No.506416

IS学園にもう一人男を追加した ~ OVA 穴の空いた恋心

rzthooさん

最近、"少年期"って曲にはまっています

・・・関係ないか。

今回も3本立てです。

2012-11-10 10:28:15 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:1903   閲覧ユーザー数:1831

本音

「zzz・・・えへへ~」

 

ラン

「くぅ?」

 

【穴の空いた恋心】

 

本音

「zzz・・・♪」

 

更識家屋敷。正座の体制で机に秋晴れで干からびたイカのように、涎を垂らしながら爆睡中の本音。時折、見せる幸せそうな顔が、彼女が見ているのが良い夢ということが分かる。

 

「ん?」

 

そこにお手洗いを済ませた簪が通りかかる。

 

ラン

「わんっ!」

 

簪の匂いでピクッと耳を立てて、その小さな体で簪に飛び掛かり、すっぽりと簪の胸に収まる。

 

「っ・・・いい子いい子♪ 本音はお休み中かな?」

 

ラン

[コクッ!]

 

愛らしさに頬が緩んだ簪の問いかけに、『ラン』は力強く首を縦に振って肯定する。

 

楯無

「簪、ちゃ~ん!!!」

 

「きゃっ!?」

 

そこに楯無と虚も渡り廊下から通りかかり、楯無は即座に簪に抱きつく。『ラン』はそそくさと簪を楯無に譲って、熟睡中の本音の膝元で丸くなる。

 

「本音ったら・・・」

 

本音の姉である虚は、机になだれ込んだ涎を家内で常に持ち歩いている布巾で拭く。そのついでに、本音も起こそうと肩に手を置こうと・・・

 

楯無

「待って」

 

楯無の言葉に、虚の手はピタッと止まる。

 

楯無

「夢の中だけでも・・・"彼"に会わせてあげよ」

 

「・・・はい」

 

本音の口元も起きない程度に拭き取って、スクッと立ち上がる。

 

「お姉ちゃん・・・」

 

顔の真隣にいる楯無の表情が暗く、簪は心配そうに声をかける。

だけど、すぐにパァッと笑顔になって・・・

 

楯無

「さっ! 今日は虚ちゃんとデパートに行こうと思ってたんだけど、簪ちゃんも来るよね? 来るでしょ!」

 

「そ、それって・・・強制?」

 

楯無

「うん♪ ほら、虚ちゃんも行こう!」

 

簪に抱きついたまま、虚を引き連れて、本音が眠る客間から去っていく。

 

本音

「zzz・・・」

 

楯無達が去ったのと同時に、机には"涎以外の水滴"が机に流れる。

 

ラン

「くぅ~・・・」

 

そんな本音に寄り添うように、膝元で丸くなる『ラン』だった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本音

「う~ん・・・んぅ?」

 

渡り廊下から差し込むオレンジ色の夕日が、本音を眠りから覚まさせる。

それは逆に、彼女の幸せな夢語りが終わった事を意味する。

 

本音

(・・・何か、長い夢を見てたような~・・・)

 

だが、本能なのか、彼女の脳内で夢の記憶の断片すら消去されていた・・・少しでも残っていたら、心すらも涙で濡れてしまうから。

そんな事はいざ知らず、本音は膝元で眠る『ラン』を優しく撫でると、ピクッと耳が跳ねて、『ラン』が薄ら目を開けた。

 

ラン

「~~~・・・?」

 

本音

「えへへ~♪」

 

頭を掻く『ラン』を微笑ましく見つめる。すると、本音の周りには、ほか2匹の炎犬が集まってくる。

片方は、行く当てもなく放浪してきた疲れを癒すため。もう片方は、心身ともに疲労した体を休めるため。

そのどちらとも、『ラン』同様に一番、本音に懐いている。最初の方は、"彼"のにおいが強く残っているからだったが、今では本音個人として3匹とも心を許している。

『ラン』は膝の上、『ルン』は肩、『ロン』は人魚座りしている足に頭を乗せ、各々、自分の指定席を陣取っていた。

 

本音

「・・・」

 

そんな3匹を撫でながら、本音は理想に近い思いを頭の中で再生していた。

もし、この場に"彼"がいたら、"どれだけこの幸せが増すのだろうか"と・・・

 

ロン

「がうっ」

 

本音

「ぁっ・・・」

 

