とりあえずこの機を逃すわけにはいかないわ!!」

 

雛里「…………」

 

朱里「雛里ちゃん!帰ってきて!雛里ちゃん!」

 

 

 

 

 

 

「まったく……なぜこちらはワシ一人なのだ。

 こんな時だぁりんも居れば良いのだが……」

 

形容のし難い大男が一人愚痴を零す

 

「まぁ負傷者の手当てをしているというのだから仕方は無いがな」

 

目の前で起こっている戦など気にもならないといった表情でひとり頷く。

 

「仕様の無い、行くとするか……ぬぅぉおぉおおおぉおぉぉおぉおおおぉおおぉおおお!!!」

 

華琳「ッ!?……今の音はなに?」

 

秋蘭「わ、私にも分かりませんが……ッ!?華琳様!あれを!」

 

秋蘭が指差す方を見ると、そこには円を描いて飛んでいく五胡の姿。

 

華琳「……あれはなに?」

 

秋蘭「わかりませんが……こちらの兵に被害は出ていないようですね」

 

正体は不明だがこちらに被害が無く、且敵のみに被害が出ているというのであれば絶好の機会

 

雪蓮「!?……よくわからないけど、今が好機!一気に畳み掛けるわよ!」

 

『うおおおおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!』

 

「ふん、なかなかに骨のある兵達ではないか。だがワシには遠く及ばんな」

 

まるで五胡などは存在しないとでもいうかのように目を向けもせずに何十何百もの人間を空高く飛ばす。

 

「愛する者同士の邪魔をすることなど、神や仏が許そうともこのワシが許さぬ!!

 木っ端微塵にして獣の餌にしてくれるわ!!!」

 

敵を千切っては投げ千切っては投げるその姿はいろいろな意味で修羅のようだった。

 

 

 

 

呉、蜀に攻め入った五胡軍は壊滅には至らなかったものの、当分は行動を起こせない程の大打撃を受け撤退した

魏の援軍、謎の3人組の加勢により被害は最小限に抑えられた

両国はお礼にと持成しをしようとするも、それを断り

 

華琳「三国が平定し、協力して平和を守ろうと誓ったのだから礼なんてする必要は無いわ。

   私達は当たり前のことをしたまで」

 

そんなことを言っていたが内心穏やかではないようだった。

それは彼女のみではなく、魏の武将皆が不安の表情を浮かべていた。

天の御使いと呼ばれる彼が重傷という事は蜀、呉にも届いている。

そして彼が彼女達にとって必要不可欠な存在だという事も理解している。

流石に戦を終わらせた直後に帰還という事は兵達に酷だということで武将のみが帰還した。

 

 

 

 

 

 

兵を置いて来たという事もあり、いくらか早く帰還する事ができた。

皆疲れているはずだが誰も自室で休む事などせずに彼のいる部屋へ向かう

皆が無言で最悪の映像を頭からかき消しているかのようだ。

と、彼の居る部屋の前で止まる。

中からは物音ひとつ聞こえない。

胸を締め付けられるような感覚を堪え、扉に手を掛け開いた。

 

華陀「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……くそ……!」

 

 

部屋の中には汗だくになりながら床に倒れている華陀。

 

そして──

 

 

 

寝台に横になっている一刀の姿。

 

 

 

おそるおそる近づき、彼の顔を覗き見る

まるで生気を宿していないような、血が通っていないような蒼白になった彼の顔。

 

 

ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……

 

 

心臓が破裂しそうになる。

この状況は一体何なのか。

頭が回らない。

部屋に入った皆も彼を見た瞬間硬直すし、春蘭に至ってはその場で座り込んでしまっている。

 

華琳「あ……っ……かず、と……」

 

喉が渇きうまく声が出せない。

全身が震える。

鼓動が更に早くなっていく。

時間が止まったかのように誰も何も発しない。

動かない。

今にも気を失いそうな程に疲労している華佗がこちらに目を向ける。

 

華琳「一刀は……どうなっているの……?」

 

何とか発した言葉がこんな意味が伝わるかどうかもわからない言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

