No.503402

BT-バッテリー 試読み

いつ花さん

控え捕手(ワンコ後輩)×エース(ツンデレ先輩)の憧れからの青春BL。OFF発行物の試し読みです。続きが気になる方は「ポッチョム’s」でコミティア・J庭に参加してますので、よろしくお願いします♪

2012-11-02 10:16:52 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:447   閲覧ユーザー数:447

その姿を初めて見た時から、きっと心を奪われていたのだと思う。

 リトルシニア春季大会。

 自分よりも頭一個くらい小さい体の相手の投手。

 速球派投手だと聞いてはいたが、その細い右腕・サイドスローで投げられる球は想像よりもはるかに速かった。

 投手の手からボールが離れたと思った瞬間、バッターボックスに立つ柏圭吾の前をあっと言う間に通り過ぎ、重く心地よい音を立てキャッチャーミットに吸い込まれていく。

 

――は、はえぇ~……。百四十は出てるか?

 

 初めて立った打席、その速さにビビッてしまった柏は、緩急つけたリードに翻弄されて、バッターボックスに立ち尽くして終わった。

 チームメイトも柏と同様全く手が出ず、結局全員三球三振で打席一巡。沈んでいくベンチの雰囲気を何とかしなければと、柏は二打席目からはとにかくバットを振った。

 しかし、柏の目がようやく速球に慣れファールを頻発し始めた頃、相手バッテリーは突如変化球を投げた。

 

――なんだ、今の……。え? シンカー? フォーク?

 

右に曲がりながら落ちる球筋だけを見ると、シンカーのようだが、一度浮き上がってから落ちたような気がする。しかもフォークのように落差がすごい。

 ストレートしかないと思っていた柏はまんまと空振り、三振に取られた。

 今まで見た事が無いその球の軌道に、速球同様誰も全く手が出なかった。

 結局その日の試合は負けた。

 キャッチャーのパスボールで出塁は出来たが、そのチャンスを活かすことが出来ず、初めてノーヒットノーランをやられた。

 悔しかった。悔しくてたまらなかった。

 自分が同じ投手というポジションだったからかもしれない。

 あの速球と不思議な変化球。そしてそんな球を放る、自分より小さく細い投手。

 柏はその後もずっとあの投手の事が忘れる事が出来なかった。

 

――なんであんなひょろいチビがあんな球投げられんだよ……いくつなんだ? あいつ。

チビだけどさすがにあんな球、この前まで小学校だったやつが投げてるなんてありえねーだろ。年上にしてはなんか幼すぎる気もするしなぁ。やっぱ二年……?同じ歳かなぁ。

 

 あの試合を思い返す度、次第に柏は自分にないものを持つ相手に対して興味を持ち始めた。

 

――どんな奴なんだろう。……また対戦出来ないかなぁ……。

 

 知っているのは所属チームと名前だけ。学年もどこの中学なのかもわからない。

 それでも、野球を続けていればまた必ずどこかで会えるはず。柏はその日が来るのを楽しみに、一生懸命練習に励んだ。

 しかしその思いは叶えられる事なく、柏は中学三年の春――チームを引退した。

 その年の秋。

 野球部の雰囲気を知ろうと見に行った高校野球の練習試合で、柏は偶然あの投手に再会した。

 

 

 

*****

 

「圭吾ー! そっち終わったなら来ーい」

 

 打撃練習が終わり、一息吐いてヘルメットを脱ぐと、ブルペンで投げていた一つ上の先輩・三年の佐和司が柏を呼んだ。

 

「あ、はーいっ! 今行きます!」

 

 走ってブルペンに向かうと、 

「座れ」

 説明もなく佐和はグローブでキャッチャーポジションを指し、手首を二、三度下げた。

 傍らにはボールがたくさん入ったバケツが置いてある。

 

「あっ、は、はいっ!」

 

 佐和の意図を理解すると、柏は慌ててキャッチャー防具を着け、指示された場所でキャッチャーミットを構えた。

 

「十球。一球ミスる度にトラック十周な」

 

 柏が座ったのを確認すると、佐和は意地悪そうな笑みを浮かべ、ゆっくりと振りかぶった。

 

「え?! じゅっ……え?!」

 

 佐和の不吉な台詞に一瞬慌てるが、その意味を確認する間もなく佐和はサイドスローからボールを放った。

 

