No.430702

So long ! (AIR 二次創作小説)

AEさん

観鈴と往人の結婚式。そして初夜(爆)。
書きたかったのは、ただそれだけ。
AIRについては、これにて自分の中に溜まっていたモノを、全て書き尽くした気がします。
なお、劇場版のポスターの絵柄をお持ちの方は、”よーい、どん!”のシーンを読む時に
天地をひっくり返して見てみてください。

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2012-05-31 22:38:49 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2356   閲覧ユーザー数:2353

AIR 二次創作小説   

 

 

 

「So long !」                        by AE

                             2001.10.01

 

 

 

 

 

   あの夏の日から、三カ月が過ぎた神尾家の玄関先。

   晴子の元へ、来訪者が現れた。

   薄く開いた戸、その向こうに立つ男を見た瞬間。

   晴子は戸を全力で開け放ち、その男を睨みつけた。

 

「いっ、居候・・・」

 

「いまは違う」

 

「あ、あ、あんたは・・・」

 

   ぎりっ、と晴子の歯が噛みしめられた。

 

「一番大事なときに、何やっとったんやーっ?!」

 

   握った拳が、飛ぶ。

   がしっ、と嫌な音がする。

   拳に感じた痛み、そして衝撃に晴子は絶句する。

 

「あ・・・」

 

   往人は避けようとはしなかった。

   頬でそのまま、受けた。

 

「・・・風の便りに、観鈴のことを聞いた」

 

   口端の血を拭いながら、言った。

 

「すまなかった。力になれなくて」

 

   意外な反応に、晴子は後ずさる。睨みつけたままで。

   ぴしゃんっ、と玄関が閉まる。

   往人はそのまま待っていた。

   言葉はなかった。

   数分が経過し、往人はごそごそとショルダーバッグを漁る。

   紙パックのジュースが出てくる。

   それを玄関の石段の上に置いて、手を合わせる。

   振り向いて立ち去ろうとしたとき。

   がらっ、ともう一度、玄関が開いた。

 

「・・・線香の一本も、上げとき」

 

   中から声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   一時間後。

 

「今夜は飲むでー!」

 

   憎悪は去っていた。

   台風一過だった。

   三人で飲もうという晴子の提案から、観鈴の部屋で飲むことになった。

   ちゃぶ台を移動し、一升瓶を運んだ。

   部屋の中を見回して、往人は言った。

 

「そのままなんだな」

 

   ただひとつ、違うところ。

   机の上の観鈴の写真。

   まだ幼い頃だろうか。

   玄関の前で、こちらに向けて、ぶいっ。

   その写真立ての前に線香、横に位牌。

   そして、

 

「花が多いな」

 

   写真立てと位牌の両脇に大きな花瓶があり、たくさんの花が咲き誇っている。

   売り物ではなく、みずみずしい、摘んだばかりのものだった。

   良く見ると、花はその数だけ種類が異なっていた。

 

「・・・学校帰りの同級生が摘んで来てくれるんや」

 

   往人は何も言わずに、件のジュースを置く。

   そして線香を上げ、手を合わせた。

 

「うち、知っとるよ」

 

   往人の背後で晴子がつぶやいた。

 

「あの日、うちが出かけとった晩や。

 あんた、観鈴を一晩中看病してくれたんやってな?」

 

   ああ、と往人はうなずいた。

 

「あと、もう一回。

 苦しんだ時に、そらと一緒に励ましてくれたんやろ?」

 

「すぐに出てしまったがな」

 

「あの子、嬉しそうに話してたわ。

 あんたが来てくれた、ってな。

 今やから言うんやけど・・・あの子、あんたのこと、好いてたん思う」

 

「・・・最後は、苦しんだのか?」

 

「笑ってたわ。うちの腕ん中で。

 幸せだったって、微笑んでくれたわ・・・」

 

   声がかすれていた。

 

「そうか」

 

   しん、とする。

 

 

 

 

 

 

「今夜は飲むでー!」

 

   静寂に耐えられない母だった。

 

「おい、明日も保育所があるんじゃないのか?」

 

「ああ。うち、見習いやからな。年中無休や!・・・って、あれ?なんで知っとるん? 」

 

「風の便りでな。それより、保母が二日酔いでいいのか?」

 

「だいじょーぶ、加減したる! 明日は新入りが来るんや! 男の子と女の子のペアやで!

 何やら問題児らしいんやけど、うちには愛がある! 大丈夫やっ!」

 

   飲む前にすでにハイだった。

   二人だけの狂宴が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

   午前二時。

 

   晴子はちゃぶ台に突っ伏して寝息を立てている。

   往人は晴子の顔を覗き込み、その様を確認した。

   良く眠っていた。

   頬はこけておらず、健康そうだった。

   晴子が哀しみから立ち直ったことを、往人は知っていた。

   当然だ。

   一週間後、往人はこの元気な母から激を飛ばされるのである。

   空に行け、と。

   あの言葉が無かったなら、往人の新しい旅は始まらなかった。

   再びここを訪ねることも無かっただろう。

 

   風が吹き込んできた。

   秋の始まりのような、涼しい夜風だった。

   散らかっていた衣類の中から薄い上着を選び、晴子の肩に掛けてやる。

   電灯を、消す。

   それからもう一度周囲を確認してから、自分のショルダーバッグを開いた。

 

「もういいぞ」

 

   のそっ、と人形が歩み出す。

   往人の長年の連れ添いではなく、金髪の少女の姿をした人形だった。

   人形は往人の手でちゃぶ台の上に運ばれ、晴子の顔に、とてとて、と近づく。

   そして、言った。

 

「ただいま、お母さん」

 

   観鈴の声だった。

 

「やるなら早くやろう。

 熟睡したら、夢の中に入りにくい」

 

「うん」

 

   人形はうなずいて、両手を晴子に差し伸べた。

   往人も同じように両手をかざし、念をこめる。

   往人は目を閉じる。

   晴子の意識に意識を合わせる。

   彼女は夢を見ていた。

   哀しい色はしていない。

   その奥への道は、すぐに読みとれた。

   辿っていくと、観鈴の部屋があった。

   晴子は今、観鈴の部屋にいて、観鈴の部屋の夢を見ているわけだ。

   その中に立っている自分を、往人は想像する。

   想像した自分の像に、意識を移し変えた。

   すると、そこはもう、晴子の夢の中だった。

   夢の中の晴子は、同じ格好で眠っていた。

   夢見の術、というものだった。

   今の往人は、全ての法術を操ることができた。

 

「よいしょっ」

 

   ぽん、と往人の隣に巨大な人形が現れた。

   綿でできた等身大の操り人形だった。

 

「おまえな・・・親孝行しに来たんじゃないのか?」

 

   うなずく、人形。

 

「そんな化け人形が夢に出てきてみろ。

 卒倒するぞ、きっと」

 

「でも、この人形作ったの、往人さん」

 

「う・・・」

 

「センス無い」

 

「そこまで言うかっ!」

 

   ううん、と夢の中の晴子が寝返りをうった。

   騒ぎに気づいたようだった。

   往人は焦る。

 

