破壊と創造は表裏一体。
破壊なくして創造はあり得ない。
人間は創造などしない。
創造する全てが破壊である。
――115回目の〈俺〉――
◆ ◆ ◆
長身。筋肉質。
伸ばし放題の長髪。
周囲を威圧するかのような凶悪な面構え。
裸の上半身に直接着た制服。
それが、箱舟中学校第六十六期生徒会庶務職――阿久根高貴の出で立ちである。
彼を知らない者は地元にはおらず、教師陣はおろか警察ですら手におえないほど有名な札付きの
規律であろうと器物であろうと人物であろうと、徹頭徹尾、有象無象の区別なく潰して砕いて壊してのける。
しかし、彼は視界に映る全てを破壊対象と認識して破壊活動を行っているわけではない。
箱舟中学現生徒会長――球磨川禊。
阿久根高貴は、球磨川の従僕であり恐怖の具現であった。
与えられた任務を忠実に着実に確実に――ただひたすらにこなす狂犬。
ゆえに『破壊臣』。
畏れと恐怖を込められた異名。
侮蔑と怨憎に満ちた蔑称。
球磨川禊が生徒会長の座に居座り続けることができたのも、阿久根を従わせていたことが理由の一つとして挙げられる。
そして、もう一人。
幽鬼の如く揺れる痩身長躯。
あちこちに跳ねたウルフヘア。
柔和な、けれど信用できない笑顔。
制服の下に着込んでいるパーカー。
箱舟中学二年――垂水百済。
百済は少々風変わりな人間ではあったが、それなりに人脈があり孤立もしていなかった。
だが、生徒会に所属しているわけではなかったにもかかわらず、阿久根と並んで球磨川の部下――友人として一部の生徒や教師たちから危険視される場合が多かった。
阿久根の破壊活動の陰に潜み、表立って目立つような行動は滅多になかったが、常に裏から――ときには堂々と表から、鬼才に満ちた知略と真偽を織り交ぜた情報を巡らせては周囲に混乱と騒動を巻き起こしていた。
百済が球磨川に従っていると思われる理由は、引き起こす騒動の
また、百済本人が特に否定しなかったことも噂に拍車をかけた。
しかし同じ人間に従っているからといって、百済と阿久根の関係が良好だったとは決して言えない。
むしろ最悪と言えた。
水と油――否、火薬と火炎のような間柄であった。
阿久根が矛だとするのなら、百済はさしずめ盾か。
矛盾という言葉があるように、阿久根と百済は相容れず、事あるごとに衝突した。
あの『破壊臣』の対極に位置し、尚且つ先輩であり友人である球磨川を興味本位で騙し、裏切り、反旗を翻すことも日常茶飯事であった。
阿久根が球磨川のために何かを壊そうとすれば、百済があらゆる手を使って裏から阻んだ。
それを知った球磨川からの任務を受けた阿久根によって、徹底的に破壊されることも少なくなかった。
けれど、百済は決して直接的な復讐などは行わなかった。
弱かったわけではない。屈したわけでもない。
阿久根が徹底的に壊すことに執着しているのだとしたら、百済は徹底的に
その支離滅裂な行動と、息をするように偽りを撒き散らす言動。
ゆえに『詐欺師』。
追いかけられればのらりくらりと逃げ回り、捕まれば抵抗もせずにただ殴られる。
ゆえに『不戦主義者』。
そんな狂気に満ちた三人の――学校関係者たちにとって悪夢のような関係はこれからも延々と続くと思われていた。
黒神めだかと人吉善吉が入学してくるまでは。
◆ ◆ ◆
目を開けると、灰色の空が見えた。
今にも雨が降り出しそうな曇天。
そんな空の下、私刑の舞台としては定番である校舎裏で。
百済はいつものように破壊され、襤褸切れのように打ち捨てられていた。
全身の骨は余すとこなく徹底的に折られ、完治したとしても元のように動かせるかどうかすら危うい。
神経もイカレてしまったのか、もはや痛みすら感じることはなかった。
代わりに、煮え滾った釡のそこにでもいるかのような、とてつもない熱さが襲ってくる。
「……かははは、傑作だっつーの」
それでも百済は起き上がる。
おびただしい量の血液が噴出し、壁や地面を真っ赤に染める。
折れた骨が皮膚を突き破ろうが、内臓に突き刺さろうが関係ない。
常人ならば死んでしまうような大怪我だろうが、それでも自分は
正確には、死にはするが精神と肉体がその死に慣れて、順応してしまうのだ。
たとえ心臓が停止したとしても、たとえ脳髄が破壊されたとしても、人間はすぐに死ぬわけではない。