「うわっ!」

 

 速球が低い音を立てて、構えたミットに吸い込まれる。

 

「そら、どんどん行くぞ」

「は、はいっ」

 

 一度投球が始まると、佐和はテンポよく次々とボールを投げる。こうなったら余計な事を考えていられない。徐々に球速を上げてくる佐和の速球は、集中しないと対応出来ない。

 全神経を集中させ、ボールを追う。

 

「……ほぉ~」

 

 全力投球を含めなんとか九球受けると、ふと佐和の腕が止まった。

 

「はぁ~……」

 

 佐和が一呼吸置いたその間に、柏は一旦集中を解き深く息を吐いた。捕球している間、息をするのを忘れていたかのように息が上がっていた。たった九球しか受けていないのに、かなりしんどい。

 しかし、昨日は三分の一も零していた球を今日はかろうじてだが、全て捕球出来ている。

「……ほぉー。ほー、ほー。やるじゃん。一応成長してんだ」

 

 感心したように柏を見つめ、何度も頷いた。

 

「は、はいっ! ありがとうございます!」

「おいまだラスト一球残ってっぞー。早く座れよー」

 

 滅多に無い佐和の褒め言葉に驚いて思わず立ち上がる柏に、佐和は笑みを浮かべ、最後の一球を手にした。

「あ! はいっ」

 

 慌てて再び座る。

 そして改めて佐和へ視線を送る――と、先ほどまで優しく可愛らしい笑みに見えた佐和の笑顔が、不敵なものに変わった。

 

――来るっ

 

 嫌な予感が柏を襲った。 

 このままあの佐和が簡単に終わらせるはずが無い。恐らく最後に渾身の一球が来るに違いない。

 慌ててミットを構え、一球に集中する。

 そして佐和が振りかぶった瞬間、柏はハッとした。

 

――シンカー?!

 

 予想通り放たれた速球はいつものボールの軌道とは違い、スッと右方向に曲がりながら落ちていった。

 しかし瞬時に察知出来ても、落差の激しい佐和特有の球筋を捕らえる事が出来ず、ボールを手元でワンバウンドさせ、さらにマスクに当ててしまった。

 

「いっ……っ」

 

 衝撃と同時に痛みもマスクを通じて額に伝わる。

 

「いえ~い! 十周追加ぁー♪」

 

 それを待っていたように、佐和は嬉しそうな顔でガッツポーズをする。

 

「き、きったねぇー! いきなりシンカーなんてずりぃ! 聞いてないですよ!」

 

 マスクを外し、額を押さえながら涙目で訴えるが、

 

「うっせぇ、へぼキャッチャー。ストレートだけ捕れたって試合で使えねーだろーが」

「うー……」

 

 佐和に痛いところを突かれてしまった柏は、返す言葉を失った。

 

「ほら、早く走って来い。あ、防具はつけたままな」

 

 そんな柏に佐和はニヤニヤしながらグラウンドを指差す。

 

「お……鬼ぃー!」

 

 柏はそう捨て台詞を吐き、重い防具を装着したままグラウンドに向かって走り出した。

 二年前―中学三年の秋、見に行った高校野球の試合で、ずっと会いたかったあの投手を見つけた。それが当時高校一年生だった佐和だった。

 マウンドに立つ佐和の姿を見た瞬間、柏は目を疑った。年上だと思っていなかった柏は、最初そっくりな別の投手かと思った。

 しかし、サイドスローから投げられる速球、落ちるシンカー、そしてなによりそんな速球投手に見えない童顔の可愛らしい顔立ち――すべてがあの時対戦した投手と一致した。

 違っていたのは、さらに球速と球種が増えていた事だけだ。

 

――県立……? 私立じゃなくて??