「とにかく、頑張れ。

 見せたい姿をイメージするんだ。おまえならできる」

 

   人形は、うーん、と観鈴の声で唸った。

   周囲から光が集まってくる。

   ぽん、という擬音が聞こえそうな一瞬の後・・・

 

「できたっ」

 

   現れたのは観鈴だった。

   長い髪の、空色の瞳をした少女。観鈴。

   神尾観鈴が往人の前に立っていた。

   うむ、と往人は腕を組んでうなずいている。

   と、その背後に。

 

「・・・何なんや、これは?」

 

   夢の中の晴子が目覚めてしまった。

   しまった、と往人は焦る。

   準備が終わっていない。

   いきなり現れた娘に、晴子は大混乱するだろう。

   さりげなく観鈴を隠すような位置に移動。

   弁解を試みる。

 

「言っておくが、これは夢だ」

 

 「そうそう、夢、夢」

 

「だから、何が起こっても不思議ではない」

 

 「ない、ない」

 

「だからもう少しぐっすりと・・・」

 

 「ぐっすり、ぐっすり」

 

「横から茶々を入れるなっ!」

 

   ぽかっ

 

「が、がお・・・」

 

   ぽかぽかっ

 

「いたい・・・って、お母さん?」

 

   晴子が観鈴を殴ったポーズで固まっている。

   その視線は観鈴の顔に止まったままだった。

 

「お母さん?」

 

   晴子は泣いていた。

   両手で観鈴の頬を挟む。

   それから、抱きしめた。

   泣きながら、娘の名を呼びながら、抱きしめた。

 

「おい、これはだな・・・」

 

「・・・知っとるよ」

 

   涙を拭って、晴子は往人に言った。

 

「これ、あんたの何とか言う術なんやろ?

 うちのために、夢の中で、観鈴の幻みたいなもんに会わせてくれてるんやろ?」

 

「違うんだ、何と言ったらいいか・・・こいつは本当の・・・」

 

   頭を振って、晴子は答えた。

 

「いいんや、幻でもかまわん。

 あんたの気持ち、むっちゃ嬉しいわ。

 でも安心してや。うち、もう気持ちの整理は済んでるねん。

 幻に溺れるような恥ずかしい真似したら、観鈴に怒られる。

 でも・・・でもな・・・」

 

   もう一度、観鈴を見つめて、

 

「今夜だけなら、夢ん中なら無礼講や!! ええやろ、観鈴?!」

 

   ごしごし、と娘の頭を撫でる。

   と、そこで初めて、晴子は観鈴の格好に気づいた。

   控えめなデザインの、ぴったりとした白いドレス。

   長いままの髪にかけられた、ヴェール。

   まるでそれは・・・

 

「この姿、お母さんに見てもらいたくて」

 

   頬を真っ赤に染めて、観鈴が言った。

 

「・・・結婚するんか、観鈴?」

 

   うなずいて、うつむく。

 

「誰と?」

 

   観鈴は、ぴっ、と往人を指差して、

 

「新郎」

 

「却下ーっ!!」

 

   晴子が絶叫した。

 

「「えー?」」

 

「こんな生活力も甲斐性もないヤツと契ったら、一生後悔するでー!」

 

   無礼な物言いだが、事実だった。

   それに、すでに死んでいた。

 

「ち、契るなんてそんな、まだ一度しか・・・」

 

   爆弾発言だった。

 

「ぬわにぃぃーーっ?!」

 

「待てっ、話を聞けっ!」

 

   回し蹴りが飛んだ。

   往人が吹き飛んだ。

   壁に叩きつけられ、大の字にめりこんだ。。

   晴子の夢の中だから、特殊効果は激しかった。

   動けない往人に、指を鳴らしながら晴子が近づいてくる。

   夢の中とはいえ、殺されたらタダでは済まない。

   往人には晴子が、戦神というか死神に見えた。

 

「・・・あんた、これは幻だって自分で言っただろうが?!」

 

「幻でも何でも関係ないわっ!

 そぉか・・・寝ずの看病ってのは、そーいうわけかいっ!

 うちの娘、よっくもキズもんにしおったな、プー太郎っ?!」

 

   死語だった。

 

「責任、とってもらおうやないか?!」

 

「だ、だから式を挙げにだな・・・」

 

「・・・なぬ?」

 

 

 

 

 

   準備はつつがなく終了した。

   ベッドを横に移動し、窓の側まで二人並んで歩けるようにした。

   列席者は、往人の人形と、観鈴の人形達だった。

   畳のバージンロードの両脇に、整然と並んでいる。

   窓の側に晴子が立った。

   神父様、というわけだった。

 

「まいったで、ほんま」

 

   苦笑する。

 

「娘の式の神父やった母親なんて・・・前代未聞やで」

 

   困っていた。

   でも、とても嬉しかった。

   そのとき、往人の人形がおもちゃのトランペットを吹いた。

   トランペット、というところで何かが違っていた。

   帯剣して鎧に身を固めた二人が走り込んできそうだった。

 

”申し上げますっ!”

”わたしたち、結婚しますっ!”

 

「・・・それだけは堪忍や」

 

   かちゃり、と観鈴の部屋のドアが開く。

   初めに、往人。

   タキシードだった。

   とっっても似合わなかった。

   本人も、いつに増して仏頂面だった。

   晴子は吹き出しそうになる。

   が、続いて入ってきた花嫁の姿に、言葉を失った。

 

   観鈴は美しかった。

 

   晴子の記憶にある観鈴は、痩せ衰えていた。

   しかし、目の前の観鈴は・・・何と表現すればいいのだろう。

   天使。

   そう、天使だ。

   翼を忘れてきた、天使。

   自分は今、天使の結婚式に出席している・・・。

   二人は立ち止まり、横に並んでから歩き始めた。

   晴子の方へ。

   あの日のように、観鈴が歩いてくる。

   しかし、その足どりは自信に満ちていた。

   これから始まる未来に向けて、一歩一歩。

   別人のようだった。

   しかし、その姿は観鈴に間違いなかった。

   夢でもいい。

   これで、自分も観鈴も全てやりとげられる、晴子はそう思った。

 

「おい」

 

   遠くで声がする。

   気がつくと、新郎新婦が目の前まで歩き終えたところだった。

 

「あ・・・、なんや居候?」

 

「何か言え」

 

「むっちゃ綺麗や、観鈴」

 

「そうじゃなくて」

 

「本日は御日柄も良く・・・」

 

「・・・あんた、神父だろ」

 

「あ、そうやった」

 

   二人のやりとりを見て、観鈴が微笑んだ。

   二人ではなかった。

   もう往人も、晴子の子になるのだった。

 

「しっかし、神父なんてやったことないで」

 

「たいていの人間は、みんなそうだ」

 

「なに言ったらええか、まったくわからん」

 

「まあな」

 

「・・・あんた、やらんか?」

 

「俺は新郎だっ!」

 

「あ、往人さん、みとめてくれた」

 

   にはは、と笑う、観鈴。

   ぷいっ、と横を向く、往人。

 

「横向いてたら、キスはできへんで~」

 

   好色な神父だった。

 

「・・・なんでもいいから、はやく済ましてくれ」

 

「往人さん、つめたい。

 わたしのこと、もう飽きちゃったんだ」

 

「そんなわけないってば!」

 

「じゃあ、嫌いになった?」

 

「ちがうって!」

 

「・・・お熱いとこ悪いんやけど、始めてええか?」

 

   第一回夫婦喧嘩が、神父の言葉で調停された。

   晴子はマンガ雑誌を片手に持っていた。

   生前、観鈴が読んでいたものだ。

   その中に答えを見い出したようだった。

 

「ええと、本日は御日柄も良く・・・」

 

「それはもういい」

 

「・・・『おねがい、もっと突いて』」

 

「「なに?」」

 

「『あなたの熱いのであたしを掻き回して』・・・うわっ?!

