No.419163

真昼の月の夢 -二次創作優雨ルート・2-

くれはさん

「処女はお姉様に恋してる 2人のエルダー」の二次創作作品。本作品は、私の書いた二次創作優雨ルート、第二話となります。……1話~3話は原作本編内の描写を近い形で使っている部分も多くあります。その点、改めて御了承下さい。問題があるようでしたら削除致します。

PSP版発表前に書き始め、pixivにて2011年4月10日に最終話を投稿した、妄想と願いだけで書いた、PC版二次創作の優雨ルートです。最終話の投稿から1年が経過し、別の場所にも投稿し、そこでの評価を知りたい、と考えTINAMIへの投稿を致しました。拙く、未熟な部分ばかりの作品ですが、読んで頂ければと思います。

***

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2012-05-06 14:39:34 投稿 / 全27ページ    総閲覧数:1276   閲覧ユーザー数:1263

――わたしはただ見守るだけ。ずっと、そう思ってた。

 

見えていても、触ることは出来なくて。声も伝えられなくて。

きっと、幽霊さんってそういうものなんだな……って、諦めてた。

それでも……ちーちゃん達を見ていられるのなら、幸せだと思ったから。

 

 

でも、ちーちゃんを助けたいって……そう思ったとき。

私は、またちーちゃん達に関わる事ができた。

 

 

 

ちーちゃんを見ていたことを、伝えられた。

 

お母さんの事を、ちーちゃんにお願いできた。

 

史に、わたしを思い出してもらえた。

 

 

 

きっと、それだけで十分だって……思ってたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

……ね、ちーちゃん。

 

 

わたしは、どれだけ願っていいのかな。

 

どれだけ、甘えていいのかな――

 

 

 

************

 

 

真昼の月の夢

 

 

************

 

 

『――それでは、これから創造祭の準備における諸注意等について……』

 

……11月上旬の、ある日の朝会の時間。

生徒総会が終わり、朝会後の連絡事項も減って来た頃。壇上に立つ初音さんは「それ」の説明を始めた。

 

生徒達の間では学院祭の名で通っているこの行事の正式名称は、創造祭。

他校の文化祭などと同じく、生徒達の手で何か出し物をしたりするものだそうだ。

……お嬢様学校でも、こういうところは変わらないんだな。体育祭も大体似たようなものだったし。

僕は実際に参加するのは初めてだから、色々と異なる所があるのを知らないだけかもしれないけど。

 

……例えば。

 

「……はぁ」

 

薫子さんの、この憂鬱そうな反応とか。

普通に考えれば、学院祭――文化祭なんて、生徒が楽しみながら参加するイベントの最たる物だと思うけど。

 

「……どうされたのでしょうか、薫子さんは」

「ええと……薫子さんにも、色々とあるのではないでしょうか」

 

僕の疑問に、聖さんが苦笑しながら答える。……本当に、何だろう?

 

『最後に、もう一つお知らせがあります。今週末より、降誕祭で行われるダンスパーティの為の

 ソシアルダンスのレッスン会が行われますので、参加希望の方は――』

 

……と。

少しぼんやりしていたら、学院祭についての諸注意が終わり、初音さんは次の連絡の内容を話ていた。

どこまで聞いていたかな……。聞き漏らしたら不味い部分があったりしないか、

あとで薫子さんか史に確認しようか……薫子さん達は最低1度は経験しているんだし。

 

 

 

……この時、そんな風に悠長に考えず、もっと早く聞いておけば。

少しは、この後のダメージも違ったのかもしれない。

 

 

***

***

 

 

「――できた」

「じゃあ、今日も見させてもらいますね……うわ、左上のバランスが悪い」

 

――放課後の修身室。

そこでは、何時も通りに華道部の部活動を行う雪ちゃん、雅楽乃、僕、

華道部の女生徒……それに、スケッチブックを手にしている優雨の姿があった。

 

……優雨が華道部に足を運ぶようになって、もう一ヶ月が経つ。

その間に、何度も雪ちゃんの花を描き、見せて……を繰り返し。

 

「お姉さま。雪ちゃん、とても楽しそうですわね」

「……ええ」

 

優雨と雪ちゃん、雅楽乃は大分仲良くなったみたいだし。

それに優雨のクラスメイトで華道部に所属している生徒もいて、そこから他の部員とも交流が広がっている。

ちょっと変則的ではあるけど、こういう関係の広げ方も良いと思う。

……と、そんな風に思いながら優雨達の方を見ていたのだけど。

 

「……千早お姉さまは、どうなさるのかしら」

「演目も、どうなるのか気になりますわね……」

 

……ざわざわと。

僕が修身室に入ってきたときから、下級生達が僕の方を見ながら話をしている。

それも、少し熱の籠もった様子で。声が大きくなる度に、

 

「皆さん、今はまだ部活動の時間中です。雑談は出来る限り控えて頂きます様」

 

と、雅楽乃が注意してはいるのだけど……あまり効果は見られない。

雅楽乃も、何度か注意を飛ばしながらも、まあ仕方ない……というような顔をしている。

 

……朝会後の連絡では、最上級生は催し物を行う義務はない、と聞いている。

ただし、クラス単位でなら任意の方法――例えば何処かのクラスに協力するとか、

そういった事は可能である、とも。……その関係だろうか?

 

 

それから、少し経って。

 

「……時間ですわね。本日の部活動は、此処までに致しましょう」

 

雅楽乃がそう言った――瞬間。下級生達が僕の方を向いて詰め寄って来……え?

え!?なんかすごい目が光ってるんだけど!?

 

「千早お姉さま!千早お姉さまは勿論、生徒会のリクエスト、参加なさるのですよねっ!」

「学院祭での演劇、楽しみにしてますわ!」

 

何!?生徒会のリクエストって……それに演劇って!一体なんなのさ……!?

 

……僕は、驚きで声を発する事もできないまま。

下級生の輝く目に囲まれていた……。

 

 

 

 

 

「……そうでしたね。千早お姉さまは今年からの転入ですから、ご存じないのですよね」

「それは……もしかして凄く悪い事しちゃったんじゃないでしょうか、私達」

 

……騒ぎが少し落ち着いて。

僕は、雅楽乃達から学院祭に於けるリクエストについての話を聞いていた。

因みに、先刻僕のほうに寄って来た生徒達はちょっと離れた所で僕達の様子を見ていた。

自分達のした事を反省しながら、僕に期待の目を向け続ける……そんな器用な表情をしながら。

 

――学院祭では、各クラスで行うものとは別に、生徒会主催で一つの催しを行う。

その内容は、全校生徒からのリクエストの集計によって決定する。

ここ数年の集計結果での1位は、ずっと演劇が続いている。

 

……そして。

リクエストによる演劇の主役は、その年度のエルダーである――

 

「……とまあ、そういう事なんですけど」

「…………成る程、ね」

 

雅楽乃と雪ちゃんからの説明が終わって。……僕はようやく、事態を理解した。

薫子さんのあの様子は、つまりこういう事だったんだ……。

 

「……クラスのみんなが話してるの、きいてたけど」

 

……それまで静かにしていた優雨が、僕と雅楽乃、雪ちゃんの方を見て。

 

「ちはや、舞台にでるの?」

「通例であれば、そうなるでしょうね。エルダーのお姉さまの舞台となれば、見たい生徒は多いでしょうし。

 ……一応、参加するかどうかはエルダーの意志で決められるそうですけれども」

 

優雨の言葉に、雅楽乃がそう答える。

一応……って言ってるって事は、拒否権はないに等しいんだろうな……。

……そんなことを考えていたら。

 

「……ちはや」

 

優雨が、不安そうな顔で制服の袖を引っ張ってきた。

……極力いつも通りの表情を維持してたつもりだったんだけど、優雨には嫌そうに見えたんだろうか。

 

「ちはやは……劇にでるの、いやなの?」

「それは……」

「……だったらわたし、リクエストに劇ってかかない。ちはやが、いやがってるから」

 

……その言葉で。先刻まで少しざわついていた修身室の中は、静かになった。

少しだけ興奮していた様子だった生徒達は、気まずそうな顔になっていた。

 

――私達は、お姉さまに期待を押し付けていたのでしょうか。

 

……そう、生徒達の方から声が聞こえた。それに続けて、

 

――私も、お姉さまの迷惑になるかもしれない事を考えたら……書けません。

――無責任でした、わたくし。

 

そう、ぽつぽつと聞こえてくる。

……こんな空気にするつもりはなかったんだ、けど。僕の所為、だよね……。

 

……よし。

 

「……優雨。貴女が言っていた舞台の話、覚えているかしら」

「…………え?うん」

「私は、優雨に舞台に立つ私の姿を見せたい。……そう思っては、駄目?」

「でも……」

 

優雨は、戸惑っている。確かに舞台の話をしたのは優雨だけど、

それが、僕自信が嫌がっている事をやろうと思う理由になると――そう思っているんだろうか。

……なら、それは違う。

 

「私はね、優雨。私の舞台を見て欲しい……そしていつか、貴女の舞台も見せて欲しいの」

「わたしの、舞台……」

「……そう。だから、優雨が舞台をいつか見せてくれるのなら……私は、頑張ろうと思うわ」

 

……僕の言葉に。

 

「……うん。わたしも、がんばる」

 

優雨は、そう返してくれた。

さて、後はこっちにも……。

 

