No.497927

ブルーアースより。三章(1)

yui0624さん

十五歳の少年、来島サインは『一気圧の者<ワンアトムス>』の体<バディ>を持っている。 西暦二十四世紀、宇宙暦ニ四六年。人々はテラフォーミング技術を発展させた『星造技術<スターメイク>』を駆使して宇宙に散らばり、巨大な生存ネットワークを形成していた。 そんな中、母星地球を中心とした優星帯域から遠く離れたド田舎惑星、劣星シュトアでは、時代差により優星帯域から少し遅れて「ロゥノイド移民法案反対勢力の活発化」が起きていた。 劣星シュトアを統一するザイロン王国第三王女、紫苑の直属兵士である来島サインは、勅命により反対勢力と戦わなくてはならなくなるが……。 「正直言って、めんどくせえ」 星間政府、時代差、ロゥノイド……そして"魔法器官"が目を覚ます。 存在<バディ>と思想<キャラクター>が交錯する、新感覚スペースアクション……になったらいいかなあ、と。 http://ncode.syosetu.com/n9212bj/ こちらでメインで投稿しております。

2012-10-19 22:10:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:397   閲覧ユーザー数:395

三章

 

 

 

 

 

 

 惑星シュトアは三つの人工月を抱えている。

 それは星造時代に造られたもので、ザイロン王国首都、ザイロン市では、主に二つの月が夜空に登っているところを見ることが、最も多い。

 その日、珍しいことに、ザイロン市南西、貧民街にほど近い港町の一角から見上げた夜空には、一つの月も浮かんではいなかった。

 付近には工場や市場などが多く立ち並んでいるはずだが、それらの建物は統一時間深夜十一時を回って、灯りを落とし、暗い影に亀のように身を潜めている。繁華で雑多な北や上級市民、貴族の多く住む東と違って、この南西地区は建物を上に伸ばす力すら持っていない。眼下には工場や貧民街のトタン屋根らしき床が、剥がされた黒雲母のように寝そべっている。

 それを照らす灯りは、ない。

 北のほうを仰げば、北西方向から流れてきた街明かりが僅かに街を照らしているが、それは返って寂しさを際立たせる。

 王国首都中央には、都市内で最も高い王城が聳えている。

 

 少女、ヴァニア・ハムバッカーは、その最高所=尖塔に掲げられた小さな船=釘のような形をしたポッドを忌々しげに眺めていた。

 随分と小柄な背=ザイロン人らしい、と言えなくもない。

 しかし背が低いのは、そもそも少女が中学生にもなっていないからだろう。頭のてっぺんからつま先まで、彩る雰囲気は何よりも幼さが、最も色濃い。

 ティーシャツの上から薄手のパーカーを羽織っている。膝が隠れるか隠れないかという丈のパンツに、スニーカー。

 髪は如何にもどうでもいい、という風に首周りでばさりと切ってあり、ところどころ切り忘れたような髪が雑草のように首にまとわりついている。色は黒。鼻は低く、彫りは浅く、典型的な母星地球の東洋人の顔立ちだ。

 その瞳(バディ)には、どこへ向けるでもない憐憫(キャラ)が表出していた。

 ヴァニアは思う。この国には、不満を抱いていない人間が多すぎる。

 

 胸の内の、この情熱が冷めてしまうことのほうが、ずっと、ずっと辛い。

 だから、やっぱり逃げるのは辞めようと思った。でなければ、ここに来た意味がないではないか。

 屋上に上がってきて良かったと思った。

 あの鉄を削りだしたような男=コンラッドと名乗っていただろうか。彼に「帰るべきだ」と言われたものの、どうしても階段を降りることができなくて、ならばと屋上に登った。

 今まで住んでいた一軒家は、コンクリートブロックを掘ったようなナンセンスな言えだったため、屋上に上がる方法がわからなかった。ヴァニアが通っている、東部にあるフライズ上級小学校の屋上への扉には鍵がかかっているし、だから、生まれてこの方ヴァニアは屋上という場所に登ったことがなく、親も教師もいない今だからこそ、その願望を叶えてやるにはちょうどよかった。

 登って良かった。

 おかげで、自分の中にある熱を再確認できた。

 自分はこの世界が、嫌いだ。

 

