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魔法少女リリカルなのは~生まれ墜ちるは悪魔の子~ 三十四話

救いがたき馬鹿二匹

2012-07-22 19:08:30 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1971   閲覧ユーザー数:1899

「術式が違う?」

「そうなんだよ! それで武装隊も送れなくて……」

「海鳴市内にフェイトたちが先に行っててよかったかもしれん……」

 

裁判の勝利が確定し、フェイトたちは一足先に海鳴市へと転送させてもらっていた。

 

クロノたちは仕事が終わってからにしようと思っていたが、ここで海鳴市からイレギュラーな結界が発生したというのがここまでの顛末である。

 

「それで、彼との連絡は?」

「大丈夫! これから!」

 

そういってエイミィが番号を入力し、ボタンを押した。

 

プルルルルルルルルルルルルルル……

 

電話の電子音がブリッジ内で広がり、緊張も大きくなる。

 

そして……

 

『もしもし?』

 

出た! 可能性は薄かったけど出てくれた!!

 

クロノは興奮を抑えないまま告げた。

 

「カリフ!! 聞こえるか!? 僕だ!! クロノだ!!」

『クロ……クロ……あ~クロちゃ~~ん!』

「クロちゃ……まあ、とりあえずは繋がったから良かった。実はなのはたちが襲われてるんだ!! すぐに救援に向かってくれ!」

『ん~?』

 

こっちの雰囲気とは裏腹になんだかあっちは間延びした問いかけに疑問を抱く。

 

同時に背後から聞こえてくる喧騒も気になっていたのだが……

 

『うぼろろろろろろろろろろろろろろろろろろろ………!!』

 

ブツン、プープープー

 

なにやら異音と共にカリフの何とも言えない呻きの直後に電話が切れた。

 

「な……なにか様子がおかしくなかった?」

「というかクロノをクロちゃん……」

「……もう一回頼む」

 

エイミィ、リンディ、クロノは何とも言えない状況にもう一度スタッフに連絡を入れさせてみる。

 

しばらくするとまた繋がった。

 

『もしもし……ゲプ』

「……こちらリンディよ。突然で悪いんだけど、あなたは今なにしてるの?」

『何って……じいさ~ん! こう言う時なんて言えばいい?』

『なんじゃ。随分と別嬪さんのような声じゃのう。適当に口説いてあしらえばよかろう。すまんが、フグの刺身と芋焼酎を追加しとくれ』

『へ~……口説くって?』

 

なにやら別の声までもが聞こえてきた。声からして老人だろう……一般人か?

 

『口説く……適当に可愛いとかいってやれ。お、鶏のつくねとサワーがきおったぞ』

『分かった……きみきゃわうぃぃね~!』

「なにしてるんだきみはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ここでクロノがブチキレた。

 

それもそのはず、今この瞬間にもなのはやフェイトたちが苦しんでいるというのに、電話の先では完全に酔っているカリフがおちゃらけているのだから。

 

ここまでくると状況が大分理解した。電話越しで聞こえるのは居酒屋の喧騒であり、相席として老人がいるということ。

 

『うるさいな~。ぶっ殺すぞ』

「ふざけるな!! こんな時にきみときたら……! ていうかきみはまだ未成年……!!」

 

ブツン

 

「あ! こら!!…母さん!! もう一度お願いします!!」

「え、えぇ……」

 

説教中に電話を切ったカリフに更なる怒りを燃やしてリンディに抗議する。息子の穏やかならざる雰囲気にリンディも怖気づいてしまった。

 

再び電話が鳴ると、今度は電話のお姉さんの声が聞こえてきた。

 

『おかけになった電話番号は現在拒否されて……』

「あの野郎! 着信拒否しやがった!」

 

クロノがコンソールを叩いて青筋を浮かべる。

 

隣にいるエイミィもまさかの結果に呆然となり、リンディは手で頭を抑える。

 