『ロン』が足を甘がみする。おそらく、本音が考えていた事が伝わっていたのだろう。

寂しいのは勿論、本音だけではない。この3匹も、"彼"に関わっていた全ての人達も・・・

世間では、精神不安定で施設送り。各国政府では、全国指名手配犯。"彼"の正体を知っている人は心の中でずっと秘匿にして、何も知らない人は何も知らないまま"彼"の安否を気にかけている。

 

本音

「ごめんね~・・・みんな、寂しい、もんね・・・」

 

そう理解しても、沸き上がった悲しみは簡単に抑えられない。『ラン』を撫でる手が小刻みに震えて、その震えを『ラン』は黙って受け止めている。

 

本音

(今度はいつ・・・戻ってくるの? あと何日待てば、私に・・・声を聞かせてくれるの・・・?)

 

小学生の頃は、約10年は待たされたが、その頃はその悲しみを埋め合わす・・・と、言っては失礼だが・・・楽しさがあった。

姉の虚と一緒に、使用人の作法を習うのだって、習っている最中はつまらなかっただろうが、心に空いた穴を埋め合わせるほどの楽しみではあったのだ。

引き篭もりがちだった簪が、本音と一緒の学校に通うようになった事もそうだ。

"彼"が壊した"いじめ輪"は、完全に消滅して、今まで楽しい学校生活を送ってきているのもそう。

だが・・・それに気づいたこそ、今の本音の心の穴は大きい。

 

本音

「はぁ~・・・」

 

右手首にはめた白のブレスレットを見つめ、そっと撫でる・・・

 

ハナ

『・・・本音さん。少し、いいですか?』

 

すると、今まで沈黙していた『ハナ』が、本音の首飾りの銀鍵から声を発す。

 

本音

「どうしたのぉ?」

 

ハナ

『一応、ISネットワークで『死戔』の現在地を探ろうとしたのですが、反応がないのです。おそらく、機能が完全に停止しているのでしょう』

 

本音

「それって───」

 

ハナ

『心配はありません。『コウ』とはデータ上のリンクで繋がっています。それに、マスター自身に危害があれば、私達の存在はすでに消えています。だから、今は"無事"という事です』

 

本音

「そ、そう・・・そうなんだぁ」

 

"無事"の言葉に、笑みを浮かべてホッとする。撫でられていた『ラン』は、機嫌が良くなった事を感じ取ったのか、さっきよりも気持ちよさそうだ。

 

ハナ

『本音さん・・・マスターのどこに見初めたのですか?』

 

本音

「ふぇ!? ど、どうしたの、唐突に・・・?」

 

ハナ

『いえ。単なる興味本位です・・・失礼ですが、本音さんは男性との絡みが織斑一夏さん以外に、マスターしか該当しない。それも長い間、その気持ちが枯れる事無く、マスターに再び出会った』

 

本音

「枯れる訳ないもん・・・私がこうなれたのも、ぜ~んぶ獅苑くんのおかげだから」

 

ハナ

『ほ~・・・ぜひ、お話を聞きたいです』

 

ラン

「わんっ!」

 

『ハナ』だけでなく、『ラン』も同意した。

しかも、いつもマイペースな『ルン』も『ロン』も聞き耳を立てていた。

 

本音

「え~・・・つまんない話だよぉ」

 

そう言いながらも、彼女の声は明るい。

本音の思い出話は、日の出が沈めど止まらず、その話区切りをつけるように、すでに買い物から帰ってきた簪が渡り廊下からやって来た。

 

本音

「ん~? かんちゃん、どったの~?」

 

「実は・・・ちょっと来て」

 

手招きする簪に、本音は『ラン』達を引き連れてついていく。そして、広い居間までついていくと、下座のテーブルを囲むように神妙な顔を浮かべる楯無と虚もいた。

その中心のテーブルの上に、小さめのお届け物のダンボールが置かれていた。

 

本音

「ど、どうしたのぉ?」

 

本音も簪もテーブルに座り、本音が尋ねると、楯無が指先でダンボールに張られた"差出人"が書かれた紙を指す。

テーブルを乗り出して、覗き込むように本音が差出人を確認する・・・

 

本音

「ぇ・・・」

 

・・・絶句。

 

楯無

「これ、どうしよっか?」

 

沈黙の中、楯無が悩んだようにテーブルに両肘をつく。

差出人はなんと・・・"篠ノ之 束"

 

「しかし、何で彼女が私達に・・・」

 