「雅楽乃。私は、エルダー選挙で選ばれたエルダー……なのですよね。

 ……なら、全校生徒の妹の為に頑張るのも、一番上の姉として悪くないかもしれないわね」

 

出来る限りの笑顔を作って、雅楽乃、雪ちゃん……それに、他の部員達に向けて話しかける。

 

「……お姉さま」

「ただし。学院祭が終わった後、しっかりと感想は聞かせてもらいますから……

 姉の頑張りが妹達にはどう見えたのか、教えて貰うわね」

「……はい。学院祭のお姉さまの姿、楽しみにお待ちしております」

「私も、楽しみに待っています!」

「千早お姉さまの姿、この目に焼き付ける覚悟で見させていただきますわ!」

 

雅楽乃が答え、その後に下級生達も続く。

……雪ちゃんは、ちょっとだけ居心地悪そうな顔をしていたけれど。多分、これでいい。

全校生徒からのリクエストであれば、華道部の生徒が投票しなかった所で

結局結果は変わらない、というのもあるけど。……優雨に舞台を見せたいのも、本当だから。

 

 

 

 

……その後、華道部が終わった後の帰り道で。

 

――結局、千早お姉さまに無責任なお願いをしてるじゃないですか、私達。

   9月みたいで、なんか嫌だな……。

 

なんて、雪ちゃんは言っていたけど。

優雨のためにすると覚悟は決めたのだから、構わない。

 

……演目は、内容によってはちょっと構うかもしれない……けど。

 

 

***

 

 

その日の夜。

 

「…………千早は、本当に優雨ちゃんに甘いよね」

「史もそう思います」

 

部屋で頭を抱えている薫子さん、それに薫子さんの部屋に行く時について来た史にこの話をしたら、

そんな事まで言われてしまった。……僕自身はそうは思ってないんだけど、そうなのかな?

 

 

 

……そして、その翌日。

リクエストの集計の結果は、演劇に決まった……と、初音さんから聞かされた。

 

 

演劇の演目はまだ決まっていない、という話もその時に聞いたけど

……その時に陽向ちゃんが複雑そうな顔をしていたのは何だったんだろうか。

 

***

***

 

――言えないですよねー、その演目を決めるのに関われる立場にいるなんて。

 

目の前で交わされている、お姉さま方の話を聞きながら。私はそんな事を思っていた。

今日の部活中、生徒会から打診があった……という事で、文芸部の部員全員に話があった。

その内容としては――

 

 

部員全員が一つずつ、締め切りまでに脚本を書いて提出する事。

観客、演者が理解し易い物である必要があるので、出来れば古典の手直しが望ましい事。

観客が見て、面白いと思える物を書く事。上演時間内に収まるものを書く事。

最終的には、生徒会役員の内容チェックがあるけど……まあ、あの人なら大体大丈夫でしょ。

……そして、全ての脚本が採用に満たないと判断された場合は、

文芸部、並びに演劇部に保管されている既存の脚本を使用する。

 

……こんな感じ。

部活仲間の子は、自分の脚本でお姉さまが舞台に立って下さるかも……

なんて、目を輝かせてたっけ。採用されたら卒倒する子も出てきそうだなー、とか。

 

それにしても……。

目の前でライト百合とかホモセクシュアルっぽい話題を振られると、つい反応しそうに。

初音お姉さまも千早お姉さまもそんな事は考えてないんでしょうけど

…………そういうのに反応しちゃう私が腐ってるんですよね、どう考えても。

 

 

……まあ、それでは。今年はダブルエルダーという前例のない状態な訳ですし。

ここは初音お姉さまのご希望通り、女の子同士の甘々な物語でも考えてみるとしましょうか!

 

採用されなかったらされなかったで、その時は初音お姉さまや千早お姉さまに見ていただいて

感想をいただく、って事で。

 

 

******

******

 

 

「あの、本当に申し訳ないんですけど……

 千早ちゃん、ソシアルダンス講習の臨時講師をお願いできませんか?」

 

――週末を間近に控えた夜。

僕は、初音さんにソシアルダンス講習の臨時講師をしてくれないか……と頼まれていた。

 

「私は構いませんけれど……臨時というのは、何か有ったのですか?」

「はい……講習の為、何人かの生徒に講師をお願いしていたんですけれども、

 お一方が怪我をしてしまって。幸い大きな怪我では無いそうなんですけど、

 足を痛めてしまわれたので、講習には参加出来そうにない……と」

「それは、大変ですね……」

「それで……千早ちゃんなら、こういう事できるんじゃないかな、と思って。

 千早ちゃん、まさしく良家のお嬢様って感じですし」

 

……成る程。それで僕に白羽の矢が立った、と。

外部の人間を呼ぶなら兎も角、生徒を講師にするなら、その生徒は相当な技量を必要とされる。

その点、侍女まで付いている様な良家の子女なら、その心配は殆どないだろうし。

それに家の付き合いでのダンスパーティなら、何度か参加した事はある。

 

 

「……判りました。私で良ければ、臨時講師を引き受けさせて頂きます。

 初音さんのご期待に添えるかどうかは、保証できませんけれども……」

「そんな事ありませんっ、きっと千早ちゃんなら良い講師さん間違いなしですよっ!」

 

僕が了承を伝えると、初音さんは喜びながら僕の手を掴んできた。

そこまで期待されても、やり辛いものがあるなあ……。……あ、そういえば。

 

「薫子さんには、このお話はされたのですか?薫子さんもお出来になるとは思うのですけれども」

「あー……うん、薫子ちゃんにも話はしたんですよ。そうしたら……」

 

――いや、無理!あたしに講師とか無理だから!千早にやらせた方が絶対いいよ!

 

「……と、言ってまして」

「薫子さんは……もう」

 

確かに、突然ダンスの講師をしてくれと言われても困る……のは、分かるけど。

……そこでどうして僕の名前が出るかな。

 

 

それにしても、ソシアルダンスの講習……ね。

この学院はエスカレーター進学が可能だし、小等部・中等部と通ってきた生徒なら

そこでソシアルダンスも教えられているだろうし……そういう生徒が参加するとは考えにくい。

……そうすると、この講習は外部から入学・転入して来た生徒向けなんだろうか?

 

 

……まあ、兎も角。

僕は、初音さんの頼み事を受ける事にした。

そういえばこの講習、優雨と陽向ちゃんも行く……って、この間の夕食の時に聞いた気がする。

初音さんが僕に頼んだのは、もしかしてその辺りの事もあるんだろうか。

 

 

***

***

 

――そして、土曜日……講習当日。

壇上では何人かの講師……生徒達が並び、順に紹介されて。僕の番になり、舞台袖から出た――途端。

 

きゃぁぁっ!

 

……今までの紹介ではなかった黄色い声が、突然上がる。

その声は、明らかに僕の登場に反応したもので――

 

「……静粛に!本日、予定していた講師のお一方が急な事情で参加頂けなくなった為……

 臨時講師として、エルダーの妃宮千早様にお手伝いをお願い致しました」

「……妃宮千早です。臨時の講師という立場ではありますが、

 本日は皆さんに出来る限りの指導をさせて頂きたいと思っています。宜しくお願いします」

 

再度、黄色い声が上がる。……いや、そんなに僕ばかり注目されても。

 

「お姉さまに、ご指導頂けるなんて……」

「講習とはいえ、千早お姉さまと……ああ……!」

 

……もしかして。

薫子さんは、これを見越していたんだろうか……?

 

 

 

 

 

「千早お姉さまが講師とは、私びっくりしちゃいましたよ……」

「……そんなに驚かれることなのかしら」

 

……紹介が終わった後。先にある程度の説明と、動き方の指導を軽くしてから……

司会を担当する生徒がそれぞれ講師毎に生徒を分けて、講習が始まった。

僕が担当する生徒は、優雨、陽向ちゃんを含めて6人程だった。

 

全体と個人別での指導をある程度終えて、実際にパートナーと踊るステップに移行して。

今は陽向ちゃんの指導を重点的にしているところだったんだけど……。

 

「私が聞いた話だと、慣例としてそっちの部のお姉さま方が指導される……という話だったので。

 多分他の子も大体同じだと思うので、千早お姉さまが指導なさる事を予想していた生徒は

 一人もいないのではないかと……」

「そう言われれば、確かにそうですけれども……」

 

そう軽く言葉を交わしながら、僕達は踊り続ける。

……音楽にも合ってるし、軽口を交わしながらでもそう動きが乱れない。動きの筋も良い。

それに……基本的なことは全て出来ている。前にどこかで習っているんだろうか?

