No.485566

奇跡、ください。

一色 唯さん

【Update:2009/10/10、Remove:2012/09/18】
3年前くらいに書いた過去の遺産・ヘタレ銀八の生誕記念SS。
笑っちゃうくらい稚拙な小学生作文クオリティー。
恥ずかしいけど、そのままの状態で保管しておく。

続きを表示

2012-09-18 04:24:22 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:5280   閲覧ユーザー数:5279

若年性白髪で天然パーマ。

滅多に光を帯びない三白眼。

常にやる気のない性格。

万年薄給。

 

そんなモテない要素をしっかり押えちゃってる俺、坂田銀八、27歳独身。

職業、銀魂高校在籍の国語教師。

 

 

まぁアレだ、教師なんて職に就いちゃいるが、所詮こんなものは意味のない肩書きに過ぎない。

元々モテない上に、出逢いの少ない職場に身を置いてるもんだから相手なぞ早々見つかるわけもなく。

最も俺の場合、趣味や社交の場に出向いて積極的に交流を持とうとするような性格じゃないし、誰でもいいから手当たり次第に付き合うような軽い交際はしたくないっていう、俺なりのポリシーがあるンでね。

おかげで30代も手前に迫った今でも独り身ってわけだ。

 

 

それでも一応俺も生きた人間だからね、人並みに恋くらいするんですよ。

え? いい歳したオッサンが恋とか言うと気持ち悪いって?

固ェこと言うなよ。

誰だって歳とりゃいずれオッサンかババァになるんだからよ。

 

それに、普段から口癖のように「心は何歳になっても少年なんだよ」って言ってるだろ。

友情然り、冒険心然り、恋愛もまた然り。

純粋な気持ちのまま片思いなんて、自分の年齢からすれば青臭いことかもしれねーけどさ。

好きな気持ちを人知れず抱えるのに年齢は関係ねーよ。

 

 

で、片思いだったらモテないとか嘆く前に自分から行動すればいいと思うだろ?

玉砕覚悟でテメーの気持ちぶつけるだけなら、とっくの昔にやってるって。

 

問題は、相手だ。

その年甲斐もなく惚れちまった相手ってのがまた性質が悪ィんだよ。

ここで隠しても始まらねぇから白状するとだな……

 

俺のクラスの生徒で、気性が荒く何かと突っかかってくる相手。

風紀委員と剣道部のナンバー2を務める、人望高い奴。

容姿端麗、女の好みを絵に描いたような男。

名前は、土方十四郎。

 

よりによって自分の教え子である男子生徒に惚れちまうたァ、さすがに自分でも正直ヤキがまわったんじゃないかと不思議に思う。

教師と教え子が恋愛するのは別に異例でもないが、それが男同士ともなると話は別だ。

周囲に勘付かれて噂にでもなった日にゃ、アイツへ迷惑が及びかねない。

悪趣味で変態な担任教師に好かれてるとでも耳に入ったら……モテる割には純粋なアイツは嫌悪感抱いて学校に来なくなっちまうかもしれねェ。

ただでさえ今の時勢じゃ生徒に下手な接し方が出来ないってのによ。

 

そういう背景も相成って、さすがに自分からアクションを起こすわけにもいかないんだ。

 

 

実は明日、10月10日は俺の誕生日なんだよ。

まぁ、祝ってくれる家族もいないし、また一つ年齢を重ねるだけの日であって、特別なイベントでもなんでもないんだけどさ。

そもそも、担任の誕生日なんていうプライベート情報を生徒が知ってるはずがないんだけど。

 

 

俺は神様とか願掛けみたいなモンは簡単に信じる方じゃない。

でも、こんな不毛な片思いをし始めてからは、神様にも祈るのも悪くないって思うようになったんだよ。

 

 

なぁ、神様。

本当に奇跡を起こせるなら、今起こしてみせてくれ。

 

誕生日祝いに奇跡の贈り物なんて最高のサプライズだろ――?

