No.487637

恋姫異聞録155 -悪来と樊噲と史官-

絶影さん

たいへん遅くなりました。申し訳ありません><
今回の話は、ちょっとだけ未来のことが出てきます
BGMは高橋優さんの【陽はまた昇る】です。聴きながらだと良いかもしれません
http://www.pideo.net/video/youku/7322470b6cf6fcda/

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2012-09-23 16:12:24 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:6866   閲覧ユーザー数:5232

自分達の心と体を文字通り削りながら、少女の心を癒すため、自分達の出来る全てで献身的に尽くす日が続きました

ですが、少女の心は一向に良い方向へと向いません

 

それどころか、日にちが過ぎるごとに少女の精神がより不安定になって行きました

睡眠時間はより少なく、殆ど眠ることはありません。自傷行為も日々増えていきます

 

「お願い、これ以上自分を傷つけないでっ!」

 

「もうこんな事しなくて良いんだよっ!ボク達が守ってあげるからっ!!」

 

そんな二人の説得や、優しい心に癒されることはなく。少女は自分の心を落ち着かせるために、自分を傷つけていきます

普通の人が聞けば、そんな馬鹿な話があるかと言うかもしれませんが、少女は自分を傷つけ血を見ることで心の安定をはかっていました

 

無意識に自分を傷つける行為は、心の逃げ場がなくなった時に発作的に出る行為

 

医師、華佗の話によれば、自傷行為は脳内で快楽物質が出されるため、不意に襲う心の傷が一時的に緩和されるからだそうです

ですが、二人はそんな説明をされても理解はできません。どうにか少女の自傷行為を止めようと、無理矢理腕を掴んで止めたり

自分の妹や弟にするように、自分を傷つける行為を繰り返す少女を説得し、叱ってしまいます

 

「こんなに傷を作って、お願いだからもう自分を傷つけないで」

 

「ボク達が信用出来ない?そんなに頼りないかな」

 

諭し、叱る典韋に自分達が信頼に置けない人物なのかと自信を無くす許緒

そんな二人に対して、少女が思う事とは自分のせいで迷惑をかけている。自分のせいで二人に不快な思いをさせてしまっている

自分を責める言葉だけです。互いが互いを思いあい、互いに己の心を傷つけていく負の連鎖

 

「御免なさい、御免なさいお姉ちゃん」

 

何故、自分のこの行為を抑える事が出来ないのだろう。何故、自分を自制することが出来ないのだろう

何故、何故、何故?と、自分を責める言葉で少女の心は埋め尽くされていきます

 

その負の連鎖は、次第に少女の行為を大きなモノへと変えていきます

 

始めは、小さな自傷行為だったのですが、発作的に家財道具を破壊し、外へ出れば店の物を盗んでしまう

本人も気が付かず、何故そんな事をしたのかも理解できず、余計に少女の心は傷ついていきます

 

「どうしてこんな事をしたの?欲しいなら、ボク達にいってほしいな。これくらいなら買ってあげられるよ」

 

「そうよ、私たちはお金が無いわけじゃないんだから」

 

「御免なさい・・・」

 

自分ですら何故そんな事をしたのかわからない。急に襲ってくる不快な感情から逃げるように、物を持ったまま店の外に出たなど

一体だれが理解出来ると言うのでしょうか?話した所で誰も解ってくれない、自分はまたこの二人に迷惑を掛けてしまった

 

ダメな自分、何故ほかの子のように出来ないのだろう?自分はどうして普通じゃないのだろう?

もう、あの場所にいたようなことは無いのだから、何も心配など要らないはずなのにと何度も自分に言い聞かせますが

心に刻まれた傷は癒えません。あの日、夏候昭将軍の仰ったように一生残る傷だということを理解していなかったから余計でしょう

 

そんな日々が続いたある日の事です。深夜に、何時ものように暴れだす少女

許緒と典韋は、また同じように自傷をしてしまうと少女を止めにかかりますが、その日は何時もと違いました

 

「流琉っ!腕を抑えてっ!!」

 

「季衣は、この子の体をお願いっ!!」

 

両腕を押さえつけ、胴に腕を巻きつけて少女を押し倒します

何時もなら少女は声を荒げて叫ぶはずですが、うめき声も叫び声も、泣き声すら上げずに押さえつけられたまま宙に視線を泳がせて居ました

 

「・・・・・・」

 

「あれ?」

 

「季衣、力をいれすぎたんじゃ」

 

「そんな事無いよ、何時もと同じに軽く・・・」

 