楯無

「それが分からないから、みんなを集めたんでしょ。両親はロシアに一度、戻っちゃったし、電話も繋がらないし・・・私達で判断するしか」

 

ラン

「わんっ!!」

 

本音

「あっ、ランちゃん?」

 

その時、本音の後についていた炎犬3匹がテーブルに乗って、お届け物を囲う。

どうやら、"空けろ"とせがんでいるようで、『ルン』さえ興奮気味だ。

意図を受け取った4人は、互いに見合って意を決し、楯無が蓋を塞いでいたガムテープをカッターで切る。

 

楯無

「・・・[ゴクッ]」

 

少しずつ・・・少しずつ慎重に蓋を開く。

 

[ボンッ!!]

 

楯無

「きゃっ!?」

 

蓋を開けた途端、束モデルの人形がバネで跳ね出し、紙ふぶきが飛び吹く。

驚いて尻餅をついた楯無以外の3人も、驚いてテーブルから半歩下がっていた。ただ、炎犬の3匹は本能で分かっていたのか、そこまで驚いておらず、お届け物の中身に興味津々だ。

 

本音

「・・・わぁ!」

 

一番にお届け物の中身を確認した本音が、束人形を引き抜いて、お届け物の中を確認すると、嬉しそうな声を上げる。

ほかの3人も釣られてお届け物を覗くと、本音ほどではないが、驚いたように口をO字に開ける。

中に入っていたのは、ようかんにも似た"表面が焼けた薄白いプリン"・・・虚が先にプリンをフォークで切って、口に運ぶ。

 

「[モグモグ]・・・これは、サツマイモですね」

 

そのプリンが害でないものだと知った虚は、皿を取りに席を外す。だが、本音+炎犬×3が待ちきれず、本音がアルミ包まれたプリンをケースから取り出して、素手で食べだす。

3匹も、各々プリンを引っ張り出して、行儀良いのか悪いのかテーブルの上で食べだす。

 

「あっ・・・もう、行儀が悪いわよ」

 

人数分の皿とフォークを持ってきた虚は、既にプリンを食べ終えて指についた食べカスを舐め取る本音に注意を促すが、"えへへ"と笑いで受け流して、本音はまたプリンを手に持つ。

 

「まったく、もう・・・」

 

楯無

「別にいいじゃない・・・[パクッ] あっ、おいしい」

 

「え? [パクッ]・・・ホントだ」

 

「2人まで素手で・・・はぁ、今日だけですよ」

 

そう言って、虚もプリンを手に取って、口に運んだ。

 

本音

「うまうま♪」

 

もう既に、このお届け物の差出人が"篠ノ之 束"という謎を忘れ、目の前のお菓子に没頭していた。

これで、彼女の心の空いた穴が、少しでも埋まればいいのに・・・と、私も切に願う。それは"彼"も望んでいる事だろう・・・

 

 

 

一夏SIDE

 

 

初老

「申し訳ありません。当レストランでは、お客様の格好での入室をお断りしております」

 

一夏

「・・・え?」

 

ホテル『テリシア』の最上階のレストラン、俺は初老のウェイターに止められた。

 

【新鮮とは新発見】(7巻 『ヒーローの条件』から抜粋)

 

 

[回想]

 

[パシャッ]

 

シャッター音がスタジオに響き、目の前の女性"黛(まゆずみ) 渚子(なぎさこ)"はカメラを構えながら、片手の親指を立てて笑みを浮かべている。しかも、その背景には様々な機材とスタッフの方々、そして三日月ソファーに座っている俺の隣に居る・・・

 

「・・・///」

 

慣れない服装にモジモジさせる箒。

今日は、さっき紹介した黛先輩の姉、渚子さんが副編集長を務める雑誌『インフィニット・ストライプス』の取材でこのスタジオに通されている。

その前にも、色々と質問とかされたりして、その後に撮影用の服装に着替えさせられて、この今の状況に至っている・・・

 

渚子

「う~ん、並んで座ってるだけじゃ、絵にならないわね・・・織斑君、篠ノ之さんの腰を抱いて」

 

一夏・箒

「・・・は?」

 

渚子さんの発言に、俺と箒はあんぐりと口を開ける。だが、渚子はさきほどの笑みを消し、すごい剣幕で俺に"腰を抱け"とせかす。

パニックに陥りながら、箒のどの部分に触れていいのか模索する。そんな俺を見かねたかのか、箒の方から抱きやすいように身を預けてきた。

 