 

「動きとしては問題ない……というか、充分と言って良いわね。

 これだけ出来るのなら、陽向ちゃんは講習に参加しなくても良かったのでは……と思ってしまうけれど」

 

僕がそう言うと、陽向ちゃんは、

 

「やー……私も一応、実家の近所でやってた社交ダンスの集中講習とかに参加した事はあるんですよ。

 ただ、私の知ってるそれがお嬢様方のソシアルダンスと一緒なのか、ちょっと自信がなかった訳で」

「……成る程、そういう事だったのね」

 

それで、様子を見るために講習に参加した……と。

結果、出来ない生徒の中に出来る生徒が紛れ込む事になってしまった訳だけど。

優雨は目を輝かせながら見ているけど、他の生徒たちは結構驚いている。

 

「……その辺りは大目に見て頂けると」

 

……と。陽向ちゃんは、少し困った顔をしながら返してきた。

 

 

 

 

 

……それから、2人程の練習を経て。

優雨の番が回ってくる。

 

「……こ、こう?」

「焦らなくてもいいのよ、優雨。落ち着いて……」

 

優雨は陽向ちゃんと違って、ダンス自体をやった事がないらしい。

……確かに、優雨の事情を考えればそれは仕方ない。関わる機会自体がないのだから。

 

さて、どうしようか……と少し考えながら。

事前に初音さんから、

 

――降誕祭のダンスは、基本的にワルツのみで行われます。

 

そう、聞いていたから。とりあえず今回は、ワルツだけに絞って教える事にした。

……まあ、降誕祭でタンゴを踊ったり……っていうのも、想像し辛くはあるけど。

 

「……ひなたみたいに、できない」

 

優雨の動きはぎこちない。

足は踏み出す事を躊躇いがちで、手と身体は僕に引かれるまま。

僕も優雨に合わせて、ゆっくりと動くようにはしているけど……それでも時々、

 

「……あ。ごめんなさい、ちはや……」

 

バランスを崩して、僕の身体に寄り掛かってくる。

 

「……大丈夫よ、優雨。優雨は、こういう事をするのは初めてなのでしょう?

 それなら仕方ないわ……誰だって、最初は上手く出来ないものなのだから」

「でも……」

 

優雨の声は、少し沈んでいた。そんなに考えなくても、良いのに……ね。

 

「週末の講習は、この一度だけという訳ではないのでしょう?

 なら、練習をしていく内に……優雨も、陽向ちゃんのように出来るようになると思うわ」

 

僕がそう言うと。

 

「わたしも……ひなたみたいに、できるようになる?」

「ええ、勿論。……その時は、是非一曲御相手させて頂こうかしら」

「……うん。わたし、頑張る」

 

 

……優雨の指導の時間は終わり。繋いでいた手は、ゆっくりと離れる。

空いた手を次の生徒に向け、手を取って――

 

「……では、始めましょうか」

「はいっ!お姉さま、ご指導宜しくお願いしますっ!」

 

 

 

それからまた何周かして、優雨と陽向ちゃんを指導して。

最終的には、優雨もそれなりに動けるようになり――

 

ソシアルダンス講習は、日が暮れる少し前に解散となった。

 

 

***

***

 

……それから、しばらくは。

 

初音さんのお願いで、学院祭で優雨と陽向ちゃんのクラス2つの合同企画に協力する事になった、とか。

母さんが学院祭に来ると言い出したので、史と協力して策を練り、何とか諦めてもらった、とか。

 

そんな小さな騒動はありつつも、何事もなく過ぎて行った。

何だか、少し不安になるくらいに……僕の見える範囲では、何事もなく。

 

 

(お姉さま方にお話しした制服の事なんですけど……実はロングとミニの2種類のスカートがあるんですよね)

(ロング……)

(ミニ……)

(それで、制服を用意する前に皆さんに聞いておきたいのですけど……どちらがいいと思いますか?)

(お姉さま方は普段ロングスカートの制服でいらっしゃいますし、ロングスカートで良いのでは?)

(でも、ミニ姿の千早お姉さまや薫子お姉さまも良いですわよね……)

(王子の……ミニ……)

(…………それは一考の余地がありますね)

 

(……申し訳ありません、お姉さま方。お姉さま方は、この企画の主役は私達だと言って下さいましたけど

 私達は、お姉さま方との時間をもっと楽しく過ごしたいのです……!)

 

新入生のクラスで。

 

 

 

(千早ちゃん、史……母は、諦めませんからね……!)

 

御門の家で。

 

 

 

(ここでちゅーする)

(おおお……)

 

……そして、寮内で。

そんな不穏な会話が交わされている事も知らずに。

 

***

***

 

――ある日、夕食が終わって。

私は一人、自室で悩んでいた。

 

「どーしましょー……今のままじゃインパクトに欠けるしなー」

 

私の目の前には、ずらりと文字を並べたノートPCの画面がある。

学院祭の演劇の演目選考に提出するための原稿、なんだけど……。

 

「初音お姉さまのご希望に近いものにはしてみましたけど……うーん」

 

 

……『吸血鬼カーミラ』。

アイルランドの吸血鬼伝承を基に書かれた、作家レ・ファニュの怪奇小説。

主役は主人公であるローラと、女吸血鬼カーミラ……

千早お姉さまと薫子お姉さまにお願いするのなら、この2人だとは思うんですけど。

それなら、『女の子同士の甘々な』っていう初音お姉さまの希望に添える気はしますし。

初音お姉さまの考えてる甘々と同じかどうかは疑問ですけど……。

 

そもそも、話自体は落ち着いた表現で構成されてるので……下手にいじると、空気がなー。

私としては、もっとバーンとやっちゃいたいんですけど。折角目に見える演劇な訳ですし。

 

……まあ、考えてたってそう簡単に『バーン』の部分のアイデアが出る訳もなく。

とりあえず、気分転換にちょっとコーヒーでも淹れに行きますか。

 

 

 

……そんな風に考えていたら、食堂に優雨ちゃんがいて。

とりあえず意見を聞いてみようかなー、と思って聞いてみたら。

 

「ここでちゅーする」

「おおお……」

 

……優雨ちゃんは、私の考えに足りなかったものを教えてくれた。

そう、そうですよ……!演劇にするんですから、もっとガツンと!観客が興奮するような!

もっと引き込まれるような!演出のし甲斐のある脚本を書くべきだった……!

 

 

この脚本の方向性だと、千早お姉さまがカーミラになりそうな感じですけど……

申し訳ないとは思うんですが、ちょっと位耽美めなシーンが多くなるのは

演劇の為に必要な事だと思って諦めてくださいね、千早お姉さま……?

 

 

***

***

 

「……ふぁ」

 

――11月も、中旬に差し掛かろうとしている頃。

僕達は登校する為、揃って並木道を歩いていた……んだけど。

その道中、初音さんが大きな欠伸をしていた。

 

「ちょっと初音、大丈夫?」

「……え?何がですか?」

「欠伸よ、欠伸。……もしかして、気付いてなかった?」

 

そんな初音さんに、薫子さんが声を掛ける。

……初音さんは、少し驚いたような顔をして。

 

「あー……私、そんな大きな欠伸しちゃってましたか?」

「……自分で気付いてもないんだ」

「最近は学院祭関係の仕事が忙しいので……もしかしたら、

 ちょっぴり疲れてるのかもしれません。でも、私は大丈夫ですよ。薫子ちゃん」

 

……そう言っていた初音さんの顔は、やっぱりどこか疲れが見えた。

やっぱり、色々と心配だな……。初音さんは、責任感が結構強いし。

自分を追い込んでしまうかもしれない。

 

「……でも、気をつけてくださいね、初音さん。確かに無理が必要な時ではあるかもしれませんけれど

 無理をして体を壊してしまっては、元も子もありませんから」

 

そう、僕は言ってはみるのだけど。

でも初音さんは、僕のその言葉に……笑顔で。

 

「大丈夫ですっ、生徒会長ですからがんばらないといけませんし。

 ……あ、いけない。忘れるところでした。千早ちゃん、薫子ちゃん、

 今日から練習に入るそうなので、宜しくお願いしますね」

 

 

 

その笑顔は、僕達を安心させる為のものだったんだろうけど……

それもきっと、責任感の現れの一つで。やっぱり、初音さんはどこか無理をしている感じがした。

 

 

***

***

 

 

 

「――今日は、お姉さまはいらっしゃらないんですね」

 

放課後、いつもみたいに華道部に来て絵を描いてたら。

あわゆきが、なんだかがっかりしてるような顔で……そんなふうに言った。

 

……あわゆきが言った通り、昨日まで来てたちはやは……今日は、ここには来なかった。

 

「今日から本格的に演劇の練習に入る為、来るのが難しくなる……

 そう、お姉さまから伺っております。今後暫くは、このような感じになるのかと」

「……そっか」

「あら、雪ちゃん……お姉さまがいらっしゃらなくて、寂しいですか?」

「何をどう見たら、そう見えるかな……うたちゃんは」

 

うたのとあわゆきが、ちはやの事で話をしてる。

……ちはやは、今日は来ないんだ。ちょっと寂しい……かも。

 

「……優雨さんも、寂しいですか?」

 

……そんな、私の心が分かったみたいに。

うたのは、私にそう言ってきた。

 

「……うん。ちょっと寂しい」

「……私も同じです。お姉さまが居るのが、当たり前になっていましたから……

 お姉さまの居ない時間は、少々長く感じます」 

「うたの……」

 

うたのは、ちょっと笑って。

 

「雪ちゃんも、お姉さまに甘えられなくて寂しそうですし。

 ……私達、皆寂しんぼですね」

「…………うたちゃん?なーんで私までちゃっかり寂しんぼ仲間に入ってるのかな?」

「あら、間違ってはいないと思いますけれど……

 だって雪ちゃん、普段はもっと楽しそうですもの」

 

……うたのにも、そう見えるんだ。

やっぱり、今日のあわゆきはなんだか元気がない気がする。

 

「……うん。あわゆきは、ちはやといる時は……なんだか楽しそう」

「雪ちゃんは、お姉さまに甘えるのが上手ですから……私もちょっと羨ましいです」

「ちょ、ちょっとうたちゃん!?あれをどう見たら楽しそうに見えるの!?」

「楽しそうではありませんか……あんなに生き生きとしていて。私は、甘えるのが下手ですから」

「え、えぇー……うたちゃんの方が、お姉さまにべったべたじゃない……」

「……あわゆきも、結構べたべたしてる」

 