 どろり濃厚っ!!

 観鈴っ! あんた、こんなん読んでたんか?!」

 

「ちっ、ちがうよ~っ!

 わたし、そんなの読んだことないっ!」

 

「冗談や」

 

   人騒がせな神父だった。

 

「ん~・・・おお、あった!

 この頁や。主人公のねーちゃんが式挙げるとこ。

 ここに神父さんのセリフが載っとるわ」

 

   観鈴が往人を見る。

   往人は晴子を、いや、神父を無言で真剣に見つめていた。

   決める時は決める男だった。

 

「ほな、いくでぇー。

 汝、神尾観鈴。

 汝・・・・・・・・えーと」

 

「国崎往人、だ」

 

   本名を忘れられていた主人公だった。

 

「・・・あー、くにさきゆきと。

 あんたらは嬉しいときも、哀しいときも。

 未来永劫、共に歩き続けることを誓うんか?」

 

「「誓いますっ!」」

 

   二人同時に声がした。

   二人とも待てなかったようだった。

   にんまり、と晴子が笑う。

   二人とも真っ赤になった。

   晴子はそれを狙っていたようだった。

   関西弁の恋のキューピットだった。

 

「ほなら、誓いのキスを」

 

   ・・・気づいていたが、最後まで二人とも指摘しなかった。

   『未来永劫』。

   『死が二人を分かつまで』ではなくて、『未来永劫』。

   それはある意味、正解だったから。

   何も言わずに二人は向き合い、往人が観鈴のヴェールを持ち上げた。

 

「舌入れたら、あかんで~」

 

   無視して往人は観鈴を抱き寄せた。

   観鈴が、つま先で背伸びをする。

 

   くちづけ。

 

   長く優しい静寂が、部屋を包む。

 

   二人が離れる。ゆっくりと。

   名残を惜しむように。

   晴子はそんな二人を、ただ見つめていた。

   何も言えなかった。

   ついさっきまで笑っていたのに、何かがこみ上げてきた。

   喉の奥が熱くて、何も言えなかった。

   それでも息を振り絞って、言った。

 

「よ・・・よかったなぁ、観鈴」

 

「お母さん」

 

   花嫁が振り向いた。

 

「ありがとう、お母さんっ!」

 

   そのまま、抱き着いた。

   クラッカーが鳴り響く。

   人形たちが踊り始める。

   神父と花嫁も踊り始めた。

   往人の人形が給仕をし、恐竜の人形達が酒を浴び始める。

   もう一度、狂宴になった。

   舞いながら、観鈴は言葉もなく、泣いていた。

   幸せの涙だった。

   綺麗だ、と往人は思った。

 

 

 

 

 

 

   真夜中の結婚式は、披露宴に移っていた。

   観鈴は花嫁姿のまま、恐竜の人形達と戯れていた。

   人形達は、この夢の中で自らの意志で動いていた。

   皆、観鈴に別れを告げていた。

   この観鈴に会えるのが、今日で最後になることを知っているようだった。

   往人と晴子は、そんな花嫁の姿を、壁に背を預けたまま見守っていた。

 

「法術って、すごいんやなぁ」

 

   ぽつん、と晴子がつぶやいた。

 

「せやけど、こんなサービスはこれで最後にしたって。

 これが夢で、目ぇ覚めたら観鈴は居てない。

 それは、わかってるんや。

 それでも、うち、やっぱり幻に甘えてしまいそうになる」

 

「・・・あんたは強いな」

 

「観鈴ほどやない」

 

「そうだな」

 

   それから二人して日本酒の入ったコップを、かちん、と合わせた。

 

「居候・・・いや、婿はん」

 

「なんだ」

 

「ありがと」

 

「・・・・」

 

「こんなことができるなんて・・・

 あんた、観鈴のこと、こんなにはっきりと覚えていてくれるんやな。

 幻でもかまわん。観鈴のこと、忘れんといてや」

 

「忘れるなんてできるか」

 

   往人は首を振る。強く。

 

「俺はこれからも、ずっと」

 

   人形に微笑む少女を見つめながら。

 

「観鈴と一緒に生きていく。

 あいつの側で、あいつが哀しまないように。

 あいつが安心して笑っていられるように」

 

   晴子が、ぐすん、と鼻をすする。

 

「・・・ええ、婿はんや」

 

   そのまま晴子は、両膝に顔を埋めて眠り始めた。

   往人はもう一度、その肩に薄着をかけてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

   晴子の夢は終わった。

   より深い、熟睡の領域に意識が沈んでいく。

   頃合を見計って、二人は晴子の意識から抜け出した。

   泥酔状態が作り出す迷路に迷いそうになったが、何とか無事に脱出した。

   ふぅ、と二人で安堵の溜息をつく。

   晴子の酔いは深かった。

   前はもっと酒に強かったはずだった。

 

「最近、飲んでないんだと思う」

 

「そうか。昼の仕事だからな。健康で良いじゃないか」

 

「うん。いつまでも元気で微笑んでいてほしい」

 

   そのまま二人で、現実空間の晴子を見つめていた。

   とても幸せそうな寝顔だった。

   と、目尻を押さえながら観鈴がつぶやいた。

 

「・・・往人さん」

 

「なんだ?」

 

「ありがとう」

 

   にっこり、と笑う。

 

「わたし、幸せ」

 

   天使の微笑みだった。

   でも、観鈴は人間だった。

   人間の少女だった。

 

 

 

 

 

   最後の翼人が、哀しみから解き放たれた後。

   そら=往人は「人間」観鈴の魂を探し始めた。

   姿を変え、世界を変え、旅は続いた。

   そして、見つけた。

   主観時間で百年、かかった。

   たいした時間ではない、と往人は思う。翼の少女は千年待ったのだから。

   そこは空の彼方の、青い繭で覆われた空間。

   その中に、観鈴の魂は眠っていた。

   観鈴は夢を見ていた。

   やり遂げて手に入れた暖かい記憶。それを繰り返し繰り返し見続けていた。

   それはきっと、最後の翼人が造った護りの仕掛けだったのだろう。

   人間は魂だけでは存在できない。

   次へ宿らずに立ち止まっていたら、大気に霧散してしまう。

   それでも、観鈴は待たねばならなかった。

   観鈴にはまだ、叶えられていない願いがあったのだ。

 

