No.464088

ベトンの棺

50まいさん

「日本も、60年前にせんそうをしていました。せんそうのはなしを、おじいさんやおばぁさんから聞かせてもらいましょう」完結。

2012-08-03 00:08:59 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:346   閲覧ユーザー数:346

おお、おおよくきたよくきた。

 

 

 

みかん食べるか?おーいばぁさん、この前もらったあれ、あったろう。出してやれ。うんまくてほっぺたが落っこちるぞ。

 

 

 

寒かったろう。今ストーブもつけるから。ほら、コタツにも入れ。

 

 

 

ん?なに?学校の宿題?

 

 

 

戦争?

 

 

 

…そうか。今の子は戦争を知らんのか。幸せな時代だな。勉強する事は、大事なことだ。

 

 

 

みんな、座りなさい。

 

 

 

学校でどんなことを習ったんだ?

 

 

 

習う前?あぁそうか。だから聞きに来てるんだもんな。じいちゃんが悪かった。

 

 

 

じゃあ、戦争って、どういうことだと思う?

 

 

 

怖いこと、そうだ。

 

 

 

そうだなぁ、怖いことだな。

 

 

 

人を殺せば犯罪者なのに、戦争では人をたくさん殺すほど褒められて勲章がもらえた。全く、馬鹿げた話だ。

 

 

 

60年前、この日本も戦争をしていたんだ。

 

 

 

嘘じゃない。日本だけじゃなくて、中国もアメリカもフランスも、韓国もドイツも、皆戦争していた。今家があるここにも、アメリカの飛行機が飛んできて、爆弾が沢山落ちたんだ。沢山沢山落ちて、家もなにもかもなくなってしまった。じいちゃんの家族も、ばぁさんの家族も死んだ。その話は、ばぁさんに聞け。

 

 

 

じいちゃんは、別の話をしてやろう。

 

 

 

戦争と言うものは、全く惨いものだ。この世の地獄だ。もう二度と、したくないし、誰にも、もう絶対にあんな思いをさせたくはない。

 

 

 

ん?なんで日本はそんな戦争をしちゃったのか?

 

 

 

儂(わし)にも、それはわからん。

 

 

 

何故、人が戦争をするのか。人間同士で殺し合うのか、命より大事なものはないと言うのに、それがわからんやつがいる。他人の痛みをわからんやつがいる。だから戦争なんて言うもんが起こるんだろう。

 

 

 

でもな、人間生きてると嫌なことや、違うと思うことも山ほどあるけれど、おまえたち、絶対に自分が正しいと思ったことをするんだ。いくら他人と違う意見を言って、殴られて、蹴られて、体中が痣だらけになっても、心だけは汚すな。心だけは譲るな。

 

 

 

自分に恥じる行いだけは、絶対にするな。

 

 

 

それがおまえたちの誇りになるから。

 

 

 

よし。いいぞ。じいちゃんの誇りはおまえたちだ。

 

 

 

昔なぁ。じいちゃんが若かったころだ。日本が戦争をする事になった。

 

 

 

日本は海に囲まれているだろう。地球儀で見るとあるかないかの小さな島だ。アメリカやロシア、中国と比べものにもならないくらい、小さい国だ。

 

 

 

だから、他の国と戦争する時は、絶対に食べ物や武器なんかも足りなくなってくるから、じいちゃんもばぁさんも、小さな子供も大人もあかちゃんも、みんな協力して一致団結して頑張りましょうという事になった。

 

 

 

実際な、食べ物なんて満足に食えなかった。配給制と言って、国から、あなたのとこの家族は5人だから2日でこれだけ、と貰えるんだ。それもだんだん少なくなってきて、ここらは田舎だからまだいいが都心じゃ酷かったと聞いている。食べ物も着るものも、みんな配給制になっていった。

 

 

 

米に水をたんと吸わせて、嵩(かさ)を増すために芋やなんかと一緒に炊き上げる。炊きあげると言うより、もうお粥だな。独特のにおいがある水のような玄米にはうんざりで、白くてピカピカの米が食いたかったよ。皆がいつも腹をすかせて、食べれるものを山でとってきては齧っていた。

 

 

 

母親の努力はすごいもんで、我が子にできるだけ量があるものを、と毎日毎日頭を捻って考えてくれていた。

 

 

 

そんな中、儂にも赤紙が届いた。赤紙と言うのは、「おめでとうございます。兵隊に選ばれましたよ」ということだ。

 

 

 

その時はな、皆が戦争に協力するということだったから、兵隊に選ばれたのは「おめでとう」なんだ。嫌でもおめでとうと言わなきゃならん。嫌がると「貴様、非国民だな!」と家族は村八分(むらはちぶ)にされる。まわりじゅうからいじめられるということだ。これは辛いぞ。物のない時代だ。足りない物は近所で補い合って生活していたから。食べるものも貰えなくなる。

 

 

 

自分の息子が日本を守るために戦争に行って死んだのに、隣の家の息子が赤紙が来たのに行かないでのらりくらりとしていたら、それは良い気がしないだろう?そういうことだ。みんな顔は笑って心で泣いた。