一夏

「ぁ・・・」

 

箒が、カジュアルなスーツの布越しから俺に触れた時、甘いにおいが鼻をくすぐる。

胸元が露出するブラウスに、フリルのミニスカート・・・箒が絶対に着なささそうな可愛らしい服装を再度見つめると、俺の心臓にさらに衝撃を与える。

 

一夏

「・・・」

 

「・・・」

 

心臓の鼓動が直接耳元で聞こえるかのような錯覚に陥り、箒の真っ直ぐな瞳から目が離せない。

こうしていると、夏の臨海学校のあの夜がフラッシュバックで蘇る。

あの時は、この瞳に吸い寄せられたかのように───

 

[パシャッ]

 

一夏・箒

「っ!?」

 

シャッター音とフラッシュが俺達を我に返させる。

 

渚子

「うん♪ 中々、良い絵が取れたわ!」

 

一夏

「え、えっと・・・」

 

「・・・///」

 

途端に、気恥ずかしくなった俺と箒はパッと離れる。

渚子さんは屈託のない笑みで親指を立てていた・・・

 

[回想終了]

 

 

そんな訳で、その取材のお礼として、このホテル『テレシア』のディナー券を貰ったのだが・・・

 

一夏

「いや、でも・・・どうすればいいですか?」

 

初老

「このホテルの三階にショップがございます。ご足労ですが、タキシードやスーツでまたお越しください」

 

一夏

「え、えーと・・・ちなみに、一番お安いので、いくらぐらい?」

 

初老

「十万円ほどかと・・・」

 

一夏

「・・・」

 

ぐほぉっ! 一高校生が払える金額じゃねぇ!!

 

「どうしたの?」

 

不意に、澄んだ声が背後から聞こえる。

振り向けば、そこに・・・

 

初老

「これは、ミス・ミューゼル。今日はどのようなご用で?」

 

スコール

「ちょっと"社長"にね・・・なにかトラブル?」

 

紫色のドレスを着こなした金髪の美女が立っていた・・・

 

一夏

(あれ? この人、どこかで・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スコール

「あら、似合うわぁ」

 

一夏

「ど、どうも・・・」

 

その後、この人と一緒に三階の紳士服売り場ショップに連れてかれた・・・いや、この言い方は失礼か。

事情を聞いたミューゼルさんは、"服を買ってあげる"という事で、俺はいかにも高そうなタキシードを着ている。

正確な値段はミューゼルさんに値札を奪われて分からないが、0が五つあるのは間違いない。

 

一夏

「あ、あの~、やっぱり頂けません」

 

スコール

「まだ気にしていたの? 可愛い子ね」

 

一夏

「いや、だって、親切にしてもらってこんなこと言うのもアレなんですけど、理由がないというか・・・」

 

ここまでされてしまうと、良心が痛む。

それにまだ、俺はミューゼルさんを信用していない・・・俺の心のどこかで"敵"と認識していた。

 

スコール

「"理由がない"・・・本当にそうかしら?」

 

一夏

「え?」

 

スコール

「もしかしたら、私達は一度会っているかもしれない。いや、会ってないけれど、どこかで繋がってるかもしれない・・・だから、例え本人同士が始めて会う仲でも、助け合いは必要でしょ」

 

花屋の店員

「ミス・ミューゼル。ご注文の品です」

 

ミューゼルさんの後ろからバラの束を持った花屋の店員が現れた。

そういえば、さっきどこかに連絡していたなぁ・・・

そう思い返していると、バラの匂い嗅いだミューゼルさんから、その花束を渡される。

 

一夏

「はい?」

 

スコール

「ディナーのお相手、待たせてるんでしょう。だったら、花束ぐらい持って行かないと紳士失格よ」

 

手をひらひらと振って、俺に最上階のレストランに行けと促すミューゼルさん。腕時計に目を落とせば、予定より1時間も遅れていた。

 

一夏

「す、すみません! 必ず代金の方はお返しします! 本当にありがとうございました!」

 

スコール

「ほら、もう行きなさい」

 

紳士服売り場からエレベータまで移動して、↑ボタンを押し、開いた無人のエレベータに乗り込む。

 

一夏

「あの、最後に名前だけでも教えてもらえませんか!」

 

