No.506670

〔AR〕その8.93

蝙蝠外套さん

twitterにて週間連載していた東方二次創作小説です。 その9の直前に当たるエピソードです。

2012-11-11 00:00:15 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:883   閲覧ユーザー数:881

「……レイヤーは電光石火のチョップ! イヤーッ!」

『イヤーッ!』

 澄み渡る夏の青空、それを仰ぎみるのにお誂え向きな大木の木陰で、威勢のいいかけ声が反響する。

 紅魔館を彼方に望む霧の湖の畔。ここ一体を根城にしている妖精や、その輩である童姿の妖怪達は、大木を背にした男の一挙手一投足に見入っていた。

 いや……果たしてその者は男なのであろうか。確かに軽妙な語り口調の声音は、一般的な人間の男性のものと受け取って間違いはない。便宜上、男として扱うのが妥当だろう。

 だが、その風体が余りにも異様すぎて、種族や性別を飛び越えた果てしない違和感を放出していた。

 この幻想郷の暑い盛りにあって、男の衣装は全身をくまなく覆っている。その形は、知識がある者が見れば、あるいは、幻想郷における伝説の戦闘集団、『忍者』の装束を思い浮かべるだろう。が、しかし、目にも鮮やかどころではない、色彩だけで見る者に目眩を与えるようなピンク色は、忍者という単語のイメージを吹き飛ばすには過激すぎた。

 極めつけは、頭だった。頭部は頭巾で覆われていて、髪の毛の一本も見られない。そして顔面は、鈍く光る銀のような仮面で一部の隙もなく覆われている。故に、この男は、外見から表情を始めとする人間味を伺えない。

 しかしてこの男、発する声音は前述のように調子がよく、いうなればとても子供受けしそうな雰囲気があった。事実、男と対面している子供妖怪達は、男がそらんじる空想の言葉の一字一句に、目を輝かせていた。

 さて、この男、先ほどから何をしているのだろうか。何らかの劇を演じているのは誰が見てもわかるが、それは幻想郷ではあまりなじみのないものだった。

 男は、三脚で支えられた厚みのある木の枠、その側面に切り込まれたスリットに、絵が描かれた紙を差し込んだりして、子供達に見せていた。

 それは、外の世界で言うところの、紙芝居と呼ばれる演劇であった。話の流れに従って、次々に木枠の中の絵を取り替えていくことで、作り話の面白さと絵の面白さを両立させたものだ。

 紙芝居の元となる大道芸は、江戸時代頃から存在していた。しかし、紙芝居という形に確立するのは、幻想郷が外界と隔離した後の外の世界でのことであり、幻想郷内ではほとんど見られないものだった。

 ということは、この男は外の世界から紙芝居を持ち込んだのだろうか。それとも幻想郷内で、何らかの事情で紙芝居を作成して始めたのだろうか。知識人であればそのようなことを思考するかもしれない。が、今はそのような思索はあまり意味がなかった。