 振り返って、建物を降りるための階段へ向かう。鉄の扉を掴むと、夏だというのにひやりとしていた。ここは海からの風が吹いてくるからだろう。ざらりとしたドアノブを握ると、その粉っぽさが汗ばんだ手のひらにまとわりついてくる。

 構うもんか。

 暗い階段を、恐る恐る降りた。

 そこは、南西部にある廃ビルの一つだ。

 二階建てで、壊れたネオン式の看板や、新品だったならば洒落た外装だっただろうソファなどが通路や部屋のあちこちに転がっていて、貧民街になる前は賑わっていたのだろう、と連想させた。

 二階には事務所のようなアルミの扉があり、奥には淡い光が灯っていて、かすかに食べ物の匂いがした。コンラッドはここに隠れていたのかもしれない、と想像する。

 皆がいるのは一階だ。

 皆=共犯者たち=世界に反抗するために集った、仲間たち。

 正直行って、ヴァニアにとって理由はなんでも良かった。

 ロゥノイドが相手だろうと、王族が相手だろうと、星外の政府が相手だろうと。

 それが星間政府だろうが、母星地球であろうが。

 コンクリート製の硬く冷たそうな階段をさらにゆっくりと一階にたどり着く。

 倉庫=あるいは車庫=そこにはもう、ヴァニアには理解できない機械やら物体が転がっていて、それらが端へ寄せられている。

 皆はその空間の真ん中に。

 シャッターは閉められていて、天井から申し訳程度にぶら下がった三つの電球が皆の顔を上から照らしている。

 皆は、酒を飲んでいた。煙草を吸い、安いチキンやポテトをかじり、談笑していた。

 あれは爽快だった、と口々に語っているのは英雄ことコンラッドの有志だ。

 一人で、ザイロン王国自衛軍を追い返してみせた。

 魔法器官=それが違法であることをヴァニアは知っている。ここにいる全員が知っているだろう。それが味方であるということが、彼らにとっては殊更に爽快なのだろう。

 階段に寄りかかるように、男が立っていた。

 獣の強さだけを、溶鉱炉で焼いて押し固めたような男=コンラッド・ファズ。

「まだ帰ってなかったのか」

 コンラッドは酒を口にせず、煙草の匂いもしなかった。

 ただ黙ってそこにいて、浮かれる人々を見ているだけだった。

 自分と同じだ、とヴァニアは思った。

「やっぱり、帰らない。帰れないよ」

 コンラッドが自分を見る。

 コンラッドは、ザイロン人らしくない顔立ちをしている。

正直に言うと、少しその顔は恐かった。

 けれど恐れない。このシャッターの向こう側には、もっと恐いものが沢山ひしめいている。そのことを、ヴァニアは知っている。

 だから、ここは恐くない。

「なぜだ」

「私はまだ、何の目的を果たしてもいないから」

「目的とは、なんだ」

「世界を変えたい」

 コンラッドがヴァニアを見た。

 まっすぐに。

 ヴァニアの瞳から放たれた光が、まっすぐにコンラッドの鉄の瞳に反射して、ヴァニアを照らし返しているようだった。

「そうか」

 コンラッドはそれ以上何も尋ねず、頷き、目を閉じ、俯いた。

 

 ヴァニアは、懐から拳銃を取り出した。

 ここに連れてこられたときに、コンラッドが全員に一丁ずつ配ったものだった。

「これ、返す」

「まだ持っていろ」含みを持った表情を最後に見せて、コンラッドはヴァニアに背を向けた。

「俺の話をしよう。俺の思想が、お前の思想に適うかどうか」

 コンラッドはヴァニアを一瞥すると、ヴァニアをその場に置き去りにして、集団の中心へ向かって歩き始めた。纏うコートが重たげに揺れる。コンラッドが中心に近づくに連れ、浮かれた音は静まり返っていった。誰もがコンラッドを見ていた。