何時もと様子の違う少女に顔を見合わせた二人ですが、許緒が何かを言い終わる前に典韋の体はふわりと持ち上がり

部屋の壁に叩きつけられて居ました

 

「ゲフッ・・・?」

 

「え・・・流琉?」

 

吹き飛ばされ、ズルズルと壁から地面に崩れ落ちる典韋の姿に呆気に取られ許緒

ムクリと状態を起こした少女は、自分の腰に腕を回す許緒を見ると首を掴んで、まるで果実を握りつぶすように首を絞めました

 

「が・・・ぅ・・・」

 

「・・・」

 

「な、んで?」

 

許緒は意味が解らないようでした。今まで、少女に力で負けたことはありません。それどころか、許緒の力は諸国の武将と張り合えるほど

ですが、自分の首を締め続ける少女の手は振り払うどころか外すことも出来無いのです

 

「季衣、やめて季衣が死んじゃう」

 

「・・・」

 

叩きつけられた衝撃で身体が動かない典韋は手を伸ばします。此のままでは許緒が死んでしまうと

ですが、少女は無表情で許緒の首を絞めていきます。まるで虫を殺す子供のように何の感情も無く

 

このままでは、許緒が死んでしまうと思った時です。様子を見に来た夏候昭将軍が部屋に飛び込んで来ました

 

「・・・誰だ?」

 

典韋が夏候昭将軍の姿に安心した時でした。将軍の口から出たのは目の前の少女に対して【誰だ?】と言う言葉

まるで、目の前の少女が別人であるかのような口ぶり。そしてあの時見た、夫婦を殴り続ける夏候昭将軍の顔でした

 

「アタシを消すつもりだろう、消される前に殺してやる」

 

「お前を消すつもりはない、お前は誰だ?」

 

「嘘を言うなっ!消すつもりだから、コイツラはアタシに優しくするんだろうっ!!消えたりしない、消えるのは嫌だっ!!」

 

「嘘じゃない、約束する。話がしたい、その子を放してくれ」

 

「嫌だ、お前は動けないだろう?コイツの命がかかってるんだ、アタシに近寄るな!」

 

夏候昭将軍の説得に応じない少女に、典韋は締め続けられ顔を歪ませる許緒を心配します

此のままでは死んでしまう。いったいどうしたら良いのか、下手に動けばあの子は許緒を殺す。絶対にそんな事は出来ない

 

そう、考えた時でした。歯を噛み締め、苦悶の表情を浮かべる典韋を他所に、夏候昭将軍は怒号を上げ

許緒の首が締められるのも構わずズカズカと部屋に上がり、少女の頭に拳骨を一つ

 

辺に響くほどの重い一撃を落とすと、首を締め続けていた少女は、急に顔を歪ませ大粒の涙をぼとぼとと落とし始めました

 

「馬鹿野郎っ!死んだらどうするつもりだ!消さないと言ったはずだ、お前を救い出した俺が信じられないのかっ!」

 

「・・・うっ・・・ぐすっ・・・こ、コイツを殺すぞ、アタシは強いんだぞっ!!」

 

許緒を掴む手が緩んでいましたが、それでも強がる少女に夏候昭将軍は再び拳骨を落とします

 

「強いだと?試してみるか、季衣を殺してみろ?貴様を消してやるぞ?俺の一生をかけて、貴様の存在をお前の中から消してやるっ!!」

 

「お前にだって・・・勝てるんだ・・・負けないんだ・・・ぐすっ」

 

「もう一発欲しいか?今直ぐ季衣を放せ、いうことを聞かないなら今度は尻にお見舞いするぞ」

 

「やめろっ!なんでそんな事するんだ、アタシは強いんだぞ、コイツラを殺すぞ・・・」

 

「やってみろ、俺はお前達のような子に全てを賭ける事が出来る。俺の心より強いと自負出来るならやってみろっ!!」

 

まるで父親のような夏候昭将軍に、少女は躯をビクリと震わせて許緒を手放すと、もう一度拳骨を頭に落とされて泣いてしまいました

 

「季衣っ!しっかりしてっ!!」

 

「る、流琉。大丈夫」

 

開放された許緒に、体を引きずりながら近づいた典韋は、咳き込みながら笑を見せる姿に安心したのでしょう

少しだけ目尻に涙を滲ませていました

 

「消えたくない、一つになりたくない」

 

「消したりしないと言っているだろう。お前、他に何人居るか分かるか?」

 

「消えたくないよ。アタシはアタシなんだ、消えたくないよ」

 