 

 

 

 

 

 

4時限目終了のチャイムが、Z組の国語の授業の終わりを告げる。

 

「じゃ、日直号令ー」

「起立、礼!」

 

ガタガタと一斉に席を立ち、各々が昼休みの支度に四散していく。

 

いつもならその光景を気に留めることもなく、ダラダラ職員室まで戻っていくところなのだが、ふと視線を感じて、壇上から教室内を見渡した。

すると、後方にある近藤の席に集まっていた三人が此方を見てる。

 

風紀委員三人組――近藤、土方、沖田。

三人は偶然にも近所の幼馴染らしく、何をするにも大抵一緒に行動している。

かくいう俺も、高杉や坂本と同じ時代を過ごして、今も同じ高校の教職員として一緒にいるんだけどな。

なんつーか、昔の俺達を見てるみたいで憎めないわけよ。

 

話は戻るが――

その三人の中の土方と目が合って驚いたんだ。

アイツの表情がいつもの鋭い眼じゃなくて、何かに焦がれるような柔らかいものだったから。

 

でも、視線が交差した瞬間に怒ったような険しい表情に変わって、露骨に顔を背けられちまった。

それと同時に沖田が小声で何か喋り出す。

チラッと俺を見た沖田の顔に黒い笑顔が浮かんでるってことは、きっとろくな事が起こらない証拠だ。

なんかよくわかんないけど、土方には露骨に怪訝な顔をされちまったし、さっさと飯食って屋上で昼寝しようかな。

 

そんな事を思いながら平常心を装って教室を後にした。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

帰りのホームルーム。

特にこれといって連絡事項もないし、適当に時間潰して終わりにしちゃおうかな。

 

「あー、そうだ。オメーら、明日は何の日か知ってるか?」

「明日、ですか?」

「そうだ。知ってるヤツ居たら手ェ挙げろー」

「ハイ、先生」

「おぅ新八、言ってみろ」

「10月10日は体育の日じゃないですか?」

「ばっかオメー、明日は祝日じゃねぇ、平日だ」

 

確かに一昔前、10月10日は体育の日といって、オリンピックにちなんで運動に関心を深めて健康な心身を培うための祝日だった。

しかし残念、俺が求めてる回答はそこじゃない。

 

「10月10日はメガネッ子の日アル。先生と私と新八が愛護される日ネ」

「違うぞ神楽ー、メガネッ子じゃなくて目の日な」

「10月10日ハ萌エキャラノ日ヨ。猫耳萌エキャラノ私ヲ愚民共ガ崇メ敬ウ日サ」

「ちげーよ、誰もお前を萌えキャラだと思ってねェ事にいい加減気づけ」

「釣りの日」

「マグロの日」

 

毎度のことながら収集がつかなくなり、馬鹿なこいつらに面倒くせェ話題振ったのが間違いだったかと思い始めた、その時。

 

「先生の誕生日、ですよねィ」

 

高揚のない声で発せられた、俺の問いかけの”答え”。

 

「うぉッ、沖田くん何で解ったの!?」

「前にちょいと先生の免許証を失敬させてもらったことがありやしてね。ねぇ? 土方さん」

「ちょっ、俺に振るんじゃねぇよ!」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべている沖田の後ろの席で、顔を真っ赤にして慌てる土方。

 

「つーかさ、先生の免許証なんて何に使うつもりだったわけ?」

「それは内緒でさァ。ねぇ? 土方さん」

「だから俺に振るんじゃねェェェ!!」

「……??」

 

沖田くんの突拍子もない言動は今更不思議でもないので置いておくとしても、なぜ土方に話を振るのだろうか。

どこか態度のおかしい土方に視線を向けると、こちらに気づくなりツイッと視線を外し、横を向かれてしまった。

 

――なんなんだ、一体。

 

疑問符を抱いたまま、他から上がった声に意識を戻される。

 

