No.436115

第十話~マーティン・セプティム~

紫月紫織さん

PC・XBOX・PS3のゲーム、オブリビオンのMOD詰め込み状態のノベライズです。

2012-06-12 09:46:23 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:709   閲覧ユーザー数:708

 マティウスに協力し、街に残った化物を退治しつつ伯爵の住む城へと向かう。

 その道中、衛兵達は次々と化物に殺されていった。

 やっとたどり着いた伯爵の城の中も化け物だらけで、生きている衛兵などは見つからなかった。

 見つかったのは、遺体とも骸とも呼べない人間の残骸のようなものばかりだ。

 城の入り口を守るべくマティウスが城門に残り、私は一人で場内へと突入していた。

 そう、城門に着くまでの間に、私とマティウス以外の衛兵は皆死んでしまった。

 敵の数が想像よりも遥かに多かったこと、そして衛兵の実戦経験が少なかった事が原因だろう。連携もままならぬうちに一人、また一人と倒れていった。

 マティウスは何も口にしなかったが、その内面にどれだけの感情が渦巻いているのか想像に難くはない。

 私が一人城内に踏み込むと、中は熱気と煙に包まれていて、満足に視界も確保出来ない有様だった。

 崩れた建物の隙間から煙が抜けているようだが、視界が晴れるにはまだしばらく時間が必要だろう。

「(こりゃ……生きとる者が居るか怪しいものじゃな……)」

 城内に残る化物を切り捨てながら奥へと足を踏み込む。

 城の一番奥、伯爵の私室と思われる方向を目指し進むと、微かに泣き声が聞こえた。

 耳を澄ませて、音に集中する。

 木製の家具が火で爆ぜる音の中に、微かに声を捉え、それを頼りに室内を進んでいく。

「誰か居る?」

 直後、瓦礫が崩れる音がして、その向こう側から人影が姿を表した。

 豪奢なローブを纏った人物、おそらく伯爵だろう。その隣に子供の姿があった。

「……君は?」

「助けに来たわ。道中の敵はあらかた片付けたけれど、この状況で悠長にしているわけにはいかない、早く来て」

 二人はやっと緊張が解けたのかふぅと息を吐く。

「ありがとう、助かった。ほら少年、泣くのはもうやめなさい。男の子だろう?」

「で、でも……ぉ」

「さぁ、早くここから出よう」

 そう言って少年の手を取って、私の先導のもとで歩き出した。

「少年、君に頼みがあるのだが」

「ふぇ? ぼ、ボクに?」

「そうだ。クヴァッチはきっとひどい有様になっているだろう。だが、希望を捨てずに、街を復興するのに力を貸してほしい」

 まだ災害も落ち着かないうちから復興の話をする伯爵と少年に呆れつつ、化物に警戒して瓦礫の少ない場所を歩く。

 私からすれば、背後の話しなどどうでもいい事柄だった。そもそも生還できるのかすらまだ危うい状況なのだから。

「復興は大変なものになるだろう、誰もが疲れてしまうかもしれない。でも、そんな時にもあきらめず、希望を捨てず、明日を見るんだ。泣くんじゃない、笑うんだ」

 少年が頷いたのが気配で分かった。

 同時に、別の気配を感じた。

「ふたりとも、私が合図したらこの部屋を駆け抜けなさい。城門の外へ出ればマティウスが居るわ」

「どういうことだ?」

「招かれざる客が居る、ということよ。行きなさい!」

 私が叫ぶのと同時に、崩れた瓦礫を吹き飛ばして、熊ほどの巨体を有した、炎をまとった狼とでも呼べばいい化物が乱入してくる。

 見ただけで、私にとって相性最悪の相手であるとわかる。

 地獄の番犬、とでも言えばいいだろうか。

 炎そのものが私達吸血鬼にとって苦手とするものであるが、それを身にまとっているとなれば、接触することさえ困難だ。

 冷気の魔法では相殺されて効果がないだろうと、雷撃の魔法で牽制しつつ注意を引く。

 伯爵はちゃんと隙を見つけて、少年を連れて走りだしていた。

「さて、犬コロ……私が相手よ」