 ヴァニアは、その場を動くことができなかった。

「皆に、問いたい」

 コンラッドの声は、重く響く声だった。

 全員の腹の底を暴くような、苛烈な声。

「ロゥノイドを恨むものは、手を挙げろ」

 ヴァニアはそれを、その場にいた全員が挙手するのを、呆然と眺めていた。

 立ちすくんでいた。手を挙げることはできなかった。誰も、階段の脇に佇むヴァニアには目もくれず、誰もがコンラッドの次の言葉を待っていた。

「王国政府を恨むものは手を挙げろ」

 誰も手を降ろそうとはしなかった。

「貴様らに、戦う勇気はあるか?」

 こーん、と鉄板の上に固い球を落としたかのような一瞬の静寂を、コンラッドの声は作りあげた。

 その静寂を切り裂く声があった。

「ある」

「あるに決まっている」

「そのために来たんだ」

 その場には、様々な身体(バディ)が集まっていた。

 壮年の男、若い女性、白い髪、黒い髪、背の大きな者、太った者。

 誰もが続けざまに、口々に恨みつらみを吐き出した。

あいつは俺の親父の仕事を奪った、そんなのはまだいい、うちは一族全員核に焼かれた、奴らは血も涙もないのだ、奴らはいずれ人間を洗脳し、奴隷にしようと企んでいるに違いない、あんな汚れた者共を、この星に入れてはならない。

「俺の考えを述べよう」

 その一言で、またこーん、と、全員の脳裏にありもしない音が鳴る。

 それが、男のための静寂を作る。

 男=コンラッドは言った。

「ロゥノイドは、人間だ」

 

「なんだと?」壮年の男。

「ロゥノイドと我々の思想に、違いは全くない」コンラッド。

「アンタ、何が言いたいんだい。まさか私たちがあいつらと同じだって……」老女。

「そうだ」コンラッド。

 圧倒的な、断定。

「俺たち人間と、ロゥノイドたちは、全く同じ生き物だ。その思想も、容姿も、醜さすらも」

 

 ふざけるな!

 

 その叫びが怒りの、灼熱の塊となってコンラッドを焼きつくすかに見えた。

 少なくとも、ヴァニアの脳裏にはその怒声がはっきりと聞こえたし、身を強張らせて成り行きを見守ることしかできずにいた。

 しかし、誰もその言葉を発さなかった。いや、発することができなかった。

 コンラッドが、その分厚く重たいコートを広げたからだ。

 まるで、各々が意志を持つかのように、ふわりとコートの中から現れたのは、あの、大量の拳銃だった。

 それらは隊列を組んでくるくるとコンラッドの周囲を回りながら周囲へ銃口を向けた。

 誰もが怒りを飲み込んだ。

 いつの間にか、その場にいた全員が手を下ろしていた。

「もう一度聞く。ロゥノイドを恨むものは手を挙げろ」

 全員が手を挙げはしなかった。挙げれば撃たれるのではないか、という心理が漂っていた。それでも何人かは憤怒の表情で手を挙げ、それにつられてまた何人かが手を挙げた。最終的に、撃たれないと分かるとほぼ全員が手を挙げた。

「この中で、王国政府、いや、星間政府、……それも違う。……人間社会を恨む者は手を挙げ続けろ」

 困惑の表情が漂ったが、全員が断固として手を降ろそうとはしなかった。

 コンラッドは、全員に視線を配った上で、尋ねた。

「貴様らが抱く恨みは、どこが違う? 人間に対するものも、ロゥノイドに対するものも、同じじゃないのか?」

「同じじゃない!」壮年の男性。そして壮年の男性は唾を飲み込み続けた。

「お前の望みはなんだ? 政府の回し者か? 俺たちを懐柔しようとでもしているのか? ロゥノイドを滅ぼす、それがこの集まりじゃないのか?」

「違う」

 コンラッドの答えに、ざわざわと波紋が広がる。

「俺の考えを述べよう。ロゥノイドは愚かだ。そのロゥノイドが目指す人類という存在は、もっと愚かだ。だから、ロゥノイドも人間も関係ない。愚かな存在は全員滅ぼす。それが俺の願いだ。賛同できない者は今すぐこの場から出ていけ」

 壮年の男性が、口をぱくぱくと二、三回動かし、何事かを言おうとし、そして口を閉じ、ためらった末に、言った。

「……俺は、賛同できないね」

「そうか」

 コンラッドは、空中に浮かんでいた拳銃の一つを、掴んだ。

「ならば、死んでくれ」

 

 コンラッドが引き金を引く。

 一発の銃声。

 壮年の男性の頭が爆ぜた。

 