「銀ちゃん、また一つオッサンに近づいたネ」

「うるせーな。20代の誕生日に深い意味はないって某アニメでも言ってただろ、別に誕生日に意味なんかねェんだよ」

「じゃあわざわざ告知する必要もないじゃないですか」

「ばっか、ちゃんと『明日は先生の誕生日ですー』って前以て言っておかなきゃファンの子がプレゼント用意しそびれちゃうだろ? ココ重要な」

「先生! 私のプレゼントはとっくに準備出来てるわッ! 明日という日をずっと待ち焦れていたのよッ」

「あー、先生はオッサンに近づくのを待っても焦れてもいないけどな」

 

熱狂的なストーカーであるさっちゃんの発言をそれとなく回避しつつ、チラリと土方の席に視線を移す。

今度は先刻とは打って変わって眉間に皺を寄せ、射殺されそうな程の鋭い眼差しを向けている土方の姿が目に映った。

 

俺、何か不機嫌になるようなことしたっけ?

なんか無性に寂しくなってきちゃったよ、オイ。

もう、誕生日とか本当にどうでもよくなってきた。

 

「っつーことで、先生へのプレゼントはどんなものでも大歓迎だぞー。オメーらの先生を愛する気持ちをカタチにして持って来いな。一生大事にするからよ。じゃ、日直号令ー」

 

半ば破れかぶれで一気に捲し立てると、この話題に自ら終止符を打った。

 

別にプレゼントが欲しいわけじゃないのに、土方の反応見たさに勢いで余計なことまで言っちまったな。

あからさまに機嫌悪そうな顔してたし、余程何かが気に入らなかったんだろう。

よくわかんねーけど、こんなンじゃ奇跡なんか夢のまた夢だ。

 

 

号令と共に放課後を迎えてざわめく教室とは対照的に、重い足取りで教室を後にする。

 

明日は午前いっぱい出張だ。

当然のことながら朝のホームルームで土方と顔を合わせることは出来ない。

恋してる時っていうのは、一分一秒でも多く好きなヤツと接点を持ちたいものだろ。

それなのに、最後に見た顔は明らかに俺を拒絶してる感じだったよな。

嫌われるような事した覚えはないんだけどなァ。

やっぱりアレか?

俺みたいな教師に惚れられてるって気付いて嫌気がさしたのか?

だとしたら、もう手遅れだよな……。

あーぁ、なんかもう絶望的だわ。

 

 

職員室に戻ると、いつもの笑顔を湛えた坂本が寄ってきて肩を組んできた。

 

「のォ金八、浮かん顔ばしてどげんしたとね。らしくないきに」

 

アッハッハと能天気に笑う彼が少し羨ましく感じる。

沈む気持ちを、こんな風に軽く笑い飛ばせたらいいのに。

普段なら嫌なことは深く考えずにすぐ切り替えられるはずなのに、この暗い気持ちをすぐに払拭しきれない辺り、確かに俺らしくないと思う。

やはり長年一緒に居るだけあって、さすが察しが良い。

だから素直じゃない態度を取っちまうのも、お前なら判るだろ?

 

「あー、明日また一つオッサンになるんだと思ったら気が重くてな。ちなみに金八じゃなくて銀八だから。一文字違うだけで色々とだいぶマズイから」

 

 

「アッハッハ、すまんのォ。どうじゃ、今夜はワシが奢るき、高杉も誘って誕生日の前祝いとでもいかんか」 

「前祝いねェ……。気持ちはありがたいけど、俺オッサンに近付くの全然嬉しくないからさ。それに明日、朝から出張なんだよ。悪ィが今日はパスするわ」

「なんじゃ、つれない奴じゃのォ。まぁ明日は祝いの品ば用意しちょくき、期待していいぜよ」

「あぁ、わかった。ありがとよ」

 

坂本の無償の厚意に感謝しながら、気だるげに荷物をまとめて帰路に着いた。

 

 

 

 

 