生と死の狭間で、ほんの一瞬――千分の一、万分の一秒にも満たない刹那に人間は死を自覚し、生きることを諦める。
精神が死ぬから肉体が死ぬ。
肉体が死ぬから精神が死ぬ。
それが生物にとっての本当の死だ。
しかし、百済のもつ『
不老不死などという、神のような能力ではない。
未練がましい、進化とすら呼べない醜い呪い。
傷が治癒するでもない。
痛みが和らぐわけでもない。
ただそのままの状態で生に縋りつき、あてもなく彷徨う
ぐじゅ、めぎっ、と一歩一歩進むたびに、全身から耳を塞ぎたくなるような音が生まれる。
遠くで放課後を知らせるチャイムが鳴っている。
どうやら三時間ほど気絶していたらしい。
ずるりずるりと足を引き摺りながら校庭を横切る。部活中だった生徒たちが悲鳴を上げるが知ったことではない。
百済が通った後には、手負いの大蛇が這いずり回ったかのような深紅の川が描かれていた。
水道を見つけ、蛇口の栓を全開にして頭から冷水を被った。
赤く濁った大量の水とともに、熱が流れて引いてゆく。
四肢から力が抜け、意識が再び水底に沈む。
そのまま、どれほどの時間が経っただろうか。
一時間か、それとも一分か。
長いような短いような、曖昧でぼんやりとした感覚だったが、とにかく誰かに揺すり起こされた。
「やあ、気分はどうだい?」
一人の女子生徒が、百済の顔を上から覗き込んでいた。
知人だ。
しかも、あまり会いたくない類の。
「……これで絶好調に見えるっつーんなら、あんたの目と頭と神経は絶望的ですよ、なじみ先輩」
「おいおい何度も言ってるだろ? 僕のことは親しみを込めて『安心院さん』と呼びなさい」
「呼び方なんざどうだっていいでしょ。そもそも僕はあんたと親しくなるつもりは毛ほどもねぇし」
安心院なじみ。
眉目秀麗、才色兼備を地で行く、箱舟中学生徒会副会長。
支持率0%で当選した球磨川と双璧をなす皆の友達、全校生徒の人気者。
生徒会の運営を一手に引き受ける、もう一人の支配者。
彼女がいなければこの学校は廃校になっていたと謂われるほどだ。
百済はどういうわけか、この少女が苦手で仕方がなかった。
容姿か、性格か、仕草か、人種か、それとも生き様か。
はっきりとした理由はない。
ただ、何故か好きになれないのだ。
「今日はまた手酷くやられたね。けどきみも大概にすべきなんじゃないか? 毎回毎回意味もなく球磨川くんを裏切って阿久根くんに壊されて。ひょっとして痛くされるのが好きな変態さんだったりするのかい?」
んなわけねぇだろ馬鹿かあんた、と百済は悪態をついて身を起こそうとする。だが、なじみに頭を押さえつけられて起き上がれない。
「おっとっとっと、まだ起きない方がいいぜ? 一応手当はしたけど本当なら病院どころか墓場に直行するような大怪我なんだから。まったくきみの身体のデタラメさには恐れ入るよ。まあ、僕にとっては役得なんだけど」
「だからってこの体勢はねぇだろ」
長椅子に寝かされて、膝枕をされている。
通りかかる生徒がこちらに手を振り、なじみが振り返す。
この姿を他人に見られるのはよろしくない。非常によろしくない。主に百済の精神面の問題で。
力が緩んだ隙を突き、一気に起き上がる。
なじみが少し残念そうな顔をしているが、こっちは全身に激痛が走ってそれどころではない。
「……真面目な話、いつまでそんな無茶を続けるつもりだい?」
うずくまった百済を見ながら、なじみが問いかけてくる。
「きみがやっていることは
「………………」
「球磨川くんには敵が多い。僕ときみと阿久根くんを除けばほぼ全員が敵と言っていいだろう。当然、復讐や闇討ちをしようとする連中も増えてくる。そうなれば危険なのはいったい誰だい? まず間違いなく、球磨川くんを狙った奴は再起不能になるぜ。阿久根くんが出張っていって壊し回るのはまだ救いようがあるマシな方さ」
けどね、となじみは一旦言葉を区切り、
「球磨川くんが自分で動きだしたりなんかしたら笑えない冗談どころじゃ済まないぜ? 下手すりゃ廃人の山が校庭にいくつも出来上がる。百済くん、きみはそれを危惧しているんだろ」
断言するなじみに、しかし百済は答えない。
