No.418196

恋姫異聞録137 -点睛編ー

絶影さん

皆様、ゴールデンウイークはどうお過ごしでしょうか?
私は、何時ものように稲作に従事しておりました

放射能汚染なのどの関係で、出荷出来無い、もしくはするなという人も居らっしゃるとおもいます
私のところは自分たちや、親戚で食べる分だけしか作らないので

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2012-05-04 18:13:06 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:7315   閲覧ユーザー数:5749

降り注ぐ様な弓兵と秋蘭の矢を弾く魏延は、豪天砲の反動で半身をボロボロにしながら次々に攻撃を捌いていく

弓兵の矢を鈍砕骨でなぎ払い、劉備を狙い、一直線に頭上を飛び越えようとする秋蘭の矢を轟天砲の一撃で砕く

 

鈍砕骨と豪天砲の二刀流に、蒲公英の後ろで躯を預けるようにして騎馬に揺られる厳顔は笑みをこぼす

 

「地面を撃て、焔耶」

 

前を行く劉備達が騎馬に乗り、武器を振るう焔耶に騎馬を前に寄せた翠の声が響く

 

「応さっ!」

 

流れるように、左手に握られた鈍砕骨で襲い来る矢を払い、そのまま回転

躯を劉備達が走る前へ向け、右手の豪天砲を地面に向けて引き金を引けば

轟音と共に地面は抉られ、焔耶の躯は翠の駆る騎馬へと飛ばされる

 

「・・・シッ」

 

逃げるように宙を飛ぶ魏延を秋蘭が見逃すはずもなく、地面から足が離れた魏延目掛け矢を放つが

 

「もう一発っ!」

 

更に空中で躯を回し、豪天砲の銃口を秋蘭のいる方へ、向かい来る矢へ向けて引き金を引き

矢を砕くと共に反動で翠の騎馬へと飛ばされる魏延

 

翠は、氷塊の様な瞳で冷静に、弾丸のように飛ばされてくる魏延の躯を槍の柄で、柳の様に柔らかく受け止た

 

「チッ・・・昭、私に力を」

 

「解った。狙いは翠だ、劉備よりも先に翠を討たねば勝てないだろう」

 

一馬の無事な姿を見て風に目線を送り、頷くのを確認した所で昭は舞をゆっくりと止めて、躯を秋蘭と重ねる

赤壁で見せた、男の眼を使い、正確無比な秋蘭の弓で敵将のみを貫く雷

 

躯を重ねれば、腕を水平に突き出す昭の右手が視界に入り、血で染められていく包帯のように秋蘭の殺気は益々冷たくなっていく

 

「フェイ、あたしの横に着け。命を預けろ」

 

背後で矢を捌く魏延をそのままに、義兄の姿を確認した翠は、鉛のような重い声でフェイに指示を送った

瞬時に意図を理解した扁風は、騎馬を劉備の隣から、矢の降り注ぐ殿の翠の元へ

 

「・・・駄目だ、翠の動きが解らなくなった」

 

「む、どうした?」

 

水平に伸ばした指先は、翠の隣。扁風を指さした

櫓から見下ろす男の視界に入り込む将兵達の思考、だが翠の回りだけポッカリと穴が開いたように思考が抜け落ちる

視界から入り込むのは黄蓋などのような砂嵐ではない、そこだけ空白の空間が出来上がっていた

 

「そうか、読めぬのだな。馬超が隣でフェイの動きを操っている。昭の視界に必ず入り込むように」

 

「ああ、俺が見せた凪達を使う【演出 郭嘉】の演舞だ。真似て見せてるんだろう」

 

「いいや、そうではない。横で手綱を一馬の様に引いて操っている。昭とは違うさ」

 

並走する扁風の騎馬を操りながら、翠は肩越しに昭を一瞥し、地面に転がる劉備の剣【靖王伝家】を槍で掬うように弾き

手に取ると、前に走る蒲公英へと投げ渡す

 

「桃香様、これを」

 

「有難う、では元の場所へと戻ります。兵の損害を最小限に」

 

「御意」

 

剣を手渡した蒲公英は騎馬を走らせながら考える

 