「話を聞いてるか?怒るぞ?」

 

「はうっ!アタシは知らない、知らないよっ!!」

 

「怒るぞ」

 

「・・・アタシ入れて三人だよ。何時も出てる奴いれて三人だよ。だから、怒らないでよ」

 

喚く少女に、抱き上げ脇に抱えたまま威圧感のある声で語りかける夏候昭将軍

何やら将軍の問に答えて居るようでしたが、二人は一体なんの事なのか理解できませんでした

唯、先程まで恐ろしい程に無表情で、信じられない怪力を誇った少女はまるで歳相応の姿になっていて

その気になれば、許緒や典韋よりも力なない夏候昭将軍の腕を振り払えるはずなのに

子供のように涙を流して許しを請う姿に驚いていました

 

「わかった、今日は戻れ。後で詳しく聞く」

 

「・・・お願いだよ、アタシを殺さないで。一つになりたくないよ」

 

「約束する」

 

懇願する少女は、涙をぼたぼたと落としたまま、カクンと眠りこけるように気を失うと

直ぐに目を覚まし、キョロキョロと辺りを見回して、痛む頭を撫でていました

 

「兄ちゃん、今のはなあに?」

 

「・・・やはり、俺がこの子を預かる」

 

「兄様、一体どういう事ですか?」

 

意味も解らず、夏候昭将軍に抱えられていた少女は降ろされ、頭を撫でながら涙目になって居ました

その隣で深刻な顔をする夏候昭将軍に、二人は今おこった不可解な事を知っていて、何度も見てきた事なのだと

将軍の行動から理解していました

 

「簡単に言うと、この子の中には複数の人間が居るということだ」

 

「複数の人間?」

 

そう、少女の中には少女だけではなく、複数の別の人間が存在する。俗に言う多重人格障害であると言うことでした

普段出ている人格は主人格ではなく、主人格から派生した人格で在るということ。今出てきたのは、自分を護る為に生み出した

自分が望む姿、望む存在で在るということでした

 

「自分が望む存在?」

 

「つまり、誰からも傷つけられる事なく敵から身を護るために作り上げた強い自分と言うことですか?」

 

「そうだな。コイツの厄介な所は、脳の制御を解除して限界以上の力を出してる所だ。そんなコトしたら、鍛えてない身体は

ボロボロになってしまう」

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どういう事ですか?脳の制御?」

 

「・・・詳しく話しても解らないと思う。頭が良いとか悪いじゃなくて、普通は理解が出来んのさ」

 

少女に聞き取れないように話す夏候昭将軍に、二人は何かを感じたのでしょう。何時もと違う、普通の事ではない

此のまま夏候昭将軍に任せた方が良いと。ですが、濃密な日々を暮らすうちに少女に対して情が移ってしまったのでしょう

どうしても、自分達が癒してあげたい。守ってあげたいと思ってしまったのです

 

「でも、ボク達がどうにかしてあげたい。この子が苦しんでいるなら、それを救ってあげたいよ」

 

「季衣・・・」

 

「だって、一度自分で決めたんだもん。此処で諦めたら、ダメだと思うんだ」

 

ここまで少女を癒すため、自分も十分に傷つき心を削ってきたことでしょう

ですが、許緒は諦めたくは無いと口にします。一度自分で口にした言葉だからと、守らなくてはいけないと

 

そんな懸命な許緒を真っ直ぐに見詰める夏候昭将軍は、少しだけ悲しい顔をしました

 

「・・・そうか、わかった」

 

「有難う兄ちゃん。必ずこの子を救ってみせるよ」

 

決意を新たに笑を見せる許緒でしたが、隣で心配げに見ていた典韋は、不安が心を覆います

本当に大丈夫なのだろうか、自分達は少女を癒すことが本当に出来るのだろうかと、そんな事ばかり何度も考えてしまいます

 

「流琉、考えるな。この子はお前の考えを読むぞ、俺の眼のように肌で相手の心を感じ取る」

 

「えっ!?」

 

「お前が強くなければ、この子の心に逆に喰われる。今のお前達のようにだ」

 

夏候昭将軍の言葉の意味の通り、少女を癒すためにと懸命に過ごしてきた日々は、まるで少女に少しずつ心を喰われて来たことを表すように

許緒と典韋の頬をこけさせて居ました

 

そして、将軍の言葉の通りに少女は相手の心を敏感に感じ取ります。人の顔色を伺い、自分を護るために身につけた術です

その証拠に、将軍の後ろで頭を撫でていた少女は酷く不安な表情で、体を丸めて二人の顔色を伺っていました

 

「俺が言ったことを守っているか?この子の全てを信じているか?例え、誰かを傷つけたとしても、何かを盗んでしまったとしても

それでも信じ続けろ。其れが出来なければ癒すことは出来無い」

 

「出来てるよ、ちゃんとこの子の事を信じてる」

 

将軍の言葉に自信を持って応える許緒でしたが、典韋は違います

今まで過ごしてきた日々。果たして将軍の言ったように、全てを信じてきたのだろうか?

