No.396042

役者交代

るーさん

泡沫の夢

2012-03-22 00:51:25 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1096   閲覧ユーザー数:1068

目が覚めた時に映る色は"白"と相場は決まっているらしいが―――

 

「お!!母ちゃん!おば――いてぇ?!」

 

「翔一…。もっかい、言ってみ?」

 

「くぅぅ~!か、かおり姉ちゃん…お、おきたぜ」

 

見上げる視界内映った少年が歓喜の声を上げて母親…慧子と咲へと声を掛ける。

 

殆どの物が白で埋め尽くされる部屋の中にて、色合いを放つ三人が眠りから目を覚ました少年が初めて目にした者達であり。

 

「だ、大丈夫か?!頭痛くねぇか?腹へってねぇか?ちょ、ちょっと待ってろ!今食い物持って来てやる!」

 

ボンヤリとした視界の中で、直江咲は逸る気持ちを抑えられずに少年の小さくなってしまった指をしっかりと握り締める。

 

瞳を覗き込みながらに問う。返事も待たずに駆け出そうとするも。

 

「起きて早々、質問攻めにしてやるな。咲」

 

襟首を掴んで停止させた慧子が嘆息交じりに塞き止めて。

 

「止めるな慧子!私はコイツの食い物を!」

 

「まずは、ナースコールと"鹿島"の婆様に連絡だ」

 

「……わかったよ!けど、絶対にそ、ソイツを連れてくなよ!分ったな?!」

 

慧子の言葉に唇を尖らせつつも渋々に従う咲は脱兎の如くに結局部屋から飛び出す。

 

「はぁ……で、とりあえずは話をするにしても、互いに名前も知らないしね。まずはお互いに自己紹介といこう」

 

近くのパイプ椅子を引き。

 

「私(あたし)の名前は風間慧子。で、コレが息子の翔一」

 

「へへ!よろしくな!」

 

ベッド近くに寄せた椅子に座り、膝に翔一を乗せ上げながらに自己紹介と息子を披露し。

 

「翔一。母さんは…こい―――"この子"と話があるからちょっと出といて」

 

「え~?!母ちゃん!おれはなかま外れかよ!」

 

「大事な話だ。お前はそろそろ父ちゃんが此処に顔出すから迎えに行ってあげ」

 

「おやじ帰ってるのか?!母ちゃんさきにいってくれよ!!」

 

慧子の言葉を聴き終わった瞬間には、駆け出し始めていた翔一―――"風の少年"は生き生きとしながら。

 

「くぅ~!ぼうけんのはなしいっぱいしてもらうぜ!」

 

その言葉を残してけたたましく出て行く。

 

「はぁ……まったく、で?アンタ名前は?」

 

嘆息漏らして、息子の慌しさに肩を竦めた後に少年へと視線を向け直し問いかけるも。

 

「…………」

 

「こら。だんまりは無しだよ」

 

虚ろな瞳で慧子へと無気力な動作で向かい合う少年。

 

「おい、聞いてんだろ?正直私(あたし)は忍耐強くないんだ。いい大人がダンマリってのも――」

 

 

「無駄だよ。慧子。下がりな」

 

 

皺枯れた声音が、ドスの効いた言葉を吐き出そうとした慧子を塞き止めて。

 

「あっ!てめ!何、横を陣取ってやがる!!」

 

慧子が座る位置に文句を言い放つ咲の二人。

 

「((義理娘|バカむすめ))も下がりな。今のこの子に何を問いかけた所で、答えは返ってきやしないよ」

 

「どういう―――」「……そう、みたいですね。婆様」

 

ゆっくりとしながらも、その齢を感じさせないキビキビとした動作で少年が身を置くベッド脇へと歩み寄る老婆に対し。

 

噛みつこうとする咲の言葉を遮って―――少年の瞳を見据えた慧子が搾り出すような言葉で頷く。

 

「……辛かったろうに。だが、お前が決めてお前が為した事だ。後悔だけはしないでおくれ」

 

