No.447686

真・恋姫無双 ~七夕物語~ 第2夜

布団さん

ありふれた物語です。

でも、だからこそ書いてみたいと思いました。

2012-07-07 00:12:01 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2060   閲覧ユーザー数:1864

「-------殿っ、仲達殿ッ!!」

 

「は、はいっ、すみません!!」

 

耳元で聞こえた声に思わず条件反射で返事をした。

 

どれくらいの間、耳の傍で声を出されていたのか分からないが、

耳がキーンとなっている様子から察するに数秒の間の出来事という訳ではないらしい。

 

「全く、貴殿が居眠りとは珍しいですね。

確かに貴殿の忙しさは知っていますが、それでも人前でそういった姿を見せる性格ではなかったはずですよ」

 

「まぁまぁ稟ちゃん。こう天気が良ければ眠くなるのも仕方ないというものです」

 

「風、貴女からだけはその言葉を聞きたくないわ」

 

「…………ぐぅ」

 

「寝るなっ!!」

 

懐かしい光景だった。

 

どれだけ手を伸ばしても、どれだけ醜く足掻いても、届かなかった夢の果て。

 

それが今、目の前にあった。

 

「………風、稟」

 

口にするのはどれくらい振りだろうか。

 

余りの懐かしさに涙腺が緩む。

 

この瞬間をどれだけ待ったか。

 

しかし、その光景も一刀の放った一言で糸も容易く崩れ去った。

 

「仲達殿……今、我々の真名を呼びましたか?」

 

一瞬の静寂の後に聞こえたのは、さきほどまでの和やかな口調とは打って変わった、低く冷たい声だった。

 

寝たふりをしていた風に視線を移しても、そこにはこちらの心をどこまでも見通してしまいそうな軍師の目があるだけだった。

 

「い、いえそのですね……」

 

どうやら、この世界の一刀は仲達-----司馬仲達という設定らしかった。

 

そして重要なことに、”仲達”はまだ彼女たちの真名を預かってはいないらしい。

 

「ふうりん……そう、風鈴と言ったのですよ!!」

 

「ですからそれは、我々の真名で……」

 

「いえ違います。えー、そう。昔北郷殿に聞いたのです!!

天の世界では暑い季節になると、風鈴という道具を使うのだと」

 

我ながら会心の言い訳だと思った。

 

これならばいくらでも逃げ道ができると。

 

しかし、待っていたのは先ほどよりも重い沈黙。

 

見れば二人の表情は今にも泣きだしてしまいそうな悲しみに満ちていた。

 

再びやってしまった。

 

北郷一刀の名前は、彼女たちにはタブーだったのだろうか。

 

「……稟ちゃん。懐かしいですね」

 

「え?」

 

「風たちが最初にお兄さんと会った時も、確かこんな感じだったのですよ」

 

覚えている。

 

突然何も知らずに真名を呼んでしまい、危うく趙雲に殺されかけたのだ。

 

「そういえば……そんなこともありましたね」

 

「思えば、お兄さんとこの世界で一番初めに話したのは風なのです」

 

「そうだったかしら?」

 

「お兄さんの初めては風が奪ってしまったのです……」

 

「顔を赤らめて言うことではないでしょうに」

 

「おやおや、稟ちゃん。もしかして妬いているのですか?」

 

「そ、そんなことある訳ないでしょう」

 

「ふーーーーーーーーん」

 

「な、なんですか」

 

「いえ別に。ただ、そうなるとお兄さんと一番深く愛し合っていたのは風だったのかなと」

 

「なぜそうなるんですか!!」

 

「何事も最初が肝心なのですよ、稟ちゃん」

 

「意味が分からないわよ!!」

 

 

----そんな会話を続ける二人を見ていて、自然と笑いが零れた。

 

良かった。

 

彼女たちは一刀を忘れようとしていた訳ではなかったのだ。

 

辛い思い出として、覚えていたんじゃなかったのだと。

 

「仲達殿も何か言ってやってください!!」

 

「---え?」

 

「ですから、どこをどう解釈すれば彼女が一番一刀殿に愛されていたことになるのかと!!」

 

「稟ちゃん。仲達さんに話を振るのはズルというものです」

 

「えー、まぁそうですね。北郷殿は皆さんの事を等しく愛していたのだと思いますよ」

 

「むぅ……等しく、ですか?」

 

「えぇ、等しくですよ、程イク殿。でなければ、貴女方がこうして一人の殿方を好きになれているはずがない」

 

「「………」」

 

納得してくれたのか押し黙る二人を前に、ようやく胸を撫で下ろした。

 

「そうですね。一刀殿は愛に順列を付けるような人ではなかった」

 

「そう言われてしまっては、風も納得せざるを得ないのです」

 

どうやら無事にこの場は乗り切れたようだ。

 

そう一刀が油断した直後、二人はにこやかな表情で尋ねてきた。

 

「それで仲達殿(さん)、フウリンというのはどんな道具なのですか?」

 

余談だが、決して目の奥は笑ってなんかいなかった。

 


 
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