No.452158

【ST2】新刊無配「FakeAngel」本文サンプル【緑高】

アキさん

7/15のオンリーイベント、ShadowTrickster2(スペースno.K34)にて頒布予定の新刊「FakeAngel」(A5/16P/無配)緑高本の本文サンプルです。非常に薄いですが、無配本も何とか書けました。四時間目の授業途中、具合が悪いと突然保健室へ行ってしまった高尾。朝から一緒に居たはずなのに、何も気づけなかった緑間は自責の念でいっぱいだった。昼休み、急いで保健室へと向かうのだが……? というお話。いちゃいちゃしてます。

2012-07-13 18:52:05 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:3276   閲覧ユーザー数:3262

「すんません、先生。ちょっと保健室行って良いっすか」

「ふむ。確かに辛そうだな。保健委員、連れてってやれ」

「一人で大丈夫っすよ」

「その顔色じゃそうもいかんだろう」

 気付かなかった――気付けなかった。

 眉間にいつもの倍皺を寄せた緑間は、周囲へ極力聞こえないように口内で舌打ちする。

 今朝、リアカーを引いて自転車をこいでいたときも、朝練の間も。

 同じ教室で約四時間強、前後に並んだ席で授業を受けた午前中も、その合間にあった休み時間も、ずっとずっと。

 判らなかった要因の一つに、今日は午前中教室移動が全くなかった所為もあるかも知れないが、あの飄々とした人を食ったような態度は一貫して崩れることなく、体調の悪さなどひとかけらも感じさせなかった――そう、自分にすら一切。

「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ。真ちゃん、あとでノートよろ」

 片手を挙げていつものようにヘラッと笑い、保健委員に肩を預け、もたれ掛かかりながらおぼつかない足取りで教室を出て行く高尾の背中を、ただ眺めることしかできないのが歯がゆい。

 保健委員であるクラスメートを恨むのはお門違いだと重々理解しているが、今日、この日の為に保健委員へ立候補しておけば良かったと、その肩書きがない自分を恨めしく思ってしまう。

 もっとよく高尾の様子を察していれば、四時間目が始まる前――いやそれよりもっと早く、自分の手で保健室へと連れて行くことが出来たのだ。

「……あの馬鹿が」

 何故言わなかったのだよ、と気づけなかった自分を棚に上げ小声で文句を吐いた緑間は、己の不覚さに言いようのない苛立ちを覚え、シャープペンを握る手に力が入る。

 力が入りすぎたのか、ぱき、とシャープペンの芯が折れてしまい、苦虫を噛み潰したように緑間はシャープペンの頭をノックした。

 仕方が無い。チャイムが鳴るまで、あと三十分。

 今の緑間に出来ることは、頼まれたとおり四時間目のノートを完璧に取ることだった。

 いや、そもそも高尾の件がなくとも緑間はノートを取るのにも人事を尽くすし、特に頼まれずとも、クラス内の誰もが垂涎の的とする、常に学年上位の成績をキープする緑間真太郎のノートを貸してやったのだが。

 はあっと深くため息を吐いて、緑間は片肘を着き、掌に顎を乗せた。

 前方にいつもの気配を感じられないというだけなのに、どうにも落ち着かない。ぽっかりと空洞が出来てしまったようだった。

 教師が板書している隙を狙って何かとちょっかいを出してくる高尾の存在がなければ、もっと授業に集中できるのに思ったことがこれまで幾度もあったが、実際に高尾がいないとなると全く逆の状況になってしまった自分には、内心苦笑せざるを得ない。

 高尾はまるで、おは朝占いとラッキーアイテムのようだと緑間は思う。

 毎日姿を確認しないでは居られないし、傍にあるだけで心が安らぐという、緑間にとってなくてはならない存在になっていた。 

 秀徳バスケ部内の一年生レギュラー同士でクラスメートというから関係から、同性ながらも恋人同士へと発展して約一ヶ月が経つ。

 感情を上手く言葉に表すのは苦手な性質なので、おそらく高尾には十分の一も伝わっていないだろうが、その間、緑間の中で高尾への想いはそれなりの大きさに育っていた。

 だがそうと己で自覚する以上に、緑間にとって高尾という存在は大きなものになっていたらしい。

 がらりと再び教室のドアが開いて、戻ってきた保健委員が数学教師に高尾の病状を告げる。どうやら頭痛が酷かったようで、保健医が暫く休ませると判断したらしい。

 授業の再開と共に再びノートを取り始めた緑間は、ちらりと教室の前方に掲げられた時計を忌々しげに見上げた。

 一秒一秒正確に時を刻む秒針が、今日に限ってやたらとゆっくり感じられる。

 これまで生きてきた中で、バスケの試合中以外では、最も長く感じる三十分となりそうだった。

 

 

 