 

 

……そんなふうに、ちはやのいない華道部の時間は過ぎていった。

 

******

******

 

――本格的に演劇の練習が始まり。

授業が終われば、放課後は演劇の練習。夜も、寮内で読み合わせ。

休日も練習の為、学校に行くようになり……。

 

「……ふぁ」

「はつね、だいじょうぶ……?」

「大丈夫ですよ、優雨ちゃん。まだまだ元気いっぱいですから」

 

寮内での読み合わせ中。

読み合わせに同席していた優雨はが、初音さんを気遣う……けど。

初音さんは、大丈夫としか返さない。

 

 

……演劇の練習と生徒会の仕事を並行して行っている初音さんの疲労は、

見た目にも溜まっていくばかりのように見えた。

 

 

***

 

……そうした日が続いた後の、ある夜の事。

 

「……今日は、この辺にしようか。もう大分遅いし」

「薫子さんがそう言うのでしたら。明日も授業はありますし、充分な休息は必要ですしね」

「じゃ、そういう事で。お疲れ様、千早」

「……ええ。お疲れ様です、薫子さん」

「お休みなさいませ、薫子お姉さま」

 

扉を開き、薫子さんの部屋を出る。今日は、薫子さんの部屋で練習をしていた。

練習の参加者は……演者になる僕、薫子さんと、手伝いをしている史。

初音さんは、学院祭関係の仕事が有るから……と言って、今日は参加していなかった。

 

「それでは千早さま、史は一度部屋に戻らせて頂きます。何か御用がございましたらお呼び下さい」

「判ったわ、史。……私は、少し初音さんの様子を見てきます」

「畏まりました」

 

史は一礼をして、自分の部屋に戻っていく。

その姿を確認してから、僕は階段を降り……食堂へと向かう。

 

初音さんは自分の部屋ではなく、食堂で作業をしていた。

以前一度理由を聞いてみたところ、自分の部屋では安らげる物が近くにある分、

気が散ってしまうからだと……そう言っていた。

 

皆のスペースに仕事を持ち込んでるみたいで気が引けるんですけど――なんて、

そんな風に言っていたけど。それが初音さんの頑張りなら、僕は何も言わない。

 

 

「……あ、千早ちゃん」

 

 

……食堂の扉を開けると、初音さんはすぐにこちらに気付き、声を掛けて来た。

手にはペンを持ち、テーブルの上に何十枚もの書類を置き。初音さんは、仕事を続けていた。

 

「仕事の方は……どうですか?初音さん」

「残念ですけど、まだまだなんですよー……ちょっと大変です。

 あ、私がこんな風に弱音を言ってるのは、皆には内緒にしていてくださいね」

「ふふっ……。ええ、判りました」

 

食堂に入ってきた僕と少し言葉を交わしてから、初音さんは再び仕事に戻る。

僕は、初音さんのためにお茶を用意しようかと思い、厨房に向かおう……としたところで。

 

「……あの、千早ちゃん。ちょっとお願いがあるんですけど……

 私が寝てしまわないように、お仕事の監督をしてもらえませんか……?」

 

 

***

***

 

……お茶の準備をして、食堂へと戻り。

千早ちゃんはここに座っていてください――と言われて、僕は初音さんの隣に座った。

更に初音さんが椅子を寄せるように指示したので、かなり近付く形になる。

 

――誰かが近くにいれば、もっと眠気に強くなれる気がしますから。

 

初音さんは、そう言って椅子を更に近づけさせた訳だけど……僕としては、少し気になる。

僕を女だと思っているから、こういう距離でも気にしないんだろうとは思うけど……。

 

「こっちは良いかな……うん、大丈夫そう。こっちは……あ、記入漏れが」

 

初音さんは、そう言いながら書類のチェックをしていく。

……考えている内容を口にすることで、眠気を払おうとしているのかもしれない。

僕は、その作業をじっと横から見ていた。

 

 

 

 

 

……そして、数十分後。

 

「………………すぅ」

 

初音さんは、隣に座っていた僕に体を預け……すっかり、眠ってしまっていた。

見下ろして見るその顔は、穏やかで。

 

……やっぱり、疲れていたんだろうな……と。初音さんの寝顔を見て、そう思う。

ここ暫くは、初音さんはずっと仕事し切りだった。体は相当疲れている筈だ。

 

 

……監督役を望んでいた、初音さんには悪いけど。このまま、少し休ませようと思う。

 

 

でも、このままだと冷えるかもしれないな……と、そう思った時。

キィ――と、扉の開く音がして。

 

「……はつね、ちはや……どうしたの?」

 

初音さんを動かす訳にもいかず、首だけで扉の方を向くと。

そこには、優雨が立っていた。そのままとてとてと、こちらへ歩いてくる。

 

「……はつね、寝ちゃってる?」

 

僕の肩に寄り掛かる初音さんを見て、優雨はそう言った。

優雨が来てくれたのなら、丁度良い……と、僕は考えて。

 

「……ええ。ちょっと疲れてしまったみたいで、眠ってしまったわ。

 このままでは冷えてしまうかもしれないから、毛布を持ってきてくれるかしら」

 

優雨に、そうお願いをした。

 

 

***

 

「…………ん……」

 

大き目の毛布を体に掛けた初音さんが、もぞもぞと動く。

……けれど、目を覚ます様子はない。まだ、深く眠っている。

 

「ちはや……だいじょうぶ?」

 

寄り掛かる初音さんが、重くないか……多分、そういう意味で聞いているのかな。

 

「大丈夫よ、優雨。……優雨も一緒でも、問題ない位よ?」

 

冗談めかして、そんな事を言ってみる。そんな僕の言葉に、優雨は。

 

「うん、わかった」

 

ほんの少し笑いながら、そう答えた。

……あ、そういえば。

 

「優雨、少し聞きたい事があるのだけど……いいかしら?」

「……?うん、なに……ちはや?」

「優雨は……初音さんの事をお姉さまと呼ばないのは、どうしてかしら、と思って」

「…………う」

 

……優雨が、少し困ったような顔になる。

それは、二学期が始まってからしばらく気になっていた事だった。

夏休みが終わって、学院に優雨が戻ってきてから……

僕はまだ、優雨が初音さんをお姉さまと呼ぶのを聞いていない。

 

7月は、ちょっと恥ずかしがりながら呼んでいたと……そう思うんだけど。

 

……そんな、僕の疑問に。

 

「あ、あの……ね?……ちはや、わらわない?」

「ええ。優雨の考えがあるのなら、私はそれを笑ったりなんてしないわ」

「うん、わかった……。…………あの、ね?」

 

「……じつは、お姉さま、ってよぶの……まだ慣れてなくて。わたし、一人っ子だったから。

 ちょっとだけ兄弟にあこがれてて……つい、お姉ちゃん、って呼んじゃいそうになるの」

 

……それは、まあ。

なんとも可愛らしい理由で。

 

「……ちはや、わらった」

「いえ、そんな可愛い理由だとは思わなくて……ふふっ」

 

ぶう、と優雨がむくれる。

優雨の機嫌を損ねてしまっただろうか。……でも、そんな理由だとは思わなかったから。

 

「御免なさいね、笑ってしまって。でも、つまり優雨は……お姉さまと呼び辛い、という訳ではないのね」

「……うん。お姉さま、って呼ぶと喜んでくれて……それが、どきどきするの。

 おねえちゃん、って……こんな感じなのかな、ちはや」

「そうね……」

 

千歳さんは、どうだっただろうか。

僕達は双子だったから、優雨の考えているそれとは少し違った形だったかもしれない。

でも――

 

「私も、そうだったかしら。きっと、そう呼ばれることは嬉しいと……私はそう思うわ。

 ……だから、ちょっと位失敗しても良いから、お姉さま、って呼んであげてはどうかしら?」

「……うん」

 

少しだけ照れながら。

優雨は、僕の言葉に頷いた。

 

 

 

 

 

……それから僕達は、色々な事を話していた。

 

演劇の事。

園芸部の事。

華道部の事。

ソシアルダンスの講習の事。

優雨と陽向ちゃんのクラスの、出し物の事。

 

……そして。

 

 

「……あ、ふぁ」

 

優雨が欠伸をする。……確かに、もう良い時間になっている。

相変わらず初音さんは僕に寄りかかったままだけど、そろそろ起こして部屋に行かせた方が良いかな。

優雨も、もう寝た方が良い。

 

「もう遅いし……そろそろ寝たほうが良いと思うわ、優雨」

「うん、じゃあ……わたしも、ちはやの――」

 

……僕の、何?……と、そう思う間もなく。

優雨は、僕の身体に寄りかかり、胴を滑り落ち……僕の膝の上に、頭を乗せていた。

 

「優雨……?」

「ん……すぅ…………すぅ……」

 

膝の上の優雨は、既に寝始めていた。

……全く。初音さんも優雨も、こんな所で寝てたら風邪を引くじゃないか。

そう思いながら、僕は右手で優雨の頭を撫でて――

 

 

――あれ?

 

 

左肩に、初音さん。膝の上に、右側から寄り掛かって来た優雨。

僕…………もしかして、動けない?