 

 

 

儂も、兵隊として戦地に旅立つことになった。

 

 

 

故郷を離れる電車の窓から見える白と赤の旗、旗、旗…。みんなが日章旗(にっしょうき)を振っていた。日本の国旗だ。それは今でもはっきり思い出せる。

 

 

 

今そこの台所にいるうちのばぁさんもその時来ていてな。気丈にも、悲しい顔一つみせなかった。儂らも赤紙が来て慌てて結婚したクチだったから、新婚だった。でも戦争は新婚だからって見逃しちゃあくれん。

 

 

 

千人針というものも貰った。家族が戦争に行くことになると、女の人が一人一回ずつ、木綿に赤い糸で針を刺し縫って行く。それを千人分集めると、弾丸(たま)よけになると言うことだった。婦人は街頭に立って、道行く人にお願いして、ひとりひとさし千人分、無事帰ってくるようにとの願いを込めながら縫って貰ったものだ。並大抵のことではない。本当にありがたい。

 

 

 

儂は船に揺られながら満洲(まんしゅう)へ渡った。今で言う北朝鮮の上あたりにあった国だ。

 

 

 

そこで、背嚢(はいのう)を背負い、銃を持たされ、戦った。

 

 

 

正直にいえばな、じいちゃんはあの時のことはあまり思い出したくない。

 

 

 

思い出したくない位、悲しい世界だった。

 

 

 

戦うってことは、勝ち負けを決めなきゃいかんと言うことだ。じゃあ何で勝ち負けを決めるか。

 

 

 

死体の数だ。

 

 

 

まいったと言わせるまで、相手をたくさん殺した方が勝ちなんだ。

 

 

 

戦争は、そういうことだ。綺麗なものなんてなんもない。

 

 

 

じいちゃんも、ひとを殺した。

 

 

 

嘘は言わん。じいちゃんも沢山殺した。じいちゃんが生きてるってことは、そのぶん生きられなかった人間がいるってことなんだ。

 

 

 

おまえたちももう大きくなったから、じいちゃんも正直に言う。誤魔化したりはせん。じいちゃんだけじゃなく、戦争で前線にいった兵隊は、みんな人を殺してる。「殺した」とまわりに、言っているか言っていないかの違いだけなんだ。

 

 

 

兵隊は、殺した人の命を背負って生きていかなきゃならん。死んでいった戦友の命も。

 

 

 

じいちゃんも、その時は鬼だった。

 

 

 

日本を守る、なんて格好いいことを思っていたが、実際に行って思うのは、今自分がここで引いたら、家族もみんな殺されてしまうと言うことだった。

 

 

 

もちろんじいちゃん自身も死にたくはない。でももう駄目だと思うことも何度もあった。周りもみんな死んでいった。そうなってくると、どんなに安全なところにいても死ぬ時は死ぬし、どんなに危険なところでも死なないときは死なない。生死は時の運、どうせ死ぬなら、一人でも多く敵を道連れにして死にたいと思った。誰だって人なんて殺したくない。逃げ出したいと思うこともしょっちゅうだ。でも逃げられなかった。前線で戦っている兵士がみんな逃げたら、敵は女子供がいる日本本土に押し寄せる。それだけは絶対に許せなかった。ばぁちゃんのため、家族の為、村の皆の為、天皇陛下の御為(おんため)、日本の為…それらみんなまとめて、自分の為なんだ。日本人は自分の為には死ねないが、大切な誰かのためなら死ねるんだ。

 

 

 

南京(なんきん)…といってもおまえたちにはわからんだろうが、当時の中華民国の首都だ。そこを攻めた時だ。南京の前に、トーチカと言って、ベトンで出来た要塞に銃眼と言う穴があいているものがあった。中に人が入って、その銃眼から鉄砲を覗かせて撃ち敵を撃退すると言うものだ。お、ベトンもわからんか。今は…コンクリートと言うんだったか。

 

 

 

こいつが厄介な代物で、いくらこっちがトーチカに向けて弾を撃ってもベトンだから全く通用しない。誰かがこっそり近寄り、銃眼の小さな穴から、手榴弾(しゅりゅうだん)を投げ込むよりほかに手がない。手榴弾と言うのは…おおそれは知っているのか。男の子だからな。

 

 

 

しかし、どうやってトーチカに近づくかが問題だった。なにせ敵さんは鉄壁の守りの中、ただずっと撃っていればいいんだから。こっちは撃たれれば撃たれただけ傷を負い、死んでしまう。

 

 

 

もちろん南京前には、トーチカだけではなく、普通の兵士も沢山いた。

 

 

 

激しい戦いだった。

 

 

 

支那(しな)軍…中国軍のことだ。奴らからの銃声は昼も夜もなく鳴り続き、食料もとっくに底をついていた。味方も敵も、ばたばたと死んでいった。

 

 

 

それに、戦争に惨(むご)いも酷(ひど)いもないもんだが、支那軍には督戦隊(とくせんたい)というものもいた。

 

 

 