”往人さんと、いっしょにいたいな”

 

   いっしょに次を迎える、ということ。

   最後の翼人は、観鈴が待ち続けられるよう、祈ってくれたのだろう。

   もう一度人間としての幸せを得られるように、翼人は観鈴を護ったのだ。

   深い海の色をした繭に触れ、往人は気づいた。

   ・・・翼人と同じだ。

   中の観鈴が見る夢は、大地に器を見い出す。

   それはたぶん、人間の少女になるだろう。

   その少女はきっと、夢を見る。

   空に眠る観鈴の、天使の夢を。

   それは翼人が見せられていた、辛く悲しいだけの夢ではない。

   やりとげた彼女が勝ち取った、幸せまでの道のりになるだろう。

   少女がその夢を見終われば、観鈴の魂は器に注ぎきれる。

   生まれ変わる、とか、記憶などとは違う、魂の本質の継承。

   往人は、その少女を探せばいいのだ。

   探し出して、守ってやればいい。天使の夢を見る少女を。

   観鈴が望めば、その魂は大地に還ることができるのだ。

   還ろう、観鈴・・・と往人は言った。

 

   しかし、観鈴は何も答えなかった。

   ただただ、待ち続けているようだった。

   法術を使う。

   仮身の術すら経験している往人にとって、魂見の術はたやすいものだった。

 

   ・・・観鈴は、ためらっていた。

 

   魂って、なんだろう。

   わたしのこの意識は失われるかもしれない。

   生まれ変われば全てを忘れてしまうかもしれない。

   みんなが歩んできた記憶は消えてしまうかもしれない。

   まだわたしは往人さんのこと、なんにも知らない。

   もしかすると、もう二度と会えないかもしれない。会ってもわからないかもしれない。

   いや、会えないという悲しみすら、わからなくなるのかもしれない。

   一緒にいたい。

   一緒に旅をしたい・・・。

 

 

 

 

「観鈴」

 

   往人は花嫁を見つめ、すぐに視線を外す。

 

「綺麗だ」

 

   言ってから背を向けた。

 

「え?」

 

   前に回り込んで、観鈴が聞き返す。

 

「綺麗だと言ったんだ」

 

   観鈴が固まった。

 

「・・・往人さんも、きれい」

 

   意味不明だった。

   混乱しているようだった。

   往人の正面に、観鈴は立っていた。

   指を伸ばして触れられる距離。

   でも、今のままでは抱きしめることはできない。

   今の二人の状態は、イコールで結べない、不自然な方程式のようなものだった。

 

「観鈴」

 

   往人が近づく。

 

「身体、無いけど・・・」

 

「関係ない。

 こういうのは愛があればいいんだ、きっと」

 

「わわっ、往人さん、詩人」

 

「だまってろ」

 

   不意打ちだった。

   往人は観鈴の唇であろう場所に、唇を近づけた。

   観鈴は目を閉じた。

   その有り得ない感触を、精一杯感じとるために。

 

   おおーっ、と誰かが叫んだ。

 

「やれやれぇーっ!」

 

   晴子の寝言だった。

   台無しだった。

 

「・・・続きは、また今度」

 

   頬を染めて、観鈴が言う。

   くるり、と背を向けて、往人が部屋を出る。

   照れているようだった。

   後を追おうとした観鈴は、振り向いて母を見た。

 

「それじゃ、お母さん」

 

   にっこりと微笑んで、

 

「バイバイ」

 

   部屋を出る。

   が、すぐに振り返り、付け足した。

 

「またね」

 

 

 

 

 

 

 

   部屋から出たあと。

   観鈴は往人の人形に戻らず、実体の無いままで玄関まで来た。

   少しの間なら、大丈夫だった。

   玄関を出ると、往人は夜空を見上げていた。

   人通りはない。

   あっても、見えるのは往人の姿だけだろう。

   その傍らに立って、往人の肩に、ことん、と頭を預ける。

   感触はない。 ただ、形だけのふれあい。

 

「初夜ですねー」

 

   往人がコケた。

   すぐに立ち直る。

   タフだった。

   真剣な表情で、観鈴にたずねた。

 

「・・・もう、いいのか?」

 

   観鈴は、うん、とうなずいた。

 

「ほんとに全部、おわった」

 

「そうか」

 

「そのお人形さんにも、お礼を言わなきゃ」

 

   往人は先ほどの少女の人形を持っていた。

   歩み寄り、観鈴に差し出す。

 

「ありがとう」

 

   観鈴は往人の手の中の少女の人形に、ぺこり、とおじぎする。

   人形は無言だった。動かなかった。

 

「こいつも喜んでいる」

 

「往人さん、わかるの?」

 

「ああ。造った甲斐があった」

 

   言いながら、往人も人形を見つめる。

   その人形は、往人が創った依代だった。

   翼人の仕掛けに護られた観鈴の魂を、この世界に映す鏡だった。

   それは、夢を見ることとは異なるもの。

   観鈴は、今の観鈴のままで、世界を覗くことができた。

   人形の観鈴は、往人と共に旅を始めた。

   往人の知る様々な世界。時流さえ越えた様々な時代。

   延々と続いた毎世の翼の少女たちを訪ねて、その全ての最後の瞬間を優しく看取った。

   いろいろな世界の独りぼっちの子供を訪ねて、人形劇で励ましたりもした。

   時の流れは二人には無縁だった。

   永劫にも続く縁を重ね、二人は旅を続けてきた。

   楽しい日々だった。

   日々、観鈴は嬉しかった。

   しかし、このままで良いとは思っていなかった。

   自分にとって、今の姿は幻に過ぎない。

   自分の本当の魂は、空に眠ったままだった。

   これでは、呪われていた頃の最後の翼人と同じ・・・なのかもしれない。

   ある日の人形劇の後、観鈴が往人に言った。

   今までありがとう、と。

   最後にお母さんにさよならを言いたい。

   その前にひとつだけ、果たせなかった夢をどうしても叶えたい、と。

   往人にも晴子にも隠していた、ひとつの夢。

   女の子にとって、あたりまえの夢。

   そして、それを見ることは、母の夢でもあった。

   二人はここへ、自分たちの家へ帰って来た。

   母の前で式を挙げることができた。

   全ての想いを遂げた今、仮の姿でいられるのは、あと僅かな時間だった。

   そうなることを、感じとっていた。

   だからもう、人形に戻る必要もなかった。

 

 

「わたしたち、どこに行くのかな?」

 

   往人の隣で満天の星々を見上げながら、観鈴がつぶやいた。

 

「いっしょにいたいな」

 

「ああ」

 

「わたしって、こればっかりだね」

 

   にはは、と笑う。

   往人は向き直り、観鈴の空色の瞳を見つめた。

 

「観鈴」

 

「ん?」

 

「必ず、幸せにする」

 

「・・・もう、幸せだよ。

 往人さん、ちゃんとわたしを迎えに来てくれたから。いろんなものくれたから」

 

   往人は言い直した。

 

「次も、必ず幸せにする。 絶対に見つけてやる」

 

「うん、わたしも探す。

 一生懸命、探す。 往人さんのこと」

 