この状態ならば、元いた場所まで戻ることは可能。兵を削りながらになるが、兵数で言えば此方が上

それでも互角以上の戦いが出来る。問題なのは、曹操が呉を討ち、そこからどの程度でここまで兵を持って来るかだ

赤壁までの情報で考えると、きっと殆どが騎兵で呉の城を攻めている。城を騎兵で攻めるなんて、普通はおかしいけど

向こうには、尋常じゃない考えをする軍師が、郭嘉って言う人が居たみたい。だから、早く見積もって二日・・・

 

親指の爪を噛み締めながら予測を立てれば、視界に入り込む三叉槍、金煌の光

 

ダメ、もっと臆病に考えなきゃ。きっと一日だ、一日で呉を食い尽くす。なら御義兄様の日数と、柴桑へ向かった日数を合わせて約五日

その日数で、目の前の陣形を突き崩し、洛陽までの関が武関と潼関の二つ。虎牢関ほどでは無いけど、抜けるのには時間がかかっちゃう

 

そう、誘導されたとはいえ圧倒的兵数を誇りながら、扁風が焦るような戦いをしていたのはこの為だ

天子が住まう洛陽は天然の要害。兵を引き連れれば、何もなくとも足を踏み入れるだけで時間がかかってしまう

 

蒲公英は、振り返り櫓の中心で妻と身を重ねる義兄の姿を見る

 

今はどう?御義兄様は、舞を止めた。でもアレは怪我をして舞えないからじゃない、お姉様を狙うため

でも、フェイのお陰で攻撃は出来無い。また、舞を舞って迎撃の陣形を回すのなら時間なんか幾らでも稼がれちゃう

それどころかきっと、此方が戻って立て直す暇なんかくれないよね・・・

 

陣形、玄武から脱出する出口に差し掛かった所で、背後のフェイは翠に騎馬を操られなが背負う竹簡を一つ取り出し

素早く文字を書いて掲げる。蒲公英の視界に入るように

 

また囲の文字・・・そうか、兵の指揮を軍師に任せたんだ。次は元の位置まで戻る此方を攻撃する陣形に切り替える気だ

なら、こっちは逆に攻め続けるているように見せかけて、元の位置まで逃げれば良い。兵で敵陣が変化出来無い様に囲えば良いんだ

 

黄金の穂を持つ三叉槍を掲げ、蒲公英は声を上げて兵に指示を出した

 

「現状を維持せよ、敵陣を囲め。近接戦にて、敵を殲滅せよ。前衛抜刀っ!」

 

敵陣から抜け出し玄武の門が閉じれば、羌族の兵達が隙間なく敵の陣に張り付き、白兵戦を開始し始めた

 

力が無いからこそ解る、一つの不安を残して・・・・・・。

 

その様子を見て、風は眉根を寄せた。此方の動きが読まれ、陣形を攻撃型の陣にするはずが囲まれて大蛇を展開することが出来無い

ならば、再び八風に切り替えるまでだと昭に舞をと思えば、昭に向かい弓矢が襲い掛かった

 

反応し、矢を弾く秋蘭。放たれた先を見れば唯一無事な道、鳳達が通ってきた道を走り抜けた少数の騎馬兵と共に騎馬を操り

陣の外側を走り回る馬超の姿。後ろに扁風を乗せ、騎兵と共に騎射しつつ八角形の陣の回りを回っているのだ

 

今までならば、一定の方向からの射撃、そして男の眼による先読みの防御が出来たが、これでは防御のしようがない

読めぬ攻撃、陣の回りを回る騎兵の騎射は、多方面から。これでは舞などさせてしまえば男は矢の雨に討たれてしまう

 

「まったくっ!厄介ね、アンタの妹は!!」

 

「本当だな、誰に似たんだか」

 

「他人ごとみたいに言わないでよね。兵、三十は櫓に登れ、昭の回りを・・・」

 

即座に詠が兵に指揮を送ろうとした所で「良い、敵の攻撃に集中しろ」との秋蘭の言葉

死ぬつもりか?と男と秋蘭の方を振り返れば、詠の瞳に映る二人の舞

 

真桜から返された青釭の剣と、壱と刻印された白き鉄刀【桜】を持つ秋蘭

そして、倚天の剣と無刻の黒き鉄刀【桜】を持つ昭は、一度、互いの眼を見てまるで鏡合わせのように背後に振り向き剣を振るう

 

秋蘭と昭による剣舞は、流麗に襲い来る矢の雨すべてを切り払っていく

 

「なるほどね、秋蘭の眼を見て矢を払うか。双演舞なら心配なんか要らないわね」

 