華陀「何とか命は取り留めたぞ……!Σd」

 

汗だくになりながらも爽やかな笑みを浮かべ親指を突き立てる

 

 

…………

……

 

 

『はぁぁぁぁ~~~……』

 

皆力が抜けたのかその場に座り込む者や壁にもたれかかる者。

いきなり涙を流す者など反応は多者多様だった。

 

春蘭「こ……の……!」

 

不意に座り込んでいた春蘭が肩を震わせながら言葉を発した。

 

春蘭「こ、の……!馬鹿者がぁぁぁぁぁ!!」

 

耳を劈く大声を上げ、七星餓狼を担ぎ寝ている彼に切りかかろうとした。

 

霞「どあああああ春蘭やめぇ!!流石に今はまずい!!今それやったらアカン!!」

 

沙和「春蘭様が隊長を殺そうとしてるの~!!」

 

秋蘭「落ち着け姉者。

   流石に今いつものノリでやってしまえば本当に死にかねないぞ」

 

霞に後ろから羽交い絞めにされ、

怒り冷めやらぬと言ったように「うぅ~~!!!」と唸りながらも真桜に部屋から押し出される。

 

秋蘭「すまんな、騒いでしまった。

   で、北郷の容態はどうなっているのだ?──っと」

 

床に大の字になっている華陀を見て、

 

秋蘭「すまん、まずはゆっくり休んでくれ。

   話はその後に聞こう」

 

そう言うと秋蘭は部屋を出て行った

 

霞「ふ~……全く惇ちゃんももう少し落ち着いてもらわんと

  ……って秋蘭はどないしたん?」

 

華琳「秋蘭なら先に戻ったわ。戦闘の後に休み無くこちらに来たのだもの、疲れていて当然だわ。貴女達も今日はゆっくり休みなさい」

 

霞「おお?おぉそら休むけど……なんや秋蘭の様子がちょっとおかしい思ったんやけど

  ……ウチの気のせいか?」

 

沙和「おかしいってどういうこと?」

 

霞「まぁいつもどおりに見えるんやけどな、ウチの気のせいかもしれん」

 

風「稟ちゃん……血、落とさないとですよ」

 

稟「ええ……そうね」

 

 

 

華琳「…………」

 

 

 

 

 

 

……よかった。

 

 

本当に……本当によかった……!

 

秋蘭「っ……ぅ……!」

 

自室へ戻り、扉を閉めた瞬間にとめどなく溢れる涙。

 

秋蘭「ぅ……うっ……ぅぅ……」

 

まさか涙を流すとは思わなかった。

彼の命が助かったと聞いた途端、もう耐えられなかった。

 

秋蘭「ぐすっ……馬鹿者……大馬鹿者が……」

 

もし、彼が危険にさらされようものなら、

私は自分の命を捨ててでも彼を助けるつもりだった。

彼が消えたと聞いたとき、同時に私を助けるために苦しんだとも聞かされた。

あの定軍山での奇襲の時に私は死ぬはずだったらしい。

志半ばで死ぬという事は心許無いが、

乱世に生きている以上仕方の無い事だと思っていた

しかしそれを知っていた彼は自分の存在を賭して私を救うために動いてくれた。

命ではない、存在を賭けたのだ。

自分を蔑ろにする彼に怒りを覚えると同時に、心の奥底ではとても嬉しかった

生きている。

まだ華琳様と共に覇道を歩める。

姉者と離れずにいられる。

……そしてなによりも彼が私の命を最優先に考えてくれた事がどうしようもなく嬉しかった

我ながら呆れる。

彼に怒りを感じているのに嬉しく感じている私がいたのだ。

矛盾しているとしか言いようが無い。

 

秋蘭「私の知らぬところばかりで……傷つくな……私は……お前みたいに天の知識などないのだぞ……」

 

彼がいつどこで危険に晒されるという事が分かっていれば、

私は彼がどこにいようと必ず助け出してみせる

しかしそんな妖術のような事ができるはずがない。

ましてや未来を予知するなどという事が出来るはずがない。

 

秋蘭「守られてばかりなのは……私のほうだよ……一刀」

 

扉を背に座り込み、只々溢れる涙を拭った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………。

目を開けると天井が見えた。

私は寝台に横になっているようだ。

辺りが薄暗い。

真夜中か明け方のどちらかだろう。

 

星「っ……!」

 

上半身を起こすと脇腹辺りに激しい痛みを感じた。

……そうか、私は助かったのか。

あの大男との戦闘を思い出す。

……手も足も出なかった自分が悔しくてたまらない。

……!!