   と、そこで往人は考え込む。

   何となく、恐い考えになる。

 

「・・・いや、おまえは動くな。じっとしてろ」

 

「えっ、どうして?」

 

「頼むから、待っててくれ。お願いだから」

 

   少しの間、一人旅したいなー、などとつぶやいていた観鈴だったが、

    突然、空を指差した。

 

「往人さん、あれ・・・」

 

   天から光が降りてくる。

   光はドレスの裾のように舞い、オーロラのようだった。

   翼人の気配が、そこには在った。

   彼女が残した最後の”仕掛け”だ。

   たぶん、二人以外には見えないのだろう。

 

「きれい・・・」

 

「おっ?」

 

   往人は自分の身体の異変に気づいた。

   両手の平を、見る。

   ぶれている。

   その輪郭が幾重にも増え重なり、像と像の隙間が輝いていた。

   その輝きは頭上のオーロラの輝きに同調し、色を変えていた。

   良く観察すれば、像の数が、今まで旅してきた世界の数であることに気づいたろう。

   像はひとつずつ消えていく。

   様々な世界で借りた、様々な世界の往人の「役目」が、在るべき場所に帰っていくのだ。

     翼人を忘れて、定住している自分。

     翼人を探し続ける自分。

   しかし、この晴子の世界に残るのは、この往人と観鈴の魂だった。

   それだけで十分だった。

   しかし、あるひとつの像が消えずに観鈴にまとわりついている。

   それは一瞬輝いたかと思うと、闇色の小さな生き物の姿になった。

 

「そら」

 

   観鈴が呼ぶと、逞しく成長した鴉は飛び上がり、その肩にとまった。

 

「おまえにも世話になった」

 

   かあ、とそらは往人に答えた。

 

「おまえは還っていいんだ。残っていいんだ。そのままの姿で、この世界に」

 

   それでも、そらは観鈴から離れない。

 

「いっしょに来る?」

 

   かあ、とそらは観鈴に答えた。

   やれやれ、と往人は片手を上げてそらを呼ぶ。

   そらは素直に往人の肩に飛び移った。

   見るとオーロラは高度を下げ、大地と接するほどだった。

   眩しくて何も見えない。

   突然、オーロラが縮退した。

   カーテンが畳まれるように、一本の柱にまとまる。

   二人の側の裾が揺れていた。

   いらっしゃい、と言っているようだった。

   二人は手を取り合い、その輝きの中へ進んだ。

 

「観鈴」

 

「なに、往人さん?」

 

「まだ、ちゃんと言ってなかった」

 

   こほん、とせき込んでから、往人は約束の言葉を言った。

   微笑みながら、観鈴は同じ言葉を返した。

   往人が観鈴の髪に指を伸ばす。

   ・・・感触があった。

   この光の中では、観鈴も往人と同じ位相に在るようだった。

   自然に二人の両腕が伸びる。

   抱き合った。

   百年ぶりの抱擁だった。

   そして・・・

 

   それが始まった。

 

   二人の想いが、光を触媒として空間に刻まれていく。

   一度書式を変え、別の時流に送られる。

   この瞬間ではない、どこか。

   何時でも良い、というわけではない。

   「記憶を司る者」の役目は、引継が必要だった。

   『最後の翼人が始源に還る前』、かつ、『二人の幸せが確定した瞬間』。

   その瞬間に、新しい始まりが、始まる。

 

   身が軽くなるのを、二人は感じた。

   自らがほどけて、銀糸のような輝きに換わっていく。

   それはきらきらと、遠い青空の向こうに消えていった。

 

   青空。

 

   最初に気づいたのは観鈴だった。

 

” 見て見て、往人さんっ! ”

 

   抱擁を解いて、往人は観鈴の指差す先を見上げた。

   二人の上の、青空。

   たしかに青空だった。

   先ほどまでの星空が嘘のよう。

   白い絹のような雲が浮かぶ、一面の蒼。

   しかし、その色はいつもより濃く、深かった。

   二人は息をのんだ。

 

   それは地球だった。

 

   今までの星空は、二人の足元にあった。

   重力のない、翼が無くても飛べる世界。

   限りなく自由な世界、全ての哀しみが報われる世界に、

     往人と観鈴は二人きりで浮いていた。

   そして二人の上、漆黒に浮かぶ、蒼い水の宝石。

   その輝きを見つめている間も、記憶の銀糸は紡ぎ出され、

     はるか上方の青空に向けて伸び続けていた。

   往人は気づく。

   観鈴の姿が薄くなっていく。

   その輪郭が、白く、そして淡く輝きだした。

   もう一度、空色の瞳を見つめる。

   恐れてはいない。ためらってもいない。

   それは往人も同じだった。

   ただ、二人ともきっかけが欲しかった。

 

   ・・・・・。

 

   ほんの一瞬の空白のあと。

   二人は同時に微笑んで、きっかけを生み出す方法を思いついた。

   どちらともなく、背を向け合い、息を整えて。

   踵を揃えて、生まれた星の大地を見上げる。

 

 

” じゃあ、またね ”

 

” ああ ”

 

 

 

 

               ”” よーい、どんっ! ””

 

 

 

   そらが飛び立っていく。

   それを合図に。

 

   観鈴の夢が始まった。

   そして、往人の魂が在るべき場所へ旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

   暑さ。

 

   潮の香り。

 

   それだけが少年を取り巻いていた。

   海辺の町の、小さな雑貨店の前。

   夕べはその店の裏で、こっそりと寝た。

   母と別れて、もうどのくらい経つだろう。

   明け方になり、港の方が騒がしくなる。

   ちらり、と見ると、忙しそうな大人ばかりだった。

   客にはなりそうにない。

   起きていてもしかたないので、もう一度眠ることにした。

 

   次に起きた時には、日が昇っていた。

   登校途中の学生や、買い出しに出かける主婦の波。

   人が歩いてゆく・・・

   その中に少年は立ち尽くしていた。

   誰も見向きもせずに、通り過ぎてゆく。

   その中で、少年は必死で人形を動かし続けていた。

   いつしか、人の通りはなくなり・・・少年はひとりだけになる。

   いや・・・

   ひとりではなかった。

   目の前で、誰かがしゃがみ込んでいる。

   それは、ひとりの女の子。

   その子だけは通り過ぎてゆくことなく、ここに残っていた。

 

   そして、笑っていた。

 

「にはは」

 

   少年の動かす人形を見て、笑っていた。

   少年はその笑顔を見下ろしていた。

   女の子よりも高い位置から。

   少年は思う。

   なぜ、この子は。

   なぜ、笑ってくれるのだろう。

 

「笑わせること、できるよ」

 

   女の子が言った。

   母と同じ言葉だった。

   懐かしい言葉だった。

 

「だから、がんばって・・・・・ぶいっ!」

 

   にっこり、と笑う。

   髪が揺れて、陽光に光る。

 

「うん!」

 

   遠い記憶は・・・灼かれるような暑さと、潮の匂いの中にあった。

   往人は思い出した。

   観鈴との初めての出会いを。

   全てはこのとき、始まったのだ。

   苦しみも哀しみも、そして、幸せも。

   笑い合う、幼い二人。

   二人だけの舞台は続いた。

 