翌日の出張は予定よりも大幅に長引いてしまい、急いで銀魂高校に戻ってきた時には既に昼休みも終わりに差し掛かった頃だった。

5時限目は担当教科の授業が入っていたが、幸いにも自分が担任であるZ組の割振りだったのを思い出す。

 

早朝からずっと忙しなく活動していて食事もろくに摂れていなかった上に、今日はなんだか身体が思うように動かない。

急いで移動したために汗ばんだ身体と、熱をもったまま一向に下がらない体温、微かに朦朧とする意識。

恐らくこの症状は、風邪によるものだろう。

 

このままでは授業にならないと判断し、事前に準備していた課題のプリントを手に取って教室に向かった。

 

5時限目の予鈴が鳴ってもZ組の周囲は騒がしく、教室に戻っていない生徒が未だ多数いるようだった。

教室の前まで行くと、ちょうど風紀委員の土方と沖田が生徒を室内に収容している現場と遭遇する。先に気づいたのは沖田の方で、「あ、先生でィ」と小さく呟くと同時に、隣に居た土方の腕を突いていた。

ハッとなって顔をしかめる土方の姿に胸が痛む。

 

気分が優れない状態に加えて、理由のわからないまま好きなヤツに不快な顔をされ続けてるんじゃ、本格的に授業どころじゃない。

 

「よォ」

 

努めて平静に声をかけてみるが、やはり土方からの反応はない。

 

「遅かったですねィ。出張に手間取ってたんですかィ?」

 

押し黙ったままの土方の代わりに沖田が言葉を返した。

 

「うん、そうなんだよね。で、先生ちょっと今日授業に出られなさそうだからさ、悪ィんだけど自習しといて」

 

ハイこれ、と持ってきたプリントの束を二人の前に差し出す。

「へーい」と返事をして受け取った沖田に片手をヒラヒラと振って、踵を返して背を向けた。

その瞬間。

 

「おい、どこに行くんだよ」

 

不機嫌そうな表情のまま黙っていた土方から急に呼び止められた。

 

立ち止まり、視線だけ土方の方へ向けると、眉を顰めたまま仏頂面で俺を見つめる土方の姿があって、鳩尾の辺りがキリリと痛むのを感じる。

 

なんでそんな顔してるんだ。

一体何が気に入らねェんだよ。

人の気も知らないで、チクショウ。

 

朦朧としていく意識の中で、心に暗く渦巻く闇が音を立てて拡がっていく。

わずかな瞬間の小さな変化なのに、まるでワンシーンだけ切り取ったかのように永く感じてしまう。

 

想いが通じないまま交わった視線。

それを逸らすのは、俺の番。

 

「課題、終わったら6時限目までに集めて提出しろよ」

 

土方の問いかけには答えずに用件だけ告げると、後ろ髪を掻き毟りながら本鈴の鳴る廊下を歩き出す。

残された土方がギリッと奥歯を噛み締めながら、去り行く背中を見つめていたのを、俺は知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

ふらつく足を引きずったまま辿り着いたのは、保険医である高杉が居る保健室。

一階の角にあるその場所は至極静かで、派手なことを好む主には似つかわしくないと常々思っている。

ただ、隻眼の片側を覆う眼帯が、保健室の物言わぬ白い雰囲気と妙に合っていた。

 

力なく戸を開けると、机で本を読んでいた主が少し驚いた顔で俺を迎える。

 

「おい、授業はどうした」

 

「あ? ダリィから自習にしてきた。っつーことで、少しベッド借りるわ」

 

開けた戸を閉めずにフラフラと室内へ入ると、そのまま端のベッドへ倒れこむ。

高杉はその様子を黙って見届け、読んでいた本を置いて静かに戸を閉めた。

 

目を閉じて横たわる銀八の額にはうっすらと汗が滲み、クセのある銀色の前髪が水気を含んで張りついている。

 

「サボリ、だけじゃなさそうだな」

 