矢で昭を討たれる心配の無くなった詠は、風と目線を合わせて次の行動へと映る

 

陣の回りを動かれてるってことは、昭には陣の動きが途切れ途切れにしか解らない。それじゃ、昭の指揮は当てに出来無い

それは仕方がないとして、敵の動きよね。まだまだ攻める気に見えるけどそんなの嘘でしょう?今のままで攻めれば、玄武で押しつぶせる

狙いは、亀の手足が甲羅から出ないようにつついているだけ

 

「一馬は、平気ね。馬超に攻撃された時は驚いたけど、まだ動ける」

 

進路や、劉備の変化を見るならば敵の狙いは天子様。なら時間はかけられないでしょう?

此方の王が、そのうち登ってくるでしょうからね。玄武でこのまま持ちこたえるのも良いけど、其れじゃ被害が大きい

要は馬超を止めれば良いだけ、一馬が行けるなら殺れる

 

鋭い眼と冷淡な笑を浮かべた詠は、再び的盧へ跨る一馬を呼び寄せた

背後では、地知の歌に合わせて更に舞が激しくなり始め、まるで櫓の床板が打楽器の様に美しくリズミカルに足で踏み鳴らされ始めた

 

【双演舞 弓腰姫】

 

秋蘭と昭の声が重なれば、剣で矢の雨を弾き飛ばしならがら、秋蘭が昭の影で弓を構えて翠の率いる騎兵へと矢を撃ち返していく

一つ、二つ、とまるで段階を踏むようにして反撃の矢の回数が増えていく

 

見れば、そのたびに馬超の引き連れる騎兵の数が減らされていった

 

 

 

 

「ふふっ、敵の狙いは此方の陣を変化させず、前線を戻すことにあるんでしょう。でも残念、昭の舞は秋蘭と共に舞うことで雷雲となるのよ

雷と疾風で馬超の首を獲るっ!」

 

復活した一馬へ次の指示を、翠の動きを止める為に、櫓で昭の防御に回そうとした兵三十名を回せば

一馬は直ぐに頷き、陣の中を一直線に突き進み、外側を走る馬超の元へと的盧の頭を向けた

 

「無理ね、彼じゃ勝てない」

 

兵と共に翠へと向かう一馬を見て、司馬徽は呟いた。その顔は先ほどよりも妖しさと艶のある笑みで

瞳は常に成長し、変化し続ける翠を映し、その一挙手一投足に興味深く視線を這わせていた

 

「う~?」

 

「・・・あたしを殺るつもりか」

 

「お~ね~さま?」

 

秋蘭から打ち出される矢を、騎馬の速度を落として槍を振るい、叩き落としていた翠は瞳を絞り込む様に細くした

そして、視線を此方に向かう一馬へと向け、後ろに載せた扁風を寄騎の羌族兵に渡す

 

「御義兄様の眼を撹乱してくれ、良いな?」

 

矢を払いながら銀閃を握り直す翠。意図を理解し素直に頷く扁風の頭を優しく撫で

強固な陣形、玄武に向けて一人突撃を開始する。再び、櫓の男に槍を向けて

 

単騎での突撃。常軌を逸した行動に驚くのは櫓で指揮を取っていた詠だ。逃げたはずだ、前線を戻す事をしようとしたはずだ

意味が解らない、此方の陣を囲んだのも追撃を恐れたからだ、偽りの攻撃のはずだ、まさか本当にこの状況から攻めつづけようと

しているのか?そんバカな!!

 

困惑するのは詠だけではない、指示を受けて翠へと騎馬の頭を向けていた一馬も同様に、再び兄へ槍を向けて

単騎で、強固な陣形、玄武へ突入してきた。先ほどの八風とは違い、中に入れば入るほど兵数は少なくなるが

代わりに中心付近に強力な将が待ち受ける玄武。強固な外側、内部には強力な将が武器を存分に振るえる空きのある陣形

 

例え馬超と言えども、再び将に囲まれ、更には櫓から矢を向けられればひとたまりもない

何より、陣に攻め入る前に凪達と戦った時よりも将が一人多いのだから

 

槍を向ける兵達の頭上を飛び越え、櫓へと単騎で走る翠に一馬は素早く引き連れる兵たちに指示を送った

陣の回りを走り、騎射を続ける敵兵に攻撃をせよ、己は馬超を止めると

 