自分は戦わず、ただ逃げようとする自国の兵を殺すための兵士だ。

 

 

 

逃げる兵は狙い易い。怯えて逃げることに集中してしまうから。それを見てこちらが狙いを定めていると、撃つ前に、督戦隊にダーンとやられてぱたりと倒れる。日本軍はみんな呆気にとられていた。士気に関わるのはわかるが、そうは言っても人間だ。情がないわけじゃない、その筈なんだが…儂は底冷えする思いだった。人間を悪魔に変える、これが戦争かと。

 

 

 

支那軍は秩序も酷くて…進軍していく中で、おまえたちには聞かせられないような酷いものも沢山見てきた。本当に…惨いことだ。

 

 

 

苦心の末、支那軍に撤退命令が出、やっと南京入場を果たせた。

 

 

 

おまえたち、「南京大虐殺」というものをこれから教科書で習うかも知れんが、あれは嘘だ。日本軍は誰も一般市民を虐殺などして居らん。そんなことをしたら軍法会議ものだ。なにより、実際に南京にいた儂が言うんだから間違いのあろう筈がない。

 

 

 

人は死んだ。確かに沢山死んだ。日本軍は支那軍を殺した。けれど、支那軍も沢山日本軍を殺した。それが戦争だ。日本が悪いのか。中国が悪いのか。いやきっと、戦争が悪いのだ。勝てば官軍(かんぐん)、負ければ賊軍(ぞくぐん)。買った方が正義になってしまう。中国が「南京大虐殺」なんてこと言いだしたのも、勝ったアメリカが原爆を落として大量虐殺をしたことを上塗りする、日本軍の「非情な大量虐殺」の話がどうしても必要だっただけだ。支那軍のしたことを、日本軍に被せただけだ。儂は死んだ戦友のことを思うと腹立たしくて空しいが、一番大事なのは、二度と、そう二度とこんなことを繰り返してはならないと言うことだ。

 

 

 

おお、すまなかった。おまえたちには少し難しかったか。

 

 

 

もう少しだけ、聞いててくれんか。

 

 

 

儂はな、日本から離れた南京、そこで戦争を見た。

 

 

 

戦争のなんたるかを見たのだ。

 

 

 

数日前は唸りをあげて日本軍を苦しめていた筈の、トーチカも全て沈黙していた。

 

 

 

トーチカの中に入ろうと思ったが、開かない。

 

 

 

中に人が入って撃つのだし、開かないわけはあるまいと見ると、入口に外からぐるぐると鎖を巻いて鍵がかけてあった。中から、扉があかないように。

 

 

 

儂は一瞬、どういうことなのか意味がわからなかった。

 

 

 

鎖を解いて中に入ると、三人の支那兵が折り重なるように死んでいた。

 

 

 

混乱したまま、次のトーチカを覗いた。

 

 

 

今度は入口に鎖はなかった。かわりに、鎖は中にいた支那兵の足にあった。もう物言わぬ彼の足を、固く床とつなげていた。

 

 

 

それを見た時に、儂は悟ったのだ。これが、戦争だと。

 

 

 

弾を撃った後に出る薬莢(やくきょう)は死体が埋まる程山と積み上がっていた。撤退命令が出ても、彼は逃げられるわけもなかった。冷たく暗いベトンの棺(ひつぎ)の中で、ただ弾を撃つだけのものとして、入れられたのだ。

 

 

 

自分で入ったのか、入れられたのか…。

 

 

 

儂は泣いた。戦争に来て初めて泣いた。後ろから覗き込んだ戦友も泣いていた。肩に手を置かれたが振り返れなかった。

 

 

 

これが戦争と言うことだ。優しさも思いやりも愛情も命も何もかも根こそぎ奪い去ってゆく。死んでいる青年は当時の儂と同じぐらいの年齢で、まだ若かった。親もいるだろう。妻もいるかもしれない。平和だったら、失われなくていい命だ。笑って生きていられたはずなのに。

 

 

 

儂は、終戦後、苦労して日本に戻った。幸せなことに、ばぁさんは空襲でやられもせず、儂も五体満足で会えた。

 

 

 

おまえたちには、これから儂が言うことは、まだわからないだろう。

 

 

 

もしかしたら、一生わからないのかもしれない。これは戦争を体験したものにしかわからないことなのかもしれない。

 

 

 

ただ、二度と悲劇を繰り返さないためにも、これが本当に起こったことで、たった60年前の話だということを、忘れないでほしい。

 

 

 

戦争が起これば、再びくるであろう近い未来のことだということを、おまえたちは、絶対に忘れるな。

 

 

 

何年経っても、何十年たっても、儂はあのトーチカを思い出す。鎖が食い込んだ足は、いくら消そうと思っても消す事が出来ない。

 

 

 

暗く、じめじめと蒸すトーチカの中で、死を定められた青年は、唯一の光源から波と押し寄せる日本軍を見てたったひとり、何を考えたのだろうか。

 

 

 

儂は戦争の本質が、あのトーチカの中にある気がしてならないのだ。

 

 

 

あの、ベトンの棺の中に。


 
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