No.477407

昇り龍 ~ある花火職人のものがたり~(増量版)

健忘真実さん

テーマ『花火』。2000字内という制限ですが、40%増量です。

2012-08-30 12:01:14 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:633   閲覧ユーザー数:632

「おめぇら承知のはずだが、どっちが店を継ぐかがこれで決まる。今夜は、贔屓の旦那

衆にも集まってもらった。負けたとしても・・・まっ、どっちかが負ける訳なんだが、

恨みっこはなし、だな。良太、おめぇからだ」

「へい。あっしは大輪の菊を咲かせやす」

 良太は、荒川の川岸にしつらえた打揚筒までゆっくりと歩みより、尺玉を仕込んで導

火線に火をつけるとその場を離れ、顔を上げた。

 大きな音と共に打ち上がった玉が割れると、多数の星が散らばり、その頃にはまだ珍

しい色どり豊かな、見事な菊を花開かせた。

 土手上に集まっている50人ほどの観衆からは、一斉に歓声と拍手が沸いた。

 鍵屋清兵衛は満足げにうなずき、娘の佐代に視線を走らせた。

 佐代は、抱いていた猫が大音響に驚いて地面に跳び下り、駆けてゆく姿を目で追って

いる。

 

 次! という清兵衛の声に幸助が前に出た。

「あっしは、龍を型どりやした」

 それを聞いた観衆はどよめいた。未だ龍の姿を花火に表現した者などいないからである。

 幸助は佐代と視線を交わしてうなずくと、尺玉を抱えて打揚筒のそばまで行き、尺玉

を入れると導火線に火をつけた。

 その時、佐代が大切に育てている猫が近づいてきた。危ない! と叫んで咄嗟に猫を

抱えあげた瞬間、尺玉が筒から飛び出し、炸裂した。

 観衆からは歓声が聞こえなかった。声が出ないほどにその造形が素晴らしく、皆は息

をのんで、口を開けて見上げていたのである。

 幸助は、声が聞こえなかったのは出来が良くなかったからだと思い、目の前が真っ暗

になっていた。

 猫は、ミャァ~と鳴いてどこかへ行ってしまった。

 幸助は尺玉が炸裂した時、まともに目を向けていたために、網膜が焼けて見えなくな

っていた。

 お(たな)を継ぐのは良太に決定した。佐代の婿となるのだ。

 ぼんやりとしか見えない幸助を憐れんだ親方は、住まいを捜してやり、尺玉に入れる

星を作る仕事をあてがった。

 薬の計量は無理なので、そればかりは良太が請け負ってくれた。薬の種類ごとに、そ

れが分かるようにした薬包紙に包んで届けてくれた。それらを配合していくのである。

 何度もふるいに掛けて混ぜ合わせると、火薬が出来る。

 星掛け機を回しながら、芯とする粟粒に、水で練った火薬と粉末のままのものとを交

互に掛けて、ゆっくりと大きくしてから乾燥させると、花火に使う星の完成となる。

 

 いつの間にか、玉という女が居座り、幸助の女房となっていた。

 玉は計測器を置くことを要望し、薬の計測や、ふるいをかける配合などを手伝った。

羽釜のような形をした星掛け機が回っているのを、いつも興味深げに、幸助の横に座っ

て眺めていた。中ではたくさんの球形をした星が、グルグルザザァー、と回っている。

 

「お玉おめぇ、火薬を扱ってたことがあるのかい」

「まぁね、ただそばで、見てただけだけど・・・それよりさ、何年か前に打ち上げた花

火、あれを作ろうよ」

「そうだな、また作りたいが・・・だがおめぇ、なぜそのことを知ってんだ?」

「そばにいたんですよ」

 それ以上玉は喋らなかった。

 

 

 幸助は、も一度自分で創意工夫をした尺玉を作りたい、と思うようになり玉に、その

浮かび上がった造形を説明した。時には見えない眼で、図を描いた。

 玉の眼を頼りに星を作り、玉の眼を頼りに造形どおりに玉込めをし、和紙を幾重にも

張っていく。乾燥などにはかなりの日数が掛かる。

 そうしてようやく、完成品を物にした。

 しかし出来上がったものの、試し打ちは出来ない。

 

