No.453401

出来損ないの魔法使い -Limited Mighty Work- プロローグ「赤い記憶」

夏嶋臣冶さん

「“魔法”って、きっと皆が思うほど素晴らしいものじゃない」 社会の基盤――と言うほどでもなく、それでも一つの技術として社会の一角を担う『魔法』。 物心ついた時から『魔法』は世界に浸透していて、そこに在ることが当たり前。 『将来を担う優秀な魔法使いを生み出すために』と言う信条のもと、魔法教育が盛んに行われる『瑞穂坂学園』に通う学生、小日向雄真。 “魔法嫌い”と言うわけではないが、積極的に関わりたくはないと言う考えの持ち主の彼。 どうしても遠くに感じてしまう魔法。 どうしても近づくことを躊躇う魔法。 どうしても信じきれないでいる魔法。 苦手とする魔法の近くに居ながらも、それを遠ざけ続ける日々。 二年生の春、彼には一つの出会いと転機が訪れる――その出会いと転機は、今後の彼の運命を大きく変えるものだった。 笑いあり、涙あり、熱い友情ありの学園“魔術師”ストーリー。 「真摯に願う、直向きに祈る、想いは必ず報われる」と言う言葉を信じて。

2012-07-15 15:45:57 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1024   閲覧ユーザー数:978

 

鮮烈な赤い世界が広がる。

 轟々と辺り一面に燃え盛る炎、炎、炎。

 身悶える大蛇の様にのた打ち回り、空気を飲み込み触れるもの一切を燃え上がらせる。

 それは無秩序で理不尽な暴力だ。

 ただ“そこに在る”と言う理由だけで、人も物も関係なく、後ろめたさも躊躇いも無く飲み込んでゆく。 

 平等に焼かれて燃える。

 そして止まって壊れる。

 ただそれだけが永遠と繰り返される。

 重油の様にドロリと纏わりつく動物が焼かれる異臭と、暴虐としか言い様のない炎の行軍により生まれた悲鳴と死の臭いが充満している。

 炎が爆ぜるその音が一つ響くたびに、名前も知らない誰かの命が燃え尽きてゆくのだろう。

 悲鳴が聞こえるその瞬間が訪れるたびに、顔も知らない誰かの命が消えてゆくのだろう。

 空は赤黒い。

 燃える炎と立ち上る煙。

 鼻を突き刺す焦げた臭い。

 呼吸を繰り返すたびに喉が焼かれ、胸の中が種火を入れられたように燻る。

 背中には皮膚を無理やり剥がされた様な痛み。

 耳に張り付く恐怖への悲鳴と理不尽に憤怒する声。

 瓦礫の山や、燃える動物から槍の様に突き刺さる視線。

 あぁ、と遠くなってゆく意識の底で思う。

 

 

 ――魔法があれば、きっと……。

 

 

 

 

◆□◆□◆□◆□◆□◆□

 

 

 

 

 生まれた不快感に引き摺られる様にして、小日向雄真は眠りの底から意識を浮上させた。

 それは微睡みを楽しむ様な甘く心地よいものではなく、意識がはっきりするにつれて不快感は増してゆく。

 胃は鉛を流し込まれたかの様に重く、吐き気が蛇の如く腹の底をズルズルと這いずり回っているようだ。

 そして極めつけは眉間とこめかみを抉るような頭痛。思わず呻き声を挙げて顔を両手で覆う。

 痛みから重く感じる頭と、気持ち悪さを増してゆく身体の調子に雄真は顔をしかめると、ゆっくり身体を起こしてベッドから抜け出す。

 腹に居座る吐き気や極度の頭痛だけが不快感の原因ではなく、寝汗によってぐっしょり濡れている寝間着や下着もその一因のようだ。

 雄真無言で上着を脱ぎ捨てると、衣装ケースから新しい寝間着一式と下着を取り出す。

 いくら室内とは言え、二月の真夜中は肌を長時間も晒して平気でいられる温度ではない。 

 雄真は手早く汗を拭きとって寝間着を着込むと、そのままベッドに倒れ込んだ。

 未だに腹の底にある吐き気に眉根を寄せながら身体を丸める。 

 ゆっくりと深呼吸を繰り返し、眉間を抑えながら吐息。

 

「最近は……なかったんだけどな」

 

 随分と昔の話なのに、と言う零れ落ちる様な呟きは、誰に聞かれる事もなく暗い部屋へと消える。

 脳裏に鮮明に思い出される燃える世界。

 鮮烈で毒々しいまでの赤、朱、紅、緋。

 鼻を突く強烈な臭いも、肌を焼き尽くす暴力的な熱も、確かににじり寄ってくる死の足音も鮮明に思い出される。 

 覚えているというレベルでは生ぬるく、それは確かに雄真に刻み込まれているものだ。

 脳裏をチラついたその光景に、更に不快感は増した。

 雄真は蹲ると、再度深呼吸を繰り返して気分を落ち着かせることに努める。

 十三年前の大災害。 

 未だに心に深く根ざす忌まわしい幼少の記憶。

 小学生時代は赤い世界の悪夢に随分と悩まされたが、中学に上がるくらいには収まっていたはずだ。

 中学校を卒業するころには、完全に過去の記憶として決別を果たしていたと思っていたのだが、と雄真は視線を部屋へと動かす。

 だいぶ暗さにも慣れてきたのか、薄暗い中でも見慣れた部屋の風景が分かる。

 視線は机の上のデジタル時計へ。時刻は午前一時半を回ったところだ。

 そして視線は現在時刻から隣に置かれた六つの小包へ。

 小奇麗にラッピングされたそれらは、もはや日本では二月の風物詩と言っても差支えがない。

 バレンタインデー。

 チョコレート。  

 総獲得個数六個という数は、男としてはなかなか良い成績ではないのだろうか、と思う反面、半分が身内(と親友)である為その心境は複雑だ。 

 残りの三つは確かに高校の女子生徒からだが、うち二つは偶然の産物であり、残りの一つは義理もいいところである。

 つまるところ、身内票といわゆる“棚ぼた”を除いたら一つ。

 自分自身の今年の反省をしながら、雄真は高校の女子生徒の顔を思い浮かべる。

 

「……『魔法使い』か」

 

 思い浮かんだ女子生徒の顔はいずれも『魔法使い』と言うものだ。

 

「多分、夢もそのせいなんだろうな」

 

 残る不快感を飲み下す様に呟くと、雄真は再び布団をかぶって目を閉じる。

 魔女や魔法使いならまだしも、魔法や魔術や奇跡や神秘に関係のない一般人はまだまだ眠る時間だ。

 

 
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