No.461304

オアシスがかれるほど騒ぎたいⅢ 《完全版》

生徒会長は美少女! ……でも、頑固で口汚くて悪賢い。そのせいで学校中は敵だらけ。 平凡な高校生・桐生和也が主人公の座を脅かされながらも、会長に捨てられないために偽生徒会役員として大奮闘!(活躍はしないけどね) いつかアイツの口に石鹸を突っ込むんだ──! いつも寝てる呑気な娘や、センスの無い偽名で学校生活を送ってる娘、火星からの留学生などなど、様々な刺客が彼の前に立ちはだかる!

2012-07-28 21:21:38 投稿 / 全15ページ    総閲覧数:573   閲覧ユーザー数:572

第1話

 

 

夏休みあけて早々、俺は掲示板を見て驚いた。

 

そこには『新たな対生徒会組織・東菫自衛隊(とうきんじえいたい)、始動!』と記してあった。

 

また厄介なのが増えた、のか……。会長はこれをいったいどう思ってるんだ?

 

騎士団にさえ負けそうになったってのに、また変な組織が出来るなんて。「楽しそうじゃない」とか言って笑ってるかもな。

 

「ホント見苦しいよね」

 

都が俺の横に並び、呆れた様子で記事を見た。

 

「これこそ“デュピ セフス パトレ ジュノスエ セキュ”よね」

 

都は片眉を下げて俺に目を合わせた。

 

「何語? それ」

 

「シュナちゃんから教えてもらったの。火星語のことわざ」

 

「火星にもことわざがあるんだ……」

 

「住んでるのは同じ人間だからね、そりゃ発想にも限界があるわけ。真新しいものっていうと、肌の色ぐらいかな」

 

「火星のことわざって、実に興味深い……」

 

「まぁ、直訳すると、“ゴキブリが陰毛を掻い潜って逃げた”なんだって」

 

「……は?」

 

「まぁ、つまりは、無様ってことなんじゃない?」

 

なんじゃない? って言われても……。

 

「……なになに」

 

都は新聞の記事に視線を戻した。

 

「“明日行われる、騎士団との二組織会談で、生徒会への制裁を決議する。直後に行われる生徒会との会談で生徒会が自衛隊の要求に応じなければ、制裁を実行する方針”だって、どうする? しかも“自衛隊は騎士団と合併し、『新設・生徒会(仮)』を発足する見通し”って、美園も大変ね」

 

「その美園会長に振り回される俺たち偽役員も苦労してるってことをまず訴えたいな。その二組織会談とやらで」

 

まぁ、会長のことだから、かなり強硬な姿勢で、下手したら話も聞かずに一分で会談を終わらせてしまうかもな。

 

話し合いにすら応じないってのも有り得る。

 

「脱退してさ、もう自衛隊に入っちゃえばいいじゃん」

 

「あの会長がそれを許してくれると思うか?」

 

「火星のことわざにもあるでしょ?“デュピ ジュキュスユ パチュエ ジスーシ”って」

 

「あるでしょって言われても……」

 

「つまりは、ヤるなら今しかない! ってこと。まぁ、私が交渉してあげてもいいけど? 美園なんか、家から追い出してやる! って言えばイチコロよ!」

 

「そんなことする必要ない」

 

俺は都に背を向けた。

 

「会長が負けるわけないからさ」

 

そう言って俺はわざとらしくカッコつけて、その場から立ち去る。

 

前回の戦いでは、負けかけたけど、俺たちの味方には、あのアメリがいるんだ。

 

それに会長だって。

 

いきなり現れな名も知れない弱そうな組織に負けるわけがないさ。

 

ただ気掛かりなのは、都のあの感じ、自衛隊と手を組んでる臭がぷんぷんだ。

 

今回はそれが勝負を大きく分けそうだな。

 

放課後、会長に知らせるとするか。

 

第2話

 

 

「会長! 知ってます?」

 

生徒会室のドアを開けるなり、誰がいるのかさえ確認せずに俺は叫んだ。「都は絶対、自衛隊派です!」

 

室内にいたのは、小泉さんと会長のみ。

 

偉そうに肘掛け椅子にふんぞり返る会長と、机の上に座る小泉さん。

 

二人して呆れたように俺を睨んでくる。

 

「今なんて言った?」

 

小泉さんは肩をすくめた。「都は、自衛隊派? ……はん! そんなプチ情報、百万年前から知ってるっつーの!」

 

俺を指差し、声を張って叫ぶ小泉さんの傍らで会長がクスッと悪そうな微笑をする。

 

「私も今朝の記事を読んだわ。心配しなくても大丈夫よ」

 

会長がそう言うと、「そうそう」と小泉さんにバトンが渡った。

 

「私らは、アメリちゃんで対抗するからさ」

 

「……今度はどの棟を壊すんですか?」

 

「前回は派手にやらかして、あんたは知らないだろうけど私ら相当怒鳴られたんだ。今回は棟は壊さないつもりだから大丈夫」

 

小泉さんはおもむろにスカートのポケットから、何十折りにもされた紙を取り、それを広げて俺に見せた。

 

「何て書いてある? 読んで」

 

小泉さんが自慢げに胸を張って見せてきた紙には『レジスタンスのラブリーチャーミングなニューマスコット! アメリちゃんでちゅ! よろしくぽんっ』と書かれていて、ナース服を着たアメリが聴診器を首にかけ、注射器を持って笑顔でポーズをとっていた。

 

なんだこれは。

 

いつの間にこんな……。

 

「あんたの名前出したらすぐに了承してくれたわ。ちなみに写真部に頼んだのよ? よくできてるでしょう」

 

会長も胸を張る。

 

「これをどうするんですか?」

 

ファンクラブでも作るつもりか?

 

「どうするって、自衛隊に見せるのよ。あくまで私たちも強気で挑まないと」

 

「もしかして、あの『制裁』とかいうのに対抗して」

 

「その通りよ。和也もちゃんとわかってるじゃない。レジスタンスに対する制裁? 腹に風穴開けられてもそんなマヌケなことが言える?」

 

汚いやり方だ。

 

「……でも、そうなったら俺たちの負けですね」

 

「だからこのポスターを作ったんじゃない。これは警告よ。レジスタンスから自衛隊へのね」

 

「和解とかって」

 

「和解?! 無理矢理引き離されて、ドヤ顔決め込まれるのが、和解?」

 

まぁ確かに、この生徒会にとって和解=降参みたいなものか。

 

暴走して、最初の内は「許してください」で済んだんだろうが、もう後戻りできないトコまで来てるもんなぁ。

 

会長たった一人でさ。

 

俺も栗山さんも、小泉さんも浜田さんも、全員被害者だ。広瀬さんは別として。

 

「それより騎士団はどうするんですか?」

 

生徒会の永遠のライバルのあいつらも、この隙を狙ってきそうだ。

 

「大丈夫」

 

小泉さんが微笑んだ。

 

小泉さんの「大丈夫」は、なんだか安心できる。

 

「今回の敵は騎士団じゃなくて、自衛隊だからさ」

 

「いやでも、あの連中のことだから――」

 

「同じことを二度も言わせないで。敵はあくまで、自衛隊だって!」

 

なるほどね。

 

俺の言い出す話を、小泉さんは百万年前から知ってるんだもんな。

 

俺はこの生徒会では完全に無力だ。いつも通り。

 

俺にできることと言えば、せいぜい猛犬アメリの機嫌とりぐらいか……。

 

「そうだ、キョンキョン。報告の続き。騎士団のユニットがどうのって」

 

会長がそう言うと、小泉さんは会長の方に体を向けた。

 

「そうだったね。『東京パラチノース』ね。どうやら今回、自衛隊が出てきて、騎士団も黙ってないみたい。でもきっと、自衛隊が放っておくわけない。明日の二組織会談で、もしこのユニットを騎士団が発表するってなれば、そりゃ自衛隊と手を組む気なんて更々ないってトコになるかな」

 

何の話だ?