 

「千早さま」

「……っ!?」

 

優雨の時と同じように、首だけを動かして扉の方を見ると……史が立っていた。

史は、少しだけ呆れたような……

 

「千早さまが部屋にお戻りでない様でしたので、下まで降りてきたのですが……

 その御様子では、動くのは難しそうでしょうか」

「ええと、あの……史?ちょっと、助けてはもらえないかしら……」

 

僕がそう言うと、史は首を横に振って。

 

「初音お姉さまと優雨さんを起こさずに、というのは無理かと考えます。

 ……申し訳ないのですが、史には毛布をご用意する事しか出来ません」

「…………そう」

 

……外側から見ている史がそう言うなら、無理なんだろう。

仕方ないと諦めて、初音さんと優雨の枕の役に専念することにしよう。

 

 

 

……その後。

日付が変わってからも暫く、初音さんと優雨は眠り続け……

目を覚ました初音さんに、

 

「千早ちゃん、何で起こしてくれなかったんですかぁー!」

 

と、小声で怒られて。

監督の仕事が出来なかった罰として……「初音さんの仕事を手伝う事」を、僕は申し出るのだった。

 

 

***

***

 

――寮で初音さんの仕事を手伝うようになって。

初音さんの負担は減り、以前よりも疲れは見えなくなった。

 

初音さんは、申し訳なさそう……というよりは、不満そうだったけど。

僕が「罰」として言い出したことだから、非難する事も出来ず困っている様に見えた。

 

……そうして、初音さんも再び寮内での練習に参加するようになってから、少しの時間が過ぎて。

 

 

 

「……ふあぁ」

「薫子さん、大欠伸は淑女らしくありませんよ?」

「もう……良いじゃない、そのくらい。千早は細かいなあ……」

 

……今日は、僕の部屋で練習をしていた。

今部屋にいるのは、僕と薫子さん、それに――

 

「……かおるこ、眠そう」

「千早さま達のクラスは、今日は体育がありましたから……それが原因ではないかと」

 

僕達の練習に付き合っている、史と優雨。

本当はここに初音さんも居たのだけど、今日は早めに休む事にします、と言って部屋に戻っていった。

……無理をしないのは、いい事だと思う。罰を申し出た甲斐もある。

 

「……あー、もう無理。ごめん千早、あたしはもう部屋に戻って寝るよ……」

「では、薫子お姉さまをお送りして……序でに、お茶の準備をして参ります」

「判ったわ、史。……薫子さんを宜しくね?」

「畏まりました、千早さま」

 

あたしは千早に気遣われなきゃいけない程お子様じゃなーい、と良く判らない文句を言いながら、

薫子さんは史に手を引かれて部屋を出て行った。……寝惚けてたんだろうか、薫子さん。

 

 

……さて。

 

「2人だけになってしまいましたけれど……練習はどうしましょうか」

「わたし、まだ眠くないから……もうちょっと、頑張れる」

 

本当は、もう結構いい時間なんだけど……優雨が頑張れるというのなら、無碍にしたくはない。

 

「……では、もう少しだけ優雨に付き合ってもらおうかしら」

「うん。ええと――」

 

幾つかのシーンを、僕と優雨で演じる。

僕がカーミラ役になるから、必然的に優雨はそのシーンに出てくる相手役を演じることになる。

そして――

 

「…ここで、ちゅーする」

 

……優雨の言葉どおり。確かに、話の流れではそうなっている。

放課後の練習でも何度か演じたシーンではあるし、寮での練習でも何度かやっている。

 

勿論このシーンは、実際にキスをする訳ではなく、ただのフリ。

舞台上の演出では、そのシーンははっきりと見せないことになっている。

 

「ええ、確かに話の流れではそうなっているわね。でも、これは練習だから……

 演技は含めず、さらりと言葉だけで済ませてしまいましょうか、優――」

 

……そう、言い掛けた僕に。

優雨は身体を前に乗り出し、僕に顔を近付けて――

 

 

 

「……ん」

 

 

 

唇に、何か温かいものが触れる。

 

 

……………………いま、何……え?

ちょっと、ちょっと待って、落ち着こう。今、何が起こってる?どうして優雨の顔がこんなに近い?

 

 

……というか、僕は、

 

優雨に―――キス、されてる?

 

……えええええええええええええええええ!?

 

 

 

「ん」

 

 

 

混乱する僕の目の前から、優雨の顔が離れていく。

何を……何をどう聞いたらいい?というかどうしてこんな事になってるんだ!?

 

「ゆ、優雨……!?今のは、一体……?」

「ここで、ちゅー。……それを考えたの、わたしだから。考えた人は、ちゃんと守らないと」

 

…………………………………………え??

その優雨の言葉を理解する思考の隙間もなく、僕は硬直する。

……え?…………え??

 

 

「失礼致します。お茶の準備を…………どうなさいましたか、千早さま」

 

扉をノックする音、扉をあける音、史の声。

そこまで聞いて、やっと僕の思考が回復する。……それと同時に、何をされたかもようやく理解した。

 

「ふふふふふふ史……?」

「……あの、本当にどうされたのですか、千早さま……?

 今のような千早さまを、史は今まで見たことがないのですが」

「……?」

 

史は、訝しげな顔で。優雨は、良く判らない……というような顔で。それぞれにこちらを見ていて。

……そんな2人に、僕は。

 

「……な、何でもないのよ?何でも……」

 

何とか声を搾り出して、そう答えるしかなかった……。

 

 

 

……それから後。

何シーンか練習をするものの、僕は危うく何度か間違えそうになって、

史に不審と不可解の目を向けられつつ、そのまま今夜の練習は解散となり。

 

 

「……ちはや、どうしたの?」

「何だか、今日の千早は変ね……どうしたのかしら」

 

 

…………翌日の朝食の時間、意図的に目を逸らすと却って不審がられるので、

優雨から目を逸らす事は避けていたけど……優雨を見る僕の心臓は、跳ね続けるばかりだった。

 

僕を見る優雨は、どう見てもいつも通りの優雨で。

優雨が何を考えてあの行動に出たのか、僕には全く判らなかった。

……まさか、劇の本番で本当にやると思って……いや、まさかそれは……ない、よね……?

 

 

…………ない、と思いたい。

 

 

***

***

 

 

――大好きな人には、いつでも大好きだって伝えられるんだ。

――だから、いつでも。わたしは大好きだよ、って伝えるの。

 

――そうしないと、後悔しちゃうかもしれないから……。

 

 

 

 

……そう、ちとせは言ってた。

 

 

だから、わたしの知ってるもので……大好きを伝えてみたけど。

……でも。

 

「ううううううう……」

 

あの後、そうしてから……ちはやはずっと、うなってる。

わたしのしたのは、ちょっと変だったのかな……?

 

 

……ちはやも、はつね……お姉さまも、大好きなのに。なんだか、うまくできない。

 

******

******

 

「――明後日は練習を行わず、休みにしようと思います」

 

……学院祭を間近に控えた週末。

舞台の監督をしている演劇部の副部長、玲香さんは……

演劇の参加者達を前に、そう言った。

 

 

 

……その日の帰り道。

 

「玲香さんも唐突だよね……いきなり『休みにします』なんて言われても、さ」

「……まあ、玲香さんには玲香さんの考えがお有りなのでしょうから」

 

薫子さんの愚痴じみた呟きに、僕はそう返す。

……確かに、唐突といえば唐突だろう。

事前の連絡などは一切無く、以前に渡された練習スケジュールにも

その日は「練習」の予定だと書かれていた。それについては玲香さんが、

 

――最初から、皆さんの演技の練度次第で休みを入れる事を考えていました。

――そして、私は皆さんの演技が十分な域にあると判断し……

  明後日に休みを入れる事に決めました。

 

――良い結果には、適度な休息も必要であると考えています。

  休日を終えた後の、皆さんのより良い演技を、私は期待しています……

 

……と、言っていた。玲香さんは結構スパルタな面もあるし、

先に休みがあると判っていたら緩みが出ると、そう考えていたのかもしれない。

 

「とは言っても、さあ……何も予定入れてないんだよね。……部屋でごろごろしてるかな」

「薫子さんがそうしたいとお考えなのでしたら、そうすれば良いと思いますよ」

「……なんか馬鹿にされてる気がする」

 

馬鹿になんてしてませんよ……と薫子さんに返しつつ、考える。

……薫子さんと同じく、僕も全く予定は立てていない。……どうするかな?