 心から待ち詫びた四時間目終了のチャイムが鳴り響いた瞬間、緑間は机に広げていたノートと教科書を筆記具と共に素早く仕舞い、教師が教室を出て行くよりも先に席を立った。

 クラスメート達の奇異な目など意にも介せず、今日のラッキーアイテムであるハンドクリームを握りしめ、足早に保健室へと向かう。

 比較的校舎の端に位置する保健室に辿り着いた緑間は、ドアに掛かけられていた、保健医不在と書かれた札を軽く持ち上げた。

 もしや保健室は無人で施錠されているのだろうかと思いながらドアを引くと、意外なほど簡単に開いた。

 中で休んでいる人間が居るならば不用心な行為だが、おそらく保健医はすぐ戻ってくるつもりで不在の札をかけて出て行ったのだろう。

「失礼します」

 高尾の他にも寝ている生徒がいる可能性も鑑みて、緑間は比較的静かな声音で入室を知らせた。

 当然と言えば当然なのだが、一般の教室とは異なる消毒液の香りがする保健室はシンと静まり返っていた。

 もしや高尾もすでに教室へと向かっていて入れ違いになっただろうかと軽く首を傾げたが、ふとベッドに視線を流すと、二つあるうちの一つがカーテンで閉じられている。

 どうやら誰かが寝ているのは確かなようだった。

 ベッドの足そばに揃えられた上履きが高尾のものだと確信した緑間は、忍び足でベッドへと近づいてゆっくりカーテンをめくった。

「…………」

 案の定そこに居たのは高尾に間違いなく、心地よさそうに静かな寝息を立てている。

 寝顔から苦しそうな様子は見えず、先ずはホッと安心する。

 起こすつもりは毛頭無かったのだが、人の気配に敏感な高尾の感覚を誤魔化すのは、例え寝ている間でも無理だったようで「ううん」とどこか甘さを感じさせる声音と共に高尾のまぶたが重たげに開いた。

「ふあ……あれ、真ちゃん」

「起こしてしまったか」

「あー……そっかもう昼休み?」

 ふわああ、と大きな口を開けて欠伸をした高尾はいかにもまだ眠たそうで、しょぼしょぼとした目を擦っている。

 その仕草がどことなく幼子のようで、普段の飄々とした印象とのギャップに、緑間は視線を縫い付けられたようにじっと見つめていた。

 合宿で寝食を共にした仲ではあるのだが、あれは付き合う前の話であって、こういう間柄になってから改めて高尾の寝顔を、起き抜けの顔を見るのは初めてだった。

 そうと意識して眺めると――可愛い。

 同性の、しかも自分と比べて幾分小柄とはいえ、一般男子高校生としては身長も体格も標準以上を備えたスポーツマンである高尾に対して使う言葉としては、適正ではないのは判っている。

 だが、可愛い。何とも言えず愛らしいとしか思えず魅入ってしまうのは、惚れた者の欲目なのだろうか。

「何。真ちゃん、どーしたの」

 首を軽く傾げて、怪訝そうにこちらを見上げる高尾の視線に、思っていることを見透かされたような気がして珍しく狼狽えた緑間は、小さく深呼吸をしてから眼鏡の位置を正した。

「いや、何でも無いのだよ」

 動揺を悟られたいと思わなかったのでそれ以上の説明は避け、背もたれのない見舞い者用の椅子に腰掛けた緑間は右腕を伸ばし、ほんのりと汗で湿った高尾の額に手を置いた。

「熱はないようだな」

「あー、計ったけど平熱だった」

「そうか。具合はどうだ」

「軽く寝たおかげでだいぶ良い」

「ならば良かったのだよ」

 そのまま髪を梳くように頭皮へ指腹を滑らせると、くすぐったそうに首をすくめる。

 降って湧いた悪戯心で耳裏を指先で撫でると、緑間の指から逃れようと高尾が軽く頭を振った。

「ん……何すんだよ。くすぐったいっての」

 鼻に掛かった甘え声で笑う高尾を見ていると、ふつふつと男の本能が体の奥で蠢くのが判るが、いつ誰が入ってくるか判らないし保健医もいつ戻るかという昼休みの保健室で、世間的に言う友人の範疇を超えた行為は不味いだろうと己に自重を言い含める。

 ――そもそもキス自体まだ数回しかしていないし、それも軽く触れるだけのものという、至極プラトニックから半歩踏み出した程度の関係なので、脳内に描いた行為は緑間にとって完全に未知の世界であるのだが。

 だがこちらの心中を知りもせず、撫でていた手を取った高尾がそれを頬へと運び、幸せそうな笑顔ですりすりと頬ずる。

 柔らかな高尾の頬の感触が手のひらから伝わり、子猫が甘えるような様子に、愛しさと共に気恥ずかしさが緑間を支配した。


 
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