 

「そうなったらチャンスじゃない。騎士団を手玉に取っちゃえば自衛隊なんて敵じゃないわ」

 

「確かにね。でも、アメリの一件もあって、騎士団もかなり警戒してると思う。あんたのその裏切り体質もそうだし、マスコットがアメリとなると……」

 

「難しいところね……」

 

今回の作戦の話か?

 

全然ついていけない。

 

「東京パラチノース、だっけ? そのメンバーの詳細は?」

 

「四人だってのは聞いたけど、メンバーの名前なら、今から調べに行くわ」

 

小泉さんは「よいしょっ」と机からおりると、俺を素通りして生徒会室をあとにした。

 

「遅いわね、夏子も伊代ちゃんも……」

 

今回の作戦は、いつも以上に俺が関係なさそうだ。

 

さっさとくうちゃんのところに行こう……。

 

 

第3話

 

 

 

目が覚めてまず、俺は時計を見た。

 

午後六時。約三時間、俺は枕研部室で眠っていたようだ。

 

外はまだ明るいが、部屋は暗い。

 

隣ではまだくうちゃんがすやすや眠ってる。

 

俺はそっと立ち上がって、生徒会室へと向かった。

 

会長を始め、小泉さん、栗山さん、浜田さん、広瀬さんがソファに勢揃いで、何か話し合っている。

 

恐らく、また俺を仲間はずれにして作戦会議でもしてるんだろう……。

 

「あっ」と一番最初に俺に気づいたのは、やはり栗山さんだった。

 

会長も小泉さんも話に夢中で俺に気づかない。

 

「つまり、名前だけなわけ。本当は実体が無いの。よく聞いてみたんだけど、どうやら奪取するみたい」

 

「自衛隊から?」

 

「そう。しかも、お金でね」

 

「騎士団もセコい手使うわねぇ~」

 

「でも、騎士団にとっては結構な賭けかもよ? 二組織会談の直後なんだもん。まず二組織会談で、どんなことが話されるのかも知れないし」

 

「それか元々、自衛隊にも、騎士団のスパイがいる。のかもしれないわね」

 

「ありえる」

 

やっぱり作戦の話か……。

 

「そうだ、忘れるところだった! これは重要」

 

なんだかわからないけど、前回、あんな慎重にやって騎士団に負けかけたくせに、そんな大きな声で「重要!」なんて言って良いのか?

 

「騎士団、私らと手を組んで自衛隊をやっつけようとしてる。明日、自衛隊に隠れてこっそり会談を申し込んでくると思う」

 

「騎士団も切羽詰まってるのね。ずいぶん突然じゃない」

 

「受ける?」

 

「それ聞く?」

 

「当然だね」

 

今回はどうなるんだろう……。

 

眠い。

 

 

第4話

 

 

 

-翌日、放課後-

 

 

「騎士団の連中、とうとう動き出したわ!」

 

小泉さんはそう言うと、テーブルの上にサイズの大きいポスターのような紙を出した。

 

ていうか、ポスターだ。

 

テーブルのまわりに集まった俺たち偽役員は「おお」と唸る。

 

三年のどこかの教室でひっそり行われた騎士団と自衛隊の二組織会談からこっそり持ち出したというポスターには、“東京パラチノース!”とかかれていて、マントをまとった、仮面で顔を隠した四人の、おそらく女子生徒がポーズをとっていた。

 

それぞれに、『羽笛子(パフェコ)』、『エルモ』、『エスパニョー子』、『柴犬』と名前がふられていた。

 

「わかりやすいわね、仮面って。キョンキョンの言った通り、やっぱりまだメンバーが決まってないのね」

 

会長が顎に手を当ててポスターに目を落とした。

 

「いや、もうメンバーはいるみたいだった」

 

小泉さんがそう言うと会長は「マジで?」と小泉さんの目を見る。

 

昨日から引き続き、俺には何の話をしてるのかわからない。

 

「やっぱり懸念してた通りだった」

 

「じゃあ、メンバーは自衛隊から?」

 

「そう。買収よ買収」

 

「騎士団もやるようになったわね……。これは賭けね」

 

「賭けって……どういうこと?」

 

小泉さんが首をかしげた途端、会長はスッと立ち上がって、「そろそろ会談の時間ね」と出入り口に向かって歩き出した。

 

すると小泉さんと浜田さんがそのあとに続いた。

 

俺も栗山さんも広瀬さんも、下級生三人はなんだか寂しそうにその背中を見送った。

 

上級生三人が部屋を出ていった直後。

 

「尾行する?」

 

広瀬さんが聞こえないように小さな声で言う。

 

「あの強者たちを?」

 

俺がそう言うと、広瀬さんは、ちっちと生意気に指を振った。

 

「別に会長さんはそんなチンケなことで怒らないよ絶対! 別に知られちゃマズイことなんてないでしょ? だってどうせ私たちは今回の作戦に関係無いんだからさ」

 

「だったら尾行する必要ないじゃん」

 

「冒険だ冒険! 行こう!」

 

広瀬さんは俺と栗山さんの手を掴むと、強引に廊下へ飛び出した。

 

 

 

***

 

 

小さく開いたドアに顔を張り付け、俺たち三人は顔を団子重ねにして我が生徒会と自衛隊の会談の様子を覗く。

 

二つ並んだ長机にそれぞれの組織の代表が向かい合わせに座って話し合っている。

 

自衛隊側には、あの都もいるが、やっぱりと言って良いのか、会長は全く気にしていない様子だ。

 

会長は手元の紙に目を落とした後、苦い顔で、恐らく自衛隊のリーダーであろう男子生徒を見た。

 

ネームプレートには、田原 俊麻呂(たはら としまろ)と書いてある。

 

「これはちょっとやりすぎじゃない?」

 

会長の気持ちを代弁するかのように、小泉さんが立ち上がり、下品に田原さんを指差す。

 

どうやら生徒会が追い詰められてるようだ。

 

会長のあの表情は始めてみる。

 

「あんたみたいなバカで無能な死にかけのライスボール集団には、学食利用停止に、なんだっけ? あとは……忘れたけどこれぐらい当然じゃない! 死ね! なんなら退学処分だって考えたんだからね! あたしらは優しいわ! これぐらい左手の小指一本でストレート一五〇キロよ! ホントどうかしてるわ! 生徒会って! ファーーーック!」

 

田原さんの右側に腕を組んで座っていた金髪ツインテールの女子生徒が立ち上がって、小泉さんに向かって乱暴に中指を立てた。

 

早口で、何より言ってることが意味不明だ。

 

貧相な胸につけてあるネームプレートには、『伊達 ラムネ』と書かれている。

 

「まあまあ、落ち着きなさいよ。レモンちゃん」

 

田原さんの左側に座っていたネームプレートに『新山 丸子』と書かれた、絵に描いたようなおかっぱの女子生徒が伊達さんを宥める。

 

都はと言うと、その傍らで腕を組んで、会長にガンをつけている。

 

覗き込んだ時からずっとだ。

 

「私たちにも考えがあるの」

 

会長は立ち上がると、例のアメリポスターをおもむろに広げて見せた。

 

俺に見せたのよりも一回りも二回りも三回りも大きいサイズのだ。

 

「それは?」

 

田原さんが少し困った様子でそのポスターを見た。

 

会長はポスターくるくる巻いて、田原さんに投げた。

 

そして着席する。

 

伊達さんがそのポスターを田原さんから半ば奪い取ると、広げて、見た。

 

そして、プッと吹き出した。

 

「私たちは、アメリを生徒会メンバーに入れるわ!」

 

会長が叫ぶと、笑っていた伊達さんは赤い瞳を光らせ、キッと会長を睨んだ。

 

「  --台詞自粛--   」

 

新聞部の前で、そんな下品すぎること言っちゃって大丈夫なのか?