櫓から降り、陣の内部に配置された凪達は、翠の動きに対応する詠の指示に従い、陣の側面から侵入した翠を迎え討つべく

右翼がわへと集結すべく駆る

 

「ダメよ、遅すぎるわ。今の彼女はかの英雄、馬騰を彷彿とさせる。陣で配置する兵の頭上を飛び越え、冷静に侵入角度を割り出している

槍など一つも彼女に届いては居ない。狙いは此方の考えを混乱させ萎縮させること、だから在り得ない事をやって見せている」

 

司馬徽の呟きに応える様に、翠は櫓へ向けていた騎馬の頭を突然、向かい来る一馬へと向け、即座に距離を詰めて槍を穿つ

気がついた秋蘭の矢を払いつつ、合わせて攻撃を仕掛けてくる一馬の剣を弾き、槍を繰り出し一馬の躯を刻む

 

「くっ!なんという眼をするんだ。それに、この攻撃っ!?」

 

そう、遠当と水を手に入れた翠は、秋蘭の矢を穂先で軽く撫でるようにして射線をずらし、躱す

更には、虚実の虚が凍えるような殺気の塊であり、まるで実体があるように一馬だけではなく的盧の眼にまで映り込み襲ってくるのだ

フェイントと区別のつかない一馬は、ひたすらに全ての攻撃を避けるしかない、だが全ての攻撃を避るなど出来るはずもなく

 

遂には突き出された十字槍を避けたものの、槍が途中で横薙ぎに変化し、横に突き出した穂先が腕に突き刺さり再び落馬してしまう

 

「・・・まだ、この状態じゃ父様の槍は使えないか。心が振れるとダメだな」

 

槍を握り直し、落馬した一馬へ止めを刺そうとするが、強力な矢が翠を襲い騎馬を操り避ける

矢の撃たれた先へ眼を向ければ、櫓の中心で再び昭と躯を重ねて矢を穿つ秋蘭の姿

 

「騎兵は阻まれたか、騎射の出来無い状態か。夏侯淵だけなら良いが、御義兄様の眼があるなら矢が払えないな」

 

【一人ずつ殺るか】そう呟く翠は騎馬の頭を此方へ向かってくる将、真桜へと向けた

螺旋槍がボロボロにされ使い物にならず、参と刻印された鉄刀【桜】を手に向かってくる真桜

 

去り際に止めを刺そうと一馬へ槍を向ければ、的盧が翠へと襲いかかり、前足で踏み潰そうと跳躍する

 

「疾いか、なら後で殺してやる」

 

そう言って、騎乗をサイドサドルに切り替え、ユラリと滑らかに騎馬をずらして的盧の前足をよけ

躯を櫓の男から隠すようにして真桜へと騎馬を走らせた。秋蘭達から見えるのは騎馬の側面のみ

 

「何だあの乗り方は?騎馬の躯に隠されて馬超の姿が見えない」

 

「霞が言っていたな、銅心殿はあのような騎乗をしていたようだ」

 

ならば騎馬を狙うまでだ!と弓を構え、騎馬の頭に狙いを定め矢を放てば、騎馬の影から伸びた槍が矢を弾き何故か反対の兵達の悲鳴が響き渡った

霞と戦った時、韓遂がしてみせたようにして反動、衝撃を利用して反対側に位置する兵達を突き殺していたのだ

 

「どういうことだ?何故、私の矢が弾かれ兵が殺される」

 

「秋蘭、矢を撃ってはダメよ。兵が殺される」

 

韓遂の戦い方を聞いていた詠は、秋蘭の攻撃を止めた。矢を撃てば撃つほど此方の兵は殺される。そんな事はさせられないと

 

「何があったのよ、別人じゃない。先刻まで櫓の上で秋蘭と戦って居た馬超と本当に同じなの!?」

 

余りにも動きの違いすぎる翠に、詠は使い物にならなくなった拳を無意識に握りしめていた

 

「俺と戦ってくれるか?もう一度、翠と剣を交えなきゃダメみたいだ」

 

「解った。双演舞だな?」

 

「ああ、弓腰姫の舞で翠を討つ」

 

秋蘭は纏った外套を昭へ着せると、視線を詠へと向け、次に風に向ける昭。詠は頷き、風は眉根を寄せたまま顔を伏せてしまう

 