 

***

 

「……それなら、私と一緒にお買い物に行きませんか?」

 

……夕食を終えた後、僕は初音さんの部屋を訪れていた。

僕や薫子さんと同じく、演劇の参加者である初音さんにも、休日の過ごし方について

少し聞いてみようと思っていたんだけど……初音さんから誘いを受けるのは予想外だった。

 

「ええ、私は問題ありませんけれども……お買い物、ですか」

「はいっ。そろそろ時期になるので、冬物の服を見に行こうと思って」

 

僕としても、特に断る理由はない。

それに、初音さんの息抜きに付き合うという過ごし方も有りかもしれない。

 

 

……そんな訳で、僕は初音さんと出かける事になった。

 

******

******

 

――朝食を終え、身支度を整えて。一旦の待ち合わせ場所となる食堂へと降りる。

そこには、既に支度を終えた初音さんが待っていた。

……それと、史に香織理さん、そして物凄く怠惰なオーラを発している薫子さんの姿も。

 

「遅くなってしまって申し訳ありません、初音さん」

「いえ、そんなに待ってなかったので大丈夫です。薫子ちゃん達とちょっとお話もしてましたし」

「そう言って頂けると有り難いです。……では、行きましょうか」

 

僕がそう言うと、初音さんが椅子から腰を上げ、立ち上がる。

……そして、並んで立った僕達に。

 

「行ってらっしゃいませ、千早さま」

「あたしはゴロゴロしてるよー」

「何かお土産宜しくね、千早」

 

各々がそう声を掛けてくる。……いやいや、お土産って。

 

「香織理さん、そんなに遠くに出る訳ではないんですから……お土産と言われましても」

「だからこそ、よ。こういう無茶振りをして、千早がどんな物を買ってくるか……楽しみに待っているわね?」

 

試したいのか、揶揄いたいのか……どっちなんだろう、香織理さんは。

 

 

 

 

 

食堂を出て、玄関に向かう。

そして、靴を履こう――としたところで、声を掛けられる。

 

「ちはや、それに――お姉さま。おでかけ……?」

 

声を掛けて来たのは、優雨。どうやら、偶然玄関近くまで来ていたらしい。

 

「ええ。これから、初音さんと一緒にお買い物に行こうと思うの」

「……あ、優雨ちゃんもどうですか?一緒にお買い物、行きませんか?」

 

初音さんが、そう優雨に聞く。僕は飽くまで同行者なので、2人のやり取りには何も言わない。

 

「……わたしも、いいの?」

「はいっ、一緒に行きましょう!千早ちゃんも、それで良いですか?」

「初音さんが宜しいのであれば、私が断る理由はありません。寧ろ大歓迎です。

 ……優雨、私と初音さんはここで待っているから、着替えていらっしゃい?」

 

僕のその言葉に、優雨は頷いて。

 

「うん。……ちょっと、待っててね」

 

とてとてと、優雨は部屋に入っていった。

……実は少し心臓が跳ねそうになっていたけど、いつも通りに話せていただろうか。

 

「…………千早ちゃん」

「……え?はい、何でしょうか……初音さん」

 

……もしかして、僕は何か変だっただろうか。

そう思いつつ、初音さんに一応の返事をすると。

 

「……やっぱり、お姉さまって呼ばれるの……良いですよね」

 

……初音さんは、なんだか蕩けそうな顔をしていた。

口元も頬も思いっきり緩んでますよ、初音さん……。

 

 

 

「あら、まだ出ていなかったの?」

 

初音さんの凄い顔を少し眺めていると、先程出発の挨拶をしたばかりの香織理さんが通りかかる。

 

「実は、優雨も一緒に行く事になりまして。それで今は優雨の準備待ちをしているところです」

「そう……。……隣の初音は、気にしない事にしておくわね」

「はああぁぁ……♪」

 

……初音さんはまだ帰ってきていなかった。

優雨が来たら戻ってくるだろうか。……もしくは、悪化する……かも。

そんな事を考えながら初音さんを見る僕に、香織理さんはゆっくりと近付いて――

 

「――両手に花、ね。エスコート役も頑張りなさい、千早?」

 

僕の耳元に唇を近づけ、小声で言って。香織理さんはすぐに離れて、歩いて行ってしまった。

何だか意味深なんだけど…………いや、まさか……優雨との事、見てたりしない、よね?

 

 

 

 

「……お待たせ、ちはや、お姉さま。…………どうしたの?」

 

 

……準備を終えて戻ってきた優雨は、僕達の事を見て不思議がっていた。

 

 

***

***

 

 

「あ、この服可愛いですね……。千早ちゃんに似合いそうかも」

「……すごい、フリフリしてる」

「あの……いえ、何でも。それより、こちらの服はどうでしょう?」

「あ、こっちも良いですね!」

 

最初に、服を見て回る。

初音さんも優雨も、服を手にとって色々見たり、試着したりしている。

僕も……不自然にはならない程度に、話に付き合って。

 

……夏にも、茉清さんや聖さんとこうして出かけた事はあったけど。

服を見に出かけるというのは、各々の好きな傾向が見えて結構面白い。

初音さんがフリルのある服ばかりを選んでいるのも、その傾向の一つなんだろう。

……そこでどうして僕の名前が出てくるのかは判らないけど。寝巻きの所為かな……。

 

 

 

 

「千早ちゃん、これはどうですか?」

「わたし、似合ってる……かな」

 

どれが初音さんと優雨に似合うかな……と考えながら服を見繕っていると、

試着室の方にいる2人から声が掛かる。

 

この後も、もう何時間か服を見て回るんだろうけど……服を前に目を輝かせる初音さん達に、

試着しない為の言い訳はどこまで通るんだろうか、などと考えつつ。

初音さんと優雨が待っている試着室の方へ、僕は足を運んだ。

 

 

***

 

 

「ふう……今日は結構はしゃいじゃった気がしますねぇ」

「ちょっと、つかれちゃった……」

 

――時刻は、既に夕方。

あれから大きく日は傾き、周りにある大きなビルも夕日の光を照り返し、眩しく光っている。

 

あの後、更に服を見て回り、その後に小物も見て。それから僕達は、喫茶店に入って休んでいた。

女の子の買い物はやっぱり長いけど、それに疲れずに付き合える僕も慣れてきてる……のかな?

 

 

 

「ちはやも、お姉さまも……舞台、頑張って。わたし、すごい楽しみ」

「もちろん、頑張っちゃいますよっ」

「優雨の期待に応えられるように、出来る限り頑張ってみるわ」

「大丈夫ですよ、練習の時の千早ちゃんはそれはもう……」

 

僕も時々相槌を打ちつつ、初音さんと優雨の会話を眺める。

優雨も初音さんも楽しそうに話していて。初音さんの話に、優雨は目を輝かせていたりして。

優雨は、本当に学院祭を楽しみにしているのかな、と思える。

 

……だから、その為に。僕は出来る限りのことをやろうと思う。

優雨と陽向ちゃんのクラスの手伝いにしても、舞台の事にしても。

 

 

 

 

「そういえば、さっき千早ちゃんはちょっと離れていたみたいですけど……どうしたんですか?」

 

そう、初音さんに聞かれる。それに対して僕は。

 

「香織理さん御所望のお土産を買いに、少し」

 

……まあ、微妙な顔はされるかも知れないけど。

 

 

***

***

 

 

「……千早、私はお土産を頼んだのだけれど。

 材料を外で買って此処で調理するのは、お土産とは言わないと思うわよ?」

「香織理さんにそう言われるとは思っていました。最初は、話題のお店のシュークリームや

 ケーキなどを買って帰ろうかと思ったのですけど……お菓子では何か言われるかな、と思いまして」

 

そう言いながら、僕はテーブルの上に出来たばかりのデザートを人数分並べる。

厨房では史が、作ったものに合わせたお茶の準備をしている。

 

……寮に帰ってきて、夕食前から準備を始め。

そして夕食を終えた今、僕は出来上がったものを香織理さん達の前に出している。

 

「……良く判ってるわね。もしお菓子を買ってきたら、

 『千早の手作りのほうが美味しいわね』と言おうと思ってたのに。……詰まらないわ」

「あたしは別に、何でも良いけどね。一日ゴロゴロしてただけなのにデザート付きとか、良い休日になったし」

「私もそうですねー。何と言っても千早お姉さまのお菓子は絶品ですしっ」

「……ううっ、こうなるんだったらさっき喫茶店でケーキ注文しなければよかったぁ……。甘いの、2個目……」

「な、なかないで、お姉さま……」

 

……初音さんと優雨には、先に言った方が良かったのかな。

でも、疲れた時は甘い物が欲しくなるって言うし……喫茶店で止める訳にもいかなかったし。

……まあ、これも含めて。今日の休みに、初音さんが満足してくれればいい。

 

「千早さま、お茶の準備が出来ました」

「そう。では、お願いね……史」

「畏まりました」

 

史は僕の言葉に頷きを返し、皆のティーカップにお茶を淹れ始める。

……さて、それじゃあ。

 

「まあ、一応お土産と言う事にして置いてあげるわ。……頂くわね、千早」

「いただきまーす!」

 

香織理さんと薫子さんの声を合図に、皆がデザートに手を伸ばす。

明日からは、演劇練習も大詰め。学院祭の舞台の時まで、頑張ろうと思う。

 

 

******

 

 

――そして、学院祭の日がやって来た。

 

******

******

 

 

――お嬢様学校らしく、粛々と。

けれど、その内側にはやはり学生らしい熱気を秘めて。

少しのざわめきと共に、学院祭開始までのほんの僅かな時間を生徒達は過ごしていた。

 

 

 

…………ところで。

 

「……この制服は、何なのかしら」

「さあ……」

 

学院祭では、優雨と陽向ちゃんのクラスを手伝う……

そう決めていた僕達3-Cの生徒は、その予定通りに企画を行う優雨達のクラスへと行き。

僕達の方でも予め決めていたシフトに従い、それぞれ時間で交代しながらシフトに入る事になっていた。

 

僕と薫子さんは、エルダーという目立つ存在であるし、という事で表の接客役の方に回され。

午後から生徒会主催の演劇を控えているので、早めのシフトに入った……んだけど。

 

「ちはやも、かおるこも……すごくかわいい」

「あ、有難う……優雨」

「ちょ、ちょっと照れる……かな。優雨ちゃんに言われると」

 

可愛い、と。優雨は僕達の姿を見て、そう言った。

僕達の……膝より上までの長さしか無い、ミニスカートのウェイトレス服姿を。

 

ふ、普段がロングスカートの制服だから……足元がスースーして、物凄く不安になる……!

