No.396072

意義を問う。意味を問う。問いたくないと思う

るーさん

泡沫の夢

2012-03-22 01:39:17 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1110   閲覧ユーザー数:1095

 

―川神市 "鹿島"家 別宅

 

 

喧騒で目が覚めた。シーツを被っていた身体を微かに動かして辺りを見やろうとする祐樹の耳に届くは。

 

鈍く響く音。具体的に言うと肉を拳で穿っているような音で目を覚ます。

 

「おや、起きたかい。祐樹」

 

凛とした居住い。板敷きの日本家屋にしっくりと来る何時もの着物姿とは別…割烹着を着たる老婆

 

戸籍上の祖母たる|Eleonore(エレオノール)。しわがれた声音は優しげに祐樹へと向けられる。

 

深い皺が刻まれた相貌に浮かぶ小さな笑み。哀れさと愛しさが混ざり合った重ねた年月のみが作り出せる深い笑み。

 

向けられたる祐樹に読み取れるのは、母が子に送る慈愛。本人に、祐樹自体は自覚しないまでも…一子や京、そして―――。

 

「御婆様……!!小雪!」

 

「大丈夫だよ。お前がしっかりと引き留めたよ…」

 

己と同じ布団の中に眠る小雪へと向ける笑顔。ゆっくりで確りとした呼吸を行っている、上下に微かに動いている胸が告げる。

 

生きていると、核心を持たせる程に安らかな寝息を立てる小雪の姿。握り締めて離さないと……。

 

無意識レベルで小雪の服を握り締めていた手がゆっくりと離れる。きつく握り締めすぎて皺が寄っている服に手をかけている自分自身の指を解いて。

 

エレオノールが浮かべる相貌に似た想いが溢れる泣き崩れた表情のままに。

 

「よかった………!」

 

触れる。見っとも無いほどの鼻声と涙。崩れる相貌……心の底から安堵した表情。揺れ動く指先が頬へと到達する。

 

人差し指が撫でた肌、触れれば確かな感触と生きている息吹を齎す柔らかさと暖かさを伝えてくれる白子の少女に。

 

         "感謝"を、委細合切―――他に何も無い程に、祈るような感謝を捧げる。

 

後悔ばかりだけが胸を穿っていたのだと……記憶なく、実感すらも曖昧ながらも祐樹はただ只管に額を拾い上げた手の甲へと押し当てる。

 

                懺悔そのものような―――感謝を。

 

 

「ほっとしたかい」

 

 

エレオノールの問いかけに混じって火が爆ぜる音がする。

 

古い和室ならではに部屋の中央には古き火の座、囲炉裏があり…中で燃える木炭が罅割れた音が響く。

 

エレオノールの問いかけにコクリと頷く祐樹。

 

「忘れるんじゃないよ」

 

罅が入った木炭を火箸で弄りながらに。

 

「お前は、お前の意思で呼び出し……行使(・・)した。その結果、その子は生き永らえた」

 

洩れ出る赤い光。木炭の罅目が赤熱した光を放っており、エレオノールの顔に一本の赤い光の筋を入れる。

 

「どういう……ことですか?」

 

震えが走った。背筋ではなく、脳裏。思い出すことが出来ない―――|何か(・・)が震える事だけは感じられて。

 

「知りたいかい?」

 

感情を意図的に排除した。そう言いきれる声音でエレオノールは問いかける。

 

その淡い紫の虹彩と銀色(・・)に似た色合いの瞳孔が織り成す強い眼差しに、我知らずに喉を鳴らす。

 

喉がジンワリと自覚できるぐらいに渇いていく感覚。強い圧迫感のを前にして。

 

「……わ、わからないです…」

 

酷く動悸が激しい自分に困惑し、次いで―――。

 

「知りたい…って思う気持ちと、|知りたくない(・・・・・・)って拒絶感で…」

 

「胸が一杯かい?」

 

「………はい」

 

眼光が緩まり。

 