銀八は一見プライドなど無さそうな形振りをしているが、滅多なことでは自分の弱い部分を見せないことを高杉は知っている。

何も考えていなさそうで、実は色々と深いところまで気遣ってしまう性格のせいか、真に心を許した、ほんの一握りの人間にしか甘えられない、不器用な男。

時に、今は学校だ。

おおかた生徒との事で頭を悩ませて心労が重なったんだろう。

 

コイツは他人の変化に敏感すぎる所があるからなァ。

昔から変わらねェな、オメーは。

 

ぐったりと投げ出された身体から静かな寝息が聞こえ始めたのを確認すると、足元の薄い布団を掛け、タオルで汗ばんだ額を拭ってやる。

すると、疲労を色濃く湛えていた銀八の表情が少しだけ和らいだのがわかり、苦笑混じりにククッと笑みを溢した。

 

 

誕生日祝いなんて柄じゃあるめェし、俺の役割はこれでいい。

 

想いなンてのは溜め込んで腐らせるもんじゃねェ、ブチ撒けて花咲かせるもんだ。

せいぜい残りの時間は有意義なものにしろよ、銀八。

 

 

 

 

 

 

5時間目の終鈴と共に職員室を出る高杉。

向かう先は自身の管理する保健室ではなく、銀八が担任を受持つ3年Z組。

 

通常ならば保険医が教室付近を往来することはなく、銀八と同じ白衣ながらも別世界の人のような目で見られていた。

しかし、当の本人は意に介した様子も無く、Z組の入り口で足を止める。

 

「よぉ、ヅラ。ちゃんと大人しく自習やってたかァ?」

 

ヅラと呼ばれた長髪の少年は、自分の前に現れた保険医を見やると、冷静に返答した。

 

「ヅラじゃありません、桂です。高杉先生」

「ククッ、そうだったなァ」

 

不敵な笑みを浮かべながらチラッと教室内を窺い見ると、風紀委員の土方と沖田が揃ってこちらに向かってくるのが見えた。

それと同時に目前の桂から声をかけられる。

 

「高杉先生、そこを通してもらえませんか。俺、これから課題提出しに行くんです」

 

その手には、先刻銀八が自習と称して配布していた課題プリントの束が握られていた。

 

 

「あぁ、銀八なら職員室行っても居ねェよ」

「居ない? 授業にも来なかったし、先生はどこに行ったんですか?」

「アイツ、無理して出張行ってきたせいで熱出しやがってな。未だ俺ン所でブッ倒れてるさ」

「そうなんですか……」

 

居ないならこれは職員室に置いてくるだけでいいかな、と呟く桂。

そのすぐ後ろで、それとなく会話を聞いていた土方の表情の変化を、高杉の隻眼は見逃さなかった。

 

「まぁ、帰りのホームルームくれェは這ってでも出るだろうから安心しな」

「はい、わかりました」

「じゃ、俺も用が済んだし職員室戻るぜ。またな、ヅラ」

 

口の端を歪めて目を細める俺の背に、「ヅラじゃないです、桂です」と反論する声がこだます。

傍に居た沖田の声は休み時間の喧騒に消えて耳に届かなかったが、どんな言葉が誰に向かって発せられたのかなど、聞こえなくても容易に想像出来た。

 

 

ククッ、銀八よォ。

大層面白ェもん見せてもらったぜェ。

やっぱりオメーはこうでなくちゃ、な。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

一方、主のいない空間で目を覚ました銀八は、ハッとなってベッドから身を起こし、壁の時計に目を凝らす。

14時3分。

ちょうど6時限目が始まった頃だ。

しかし今日の予定は先刻のZ組の授業のみだった事を思い出し、安堵の溜息を吐くと再び布団に身を沈めた。

 

自分も教師である以上、次の時間に遅れるわけにはいかないのを当然ながら高杉もわかっている。

俺にその危険性がないことを自ら確認した上で、こうしてそのままにしておいたのだろう。

 