 ともあれ、劇はクライマックスに達しているのか、男の語りは熱さを加速させていた。

「鋭いチョップは敵の肩を捉える! イヤーッ!」

 と男が裂帛の気合いを吐き出せば。

『イヤーッ!』

 と子供達は沸き上がり。

「ギロチンめいた破壊力が肩を粉砕! グワーッ!」

 と男が真に迫った苦悶を叫べば。

『グワーッ!』

 と子供達はバタバタと大げさな身振りではしゃぐ。

「ハッハー! ゴキゲンだねお嬢ちゃん達! ようし、今日は特別サービスだぞぅ」

 男は芝居を中断し、子供達に向けて、厚手の複合素材に包まれた掌を差し出す。そこには、綺麗な包装紙に包まれたキャンディ、グミ、チョコレートが。

『わーい!』

 弾かれるように、子供妖怪達は男の手を取り囲む。めいめい、好きな菓子をかっさらい、瞬く間に平らげていく。

「おじちゃーん、続き続きー」

 サイダー味のボール飴を転がしながら、子供妖怪の一人、チルノが男に催促した。

 それに対して男は、自身の顔面近くまで左手を持ち上げ、人差し指をメトロノームめいて細かく震わせた。

「チッチッチッ。おじちゃんはないぜベイベー。いくら体感時間既に何万年と経験していたとしても、俺の心はいつだって二十台さ!」

「二十台っていくつ?」

 橙が首を傾げて尋ねると、男はHAHAHAと言わんばかりに笑い声を上げて答える。

「ルート20の二乗だろ。まぁいいさ、今日の俺は優しいからな。華麗にスルーしてやるさ」

 そして男は紙芝居の続きを開始する。

 主人公の凄まじい攻撃が悪役を叩きのめし、止めの一撃が炸裂。そして……。

「サヨナラ! 敵は爆発四散! これで悪は去った……しかし、今後再びこのような悪党が現れないとも限らない。備えよう。彼は改めて心に誓った……」

 画面一杯に爆発の様子が描かれた絵が一瞬駆け抜け、最後に夕焼けを望む主人公の後ろ姿で、物語は幕を閉じたようだった。

「……ハイ、っつーわけで今回はここまで! よい子のみんなは昼寝にでも勤しみな!」

『えーっ!?』

 子供達は一斉にブーイングを起こすが、男は怯むことなくそれを笑い飛ばした。微動だにしない銀の仮面の内側が、本当に笑っているかは定かではないが。

「ダイジョブダッテ! また近いうちにやってくるからさ。な!」

「本当? いつ頃?」

 観衆の一人のルーミアが懇願するような眼差しで尋ねると、男はこめかみに当たる部分に右手の小指を押し当てた。

「そうさなぁ……それは今から三十六万……いや、一万四千年後か……まぁいい。俺の主観時間ではそうだが、君達にとっては、三日後の出来事じゃねーかな」

 ザザッ――。

「あれ……おじちゃん……」

「……おおっと」

 突如として耳に入ってきた雑音に、リグルは思わず男を指さした。

 男は自分の体を見下ろすと、そのピンク色の体のあちらこちらから、蛍光グリーンの霧のような「0」と「1」が沸き上がっていた。

「おじちゃん、時間が来たの?」

 子供妖怪達は、男のこの異常を何度か見ているらしく、特別騒ぎ立てることはしなかった。しかし、誰もが、名残惜しそうな顔をしていた。

「うーん。どうやら今回はここまでのようだぜ」

 男もまた、どこか名残惜しそうに零す。

 しかし、自分の体に起こっている異常に対しては頓着することなく、まるで当然のように受け入れ、観客であった子供達に向き直る。その間にも、その体は、どんどん「0」と「1」に霧散していく。その声すらも。

「じゃあな0001001ベイビー1000111。今度出会0010101きは誰か一人1010101い豊満重点でよろしく! アバヨ010101011……」

 程なく、蛍光グリーンはピンク色をくまなく消し去り、一瞬の後に、男の姿を完全に掻き消したのだった。

「行っちゃったね」

 大妖精は、残念そうに呟く。

 ここ数週間、この一帯を遊び場にしている妖怪達にとって、あの男が催す紙芝居劇は、普段体験できない興奮に満ちた時間だった。おまけに、気分次第ではあるが、先程のように男は無償で菓子を振る舞うため、それを目当てに紙芝居に集まる者も少なからず居た。

 次に現れるのは三日後と男は宣言していたが、それが的中するのは、今までの実績からすると五分五分といったところだ。大抵は一日前後するため、狙った日時に遭遇するのは少々骨が折れる。

 だがそれでも、子供妖怪達は、男の紙芝居上演を心待ちにしていた。これまでも。そしてこれからも。

「よし、じゃあ今日はニンジャごっこだー!」

『おー!』

 そうして、大木に集っていた子供妖怪達は、青空に誘われるかのように、次々とその場を飛び立っていった。

 

 誰かが見つめている。

 黒い体、黒い翼、黒い瞳。

 鴉だった。しかし、その動きには、余りにも生物的なブレが存在しない。それは全く微動だにせず、霧の湖の岬、大木での光景をずっと見つめていた。

 ピンク色の男が虚空に霧散し、子供達が遊びに出かけたところで、鴉はようやく、「カァッ」と鳴いて、生き物であろうことを周囲に認識させた。

 だがそれも一瞬のこと。機械的に翼を広げると、鴉は直角的な軌道で、照りつける太陽へ向かうように上昇した。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択