そうだ、明花は……一刀はどうなった?

 

星「ぅ……っく……!」

 

悲鳴を上げる身体を何とか起き上がらせ、部屋の外へ出る

彼の部屋はどこだろうか。

……と、部屋の前に北郷隊の兵が数名寝ている。

彼を心配したのだろうか。

 

星「……ということはここか」

 

あの男と戦ったのだから無事ではないだろう。

しかし死んではいないはず。

こうして兵がここにいるのだから。

兵達を起こさないようになるべく気配を消し、彼の部屋へ入る

 

 

 

 

 

 

…………。

穏やかな寝息が二つ聞こえてくる。

……明花……よかった。

聞き間違えるはずは無い。

何度も私の隣で聞いた寝息だ。

とてもかわいらしく、私を落ち着かせてくれる。

そしてその隣に彼はいた。

 

星「……一刀」

 

そっと、彼に触れる。

身体は暖かい。

しかしその身体は包帯で隙間無く覆われていて、所々血が滲んでいるのも見える

 

……こんなになるまで、戦ってくれたのか……。

……こんなに……なるまで……。

 

あの時の彼の言葉を思い出す

 

 

 

「俺は君が好きだ」

 

 

 

言われて改めて確信した。

私はこの方に心酔しているのだと。

彼の寝台に水滴が落ちる。

そっと自分の頬をなぞると、濡れていた。

……泣いているのか、私は。

あの時もそうだ。

私は彼の優しい笑顔を見た時、安心したのか涙があふれ出た。

武人が戦いの中で涙を流す事などあるだろうか。

生きたいと、涙を流す事などあるだろうか。

あるとすればそれは自分の名に大きな傷をつけることになる。

そしてその傷を永遠に背負っていかなければならない。

しかし私は涙を流した。

彼と共に人生を歩んでいきたいから。

まだ死にたくないと涙を流してしまった。

そして彼はそんな私を優しく包み込んでくれた。

大きく、優しく、暖かい手を私に伸ばしてくれた。

 

 

愛している──そう言ってくれた

 

 

その言葉に私がどれだけ救われただろうか。

どれだけ嬉しかっただろうか。

あそこに居た私は武人としてではなく、一人の女として彼の言葉がこれ以上ない程に嬉しかった

 

星「……一刀……!」

 

名前を呟くだけでも心が温まる。

幸せな気持ちになる。

胸の奥に心地よい刺激が走る。

 

そっと、彼の手に触れる。

傷だらけになった身体をなるべく刺激しないように触れていく。

この傷は彼が皆の為に命を賭けて戦った証。

彼が皆の事を守った証。

 

皆を頼ると言ったばかりでこの状況では先が思いやられてしまう。

しかしそんな彼だからこそ、皆が協力し、守ろうとするだろう。

この儚くも強い、繊細なのに猛々しく、私達の心を掴んで離さない唯一人の男を。

 

寝ている彼の横に膝を付き、その手を握る。

 

これが……この手が私を守ってくれたのか。

明花を守ってくれたのか。

 

彼の手を自分の頬に添える。

意識を失う直前に与えてくれた温もりを今再び感じる。

申し訳なさと、悔しさと、嬉しさが混ざり合い、

感情が抑えきれずにポタポタと寝台に涙が落ちる。

でも、なぜだかこの涙を止めたくない。

拭いたくない。

 

星「全く……貴方の前だと、本当に私は只の女になってしまう」

 

ずっとこの温もりを感じていたい。

これから先ずっと、この方と共に喜びや悲しみを分かち合って。

 

 

 

 

 

 

 

「愛していますよ……一刀」

 


 
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