 独立後初めて鍵屋に出向き、親方の清兵衛に頭を下げた。

「親方、おねげぃしやす。あっしの作った花火を、どうか見てやってくださいまし」

「おめぇ、目が不自由なのによく作れたもんだ。聞くところによると、うちで先に飼っ

てた猫のタマ、おめぇんとこにいるってか」

「いえ、タマはあの時以来見てません」

 

 佐代が可愛がっていた猫はまた、幸助にもよく懐いていた。作業場におかれた座布団

の上に丸まって、幸助の手と、グルグルと回る星掛け機を、興味深げに見つめていたも

のだ。

「おめぇにえらく懐いてたからな、うちからもいなくなってしまってよ、ひょっとして

って思ったもんでね。ああ、花火な、いいもんが出来たというなら、支度はうちでして

やろうじゃないか。運搬は、うちの若いもんに任せてくれ」

 前回と同じ荒川の土手に、多くの人たちが集まっていた。

 良太の腹にもたれて立つ七歳になる男の子と佐代の着物の袖を引っ張る四歳の男の子、

そして佐代は、手にはでんでん太鼓を持って乳飲み子を負ぶっている。

 幸助は、仕掛け花火をしたいと伝えていた。

 数本の打揚筒に、大きさの異なる尺玉を大きさの順に、手探りで詰めていく。これば

かりは他人に任せたくはない。

 玉に、一緒に来てほしい、手伝ってほしい、と頼んだのだが断られたのだ。

 人前に出るのは、勘弁してほしい、と。

 玉、いくぜ! 気合を入れ、導火線に火を入れた。

 

 順次放たれた花火は、低空から上空に向かって順々に炸裂していった。低空で龍の顔

が現れたかと思うとそれは胴体に変化し、上に向かうにつれその顔は大きく、そして天

を仰ぎみている。

 そこに現れたのはまさしく、天に向かって駆け昇る龍だった。

 

 川の音が小さく聞こえていた。小さく手を叩く音がしたかと思うと、それはいきなり

怒涛のように押し寄せてきた。

「幸助、素晴らしい出来だ」

 鍵屋清兵衛は手を叩きながら近づいて来ると幸助の肩に手を置き、手を握りしめた。

「明日、おめぇの住まいに寄せてもらおう。いろいろと打ち合わせがしたいからな、お

内儀にも会わせておくれ」

 

 

「嬶・・・お玉!」喜び勇んで玄関の扉を引くと、女房の名を呼んだ。

 お玉は酒の支度をしていた。

「成功だったんだね。おめでとう」

「嬶、お前に見てほしかったぜ」

「見てましたよ、高い所に上がって。見事な昇り龍でした」

 幸助は怪訝な表情を浮かべた。ここいらで高い所とはどこだろう、と思ったのである。

「親方に、お前の協力で作った、と言うと、是非お前に会わせてくれ、とおっしゃって

な。明日の朝、見えるんだ。」

「そうですか・・・それより、今夜はお酒を用意しておきました。ずっと酒断ちされて

たけど、今こそ飲まないと」

「そうだな」

 

 玉は、酒を入れた茶碗を盆にのせて差し出した。

 幸助は茶碗を取ると鼻に近づけ、久し振りの酒の香りを胸をゆっくりと膨らませてス

ーッと吸いこむと、口を茶碗に持っていきグビッグビッグビッと一気にあおった。

「プハーッうめぇー、酒の味ってこんなだったかなぁ~」

 玉は寂しげな表情をして、満足げな幸助をじぃ―っ、と見つめていた。

 玉は、誰とも会ってはならなかったのである。

 

 

 翌朝、幸助の住まいを訪れた清兵衛が見たのは、すでに事切れた幸助と、幸助にかぶ

さるようにして死んでいる老猫だった。

 そばに転がっている空になった茶碗には、酒の匂いと粉末の毒がこびりついていた。


 
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