No.470352

心の声

ブログに投下したものですが、試験的にこちらにも投下します。 ベビー(リトル)ゴジラと接することで丸くなっていく自分に葛藤するvsシリーズのゴジラです。

2012-08-15 03:56:16 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:631   閲覧ユーザー数:620

 
 

 眼が覚めた時はまだ、あたりは暗いままだった。眠る直前まで抱えていたはずの眠気は、この悪い目覚めでどこかへと吹き飛んで行ったようだった。

 ちくしょう、とたった今、最悪な目覚めを経験した怪獣ゴジラは一人、心の中でそう愚痴をこぼした。

 嫌な夢を見た。見慣れた夢だったが、見ていて早々愉快になれるような夢でもなかった。前日の生活がこの夢とは全くの無縁のものだったのが、ゴジラにはより一層の不快を感じさせた。彼は不器用な手つきで自分の瞼をさすった。眼の周辺にはひどい冷や汗がべっとりとはりついている。今までどのような怪獣と対峙してきた時でも、このような汗をかいた事がおよそ記憶にない彼にとっては更なる不快をもたらすものでしかない。

 「ちくしょう」同じ言葉を今度は口に出して言った。また寝るという選択肢は、吹き飛んでいった眠気の所為で取る気にもならない。

 のどが渇く。いや、それよりもこの気持ちの悪い汗をなんとかしたい。ゴジラはそう思って、その巨体をゆっくりと起こしてのそのそと歩き出す。自分の歩幅を以ってすれば、島の中央から端まですぐだ。海に入れば少しはこの気持ち悪さも消えるだろうと考えて、ゴジラは歩く。

 彼は今、一つの情景を見ていた。今のような巨大な怪物ではなく、小さな一匹の獣に過ぎなかった頃、ある日突然、空から降ってきた巨大な火の玉。自分の体を襲う熱と突風、徐々に変わり行く自分の体。彼は、暴れ出す。自分の中で蛇のように蠢く痛みから逃れる為に。しばらく暴走すると、人間たちから攻撃を受ける。やがて、その攻撃は苛烈を極め。最後には自分の体がドロドロになって溶けてゆく。そしてその瞬間に、彼はいつも目覚めるのだった。

 忌々しく、思い出しくもない光景だったが、それは自分の瞼に張り付いたまま一向に離れようとしない。同時にそれは自分の体がこの巨大な体に変貌してから、見続けたものだった。恐らく、自分が死ぬそのときまで離れることは無い光景だろう。しかし、彼はその情景を糧に今日まで生きてこれたのだった。彼にとっては思い出しくもないが、同時に忘れてはならないものであるのだから。そして、彼はこの光景を作り出した原因である人間を憎んでいる。その憎悪のエネルギーが、彼を、幾度も瀕死状態に陥りながらも機会を逃さず、死の淵から這い上あがりせしめたのだった。

 ゴジラは海に出て、その体を海中に沈める。水中を動きながら、自分に付着しているものが洗い落とされていく心地よい感覚にゴジラは眼を細める。海中にいるときの、何か自分よりも大きなものに包まれているような感覚をゴジラは好んでいた。海中遊泳をひとしきり終えてゴジラは体を海上に浮かべ、住処のバース島へと歩みを進めた。付近に光を発するものは一切存在していなくても、頭上の満月とその周りの星の輝きはバース島をゴジラの巨大な目が捉えるのにも十分だった。

 島に戻ってから彼はもといた場所へと向う。ゴジラは先程まで見ていた映像を頭の中で再生していた。この所作は意識的なものであれ、無意識的なものであれ、彼はそれを己の中にある人間への憎悪の感情を刺激する為に習慣的といって良いほど行っていた。自分の中で形成された憎悪は決して溶解することのないしこりとなって、自分の中から二度と離れることはなく、それは腫瘍のように半永久的に増加することはあっても減少することは無い。万が一にも、それがなくなるときは自分が死ぬときであり、それは彼にとってはある意味、憎悪の対象としての人間よりも許せぬことであったかもしれなかった。

しかし、彼は自分の中にある憎悪がこの頃、風化しているのではないかという疑惑にとらわれていることがあった。それが何に因るものなのかは、最初は分からなかったが、今では、はっきりと分かる。

「父さん・・・?」

 元いた場所で息子同然のゴジラザウルスが眼をぱちぱちさせながら、立っている。眠たそうな眼をしていたので、今起きたばかりのようだった。

「どうしたんだ」と父親は息子に言う。

「さっき、起きたら父さんがいなくなってたから・・・」

ゴジラはふうと小さく息をついて、その三本の指で不器用ながら息子の頭をなでる。

「なんでもない。ちょっと眼が覚めただけだ」

「本当?」

「ああ。だから速く寝ろ、チビ助」

 息子は何も言わず、その大きな眼を父親のそれに向け、そして、再び横になる。ゴジラはそれを見届けてから自分も再び、眠る体勢に入る。横目でしばらく息子を観察しているとすぐに寝息が聞こえてきた。どうやら本当に起きたばかりのようだったらしい。

 スースーと透明な息子の寝息が聞こえる。それ以外は殆ど何も聞こえない。日中では騒がしい密林の動物たちも今では寝静まっているようだった。あるのはただ、星と月の光と息子の命の声だけだった。

その息子をゴジラは再び、無骨な指でなでる。そして、その撫でた手を彼はただじっと見つめる。今まで、何かを破壊することにしか使っていなかったその手で自分は今何をしたのか。ゴジラは自分に問いかける。

