No.504164

〔AR〕その5

蝙蝠外套さん

twitterにて週間連載していた東方二次創作小説です。

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2012-11-04 03:02:27 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:466   閲覧ユーザー数:466

 香霖堂で、いともたやすくえげつない行為が行われているのと、同じ日の人里。

「阿求、さっき少し確認してきたんだが、お前の出したあれはこの一週間でかなりの閲覧数を叩き出しているようだ」

 稗田の屋敷に顔を出した慧音は、すぐさま阿求の部屋を訪れた。

「ええ、私も効果を実感しているところです。先ほども里外の方が見にこられたんですよ」

「どうも、あの会談のことは、あまり幻想郷全体に知られてはいなかったようだな。会談の時は自然に人が集まっていたから、注目度が高いとばかり思っていたが」

「そのようですね。会談そのものは別段宣伝したわけでもなかったから当然ではあるんですが――やはり私としては、多くの方が一度に見られるようになったのが効いているのではないかと」

 今日でバイオネットの開始から一週間。阿求は、慧音や里長達と協議した末、里の広場の一角に、かの妖怪から支給されたバイオネット端末を設置した。そして、住民が広く利用できるような設備を整え、サービスの開始を迎えた。

 プレスリリースでのサプライズを経て、バイオネットの開始初日に、阿求は満を持して、とある文章を共有化させた。

 それは、昨シーズンの冬に行われ、この春に新たな幻想郷縁起の一部として追加された、八坂神奈子、聖白蓮、豊里耳神子による、三宗教の三者会談録だ。正確には、その一部分、最初の章のみである。

 反響はすぐに届いた。公開翌日には全文を見てみたいと希望する者達が、次々と稗田家を訪れるようになった。

 これが、阿求の狙いであった。最初の章だけを公開したのは、単純に広告を打つだけではなく、試し読みを可能として、より興味を引くためであった。作業量的に、全文が載せられなかったという都合もあるが。

「しかしなんというか、開始早々この働きぶりでは、天狗の新聞記者達は面目まるつぶれではないか?」

「確かに。この事態に対応できていないのか、この一週間ほとんど新聞がでていませんね。ですが、私と同じような目の付けどころをしている方もいるようで」

 阿求は、慧音に一枚の紙を見せた。

「花果子念報……これは天狗の新聞だな。だが、いつもの紙じゃない。バイオネットから転写したものか」

 天狗が発行する新聞は、人里で普及している紙とは違う種類のものであり、一目でわかる。窓拭きや簡易包み、火を起こす種火として、何かと重宝されている。

「私とほぼ同時、バイオネットのサービス開始直後に共有化して投稿したみたいですね。そして、通常の新聞の方も同日に発行されているんです」

 たまたま置いてあったのか、それとも誰かに説明するために用意していたのか、阿求は続け様に通常の花果子念報を机から取り上げ、それも慧音に見せる。

「ここからが興味深いところで、バイオネットにて共有化された方……仮に共有版とでもしましょうか。それと通常版は、それぞれ別の記事になっていて双方に興味を持てるよう誘導される作りになっているんです。

 まぁ、荒削りなのか、色々と露骨な部分はありますけど」

「それは、両方見てみないと、全体がわからないということか?」

「そういうわけでもないみたいです。荒削りなりにそこら辺は考えているようで、一つの記事の内容が、新聞の種類をまたぐようなことはしていないですね」

「普段の倍の労力だな。しかし、認知度を高めるという点では悪くない、か」

「労力にしても、通常の新聞とバイオネットで推奨されている書式が結構似通っているようですので、案外やりやすかったかもしれませんね」

「しかし、皆自由に利用しているようで、興味深いね」

 阿求と慧音がそのように話し込んでいると。

「阿求様、慧音さん。よろしければお茶はいかがですか」

 女中が、気を回したのか阿求と慧音二人分のティーセットを持ってきた。二人は遠慮なくそれを頂く。

 一息ついて、阿求は会話を再開した。

「しかし、なんですねぇ」

「どうした?」

「なんか、思ったよりも簡単に受け入れられて、不安がっていたのは私たちだけなのか、と思えてきちゃうくらいです」

「うむ。里人達も商魂たくましくてな、端末の周辺は市場かと思えるほど、商売人達が集まっている」

「紙とか筆記具が、飛ぶように売れているのでしょう?」

「それと、紙をまとめる金具とかな。聞いた話によれば、転写した魔力文字の筆記代行業を考えているものもいるとか」

 バイオネットは、現状送信された手紙の内容は機械の方に保存され(ているとの触れ込み)、再度の閲覧が可能となっている。このため、手紙を確認するだけであれば、時間制限があり、物理的保存にも手間がかかる紙への転写は必要はない。