 私めがけて飛びかかってくる炎をまとった狼を、背後に跳躍して身を躱す、それが失敗だったと悟るよりも早く、そいつは口から黒い炎を吐き出してきた。

「くっ!」

 とっさに冷気を纏う事でその炎を防ぐが、その炎の向こう側から襲いかかる鉤爪をよけきれず脇腹を切り裂かれ、壁へとたたきつけられる。

 自らが炎を纏っているということは、炎の中に飛び込んでも平気だということを失念していた。

 更に、壁へたたきつけられた私が床に落ちるまでの間に私へと肉薄したそいつは、私の腹を前足で踏みつけてくる。

 鉤爪が突き刺さり、その巨体の重さにより深く食い込む、驚くべき追撃の速さはまさに猟犬と呼ぶにふさわしい。

 炎に包まれた前足、そして内蔵に食い込む高温の爪が、私を内側から、そして外側からじわじわと焼いてゆく。

 激痛に意識が遠のきそうになり、そして激痛により無理やり意識を引きずり戻されるような、そんな痛みの渦の中、古い記憶が脳裏をよぎる。

 地獄の猟犬、ヘル・ハウンド。その身に炎を纏い、獲物を定めるとどちらかが死ぬまで追い続ける。

 弱点は……たし、か……。

 ヘル・ハウンドが私の喉元を食いちぎろうと、その牙をむき出しにする。

 私は残った力で刀を握り直し、全力でヘル・ハウンドを蹴りあげた。わずかに、数十センチも浮かべばそれで十分だった。

 鉤爪が内蔵を引っ掛けながらも抜け、拘束から抜け出す隙間が生まれる。

 ヘル・ハウンドの弱点──腹部の炎をまとっていない部位の奥に、心臓がある。

 その場所をめがけて刀を突き立てる。

 それが精一杯で、全身から力が抜けた。これでダメなら終わりだ。

 だが、その後ヘル・ハウンドは思ったよりあっけなく地に落ち、纏っていた炎は掻き消えた。

 緊張が解け、私も力尽きて床に倒れこむ。

 脇腹も腹も、酷い火傷だった。

 治癒魔法で表面だけでも治癒をして、せめて最低限立てるようになってから先に向かわせた二人の後を追う。

 あまり時間を開けるわけにもいくまい、出血こそ収まったものの、鉤爪でえぐられた腹の中は酷い吐き気をもたらしてくれた。

 忌々しいことだ。

 途中、何かが崩れるような振動が建物を襲った。嫌な予感がして道を急ぐと、道の真中で、瓦礫の前で少年が泣いていた。

 瓦礫に下半身を潰された伯爵が、それでも少年を宥めようとしていて……。

「泣くな……少年、約束を……覚えている、だろう?」

「……う、うぇ」

「クヴァッチを、頼む……」

 瓦礫をどかそうという気力も起きない、それほどまでに、救いようのない状態だった。

 伯爵が今も生きているのが不思議なぐらいに。

「そ、そこの……お嬢さん、この子を……そ……それと、これを……」

 伯爵が自らの指から外した指輪を私に手渡してくる。印章付きのその指輪は、街を象徴する大切なもののはずだ。

 執政にも使われるものだったと記憶している。

「……次の、伯爵が選ばれるまで、然るべき者に渡して……保管……」

 まるで目的を達したかのように、伯爵は息を引き取った。

 少年は、泣くのを必死に堪えて居るようで、私はその子を促して城門へと向かった。

 城門を出るとマティウスが剣を構え周囲を警戒していた。だがすでに残っている化物はいなくなっていたのか静かなもので、辺りには多数の化物の死体が転がっている。

 この全てを切り伏せたのだろう、人間にしておくには惜しい腕前だと、揺らぐ意識のなかでぼんやりと思考がめぐる。

「マティウス」

「おお、遅かったではないか! 伯爵は!? それに、その少年は?」

「……これを」

 マティウスに印章付きの指輪を手渡すと彼の表情が一変する。

「伯爵は……この子を守って瓦礫の下敷きに……」

「そんな……いや、そうか……この子を」

 受け取った指輪を握りしめ、泣くのをこらえている少年へと目を向けるマティウス。

 そっと、少年の頭を撫で、言葉を交しているようだったが、私の耳がその言葉を聞き取ることはなかった。