意識が途切れる前よりも熱が下がったようで、幾分か楽になったように感じる。

ベッドの周囲にはカーテンが布かれ、枕元には少し湿ったタオルが一枚置いてある状況も、高杉がさりげなく気遣ってくれたものだと気づく。

 

アイツは多くを語らないが、言葉で云わなくても思う以上のことをすぐに察してくれる。

坂本と出会うよりもずっと前から、同じ道を共に選び歩んできた。

家族でも恋人でもない間柄。

その絆に遠慮や同情の念は必要ない事をお互いが一番知っている。

 

与えられるより、自分のやり方で与えたい高杉。

与えるより、与えられたものを自分で消化して生かしたい俺。

だからこそ何も云わない俺がいて、何も云わずに理解した高杉がこの環境を作ってくれたのだ。

 

最後の授業はまだ始まったばかり。

もう少しの間、お前に甘えさせてもらおう。

 

 

 

 

自分の他に誰も居ない殺風景な空間に、時計の秒針の音だけが鳴り響く。

白い天井をしばらく仰ぎ見ていた時、ふいに遠くで足音が聞こえる。

 

戸を開き、部屋に入ってきた足音の主。

床を踏みしめる音が近づき、隔離されたこのベッドの前で止まった。

休養目的で訪れた生徒であれば、既に使用されているベッドには近づかずに空いている個所を利用するはずだ。

それをせず、俺がここに居ることを知っていて立ち止まった人物。

一瞬間を置いてから、遮断されたカーテンを開いたのは――

 

土方十四郎だった。

 

 

 

 

 

 

訪れるはずのない来訪者に驚きを隠せず目を見開いていると、土方は後ろ手にカーテンを閉めると静かに歩み寄り、俺のベッドの横に立った。

その行動と彼の意思が読み取れず、寝起きで掠れた声で問いかける。

 

「お前、いま授業中じゃね? なんでここに居ンの」

「具合悪いから来たんだよ」

「あ、そう」

 

質問に眉一つ動かさず、淡々と答える土方。

やはり表情は相変わらず硬く強張っていて、上から見下ろされる鋭い目線に再び鳩尾の辺りが痛み出す。

 

「質問の仕方を変えるわ。具合悪くて休みに来たんだろ? なんで他人が使ってる所に入ってくるわけ?」

「……」

 

核心を衝かれ、グッと唇を噛んでいる。

仏頂面から悔しさを堪える様が垣間見えて、いよいよ土方の考えが解らなくなっていく。

 

 

そもそも土方は何を怒ってる?

前からよく突っかかってきてはいたけど、嫌悪感は持たれていないと思ってた。

だって俺、土方が好きだからすぐ絡んじゃってたけどさ。

でも、好きだってバレないようにすげー頑張って抑えてたつもり。

嫌われるようなことをした覚えもないし……。

 

あぁ、よく一緒にいる沖田くんは敏いから周囲にバレちゃったのかな。

だから、『やめてくれ』って文句言いに来たのか?

 

きっとこれから拒絶の意思を言い渡されるんだな、俺。

教師と生徒、年齢の差、なによりも性別の壁は、普通の感覚では受け入れ難いのが当たり前なんだから。

 

最も恐れていた結末をこれから迎えるのかと思うと、絶望に支配されて泣き出したい衝動に駆られる。

なんとか意識を逸らしたくて、未だ重い上体を起こし、土方の姿を視界から外した。

 

 

沈黙。

その気まずさに耐え切れなくて深い溜息を吐くと、視界の外で土方が言葉を紡ぎだす。

 

「俺ァ具合が悪ィんだよ」

「うん」

「先生のせいでな」

「そうか」

「先生のこと、考えないようにしても頭から離れないし、考えると胃が痛くなるしよ」

「うん」

「いい加減気づいて欲しくても、何て言えばいいのかわからねェし」

「うん」

「眼で訴えても一向に伝わらねェ」

「……」

「もう終いにしようぜ、こんなのは」

 

