No.417181

フロンティア

みかつうさん

1997年作品。
シャリア・ブルが配属されるまでのブラウ・ブロの開発秘話みたいな感じです。
ジオンが戦争末期にあれだけ大量の兵器を投入できたということは、やはりいくつも平行で研究開発していたのでしょう。
量産前提ではなく、決戦兵器としてワンオフモデルでいろいろやっていたのだろうと思います。
いろんな人の思いを孕みながら、一年戦争は展開していくわけですな。

2012-05-02 17:30:37 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:665   閲覧ユーザー数:663

 シムス・バハロフの夢には、いつからかカレイドスコープのような光景ばかりが出てくるようになっていた。思い起こしてみれば、戦略兵器開発部門(SDB)からフラナガン機関に出向して以来、ずっと不快な夢見が続いていた。

 オデッサ作戦が終了し、木馬とガンダムの存在はいよいよ脅威的となった。このままでは、連邦はいずれジオン本国に攻め込んでくる。既に決戦用兵器の開発も、各セクションにおいて急ピッチで進められている。

 上層部は一口にニュータイプ用兵器というが、事はそう容易いものではない。操縦者の能力が優れているのなら、それを有効に活用する兵器もまた必要である。それはわかる。どうやってそれを具現化していくかが、シムスの夢見をよくすることにもつながる。

 ドクター・フラナガンは、物静かな心証のよい紳士だ。精神科医であったことは、そのゆったりとした話し方が物語っている。

 博士の協力で、ニュータイプ研究に使われる脳波測定機を利用した遠隔操作攻撃システム《サイ‐コミュ》が開発された。シムスは、それをグラナダに持ち帰り、サイコミュシステムを搭載したモビルアーマーを設計した。

 ロールアウトしたプロトタイプは、“フロンティア”というコードネームでシムスが中心となってテストが繰り返された。順調に思えたニュータイプ用兵器の開発だったが、シムスの夢見は悪いままだった。

 

「誰ですって?」

「シャア・アズナブル大佐ですよ、赤い彗星の」

 助手のコワル・ファールスン少尉の返事は、実に不満そうだった。

 テストパイロットに充てるニュータイプ能力者を提供してもらうよう、フラナガン機関に打診し続けていたシムスらテストチームだったが、その返事はいつも快いものではなかった。

「大佐が能力者を押さえておいでと?」

「まあ、はっきりそうなっているわけではないですが、そう考えたほうが自然でしょう」

 非能力者でも機体の操縦や射撃のテストはできるが、サイコミュシステムを通さないので実践的なデータには程遠い。シムスは思わぬ障害に頭を抱えていた。

「とにかくあと五日間、テストは続けましょう。フラナガン機関には打診し続けて」

「了解です」

「ソロモンには間に合わないかもしれないけど、急ぐに越したことはないわ」

「ソロモン? 連邦はソロモンに?」

 聞き返してから、コワルはそれが愚問であることに気づいた。

『標的の配置、完了しました』

「了解、速やかに演習空域から退去してください」

 正式に登録されれば、このMAはブラウ・ブロという名で呼ばれることが決まっている。“フロンティア”というコードネームは、ニュータイプ用兵器の開発という、未知の領域へ踏み入ったシムスらSDBの心情を表しているかのようだった。

「少尉、ここをよろしく」

「シ、シムス中尉、どちらへ?」

「センターへ行きます」

 微笑みを隠したシムスの顔には、ある覚悟が現われていた。コワルは、言いかけた言葉を飲み込んだ。

 ミノフスキー粒子散布下では、レーダー等の電波は無力化される。故に、今次大戦では誘導兵器の類が存在し得なかった。それを、サイコミュシステムは一変させることができるのだ。

 発達したパイロットの知覚によって敵を察知し、攻撃兵器をパイロットの脳波により敵位置へ誘導して攻撃する。敵からすれば、全く索敵できないまま攻撃を受けることになる。いかに優秀な兵器でも、サイコミュの前では無防備も同然である。

『よ、よろしいですか、中尉』

 シムスは、左右に大きく出っ張っている特徴的なサイコミュヘルメットを被った。

「・・・私にその能力がないとでも・・・」

『な、なんですか、中尉?』

「・・・いいえ、なんでもないわ」

 正式な能力テストを受けたわけではなかった。もっとも、何が正式か定かではないが、シムスが自らサイコミュ操縦のテストをするからには、それなりの自信があったからだろう。

 しかし、これは極めて危険な行為であった。仮に能力があって操縦できたとしても、サイコミュレベルの数値如何では、シムスの脳神経系に重大な影響を及ぼす可能性がある。

 それは、シムスの抵抗でもあった。

『では、テストを開始します』

 モニターに、イメージが投影され始めた。まるでオーロラのように、それは不規則に形を色を変えていった。

 目を閉じたまま左右のスティックに軽く手を置いて、シムスは神経を集中させた。

「各員、計測装置から目を離すなよ!」

 万が一の時には、いつでもサイコミュシステムを遮断できるように、コワルの手はキルスイッチのカバーの上にあった。

 彼女の意地、そんな気がコワルにはしていた。自ら機体を設計しながら、満足にその手でテストできない歯痒さ。ニュータイプではないことへの劣等感。別チームが平行して開発している“ビット”へのライバル意識。

 そして、この“フロンティア”で戦局を変えてやろうという自負にも似た意地が、彼女をセンターコンソールに座らせているのだろうと、コワルは思っていた。

『索敵、開始されました』

 演習空域内に無作為に配置された攻撃目標に向けて、シムスの意識が宇宙を駆け抜けていく。

『あっ、A砲塔、展開します。続いてB、C、D砲塔展開!』

 機体四方に装備されているビームユニットが、するするとワイヤーを伸ばして漆黒の宇宙へ消えていった。

「捕捉したのか・・・?」

 ほどなく、四つの光点が煌めいた。

『全標的の撃破確認!』

「中尉、お見事です!」

 コワルがモニターに見たのは、首をうなだれさせているシムスの姿だった。

「ち、中尉!」

 

 光。流れる光。いくつもの色を従えて、流れ行く光。シムスは、その只中にいた。

 遠くに佇む人影。流れに乗って近づいていく。

・・・あなた?・・・

 ルウム戦役で戦死したはずの夫が、流れの向こうでシムスを呼んでいる。

・・・待って・・・

 その人影が何かを示した。光はたちどころに集まり、全てのものを飲み込んでいった。

・・・あなた!・・・

 それが夢だったのか、サイコミュテスト中に見ていたイメージだったのか、もう今となっては定かではなかった。

「中尉・・・」

 憔悴しきったコワルが、ベッドの傍らにいた。聞けば、三日も昏睡状態だったらしい。シムスは、精一杯の感謝と微笑みを、コワルに示した。

「いいニュースと悪いニュースがあるんです」

 いいニュースとは、“フロンティア”のテストパイロットに、木星のヘリウム輸送部隊を指揮している士官が選出されたということだった。

 悪いニュースとは、ソロモンが陥落したことだった。

「ビグザムがラインに乗っていれば・・・、あのガンダム・・・」

 シムスは、戦慄を覚えていた。自分が想像していた以上に、戦いは熾烈を極めているとを。そして、常軌を逸しているとも言えるほどの戦況に、これから突き進んでいくであろうということを。

「・・・変わっていくのね、時代は・・・」

 そのガンダムに対抗しうるニュータイプパイロットをシャアが抱えていると、コワルは言い残していった。

 

copyright (c)crescent works 1997


 
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