ドアが閉まる前に尋ねた大声だったが、ミューゼルさんは手を振っているばっかで俺の声は聞こえなかったみたいだった・・・

 

 

 

 

 

 

 

スコール         (スコール)

「駄目なのよ。あなたが『土砂降りの雨』を覚えていては・・・」

 

スコールが梅雨ならば、あなたは"夏"・・・梅雨を越えて、夏を迎えるのよ。

 

スコール

「"女の園"で楽しい生活を・・・織斑一夏君」

 

 

 

 

 

 

 

箒SIDE

 

 

「・・・」

 

レストランの一番奥の席。夜景を一望できるその席で、私はモジモジさせながら座っていた。

都会のハイライトに目もくれず、ただただ一夏が来るのを待つばかり・・・その原因は、今着ているドレスだ。

さすがは女尊男卑の世の中。男は紳士服を買って来いと追っ払うが、女にはこうしてドレスを貸し出してくれる・・・(それが原因なんだけど)

 

(へ、変ではないだろうか・・・)

 

白を基調にしたドレスを見下ろす。やはり、和服の方が着慣らしが良い・・・

 

一夏

「悪い、遅れた!」

 

すると、背中に待ち人が不意に声をかけた。

1時間以上も待たされたのだ。文句の1つも言ってやらないと気が済まない!

 

「遅いぞ、一夏! お前は一体、何をして───っ!?」

 

席から立ち上って振り向いた時、世界が止まった・・・そして、怒りで燃えていた"熱"とは別の"熱"が燃え上がる。

 

一夏

「よぉ」

 

タキシード姿の一夏がいた・・・

上質な黒統一の正装は、スマートで凛々しく見えた。

 

(か、格好良い・・・)

 

言いぶつけてやろうとした文句は、もう何処へ行ったのだろうか、すでに手元にはなかった。

 

一夏

「これ、受け取ってくれ」

 

そんな一夏に見惚れていると、赤いバラの花束を渡される。

 

「ぇ・・・」

 

人生初、異性から渡された赤いバラ・・・この展開が夢のように思えて混乱する。

 

(一夏が遅れて、それに怒って、落ち着かなくて、そしたら花束を渡されて・・・)

 

何がなんだか分からない。

分からないまま、ポツンと2人で立っていると、老紳士のウェイターが着席を促した。

 

ウェイター

「それでは、当店のスペシャルディナーにようこそお越し下さいました」

 

丁寧なお辞儀をされて、私も一夏も半テンポ遅れで頭を下げた。

その後、コース順にメニューがテーブルに運び込まれる。未成年なので、アルコール類の代わりにミネラルウォーターがボトルで出された。

 

一夏

「・・・」

 

「・・・」

 

私は、まだ緊張が解けず、黙ったまま出された食事をちゃんと味わえず喉に流す。

明らかに、ここは場違いだ・・・それは一夏も思っていると思う。他のテーブルの人達は見た感じ、上級階級の大人達だろう、一夏もさっきから、チラチラと周りに視線を移しているし。

それに、私が着ているドレスにも時々目配せをしている。見劣りしてないだろうか・・・

 

一夏

「箒」

 

[ドキッ!]

 

突然、声をかけられて無意識に俯いていた顔を上げた。

 

一夏

「その、ドレスだけど───」

 

真剣な眼差しに、私は身を強張らせ、次に一夏が発する言葉を待つ。

もし・・・もし、変だと。似合ってないないだと言われたらどうしよう・・・そんな不安に駆られ、バクバク心臓が暴れだす。

 

一夏

「───いいな。よく似合ってる」

 

[ドキッ!]

 

二度目の心臓の高鳴り。

 

「そ、そうか・・・それは、何よりだ」

 

平静を装って、咳払いを一つ。

だが、鼓動が納まらない胸は張り裂けそうだ。自分でも顔が赤くなっているのが分かる。照明が暗かったのが幸いだった・・・

 

一夏

「しかし、さすが一流ホテル。どの料理も滅茶苦茶うまいな」

 

(こっちは、お前のせいで味も分からんわ!!)

 

文句を心で叫びながらも、私は目の前の一夏にドキドキしていた。

学園祭の時もそうだったが、どうしてコイツは、こんなにも大人の正装が似合うのだ。

真正面から一夏が見れない・・・見たら、もっと顔が熱くなる。

 

(だが、チャンスは今しか───こ、こっ、告白するんだ!)