 ただもちろん、現状端末の数は一つであるため、住人の多い人里では当初から利用制限が設けられていた。これでは、悠長に端末で手紙を読み終えることはできない。よって紙への転写と物理的な保存方法は、運用上の必須事項だった。そのような運用上の問題と対策は、ほとんど阿求と慧音が導きだし、策定したものであった。

「後は、商売上の問題が波及しないことを祈りましょう」

「そこら辺は、里長達に任せているから大丈夫だとは思う……あ、そうだ。手土産として、気になるものをいくつか持ってきたぞ」

 慧音は持ってきた鞄から、封筒を取り出して、さらにその中から紙の束を引き出した。紙の厚さは、洗濯板程度はありそうだった。

「まずはこれだな……プリズムリバー楽団のコンサートの宣伝なんだが、素人目に見てもいいデザインセンスをしている」

 慧音が阿求に差し出したのは、説明通りプリズムリバー楽団の宣伝チラシだが、楽譜をモチーフとした意匠にイラストが飾られていた。バイオネットは基本文字を送るものだが、モノクロ化など制限はあるものの、絵や写真を送ることも可能である。

「ほう、三女さんがデザインしたと……ええ!? 幺樂団リスペクトライブ!? そんなの行くに決まってるじゃないですか!」

「聞いた話によれば、最近ようやくあの音源の再現が形になってきたそうでな」

「これは万難排してチケットをとるしか……あ、広告特典?」

 阿求はあることに気づいた。チラシの角に、「広告特典・広告を転写した紙もしくはインクで記録したものをお持ちの方にはチケット優待」という記述があった。

「その紙には魔力文字の転写しかしてないから、チケットがほしければそこの部分だけペン入れしておくといい。さすがに絵までトレースするのは骨だろうし」

「今すぐなぞります!」

 机の上に転がるように近づいて、卓上の万年筆を取り、怒濤の勢いでもって書く阿求。そのスピード、実に九秒。

「ふう……失敬、取り乱しました」

「喜んでくれてなによりだ。後はそうだな……なんと、文学作品を公開している剛の者もいてな。興味があったので持ってきた」

「ほう。まだ一週間だというのに、そこまでする人が出ましたか」

「公開されているのはわずかで、それも長いものではない。詩歌がメインで……あ、でもこの小説は、突出して長かったな」

 慧音は紙の束を慎重にめくる。すると、実に紙の束の半分以上が、ひと固まりの作品であることが判明した。推測するに、短編一本か二本にはなるだろう。

「ええ、これで一作品……ですか?」

「ものは試しに転写してみたら、相当な分量だったそうでな。それをもらい受けてきた。だから私はまだ中身を見ていないし、当然インクで保存されてもいない。今日の夜更けまで文字が保つかわからないが、読んだら感想を聞かせてくれ。私はこれから仕事があるのでな」

「わかりました。あ、長文の方は無理でしょうけど、歌の方は筆を入れて明日にでもお渡しします」

「助かる。ではそろそろお暇するよ」

 慧音は無駄なく自分の使った茶器を台所に戻していき、阿求に見送られながら、稗田家を去った。

 自室に戻った阿求は、いそいそと、慧音が置いていった紙の束をめくる。今日は予定もなく、まだ夕方まで十分時間がある。詩歌をなぞっておくのも必要だが、先に、時間のかかりそうな分厚い方を片づけることにした。

「えーっと……作者は……ペンネーム……つまり匿名ですか。まぁ、なかなか実名公開して自分の創作を見せるなんて、できないですよね」

 ひとりごちて、阿求はのんびりと小説を読み始めた。

 ……それからいくばくかの時間が経過し。

 まだ夕焼けに染まりきらない初夏の夕時。

 阿求は、華奢な体を全力疾走させて、バイオネット端末の設置場所に踊り込んだ。人がにぎわう時間は過ぎていたらしく、順番待ちはなかった。

「おや、稗田のお嬢ちゃん。どうしやした?」

 端末の窓口役である初老の男性が、突然やってきた阿求の姿に目を丸くした。

「すみません! 今から少々端末を占有させていただきます!」

 そして阿求は、わき目もふらずバイオネット端末に食いつき、一心不乱にパネルを操作した。

 心臓が高鳴っているのは、走ってきたからではない。それより前、あの小説を読み上げた時から、ドキドキが止まらなかった。

 ――小説って、こんなに素敵なものだったんだっ!


 
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