「うしろ歩き!」

 

「にはは、おもしろい~」

 

   小さな観鈴が笑う。

 

「じゃあ、つぎはラジオたいそう!」

 

   小さな往人は玉のような汗を拭いもせず、法術に没頭する。

   明日は違う町へ行く。

   でも、今日は精一杯、僕はこの女の子を笑わせ続けたい・・・

 

 

 

 

   往人と観鈴が初めて出会った、この日この時。

   二つの新たな生命が同時に産声を上げた。

 

   それは、あの哀しみの日から、ちょうど千年目の夏の日のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

   翌朝、晴子は遅い朝に目を覚ました。

   いい夢を見た・・・などと感慨に耽っている暇はなかった。

 

「あかん・・・」

 

   目覚ましを見る。

 

「めっちゃ遅刻やんっ?!」

 

   久しぶりの飲酒に身体が耐えられなかったらしい。

   洗面所へダッシュ・・・しかけて納屋へ向かう。

   徒歩では間に合わない。

   バイクなら暖気だ。

   この時期に必要かどうかはともかく、内燃系は大事にするポリシーだった。

   納屋に飛び込んで、初めて気づいた。

   往人がいない。

   家の中にも、納屋にも、往人の姿がない。

   歯を磨きながら髪をとかしているとき、ちゃぶ台の下に落ちた書き置きを見つけた。

 

『また来る』

 

   相変わらず、文字まで仏頂面だった。

   が、往人の荷物は残っていた。

   あの人形まである。

   忘れていったのだろうか?

   時間がない。

   無意識に人形を持って、どたばた。

   焦る。

 

「もー、かまってられんわ!」

 

   人形をジーンズの後ろポケットにねじ込む。

   そのまま納屋から出撃した。

 

 

 

 

 

   五分で保育所に激突する。

   園児全員からハルコライダーに歓声が送られた。

   苦労虚しく、朝礼は終わっていた。

   新しい園児の紹介は、すでに済んでいた。

   晴子が遅刻を詫びると、いつもニコニコ顔の園長が、二人の園児を呼んだ。

   朝礼に遅れた晴子に、直接紹介するつもりなのだろう。

   呼ばれたのは、園児達とおしゃべりしている女の子と、

    広場の片隅で空を見上げていた男の子だった。

   五,六歳くらいだろうか? もうすぐ小学校、という年格好である。

   途中で手をつないで、とてとて、と歩いてくる。

   難しい子かもしれませんよ、と去り際の園長から耳打ちされた。

   でも、あなたなら大丈夫、とも。

   無論、晴子もそのつもりだった。

   子供に難しいも簡単もない。

   愛すれば全て叶うことを、彼女は学んでいたから。

   よっしゃ、と座り込んで視線の高さを合わせてから、二人に第一声を放つ。

 

「おはよー・・・じゃなくて。こんにちはー、や」

 

   二人は晴子を見る。

   視線が合った。

   名前を聞く。

   二人とも、ちゃんと答えてくれた。

   それっきり、何も言わない。

   ときどき、二人で見つめ合い、微笑む。

   アイコンタクトが成立していた。

 

「最近のお子さまは、すすんどるんやなー」

 

   晴子が、にやり、と笑う。

   二人ともうつむいた。

   赤くなっている。意味が分かるのだろうか?

 

「仲いいんやなー。チューくらいしたんか? え?」

 

   ますます赤くなる。

   経験済みなのだろうか。

   晴子は昨日渡された二人のプロフィールを思い出す。

   とても仲の良い幼なじみだった。

   女の子は、この近所の子。

   いわく、不思議な子、と書いてあった。

   ときどきボーッと空を見る。が、知恵遅れというわけではないようだった。

   快活で、もう他の園児達に溶け込んでいる。

   ただ、少し前まで病に苦しんでいた。

   入退院を繰り返していたが、完治したのでここの新入生になった・・・とのこと。

   男の子は孤児だった。

   山の上の神社に捨てられていたのを、神主が拾った。

   毎日女の子の病室を訪ね、遊び相手になっていたそうだ。

   女の子以外とあまり話さないのが、難点だった。

   二人は、何をするのも一緒だった。

   この町以外の病院に女の子が入院していたとき。

   男の子は、毎日お見舞いに通っていた。

   隣町だろうと何処だろうと、だ。

   その強情さと純真さを、大人は「変」と評価する。

   それはおかしい、と晴子は思う。

   理解できないものには視野を閉ざす、そんな人間に自分はなりたくない。

   そして、そんな育て方をしたくもない・・・。

   そんなことを考えていると、いつしか二人が顔を上げていた。

   晴子の瞳を、じぃっと見つめている。

   めずらしい、と晴子は思う。

   相手の目を見ない、というのは聞いたことがあるが、見つめ続ける、というのは初めてだった。

   その瞳は輝いていた。

   女の子の瞳は、深い空の色だった。

   最愛の一人娘と同じ色だった。

   少し、意識が揺れた。

   娘の顔が浮かんでしまう。

   重ねるまい、と思っても無理だった。

   似てはいない。

   けれど何かこう、懐かしい感じがした。

 

   言葉が出ない。

 

「あー」

 

   それでも、晴子が先手を打った。

 

「聞いたで。三ヶ月前の警察沙汰」

 

   いきなり核心だった。

 

「一昼夜砂浜歩き続けて、隣の県まで行ったんやて?

 めっちゃおもろいやっちゃなあ」

 

   事実だった。

   その日、入院先を抜け出して、女の子は男の子と海で遊んでいたのだという。

   二人は少しうつむいて、上目使いで晴子を見た。

   母に怒られた、子供のようだった。

   ちょっと言い過ぎたかな、などと思いながら、晴子は続けた。

 

「うちの知り合いにも旅好きがおってな、そりゃもう、変なやっちゃ。

 旅もええけど、ほどほどにしとかんと、あんなんなるで、ほんま」

 

   さらにほんの少し、男の子がうつむく。

   不機嫌になったようだ。

 

「せやけど、親御さんや周りの人に迷惑かけたらあかんで?

 あんたらのこと、大切に思うとる人に心配かけたら、絶対あかん。

 それさえ守れば子供は風の子、なにやってもオッケーや!」

 

   風の子、という言葉に女の子が微笑んだ。

 

「わたしは、空の子・・・」

 

   突然、女の子が言った。

   それから、そんな自分を恥ずかしがるようにうつむいた。

   にはは、と笑った。

   笑ってくれた。

 

「僕は風の子」

 

   男の子がつぶやく。

   相変わらずの仏頂面だが、感情が現れ始めている。

   なんや素直な子やんか、と晴子は微笑んだ。

   と、その時、今度は晴子が「風」という言葉に反応する。

 

「ひょっとして、バイクとか、好きか?」

 

   顔を見合わせる、二人。

   ゴクリ、と息をのんだ。

   二人とも、なぜか晴子号の恐さを本能で知っているようだった。

   男の子は震えていた。

 

「わたしは・・・いいです」

「ぼ、僕は・・・」

 

   間髪を入れない、晴子の攻撃!