 

自分の思いを伝えるぞと意気込むが、勇気が出ない。

 

(ええい! 要は気合だ!)

 

私は景気づけにグラスを手に取って、一気に中身を飲み干した。

 

「い、い、一夏っ!」

 

一夏

「なんだ?」

 

「わ、わたっ! 私は───」

 

言うぞ・・・言うぞっ!

 

「私はお前の事・・・が?」

 

"好きだ"と言う手前、私の体から力が抜けた。

 

「・・・はれ?」

 

世界がぐるぐると回っている。

 

(なんだ・・・どうした、何が起こっているんだ?)

 

と、思ったところで、コンセントが抜かれたテレビのように、プツンと意識が途切れた・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見ていた。

広い花畑で1人、何かを待っている。

とても大切な・・・何か。

いや、何を待っているのか分かっている───王子様だ。

 

王子様

「─────」

 

誰かが私を呼んでいる。

私はそれに答える。

 

王子様

「乗って」

 

白い馬に乗って現れた王子様の手を取り、馬上へ。

私は王子様の胸に抱かれて、胸を高鳴らせた。

 

王子様

「行こうか」

 

"どこへ?"とは聞かない・・・どこでもいい。

世界中のどこでも。

あなたとなら、どこへでも・・・

 

[ギュッ]

 

ぎゅっと王子様を抱きしめる。

そのぬくもりが、確かに感じる鼓動が、ただただ幸せだった。

 

王子様

「箒・・・」

 

ざああっと、風が吹き抜けた・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏SIDE

 

 

「ふふふふふ・・・しゅき~!」

[ギュウウウウ~~~!]

 

一夏

「ぐええっ!?」

 

止めろ、箒! 首を絞めるな~・・・!

箒がぶっ倒れてから俺は、ドレスを着たままの箒をおんぶしてIS学園の帰路につくため、駅に向かっている。

まさか、ウェイターが箒に出したグラスに、ミネラルウォーターじゃなくてアルコール度数が高いお酒を入れてたとは・・・

 

[チラチラ・・・]

 

道行く人達の視線が痛い・・・片方はタキシード。片方はドレス。あのレストランとは別の意味で、俺達はこの場で浮いている。

しかも、箒は時折、笑い出すので、周囲の視線が余計集まる。

だが、レストランに居た時よりはマシ。

突然、"にゃはははは!"って笑い出すし、上級階級の人達を無視して大声上げるし、挙句の果てには寝るし・・・

とりあえず、人通りの少ないところに行こう。

 

おっちゃん

「よっ、兄ちゃん! ラーメンどうだい?」

 

街灯が少ない薄暗い通りにポツンと佇む屋台。

そこから顔を出す中太りおっちゃん。寒い時期なのに上着はノースリーブ一枚で、麺の水をきっていた。

 

一夏

「いや、俺は───」

 

断ろうと思った。だって、箒を背負ったままだし、このまま一直線で学園に戻らなければ、千冬姉の鉄拳が飛んでくる。

だが、屋台から漂う匂いが俺の足を止めた。

さっきまで高級料理を口にしていたが、箒の酒暴走であまり腹を満たせなかった。

 

一夏

「じゃ、じゃあ・・・」

 

おっちゃん

「いらっしゃい! 1つでいいのかい?」

 

おっちゃんは箒のために布と余った木の座席を出して、座席に箒を寝かしてくれた。

ラーメンはすぐに出された。

割り箸を割り、ラーメンをすする。

 

一夏

「・・・ん~、うまい!」

 

スタンダードなラーメンだが、庶民らしい味で食べやすい。"テレシア"のシェフには申し訳ないけど、俺にはこっちが合ってる。

ってか、タキシードにラーメンか・・・

 

チンピラ

「おおぉい! 邪魔するぜぇ!」

 

服装と状況のギャップに苦笑いしていたら、突然、柄の悪い若者が屋台に乗り込んできた。

驚きで、麺を喉を詰まらせてしまった・・・

 

おっちゃん

「よぉ! また来たか、ガキんちょ!」

 

だが、おっちゃんは毎日の日課みたいに挨拶を交わして、麺をきりだした。

チンピラも座席に座って、耳と鼻につけたピアスを揺らして、俺と寝ている箒を見た。でも、すぐにおっちゃんが出したラーメンを食し始めた。

 

チンピラ

「珍しいな。まさか、富豪様がこんなシケた屋台に来るなんて」

 