「馬超さんの武の伸びしろに対する見通しの甘さが原因。今、凪ちゃんたちを向かわせては、一人ずつ嬲られてしまいます

申し訳ありません、馬超さんと剣を交えること、風はどれほど謝罪しても足りないでしょう。でも、それでもお願いします」

 

「解っている。謝罪など要らないさ、俺は感謝しかしていないよ。それに・・・」

 

「?」

 

風は、続かぬ昭の言葉に首をかしげるが、昭の目線は李通を抱きしめる鳳に向いたまま続くことは無く

気を失った李通を抱きしめ、顔を上げる鳳に昭は静かに頷いた

 

「行こうか」

 

そして、秋蘭の頬を撫でると手を引いて司馬徽の隣を通り、エスコートするようにして翠の元へと向かう

 

「そう、やはり貴方がもう一度行くのね。櫓で待っていても、兵の数と将の数で押し潰せば馬超殿を屠ることは出来るでしょう

けれど、一人の将を屠るのに幾人の兵と将が死ぬのか。芽吹いた翠は大樹になりて天に手を伸ばす。いずれ雲を掴むほどに」

 

一度、鳳へ視線を向け雨水を払うように羽扇を一振り、水平に伸ばして男の背に刻まれた魏の文字を差し、艶やかな笑を浮かべる司馬徽

 

「魏の木行が夏侯惇殿であるならば、蜀の木行は馬超殿といえるでしょう。相乗にて水生木。今の馬超殿の姿は、貴方が生み出したも同然

ならば金剋木、夏侯淵を共に連れて行くことで大樹を切り倒す大斧となれる。本能で理解しているのね」

 

はたして大樹を切り崩す事が出来るかしら。そう言って、羽扇を口元へ寄せた

まるで、ねだった物をようやく買い与えられた子供のように嬉しそうに微笑みながら

 

 

 

 

 

 

「はぁっ・・・はぁっ・・・」

 

先ほどまで人だった物がそこら中に転がる巨大な城壁の門の前で、息を切らせながら脇腹に巻かれた包帯を紅く染める

震えて、今にも足元から崩れそうになる膝を無理矢理に立たせ、拳を握りしめて腰を落とし、その瞳に闘気を漲らせるのは孫策

 

幾度、春蘭の剣を避け拳を繰り出したことか、躯を皮一枚で切り刻まれ、頬から流れる血をそのままに拳を構える

だが、孫策の意志に反するように背後では既に制圧されつつある柴桑の城内から聞こえる兵たちの慟哭が響きわたっていた

 

しかし、彼女の瞳は諦めの色を微塵も見せず、心は決して折れることはない。気高く、その命が尽きるまで続くであろう闘気

 

「峰では速さが若干遅いわね、まだ【殺さないように】なんて思ってるの?」

 

孫策の言葉に、眉を少しだけ動かすのは春蘭。孫策の言う通り、殺さぬように峰で剣戟を放ってはいるが

彼女の勘の鋭さで紙一重で避けられ続けていた。いっそ、片腕一本もらってしまおうと幾度も思ったが

刃を返せば、眼を見開き髪をざわめかせて、距離を取り始めるのだ。そして此方の機が揺らぐの待っている

 

天性の感覚を最大限に使って、無手で春蘭に勝とうと今でも諦めては居ないのだ

 

「フフッ、雪蓮を殺さぬ様になどと、幾ら魏の大剣と呼ばれる夏侯惇でも無理だ」

 

槍を折られ、口から血を流して首に大鎌の切っ先を向けられながら、友の姿を見て笑を浮かべるのは周瑜

全てを賭けて、華琳へと向かったが、そのすべてを彼女は粉砕し、孫策と同じ拳を武器に攻撃を繰り出せば

華琳は、同じく武器を手放して拳に気を溜め、文字通り周瑜の全てを受けきって一撃を見舞い、周瑜は地面に倒れていた

 

「先刻話した夏侯昭だったか?祭殿と約束した話」

 

「ええ、そうよ」

 

「馬鹿な事を約束したものだ。現実を見れない甘い人間の考えることだ。

祭殿も、此方が負けるにしても、出来るはずなど無いと考えていたはずだ」

 

呆れた様に華琳の顔を見上げる周瑜だが、華琳の表情は予想外のものだった。周瑜の言葉に表情を曇らす事など無い

覇王の余裕なのか、それともこれが鳳統の言っていた傲慢さなのか、攻め切れない春蘭の姿を戦場には似合わない

優しい微笑みで見ていた

 