 

「よっしゃあーっ!!

 さすがは男の子や! やっぱ、風の子は単車乗らんとあかんでぇーっ!」

 

   ずるずる、と引きずられていく、男の子。

   救おうとする女の子は、晴子の勢いに対抗できなかった。

   あわわ、と慌てて回りを見る。

   あいにく他の保母たちは忙しかった。

   はあ、とため息をつく。

   去り行く二人を見ながら、女の子はつぶやいた。

 

   なつかしい、と。

 

   ふと、地面に視線を落とす。

   小さな人形が落ちている。

   晴子が落としていったものだった。

   追おうとしたところで、バイクのセル音が鳴り響く。

   うーん、と考え込む女の子。

   しゃがみ込んで、人形を見つめる。

   しばらくしてから、女の子は言った。

 

「こんにちはっ」

 

   人形は何も言わない。

 

「おひさしぶり、かな?」

 

   首を傾げる。

 

「置いてかれちゃったね」

 

   にはは、と笑う。

 

「でもね・・・」

 

   人形を手に取り、

 

「もう、独りじゃないよ。わたしも、あなたも」

 

   目の高さまで抱き上げて、

 

「わたしは笑えるから」

 

   にっこり、と笑う。

 

「みんなといっしょに、笑えるから」

 

   くるり、と振り向いて他の園児達の輪に向けて歩き出す。

   そして、とても小さな声で人形に囁いた。

 

 

 

「・・・わたしは観鈴を全部覚えているから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

 

 

 

   わたしは・・・

 

   重い病だった、のだそうだ。

   今ではなんともない。

   妹が言っていた。あたしのお祈りのおかげだね、と。

   たしかに、わたしの記憶の背景は病室の天井ばかりだった。

   小さな頃から三カ月くらい前まで、入退院を繰り返していた。

   そこで私は、毎晩夢を見ていた。

   細かいところまでは、良くわからない。

   夢の中、わたしは髪の長い女の子になっていた。

   わたしより年上の、おねえさん。

   その夢のことを、毎日お母さんに話した。

   お母さんは微笑んで、わたしの話を聞いてくれた。

   幼なじみの男の子にも話した。

   ・・・あの子は、物心ついたときから隣に居た。

   いつもお見舞いに来てくれた。・・・遊んでくれた。

   同じ夢を見ていたのだろうか、あの子はその夢の話を知っていた。

   あの子も、黙ってわたしの話を聞いてくれた。

 

   その夢の中、わたしは旅をしていた。

   背の高い男の人といっしょだった。

   その人は目つきは恐かったけど、とても優しい人だった。

   その人とわたしは、いっしょに劇をする。

   いろんな町の、たくさんの子供たちを楽しませた。

   夜は星空を見上げながら、いっしょに眠る。

   とても楽しい毎日だった。けれど・・・

   ある日、わたしはひとりぼっちになっていた。

   そこは、空の彼方の風の吹く世界。

   わたしは独りで、この星を見おろしていた。

   だれかを待っていた。きっと、あの男の人だろう。

   やがて、遠くの空にもう一人、微笑んでいる人が見えた。

   はっきりと見えた。

   白い翼のある、長くて黒い髪の、きれいなお姉さんだった。

   「さようならっ」と、その子が言って、夢は終わった。

 

 

   夢の終わった、その次の日。

   とても気分が良かった。

   体が軽い。昨日までの自分が嘘のようだった。

   あの子がお見舞いに来て、私の手を取って言った。

   それなら海に行こう、と。

   私はうなずいて、白い木綿のサマードレスを身に着けた。

   お母さんが選んでくれたものだった。

   今日のために選んでくれた・・・なぜかそんな気がした。

 

   その日は久しぶりに外の空気を吸い、海で遊んだ。

   いっぱい遊んだ。

   いつのまにか、日が傾いていた。

   あの子はだれかを待っているみたいだった。

   夕焼けになるころ、あの子が立ち上がった。

   山の方を、じっと見つめている。

   あの子の視線の先。

   堤防の上に、男の人と女の人が座っていた。

   なんだか、とても懐かしい感じがした。

   行こう、とあの子が言った。

   どこへ、とわたしはたずねた。

   伝えたわけでもないのに、あの子はわたしの行きたい所を知っていた。

   夕焼けの向こう側。いつか行ってみたい場所。

   見てみたい、とわたしは思った。

   そのとき、堤防の上で女の人が手を振った。

   あの子が答えている。

   わたしはもう待てなくて、先に立って歩き始めていた。

   少し遅れて、あの子がついてくる。

   そのまま、砂浜を歩き始めた。

   あの子といっしょに。

   どこまでもどこまでも。

 

 

   きれいな夕焼けが続く。

   どのくらい歩いたろうか。

   突然、足が動かなくなり、歩けなくなった。

   無理をしたのだろうか。また悪くなったのだろうか。

   また病院に戻るのだろうか・・・。

   ・・・わたしはとても悲しくなった。

   涙があふれた。

   倒れそうになった、次の瞬間。

   わたしはあの子の腕の中にいた。

   あの子が向かい合って、両手をつないでくれた。

   微笑んでいた。

   だいじょうぶ、と言った。

   ずっとそばにいるから、と。

   懐かしい言葉だった。

   どんな哀しみも打ち砕く、強く優しい言葉だった。

   だから、目をこすってから、笑った。

   あの子も笑った。

   立ち止まり、二人で笑い合った。

   胸の奥が、とても暖かかった。

 

   行こう、とあの子が言った。

   もうちょっとだから、と。

   わたしの足は、まだしびれている。

   ふくらはぎが夕焼けに染まり、血が流れ出ているかのよう。

   でも、この子といっしょなら何でもできる。そう思った。

   わたしは前を見、そして片手をつないだまま、一歩を踏み出した。

   次の瞬間・・・

 

 

   わたしは、青い空の下にいた。

 

 

   ちがう世界みたいだった。

   まるで、世界の区切りがあって、そこをまたいだようだった。

   今までの夕暮れが、夢のようだった。

   わたしではなく、誰かの夢の中。無限に続く、哀しい夢。

   そこに囚われていた、わたしたち。

   そこから抜け出した、わたしたち。

   ・・・そんな感じがした。

   ここは、どこなのだろう?