いきなり、話しかけられたが、俺は普通に返す。

 

一夏

「いや、富豪ではないです」

 

チンピラ

「その割には、高そうな服だな・・・俺には程遠い代物だな、こりゃ」

 

なんかこの人、外見と話し方が合わない。口は悪いけど、そんなに悪そうな人に感じない。

 

おっちゃん

「兄ちゃん! コイツね、最近ジムに通ってんだぜ! 何でも、どうしても勝ちたい奴がいるんだと!」

 

チンピラ

「こら、ジジィ!! 勝手な事言いふらしてんじゃねぇ!!」

 

チンピラさんが怒号を上げているのに、おっちゃんはヘラヘラしながら俺に説明してくれた。

どうやら、昔は見た目どおりの悪だったこのチンピラさんは、ある女性に多数で絡んだら、返り討ちにされたという。

それ以降、その女性に付き纏っては病院に行き、また絡んで病院に。

そんなコントみたいな事を繰り返しているうちに、ジムに通ってまで自分を鍛えようとしだして、周りの住民もチンピラ達を何故か応援するようになってしまい、"付き合いの良いチンピラ"という不可思議なレッテルが貼られたらしい。

 

チンピラ

「そいつがよ、綺麗な面しといてメッチャ強くてな・・・」

 

いつの間にか、チンピラさんの愚痴り話になり変わった。

どうやら、チンピラさんのお友達さんもジムに通いつめて、己を磨いているようだ。

だが、肝心の相手がここ最近、てんで現れなくしまったようで・・・

 

おっちゃん

「まあ! ここは一杯、パァッとやろうや! 兄ちゃんも参加するかい?」

 

一夏

「い、いや、俺はちょっと・・・」

 

そろそろ帰らないと、本気でヤバイ。

 

一夏

「それじゃ、ご馳走様」

 

おっちゃん

「代金はいらねぇ! 俺が引き止めちまったんだ。奢りだ奢り!」

 

一夏

「で、でも・・・」

 

チンピラ

「何、遠慮してんだよ! おっちゃんの気が変わる前に帰りねぇ!」

 

また、紳士服の時と同じ展開・・・

たぶん、この2人もどれだけ粘っても断固として意見を変えないだろう・・・

 

一夏

「い、いつか、払いに来ますから!」

 

おっちゃん

「そん時は、友達も連れて来いよ!」

 

俺は箒をまた背中に抱え、駅の方へ走る。

 

一夏

(これは、確実に千冬姉の鉄拳が飛ぶなぁ・・・)

 

「zzz・・・」

 

 

 

【就職デビュー・・・だが、本業は───】(その2)

 

 

お婆さん

「・・・まぁ、前よりは上達したわね」

 

B

「うっし」

 

俺がこのパン屋に勤めて数週間が経った・・・

スコールとオータムの情報を聞いた俺は、次の日に婆さんに頼み込んで、ここで働かせてもらっている。

"事情"を共有しない事を条件にして。

 

お婆さん

「でも、まだまだね。これじゃ、店に出せない・・・という訳で、坊ちゃん。店の掃除、頑張ってね」

 

そう言って、婆さんが店の奥へ入っていった。

 

B

「"坊ちゃん"って呼ぶなってーの・・・」

 

そんな事を口ずさみながら、ホウキとちりとりを持って店前の掃き掃除を始める。

 

W

「・・・ガンバ」

 

B

「その言葉が一番、心に刺さるんだが」

 

店前まで小椅子を持ち出して、俺を監視していたいのか、コイツは? しかも、勝手に店の品物に手をつけてるし・・・

 

お婆さん

「お嬢ちゃん、お餅が焼けたわよ~」

 

W

「[ピクッ]・・・じゃ」

 

片目を隠した前髪が、婆さんの声の反応で揺れ、『越界の瞳』を隠す包帯があらわになる。

だが、その時には、食事中のメロンパンはすでに『W』の口の中へと消え、店奥に行く前に、振り向いて手を上げて行った。ちょっと笑っていたようにも見えたが、気のせいだろう。

ってか、『W』には甘いのな、あの婆さん・・・

 

スコール

「は~い! 様になっているわよ、そのエプロンと掃除用具」

 

オータム

「まっ、マジでやってがるよ! ウケる!」

 

B

「・・・何しに来やがった」

 