歩み寄ったベッド。ベッド自身に腰掛けて身を起こしている祐樹を優しく、枯れ木のような腕が抱き締める。

 

最早、ゴツゴツとした感触とザラついた肌触りしか与えない腕に抱かれているのに、抱かれる少年は嫌がるよりも―――

 

無意識にその手に自身の手を重ねて、甘える。疲れきって、寄る辺を失った旅人の如く、幼子が親に甘えるように。

 

「ババア!どういことだよ?!」

 

「下がりな―――と言った筈だよ」

 

明確な氣圧。しわがれて、風でも吹けば飛ばされてしまいそうなほどの身体から―――"川神院の総代"並みの氣圧が飛ばされるも。

 

「ぎぃ、ぐっ……さ、下がれるかよ……!」

 

全身が金縛りにあったかのように自分の意志どおりに動いてくれない身体。

 

それでも……咲は食い下がる。引き離されたくないという一心だけを頼りに。

 

「ほぉ、まだ私(あたし)に逆らうってのかい?ええ?バカ娘」

 

「ぐっ」

 

百戦錬磨など片腹痛い。其処にただ、腰掛けている柳のような老婆が繰り出す―――氣は絶対的。

 

だというに……

 

「ほぉ、少しは成長したかい」

 

「い、いつまでも…ババア相手に、引き下がれる…かっ、ての…!」

 

滲み出る脂汗。顔面が蒼白を通り越して、真っ白になっているぐらいに晒される圧倒的な存在に抗う。

 

己の心が―――見つけてしまった。"ありえる筈なき道筋"を見つけてしまったからこそ。

 

身体が。

 

「((真剣|マジ))で見つけたんだよ」

 

心が。

 

「私の、私だけの―――」

 

言葉を重ねた事すらない。

 

名前とて分らない。

 

出会って一日も経っていない。

 

身体が小さくなってしまうという不可思議とロボットから出て来たという奇天烈さ。

 

だが、そんなものは関係ない―――――

 

 

 

唯一つ、手にした。

 

落ちてくる身体を抱き止めた時に感じた感覚。高鳴り。

 

それだけで十分なのだ。それだけで本当に―――直江咲は。

 

 

 

欲してしまったのだから―――理由など、それだけで十分だ。

 

 

 

 

 

 

―川神市

 

月日は流れる。

 

「うっし!!来たぜ!!川神!」

 

タクシーから降り立つ咲と少年。肩に下げたリュックサックが伸びをする。動きに応じて揺れ動く。

 

「へぇ~……ババア持ちの家だって言うから派手だと思ったけど、本家とは違って普通だな」

 

目前に立つ一軒家。"鹿島"家所有としては一般家庭の住宅を見やってそんな感想を漏らし。

 

「予定より、一時間近く早いじゃないかい」

 

「へへ、とっとババアの所から出たかったからな」

 

「……ほんと、アンタは口が減らない奴だこと」

 

咲が立つ家の隣。庭から普段着姿の慧子が柵に凭れながらに問いかけ。

 

「私(あたし)は絶対に婆様に頭が上がらないからね」

 

銜えたタバコを燻らせながらに呟く慧子。

 

「ソレ言ったら私だって同じだろ。互いにババアに家を貰ってる身としては」

 

「ま、私(あたし)は婆様から貸賃させてもらってるけどね。………格安だけど」

 

吐き出した煙越しに言葉を落とし、最後は糸目になりながらに告げ。

 

「で―――紹介くらいしてもらいたいんだけど?」

 

顎をしゃくって、視線の先に居る人物を催促する。

 

指し示された先―――少年が……青年が言葉を返す

 

 

 

 

 

「初めまして……は、違うんでしたね」

 

 

ほんの少し苦笑いを浮かべた後、表情を引き締めて。

 

 

 

「その節はお世話になりました。――――――――"直江"祐樹と申します。以後、よろしくお願いします、慧子さん」

 

 

 

 

"大人な子供"は慇懃に挨拶する。

 

 

 


 
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