 近くの壁に寄りかかって立っているのがやっとの状態だからかもしれない。

 世界がひどく遠く感じられ、現実感が薄い……。

 確かなはずの足元は今にも崩れそうで、世界はこんなにも音がないものだったのかと疑いたくなる。

 それに、ひどく暗い……。

 まるで、まだ人間だった頃の夜暗の中に居るようで……。

「おい、大丈夫か?」

「……ぇ?」

 気がつけばマティウスと少年が私の前に立っていて、二人が私を見下ろしていた。

 いつの間にか意識が途切れ、座り込んでいたのだと気づくまでに、しばしの時間が必要だった。

「いや、大丈夫なわけがないな。ゲートを破壊したあと、そのままこの激戦だったのだ。助力に感謝する」

 そう行って手を差し出すマティウスは、どこか疲れた、やるせない表情だった。

 

 *   *   *

 

 街から生き残りが救助されたこと、そして街に残っていた化物が一掃されたことで、避難キャンプに残っていた人たちは賑わいを取り戻しつつあった。

 当面の危険が去ったこと、それにより希望が見えたことが大きいのだろう。

 そんな光景を見ながら、私は携帯のテントを設営し、その支柱にもたれかかっていた。

 立ち上がるのもままならない。

 問題なのは、内蔵を鉤爪で貫かれ、体を内側から焼かれた事で、回復が極めて遅いと言うことだった。

 手製のポーションを何本か服用し、回復を待つしかない状態。

 マティウスには、私に注目が集まらないように頼んでおいたため、私は多少手伝いをした協力者、程度の扱いになっている。

 時折何人か近づいてくるものはいたけれど、私が愛想悪く振る舞うとそれだけでマティウスの方へと矛先を変えたようだった。

 また一人、修道士らしき男性が近づいてくる。教会の中で、アカトシュへと祈りを捧げていた男だ。

 一瞬、心臓が強く拍動する。

 自分の体に妙な違和感を感じ、一瞬だけ表情がこわばるのを感じる。

 私達"Terran"と呼ばれる種族の吸血鬼は、ある程度の量の血液を摂取すれば、十日程は血を摂取しなくても支障はない。だが、血の力を利用したり、長く血液を摂取せずに居ると自己防衛のために周囲の存在を無差別に襲い食い散らかす、暴走状態に陥ることがある。

 その血液不足で起こる、暴走に似ているような、違うような、そんな奇妙で不安になる感覚だった。

「(血の力を使いすぎたかの? 気をつけておかねば)」

「マティウス隊長とともにディードラを撃退したそうだね、お見事」

「そういった賛美なら、あっちに居る英雄さんに言ってあげるといいわ……って、ディードラ?」

「奴らの呼称だ。おそらくだが、そう呼ぶのが適切だろう。それよりも、傷は大丈夫か?」

 この暗がりで、私の負傷と血まみれであることに、この男は気づいた用だった。

「怪我だって彼のほうが酷いと思うわよ?」

「いや、そうは思わないな。多少手伝いをした程度の協力者が、こんなに血まみれになることも、こんな酷い傷を負うこともないだろう。むしろ、君はあえて目立つことを避けたように思える」

 なし崩しに傷の手当をされるままになり──といっても重いのは内臓の傷なのだが──この男は何者なのだろうかと思考を巡らせる。

 そんな思考が、別の何かによって奪われていくのを感じていた。

 自然、喉が鳴る。

 この、ひどく蠱惑的な匂いはなんなのだろうか?

 一瞬だけ思考が、喰いたいという食欲に染まり、慌ててそれを振り払う。

 制御が利かなくなっている?

「どうした、痛むか?」

「っ!」

 不意に視線を合わせられて、瞳術が暴発した。

 慌てて術を解除するが、違和感を持たれただろうか?

「ああ、すまない。痛かったか?」

「……いえ、大丈夫(気づいて……ない?)」

 その後も特に変わった様子を見せない男に、違和感をより強く感じるようになった。

 まるで、瞳術が効果を発揮していなかったかのような。それとも、信仰心が思ったよりも薄いから、抵抗力が無くて気づかなかったのだろうか?