発作のように、自分の体を傷つける行為をしてしまうと決め付け、彼女自信が戦っている事を信じて居なかったのではないのか?

物を盗んでしまった時、本当にこの子は盗むつもりだったのだろうか?そんなつもりなど無かったのではないのか?

 

「出来てません、この子を叱ってしまいました」

 

「そうか、悪いことをしたなら叱っても良い。だが、理由を聞いてやれ。聞き出せないのなら、無理に聞き出さず最後まで信じろ」

 

典韋は素直に頷けません。将軍の言っていることは簡単なことのように思えて、実際は酷く難しい事

その言葉のままの意味。少女の全てを頭から信じることです。少しも疑うことはなく、少女の全てを受け入れる事なのです

 

「自分達で見ると言った以上、俺はもう行く。お前達を信じている」

 

「・・・はい」

 

「あの子の中の一人、先ほど出た子は精神は弱い。力だけを強くしただけだろう。ならば、今出ている子は痛みに対する耐性が強いはずだ

もう一人はおそらく知恵が回る。俺の経験だ、違うかもしれん。もし、なにかあった時は直ぐに俺の元へ来い」

 

「うん、兄ちゃんみたいに必ず助けて見せるよ」

 

最後に二人に優しい笑を見せて、怯える少女の頭を優しく撫でると将軍は部屋を後にしました

 

「兄者、あの娘は?」

 

「大丈夫だ。統亞、あの夫婦の元へ案内しろ。八つ裂きすら生ぬるい、心に恐怖を刻み込んでやる」

 

「・・・大将、理由は聞いちゃダメですかい?」

 

「あの夫婦はあの子に手を出した。暴力だけではない、心を分けなければならない程の仕打ちをしたんだ」

 

部屋を出た将軍は、周りの将達が息を呑む程に冷たい殺気を撒き散らし、恐ろしい獣の眼をしていたそうです

 

理由はひとつ。心を分けなければいけないほどの仕打ち。人格がわかれてしまう程の虐待

 

【性的虐待】です

 

多重人格は、幼い時に虐待を受けた子供が自分を護るために生み出します。少女もそれから漏れていませんでした

 

「わかりやした、行きましょう。捕らえた野郎ども全員を地獄に落としてやりやしょう」

 

「例え私達が地獄に落ちるとしても、人が人を裁けぬと解っていても」

 

「全てを賭けて、業を取り去ってやる。時間をかけて一人ずつ殺し、城門に磔にする」

 

二度と同じ事をする者が出ぬように、己の魂を削り鬼となる。現実を見続け、痛みを理解し続けた将軍は

他人の傷を受け入れてボロボロの心を更に傷つけながら人を救います

 

何故、ここまで出来るのか。誰にも理解は出来上ないかもしれません。でも将軍は、人を裁きます

子供達の未来の為に、例え他人から指を刺されようとも、理解を得られ無いとしても

 

「俺ぁ、大将にずっとついていきますぜ。街の奴らだってわかってますよ」

 

「すまないな、統亞。一馬、お前は良いんだぞ?李通も居るだろう」

 

「花郎もわかっています。皆、兄者の行いを良いものとは思ってません。ですが、悪だとも思っていません

誰かがやらねばならぬのですから」

 

無言で頭を下げ、将軍は将兵を連れて牢へと向いました。冷たい殺気を纏い、静かに畝るような熱気を漲らせる部下を引き連れて

 

「すごかったねー、流琉なんか吹き飛ばされて」

 

「・・・?」

 

「あれ?キミが吹き飛ばしたんだよ?」

 

「そんな事、しない」

 

許緒の問に、首を傾げて壁の凹みを見ると、首を振って再び怯え始める少女は、何かやってしまったのだろうかと身を震わせます

 

「季衣、多分覚えて無いんじゃ」

 

「どういう事、流琉?」

 

「複数の人間が居るってことは、他の人が出ている時はこの子は覚えて無いのかもしれない」

 

「・・・同じ子なのに?」

 

「解らない、後で兄様に詳しく聞いて見ないと」

 

