No.448743

真説・恋姫†演義 異史・北朝伝 第七話「銀の妖精」

狭乃 狼さん

移植の八つめです。

内容はもうタイトルどおり、“あの子”の登場回ですw

であw

続きを表示

2012-07-08 02:37:37 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:4207   閲覧ユーザー数:3118

 

 黄巾軍の蜂起から、一月近くの時が流れた。

 この間、大陸各地では黄色い暴徒と化した多くの民達が、瞬く間に各地を縦横無尽に席巻。唯一の例外である益州を除き、乱は大陸全土で暴風となり、多くの被害を出し続けていた。

 これに対し、時の朝廷である漢王朝も、大将軍である何進の号令一下、その討伐と鎮圧へと、乱の勃発から一月にして漸くその重い腰を上げはした。

 しかし、既に腐敗が広く進んでいた官軍は、その実力たるや民の集まりである黄巾軍とほとんど変わらないレベルのものでしかなく、その上、士気という点では黄巾軍の方が官軍のソレを遥かに上回っていたという事もあり、一部を除いたほとんどの将軍の率いる官軍は、黄巾を相手に各地で連戦連敗を喫し続けていた。

  

 そんな状況の中、実際に各地で黄巾軍を相手に奮闘し、その鎮圧に功を為していたのは、それぞれの地を直接治める、各地の太守たちであった。

 幽州では、牧であった劉虞亡き後、北平の太守である公孫賛が、古い学友である劉備という人物の率いる義勇軍とともに、黄巾の将を何人か討ち取ると言う手柄を立てており。

 兗州を中心とした中原地方では、陳留の太守である曹操が、まさしく八面六臂の大活躍を行い、その力をまざまざと見せつけ。

 荊州方面では、鬼神もかくやの活躍を見せた長沙の太守孫堅と、その補佐的立場に立っていた南陽の太守袁術の手によって、黄巾の勢いを大きく削ぐ事に成功し、その勢いは揚州方面にまでその威を轟かせても居た。

 一方で、漢朝にとっては辺境の地と言う認識しかない涼州方面でも、黄巾軍の活動は広く行なわれており、それを何とか制していたのは、西涼の豪族達をまとめる馬騰のその手腕による所が大きかったといえる。

 そして、一刀達の治める鄴を含んだ冀州方面であるが、正直な所、この地方が大陸では最も黄巾の活動が活発な所であった。

 その際たる理由としては、同州の南皮という地を治める袁紹に、その一端があった。

 袁紹と言う人物は、見た目の派手さにのみ主眼を置いた政を普段行なっているため、確かに、大きな街や街道などは綺麗にというか、少々華美な位に整理されているのであるが、普段はあまり目立たない小さな邑の農園や、その周辺の整備などは一切と言って良いほど行われて居ない。

 そのため、そう言った不遇な場所に住む若者達が、統治者である袁紹に大きな不満を持ち、黄巾軍に参加したとしても、誰にもそれを咎められなかったのは、仕方ないと言ってしまえば仕方なかった事かもしれない。

 

 なお、その不満の対象となっている袁紹本人は、その事にまったく全然気付いておらず、腹心の部下である顔良が時折その事を言外に匂わせながら、施政方針の転換を主君に諭そうと、一応試みてはいるのだが。

 如何に腹心の部下であろうと、自分が直接目立てない方策などは、袁紹にとっては馬耳東風、馬の耳に念仏でしかなく、顔良の台詞の全てを右から左に聞き流し、ただ、名誉と言う名の虚飾にばかりその目を向け、如何にして華麗に、そして優雅に、賊を討伐して名門の名に更なる箔をつけるか、その事だけを気にし続けていたのであった。

 

 そんな袁紹の施策に対する失策のとばっちりをまともに受けているのが、誰あろう、新たな鄴の太守になった一刀とその仲間達なわけで。

 黄巾軍の蜂起以降、一刀達が討伐、もしくは鎮圧して来た賊達は、その八割方が袁紹の領地方面から移動してきた者達ばかりであった。しかも、その彼らは袁紹領から追われて逃げてきたと言うわけではなく、あらかた好き放題に暴れきって後、次なる獲物を求めて一刀らの統治領内へと入り込んで来るのである。