 なんてことを……。

 ため息とも絶望ともつかない不思議な吐息が、その場に垂れ込めた。

「この場に集まるような感情的な人間に、俺の思想を曝露した上で逃亡の機会を与えるのは危険だ。いつ俺の足跡を自衛軍に流されるかわからないからな。だから、死んでもらう」

 その瞬間、ヴァニアの目の前で、信じられないことが起こった。

 その場にいた数人が、懐から拳銃を抜いたのだ。

 老女や、若い女性や、太った男や、赤ら顔の中年男が。

 それら全員が引き金を弾く前に、浮かんだ拳銃が意志を持ったかのようにそれぞれの頭を撃ち抜いた。

「始めに全員に拳銃を渡したのは、そういう理由だ。今拳銃を抜いたもの、それらはいつ俺の寝首をかくかわからない。だから、死んでもらう」

 ぞう、っとその場に生き残った人間の、血の気の引く音が聞こえた気がした。

 もうその場には、十人も残ってはいなかった。

「お、俺は賛同するぜ。あんたの考えに」若い男。

 コンラッドの背後から近づいたその男の頭が爆ぜた。

 浮かぶ拳銃が意志を持って若い男の命を奪った。

「俺は嘘を見抜く。俺は俺の敵を殺す。それが俺の正義だ。自分の正義を振りかざしてもなお俺と同じものを見据えるもののみ、手を挙げろ」

 生き残っていた全員が、懐から拳銃を抜いた。

 それが彼らの正義だった=生き残りたいという、純然たる正義だった。

 

 

 震えていた。

 全身が、かたかたと震えていた。

 脚が、手が、振るえる。がちがちと振るえる顎のせいで、歯が噛み合わず音を上げている。

 それでも。

 少女=ヴァニア・ハムバッカーは、

 拳銃も抜かず、嘘を付くこともせず、ただ自分の中の正義を信じて、

 手を挙げて、その場に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 肺が痛い。

 脚がはちきれそうだ。

 それでも走り続けた。

 懐に抱えたずしりとした重量感のみが、男の頼りだった。

 

 コンラッドから拳銃を受け取ってすぐ、その男は逃走した。トイレにでも行く振りをして集団を抜けだした。

 爽快さが欲しかった。

 上級市民の家に生まれたその男は、自分の狭い世界に敵を作らないで生きる知恵を身につけ育った。男は低級市民がたむろする店にあらわれては手下=低級市民を作り、小さな、目の届き切ってしまうようなコミュニケーションをする。そのコミューンで弱者=低級市民を袋叩きにしては、爽快さを共有していた。共有させることで、男に従えばこの爽快さを共有させてもらえるという安心感を、手下に与え続けていた。

 父親には、金があり、地位があり、権力があった。

 誰も男には逆らえなかった。

男の家にはパソコンがあり、インターネットが存在した。インターネットなどを見て、怪しげな書き込みを見つけては、薬や酒など、合法・非合法よりどりみどりな品々を手に入れて低級市民や貧民に流した。

 また、怪しげな集まりを見つけては、忍んで参加することもしばしばあった。

 そうした経歴の中でも、今回はとびきりの収穫だった。

 以前より武器商人ロウリリアの存在は知っていたが、それとコンタクトを取る方法が見つからず、悩んでいたのだ。

 まさか、ロウリリアの拳銃を手に入れることができるとは。

 薬や煙草、酒は手に入る。

 しかし、明確な殺意の塊=兵器を手にしたことは、流石の男もなかった。

 これが母星地球などの優星帯域ならば話は別だ。

 だが、劣星シュトアにおいて庶民が兵器を手に入れるというのは、それほどまでに難しいことだった。

 自衛軍に入るなどの方法もあるにはあるが、それは男の性に合わなかった。

 かくして、男は拳銃を手に入れた。

 ザイロンでは、未だにロゥノイドを受け入れるだけの法的整備が済んでいない。

 標的は、すでに目星をつけていた。

 夜の街を走る。

 ザイロン市内南中央駅でタクシーを拾って、東地区の自宅へ向けて走るように告げる。

 服の下に隠した拳銃の、重たい艶めきを撫でる。

 笑みをこらえ切れない。

 ああ、肺が痛い。

 


 
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