典韋は、将軍から教えられた通りに心の中にある不安を吹き飛ばすように、ニッコリと笑って少女を優しく抱きしめました

安心させるように、もう何も怖いことは無いんだよと何度も言い聞かせるように

 

「もう寝ようか。そろそろ寝れる時間だよね」

 

「ええ、この子も疲れてるみたいだし」

 

小さく頷く少女を見て、典韋は優しく布団へと抱き上げて運び寝かしつけ、少女が小さく寝息を立て始めた時、隣で寝顔を見守っていた

許緒の手を掴んで部屋の外へと連れ出しました

 

「どうしたんだよ流琉?」

 

「本当に、本当に大丈夫?あの子を治すことが私達に出来る?」

 

「大丈夫だよ、ボクは大丈夫。眠いのも昼に少し寝れば大丈夫だし、あの子が自分を抑えられないのも分かったし

また、あの強い子が出ても今度は大丈夫。兄ちゃんみたいにやれば良いんだから」

 

「どうして、そんなに頑張れるの?あの子になにかあるの?」

 

典韋には理解ができませんでした。自分たちは解らないながらも十分にやったはずだ

今までの通りなら十分に何とか出来た。でも、今回の事は今までのこととは違う。自分を傷つける行為なんかじゃない

物を盗んでしまうなんて事なんかでもない、少女の中に複数の人間が同居しているという理解し難い状況

どう考えても、自分たちには荷が重すぎる。でも、どうして許緒はまだ続けようとするのでしょうか

 

「あの娘はね、もう一人のボクなんだよ。きっと、流琉のお母さんに声をかけてもらえなくって、一人ぼっちで、そのうち悪い人に連れ去られて

今頃ボクはあの娘と同じように苦しんでいたのかもしれないんだ」

 

「季衣・・・」

 

「だから、救ってあげたいんだ。ううん、ボクじゃ救うことは出来無いかもしれないけど、少しでも力になってあげたいんだ」

 

許緒は、目の前で苦しむ娘に自分を重ねていました。もし、邑で一人のままだったら

誰にも声をかけられず、周りの眼を引くために悪戯を重ねた末に、誰からも相手にされず

最後は、賊の手に落ちてあの子のようになっていたのかもしれない

 

でも、そうならなかった。自分は多くの人に救われた

 

じゃあ、それで終わりなの?

 

あの子のようにならなかった。運が良かった。自分にはたまたま、救ってくれる人が居た

なら、今度は自分の番じゃないのかと許緒は思ったそうです

 

「ボクが救われて終わりじゃ、他の子達が救われないよね。兄ちゃんだってそうだよ。一人救って終わりじゃない

ボクは救われた。なら、今度は誰かを救いたいんだ」

 

「うん、そうだね。私も、季衣に救われたんだよ。だから、今度は私も救う方になりたい」

 

「頑張ろう、きっと救えるよ」

 

許緒の思いを聞いた典韋は、許緒を間近で見ていたからでしょう

直ぐに理解を示し、同じく強い決意を心に、少女の心の傷を癒そうと諦めない事を決めました

 

その翌日から、二人は夏候昭将軍の元へ赴き、話を聞きました

将軍は、流民や敗残兵などを集めて邑を作り、そこに集まる心に傷をもった人々を癒してきた経験があります

そこには、勿論小さな子供達もいましたし、二人があずかっている少女のような子供も多く眼にしてきたでしょう

 

二人の予想通りに、将軍の口からは少女に対する様々な注意点や、対応の仕方を教わる事ができました

 

「では、あの時、兄様に手を出せなかったのは」

 

「ああ、俺が本当に彼女を思って怒っていると感じたからだ。言っただろう?俺と同じ、相手の心を読むと」

 

「兄ちゃんが、本当に命がけで相手を思っていたからあの娘は兄ちゃんに手を出さなかったんだね」

 

一つ一つ、何度も教わったことを頭の中に染み込ませるように口に出して呟きます

今までと状況が変わってしまったからでしょう。簡単に言うならば、様態が悪化したと言ったほうが良いでしょうか

 

懸命にやってきたはずが、いつの間にか少女の心の傷を広げてしまっていたと、最後に二人は理解しました

少女を信じる。これがいかに難しく、少しの疑いすら許さないのか、想像よりもずっと難しく、辛い道のりだということを思い知らされました

 

ですが、二人は懸命に少女と向き合っていきます

 

誰かが言いました、人助けは己の魂を削る行為だと

 