 それゆえ、その士気は旺盛で、何より高揚状態のまま、勢いに任せて進撃してくるので、数では圧倒的に劣る一刀達は、一分たりとも気を抜けない状態での戦いを、出撃のその度に余儀なくされていた。

 だからと言うのを、一刀らはその理由にするつもりなど到底ないが、それでも、わずかばかり気を緩めてしまった事で起きた、起きてしまった事件があるのも、また事実である。

 

 それは、乱が勃発して丁度、半月目の日の事だった。 

 

 

 

 (……まるで人形のようだな)

 

 その少女を初めて見たとき、彼、一刀はまず率直にそう思った。

 

 その色鮮やかな銀の髪とは裏腹に、氷の彫像のように無表情なままのその顔。年齢は十七歳だと聞いているが、とてもそうは思えないその大人びた顔。その瞳はどこかうつろで、まるで生気というものを感じさせていない。

 

 「…………」

 

 ただ、その瞳の奥には、何か強いものが宿っている。それが何なのかはわからないが、少女にはまだ、生きていく“意志”があることだけは、一刀にも理解することができた。

 

 「……それで、輝里?彼女、何か話したかい?」

 「……いえ。けど、無理もないと思います。……目の前で一家を、あんな、惨たらしい“殺され方”をされては」

 「……だな」

 

 それは、この三日ほど前。

 

 鄴の街から少し離れた小さな町を、いつも通り袁紹領から流入してきた黄巾賊が襲撃したとの報せを受けた一刀たちは、すぐにその討伐に向かい賊を見事に壊滅させた。だが、それまでの疲労がかなり蓄積し、そのため僅かばかり出陣が遅れてしまったこの時ばかりは、町の被害を完全に抑えることは出来ず、町の者たちに少なからぬ被害が出てしまった。

 

 その被害者の中に、件の少女がいた。

 

 おそらくは、少女の親兄妹であろう、すでに事切れた者たちに守られるようにして、少女はそこにいた。……感情というものが、すべて抜け落ちたかのような、うつろな表情で。

 一刀たちはその少女を、自分たちで引き取ることにした。

 町の者たちに話しを聞いたところ、少女の身寄りは、この時殺された家族ですべてとのことだった。天涯孤独になったその少女を、一刀たちは見捨てることがどうしても出来なかった。――自分たちと、“同じ境遇”になってしまった、いや、してしまったその少女を。

 そうして三日が経ち、身体の方は軽症ですんでいたその少女が、徐庶に連れられて城下の病院から退院し、一刀の下へとやって来たのである。

 

 「体のほうは、もう何の心配もないそうや。あとは、心の問題やて、お医者はんは言うとったで。……せめて、名前ぐらい教えてほしかったんやけど、何を聞いても何の反応もないから、医者も困っとったわ」

 「……そっか」

 

 姜維の台詞に頷くと、一刀は徐庶のその手を強く握り締めている、少女のその傍に歩み寄る。

 

 「……」

 

 少女の前に屈み、その、色を失った瞳をじっと見据える。そして、その眼前に握った拳をかざす。

 

 「……?」

 

 それにわずかに反応する少女。そして、一刀がその手をパッ、と開くと。

 

 《ぐるっぽー》

 

 「!」

 

 どこから取り出したのか、一羽の鳩が、一刀の手の上で鳴いた。

 

 「……驚いたかい?ああ、妖術なんかじゃないよ。ちゃんとタネのある手品さ。……名前、聞いてもいいかい?俺は北郷一刀。……君は?」

 

 少女に優しく微笑み、一刀は少女にその名を尋ねる。すると、その微笑を見た少女は、どうにか聞き取れるかどうかと言う、そんなか細く小さな声で自らの名を呟いて見せた。

 

 「……い」

 「ん?」

 「……姓は、司馬。……名は、懿。……字は、仲達……」

 「…………へ?」

 

 その、まったく予想だにすらしていなかった名に、その時一刀の頭は完全にその思考を停止させてしまっていた。

 そして、その衝撃の出会いから十日ほど経ったある日の事。

 

 

 「……にしても、あの娘がかの司馬仲達とはなあ……。女性になっているであろうことは、ある程度予測はしてはいたけど、ギャップがありすぎだって……」

 

 一人つぶやく一刀。その視線の先には、兵の調練を行っている徐庶と、あの少女――司馬懿仲達の姿があった。

 