終い。

その言葉が鈍い切先で胸の想いを抉る。

布団の上で握っていた拳の内側がジットリと汗を帯びていくのを感じた。

 

次に迫り来る台詞など想像に容易くて、途切れた声の余韻が脳内に繰り返される言葉をリアルに助長する。

 

どうせなら一思いに吐き捨ててくれ。

残りの日々を苦いもので終わらせたくないだろ。

鼻で笑って、馬鹿にしてくれていいよ。

バカな教師の気違い染みた、最初で最後の生徒への恋なんてさ。

 

せめて、笑って現実を受け止めようじゃねェか。

 

 

もう一度深く息を吐くと、ゆっくり顔を上げて土方を見上げる。

 

土方の顔からは不機嫌さが消えていて、真剣な眼差しで俺を見つめていた。

互いの呼吸が一致した瞬間、低く男らしい声が俺に向けて放たれる。

 

「先生、今日誕生日なんだろ」

「えっ……?」

 

待ち構えていた宣告の予想を裏切る言葉に、思わず拍子抜けして間抜けな声を上げてしまう。

 

「他の奴らからはもう何か貰ったのか」

「あ、いや、出張から戻ってきたばっかだから何も貰ってねェけど……」

「そうか」

 

それだけ言うと、土方は目を細めた。

 

「先生」

「ん?」

 

蒼灰の瞳がゆらりと揺れる。

 

「俺だけにしとけよ」

「なっ、なんだよソレ……意味わかんねェよ」

 

俺だけってどういうこと?

爛れた恋愛感情は金輪際するなっていう忠告?

それなら遠回しな会話の意味がない。

ますますコイツの考えがわからなくなっちまったじゃねェか。

 

そんな思考が顔に出てしまっていたのだろう。

真剣な面持ちだった土方の表情がみるみる険しいものに変わり、チッと舌打ちする。

拳を握り締め、怒りを露にした体が間合いを詰めた。

 

拳を握り締めた右腕が勢いよく向けられる。

 

――殴られる。

来るであろう衝撃を予想した本能が身を硬くした。

起こしていた上体を回避する間もなく倒され、鈍い音と共に視界が一変する。

 

が、痛みはない。

与えられたのは、肩を掴まれた強い力。

 

そして、唇に触れる柔らかい感触。

 

 

重ね合わせられた唇が指す行為の名を知らない程子供じゃない。

しかし、これまでの話の流れから何故この状況に至るのかが瞬時に理解できず、身じろくことも忘れて、為すがままに土方からの行為を受け入れていた。

その一瞬の出来事がスローモーションのように永く、鮮明に胸に焼き付いていく。

 

 

 

どれだけの間そうしていたのかもわからないくらい麻痺した箇所を、最初に離したのは土方だった。

見開いたままの視界が、端正な輪郭にゆっくりと焦点を合わせていく。

 

相変わらず見下ろされたままの体勢だが、二人の顔は今にも鼻と鼻がくっつきそうなくらい近くにある。

いつも教壇から見つめ、焦がれ、触れたいと思っていた土方の姿が目の前に広がっている状況。

 

脳内で思い描いていた、恋人同士のような光景。

一生叶うことはないと諦めていた情景。

そんな、まさか。

 

「お前さ、自分が何してるのかちゃんと理解ってンの?」

「あぁ、理解ってる」

「ハッ、惨めな教師に最期の同情のつもりかよ」

「はァ? なんだよそれ」

 

訝しげに聞き返す土方。

でも、そう思うのも無理はないだろ?