その言葉の通り、二人は己の魂を削りながら少女を信じ、自分の全てでぶつかっていきました

 

それから更に数日、その頃には目の下に隈を作り、前よりも頬が更にこけ、まるで少女に生気を吸い取られたかのように

やつれ果てた二人が居ました。全てを少女に注いでいる証拠だとでも言うのでしょうか

 

仕事は睡眠不足でおろそかになり、失敗を繰り返す悪循環

家に戻れば心が休まる暇など無く、少女の変化に対応して自制を効かせて、負の心を吐き出すことなど出来ません

 

そんな日々が続けば、嫌でも些細な事でぶつかってしまいます

普段、姉妹のような二人も僅かなすれ違いや、肩のぶつかり合いで大きなケンカをするようになっていきました

 

なるべく、少女の前では諍いを起こさないようにしていましたが、ついには限界を迎えました

 

 

 

 

 

 

 

「何時も何時も、調子のいいことばっかり!あの子を一番に見てきたのは私じゃないっ!!」

 

「ボクだってちゃんと見てるよっ!!流琉こそ、夜は何時もボクより先に寝ちゃうじゃないかっ!!」

 

お互いがお互いを口汚く罵り合い、最後は武器を構えて城内の建物を破壊するほどの大げんかに発展してしまいました

武器で互いを攻撃し、武器がダメだと分かると殴り合い、噛み付き、最後は地面に倒れこんで二人は大声で泣き叫んで居ました

 

何時もなら、警備の兵士や駐在している将たちが止めに入るのですが、その日だけは誰も二人の喧嘩を止めず

此れほど酷い有様だというのに、一人も声をかける者は居ませんでした

 

少女も、二人を止めようとその場に居ましたが声をかけること等できません。変わること無く、ただ二人の喧嘩に怯えているだけでした

 

「終わりか?」

 

「兄様・・・」

 

気がつけば、二人の側に夏候昭将軍が立っていました。将軍は、ゆっくりしゃくりあげて怯える少女に近づくと

優しく抱き上げて、背中をポンポンと撫でるように軽く叩いていました

 

少女にとっては、優しく何処か懐かしさもあり、安心して眠ってしまいそうな将軍の温もりでしたが二人にとっては違いました

 

「ボク達の事、叱りに来たの?」

 

「違うな」

 

「じゃあ、その子を取り上げに来たの?」

 

「いいや」

 

「では、ただ見に来たんですか?」

 

自分たちを笑いに来たのか、わざわざ兵を近寄らせずに自分だけで楽しもうと考えているのかと二人は将軍をきつく睨みつけます

普段であれば、こんな酷い事を、言いがかりのような事を将軍にぶつける二人ではありません

 

ですが、この時は限界を超えていたのでしょう。自分たちの気持ちをぶつけられれば良いと思っていたのかもしれません

次々に出てくる辛く、厳しい言葉。相手を罵る言葉。全て根拠などありません、ただ自分の内に溜まりこんだ全ての毒を

吐き出すかのように、声が掠れるほど叫び続けていました

 

そんな二人の言葉を、将軍は少女の耳を抑えたまま静かに聴き続けて居ました

 

まるで全てを受け止め、吐き出させるように二人の苦痛で歪む顔を見ながら

 

そして・・・

 

「もう、もうむりだよぉ・・・もうボクはその子を見れない」

 

「ごめんなさい兄様、私も限界です。全てがうまく行きません。季衣とだって喧嘩なんかしたくないのに」

 

ついに、二人から限界だという言葉が出てしまいました。疲弊し、心を削り、それでも少女を少しも回復させることが出来なかった

自分達の出来る全てで向かい合ったというのに何一つ手応えもなく、一筋の希望すら見えなかったのです

 

其れに対して、何故自分は他の子のようにならないのだろうと自分を攻めつづけ、他の人格に切り替わる頻度が多くなっていく少女

 

引き取り、互いに互いを想い合って支えあった日々は、結局三人の心をズタズタに切り裂くだけのものでした

 

二人の言葉に、将軍は叱るでも無く、怒りすら見せず、無表情に

 

「そうか」

 

と、一言だけ言うとポツポツと雨の降り始めた空を見上げ、少女を優しく抱きなおして城門へと歩き出しました

 

「怒らないの?怒ってくれないの?」

 

「私たちは、自分の言葉すら守れない。怒られる資格も無いのですか?」

 

心のなかでは責めているのでは無いのか?もしそれなら口に出して叱って欲しいと願いますが

将軍はそんな気は無く、そんな事は微塵も思っていませんでした。その理由は、この場所に誰も近寄らなかった事にありました

 

