「結衣~お腹減った~」
碧い瞳、長い金髪の少女は私の部屋に入ってくるなり倒れざまに言い放った。
「京子、お前『お邪魔します』くらい言えないのか?」
「お腹すいて無理~」
「即答かよ」
私、船見結衣は中学生だが、親に許可をもらって一人暮らしをしている。人生経験のひとつだ。両親は賛成ではなさそうだったけれど、大家さんが親戚だったので了解を得ることができた。
私の部屋は同じごらく部の後輩たちとのお茶会や、お昼の場所にもなっている。
今部屋に(私に無断で)入ってきた歳納京子は、同じ学年で幼馴染でもあるのでこの態度にはもう慣れっこだ。逆に自分で言っておいてなんだが、彼女が「お邪魔します」なんて入ってきたら熱でもあるのかと疑うほどでもある。
「それで、何食べたい?」
「結衣の作ったものならなんでもいいよ~結衣料理上手だもん」
なんだかんだで彼女のマイペースぶりに振り回されてる感もあるが、まあ良しとしよう。丁度私もお昼を作ろうと思っていたところだ。
「じゃあパスタかな。ミートソースでいい?」
「ミート!肉!それ!それがいい!」
「野獣かお前は」
鍋で2人分のパスタを茹でながら、フライパンでひき肉を炒めトマトのホール缶を混ぜて、塩コショウをふる。トマトの水分が飛ぶまで少し煮こむ。
「いやーいつ見ても結衣は料理上手だなー私には絶対出来ないよー」
「練習すれば京子にも出来るよ」
鍋とフライパンからグツグツという音がする。
「ねぇ結衣」
「ん?何だよ」
トマトと肉が混ざり合って食欲をそそるいいにおいがする。
「私のこと、好き?」
少し、心臓の鼓動が早くなった気がした。
「いきなり何だよ」
「いやーこういうのってちゃんと毎日確認しておかないとさー」
「……。私達は長年連れ添った夫婦か」
いけない、いけない。彼女はたまにこういうおふざけをする。
自分の心に蓋をして、きちんとボケにはツッコミを入れておかないと。
「幼馴染なんだし、似たようなもんじゃん!」
「いや、全然違うと思うぞ」
心臓は元のペースを取り戻していた。
でも、次の瞬間心臓はまた昂りを取り戻してしまった。
京子が私の両手をぎゅっと握ったのだ。
「私は結衣のこと好きだよ!」
今彼女は何と言った?
彼女は顔を伏せている。顔が見えない。
彼女は今どんな顔をしているのだろうか。
私の顔は赤くはなっていないだろうか。
血液の流れるどっどっど、という音が耳の中から聞こえる。
いつもより早い。音も大きい。
自分が緊張しているのがわかった。
私も、と言いかけた次の瞬間。
「だからお願い!」
お願いをされて、その緊張はすぐに解けた。
ああ、またか。
京子は満点の笑顔で言い放った。
「宿題見せて!」
「ダメ」
いつものパターンだった。こんなことで動揺するなんていつもの私らしくない。
昨日読んだ雑誌にあった「女の子同士の交際」なんてコーナーを読んだせいだろうか。
「ぶー。結衣のケチー」
「宿題は自分でやること」
全く、緊張した自分が恥ずかしい。
一瞬我を忘れてしまったじゃないか。
「あっ結衣!鍋!鍋!」
はっ、と気付くと鍋が吹きこぼれていた。
「しまったー、アルデンテにするつもりだったのに、煮過ぎたな……」
料理を作るのには自信があったのに、こいつのせいだ。
「お~ま~え~な~」
「いーはーいーへーふーふーいーはーんーー(いたいですゆいさん)」
私は京子の左右のほっぺたをできる限りの力で引っ張った。
柔らかい。
ふにふにとした手触りときめ細やかな肌の感触。
雑誌には「キスは優しく」と書いてあったのを思い出す。
頬にキスなら友達同士でもするものだろうか。
唇と唇ならもっと柔らかいのだろうか……。
「……どうした?結衣?」
はっ、としてまた意識を現実に戻す。
「なっ、なんでもない!」