「現実なら私と共に幾らでも見ている。それでもなお、その言葉を吐ける。決して諦めたりはしない」

 

「・・・」

 

「貴女、彼と話をしたのでしょう?」

 

面白かったでしょう?そんな言葉と共に、急に目を細め顔を緩める華琳に、周瑜は少し呆けてしまった

一目でわかってしまう、大きく揺るぎない信頼。現実的な王であるはずなのに、甘い言葉を吐く人間を

不快になど思っていないのだ

 

周瑜は考える。このような王にとって、本来彼のような人物の存在は癪に触る。だが、実際は違う

もしかしたら、彼女のしたいことや本当は言いたいことを夏侯昭という人間はやり続けているのでは無いかと

その姿を曹操という王は、もう一人の自分として重ねて見ているのではないか

 

だとするならば、夏侯昭は道化のように王の前で踊り続けている。彼女のもう一つの心として

 

「自分を嘲笑っているというのか?」

 

「フフッ、何のことか・・・。それよりも、昭が怒ってしまったようね」

 

華琳の言葉に友、孫策の危険を感じた周瑜は、絡め取られていた視線を戻した

周瑜の眼に映るのは、二人が交差し背を向けたまま立ち尽くす姿

 

曹操は、怒ると言っていた。ならば、孫策は斬られた、殺されたのか?

 

声を上げそうになり、届かぬ手を伸ばそうとするが、孫策は何事も無かったかのように春蘭に振り向き

春蘭も、同じように孫策へと振り向いた。異変があるとすれば、春蘭の握る剣

 

「助かったみたいね」

 

冷たい汗を額から頬へと流す孫策

周瑜が眼を離していた間、孫策は春蘭の【殺さぬように】と言う意志を逆に利用し、刃を返して四肢の一部を切断しようとする

攻撃に対して、わざと躯を前へと走らせた。殺すことの出来無い春蘭は、必ず刃を戻すか、剣を引く

 

そんな事をしていれば、攻撃などニ手三手と遅れてしまう。そこに拳撃を叩きこむなど容易い

突き刺さるように感じる死の予感。だが、これこそが活路を開く道であるとばかりに孫策は攻撃を仕掛けた

 

腕を狙い、刃を向けて剣を振るう春蘭は、合わせて躯ごと飛び込む孫策に舌打ちを一つ

刃を返して振り抜こうとするが、孫策の動きが早く、剣を戻すにも間に合わない

 

いっそ切り捨ててしまうか。そう思った瞬間、握る大剣【麟桜】が重くなり、柄が根本からへし折れた

 

急に振り手が軽くなった春蘭は、顔へと迫る孫策の拳を首を捻り避けると、そのまま剣の無い柄だけを振りぬき

互いに背を向ける姿へとなっていた

 

「弟に怒られてしまった」

 

「何を言ってるの?」

 

孫策の問に、春蘭は孫策の目の前で地面に突き刺さる大剣を指さした

 

「良くわからないけど、貴女の剣は使わせてもら・・・えっ?」

 

形勢は逆転したと柄が無くなり、剥き出しになった茎を握り剣を持とうとするが、剣は持ち上がらず

両手で引き抜こうと手をかけるが、ピクリとも動くことはない

 

「な、なにこれ。貴女こんな物、振り回していたの?」

 

まるで大地そのものであるかのように、剣は地に食い込んだまま動くことはなく、鋼の淋とした音が響く

 

「そうだな、同じ武器で戦えば良かったのだ。すまない、麟桜」

 

身構える孫策に対し、春蘭は柄を放りなげ拳を固め腰を落とす

基本に忠実に、左足を前に、左拳を前へ、右の拳を腰の辺りへ引き、呼吸を整え始めた

 

「そう、貴女も拳を使えるのね。拙いけど呼吸法を見れば、氣も使えるみたい」

 

同じく、拳を固めて遠い間合いから構えを作る孫策

 

「だけど、武術なら私の方が上よ」

 

己の心を鼓舞するように言葉を吐く孫策。だが、その言葉は誇張や戯言、慢心などではない

母、孫堅より仕込まれた武術の数々は格技においても無数。洪家拳、詠春拳、蔡莫拳、白鶴拳、蔡李佛拳、秘宗拳、六合八法拳等、全てを納め使いこなす

溢れんばかりの武の才があるからこそ、数々の戦場を前線に立ち、勝ち続けた小覇王なのだ

 