   確かめるように、空を見上げる。

   空があった。

   白い砂浜の上、青い空と、白い雲。

   そして、つないだ手のぬくもり。

   見ると、あの子は空を見上げたまま、目を閉じていた。

   わたしも目を閉じた。

   なぜか、視界は青いままだった。

   そのまま下を見て、叫んだ。

   地面が、ない。

   わたしとあの子は、空の上にいた。

   そして、わたしたちの目の前に、あの夢の女の子が眠っていたのだ。

 

   それは、背中に白い翼のある女の子だった。

 

   夢で見たままの姿だった。

   両膝を抱えて、ぐっすりと眠っている。

   この空に眠る、栗色の髪の天使の女の子。

   その女の子のまぶたがゆっくりと開いていく。

   視線が合う。空色の瞳。

 

   微笑む。

 

   流れ込んでくる。

 

   その子が感じた、最後の幸せの記憶・・・

 

 

 

   そしてわたしは、思い出し始めた。

 

 

 

   初めは、何が何だかわからなかった。

   どこまでが自分で、どこまでが観鈴なのか。

   ・・・押しつけられたような気がした。

   わたしはわたしだ。観鈴ではない。

 

   でも、嬉しかった。

   観鈴には大切な人がいた。

   大好きな人たちがいた。

   隣で支えてくれる人がいた。

   遠くで見守る者もいた。

   観鈴はすべてを愛していた。

   わたしはその記憶を、いま生きているこの世界に重ねることができる。

   それがとても嬉しかった。

   観鈴が感じていた世界は、とても美しくて・・・

    気づこうと努力すれば、世界は優しさに満ちていた。

 

       空。

 

       海。

 

       大地。

 

       大気。

 

       生命。

 

   そして、生命のない物にさえ、その優しさは宿っている。

 

   そのたくさんの中の、わたし。

   わたしと観鈴。

   ・・・わたしたち。

   たくさんの友達と、いっぱいの幸せ。

   観鈴の願いは、わたしの願い。

   かなえられた最後の願いが、もう一度かなったらいいと思う。

   かなえてあげたい、と思った。

   わたしがかなえてあげよう、と思う。

   きっと、この子は手伝ってくれるだろう。

   この子の隣が、わたしの場所。

   この子がいれば、わたしは安心して笑うことができる。

 

   ・・・生まれて初めて、わたしがわたしになったような気がした。

 

 

   目を開き、現実の空を見上げる。

   天使の夢は一瞬だった。

   でも、わたしは知っている。その夢はまだ続く。

   観鈴の哀しい過去へ向かって。観鈴が生まれる瞬間まで。

   わたしはそれに耐えられるだろうか・・・?

   そんな不安を感じたとき、つないだ片手が強く握られた。

   懐かしい、温もり。

   くじけそうになった観鈴を救った、暖かい手。

   この子は、往人そのものなのだろうか? それともあの鴉の子?

   わからない・・・

   でも、この子はこの子だ。

   わたしの幼なじみ。

   わたしの大切な人。

   見つめているわたしに気づき、微笑んでいる。

 

   ・・・大丈夫だ。

 

   わたしは独りじゃない。

   観鈴も、翼の女の子も、独りではなかった。

   助け合って、やりとげた。

   そして、最後は笑ってた。

 

   大丈夫。

 

   わたしは知っている。 彼女たちの幸せを。

   そして、信じている。 彼女たちがくれた、わたしたちの未来を。

 

   向かい合って、両手をつなぎ合った。

   そしてもう一度、二人で青空を見上げた。

   この大気には今も、翼の女の子の想いが込められている。

   はるか昔へ、彼女が届けた優しい記憶が、この世界の始まりになった。

 

   ・・・こんどはわたしたちの番なんだ。

 

   楽しいことも、哀しいことも全て刻んで行こう。

   翼の女の子と同じように。

   今度は二人で。 この子といっしょに。

   連ねれば幸せに変えられる。

   刻むだけでなく、作り出すことだってできる。

   たくさんの友達。いっぱいの幸せ。

 

   そして・・・すべてに、幸せな記憶を。

 

 

 

 

 

   気がつくと、潮が満ちていた。

   足をさらう白波が、くすぐったい。

   立ったままでいると、足の裏から砂が逃げていく。

   だから、じっとしていられない。

   それはわたしたちに囁く、この星の声だった。

 

     さあ、歩こう

 

     さあ、始めよう

 

   立ち止まってはいられない。

   前に進まなければならない。

   握る手に力を込める。

   ただそれだけで、わたしの想いはこの子に伝わっていた。

   うなずいて、踏み出す。

   いっしょに、さけぶ。

 

「「 よーい、どんっ! 」」

 

   踵を蹴った。

   大地が答えた。

   景色が流れる。

   風になる。

 

   走る。

   走る走る。

 

   わたしたちは走り続けた。

   ただただ、今生きていることが嬉しくて。

   走らずにはいられなかった。

   いつしか、靴が無くなっていた。

   ころんで、びしょぬれになった。

   それでも、走った。

   空の青はとても近くて、羽ばたけば二人で飛んで行けそうだった。

 

 

 

   わたしは決して忘れない。

   この青い空を。

   運命から勝ち取った、この空の下の幸せな物語を。

 

 

 

 

 

   AIRを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

 

 

 

 

 

 

 

   ・・・触れられる感覚があった。

 

   気がつくと、私は女の子に抱きかかえられていた。

   懐かしい感覚・・・・覚えている。

   千年の向こう側の記憶が、私に伝えている。

   この子は、あの子だ。

   そのものではない。

   しかし、あの子に間違いない。

 

   と、怪物の叫び声が鳴り響いた。

   大きなバイクが動き出すところだった。

   男の子が巨大なヘルメットを被されて、座っている。

   というか、縛り付けられているように見えた。

   エンジンが怒鳴る。

   ヘルメット無しの母が手を振った。

   男の子はバイクにしがみついたままだった。

   女の子は、二人が今日中には帰れない予感がした。

   だから、手を振って叫んだ。

 

 

 

「また明日っ!」

 

 

 

   女の子は私を連れて、子供達の輪に戻っていく。

   私が、みんなに紹介される。

   他愛のないおしゃべり。

   子供達の笑い声。

 

   ・・・私は知っている。

 

   それがこの星で、何よりも素晴らしい宝物であることを。

 

   ふと、あの日の、青年の祈りが聞こえてきた。

 

 

 

 

 

               ” 舞ってくれ ”

 

 

 

 

   ・・・ああ。

   約束は果たすとも。

   見ているか、柳也?

 

   この子が笑っている。

 

   みんなと一緒に笑っている。

 

   千年の約束が私たちに与えた力は、無駄ではなかった。

   君たちが編み、私が綴ってきたこの物語も、もうすぐ眠りにつくようだ。

   しかし、それは失われたりはしない。

   この子とあの子が、二人で覚えていてくれる。

   ・・・継いでくれる。

   私は、最後の力を振り絞り、自ら身を起こした。

 

 

   舞った。

 

 

   子供達から驚きの声が上がる。

   すぐに、笑い声に変わる。

   それが私の役目。

   私の幸せ。

   私の最後の記憶が、幸せ色に染まっていく。

 

   いま、気づいた。

 

   幸せの色とは、あの空の色だったのだな。

   はるか昔から人間というものは、あの空を見上げ、望み、目指したのだな。

   届かぬ想いを込めて・・・見えない翼を羽ばたかせて。

 

   私は人間ではない。

   でも、幸せというものがどんなものか、今わかった。

 

   また会おう。

   みんな。

 

 

 

 

 

 

   消え往く力が残した最後の感覚。

 

 

    風が吹いて来る。

 

     とても、すずしい風。

 

      夏のおわりのにおい。

 

        でも・・・

 

 

 

 

 

 

 

              この星の物語は、始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

                                        以上。

 

 


 
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