 自覚をしたのはつい最近のことだった。ちょうど、拉致された息子を救う為に宇宙から飛来してきた自分と似た容姿を持つ怪獣と戦った直後の頃だった。あの戦いで自分は初めて、人に対する憎しみ以外の目的で人間たちのいる島に上陸した。その上、結果的にとはいえ、自分を殺す為に作られたであろう兵器と共闘することにもなった。今までの自分を省みれば有り得ないことだ。自分の根幹をなすものよりも息子の可愛さを優先するなど。戦いが終わって、そのことに気付いた時、自分の心がどれほど愕然としたか、今でも鮮明に記憶している。息子と暮らしていて、彼を思う時間が長くなればなるほどにゴジラは自分の憎しみが溶けていくのを感じていたのだった。

 ゴジラは体を動かして、寝転びながら息子を見る。

 ちくしょう、と思った。今まで、気に入らない問題はいつだって自分の腕で解決してきた彼にとって、今、自分が抱えている問題にそのような解決法が存在しないことがとてつもなく忌々しかった。この苛立ちを何かを破壊することに向ければ、少しは気が晴れるかもしれないが、それは問題解決の先延ばしでしかないことを彼は知っていた。彼は生まれて初めて、今までやってきたような力ずくの方法では解決できない問題に直面し、しかもその正体は皮肉なことに自分よりも強大な怪獣ではなく、愛しいはずの自分の息子、そして自分の心だった。

 ゴジラは視線を幾つもの星が輝く夜空に向ける。もし、俺がこのまま、このチビといることであいつらへの憎しみが消えてしまったら、一体、どうなる。ゴジラはそう自問する。息子と一緒にじゃれあったり、戦い方を教えたり、息子の行動を見守っていたりすると、そうなってもよいのではないか、という考えが頭の中をちらつくことがある。しかし、そんな時に彼は決まってつい先程に見た悪夢を見る羽目になる。そして、思い出す。自分が何者なのか、なぜ自分はこんな姿になってしまったのか、この苦しみをもたらしたものは一体誰なのか、そして自分の中に取りついている感情が何なのかを。思考は再び回り出し、それは息子と人への憎しみの間を中間子のように往復する。しかし、その往来の繰り返しが答えを導き出すことはなかった。そうして、彼の思考は迷走を始める。まるで、暗闇の中、手探りで壁を辿りながら出口を探す迷路のように。

 「……」やがて、考えるのをやめた。ここまで何度も同じことをやっていて、彼は思考の果てに答えがあるとはもはやとても思えなくなっていた。考えるだけ無駄だ、と思った。いつか選択を迫られるときが来るのだろうが、その時に選べば良い。そしてそれはずっと先のことだ。その間に答えが見つかるかもしれない。彼はそう思ったが、次の瞬間、彼はある仮定を想像してしまった。

 もし、俺が奴らを潰す時にこいつが、このチビが敵になったら……。

 そう思った瞬間、彼は自分の中に吐き気にも似た気色の悪いもの体の中からこみあげてきた。彼はそんな想像を勝手に作り上げてしまった自分に強烈に腹が立った。ただでさえ、もてあましている考え事が一つ増えてしまい、しかもそれは前者よりも答えを出したくない類のものだったのだから。

 ゴジラは空に向けていた視線を息子に戻す。相変わらず、すやすやと寝ている。

 こいつが俺の敵に?

 有り得ない、と否定したかった。しかし、今まで寝食をともにしてきた中で彼が人間に対する憎悪を示唆するような言動は一切、見られない。むしろ、生まれた直後では人間に育てられたことを考えれば、人間に味方するのではないか。

 もし、俺がこいつを殺してしまったら?

 そう考えた瞬間、ゴジラは今度こそ、強烈な吐き気と共に口の中に厚いものがこみ上げてくるのを感じた。慌てて、飲み込んだが嘔吐物特有のあのすっぱい感触が口の中に残った。おまけに僅か数秒の出来事なのに冷や汗のようなものが湧き出している。

 くそったれめ、俺らしくも無い。

 ゴジラは今度こそ、考えるのをやめた。何も自分の想像が現実になるものと決まったわけではない。杞憂であればよし、選択を迫られることになれば、そのときに選べばよいのだから。

 しかし、それでも不安だけは残る。自分が息子を殺すことになるかもしれないという不安が。

 今でも息子の存在を感じ取った時の感覚、初めて彼をつれて海を渡った時の感覚は今でも覚えている。今まで感じたことのない暖かく、生の充足を得られたような感覚だった。そして、今でも息子を愛しく思う気持ちは間違いなく変わらない。だからこそ、不安が振り切れないのが彼にはシャクの種となった。

 「ちくしょう……」彼は言葉に出して言う。もう何度呟いたか分からない。こいつと暮らしていれば、答えは見つかるのか。彼はそう思いたかったが、彼の中の本能が自然とそれを否定する。

 俺は……どうしたらいいんだ。

 疑問に答えるものは誰もいない。あるのは、それで輝く星々と草木のざわめきだけだった。

それきり、彼は考えるのをやめた。

 結局、その日に答えは見つからず、やがて彼は眠気に負けて意識は深い闇に落ちていった。

 

 その後、息子が自分と敵対するという事態は結局、起こることは無かった。しかし、それをゴジラが知った時、彼はそれ以上の悲しみと怒りを覚えることになる。そして、そうなるのはまだ、先のことであった。

 

 

 

 
 

 
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