「腰を落として・・・拳を・・・足は・・・」

 

敵を見ること無く、呟く春蘭に孫策は好機と腰を屈めるようにして、左足の内側を相手に見せるように踏み込む独特の歩法

響き渡る震脚と共に、上半身をを抱きしめるように丸めた所から、捻りと共に突き出される矢の様な拳撃

 

間合いは遠い。拳など届く位置ではない槍の間合い。だが、遠い間合いから拳を一瞬で届かせる事のできる拳撃

 

秘宗拳の絶招【箭疾歩】

 

独特の歩法と呼吸により相手の意識と意識の隙を突く技である箭疾歩。僅かな瞬きの間、気の途切れた僅かな間を狙う一撃

 

弾丸の様な拳に飲み込まれる春蘭。周瑜は思わず拳を握りしめた

 

だが

 

「両の腕をこすり合わせるようにして」

 

踏み込む震脚は大地を揺らし

 

「中段を短く突き」

 

突き出す拳は風を切る

 

「そのまま後脚を引き寄せる」

 

一気の伸縮であり、前後の方向をもって、呑吐の形を表す。その意味を理解した時、【崩拳】は唯の初歩の拳技ではなく必殺の絶招へと昇華する

 

一瞬で間合いに入り込み、顔へと迫る孫策の拳を恐れること無く前へ踏み込み、左拳で払いつつ右の拳を半歩踏み込んで突き出す

全身を破壊されるような腹へ突き刺さる強烈な一撃に、孫策は吐き出すように口を開けて躯を痙攣させていた

 

「だ、騙したわね・・・」

 

「何の事だ?」

 

「武術・・・極めて」

 

「私はこれしか出来無い。前に凪から師事してもらったが、他の技は難しくてな。此ればかり毎日練習していた」

 

言葉に絶句する孫策は、小さく「ゴメンネ、冥琳」と呟き、崩れる躯を春蘭は優しく抱きとめた

 

「華琳様、呉王孫策、討ち取りました」

 

「見事よ春蘭。随分と功夫を積んだようね、拳には理が有り、貴女の動作が一つの美として私の眼に映ったわ」

 

「有難きお言葉」

 

孫策を抱えたまま、頭を下げる春蘭。霞の方を見れば、全ての武器を叩き壊され、縛られる呂蒙と

鼻血を出し、地面に倒れる稟を介抱する霞の姿

 

「稟はどうしたの?」

 

「ほら、もう戦も後半やん?先読みしすぎて、華琳に褒められるトコまで想像したみたいでな。ほら、解るやろ?」

 

どうやら色々と良からぬ所まで想像をしたらしく、興奮して途中で鼻血を出して地面に倒れていたらしい

 

「はぁ・・・解ったわ。周瑜、停戦命令を出しなさい。これ以上の戦いは不要」

 

春蘭の腕の中で気を失う友の姿に、眉根を寄せる周瑜は従順に華琳の言葉に従ようにみえた

春蘭は、そんな周瑜の姿を見て腕に抱く孫策を周瑜へ渡せば、周瑜は瞳に涙を溜め一度きつく抱きしめて笑い出す

 

「フフフッ、此処までか。どれほど我等は耐えた事か、あらゆる屈辱や侮蔑に耐え、ようやく国を大きくした今も

敵国に勝つ為、ただ耐えた。すまない、本当にすまない雪蓮。もう、お前が耐えずとも済むようにしたかった」

 

涙を流し、謝罪を口にすると周瑜は何かが切れたかのように躯を屈めて口から大量の血を吐き出した

 

「ガフッ・・・フフッ、さ、最後の抵抗だ、夏侯昭の約束、これでも守る事が出来るか?忌々しい我が身を蝕む病も役に立つようだ

貴様に雪蓮を取られるくらいならば、私は死をもって呉の兵を奮い立たせよう」

 

弱々しい、だがそれでもなお強い光を灯す周瑜に華琳は武器を退いた

周瑜が言っている意味が解らない。孫策を取られるとはどういう意味か、才溢れる者を欲しいと思うことは周知の事実

だが、此れほど抵抗されるほどの行為をしてきたかと思えば、身に覚えはない。周瑜を戦へと駆り立てた何かがある

そう感じた華琳ではあったが、口から出たのは神医を呼ぶ声

 