 

 柏の本来の目的の高校は佐和の対戦相手の私立校だった。

 シニアでそこそこの成績を収めていた柏は推薦がもらえそうな私立高校に進学を考えていた。公立への進学は眼中になかった。

 しかし、球場で佐和が投げている姿を見た瞬間、進路の変更を決意した。

 同時に「どんな球なのか、あの球を受けてみたい」と思い、柏はその試合中、ただじっと佐和だけを見ていた。

 そして無事佐和と同じ高校に入学した柏は、「佐和の球を受けたい」と、捕手にコンバートしたのだった。

 リトルにいた頃はポジションが安定せず色んな場所を守ったが、キャッチャーの経験だけは今まで一度もなかった。シニアに入ってからは投手に定着し、以降他のポジションに動いたことは無い。

 それでもどうしても佐和の球を受けたくて、苦労するのを承知で捕手になった。

 しかし一年生の新米捕手がエースと組めるわけがなく、柏はずっと控え投手と組まされ、佐和の球はなかなか受けさせてもらえなかった。それどころか、投手出身だったので、捕手としてより投手の練習の方に重点を置かれた。

 それでも、「バッテリーを組むのなら、まず佐和と仲良くなろう」と考え、柏はとにかく佐和の周りを常にうろついた。

 忠犬だ、周りをぐるぐる回っている衛星だと、からかわれながら、何でも雑用を買って出ては、精一杯自分の存在をアピールし続けた。

  ぶっきらぼうな口調で怖い先輩という印象だったが、距離が縮まっていくにつれ、投げる球だけでなくその不器用な性格にも惹かれていった。

 そしてキャッチャーに転向して二年目。先輩捕手が卒業した事で、この春からようやく正式にエースの佐和とバッテリーを組めるようになった。

 

「カッシーってさー、Mだよねー」

 

 練習終了後いつものようにバッティングセンターに寄る柏に、一緒に着いて来たチームメイトの内郷が感心するように呟いた。

 

「なんだよMって」

「だってさ、部活であんだけ練習してヘロヘロになってるのに、佐和先輩後ろに乗っけてチャリで駅まで送ってさ。んで、さらに練習すんだもん」

「しゃーねーじゃん。先輩の球重いから俺まだそんなに受けられねーんだもん。でも早く捕るのに慣れないとなんねーから」

 

 そう言うと柏は制服のジャケットを脱ぎ、防具を装着し始めた。

 そして準備を整えるとキャッチャーミットを手に、ネットの中に入っていった。

 ようやく佐和とキャッチング練習が出来る様になったのに、憧れていたその球を受けるのは想像以上に大変だった。

 綿を厚めにしてあるミット、さらにパッド内蔵の捕手用手袋も装着しているのに、速く重い佐和の球は受けるたび掌に痛みが走る。五球を超えるとその痛みが麻痺し、痺れに変わる。

 十球受ける頃には真っ赤に腫れ、しばらく手の感覚が無くなる。

 二十球が限界の現状ではストレートが精一杯で、変化球の捕球練習まで出来ない。

 なので部活帰りに佐和の球より捕りやすいバッティングセンターのボールで捕球の練習を始めた。

 頭の中が真っ白になるくらいハードな部活の後、「下半身のトレーニングになるし!」と言われて佐和を自転車の後ろに乗せ駅まで送り、さらにその後バッティングセンターで二十球の捕球練習。

 内郷の言う通り確かにかなりしんどい毎日だけれど、それでも気持ち的には全く辛くは無かった。

 

「やっぱMじゃん」

「いーから、早くお前も来いよ」

「はいはい」

 

 柏に呼ばれ、ため息を吐きながら内郷も渋々バットを持って中に入る。

 

「最速で変化球も入れてな」

「はいはいっ……と」

 

 柏に言われた設定を入力しコインを投入すると、内郷はバッターボックスでバットを構えた。

 

「あ、俺バット振ったほうがいいの?」

「あ、そーだな。打たない程度に振って」

「了解~」

 

 正面のモニターにプロ野球投手が映し出されると、柏は一呼吸置いてミットを構えた。

 

――Mだろうとなんだろうと、先輩に信頼されるキャッチャーになる。それしかないんだから!

 

 正捕手だった先輩が卒業した後、現三年生に捕手経験者はいない。

 柏と同学年の二年生には控えの捕手が一名いたが、今年から別のポジションのレギュラー候補なので 空いたポジションを狙っているのは柏しかいなかった。

 柏がまともに捕れる様になるまるで、試合ではその控えだった亀有が佐和の球を受けているが、あくまで柏待ち。

 新一年生によほどいい捕手が入部しない限り、正捕手は柏のものに決まっているも同然だった。

 桜の蕾が膨らみ始めた三月末。

 この時はまだ、柏は自分が佐和の女房役――正捕手になれることを信じて疑っていなかった。


 
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