「なんてこと……」

 

リンディの溜息混じりの独り言はブリッジ内で響いて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だれじゃった?」

「あ~……忘れちゃった♪」

「というより日本酒を口に含んだだけでもうできあがっとるのう……都市伝説にもなった小鬼も酒には勝てんかったか。はっはっはっはっは……!」

「飲ませたのもここに誘ったのもじじいだろうが~……なんか一曲ノドを鳴らしてえなぁ」

「辛いならここでお開きにするか?」

「冗談!!」

 

そう言ってカリフはさらなるアルコールにヘベレケとなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方の海鳴市では激戦が繰り広げられていた。

 

「大丈夫か? ヴィータ」

「おう……カリフは?」

「奴は今日はバイトだ。家には明日帰るらしい」

「そっか……」

 

フェイトとアルフに苦戦していたヴィータにシグナムとザフィーラの支援が入り、フェイトとアルフとユーノは互いに牽制していた。

 

そんな中で先に動いたのはザフィーラとアルフだった。

 

「おらぁ!」

「ふん!」

 

互いの拳がぶつかり合い、奔った衝撃が窓ガラスを悉く割る。

 

だが、アルフはここで拳をあえて外して滑らかな動きでザフィーラの懐へと入る。

 

「む!?」

「ここだ!」

 

アルフは超至近距離から足、膝、腰、そして上半身の力を全てこめてパンチを繰り出した。

 

「ぐはぁ!」

 

ザフィーラは涎を吐き出しながら後方のビルへと吹き飛ばされていく。

 

その光景を見てアルフは口笛を吹く。

 

「さっすがアタシらの師匠だね~。ここまで強くなるなんて♪」

 

師匠…カリフがアルフに課した課題。

 

徹底した足腰を使う構えをその身に覚えること、そして、相手の急所を狙うための練習だった。

 

アルフは元来、狼のポテンシャルを持っている。

 

それなら狼の足腰をフルに扱えないか……なら覚えればいいだけだ。

 

女性として生まれ、若干パワーが落ちても女性独特の柔軟さで攻撃から防御、防御から攻撃と移り、一気に距離を詰める要領でダッシュ力を維持してパンチの威力を底上げ。

 

さらにそこで下半身と上半身の力もプラスされればどんな大男でも負けはしない。

 

後は、相手が高ければ鳩尾にでも肝臓にでもぶち込めば大抵は膝を付く。

 

「さて、これで決まって……」

 

楽観視しているアルフは拳を前に突き出して勝利宣言しようとしたが……

 

「はぁ!」

「!!」

 

瓦礫の中からザフィーラが勢いよく飛び出してアルフへと襲いかかってくる。

 

アルフはすぐに臨戦態勢になって再び強く構え…

 

「このーー!!」

 

全身の力を使ったフックをザフィーラに放つ。

 

が……ザフィーラはその攻撃を腕で受けた。

 

全く力を入れずに……

 

「な!?」

 

アルフは自分の攻撃がガード、否、受け流されるのを見て驚愕する。

 

誰しもガードをすれば受けきるのが当然だと思うだろう。

 

だが、ザフィーラは力んで受けきるのではなく、緩んで受け流した。

 

受け流された攻撃は完全に伸びきってすぐには戻せない。

 

そんな状態へザフィーラは受け流されると同時に流れに逆らわずに体を回転させる。

 

そして、回転による遠心力をプラスさせたお返しのフックがアルフの顔面へと向かう。

 

「!!」

 

アルフは咄嗟に首を後ろに退いて回避したが、少し遅く、顎に掠った。

 

「あ……」

 

小さく呻いた後、アルフの視界が朧になり、平衡感覚が消えて落下してしまった。

 

それを見届けたザフィーラは自身の拳を見つめる。

 

「あの者……できるな。あれくらいの実力者ならカリフとの特訓の成果も試せるやもしれん」

 