 (正史じゃあ希代の天才軍師と言われた、あの“諸葛孔明”のライバルでもあった人物、司馬仲達。それが、あんな幼く見える容姿の少女だって言うんだから、ほんと、この世界はわけわからんな)

 

 この世界の異様性は十分に理解していたつもりの一刀だったが、その認識が如何に甘いものだったかを、改めてしみじみと感じていたこの時の彼であった。

 

 「けど、その能力はやっぱり本物だな。わずか一月で、輝里を相手にいい勝負をしてる」

 

 眼下の練兵場で、実戦形式で陣取り合戦をしている二つの集団を見つつ、一刀は司馬懿のその采配ぶりに心底感心する。

 あれから後、なかなか口も心も開かない司馬懿だったが、たった一つだけ、彼女が強く願ったことがあった。

 

 「……私を、ここの将として、使ってください」

 

 それには皆、一様に驚いた。

 一刀からすれば、かの司馬仲達が、自分の仲間になってくれると言っているのであるから、これほど心強いことはなかった。だが、正史の彼女を知らない徐庶たちからしてみれば、司馬懿はまったく無名の人物に過ぎなかった。みな、危ぶみこそしたものの、一刀の台詞で不承不承納得した。

 

 「……彼女の意思は大事にしたい。それに、将としてでもなんでも、生きていく目的があるのは、彼女にとって良い事だと俺は思う。……何かあったら俺が責任を取るから、みんな、彼女を認めてあげてくれないかい?」

 

 そして、まずは将軍見習いという形で、司馬懿は一刀のその幕下に加わることになった。

 それから一月。司馬懿は見事なまでにその才を発揮、彼女の能力を危ぶんでいた徐庶たちも、思わずその舌を巻くほどにその能力に驚嘆した。

 政務、軍略双方において、その類まれなる才能を一同に示したのみならず、とくに彼女が秀でていたのは、情報の収集とその管理、そしてそれらから齎される的確な政策の指摘だった。

 雑多に、ただ無造作に集められただけの情報を細かく整理し、その中から必要なものだけを的確に拾い出して、もっとも適切な形にくみ上げる。無数に散らばったパズルのピースを、必要なものだけ瞬時に集め、瞬く間に一枚の絵を完成させていくように。

 

 『わあああっっっ!』

 「お。どうやら終わったようだな」

 

 思考状態に深く入っていた一刀の耳に、突如として入って来たその歓声。見れば、“司馬”と書かれたその旗を、徐庶率いる隊の兵が高々と掲げていた。

 

 「一応、輝里が勝ったか。……よし、俺もあっちに行くかな」

 

 模擬戦の終了を確認した一刀は、欄干を離れて練兵場へとその足を向けた。

 

 「はあ~。何とか勝てた……。なかなかやるね、仲達ちゃん」

 「……別に。負けは負けです。……あと、ちゃんはつけないでください。子供じゃないんですから……それじゃ」

 「あ……」

 

 徐庶の褒め言葉をさらりと聞き流し、無表情のまま、その場を去っていく司馬懿。

 

 「……悔しい、とか。そんな風に思わないのかな?……冷徹なのが、悪いこととは言わないけれど……」

 「……思ってはいるさ。けど、それを表にうまく出せないんだよ。……相当根深いな、彼女の“トラウマ”は」

 「一刀さん、見ていたんですか?……ていうか、虎と馬がどうかしたんですか?」

 「はは。……言われるとは思ってたけど。……トラウマ。心的外傷症候群、ってやつさ。簡単に言えば、心の傷ってこと。……子供の頃なんかに犬に追っかけられたりして、それ以来犬がだめになったりする人がいるだろ?」

 「……なるほど。それがとらうま、ですか。……あの子の場合は、それがかなり酷い、ということですね?」

 「ああ。……時間がかかるのはわかってるけど、何とか、彼女が笑っているところを、見てみたいな。……ずいぶん、可愛らしいだろうに、さ」

 

 少し離れたところを歩く少女の、その後姿を眺めつつ、一刀はそんな風につぶやく。

 

 「そう、ですね……。あ、でも、だからって、手を出しちゃだめですからね?」

 「……出しませんって」

 

 そんな二人のやり取りを遠目で見ていた司馬懿は、やはり表情を一切崩す事無く、ただ一言、か細い声でこう呟いていた。

 