「私は、本当に少し手助けしただけよ。私がクヴァッチに来たのは、ある人から頼まれてマーティンという人を探しに来ただけだしね。貴方、その身なりからすると修道士だと思うけど、名前に心当たりはないかしら?」

「心当たりも何も……マーティンは私だが……」

 言われて、しばし口をつぐむ。

 予備知識も、事前準備も無しに対面してしまうとは予想外だった。

「それは……予想外、いえ……そうね……納得したわ」

「ふむ、それで……ある人というのは?」

 少なくとも、現状好感度は悪くないらしく、マーティンは私の話を聞くつもりのようだった。

「まず自己紹介しておきましょう。私はソマリ・フロリスヘイム。ウェイノン修道院の、ジョフリ修道士の頼みで貴方を迎えに来たの」

「ジョフリ……彼が? 一体何の用で」

「それは、今は言えない。けれど……重要な事よ」

 果たしてこんな言い方で彼は納得するのだろうか?

 だとしても、彼を説得するに有用なものは何一つ持ちあわせては居なかった。

 今になって、ジョフリに手紙の一つでも書いてもらえばよかったと思い至り、自分の思慮の浅さを悔やむことになった。

 彼、マーティンは深くため息をつくと、私の隣へと腰を下ろした。

 そこに滲んでいるのは自分の無力さを悔やむ気持ちと、信じる神に対しての疑惑。

 神に仕え祈りを捧げるものとして、今回の出来事は信仰を揺るがすに値するものだったのかもしれない。

 いや、おそらくそうだったのだろう。あのゲートの向こう側で見た物を、最も生々しく見せつけられたかもしれないのだから。

「私は今、神々の理解に苦しんでいるところでね」

 神に仕える者が、神への疑惑を漏らす。そんな場所に居合わせた私に、一体どんなことを語れるだろうか。

 今はただ、黙って聞くぐらいしか出来ない。

「この街で起きた全てが、神の計画の一部であるというのなら……私はそこに関与するべきなのだろうか……」

 聖職者として、神の計画に従うべきなのか。

 それとも、人としてその計画に立ち向かうべきなのか。

 私の見立てでは、聖職者として彼は、若すぎるということはなく、だが歳経て積み重ねた揺るがぬものもまだ存在しない、そういったふうに感じられた。

「答えを探しているというのはいいことでしょう、けれど私は貴方にその答えを持ってきたわけではないわ」

「……そうだろうな。わかっていた、君に話してもどうにもなるまい、やはり」

「けれど」

 彼の言葉に、私は踏み込むべきなのか迷いすらせずに口を挟む。

 確証はない。けれど、私は彼に語らなければならないだろう。

 私は彼をテントの中へと促し、彼が入ったのを見届けてから、周囲に見られていないことを確認して入り口を閉じ、中へと話し合いの場を移した。

「貴方が動くことで、ひとつの答えが出てくるだろうと、私は思っている」

「それは、なぜだ?」

「……信じられないかも知れないけれど、今回のクヴァッチの襲撃は、貴方の命を狙ったものでしょう。もしも神の計画というのなら、そうかもしれない。けれど、それはあなた達の信じ敬い奉るナイン・ディバインとは対立する神の計画でしょう」

 私の言葉に、マーティンは顔をしかめる。疑いの眼差しと言うほどではないが、疑念を抱くには十分だっただろう。

「君の言っていることは理解に苦しむな」

「信じられない?」

「ああ、信じるには荒唐無稽すぎる」

 確かにそのとおりだ。

 私が彼の立場だったとしても、同じ事を言うだろう。

 けれど……。

「では、言い換えましょう。私は、あの異界につながる門により隔離された街のなかに取り残された貴方に、この荒唐無稽すぎる与太話をするために、わざわざこの有様になってまで、今ここにいるのよ」