未だに痛む腹を押さえ、ザフィーラはあっという間に回復して自分を睨むアルフの姿にフっと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方でもフェイトとシグナムとの戦いも激化していた。

 

「はあぁ!!」

「ちぇりゃ!」

 

フェイトはシグナムと壮絶な剣撃戦を繰り広げていた。

 

フェイトの黄金の鎌はシグナムの炎の剣にはひけを取らない。

 

「ソニックムーブ!」

「くっ、速い!」

 

フェイトが高速移動でシグナムの攻撃をすんでのところで避ける。

 

だが、ここからがフェイトの特訓の成果が発揮される。

 

以前にカリフから追究された部分である、“速さ”

 

フェイトは随一の速さを誇るが、本人自体はその速さに適応できずに振り回されていると言う。

 

だから攻撃の時に一瞬の“止”が生まれ、隙を与えてしまう。

 

なら、本人がその速度にさえ慣れればどうなるか……

 

姿さえ見せることもなく、攻撃の嵐を縦横無尽から繰り出すことができれば……

 

「フォトンランサー、ファイア!!」

「なっ!?」

 

フェイトは止まることなく弾幕をシグナムに発し、シグナムもレヴァンティンで弾いていくが、様々な方向から跳弾してくるため全てを撃ち落とすことができない。

 

「うぐ!」

 

幾つかの弾がシグナムに当たるが、バリアジャケットのおかげで深刻なダメージにはなっていない。

 

「出し惜しみしても仕方ないか……」

 

シグナムはレヴァンティンを変形させて蛇腹剣へと変貌させた。

 

「シュランゲバイゼン!!」

(形が変わった!?)

 

フェイトは未知なる魔法にスピードを上げてさらに撹乱させる。

 

だが、そんなフェイトとは裏腹にシグナムは目を閉じてレヴァンティンを周りに漂わせて目を閉じる。

 

そして、静かに耳を済ませる。

 

(まだカリフとの修業の成果が実を結んでいない……が、これならどうだ!!)

 

シグナムはシュランゲフォルムのレヴァンティンで周りの空間を覆い尽くし、フェイトを閉じこめた。

 

「しまっ!」

 

ドーム状にできた刃の壁がフェイトの動きを止めて……

 

「そこだ!」

「!!」

「飛龍一閃!!」

 

シグナムは余っていた剣の切っ先に炎を宿してフェイトへ放つ。

 

「ぐっ!…く……」

 

フェイトも咄嗟にバルディッシュでガードするが、バルディッシュがなんの抵抗もないようにあっという間に砕けてしまった。

 

「バル…! うあああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

咄嗟に手で障壁を張ったのが幸いし、フェイトは怪我は負わなかったが、攻撃で吹き飛ばされてビルの屋上へと激突した。

 

壁には大穴が空いており、姿は見えないが、フェイトがまだ負けていないとシグナムは思ってレヴァンティンを元に戻した。

 

「カリフ以外にもあのような者がいたとは……面白い!!」

 

不敵な笑みを浮かべてフェイトの元へと相棒を振りかぶる。

 

戦いは止むことを知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(くっ! この子の力が強すぎる!)

「当たれええぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

ユーノは自分に向かってくるヴィータの猛攻を必死にいなすので精一杯だった。

 

ガードとバインドで動きを止めようといてもすぐに力技で破壊されてひたすら避けるの繰り返しである。

 

(あぁもう! 僕もカリフに稽古つけてもらえばよかったーー!)