 「……馬鹿」

 

 

 なにはともあれ、である。

 そうしてメンバーの増えた一刀ら鄴の面々は、それ以後も日々政務と黄巾の討伐とに追われ続ける、気の休まらない時を続けていく。

 そうして、乱の勃発から瞬く間に一年という年月が流れた。

 

 「瑠里、居るかい?」

 「……はい。なんでしょう」

 

 鄴城内の一室、司馬懿の執務室兼私室であるその部屋へと訪れた一刀を、部屋の主が言葉少なに迎える。

 部屋の主の許可をもらい、その扉を開けるなり一刀の目に飛び込んでくるのは、これまた相も変わらずな、一言で言えばカオスな風景である。床一面に散乱するのは、足の踏み場もないほど雑多に置かれた、大量の紙と竹簡。部屋の壁にも同様のそれらが、小さな釘のような物でびっしりと貼り付けられており、その下の土壁はほとんど見えなくなっている。

 

 「……って、瑠里?どこに居るんだ?」

 「……です……」

  

 声はすれども姿は見えず。

 なにやらか細い返事は一応、一刀の耳に聞こえてはくるのだが、その発生源となっている筈の人間の姿は、狭い部屋の中のどこを見渡しても、まったく見つけることができずに居た。

 

 「……ここです」

 「うおっ!?びっくりしたっ!」

 

 司馬懿の姿を見つけることが出来ず、部屋の中をきょろきょろと見渡していた一刀のすぐ傍、こんもりと詰まれた竹簡の山が急に動いたかと思うと、その中から彼の探し人である銀髪の少女が、ひょっこり首から上だけを出して一刀に声をかけてきた。

 

 「……不意をつけました……ぶい」

 「……ぶい、って……どこで覚えたんだよ、ブイサインなんて……」

 「……秦代の書物に書かれてました……喜びを表すものだと、そう書かれてましたが」 

 「……ちなみに、ソレの著者は?」

 「書かれてません」

 「さいですか……」

 

 なんで三国時代(いま)よりもっと古い時代の書物に、はるか未来というか、異国もいい所の出の筈の言動が書かれているのか、ここでまた一つ、一刀の中でのこの世界の七不思議が増えた瞬間だった。

 

 「……で?何か御用ですか?」

 「あ、ああ。……例のさ、由が集めた情報、そろそろ整理のついた頃かと思って聞きに来てみたんだけど、どうだい?進捗のほうは?」

 「……あとちょっと、ってところですね。後もう一つ、欠片が見つからなくて……三日ほど寝てません」

 「無理は禁物だよ?ちょっとは体を休めないと、みんな、心配するからね?」

 「……大丈夫です。……私には、これぐらいの事しか出来ませんから」

 「そんなことは無いと思うけどなあ」

 「……とりあえず、情報の整理がつき次第、ご報告にあがりますから、それじゃ」

 

 すぼ、と。一切の感情を表に出すことも無いままに、司馬懿はそれだけを一刀に言うと、再び竹簡の山の中へと潜りこんでしまう。

 司馬懿が一刀の下に仕官して後、此処までに紆余曲折こそ多々あったれど、真名を交わすまでには司馬懿との間に信頼関係を構築する程には、一刀達も出来てはいた。しかし、その彼女の方は未だに何処か人生を達観したような、もっと端的にいえば、まるで生に執着していないような、そんな傍目には無気力とも取れるような感じで日々を過ごしていていた。

 仕事以外では必要以上に人と交わるような事もせず、朝議や重要な会議、そして定期の調練を除けば、彼女はほぼ日がな一日、海の様に自室に拡げられた竹関の中に埋もれて過ごしているのである。

 

 「……こりゃ、まだまだ時間がかかりそう……かな?」

 

 頭をかきながら一刀は二つの意味でそんなことを呟きつつ、竹簡の海の下をまるで魚が泳ぐようにして、すいすいと動いている部屋の主の少女の事を気にはかけながらも、仕事の邪魔にならぬよう、そのまま外へと出て行くのであった。

 そして、そんな司馬懿からの報告が朝議にあげられ、黄巾軍に関する重大な報告が行なわれたのは、それからさらに三日ほど後のことであった……。

 

 ~続く~


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
47
6

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択