 

「だってオメー、俺のことすごく嫌ってンじゃん」

 

そうだ、俺は土方に嫌われてるんだ。

赦されない恋心を抱いていることを気付かれてしまったから。

こんなこと、正気でするはずがない。

 

「ろくに目も合わせねェし、いつも怒ってるしさ。嫌なんだろ、俺みたいな奴に目ェつけられンの。辛い思いさせるつもりはなかったんだけどよ……なんていうか、その……悪かったな。お前の言う通りもう止めにするからさ、同情とかそーゆう事すんなよ」

「クソッ……理解ってねェのは先生の方だろ」

「え?」

「俺が同情でキスしたとでも思ってンのかよ」

「違うの?」

「違ェよ」

「じゃあ何で嫌いな奴に」

「俺が今までで一度でも嫌いだって言ったこと、あったか?」

「……」

 

はぁ、と一つため息を吐き、コツンと額をぶつけられた。

 

「俺ァ同情なんかしねェし、嫌いな奴の誕生日なんか知ったこっちゃねェんだよ」

 

見つめる先の土方の頬に、朱い色が拡がっていく。

多分、俺の頬にも同じ色が差しているはずだ。

 

伝えたい言葉を巧く吐き出せない唇に、悔しさが滲んでいる。

あり得ないはずの光を、絶望の淵から垣間見てしまう自分。

 

 

ねぇ、神様。

この光に手を伸ばして地獄に落ちたとしても、俺、後悔しないよ。

 

 

「土方」

「なんだよ」

 

一つ呼吸をおき、早まらないように念を入れて確認する。

 

「先生は仮にも教師だぞ」

「ンなの、半年後に卒業したら関係なくなるだろ」

「先生はオッサンだし、天然パーマで甲斐性ないぞ」

「毎日のように学校で会ってンだ、今更どうって事ねェよ」

 

最後にもう一つ、どう足掻いても絶対に越えられない壁。

 

「先生は、女じゃないぞ」

 

世間から異色だと差別的な烙印を押されてしまう組み合わせ。

足を踏み入れたら最期、後生その烙印から逃れることは出来ないのだから。

俺は――

 

「そんなの気にしねェ」

 

それは俺が思っていた言葉と同じ。

 

「たまたま好きになった奴の性別が同じだったってだけの事だろ」

 

すげーよ、コイツ。

俺が躊躇ってた事に真っ向から堂々と構えてやがる。

若い思考がそうさせるのか、それとも、土方の一本気な性格故なのか。

どちらにせよ、土方の漢らしさにこの上なく惹かれてる俺に、もう歯止めは必要ない。

 

「そうだな」

 

あり得ないと思っていた妄想が現実になったからさ。

 

「先生」

「ん?」

「俺からの誕生日プレゼント」

 

そう言えば、今日は俺の誕生日。

 

「受け取った後で……今更…要らねェとか言うなよ?」

 

一層顔を赤らめながらか細く云う土方の言葉に、昨日の記憶が甦る。

 

 

『先生を愛する気持ちをカタチにして持って来いな』

 

 

 

 

あぁ、そうだったのか。

だからお前がここに居て、願ってもない奇跡を起こしてくれたんだな。

 

空いていた両腕を土方の背に回し、ギュッと引き寄せる。

突然の引力にバランスを崩して折重なる二つの似通った身体。

先刻と立場が逆転して驚く土方に、ずっと抑え続けてきた愛おしさが関を失って溢れ出す。

この想いはもう誰にも止められない。

 

 

 

「男に二言はねェよ」

 

晴天を仰ぐような気持ちで土方を見ると、そこには蒼く澄んだ瞳に銀色の光が映って笑顔と共に輝いていた。

夢にまで描いた願いが現実のものとなっているのに、何故か湧かない実感。

誰もが欲しがる存在を、今、自分の腕に抱いている事実。

それを確かめるかの如く、吸い寄せられるように再び唇を重ねた。

 

1時間前とは異なる熱を含んで上昇していく体温。

溶け合う二つの唇と心。

 

 

なぁ、神様。

 

「人生最高のプレゼント、一生かけて大事にしてやるさ」

 

奇跡を、ありがとう。

 

 

 

 

 

End.

 

2009/10/10


 
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