「ちょこまかと鬱陶しいんだよー!」

「うわぁ!」

 

ユーノとヴィータの稽古を付けてもらってない組はこのイタチごっこを続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、問題のカリフはというと……

 

「うい~……ヒック」

 

バイト先のパトロン、または闘技場主催者の老人と別れてからカリフも一人でフラフラになりながら帰っていた。

 

本来なら九歳の男の子を一人で帰らせるのは普通ではないのだが、カリフ自身が反対を押し切って一人で帰っている。

 

八神家には明日帰るといっておいたが、今日の内に帰ることになりそうだ。

 

「はぁ~……もうさけはのまねえぇぇぇぇぇぇぇ!……オプ……」

 

奥から熱い物が時折飛び出してくるのだが、それも飲み込んで我慢する。

 

このまま気分に任せて歌えばこの吐き気も治まるだろうか?

 

そう思っていた時だった。

 

「……」

「ん?」

 

急に一人の仮面を付けた男がいつの間にか自分の前に立っていた。傍から見ればこの上なく怪しい男にカリフは近付いた。

 

「……なんか用れすかぁ?」

「……」

 

カリフは呂律も回ってない口調で男に近付て見上げる。

 

その時だった!

 

「あり?」

 

カリフの体にバインドがかけられて拘束させられた。

 

そして…

 

「ふっ!!」

「!!」

 

目の前の男がカリフの腹部に鋭い蹴りを喰らわせて吹っ飛ばした。

 

完全に気を散らしていたカリフはそのまま一撃を許してしまい、ゴミ袋へと飛ばされてしまった。

 

「ふん」

 

男は構えを解くと、もう一人の仮面のがどこからか寄ってきた。

 

「ナイスだったよ。アリア」

「ロッテこそ。どうだった?」

「うん、タイミングも感じもドンピシャ。魔力も込めたからありゃ間違いなく死んだね」

「そう……まだ子供だったのだけれど……」

「仕方ないよ。あいつは魔法こそ使えないけど守護騎士たちを指導できる。不必要に強くさせられては父様の計画に差し支えが出てくるよ」

 

二人の男はゴミ袋に目を向けて軽口をたたき合う。

 

「やっぱり魔法が使えなきゃこんなもんでしょ? お話にならなかったねぇ」

「報告だととんでもなく強くて、戦闘力もSランクはあると思って……」

 

ここで二人に異変が起こった。

 

突然、二人の片足が軽い振動と共に熱くなった。

 

不審に思った彼らが足元を覗くと……

 

「……え?」

「これ……は?」

 

歪にねじ切られたような跡を残した細長いパイプが二人の足首にそれぞれ刺さっていた。

 

血もまだ出てはいないが、足のパイプは完全に二人の片足ずつを貫通していた。

 

「これ……なに?」

「いつ……こんな……」

 

突然のことに痛みも感じなければ状況も理解できていなかった。

 

その直後、二人が視線を戻すと、目の前には粗大ごみとして捨てられていた冷蔵庫と電子レンジがそれぞれ二人の眼前に迫っていた。

 

二人はそんな現実を直視できないまま冷蔵庫と電子レンジにぶつかって吹き飛ばされて地面に倒れる。

 

巨大な物が飛んできた方向では大量の粗大ゴミの中からゆらりと這い出てくる少年の姿。

 

だが、表情は暗くて分からない。

 

分かるのは、暗闇の中に光る真っ赤な眼光。その眼光は確実に倒れている男たちを見ていることだけ。

 

そして、体に残るのは痛みではなく屈辱

 

絶対的強者である自分が目の前の存在にゴミを被る苦汁を舐めさせられた。

 

なら、どうする?

 

決まっている。

 

「やってくれたなぁ……犬の糞にも劣る畜生風情が……」

 

酔いは覚めた。

 

ここからが本物の宴になるであろう。

 

「さぁ……今宵は教育ではなく、狂逝(きょういく)を始めよう……」

 

この時、少年は思った。

 

これはもう決闘でなければ正々堂々とやる必要も無い。

 

懲罰ならなにしても、どんなことでも躊躇う必要も無い。

 

今回、少年は戦士の仮面を捨て

 

 

 

 

 

執行者としての仮面を付ける。

 

今宵の月は血で濡れたように真っ赤なものだ。


 
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