優雨達のクラスの子が制服を用意するとは言ってたけど、こんな制服になるのは予想していなかった……。

 

 

――やはり、ミニに投票したのは間違いではありませんでしたわ!

――私はロングスカートに入れましたけれども……悪くありませんわね。

――千早お姉さまの、ニーソックス越しのお御足……はあぁ。

――薫子お姉さまも、良いですわぁ……ああ、最上級生のお姉さま方と、こんな風に出来るなんて!

 

僕達を見ている生徒達の方から、何か色々聞こえる……けど。

聞かなかったことにしよう。うん。

 

 

 

 

『只今より、第九十回……創造祭を、開催します』

 

……暫くして。

学院祭――創造祭の開始を告げる、校内放送が流れる。

それから僅かに時間を空けて、人影が見える。どうやら最初の客の様だ。

 

……この先の時間に、不安が無い訳ではないけれど。

始まったからには、精一杯出来る事をしよう。

 

 

 

 

「――いらっしゃいませ!」

 

 

***

***

 

 

「……それでは、私達はそろそろ行ってくるわね」

「優雨ちゃんも、この後すぐに終わるんだよね?見られるんじゃ、頑張らなきゃね」

「……うん。たのしみ」

 

――お昼の、ちょっと前。

わたしたちを手伝ってくれたちはやとかおるこは、そう言って舞台のほうに行った。

 

おねえさまと、ちはやと、かおるこ。3人に、わたしの作ったパイを食べてもらって。

おいしい、って言ってもらえたのが……すごくうれしい。

ひなたと、かおり、ふみは……もしも来なかったら、その時は寮でもう一回作ろう。

 

……ちはやとかおるこが行った後も、頑張って。

それで、わたしの働く時間の終わりがきた。

 

「……それじゃ、行ってきます」

 

クラスのみんなに、挨拶をして。わたしは、クラスから離れることを伝える。

 

「はい、行ってらっしゃい。お姉さま方の舞台、見に行くんでしょ?」

「その為に、優雨ちゃんは一番早いシフトに入ったんだもんねー?」

「……うん」

 

頷いてから、わたしは教室を出た。

 

 

 

 

「フェンシング部、午後2時から試合やりまーす!興味がおありでしたら、どうぞいらっしゃって下さい!」

「……こちら、メイド喫茶をやってます。ウチの侍従長はスゴいですよー?」

「クラシックの演奏を聴きながら、御休憩など如何でしょうか?」

 

……まだちょっとだけ、舞台まで時間があったから。

わたしは、校内を見て回っていた。

 

……すごい、な。学校のお祭りって、こんな感じなんだ。

さっき見に行ったうたのとあわゆきのところも、人がたくさん来てたし。

すごくにぎやかで、みんな楽しそうで。……わたしも、この中にいるんだ。

 

 

 

……そんなことを考えながら、歩いてたら。

こっちに向かって歩いてた人と、ぶつかりそうになってしまった。

 

「あ……ご、ごめんなさい」

「いえ、大丈夫よ。気にしないで……

 あら、結構可愛い子ね。丁度良いしこの子に聞いちゃおうかしら」

「……?」

 

そう言って、その女の人はわたしに話しかけてくる。

……なんだろう。この人、どこかで見たような気……する?

空気じゃないけど、顔とか、髪とか……なんとなく。

 

 

 

「……うちの子が演劇に出ると聞いたのだけど、それは何処でやっているのかしら?」

 

 

***

***

 

 

――二人が何かを話して、体育館の方へと歩いて行く、その後ろを。

私は追って行った。

 

 

こっそり、お祭りを楽しむ優雨ちゃんを見ていて。

このまま優雨ちゃんについて行って、ちーちゃん達の舞台を見るつもりだった。

誰にも気付かれない幽霊のわたしは、それくらいは簡単に出来るから。

 

……でも。

 

 

(……お母さん)

 

 

……ちーちゃんと史がそう話しているのを聞いてたから、来れないと思ってた。

夏にちーちゃんが家に戻ったとき、ついて行ったけど……相変わらず、いつものお母さんで。

わたしは、ちょっとだけ辛かった。

 

 

……お母さんは、ちーちゃんの舞台を見るために来たんだよね。

だったら、わたしは頑張って見守ろう。お祭りに来たお母さんに、何もないように。

 

 

***

***

 

 

――この女の人が、ちはやと……ちとせの、お母さんなんだ。

 

わたしに声を掛けられて、体育館に行く間。わたしは、それを知った。

どこかで見たような気がしたのは、ちはやと、鏡の中のちとせと、似てたからだと思う。

ちはやのお母さんで、今日は学院祭でちはやを見に来たこと。ちはやの舞台を、見に来たこと。

そんなことを話してた。

 

……話してるのは、ちはやとふみの事ばかりで。ちとせの事は、全然なかった。

ちとせの事を、忘れちゃってるから……かな。

 

……もし、そうなら。それは、すごく寂しいと思う。

 

 

 

 

 

 

……体育館に着いて、あいてた場所を見つけて。

わたしと、ちはやのお母さんはそこに座った。

 

「席まで見つけてもらっちゃって、悪いわね」

「……ううん、気にしないで」

 

寂しいと、思ってても。……それは、言えないことだから。

だからわたしは、頑張って何でもないように見えるようにする。

 

 

 

「……そろそろ始まるのかしら」

 

……ちはやのお母さんが、そう言ったすぐ後。

 

「これより、生徒会主催の演劇『吸血鬼カーミラ』を、上演します――」

 

体育館のスピーカーから、放送が流れた。

 

 

 

***

 

 

 

――体育館の舞台の上の演劇を、わたしは見てた。

 

……すごい。

ちはやもかおるこも、はつねも……すごい。いつものみんなと、全然違う。

誰か一人が立ってるだけでも、みんなの目はそっちを向いて、離れない。

わたしも、目を離せない。

 

……これが、舞台なんだ。舞台に立つって、こういうことなんだ。

わたしも寮でちはや達と一緒に練習してたけど、それとは違う。

 

 

……そして、どんどん話は進んでいって。

ちはやとかおるこの……カーミラとローラのシーン。

ここも、わたしは練習に混じってたけど……。

 

 

……あ。

 

 

わたし達の座ってる客席の方から、たくさんの人の声がする。

いま、ちはやとかおるこ……ちゅー、してた?これも、台本どおりなのかな……?

 

 

 

そんな風に、わたしはすっかり舞台に見入ってて。

……だから、気付かなかった。

 

 

「………………」

 

隣に座ってた、ちはやのお母さんの様子が……おかしいことに。

 

 

***

 

 

……舞台が終わって、わたしは椅子から立ち上がった。

 

……すごい。本当に、そう思った。

知ってる人がやってるのに……まるで、わたしの全然知らない人みたいだった。

 

そう思ってから、わたしは横を……わたしが連れてきた、ちはやのお母さんを見た。

これから、ちはやのお母さんはどうするんだろう。ちはやに、会って行くのかな。

なんとなく、それを聞こうと思ったから。

 

 

……でも。

 

「千歳ちゃん……いえ、千早ちゃんだわ、あれは。……でも、いえ、千歳ちゃんって、…………っ!」

 

……小声で、何か言っていて。顔は、ものすごく青くて。

わたしがそれに気付いた後、すぐ……ちはやのお母さんが倒れた。

 

「……!?」

(お母さん!?)

 

 

***

***

 

 

―――ローラとカーミラ、2人を主役とした舞台の幕は降り。

僕は控え室への道を、やや急ぎながら歩いていた。

 

……かなり取り返しのつかない事をしてしまった、と思う。

 

劇中にあった、ローラとカーミラのキスシーン。

そこは本来、キスの"フリ"だけで流すはずだったのだけど……

僕が衣装に足を引っかけ、バランスを崩してしまい……薫子さんに、キスをしてしまった。

 

……不味い。不味いにも程がある。というか最悪だ。

とりあえず控え室に入って薫子さんを見つけたら、すぐ謝ろう……。

 

そう思いながら、扉を開ける。

扉を開いた先には、他に多くの人がいるかと思ったけど……。

 

「ち、千早……っ!?」

 

部屋の中に居たのは、薫子さん一人だけだった。

……誰かが居ても、構わず謝るつもりだった。だから、関係ない。

 

「薫子さん……先程の事、申し訳ありません!」

「…………えっ!?」

 

薫子さんの前まで行き、言葉と共に頭を下げる。

聞こえた声からすると、僕の急な行動に驚いていたみたい、だけど……

今の薫子さんがどんな顔をしているか、僕からは見えない。

 

 

「…………」

 

 

……暫く、沈黙が続く。

そして。

 

 

「…………はあ。驚きすぎて、ちょっと吹っ飛んじゃったわよ。もういい、とは言わないけど、

 後であたしの気が向いたときに、また謝ってもらうから。今はこれで、お終いにする」

 

……予想外だった。許されてはいないけれど、それに近い。……でも。

 

「……有難うございます、薫子さん。……でも、本当にいいんですか?