2人はカジュアルな私服を着て、俺の清掃姿に笑みを浮かべている・・・というか、オータムの場合、腹を抱えるほどドツボにはまっていた。

 

スコール

「そんな冷たい言い方しないでよ・・・実はね、ちょっと忠告に来たのよ」

 

B

「忠告・・・婆さんのか?」

 

スコール

「ええ。今週には何かしらのアクションがあるはずよ」

 

B

「相手の装備は?」

 

スコール

「装備ね・・・非常に言いづらいんだけど」

 

オータム

「ISが出るかもしんねぇって話らしいぞ・・・クククッ」

 

話に加わったオータムだが、未だに俺と目が合うと口から堪えた笑い声が漏れる。

 

B

「"IS"だと? 二階堂が政治的権力を握っているのを教えてもらったが、数が限られているISを、こんな古びたパン屋襲撃に使うのか?」

 

スコール

「さぁ・・・」

 

B

「・・・」

 

まさか、スコールの奴・・・変な真似をしてないだろうな・・・

 

お婆さん

「坊ちゃん、掃除終わっ───あら? お客様で?」

 

部屋の奥から『W』を引き連れて様子を見に来た婆さんが、スコールとオータムに尋ねる。

 

スコール

「いえ、この子の育て親です」

 

B

「はぁ!?」

 

お婆さん

「あぁそうなの。じゃあ、お嬢ちゃんもそうなのかしら?」

 

W

「・・・?」

 

ほら、空気読めないで、首を傾げて───

 

スコール

「ヴィヴィ、お婆さんに迷惑かけてない?」

 

ヴィヴィって何・・・?

 

W

「たぶ、ん・・・おかあ、さん」

 

"おかあさん"って何!?

 

お婆さん

「じゃあ、こちらでお茶にしませんか? お餅がありますけど」

 

スコール

「ありがたいお誘いだけど、これからちょっと用事がありまして・・・2人とも、お婆さんにご迷惑をかけないようにね」

 

W

[コクッ]

 

B

「あ、あぁ・・・」

 

スコール

「2人をお願いします」

 

オータム

「じゃな~!」

 

B

「・・・」

 

お婆さん

「ユニークなご家族ね」

 

B

「・・・本当に」

 

 

 

 

 

 

 

その日、俺は婆さんの家に泊まった・・・スコールの忠告どおりなら、今日、襲撃に来るかもしれない。

 

B

(って、何で俺がこの婆さんのお守りをやってんだ・・・? いや、違うな)

 

W

「zzz・・・」

 

コイツが婆さんのお守りで、俺がコイツのお守りなんだ。

『W』はクローンの中で心が穏やか・・・というより、仲間思い一番強い奴なんだ。

そして、一番子供っぽくて、大人っぽい・・・(矛盾しているが、そういう奴だという事は理解してほしい)

何だかんだで、婆さんの事が心配な『W』は、俺が店に働き出した時からこの店で婆さんと一緒に寝床を共にしていたんだ。

 

B

(婆さんも婆さんで、孫みたいに接して。明日は婆さんの夫の墓参りしに行くらしいし・・・その後も出来れば、このまま───)

 

[ッ・・・]

 

B

「・・・」

 

空気の読めない奴らだ・・・ってか、忠告された当日に来るなよ・・・

布団の中で握り締めていた"金の硬貨"を握り返して、隣で寝る婆さんと『W』を起こさないように立ち上がった。

 

B

(さて、"本業"に戻るか・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、二階堂ボックス社では、社長室に繋がる扉の前に立つ黒服の男女。以前、パン屋に訪れた2人だ・・・

 

黒服1

「本当に・・・これでいいのか?」

 

黒服2

「言わないで。楊様には手荒な真似はしないはず・・・"あの店"は取り壊されるでしょうけど」

 

黒服1

「楊様・・・」

 

黒服2

「問題は、社長が雇った"アイツ"が信頼できるかどうかよ」

 

黒服1

「死肉の"屍(カバネ)"・・・国籍不明なのに、世界的貴重なISを所持している流浪(るろう)の傭兵・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辺りが暗がりに満ちた店の前・・・そこに精力の抜けた白髪をしたボロボロの布を纏う女性が1人。

 

カバネ

「ひひっ!・・・楽な仕事じゃねぇか、ババァの誘拐なんざ・・・せっかくだから、この家もババァも"赤く染めてやんよ"」


 
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