 

「盛り上がってきたじゃん!」

 

広瀬さんが目を光らせながらその光景を見詰める。

 

「あんたのそのちっちゃな胸、別にカイロで温めたって大きくならないわよ?」

 

会長も地味に食い下がる。

 

いつもよりおとなしい。

 

「田原俊麻呂っち! こんな奴らと議論するだけ無駄の無駄よ! さっさと制裁の制裁加えちゃって!」

 

伊達さんは会長を指差しながら必死な表情で田原さんをみやった。

 

「たしかに、この様子だと、役員を解放する気は全く無さそうだな……」

 

 

第5話

 

 

 

「あんたの指は何本?」

 

そう言って伊達さんは会長を睨んだ。

 

「そうね……」

 

会長はバカっぽく両手と両足に目を落とした。「足と手、あわせて十本ね」

 

そんなの数えなくたってわかるだろ。

 

「果たして明日もその数をキープできるかな? あんたが黙って糞役員共を解放すりゃ――」

 

「解放はしないわ」

 

会長の空元気も図々しい。

 

役員の意見も聞くべきだ。

 

俺たちは、いや、せいぜい俺は、解放と自由を求めてるのに。

 

恐らく栗山さんもそう思ってるはず。

 

「お前ら! 何やってる!」

 

背後からの唐突な叫び声に、俺たち三人はビクンと反応し、団子が崩れる。

 

声の主は、見知らぬ男子生徒だった。

 

「いったいここで何してたんだ?」

 

男子生徒は俺たちを睨みながら距離をつめてくる。

 

「何ってなんなんだよ!」

 

広瀬さんが謎の食い下がりを見せる。

 

この男子生徒は上級生だ。

 

「ちょっ!」

 

俺は、立ち向かおうとする広瀬さんの背後から抱きつくかたちでそれを阻止する。

 

「話してカズっち!」

 

じたばたする広瀬さんは、意外と力がある。

 

俺は広瀬さんの首輪を掴む。

 

すると広瀬さんは「ぐぎ!」と苦しそうにし、俺に身を委ねた。

 

「『諫死の小海』も、ずいぶんと落ちぶれたな。首輪をつかまれて、まるで犬っころだ」

 

男子生徒は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 

「いくら兄貴とは言えど、その名を口にすることは言語道断!」

 

それは一瞬のことだった。

 

広瀬さんは、俺の方を振り向くと、踵で思いっきり俺の両足を刈った。

 

そのはずみで俺は宙で仰向けになる。

 

それに追い討ちをかけるように、広瀬さんは俺の腹に向かってハンマーを振りおろすように、握り拳を叩き込んだ。

 

「ぐふっ!」

 

急な痛みに思わず声がもれる。

 

そして、意識が遠退く……。

 

 

***

 

 

 

目が覚めると、目の前に広瀬さんの顔があった。

 

「あっ、起きた!」

 

広瀬さんはにっこりと笑みを浮かべた。

 

ここは、どこだ?

 

俺が横たわっているこのソファ見覚えがある。

 

生徒会室か……。

 

「死んだかと思ったよぉ」

 

涙声で俺に抱きつく広瀬さん。

 

忘れたわけじゃない。

 

俺を気絶させたのは他でもないコイツだ!

 

「ちょっと!」

 

俺は広瀬さんの両肩を掴み突き放した。

 

――この性悪暴力女は! どうしようもないな!

 

「殴ったのはいったい誰だ!」

 

俺は上体を起こし、叫ぶと、広瀬さんは一瞬目線を斜め上へ向けたあと、ムスっと微笑んで「ごめんごめん」と俺の肩を叩いた。

 

 

「おいーっす」

 

生徒会室のドアが開き、会長と小泉さんと浜田さんが戻ってきた。

 

「あ! 美園ちゃん!」

 

広瀬さん、いや、もう広瀬でいいや。広瀬は、会長へと走り寄った。

 

それより、いつの間に会長をちゃん付けで呼ぶように……。

 

「どうだった? 会談」

 

「うーん……まあまあ、ね。小海ちゃんの方はどうだった?」

 

「もうバッチリ!」

 

俺と栗山さんはまるで蚊帳の外だ。

 

いや、まだわからない。

 

栗山さんも、今回の作戦に関与してるかもしれない。

 

疑いの眼差しが顕著過ぎたのか、栗山さんは困った様子で顔を隠した。

 

 

第6話

 

 

-翌日-

 

 

――これって。

 

いつもの掲示板に、見覚えのある張り紙がはってあった。

 

「騎士団のニューヒロインたち! 東京パラチノース!」

 

昨日見たポスターには「騎士団のニューヒロインたち!」なんてのは書かれていなかったな。

 

「騎士団もバカな連中ね」

 

また都か。

 

よくここで会うなぁ。

 

っていうか、明らかにタイミングを見計らってるでしょ。

 

だって掲示板なんて各階にあるはずだもん。

 

むしろ一年生の教室前だけにあるってのはおかしいし、見たし俺。

 

都の教室がある棟にもちゃんと掲示板があって、全く同じものが張ってあったし。

 

 

「昨日の会談、全然喋ってなかった奴が何を」

 

俺がそう言うと、都はハッと隙をうたれたように振り向いた。

 

「どうして?! 見てたの? あんた、あの場にいた?!」

 

「席にはついてなかったけどね。ずうーっと会長を睨んでたよね。気持ち悪いくらいにさ」

 

「どっから見てたの!?」

 

「ドアの隙間から」

 

「セコい奴」

 

それだけ吐き捨て、都はそそくさとその場を去った。

 

何かまずいことでもあったのか?

 

別に俺は重要な話を聞いたって自覚も無いし……。

 

伊達ラムネとかいう変な女子生徒が会長を罵倒してたぐらいしか思い浮かばない。

 

 

そういえば、都って自衛隊の手下のわりには案外普通に接してくるよな。

 

「おーい和也ー!」

 

今度は彰造か……。

 

「何か用か?」

 

「用がなかったら悪戯好きな俺はこのままお前の前を通過してるさ」

 

彰造が俺の前で立ち止まった。

 

「そうだな。お前の悪戯はレベルが低いからな」

 

「バケツをひっくり返した後のタライ、覚えてるか?」

 

彰造が不適な笑みを浮かべる。

 

「それって確か、俺が都に、というか会長に騙されて、謎の茶番を見た後に逆ギレみたいにたちの悪い悪戯をくらった奴だよな?」

 

「その通り。実はあれって、俺のアイデアなんだ。水にタライだけな。良いオチだったろう?」

 

「納得……」

 

俺はわざと肩をすくめる。

 

「納得? 何が納得だってんだ?」

 

「あんな偶然な都との出会いとか、お前なんかじゃ演出できないもんな。それにその前のドッキリの方がすごかった。いや、すごいというよりは、酷かった。特設セットまであったんだ。ハリボテなんかじゃない。校庭に一軒家を建てたんだ。会長は」

 

「お前はホントに美園会長が好きだよなぁ」

 

「おい、いつからそんな話になった」

 

「俺はその話をしに来たんだ。美園会長は喜んでたぞ? お前が美園会長のことが好きなんだと話したらな。俺はキューピットさ。なあに好きでやってるわけじゃない。見返りを見据えてるんだ」

 

「まるで強盗だ」

 

「いいや、それは違う。強盗ってのは狂ってる奴のことだ、それにそいつらには言い様の無い覇気があるんだ。じゃなきゃそんなバカなことしない」

 

「まったくその通りだ。お前とおんなじ」

 

 

すると彰造ははぁーっと大きな溜め息をついた後、「美園会長はお前を恋人にしたがってる」と俺を指差した。

 

なんだそれは。

 

あの擦れっ枯らし会長が俺を恋人にしたがってる。

 

嘘だな。

 

それが本当なら、あんなバカみたいな性格、すぐに俺に告白してるって。

 

「ノートに何度も書き直したわりには出来の悪い冗談だな」

 

「冗談と思うんなら、美園会長と会った時にこう言ってみるんだな!」

 