「なら、それでいいさ。相反する気持ちが今のお前自身を如実に表してるのさ…」

 

再び、囲炉裏の中から音がした。今度は火箸同士を強く刷り合わせた音色。金属同士が引っかくような音なのに。

 

「…御婆様は」

 

やけに落ち着く。先ほどまでの動悸は治まって、圧迫感が霧散した中で。

 

「知っているよ。お前の事は|なんだって(・・・・・)知ってるよ」

 

酷くしわがれた声音だった。今までの竹を割ったような明快にして断言のみで構成されたような言葉遣いではなく。

 

相対する祐樹が浮かべた事がある表情が其処にあった。知りたくなかったと口元が訴える。

 

憎々しげに陳腐な言葉。"運命"という言葉を呪うかのような声音にて。

 

弾かれたようにエレオノールへと全身が向かう。知りたい気持ちと知りたくない感覚が鬩ぎ合う心のままに。

 

けれど―――決して、"逃れられない"…結末。"幸せな結末"へと辿り着く為に賭した《"  "祐樹》という存在が向かい合わせるも。

 

「だからこそ、私(あたし)ゃお前に何も言わない。言ってやりたくない」

 

「……すみません」

 

「何を謝るんだい?」

 

不意に洩れ出た謝罪は一喝されるような、先ほど漏らした声音とは全く違う。|初めて(・・・)会った時と同じ声音。

 

「……」

 

答えられない。答える術など持っていないから―――。

 

「お前の悪い癖(・)だよ。悪いと思っちゃいるが……根本を理解しきれてない。だから見当違いな……やめさね」

 

続く言葉を捨てた。これ以上は踏み越えてはいけない領分と定めて。

 

―――悪い癖(・)……それでもお前はずっとそうだろうね。何処までも己の責と感じて、只管に…

 

心中だけで零す。叱られた子供のように酷く狼狽する姿を横目に、軽く右目のみ閉じて。

 

―――弱いくせに、意地張って……どんな力を手にしても根底が脆過ぎる。脆過ぎるが故に

 

意識が自身から外れた事を知ったのか?曖昧で複雑な子供のナリとは不釣合いな面持ちでエレオノールへと向けていた顔を移す。

 

行き先は隣で眠る小雪。小さな寝息が零れる口元へと視線がいく。閉じた唇へと指を向かわせて。

 

―――ひどく、惹かれちまうのかね?……|強い(・・)女って奴は

 

他人事のように今度は見やる。幸せだと、その手が触れる柔からな唇から帰ってくるマシュマロような弾力とほのかな暖かさ。

 

伸ばした人差し指の腹から伝わってくるソレらに、安堵。安堵に直結し自身にとっての慰めという感情へと帰結する微笑を浮かべる祐樹を。

 

―――とんだ詐欺さね。誰も彼も、己も騙して、生きなきゃいけないなんてなのは

 

滑稽に思ってしまう。だからこそ陳腐な言葉が大嫌いだと言い切れる。

 

―――"運命"って奴は何処までも付き纏ってくる。だけどね

 

だからこそ。

 

 

 

―――せめて、泡沫の夢ぐらいは幸せに生きなさい

 

 

心中でそう締めくくった。のだが―――…。

 

 

 

 

 

「御婆様」

 

「……できりゃぁ、聞いて欲しくないんだがね」

 

「そんな平野○太先生の落書きばりに顔を崩されてると何となく分るんですけど……」

 

「なら―――」

 

「と言って…スルー出来る音じゃないじゃないですか……其処の締め切った雨戸の先から聞こえてくる。撲殺―――こほん。打撲音」

 

「お前、限りなく真実知ってんじゃないかい…!」

 

雨戸を開けば―――。

 

 

「オラ×52+オ1ぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 

「光るモン持ってんじゃねぇかかぁぁぁぁっぁぁ!!!」

 

「自業自得ネ…」

 

「いいお灸じゃ…」

 