「阿久根くんが暴力装置なら百済くんは安全装置かな? 要は適度なガス抜きを目的としたパフォーマンス。球磨川くんを裏切ればこうなる、敵対すればこうなる。生贄役を買って出て実演して見せつけているんだ。本当にどうしようもないお人好しだぜきみは」
「……うるせぇよ」
実際、なじみの推測はおおむね当たっている。
だが、百済は決してお人好しでもなければ善人でもない。
見知らぬ誰かを守ろうなどとは考えていない。
赤の他人がどうなろうが知ったことではない。自分の周りで誰かがどうにかなるのを見るのが嫌なだけだ。
それに――
「それに、きみの幼馴染たちも関係してるんだろ? ほら、噂をすればだ」
つい、となじみは白く細い指を廊下の奥に向けた。
そこにいたのはこの数年で美しい成長を遂げたツインテール頭のめだかと、なぜか髪を黒く染めてオールバックにした善吉(?)だった。
めだかはいつものように凛とした表情なのだが、善吉の方はというと、噛みつかんばかりの勢いで何かを訴えかけているように見えた。
内容は聞くまでもない。
めだかの全身に巻かれた包帯がすべてを物語っている。
「めだかちゃん、だったっけ? 球磨川くんが今狙っているのはあの子のはずだろ?」
その通りだ。
一週間ほど前から、めだかは阿久根の襲撃を受けていた。
どのような理由があってそんなことになったのかは、百済にもわからない。
ただ言えるのは、めだかが球磨川の悪意の標的に選ばれてしまったこと。
そして一番厄介なのは、めだか自身、阿久根の人間性も暴力もまったく意にも介さなかったということだ。
いくら壊されても、次の日には遅刻もせずに平然と登校する。その次の日も、次の日も、次の日も。
破壊臣にも壊せない女子として、日を追うごとにめだかは有名になっていく。
いい加減、球磨川の目を自分に引き付けておくのも限界だった。
めだかと善吉は、そのまま角を曲がって姿を消した。
垣間見えた善吉の顔は、さながら修羅のようであった。
学園中でくすぶっていた火種は、すでに炎となって激しく燃え上がっている。
「……ったくどいつもこいつも我が強くてメンドクセー奴ばっかだ」
生徒を守り、めだかを庇い、善吉を抑え、阿久根を救い、球磨川を止める。
あちらが立てばこちらが立たず。
無理難題もいいとこだ。
「メンドクセーよ、本当に」
百済は確信する。
近いうちに、惨劇が起こると。
◆ ◆ ◆
「……うわぁお」
生徒会室にはまだ人が残っていた。
しかも今の百済にとって鬼門でしかない二人。
「『あっ』『百済ちゃんお帰りー』『今日はいつもより遅かったね?』『高貴ちゃんに念入りにってお願いしたからかな?』『まあどうでもいいよね』『だってこれはお仕置きなんだから』『僕の友達なのにいっつもいっつも裏切ってさぁ』『さすがに友達思いの僕でも腹に据えかねるぜ?』『だから――』」
「『だから僕は悪くない』ってか? どの口が言うんだか」
カチャカチャと知恵の輪を弄りながら球磨川禊は笑った。
百済は改めて、球磨川について考察する。
箱舟病院の検査室の前で出会ったこの過負荷は、百済が入学したときには既に生徒会長として君臨していた。
どんな手を使ったのか、どれほどの犠牲があったのか。学園の連中は教師を含め、誰一人として口を開こうとはせず、無理にでも忘れようとしている。
中には反球磨川派と名乗り対抗する集団もいたらしいが、その全てか阿久根に殲滅された。
まあ、そんな過去は百済にとって取るに足らないどうでもいいことなのだが。
他人の不幸を望むこと以外は基本的にジャンプを愛読する中学三年生でしかない。
「つかお前、仮にも受験生だろうが。こんなところで知恵の輪なんぞしてていいのかよ」
妙なところで世話を焼く百済であった。
「『いいんだよ百済ちゃん』『どんな学校だろうが僕にはあまり関係ないからね』」
結局全部滅茶苦茶になるし、と球磨川は付け加えた。
「ああそうかよ――っと」
百済はその場に倒れこむようにして、背後から襲ってきたパイプ椅子の襲撃を回避した。
「……チッ」
「高貴よぉ、さっきといい今といい、人を殺しかけといて舌打ちはねぇだろ」
「だったらさっさと壊れやがれ」
「御免被るっつーの」
両者はしばらく睨み合っていたが、阿久根の方が先に折れた。乱暴な動作で扉を開け、生徒会室を出ていく。