彰造は勝ち誇ったような顔して、俺の眉間を指差した。「好きです! 付き合ってください!」

 

 

第7話

 

 

放課後になり、俺はいつも通り、生徒会室へと向かった、のだが……。

 

ドアには「会談中! 立ち入り禁止!!!」という張り紙が。

 

そこに立ち尽くしたのはなにも俺だけじゃない。

 

栗山さんと、そして、広瀬もいた。

 

「どうする?」

 

広瀬が座り込んだ。かと思えば、

 

「覗く?」

 

と俺を見上げた。

 

「覗くって、どうやって?」

 

見詰め返すと、今度は栗山さんの方を見て言った。

 

「そういえば夏子、商店街の近くのセブンでバイトしてたよね?」

 

すると栗山さんはビクンと反応して「どうしてそれを!」という目で広瀬を凝視した。

 

「やっぱりね、あれは夏子だったんだ。夏子が、しゃーせー、なんて。もっとハッキリいらっしゃいませーっていいそうな雰囲気なのに」

 

「あ、あの……」

 

栗山さんが広瀬に近寄って身を屈めた。

 

「みんなには、内緒……おねがい」

 

「安心してよ。誰にも言わない。それにあの場所、ここの生徒はそんなに行かないだろうしね」

 

俺が誰かに言う可能性とかって、考えないんだな。

 

俺は栗山さんにさえなめられてる。

 

もしくは眼中にないのか……。

 

「よし! 覗こう!」

 

広瀬は立ち上がって、腕をグッと伸ばした。

 

その瞬間、

 

「その必要はないよ」

 

小泉さんが廊下から現れた。

 

「あれ、キョンキョン、なんでここに? てっきり会談に参加してるのかと」

 

確かに、会長の優秀な右腕である小泉さん無しであの会長は大丈夫なのか?

 

「騎士団は私らより格下だし、あとアメリちゃんもいるしね」

 

「え? アメリがいるんですか?」

 

思わず声が洩れる。

 

「ええ。和也くんのお願いだからって。だから和也くんはここにいなきゃダメだよ?」

 

「分かってますよ。暴走ですよね暴走」

 

小泉さんは「その通り!」という顔で俺の肩をポンと叩くと、階段を降りてどこかへ行ってしまった。

 

「どこ行くんですか?」って訊けば「あんたって野暮ね」って言い返されそうな雰囲気が背中からあふれでてる。だから言わない。俺は野暮じゃないから。

 

入れ替わるように、廊下の奥の方から、今度はよからぬ生徒があらわれた。

 

子供のようにスキップでクマのぬいぐるみを引きずりながらこっちに我が物顔で向かってくる低身長で華奢な体。しかし、それとは相反する重たくてただならぬ雰囲気が一気に俺を縄でキツく縛るように立ち込める。

 

たしか、伊達ラムネとか言ったな。

 

俺は覚えてるぞ。

 

こいつの口からは汚物しか出ない!

 

っていうかなぜこいつがここに!

 

まずくないか? すぐ後ろでは生徒会と騎士団の会談!

 

伊達ラムネは自衛隊の手先だ!

 

うん。非常にまずい!

 

「おい広瀬!」

 

背後を振り返ると、案の定、広瀬と栗山さんは俺の後ろに隠れて、怯えている。

 

「おい! 俺を気絶させたあの勢いはどこへ行ったんだ!」

 

「そんなの!覚えてない。それに相手はあの伊達ラムネだよ! アイツの通り名知ってる? 『殺地球未遂』だよ? 地球に急接近してた超巨大隕石がロリータに天下った姿! 楯突いた人間は、死ぬまで引きずられて、気が付けばぬいぐるみの姿にされてるという! ほら、あのぬいぐるみがそう!」

 

「なんだそれ! ……でも、こっちだって、『エイリアン・ダイハード』がいる!」

 

「無駄だよ。アイツには三大必殺技があるんだ! 一つは『ぬいごろし』、一瞬のうちにまとめて六人を殺せる。もう一つは『ラムネと一緒』、さっき言った、死ぬまでどうたらって技。そして、『レモネード売りの少女』……この技は、まだ私は見たことがない」

 

「じゃあなんで知ってるんだよ」

 

「見たことがないというより、必死で逃げてきて、見てない……」

 

「お前の経歴も、言ってることも全く理解できん! とにかく、ここから逃げなきゃ!」

 

奴はどんどんこっちに近づいてくる。

 

あの笑顔が超怖い。

 

これは、生徒会にとっても、騎士団にとっても、最大のピンチかもしれん……。

 

 

第8話

 

 

 

「ねえ! お兄たんたちそこでなにてるのぉ?」

 

やだ。

 

生徒会と自衛隊の会談の時に伊達ラムネのあの姿を見せておきながら、

 

今さらそんな笑顔でお子様を演じられても、怖くて仕方ない!

 

「おい! お前知り合いじゃないのか?」

 

広瀬の方を振り向き、小さく叫ぶ。

 

「殺されかけたら知り合いだなんておかしな理論だ!」

 

「俺もそう思ってたところ……」

 

依然として伊達ラムネの莞爾たる笑顔が俺を締め付ける。

 

「ど、どうも……」

 

挨拶をすると、伊達ラムネは床に垂らしたぬいぐるみを両手でつかんで俺に差し出した。

 

「この子! あたちのお友だちなの!」

 

「へ、へえー……な、名前は?」

 

「ピュークちゃんだよ!」

 

「ぴ、ピュークちゃんっていうんだ。か、可愛いね」

 

一触即発だな。

 

こいつはアメリ以上に扱いが難しそうだ。

 

「そうだ! お兄たんたち、アメリって女の子、知ってるぅ?」

 

やばい。

 

懸念してたことが……。

 

「さ、さあ、それ誰?」

 

「うーん……じゃあ、お兄たん来てよ!」

 

「き、来て?」

 

伊達ラムネが俺の手を掴む。

 

俺の後ろでは、広瀬が小声で「私らを助けるつもりで」と背中を押す。

 

「いいでしょー?」

 

俺の手は、伊達ラムネの握力で潰れそうだ。

 

これはチビッ子の握力じゃない!

 

「いいでしょー?」って言ってるが、実質「来ねえとぶっ殺す!」だよこれは。

 

「ど、どこに行くの?」

 

「どこに行くって、お兄たん、あたちのペットになるんでしょー?」

 

俺がいつそんなマヌケなこと言ったというんだ!

 

ウンコを浴びせてやりたい気分だ。

 

「ピュークちゃんも言ってるよー」

 

ぬいぐるみのピュークちゃんを俺の顔の前につき出す。

 

胃液の臭いがする。

 

「これ以上はまずいって」

 

広瀬の、焦りを隠しきれない声が後ろから聞こえる。

 

「わ、わかったよ」

 

わかったよ、じゃねえよ! なに言ってんだ俺!

 

「やったー!」

 

跳び跳ねながら、伊達ラムネは俺に抱きついてくる。

 

「ああ神様……」

 

広瀬が呟く。

 

手を引かれながら、俺は半ば連れ去られる。

 

廊下を歩いていると、生徒の驚いた視線が俺たちに向けられる。

 

「あれって伊達さんの彼氏?」や「四代目ピュークちゃんが決まった!?」など、怖い発言が耳を過る。

 

ピュークちゃん、そうか。

 

さっき広瀬が言ってたな。『ラムネと一緒』だっけか?

 

これまで三人もあの技の犠牲になったのか。

 

っていうかありえない話だ。

 

まず、俺はいったいどこへ連れていかれるんだ!