「華佗っ!」

 

「解っているっ!俺に任せろっ!もう二度と馬騰殿の様に死なせたりはしない、俺と昭の娘、蜂王を信じろっ!」

 

後方で負傷兵の治療をしていた華佗は、稟の指示を受けて駆けつけていた

気を失い躯を孫策と重ねるように崩れ落ちる周瑜を抱きとめ大声で衛生兵を呼び寄せた

 

「確か呂蒙だったわね、停戦命令を出しなさい」

 

「ヒッ・・・うぐっ、わ、私は」

 

「周瑜を死なせたいの?それなら構わないわ、戦い続けなさい。周瑜を救いたいのなら今直ぐ停戦命令を下しなさい」

 

「あ・・・ああ・・・で、でも」

 

周瑜の言葉、最後の抵抗と言う言葉に従うべき、だが周瑜の命を救いたいと迷う呂蒙

一刻を争う事態に華琳は大鎌の石突を怒りと共に思い切り地面に叩きつけた

 

「救うのか、見殺しにするのか、選べっ!!」

 

「て、停戦をっ!皆に伝えてくださいっ、呉王孫策様は討たれましたっ!武器を捨てて投降するように」

 

縛られたまま、声を張り上げて兵たちに停戦命令を出す呂蒙に、華琳は顔を和らいかいものに変えた

 

「良い娘ね。そこの者、此処から一番近い家屋へ案内しなさい。衛生兵は、華佗の指示に従い周瑜をそこに運び入れて」

 

「助かる。礼を言うぞ曹操」

 

「礼など良いわ、其れよりも」

 

「解っている。友との約束だ、俺は友との約束を破ったりはしないっ!」

 

呉の兵士に案内するように命令する華琳。普通ならば、負けたばかりでそう素直に命令など聞くはずも無いものだが

華琳の覇気に飲まれた兵士は、怯えて逃げるように早足で周瑜を抱える華佗を近くの大きめの家屋へと案内していた

 

「此処に詠が居ない事が悔やまれるな、だが俺は負けはしないっ!病魔よっ!貴様の思い通りになどさせるものかっ!」

 

寝台に寝かせ、背負った頭陀袋から様々な薬品と治療器具を取り出し、衛生兵達は一斉に湯を沸かし煮沸消毒を開始した

服を脱がせ、触診で気の流れを追い、気が滞り濁る場所を探りだす

 

探りだした箇所へ目印に紅を着けて病巣を割り出していく

 

「体力の低下を確認しました」

 

「よし、陰交穴、気海穴、石門穴、関元穴に針を処方、臓腑・器官・組織に活力を与えろっ!」

 

「了解、麻沸散の処方は」

 

「同時に行なってくれ。切開し、病巣を取り除く事になる。麻沸散の効果が出るまで多少時間がかかる。其れまでに病巣の特定と

体力の底上げを行う」

 

「了解いたしました」

 

指を這わせ、気を集中し病巣を探ればまず最初に見つかるのは鳩尾での気の途切れ

此れによって過度のストレスから来る胃潰瘍であると診断できる。吐き気、嘔吐、食欲不振、体重減少

背中の痛み、下血、そして【吐血】。此処まで病魔が進行していたことに華佗は顔を曇らせた

 

更には、腹部を良く診察すれば解る住血吸虫、感染特有の腹部の柔らかな膨らみ

本来は曹操軍が悩まされるはずであった病。それは、呉に住んでいた人間も漏れることはない、周瑜も感染していたのだ

触診せねば解らぬほどの微かな膨らみだが、それは服を脱がせて理解した。腹部にあるのは数カ所の刺し傷

自分で腹にたまる水を抜いていたのだ。其れならば発熱、悪寒、関節の痛み、頭痛、腹痛、咳に悩まされていたに違いない

 

これ程の苦痛に耐え続け、なお死なず、生き続けようとした周瑜に華佗は涙を流し、巣食う病魔に怒りを向けた

 

「必ず、必ず救ってやるっ!お前の願いを、お前の生きる意思をっ!俺が必ず守ってやるっ!此れが俺の戦いだっ!!」

 

口に布をマスクのように付けて、手を熱湯へと差し込み、更には消毒薬で滅菌すると華佗は煮沸消毒された小刀を握り、瞳に炎を灯す

一気に病巣である腹部を切り開き、華佗の戦が開始された

 

 

 

 


 
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