将軍は、二人が限界だと悟ったからでしょう。二人の限界だと言う言葉を誰にも聞かせたくなかったに違いありません

それは、彼女たちが十分に少女につくし、頑張ったことを認めているからです。誰にも真似できる事ではないと

将軍は心のそこから二人を認めて居たのです

 

「後は月に預けながら俺が見る。二人は二度とこの娘に会うな」

 

抱きかかえられ、去りゆく少女にまだ未練が有るのか、許緒は小さく声を漏らしますが

将軍は、顔だけふりむいて無表情に「吐いた唾は呑めぬ」とだけ言い残し去ってしまいました

 

雨が降り注ぐ中、二人は大声で泣き叫んでいました

己の無力さに、己の弱さに、そして己があまりにも子供であるということに打ちのめされながら

 

「どうして、どうしてボクはこんなに弱いんだ。小さな子の心さえ救えないんだ」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい。必ず救うって約束したのに。私には、私たちにはもう・・・」

 

二人は、降りしきる雨の中、遂に肉体も限界を迎えたのか、重なるように倒れてしまいました

 

それから数日、二人は診療所の布団で目を覚まし、救えなかった少女を忘れるように普段の生活へと戻っていきました

夏候昭将軍と合う機会は何度もありましたが、二人は罪悪感からか少女の事を聞くことが出来ずに居ました

 

そんなある日、魏王さまから受けた仕事を終えた二人は、帰宅途中に娘と手を繋ぎ施設から出てくる聖女様を見かけます

 

元気そうな表情、前と違って笑さえ見せる少女に、二人は感情のまま、少女に近づき「久しぶり」と声を掛けますが

少女は精神の病のため二人を覚えていることはありませんでした。この時、過去の記憶は少女自信が消していたのです

 

日々を生きるため、己の心に封印をする。それが、少女自身の生きる最後の手でした

 

「お知り合いだったのですか?キイさんと流琉さんですよ。覚えていますか?」

 

「うーん・・・知らない」

 

首をかしげる少女。あれほど一緒に、そして心を削るほど苦労したのにと絶望、絶句する二人

 

「ごめんなさいお姉ちゃん達。私今までのことあまり覚えていないの」

 

俯き、謝罪をする少女に、許緒はぐっと唇を噛み締めます

 

「ううん、ボク達ちょっと間違っちゃったみたい」

 

「うん、似ている娘が知り合いにいるの。だから気にしないで」

 

典韋も同じように、手を握りしめて込み上げるものを必死で抑えました。覚えていない、忘れ去られている

あれほど心血を注いだのに、自分達はこの少女の心に少しも跡を残していないのだと

 

少女は「そっか」と笑顔を返し「バイバイ」と手をふって聖女様とその場から立去ります

 

聖女様が、会釈をして少女と隣を通り過ぎ、姿が見えなくなったところで二人の前に、いつの間にか夏候昭将軍が立っていました

その目は厳しく、二人の視線を全身で受け止めて居ました

 

「兄ちゃん、ボクたちは人一人背負うことができない。小さな子、一人救う事も出来ないんだ!」

 

無言で二人を見詰める将軍にさらに嗚咽混じりで叫びます

 

「私達が出来ることは戦うことだけ、戦って人を倒すことだけなんです。救うことなんか出来ないんです」

 

「華琳様ならばあんな可哀相な子を、戦で苦しむ子をなくせるんでしょう兄ちゃん!?」

 

将軍は無言でしたが、典韋は泣きながら「兄様がしてきた事を見れば、華琳様がそれを理想としていると解る」と言いました

 

「私達は人一人背負えない、だけど戦うことが出来る。私たちはあのような思いをする人を無くすために戦い続けます!」

 

「だって、ボク達には其れしか出来無い。それが、今のボク達の精一杯だからっ!!だからっ・・・負けないんだっ!」

 

今の己の出来ることをする。美しい理想ではない、現実を見た子供たちは泣き叫び男は無言のまま二人を優しく抱きしめた

 

「兄ちゃん・・・ボク、早く大人になりたいよ。大人になったら、兄ちゃんみたいに出来るんでしょう?」

 

「兄様みたいに、人を背負う事が。人を救うことが私達にも出来る。私たちは早く大人になりたいです」

 

泣き続ける二人に、将軍は頭を撫でながら

 

「ゆっくり大人になれば良い、急ぐことはない。沢山経験を積むんだ、失敗や挫折は子供にだけ許される特権なのだから」

 