 

 

第9話

 

 

 

「ここがあたちの家よ!」

 

校舎の一角、階段の脇の薄暗い行き止まり、

 

伊達ラムネが床を指差す。

 

何の変哲もない、タイルの床だ。

 

「家って、何もない……よね?」

 

俺がそう言うと、伊達ラムネは、「ちっちっちー」と愛嬌たっぷりに指を振った。

 

いや違う、こいつに愛嬌なんてない! 言い直そう。

 

伊達ラムネは気立ての悪さを滲ませながら指を振った。だな。

 

そうこう思ってるうちに、

 

「ここをねー、こうするんだよー」

 

伊達ラムネはしゃがみこみ、床に埋まっていた取っ手を掴み、それを持ち上げた。

 

すると、何もなかったはずの床に隠し階段が現れた。

 

「学校に、こんな場所が……」

 

愕然としている俺の気持ちを知ってか知らずか、伊達ラムネは「早く行こー」と俺の手を引き、地下室へ足を進めた。

 

 

階段は案外すぐ終わり、目の前には、赤に金色の模様が入った中国っぽい扉が現れた。

 

慣れた手付きで、扉に掛かったロックの番号をささっと打ち込み、開けた。

 

普通の民家のような、ごく平凡な玄関。

 

ただ平凡じゃないのは、玄関から、その正面にある扉、床、すべてが赤と金ってことだ。

 

目がチカチカする。ここにずっといたら頭がおかししくなりそうだ。

 

それに、俺の思ってた伊達ラムネのイメージと違う。

 

もっと子供っぽい感じだと思ってたのだが……っていうのも一歩先へ進んだ話だ。

 

俺はその前で立ち止まらなきゃいけない。

 

なんで学校に家があるんだ!

 

 

怖くて疑問を言えないまま、伊達ラムネに言われるがまま、靴を履き替える。

 

正面にあった扉が開かれると、その先には、真っピンクの世界が広がった!

 

カーペット、ソファ、冷蔵庫、壁、ドア、天井、テーブル、テレビ、棚、タンス、ベッド、

 

教室よりちょっと広いぐらいの部屋にある、すべてのものがピンクだった。

 

最初の赤と金はなんだったんだよ!

 

「座って座って!」

 

伊達ラムネは、俺をソファに座らすと、引きずっていたぬいぐるみを、ポイっと投げ捨て、

 

「待っててねー」と言い残して部屋の奥にあるドアを開けて、どこかへいってしまった。

 

それにしても、不気味だ。

 

俺の両隣にあるぬいぐるみ……。

 

デフォルメされたゴジラのような怪獣の背中からリアルなニワトリが飛び出してるようなぬいぐるみ、

 

両手両足が変な方向に曲がって卍を表してる人形のぬいぐるみ、

 

脳ミソのぬいぐるみ、

 

他にも色々、訳のわからないぬいぐるみがたくさん……。

 

 

テーブルに目を向けると、何やら資料のようなものと、ピンク色のコップに入ったピンク色の液体……。

 

「おまたせー」

 

案の定、奥の部屋から笑顔で現れた伊達ラムネが手に持っていたのは、ピンク色のコップだった。しかも、両手に。

 

「はいどうぞー」

 

そう言ってテーブルに置いたコップの中身は、やはりピンク色の液体だった。

 

伊達ラムネは、ソファにパンパンに置いてあったぬいぐるみを雑にどけて、俺の隣に座り、もう片方のコップを自らの前に置いた。

 

「あれ? これは?」

 

俺は元々置いてあったコップを指差す。

 

「それはあたちのじゃないよ。かいち――」

 

「……かいち?」

 

「ううん! なんでもないよ!」

 

焦った様子で、立ち上がり、そのコップをもって、再び奥の部屋へ姿を消した。

 

かと思えば、またすぐに戻ってきて、ソファに座り直した。

 

「お兄たん、お名前は?」

 

「え、お、俺は、桐生和也、です」

 

「ふーん……あたちは伊達ラムネ! レモンちゃんって呼んでね!」

 

「れ、レモンちゃん?」

 

「そうそう! じゃあ、和也くんのあだ名も考えないとね、あたちのペットに相応しい名前は……」

 

あごに人差し指をあてて考え込む伊達ラムネ。

 

さっきも言ってたけど、ペットってなんだよ。どうなっちゃうんだよ俺!

 

「ケシャ!」

 

伊達ラムネポンと手を叩き俺を見る。

 

「け、けしゃ?」

 

「そう! ケシャ! 今日から和也くんのあだ名は、ケシャだから!」

 

なぜ、ケシャ?

 

たしか、外国の歌手でそんな名前の人がいたけど……。

 

「よろしくね! ケシャ!」

 

疑問だらけだけど、逆らえる気がしないから、

 

「よ、よろしく――」

 

とにかく気に入られるしかない……。不本意だけどね。

 

「じゃあ、なにして遊ぶ?」

 

そう言って伊達ラムネが指差したのは、奥のドアだ。

 

「なにして遊ぶ?」って聞いたくせに、こいつのなかではもう何して遊ぶか完全に決まってるな、これは。

 

いったい何をたくらんでるんだ。

 

いざという時は、会長という素敵な味方がいるが……。

 

彰造が言ってたことが本当なら、会長は今ごろ助けに来ててもいい頃なのに。

 

広瀬が会長にちゃんと話してたらの話だけどね。

 

いくら行動力があっても、何かに押されないとどうしようもない。

 

「ねえねえ! ケシャ」

 

「え?」

 

「だからー、なにして遊ぶ?」

 

そして再び、ドアを指差す。

 

「む、向こうには、何が?」

 

「ベッド」

 

「ベッド?!」

 

「と、お風呂、あとトイレも」

 

エロいことが頭を過る。

 

チャンスかピンチかどっちなんだ!

 

「あ、あの、そろそろ、帰らないと」

 

「はぁ?」

 

伊達ラムネの鋭い視線が俺を刺す。

 

「ケシャの家はここでしょ!」

 

まずいなぁ、どうしよう……。

 

 

第10話

 

 

 

「やってるー?」

 

突如、出入り口のドアが開き、見知らぬ女子生徒が入ってきた。

 

薄い眉毛、くっきりした目鼻立ち、肩に掛かるぐらい長さのブラウンの髪。

 

夏にはしゃぎすぎて日焼けしたのか、肌は色黒だ。

 

「ちょっと! インターホン押ちてよね! 居酒屋じゃないんだから!」

 

伊達ラムネはその少女に指をさして怒鳴りつける。

 

「いいじゃん別にー! だって、一回床開いたのに、なんでまた床開かなきゃないんないの? だから卑屈で言われてるんじゃん、レモンちゃんってさ」

 

天下の伊達ラムネにこんな礼儀も糞もない言葉遣いで喋りかけるなんて、こいつナニモンだ!?

 

「あ! 確かこいつ、桐生和也だべ?」

 

色黒少女は俺を見るなり、指をさしてきやがった。

 

「こいつ」じゃねえよ! 「だべ?」ってなんだよ! 指さすんじゃねえよ!

 

「そ、そうだけど?」

 

わいてくる怒りを押し殺して、俺は「名乗れ!」とばかりに不思議そうな顔をする。

 

「やあ! どうも! ウチは栃木 苺子(とちぎ いちご)」

 

「やあ」って、洋画の吹き替え版ぐらいでしか聞いたことない。

 

「どうも……桐生和也です」

 

「知ってるよー!」

 

知ってるよ!

 

俺はお前と違って礼儀を弁えてんだよ!