その様子を見て、球磨川が言う。
「『……高貴ちゃんもそろそろ限界っぽいなー』『めだかちゃんっていくら壊しても壊れないからさあ』『破壊臣の名も地に堕ちたって感じなんだよねー』」
「お前が命令したことだろうが。他人事みてぇに傍観してんじゃねぇよ」
「『えー?』『僕はめだかちゃんみたいなおてんばな子は』『この学園にふさわしくないんじゃないかなあって言っただけだよ?』」
「……ハッ」
よくもまあ臆面もなく言えるものだ。
初めて会った時から全く変わっていない。いや、むしろ悪化している。
「禊、やっぱ僕、お前のことが大嫌いだわ」
「『やだなぁ百済ちゃん』『僕のことは憎しみを込めてみーちゃんって呼んでくれよ』『僕ときみの仲じゃないか』」
「勝手に言ってろ人類最低」
「『勝手にしてるよ人類最狂』」
と、そこで百済の携帯に着信があった。
メールの差出人はなじみだった。
百済は眉間にしわを寄せて液晶画面を凝視していたが、携帯を閉じると、
「悪ぃ、急用ができたんで帰るわ」
「『何かあったの?』」
「……始まったんだよ。色々とな」
それだけ言い残し、百済は生徒会室を後にした。
◆ ◆ ◆
そして百済は再び校舎裏に戻ってきた。
「百済くん、こっちこっち」
植え込みの陰でなじみが手招きをしている。
彼女には善吉の監視と、いざという時の連絡を頼んでいた。
「……連絡どーも」
「この貸しは大きいぜ?」
「昼メシくらいなら奢らせていただきますよ」
溜め息を吐きつつ、なじみとともに事態を観察する。
めだかの存在は、同時に阿久根の凋落を意味していた。
つまり、百済が最も危惧していたこととは。
「俺の幼馴染を散々いたぶってくれたことについて、なにか言うことはありますか? 阿久根先輩」
阿久根に対する、集団での報復だ。
球磨川は存在こそ恐れられてはいるが、実際に行動を起こしていたのはすべて阿久根だ。必然的に、積み重なった恨み辛みは
満身創痍の阿久根を取り囲んでいるのは、球磨川――というより阿久根に恨みを持つ生徒たち。
善吉は殺気立つそれらの生徒たちをまとめ上げたのだ。
「なんともまあ、見上げた統率力だね。人吉くんにこんな才能があったなんて驚きだぜ」
「なんて感心してる場合じゃねぇけどな」
飛び出して善吉を止めることは簡単だが、それでは問題を先延ばしにしているに過ぎない。
善吉が納得するような、完全無欠の解決策。
ないことも、ない。
「……気ぃ乗らねぇけど、あの手しかねぇか」
百済は携帯を取り出し、誰かにメールを送った。
「あとはまあ、なるようになるしかねぇさ」
善吉の問いかけに阿久根は黙り込んでいたが、やがてゆっくりと、
「ねーよ。俺には何もない。空っぽなんだ」
口を開いた。
「………………あっそ」
怒りに満ちた善吉の拳が、阿久根に襲い掛かる。
しかし、
「やめんか馬鹿者!!」
疾風の如く現れためだかによって、顔面を思い切り蹴り飛ばされた。
「おー、黒神ローリングソバットってか?」
「暢気だねぇあんたは。つか来るの早すぎだろ」
メールを送ってから一分も経っていなかった。
隠れた百済たちには気付くことなく、めだかは鋭い眼光で生徒たちを睨み付けた。
「メールを読んで駆けつけてみれば……貴様たち、ここで一体なにをしている?」
それに続く言葉は、善吉が蹴り飛ばされた衝撃すらも掻き消すものだった。
「たとえどんな理由があろうとも! 弱い者いじめは許さんぞ!!」
あと髪戻せ! なんだそのオールバック! というめだかの意見には、百済となじみも揃って頷いた。
まさか当事者が助けに来るとは思わなかったのだろう。生徒たちは皆唖然としている。
ともあれ、上手くいったようだ。
他ならぬ
これが、百済の用意した解決策だった。
百済はその場から立ち去ることにした。
「もういいのかよ?」
なじみがついてきながら問うてくる。
「後は僕らにゃどうでもいい問題だろうし、それに――」
「それに、なんだい?」
「お気に入りの玩具を取られた
後日、善吉から阿久根が改心したことを伝えられた。
それを切っ掛けに、球磨川とめだかの間には決定的な溝が刻まれることとなる。
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第六話