私は慣れた手つきでパスタをザルに揚げ、鍋に戻してからオリーブオイル数滴と混ぜる。
皿にパスタを盛りつけ、ミートソースを上からかけて出来上がり。
「出来たぞ」
「わーい!結衣さまー!」
腰に絡み付いてくる京子を無視しながら、テーブルに皿とフォークとスプーンを置く。
「いただきます」
「いただきまーす!」
「んー!やっぱ結衣の料理は絶品だねー!結衣は将来いいお嫁さんになるよー!」
「パスタは茹で過ぎたけどな」
京子のお世辞なのか本気なのかわからない褒め言葉は無視する。
ミートソースの出来は良かった。ニンニクを少し入れても良かったかもしれない。
しかしうら若き乙女からニンニク臭がするのは……と思い直し、やはりこれで良いことにする。
・
・
・
「それで千夏ちゃんに『ミラクるんのコスプレして!』って何度も頼んだんだけど全然ダメでさー」
「そりゃいきなり頼んでも無理だろう」
ミートソースパスタを食べ終えた私達は最近の出来事をだらだらと喋っていた。
「むーん、どうしたもんかなー」
ごろりと横になった京子は私の本棚から適当に雑誌を取ってパラパラとめくり始めた。
お喋りにも飽きたらしい。
足を交互にパタパタさせながら鼻歌交じりに雑誌を流し見している。
昨日読んだ雑誌はベッドサイドにあるので京子が読む心配はない。
(私は何の心配をしているんだろう)
独りごちながら、私は食器を洗うことにした。
流し台にはさっきパスタを茹でていたお湯を捨てずに張っておいた。
お湯ももうぬるくなっている。
ミートソースの脂分もすっと取れた。
スポンジを洗剤で泡立たせていると、不意にさっきの京子の言葉が記憶から蘇ってきた。
『私は結衣のこと好きだよ!』
私は小学校から彼女と一緒だ。
マイペースで、自己中心的で、でも、何処か人を惹きつける魅力が彼女にはある。
他人を巻き込んで、グイグイと面白い方へ皆を引っ張っていく力。
私もいつの間にかそこに巻き込まれていた。
ずっと一緒にいたから分かる。
彼女の『好き』は本当の言葉だ。
でも、それは友達として、だ。
女の子同士での『好き』ならごくありふれたものでしかない。
私も彼女が、京子が好きだ。
雑誌の記事を思い出す。
『好きという気持ちがお互いにあればそこに性別は関係ないのです』
私も彼女が、京子が好きだ。
でも私の『好き』はそうじゃない。
私の『好き』は……。
考えを巡らせているうちに洗い物は終わっていた。
「おーい京子、洗い物終わったぞ」
なんとなく京子に声をかけると、彼女は床に横になったまま眠ってしまっていた。
「全く……おーい、風邪引くぞ」
声をかけてもむにゃむにゃと言葉にならない呪文のような返事が返ってきた。
しかし、その中にははっきりと、そして私の心を揺らす一言があった。
「結衣……好きだよ……」
寝言だというのはわかっている。
彼女の『好き』は友達同士の『好き』だということもわかっている。
相手が無防備な状態で一方的なことが出来るのは卑怯だということもわかっている。
でも、好きなひとに『好き』と言われて、何も思わない人間なんているのだろうか?
私は……。私は……。
「私も好きだよ、京子」
唇にキスはしない。恋人じゃないから。
頬にもキスはしない。なんだか今更気恥ずかしい。
私は暴走する京子のお守りだ。ツッコミ役だ。
そんな私の精一杯の愛情表現。
京子の前髪をそっとかきあげて、額にキスをした。
「好きだよ、京子」
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Twitterで拾った画像から結京がジャスティスになってしまいました。
(画像の作者様を探しております!)
結衣と京子のいつもの日常と、結衣の心の葛藤。
二次創作SSは初なので色々と至らぬところもあると思いますがご容赦ください