 

栃木苺子とかバカみたいな名前しやがって。

 

「気軽に『とちおとめ』って呼んでねっ」

 

そのまんまだな。

 

栃木は手をつきだし、握手を求めてきた。

 

当然、俺も手を出し握手を交わす。

 

「よろしく」

 

栃木が俺に微笑みかける。

 

また変なのが増えた。

 

こっちは伊達ラムネで精一杯なんだよ。まぁ、助かったことには助かったんだろうけどさ……。

 

「もう終わったかちら? ならさっさと帰ってよ」

 

伊達ラムネは煙たそうに栃木に向かって手を払う。

 

しかし、栃木は帰るどころか、背を向けながらソファの背もたれに座り、くいっと体を捻り、

 

「つーか何してんの?」

 

と、喋りかけてきた。

 

少し話しただけでわかる。こいつは絡みづらい。

 

伊達ラムネも引いてやがる。

 

「もしかして、レモンちゃん、彼氏ぃ?」

 

一気に頬を緩め「これだべ?」と小指を立てて俺と伊達ラムネ、交互に見せつけ、冷やかしてきた。

 

伊達ラムネも満更でもない顔をする。

 

俺は必死で首を横に振るが、

 

「でも珍しいねー、超スーパー排他的なレモンちゃんが、彼氏だなんて」

 

栃木は話を進める。

 

「あたちは都会っ子だもん!」

 

「背、ちっちゃいしね」

 

「関係ないもん!」

 

というか早く帰してくれよー!

 

会長はいったいなにをやってるんだ! 察せよ! いつもみたいに!

 

「さっさと帰ってよ! あたちは暇じゃないの!」

 

「その通り!」

 

栃木は立ち上がると、伊達ラムネの腕を掴んだ。

 

「マロ先輩が呼んでる。行くべ」

 

「行くって、どこに?」

 

「自衛隊室に決まってんじゃん! 早くしないとウチが怒られんの!」

 

すると伊達ラムネは「うう……」とうつむいた。

 

その、マロ先輩とかいう人、結構な権力を持ってるらしい。

 

伊達ラムネは俺の方を見ると、

 

「ちょっと待っててねケシャ」

 

と、立ち上がり、部屋を出ていった。

 

つーか、自衛隊室なんていつの間に……。

 

栃木苺子はもしかして自衛隊の手先か?

 

 

第11話

 

 

 

携帯、県外だってさ。どうしようもないな、この状況。

 

伊達ラムネことレモンちゃんが出ていって数分。

 

何やら出入り口が騒がしい。

 

かと思うと扉が開き、さっき出ていったばっかの伊達ラムネ、栃木苺子をはじめ、田原俊麻呂さん、新山丸子さん、

 

そして、見知らぬネコ耳のおそらくカチューシャをつけた女子生徒と、柴犬二匹が入ってきた。

 

「隊長たん! この子があたちのペットのケシャだよ。ほら、ケシャあいしゃつは?」

 

伊達ラムネにそう言われて、ムカつきながら俺は立ち上がって敵の田原さんに「どうも、はじめまして」と挨拶をする。

 

「人間なんて飼ってるの? レモンちゃんは! なんて悪趣味な!」

 

ネコミミ少女が俺を指差して言う。俺もそう思う。

 

柴犬二匹も一斉に、ワンっ! と吠える。

 

山口さんから暴力を抜き取ったような新山さんは、冷静に「私は新山丸子。ほら、あんたも挨拶しなさい」とネコミミ少女の頭を軽く叩いた。

 

ネコミミ少女はめんどくさそうに

 

「私は、猫好 飛々(ねこよし ぴょんぴょん)」

 

と、挨拶し、床を駆け回る二匹の柴犬を指差した。

 

「赤い首輪の子がジョン。青の子がマッケンロー。よろしく」

 

飼い主もそうだが犬まで変わった名前で……。

 

自衛隊員五人はソファに座ると、生徒会役員である俺の前で、平然と会議をはじめた。

 

「さっき、騎士団と生徒会が会談をしていたが、何を話してたかは大体わかる」

 

田原俊麻呂もといマロ先輩が神妙な顔で呟くように言う。

 

「あ、あのー……」

 

俺は恐る恐るマロ先輩に声をかける。

 

「なんだ?」

 

「一応、俺、生徒会の役員なんですけど……」

 

「なんの話だ?」

 

すると伊達ラムネが「そうだよ!」と割り入ってきた。

 

「ケシャはあたちのペットなんだから、もう自衛隊のメンバーだよ?」

 

一歩譲って、いや百歩譲ってペットになると言ったとしても、自衛隊員にはなるなんて一言も……。

 

「ケシャって、和也のあだ名? 変なのー」

 

とちおとめが足をぷらぷらしながら言う。

 

栃木苺子が言うんじゃねえ!

 

「とにかく君は自衛隊員だ。さあ、ここに座れ。知ってることを全て話してもらう」

 

マロ先輩がそう言った途端、耳元でスコンっという音とともに風を感じた。

 

俺の背後は壁で、横目でなにが起こったのか確認した。

 

壁には、矢のようなものが刺さっていて、壁にはヒビが入っている。

 

しかも矢は、ロープのようなものに繋がれていて、それを辿っていくと……

 

伊達ラムネに行き着いた。

 

性格には伊達ラムネが持っているクマのぬいぐるみだ。

 

ぬいぐるみの背中がパックリあいていて、その中から矢とロープが。

 

「座って、ケシャ」

 

伊達ラムネは微笑しながら言う。

 

俺は殺気を感じ、ロボットのような動きでソファにつく。

 

伊達ラムネは、矢とロープを抜き取ると、掃除機のコンセントみたいにしゅるしゅるっと、ぬいぐるみの中に納めた。

 

そして俺の隣まできて身を寄せて座った。

 

なんだこの状況は……。

 

とちおとめがクスッと笑う。

 

「さあ、和也くん。話すんだ。知ってることを」

 

「は、はい……」

 

俺は死にたくない……。

 

「生徒会は何を企んでるんだ?」

 

「えーっと……騎士団と、手を組むとかなんとか」

 

「本当か?」

 

伊達ラムネの前で「実はね、嘘なんです」なんて言ったら殺される。

 

マロ先輩は俺の顔色を悟ったのか、「騎士団の野郎……」と呟く。

 

「騎士団なんてさ、レモンちゃんがいれば楽勝だべ! 生徒会が動き出す前にやっつけちゃおうよ! 暗殺暗殺!」

 

とちおとめがテーブルに両足をのせながら言う。

 

だらしない女だ。

 

「落ち着きなさい! そんな手荒なマネしたら、騎士団みたいな嫌われ者になるじゃない。騎士団が消えてまた同じのが出てきて。ただの交代ばんこになるじゃない!」

 

丸子さんがとちおとめをなだめる。

 

それより、交代ばんこ? なんだそれ。

 

言ってることが全体的に可笑しい。

 

 

第12話

 

 

 

「あと、なんか『東京パラチノース』とかいうのも、いた」

 

俺がそう言うと、伊達ラムネととちおとめと新山丸子さんがビクっと反応した。

 

それと重なるように、玄関の方から、「ちーっす」という声が聞こえ、

 

ドアが開き、見覚えのある男子生徒が入ってきた。

 

逆立った茶髪、細く引き締まった体……

 

こいつは、生徒会と自衛隊の会談の時に、絡んできた奴だ。

 

確か広瀬から、兄貴って呼ばれてたな。

 

そいつは、何気なく俺を素通りし、ソファにどっしり腰を下ろした。

 

みんな、当たり前のように挨拶もせずに、話を再開しようとする。

 

「なあ」

 

俺は小声で伊達ラムネに話しかける。

 

「あいつ、何者なんだ?」

 

「モトハちゃんだよ」

 

「も、もとは?」

 

「広瀬元晴、だからモトハちゃん」

 

「な、なるほど……。そういえば、俺もう一人、広瀬って奴を知ってるんだが」

 

「ゲレンちゃんでしょ? さっきケシャと一緒にいたよね」

 

「げ、げれん?」

 

「あの子、冬によくゲレンデで会うんだ」

 

「へ、へえー……」

 

ふと、話し合いの輪の中へ目を向ける。

 

とちおとめが相変わらずだらしなく手をぶらぶら振りながら弁舌していた。

 

「生徒会のアイツがヤバイ。小泉今日歌とかいう女。アイツ、教室に隠しカメラとか盗聴器仕掛けてたり、やることがもう異常!」

 

元々悪どい女だとは思ってたが、そんなことまでやらかしてたのか小泉さんは……。

 

もうスパイ部だ。あれは。

 