母親代わり的な女性が、眼つきの悪いおっさんをズバ抜けた殺気を浴びせながらに。

 

拳の乱打を浴びせる背中が見える…特筆的なセンス。武術を収めていないながらもセンスのみだけで。

 

総代と師範代の二人がかりで殴られる本人、釈迦堂の氣を押さえ込み。

 

貼り付け状態にされた当人にラッシュを食らわせ続ける咲。爛々と輝くイッてしまった眼差しは背筋に冷たい物を感じさせる…ある意味で。

 

そんなスプラッタ状態に顔を引きつらせる祐樹を目敏く。見つけて―――。

 

「祐樹!!」

 

フルボッコ状態かつ夜叉姫のようなスタイルであった咲は肉塊(?)一歩手前的な釈迦堂から離れて(もちろん、血飛沫はそのままに)。

 

「…す、すみません。取り乱しちゃって…」

 

ハニカミながらに咲の呼びかけに答える。付着した血痕(はなぢ)が生々しくて……正直、作り笑いのレベルであるが…。

 

「…あんな、無茶はしないでくれ。心臓が止まりそうになる…」

 

伏せた表情。咲は己自身の肩、右手で左肩を抱きながらに暗い声音で告げる。しつこい様だがわりと凄惨極まる姿のままで。

 

「あ、はは……その、気をつけます…」

 

乾いた声音と少々、明後日の方向へと向きながらに答える祐樹に。

 

「とりあえず、バカ娘は風呂に行って来い」

 

呆れ果てたと言う仕草と凄みのある声音にてエレオノールが会話に割り込み。

 

「あっ?!なんつった?ババア…」

 

先ほどのように瞳の色合いを怪しく光らせながらに、エレオノールへと喧嘩腰にドスが効いた言葉を吐き出すも。

 

「アホ。引いてるだろうて…」

 

白けた眼差しを向けた後に隣にて座る祐樹の方へと視線を戻す。

 

案の定…引きつった笑みを浮かべるしかないとう具合に乾いた笑みを浮かべて口元をひくつかせる祐樹の姿。

 

「げっ…」

 

「ほんと、バカだよあんたは…ほら、とっと風呂場に行きな」

 

「ぐっ…!覚えてろよぉぉ!!」

 

ピクピクと危ない痙攣を発している肉塊など放置して、祐樹へと目尻の端に光る物を微かに浮かべた顔を向けて寂しそうな眼差しを送った後。

 

正反対の眼差しのままにエレオノールへと罵声を浴びせて脱兎の如くに飛び出していく咲を見送り――。

 

 

「さて、本題に入ろうかね。鉄心」

 

場が張り付く。冷たい眼差し。表情は鉄仮面の如き容貌にて、川神院総代たる鉄心を突き刺す。

 

「…ルーよ。釈迦堂を連れて院に先に戻っておいてくれ」

 

「…分りマシた。総代」

 

何時もその長い眉毛に押し隠されたような瞳を覗かせて、エレオノールの視線を判別し…ルーへと制裁を加えられた釈迦堂を回収するように告げる。

 

エレオノールから何一つ抗議が飛ばなかった事から、一応のケジメは取らせられたという判断に間違いが無かったということを理解し。

 

「すまんの」

 

「ふん。200…いや、200半ぐらいの付き合いだからな。まぁ、ソレでも腸煮え繰り返りそうだけどね」

 

火箸で囲炉裏の中を混ぜっ返しながらに。

 

「ウチのバカ娘が手を出したせいで……有耶無耶にしなくちゃならん事になったのは口惜しい」

 

「……止めんでよかったわ。本当に、の…」

 

長い長い付き合い。それこそ遡れば、日清戦争時代までに行き着き―――敵味方と言う立場から始まったのだから。

 

エレオノールの苛烈さは身に沁みて分る。今でこそ…裏へと引っ込んでいるが一度、表舞台に顔出すならば。

 