「…………」

「常識で判断する段階はとうに過ぎている」

 黙りこんでしまった彼を前に、私は荷物の中からワインを取り出す。

 今の状態で体にいいとは言えないが、多少痛みを和らげるぐらいのことはしてくれるだろう。

 手製のポーションのお陰で、最低限動ける程度には復調しつつある。

 二口ほど瓶から直接飲んだところで、瓶をしまった。

「貴方、父親は?」

「父は、農夫だったが」

「……それ、実父? 養父ではなくて?」

「失礼だな君は」

 テントからでていこうとするマーティンを、私は抑えて、一息に押し倒した。

「うわっ!」

「あら、意外と力弱いのね。もう少し手間がかかるかと思ったけど……いい、大声はあげないで」

 テントの外の気配を探ってみるが、近くに人がいる気配はない。

 今の、死にかけている自分の感覚がどこまで当てになるのか確証は無いが。

「私はジョフリから、貴方がユリエル・セプティムの実子である可能性があると、聞かされて迎えに来ているの」

「なんっ……」

「ほら、大声を出さないで」

 叫びそうになるマーティンの口を抑え、落ち着くのを待つ。

 しばしして、落ち着いたからとりあえず上からどけという視線を送られて、私はテントの出口に陣取った。

「皇帝が暗殺されたことは知っている?」

「……人づてに、噂だと思っていたが」

「それだけではないの、皇帝の子供たちも、全員殺されたそうよ」

「……」

「その後、他の帝都に近い街が襲われるでもなく、わざわざ離れたこの街が襲われている。奴らは、皇帝の血統を絶やしたいのよ」

 マーティンは何も言わずに、私の言葉を聞くだけだった。

「私は、とある理由で、ジョフリに協力することになった。もしもあなた達の神の信じる計画があるとすれば、それはこちら側でしょうね。信じる信じないは、貴方に任せるわ」

 話すことはすべて終わり、私はテントの出口から離れ、寝袋を広げる。

 もうすぐ夜明けが来るだろう。吸血鬼は寝る時間だ。

 負傷の回復のためにも、多く、そして深い眠りを要求されてか、すでにひどく眠い。

「ああ、そうそう。私は明日の夜にここを発つ予定よ。結果がどうであれ、ジョフリのところへ一度戻る予定だから」

「……君は、私を連れていくためにきたのではないのか?」

「生憎と、成人男性一人引きずって動くのはさすがに無理だわ。自分から同行してくれるというのならまだしも、ね」

 彼が返事をするよりも前に、私の意識はあっさりとまどろみの中に溶けて消えた。

 

 *   *   *

 

 目が覚めてからテントの外に出ると、すっかりと日は暮れて、星空が見えるようになっていた。

 天気は良好で、絶好の旅立ち日和であるといえるだろう。

 体の調子は、可は無く不可は在り、といったところか。本調子には程遠かった。飲み食いに加えて、移動だけなら問題はないが、大立ち回りをすれば傷が開きそうな、そんな具合。

 近くには、焚き火のを囲み夕餉をとっている人々の姿があった。

 活気の満ちた夕餉は、これから街が再び復興していく、その始まりを告げるようで、見ていて微笑ましくなる。

 近場には馬車がとまっていて、スキングラッドの旗印が風に揺れていた。

 救援物資か何かが届いたのだろう。

 そうした夕餉に混ざる気もなく、さっさとテントをたたむ準備をする。

「ソマリ!」

「ん?」

 背後から声を書けられて振り返ると、そこには衛兵の服を脱いだマティウスが居た。

 眼の下に酷く濃いクマができていることから、おそらくほとんど寝ていないのだろう。

 剣こそ下げていたものの、もはや衛兵として立つ気は残っていない様に見られた。

「もう行くのか?」

「ええ、長居する理由もないしね。本調子とはいかないけれど、傷もだいぶ楽になったし、すぐに発つわ。ところで貴方、その格好は……?」

「ああ、以前からそろそろ衛兵の職を辞そうと思っていたのだ、もう体がついてこなくなってきていたからな。今回の件で、私の衛兵としての戦いは最後だ。もう……疲れた。それはともかくとして、ソマリ……その有様で発つのはやめたほうがいい」

 そう言ってマティウスは私に麻袋を手渡してきた。

 柔らかい感触から、中に布類が入っていることは分かった。話しの流れからして着替えが入っているのだろう。

「今日の昼頃に届いた馬車に、お前あてに伯爵のサイン入りで届いてた。一体どういう関係なんだ?」

「協力者、とだけ言っておくわ。届けてくれてありがとう」

「なに、いろいろ世話になったからな。……また、用事がすんだらクヴァッチを訪ねてくれ。きっとこの街を復興させてみせる、だから、この街の本当の姿を見に来てくれ」

 マティウスは力強い笑みを浮かべてそう言って、私のテントの前からはなれていった。

 たたむ前で良かったとテントの中に入り着替えを済ませる。

「この際だから贅沢は言わないけれど……どちらかと言うと魔法使い向けの服よね、これ」

 肩の部分は丸出しで、袖は別途着脱式。スカートが短くて動きやすいのはいいのだが、ベルトからつながっている四本のベルトは先に宝石のようなものが嵌めこまれていて癖のある動き方をしそうだ。