「今も監視されてるかも……!」

 

丸子さんが何故か目を光らす。

 

「大丈夫よ! あたちがそんなケアレスミス――」

 

叫びかけた伊達ラムネが突如、静止した。

 

死んだような視線を辿れば、テーブルの下に行き着いた。

 

よーく見てみると、なにやら小さな端末が。

 

「これって――」栃乙女(とちおとめ)が覗き込む。

 

「盗聴器……?」

 

俺は、そう言って、伊達ラムネの顔を横から覗いてみるとはグッと歯を食い縛っているのが見えた。

 

そして、その盗聴器らしき端末をはぎ取ると、ギュッとそれを握り潰した。

 

「大丈夫じゃね? 別にそんな聞かれちゃマズイ話なんてしてないし」

 

栃乙女がはーっとため息をついて、ドンと腰を下ろした。

 

「問題は、いつからあったか、だよね。昨日もこの部屋で会議したし。かなり重要なね」

 

冷静な丸子さんを余所に、

 

伊達ラムネは、「あのズベ公が……」と握った手を開くことなく、ぷるぷると震わせている。

 

殺気を感じる。

 

「レモンちゃん、その盗聴器、いつからあるか、わかる?」

 

丸子さんが、気遣いながら伊達ラムネに優しく話しかける。

 

「わ、わかんない……」

 

小泉さん、いや小泉め!

 

俺がピンチじゃないか!

 

人質にでもとられたらどうしてくれるんだ!

 

「お前、新聞部をこの部屋に入れたのか?」

 

モトハちゃんが伊達ラムネを睨み付ける。

 

「ま、まさか! あたちがそんなバカなマネするわけないもん!」

 

「新聞部がここに侵入したってのか?」

 

「そんなことできるはずないもん! ちゃんとロックかかってるし!」

 

「相手はあの新聞部だ。解除番号の諜報ぐらいお手のもんさ」

 

「ぬぐぐ……」

 

伊達ラムネが珍しく焦ってる?!

 

「許せない!」

 

丸子さんが立ち上がる。

 

「レモンちゃん! 生徒会の奴ら、さっさと縫い殺しちゃえ!」

 

お、俺も一応、生徒会役員……。

 

「おい! さっき言ったこと、忘れたのか? というかお前が言ったんだ! 交代ばんこ、とな!」

 

マロ先輩も立ち上がり、丸子さんを指差す。

 

「そんなの関係ない! あんな世間ずれした奴ら、縫い殺す以外無い!」

 

世間ずれしてんのは会長と小泉だけだ。

 

「そうだよ隊長!」

 

猫好さんも立ち上がった。

 

傍らでは柴犬二匹が一斉にワンっ! と吠える。

 

「元晴は、どう思う?」

 

マロ先輩は苦し紛れにモトハちゃんに話を振った。

 

「俺は、賛成だ」

 

「なるほど……」

 

マロ先輩は立ち上がり、ぐるりと自衛隊員、と俺を見渡すと、

 

「不本意ではあるが、奇襲といきますか」

 

大きく溜め息をついた。

 

マロ先輩、おれるの早すぎ。

 

っていうか、まずい、生徒会の危機だ!

 

 

第13話

 

 

 

地下室から生徒会室まで、俺は伊達ラムネと手を繋いで行った。

 

もちろん他の自衛隊員も一緒だ。

 

俺は生徒会室のドアを開けさせられた。

 

しかし、室内には誰もいない。

 

「あいつら! どこ行きやがった!」

 

栃乙女がシャドーボクシングをする。

 

俺は一応、奥にある、枕研の部屋へ行く。

 

道のり、ふと思ったんだが、クレイヴさん、どうしたんだろう?

 

会長がアルティメイタム突き付けられた時の作戦以来かな。ずっと姿を見せないが。

 

ドアを開けると、部屋の真ん中で、くうちゃんがすやすやと寝息を立てて寝ていた。

 

「こいつ! 生徒会役員!?」

 

栃乙女がひょいと顔を出し、わざとらしく叫ぶ。

 

「こいつは違うよ。ただの枕研部員。この部屋と生徒会室は全く別次元」

 

「にしても、無防備な子。ヤられちゃうんじゃね? 夜這い夜這い」

 

「昼間に夜這い?」

 

「和也くん、もしかしてこの子と!?」

 

「まさか。それより、ここには生徒会役員も騎士団員もいない」

 

すると栃乙女は、そそくさと生徒会室を出た。

 

俺もあとに続く。

 

「いたか?」

 

マロ先輩が栃乙女に訊ねる。

 

「わかるべ? だーれもいない」

 

マロ先輩は今度は俺に視線を向けた。

 

「和也くん。他に心当たりは?」

 

「いや、俺は生徒会の作戦にもほとんど外されるし、集まる場所といったらここぐらいしか……」

 

するとマロ先輩は「うーん……」と困った顔をした。

 

何気なく視線を落としたマロ先輩は、明らかに猫好さんの愛犬と目があっていた。

 

そして笑顔を取り戻すと、

 

「犬っころがいるじゃないか!」

 

と、大きな声を出した。

 

「ちょっと! それってもしかしてジョンとマッケンローのこと? 犬っころってなんだよ! ウチの家族だよ!」

 

猫好さんが愛犬二匹を庇うように抱きつく。

 

「どうでもいいから、さっさとその犬を使って美園の居場所を突き止めるんだ!」

 

「突き止めるんだ! って、この子ら会長の臭いなんて知らないし……」

 

「とにかくズバ抜けて臭いのを追うんだ!」

 

どうやらマロ先輩はバカらしい。

 

「ねえ和也くん、会長の臭いがするものって、何かない?」

 

お馬鹿なマロ先輩の傍らで、丸子さんが俺に訊ねる。

 

「えーっと……会長がいつも座ってる椅子ならありますけど」

 

「それよ! それ!」

 

丸子さんに続き、栃乙女、マロ先輩が反応する。

 

案外、伊達ラムネはクールだ。

 

俺は会長の椅子へ案内する。

 

猫好さんの愛犬二匹は舐め回すように椅子のにおいを嗅ぐと、ワンワン! とアホみたいに吠えて、生徒会室を出ていった。

 

俺たちはそれを追いかける。

 

「ただのおバカ犬だと思ってたけど、案外役に立つのね」

 

丸子さんが横目で猫好さんを見て薄ら笑いを浮かべる。

 

「学年最下位のあんたほどではないけどね」

 

「六一位なんて中途半端よりよっぽどまし。潔いのよ。私はね」

 

言ってることもやってることも超カッコ悪い。

 

走ること数分、俺たちが行き着いたのは、体育館だった。

 

重たいスライドドアに手を掛けるマロ先輩の背中からは謎の緊張感がにじみ出ていた。

 

「開けるぞ……」

 

そんなんいらんねん。

 

ガッと開けると、体育館には、

 

会長、小泉、栗山さん、広瀬、浜田さん、生徒会役員と、

 

一木さん、山口さん、松田さん、ユゴーさん、折村のバカ純、騎士団員が勢揃いしていた。

 

何をするわけでもなく、仲良く話し合っている。

 

「やあ生徒会、騎士団諸君!」

 

マロ先輩が声を張る。

 

それに対して会長は、

 

「どうも、自衛隊のみなさん」

 

と、なにやら余裕だ。

 

「とうとう追い詰めたわ!」

 

丸子が謎の強気を見せる。

 

これは……いつもの感じだ。

 

きっと、ここで俺は知られざる作戦の内容を知らされるんだ。

 

会長から。

 

 

最終話

 

 

こんな広い体育館で、中央に数名。すごい怪しいだろ。

 

「いったいこんなところで何をしてるんだ?」

 

マロ先輩が一歩前へ出る。

 

「あんたこそ、ここへ何の用? 和也も一緒で」

 

余裕な会長は全く動じず、胡座をかいてリラックスしている。

 

何度か遭遇したことがある。これは、修羅場だ。

 

「栃乙女、和也くんを!」

 

マロ先輩が小声でそう言うと、栃乙女が俺を羽交い絞めにする。

 

出た! またこの展開だ!