九鬼財閥と言えども生半可では対抗しきれない。いや、逆に手を貸すかも知れない。ソレほどまでに"世界"との繋がりが強固であり。

 

何代かの九鬼の男達に見初められてきた女故に。

 

「しかし、お前……最近はその姿のままなのかの?」

 

老婆の姿を指し示す言葉。

 

「ふん。一々、有象無象の野郎を相手にするのがめんどくさくなっただけのことさ。お前と同じ理由だよ」

 

「そうか。時の流れに身を任せても、ここまで老いさばらえてるからの~…。まぁ、自然の摂理に沿った姿が一番じゃな」

 

「一般人の概念を私(あたし)達に充てたら、とうの昔に骸になって白骨晒してないといけないがね。私(あたし)らは」

 

「違いない。……さて、一息つけた。で、儂はどうすればいい?」

 

少々の座談。口惜しくも名残惜しいという気持ちを抱くも、今は己の管轄責任を問い立たされる立場というのを自覚しており言葉を出す。

 

「どうもしやしない。其れとも…私(あたし)が口出ししなきゃならのかい?」

 

剣呑な瞳を覗かせながらに問うと。

 

「いや。あいわかった、此方の処分は責を持って儂がきっちりとする。川神鉄心の名にかけての」

 

微かに首を振り、力強い言葉にて言い切る鉄心。

 

「なら、私(あたし)は私(あたし)の名を持って、ウチのバカ娘に仕置きをするさ」

 

鉄心の言葉に言い返し、エレオノールは懐からキセル取り出して火を灯す。一息吸って紫煙を吐き出して弛緩させる。

 

「互いに自身の名をかける……。滑稽じゃな」

 

「ふん。茶番だろうが何だろうが、最長一番上が私(あたし)ら老人だからね。嫌でもこうとしか言いようが無い」

 

空気を。場に張り詰めていた空気が霧散し。

 

「ふぬ……。それにしても、お前さん。面白い孫を持ったもんじゃの~」

 

息を吐き出して、肩を降ろす鉄心。

 

「やらんよ。ありゃ私(あたし)の大事な大事な"孫"だ」

 

隣に追い遣っていた茶セットを引き寄せて、二人分の緑茶用意しながらに一刀両断に言い切る。

 

「んん…。しかしの~…どうにも不安定すぎる。最後の柱(・の)アレとてお前、揉み消すのに苦労したろうて」

 

「瑣末な事だね。……なんだい。アンタ、あの子を―――」

 

「鍛えたい。ソレに…ウチの"孫"がの~」

 

「ああ…アンタん所の孫娘ね。嗅ぎつけたのかい?って、まぁ嗅ぎつけるさな……"才能"に振り回されてりゃ」

 

呆れた声音で答え、キセルを一叩きして灰を落とす。

 

淹れた茶を差し向かいの鉄心へと渡し。

 

「立つ瀬が無いの。儂の血を色濃く反映してくれたのは嬉しいが…」

 

気落ちした言葉を紡ぎ、茶を受け取る鉄心。一口啜り―――懐かしい味に頬を微かに綻ばせて。

 

「残念だがね。アレの処遇はもう決めてる」

 

「何処へじゃ?」

 

 

 

 

「"―"さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――

 

――時は学生がもっとも嬉しがる季節

 

夏休みへと突入し

 

「ここが……」

 

その背中に大きめのリュックを抱える祐樹は、聳え立つように見上げなければいけない和風の門

 

「ああ。祐樹、今年の夏休みはここで過ごすことになるのさ。お前のことだから…粗相は無いと思うが、ちゃんと言うことを聞きくんだよ?困った事があれば私(あたし)に連絡しな」

 

隣に立つエレオノールが祐樹へとそう告げて

 

「はい。わかりました…御婆様」

 

屈託のない笑顔で祐樹は頷き

 

 

 

聳え立つ門に掲げられた

 

 

―――"鉄"の名を視界に入れた

 

 


 
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