 宝石にそれぞれ魔力付与を行えば面白そうだが、現状はただの飾り装飾に過ぎまい。

 後ろに垂れ下がっているしっぽのような布についてはじゃまになりそうにないからいいが。

 鎖の装飾は特に壊れているわけではないのでそのまま使う。

 軽くその場で動いてみたりするが、やはり動きにあわせてバタバタ動くのが少々厄介だった。

「まぁ、いいか……本来そこまで目立って切り結ぶタイプでもないしね」

 今回が異常だった、と思うことにする。そもそもが、身体能力を取り戻すために積極的に立ち回りをしているだけなのだから、今後は減らしていくべきだろう。

 再びテントの外に出ると、そこには旅装を整えたマーティンが佇んでいた。

「すまない、支度をするのに少し手間取った」

「構わないわ、私も今着替え終わったところだしね」

 テントを畳み、荷物の中に詰め込む。できるだけ人目につかないように出発したいところだ。

「それじゃあ、行きましょうか」

 マーティンを促して街道に出て、そのままスキングラッドを目指す。

 飛んで帰れればいいのだが、あいにくと空飛ぶ箒に二人乗りをするのは無理そうだったので諦めて陸路をゆくことにする。

 ひとまず、スキングラッド伯にもう一度会っておくのも良いだろう。

 どういった手段を選ぶかあれこれ講じつつ、マーティンがついてこれるペースで歩く。

 やはり街育ちの修道士だけあり、旅には慣れていない様子だった。

「できれば今夜中にスキングラッドにたどり着ければと思うけど、大丈夫かしら?」

「今夜中に? かなり急ぎの道程に、なりそうだな」

「無理そうね」

「いや、がんばろう」

「無理して倒れられたりしたらこっちが面倒なのよ。途中でキャンプすることを前提にしましょう」

 歩調を落とし、マーティンに合わせて街道を歩く。アーベントと歩いた時とはまた違う雰囲気だ。

 アーベントは仲間であり同種の吸血鬼なのだから、気兼ねも特になかった。

 だが、まだ事情を知らない彼に、私が吸血鬼であると知れたらどうなるだろうか?

 あまり楽しい想像にはならない。

「ところで、なぜ夜に動くんだ?」

「……昼の旅人は目立つでしょう? 夜陰に乗じて動くほうが私は得意なの」

 正直、クヴァッチの生き残りが、あのまま街の側に残り復興をはじめるとは、予想外だった。

 難民として別の街へ動くのにあわせて動けば、追手の可能性を減らせると思っていたのに……。

「……気になっていることがあるんだが」

「なにかしら?」

「君は……人間か?」

「見ての通りエルフだけど」

 心臓が高鳴っているのを感じる。

 いくらなんでも疑われるのが早すぎる気がするのだが。

「君は、クヴァッチに訪れたのも夜、クヴァッチに突入し、聖堂に来たのも夜。そして、聖堂で休憩していたとき、君は昼の間はずっと死んだように寝ていたそうだね。もしかしたら、陽の光を浴びることに不都合のある存在なんじゃないのか?」

「…………だとしたら?」

「その返事は肯定ととっていいのか?」

 その言葉に私は無言でいるしかない。

 だが、彼は私の目を見た後に、もうなにがあっても驚かないとばかりの表情で苦笑したのだった。

「皇帝は数奇な運命の人だった。もしも君の話が事実なら、不思議な話ではないさ。今は君を信じる。時期が来たら、話してくれればいい」

「それで、吸血鬼かもしれない私を信じると?」

「あのまま君がこなければ、私たちは助からなかっただろう。命がけであのゲートを突破してきてまで、わざわざ私を罠に嵌める必要性はない。つまり君は皇帝を暗殺する勢力とは違う勢力だと言うことになるんだろう?」

 旅の始まりから出鼻をくじかれたような気がしないでもない。

 少し風変わりな皇帝の後継者との旅の始まりだった。

 


 
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