そう言うと、将軍は二人を強く抱きしめました。今までよく頑張ったと耳元でささやいて

 

その後、玉座の間で魏王様の前に立つ二人の精悍な顔つきに、魏王様は心から満足げに笑を向けていらっしゃいました

 

「随分と良い顔をするようになったわね。瞳の輝きも、以前より増している」

 

「そうですか?流琉、ボクなにか変わったかな?」

 

「何時もと変わら無いわよ、さあ行きましょう。それでは失礼します」

 

新たな仕事を受け、玉座の間を退出する二人の後ろ姿を魏王様は眩しいものを見るように眼を細めて居らっしゃったそうです

 

「わざと手を貸さなかったわね。現実を叩きつけて、そのままあの子達も立ち直らなくなったらどうするつもりだったの?」

 

「それは無い。二人は寄り添い、競い合うように生える大樹。何処までも天高く真っ直ぐに伸び続けるはずだ」

 

「そうね。あの二人なら、春蘭と秋蘭を超える事が出来るかもしれない」

 

「ああ、そうなってもらわねば困るよ。俺達の後は、あの子達が引き継ぐんだ」

 

後から聞いた話ですが、二人は三夏の大剣、雷光を超える者であると魏王様から期待をされていたようです

その後、二人は活躍を続け、悪来と樊噲の再来であると称される勇将へとなっていきます

 

救った人の数はとても数えきれず、駆け抜けた戦場は有に百を超えます

 

あの時、自分達では救えなかった少女を今度は救えるようにと

 

何時か、誰かを背負うことが出来るようにと

 

私が書き記すのは此処までです

 

此処から先は、未だ続いています

 

続きは、そうですね、明日にでも書こうと思います・・・

 

 

 

 

不意に外から人の気配を感じ、子供は竹簡を閉じた

 

「こら、こんなとこで散らかして!母さんに言いつけるよ?私の仕事場に入っちゃダメだって言ったでしょ!?」

 

「はーい」

 

「ホントにもう、やっぱり孤児院じゃなくって城に住もうかな」

 

散らかった竹簡を片付けつつ、悪来と樊噲と書かれた竹簡を拾い上げ、懐かしい表情で文字をなぞる女性は

大事なものを扱うように、布で包んでその竹簡を、使い込み、傷だらけで所々へこんだ机の引き出しに仕舞った

 

「おーい!出かけるぞーっ!早くしないと置いてっちゃうよ!!」

 

「季衣、声が大きい。そんなに叫ばなくても聞こえるわよ」

 

「だってさー、表に出てるのが司馬懿だったら聞こえても来ないし、仲達だったら武器持って表に出てくるだろうし

今でてるのがあの子だって確証ないじゃん」

 

「大丈夫よ、普段はあの子しか出ないんだから」

 

孤児院の扉が開き、脇に竹簡を幾つも抱えた女性は、眼鏡の位置を直しながら慌てて靴を履いて玄関から飛び出す

 

「お弁当は持ちましたか?忘れ物は?」

 

「大丈夫だって、お母さん!行ってきます」

 

孤児院の聖女に見送られ、慌てて出てきた女性は、背の高い二人の女性と合流すると、一人の女に「遅い」と首に腕を回される

その女は、桃色の波がかった髪と軽装で、巨大な鉄球を片手でまるで花束を持っているかのように軽々と持ち歩く

もう一人は、短い緑の髪にリボンを付け、同じような軽装で大きな円盤状の武器を肩に担ぐ

 

「そういえば、いっつもボク達の事ばっかり書いてて飽きないの?せっかく史官になったのに」

 

「私達なんか書くこと少ないでしょう?」

 

「そんな事ありません。記憶が全て戻った時、最初に思い出したのがお二人のことです!私は必ずお二人を書こうって決めてたんですから!」

 

文字で残し、後の者達に大事な事を伝える。此れが今の自分に出来る精一杯のことだと言う史官の女に、二人は顔を見合わせ、照れたように笑っていました

 

「えっと、私の話を聞いて許緒と典韋の二人は照れたように・・・いや、照れていた、と」

 

「ちょ、何を書いてるのよ!」

 

「はい没収!」

 

史官から竹簡を取り上げた許緒は、直ぐにへし折り、其れを見た史官は急に性格が変わり「何するんだゴラァっ!」と叫び

腰の剣を振り回し、逃げる許緒を追いかけ、典韋は呆れた顔で二人を追っていた

 

先の世で、二人の活躍はどう語られることか、それは後に記される事となるだろう

 


 
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