 良い訳が無いって言うのは判ってますけど……」

「しょうがないじゃない……。だから今はこれで手打ちよ、手打ち。わかった、千早?」

「……はい。判りました、薫子さん」

 

姿勢を直し、薫子さんに向き合う。

……そんな僕を見ていて、薫子さんは。

 

「……なんだろ、何かあたしばっかり慌ててるような。千早は全然落ち着いて見えるのに……」

「そんなことはないですよ……。薫子さんからはそう見えにくいかもしれませんけど、

 僕だって内心、結構慌ててるんですから」

 

そう返すと、薫子さんは今一納得がいっていないような感じの顔をして、

 

「……ふーん?あんまりそんな風に見えないけどね。

 もう1度や2度くらいはキスしてるから、動揺しないのかな、とかちょっと思っちゃって。

 ……なんか言ってるあたしがますます惨めになる気がするけど」

 

そう、薫子さんに言われた瞬間。

あの日の優雨との事を思い出して、顔が引き攣った。

 

「え、今の冗談のつもりだったんだけど……その反応、何?」

「……い、いえ?何でもありませんよ、薫子さん」

 

し、失敗した……!

簡単に流せるような話だったら、こういう反応にはならない筈!

 

「史ちゃんに看病されてた時に、色々千早の話を聞かせてもらったけど

 ……そういう話、聞いたことなかったんだけどなあ」

 

わーわーわーわー!

というか史、僕の知らないところで一体何を話してるのさ!?

 

 

 

 

「――千早さまは居られますか……っ!?」

「史!?」

 

噂をすれば影、というか。

控え室の扉を開けて、史が飛び込んできた。

 

「一体どうしたのですか?そんなに血相を変えて……」

「千早さま……!奥様が、奥様がお倒れに……っ!」

「……えっ!?」

 

 

……母さんが、倒れた?

史のその言葉に……僕は、血が冷えるような感覚を覚えた。

 

 

***

***

 

 

……史に呼ばれて、僕と薫子さんは慌てて保健室に向かう。

扉を開けると、そこにはベッドで眠っている母さんと――優雨がいた。

史の話では、優雨が母さんの案内をし、体育館まで付き添い……

そして、倒れた時も傍にいたという話だった。

母さんが何故此処に居るかについては……母さんだし、もしかしたらやるかもしれないとは思っていたけど。

 

……そうして眠り続けていた母さんは、目を覚ます直前。

千歳さんの名前を、呼んでいた……。

 

 

***

 

 

――母さんが目を覚ましてから、しばらく話に付き合って。

時間は大分過ぎ、空は既に月が昇っていた。

 

「……それじゃ、私は帰るわね。優雨ちゃんに薫子ちゃん、千早ちゃんを宜しくね?」

「……うん」

「はい」

 

史が屋敷から手配した車が到着し、乗り込む直前。

母さんはそう、優雨と薫子さんに声を掛けた。……そして、車が走り去って。

 

「……千早、あたしは先に戻ってるよ。色々あって疲れちゃったし、

 千早のお母さんと千歳さんの事も、ちょっと考えたいし」

「判りました、薫子さん」

「かおるこ、ばいばい」

「ばいばい……うん、まあ確かにそうなんだけど。優雨ちゃんもすぐ同じところに帰ってくるんだからさ」

 

そう言いながら、薫子さんは寮への道を歩いていく。

……ああは言ってくれたけど、どうしたものか。

 

目を覚ました母さんは……自分が千歳さんの名前を口にした事を、覚えていなかった。

結局、あれは母さんの無意識からの言葉だったのか。……そう考えながら、僕は優雨と史に声を掛ける。

 

「それでは、私達もそろそろ戻りましょうか。ずっと外にいては、冷えてしまいますし……」

 

僕はそう言って、優雨達に戻る事を促す。

……けど。

 

「……あの、ね。ちはや、ちょっとだけ聞いていい?」

「何かしら、優雨」

 

 

 

「…………ちはやのお母さんは、ちはやを見てるって思えなかった。

 わたしが知ってるお母さんの目と、違った。わたしのお母さんは、まっすぐわたしを見てるって思えた……」

 

 

 

「……っ!」

「…………」

 

……その言葉に。僕も史も、硬直する。

 

 

 

「……でも、ちはやのお母さんは、ちとせの事を覚えてない。

 じゃあ、ちはやのお母さんは…………誰を、見てるの……?」

 

 

 

――それは、優雨だから気付いたのかもしれない。

千歳さんの存在を知り、千歳さんが幽霊であることを知り。

千歳さんの抱える痛みを知り。

 

自分を見る母親の目を、知っていたから――。

 

 

***

***

 

 

――お母さんのあの様子を見て。見ているのが、辛くなって。

気付けば、わたしはちーちゃんの部屋に戻ってきてた。

 

 

……お母さんは、わたしを忘れてない。それは、なんとなく分かってた。

だって……この、小物置きの場所とか。カーテンの柄とか。

お母さんが用意したこのちーちゃんの部屋は……わたしの部屋に、少し似てたから。

 

 

 

……忘れられて、ない。でも、わたしを思い出してくれない。

 

 

どうして。

 

 

どうして。

 

 

「どうして……っ」

 

 

「忘れられたく、ないよ……。…………わたしを、思い出してよ……っ!」

 

 

 

 

「……千歳、さん?」

 

「…………ちー、ちゃん」

 

 

 

ちーちゃんの部屋の扉が、いつの間にか開けられていて。

そこには、ちーちゃんと史……それに、優雨ちゃんが立っていた。

 

 

……みんな、わたしが見えてる?

 

 

……そっか。わたし……隠れるのを、忘れちゃったんだ。

ちーちゃんや史に心配させたくないから、ずっと隠れてたのに。

とりあえず、頑張っていつも通りに……ちーちゃん達に会った時の、いつものわたしに……。

 

「……久しぶりだね、ちーちゃん、史。それに、優雨ちゃん」

 

「……千歳さん」

「千歳さま……」

「……ちとせ」

 

……やだな。そんなに悲しそうな顔、しないでよ。

 

「千歳、さん。……母さんが」

「……うん、知ってる。わたしも、見てたから……」

「では、千歳さま……」

「…………いいんだよ、史。わたしは、これでいいの。お母さんが元気なら」

 

……嘘。

これでいいなんて、全然思ってない。でも、そう言わないとちーちゃん達が心配しちゃう。

 

「…………千歳さん。でも……」

「……」

 

ちーちゃんも、史も、何も言わない。……それで、いいの。

だってわたしは、これ以上ちーちゃん達を心配させるわけには――

 

 

「……わたしは、いや」

 

 

「……優雨ちゃん?」

「ちとせがお母さんに忘れられたままなんて……わたしは、いや。そんなの、すごく悲しいから。

 大好きな人なのに、忘れられていいなんて…………絶対に、いや」

 

……っ。

駄目、駄目だよ。だって、わたしは……。

 

そう思うわたしに、優雨ちゃんは。

 

「……ちとせ、教えて。わたし、ちとせの本当の気持ちが知りたい。

 ちとせは……お母さんに、思い出してほしいの?」

 

 

 

 

「ちとせは――お母さんが、大好きなんでしょ……?」

 

 

 

……優雨ちゃんの言葉を聞いて。

わたしは、もう駄目だ、って思ってしまった。

だって、そんなに真っ直ぐ見られたら……そんな風に言われちゃったら……。

 

 

 

「……わたし」

 

ちーちゃんも、史も、優雨ちゃんと同じようにこっちを見てる。

今のわたし……どんな顔、してるのかな。もしかして、ひどい顔してるのかな……。

 

無いはずの体に、涙が伝う感覚がある。……前に泣いたのは、何年前、だっけ。

幽霊になってからも、あったかな……。

 

 

 

 

「わたし、やっぱりお母さんに思い出して欲しいよ……

 もう一度、千歳って……呼んでもらいたいよ……!」

 

 

 

 

***

***

 

 

……明かりのついた、寮の僕の部屋。

僕はそこで、鏡台から千歳さんの髪飾りを取り出し……眺めていた。

 

 

……あの後、千歳さんは姿を消してしまった。

思い出して欲しいと……そう言った千歳さんの声が、耳から離れない。

 

…………僕だって、どうにかしたい。千歳さんのために、出来る事をしたい。

母さんと史を、千歳さんの事から遠ざけたのは……そうやって現実を見せないようにしていたのは、僕だ。

だから……その分を、僕は取り戻さなければいけない。

 

……そう思いながら、僕は視線の先にある千歳さんの髪飾りを眺め。

 

「……千歳さん」

 

その問題を解決する方策の無い今の僕には、呟く事しかできなかった……。

 

 

***

***

 

 

「……ちはや」

 

――ちはやの部屋の前で、わたしは立ち止まってた。

 

……さっきの事で、いろいろ考えて。

ちはやに話しに行こうと思ってた……けど。ちはやのあの様子を、見てしまった。

 

……あの髪飾り、ちとせのだったんだ。

 

……ちはやがそれを持っていて、ちとせの名前を言ってたから、多分そう。

ちはやはわたしに、あの髪飾りを着けてみてほしい……って言ってた。

わたしに見せて、わたしに着けてみてほしい、って。

でも、あげる、なんて言ったことはなかった。だから、大切なものなんだ、って思ってた。

 

だったら、それは……もしかして、髪飾りのことを知っててほしい、ってことだったのかな。

覚えててほしい、ってことだったのかな……。

 

 

 

……わたしは、決めた。

ちはやも、ちとせも、ふみも、かおるこも、わたしも……誰も、忘れてほしくない、って思ってるから。

 

 

だから、わたしは。

もしもう一回、ちはやのお母さんに会うことがあったら――その時は。

 

 

ちとせのことを、伝えよう。

 

 


 
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