 

視線を落とすと、猫好さんのの愛犬の一匹が、グルルル! と俺を睨みながら唸っていた。

 

猫好さんが俺を睨みながら「さん!」というと、柴犬は、しゃあっ! という息を吐く音と共に、そいつの口からナイフが出てきた!

 

柄をガッチリくわえ、俺の体をよじ登ると、そのナイフを俺の首もとに突きつけた。

 

刃物なんて初めてだ!

 

「会長!」

 

思わず叫んでしまった。

 

しかし会長は腕を組んで、笑顔でこちらを見据えるだけだった。

 

なんだか心強いけど、複雑だ。

 

「レモン! 行け!」

 

マロ先輩が叫ぶと、伊達ラムネは、前へ出て、会長たちの方へ向かって歩きだした。

 

制服の裾から、ぬいぐるみのピュークちゃんを取り出すと、背中のファスナーを開いた。

 

つーか、口からナイフ出す犬といい、裾からぬいぐるみ出すチビッ子といい、自衛隊は超能力者の集まりなのか?

 

向かってくる伊達ラムネを、会長は神妙な顔で見つめる。心なしか、目が笑っているように見える。

 

伊達ラムネはピュークちゃんの背中から、俺を脅した、あのロープに繋がった矢のようなものを取り出すと、足を止めた。

 

次の瞬間、

 

伊達ラムネは、勢いよく会長に向かって矢を投げた!

 

しかし、会長は全く逃げようとはしない! 他のみんなも、平然としている。

 

そんな矢先、矢は会長から軌道を逸れて、歪曲し、二階の手摺をくぐって、またこっちに戻ってきた!

 

「な、なんだ!」

 

マロ先輩が叫ぶ。

 

「いくよー!」

 

栃乙女がそう叫ぶと、俺の頭に手を置いて、グッと体を引っ込めた。

 

俺たちの方へ向かってくる矢に、立ち向かうように、俺を脅した犬が飛び上がった。

 

マロ先輩を通過してこっちへ向かってくる矢を、くわえてるナイフで叩きつけるように、はね飛ばした!

 

跳ね返った矢は、マロ先輩の真横を擦れたかと思うと、勢いでマロ先輩をぐるぐる巻きにした!

 

「なんだ、これ!」

 

マロ先輩が悶える。

 

矢は床に突き刺さり、煙を上げていた。

 

伊達ラムネの投げた矢で、マロ先輩が縛られてる。なんだこれ。

 

「さっすが『殺地球未遂』のレモンちゃん、ね」

 

会長が微笑する。

 

「おいレモン! なんなんだこれは! すぐにこれを外すんだ!」

 

会長は、もがくマロ先輩に歩み寄ると、

 

「自衛隊のリーダーって、かなりマヌケみたい」と不適すぎる笑みを浮かべた。

 

マロ先輩越しにチラッと俺を見れば、小さく手を振るほど余裕だ。

 

何が起こったかはわからないが、きっと今回も会長の勝ちだ。

 

と思った矢先、

 

「ストーーップ! 美園会長!」

 

丸子さんが俺の顔にナイフを突き付ける。

 

はっ! と会長は驚いた顔をしたが、それはたったの一瞬で、すぐにいつもの不適な笑みに表情を戻した。

 

ガウっ! という声と共に、猫好さんの愛犬二匹が、丸子さんと栃乙女に噛みつく。

 

二人は俺から離れる。

 

「和也! 走って!」

 

会長が大きな手招きをする。

 

何がなんだかわからないが、俺は会長目掛けて全力で走る。

 

伊達ラムネの横を通過した直後、

 

俺は何かに足を奪われ、派手に転けてしまった!

 

足元を見てみると、俺の片足にはロープが巻き付けてあった。

 

そのロープを目で辿ると、伊達ラムネの手元へと行き着いた。

 

「和也!」

 

会長の叫び声が響く。

 

その直後だった。

 

モトハちゃんが俺の前に現れると、丸子さんが持っていたナイフで伊達ラムネのロープを切断した!

 

モトハちゃんは、勢いそのままに、伊達ラムネへと走りより、

 

「広瀬流! 罪罰拳(ウォンテッド)!」と叫ぶと、身を屈めながらナイフを床に突き刺し、それを軸にして、伊達ラムネへ蹴りを叩き込んだ!

 

「きゃあ!」と叫び吹っ飛ぶ伊達ラムネ。

 

展開についていけない!

 

そう思ってる最中、猫好さんの愛犬二匹とは違い、緑色の首輪をした柴犬が現れ、モトハちゃんに噛み付いた!

 

「ぐわっ!」と倒れこむモトハちゃん。

 

「シャラポワ! 裏切り者なんか、噛み千切っちゃいな!」

 

猫好さんがそう叫んだ直後、

 

猫好さんの片足にロープが巻き付くのが見えた。

 

ロープは上から猫好さんに巻き付いていた。ロープを辿ると、天井の長い鉄の棒を介して伊達ラムネの手元へと行き着く。

 

「へ?」と猫好さんが足元に目を落とした。

 

次の瞬間、伊達ラムネはそのロープをぎゅっと力一杯引き寄せた。

 

すると、猫好さんは「きゃあ!」という悲鳴と共に、天井へと引っ張られ、逆さ吊りになってしまった!

 

 

赤と青、二匹の柴犬は相変わらず栃乙女、丸子さんに噛みついていて、

 

猫好さんは、天井で逆さ吊り。

 

伊達ラムネは会長と目を合わせて微笑。

 

マロ先輩はぐるぐる巻きにされ「おい! なんだこれ!」と喚いている

 

「大丈夫か?」

 

モトハちゃんが俺に手を差し伸べる。俺はその手を頼りに立ち上がった。

 

「終わったー?」

 

呑気な声がする方を見ると、体育館の出入り口に都が立っていた。

 

「うわ、ひっどいこれ」

 

都は平然と館内に入ってきて、倒れこむ自衛隊員はスルーして、会長の元へと歩み寄る。

 

「どう? 今回の作戦! イカすでしょ?」

 

会長が胸を張る。

 

「まあ、なんというか……さすが、お姉ちゃん、って感じかな?」

 

悲惨な自衛隊員の光景を見渡して都が苦笑する。

 

会長は呆然とする俺の顔を見ると、

 

「生徒会(レジスタンス)と騎士団が手を組んで、それぞれメンバーを買収して、自衛隊を公開内部分裂させようって作戦よ!」

 

と明らかに俺の気持ちを察して、作戦内容をちゃちゃっと教えてくれた。

 

「まず、モトハちゃんとレモンちゃんとピョンちゃんが、私達、生徒会が雇ったの。それで、騎士団は、レモンちゃんとピョンちゃんと、オカッパちゃんと栃乙女を雇ったの」

 

会長は人差し指を立てて語り出す。

 

「買収した面子がカブってるって思ったでしょ? それが狙いでもあるのよ。あ、そうそう、『東京パラチノース』っていうのはね、ただ単に騎士団側が買収した自衛隊メンバーのことよ。騎士団が元々独自で提案してた東京パラチノース計画を、私たちが新しく改良を加えたのよ」

 

なにがなんだか、全くわからないけど、生徒会と騎士団が仲良く盛り上がってるし、この作戦は、ハッピーエンド、ってことでいいのか……?

 

それにしても、やっぱりまた作戦から外された。

 

もう一つ残った疑問っていうと、都って、ホントに「飄々」って言葉が似合うな。

 

このままずっと永世中立を気取り続けるのか。

 

 

 

ここでの連載はこれで終わりますが、『オアシスがかれるほど騒ぎたい!』はまだまだ続いております!

 

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(現在、『オアシスがかれるほど騒ぎたいⅥ』執筆中)


 
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