No.395216

仮面ライダーディージェント

水音ラルさん

第23話:過去へ導くは破壊者の残滓

2012-03-20 19:30:44 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:216   閲覧ユーザー数:216

(歩…本当にどうしたんだろう……。まさか本当に好太郎さんが…?)

 

亜由美は倒れている歩を看ていた。

好太郎の話では気を失っているだけだと言っていたが、その原因となったのは恐らく好太郎だろう。

二人の間に何があったのかは知らないが、何か理由があったはずだ。

 

(一体どうして…あ、これって歩の……)

 

そんな事を考えていた時、亜由美の目にディージェントドライバーが映った。

歩はこれを使って今まで2年間もの間世界を旅してきたと言っていた。そして、これを使いこなせるのはワールドウォーカーであり、完全に適合した自分だけだとも……。

 

亜由美は何となくそのディージェントドライバーに触れてみた。その瞬間……

 

「ッ!?な、何!?」

 

突然周りの空間が歪んで黒く塗り潰されたかと思えば、一気に周りが白く色付いて来た。

 

「こ、ここどこ?それに、歩もいなくなってる……」

 

亜由美は立ち上がりながら辺りを見回した。

気がつくとどこかの白一色の広い部屋にいたのだ。病院っぽいがそれとは違う独特の雰囲気があるので研究所とかの施設なのだろう。

そしてその床には無数の太いケーブルが伸び、そのケーブルは何らかの大きな椅子型の装置に接続されている。

そしてそこにはある一人の人物が鎮座していた。

 

「子供……?」

 

その子供は白いゴツゴツとした顔の上半分を覆うヘルメットを被せられており、そのヘルメットの隙間からは黒い髪がチラリと覗いていた。

 

『演算準備が整いました』

『よし、起動させろ』

 

その声のした方を向くと、白衣を着た二人の男性が何かを話していた。

そして一人の男性が指示を出すとそれを聞いた部下と思われる人物が少年の向かい側にあった恐らくあの椅子型の装置を操作する為の装置に設けられたスイッチを押してコンソールをカタカタと打ち込み始めた。

すると椅子型の装置が「ゴゥンゴゥン」という音を出し始める。

 

『う……あ…あああぁぁぁぁぁぁ!!』

 

その装置が作動するとともにそこに鎮座していた少年が苦しみ出した。どう考えてもあの装置が原因だろう。

 

「ちょ、ちょっと!何やってるんですか!?やめてください!!」

 

亜由美は装置を操作している男性に声を掛けながらその肩に手を掛けようとした。だが……

 

「えっ…!?」

 

その手は男性の身体をすり抜けてしまった。

何度も触れようとするが、どうやらここにある物には全て触れる事が出来ない様だ。

 

「ひょっとして、これって『ビジョン』と同じただの立体映像…?」

 

亜由美はこれと似たような物を思い出した。

歩と初めて会った時に自分の事を話す為に使っていた「ビジョン」と同じ現象が起きているのだと。

恐らくディージェントドライバーに触れた事が原因なのだろう。アレに触れた瞬間、何らかの要因で亜由美にこの映像を見せているのだ。

 

『あああぁぁぁ…!!あ……ぅ………』

 

少年の悲痛の叫びが途絶えると、操作をしていた男性がスイッチを切って装置を止め、上司と思われる男性に話しかけていた。

 

『ここまでの様です。進行状況は21%です』

『中々芳しくないな……それじゃあ新しくできた促進剤を使うぞ』

『そ、そんな!アレはまだ実用段階に入っていない上に副作用も大きいです!そんな事をしたらコレの身体が持ちませんよ!!』

 

部下と思われる男性は少年を指差しながら上司に説得していた。

しかし、亜由美にはそれが許せなかった。こんな小さな男の子を“コレ”と言ってまるで道具扱いする事が……。

 

『使った後に十分に休ませれば問題ないだろ。とっととコレを部屋に連れて行け』

『ハ、ハイ…分かりました……』

 

上司の指示に従って部下が少年に被せられていたヘルメットを取り外すとそこには見覚えのある顔があった。

真ん中分けの黒髪に虚ろな瞳…その顔立ちはまるで……

 

「え…?もしかして…歩……?って言う事は、ひょっとして、ここって、歩の記憶の中…?」

 

幼くはあるが、アレは間違いなく歩だろう。どことなく面影がある。

歩と思われる少年は、部下に引きずられるように歩き出し、その場を後にしようとしていた。

その時、周りに変化が起きた。

 

「え…!?周りが暗くなってく……!?」

 

徐々にその空間がおぼろげに暗くなって行くのだ。それはまるで夢から覚める寸前の暗い空間に酷似している。

 

「そうか…!これって歩の記憶だから、記憶にない所は消えて行くんだ!追いかけないと…!!」

 

もしここであの少年を見失おうものなら、どうなるか分かったもんじゃない。

下手すればそのまま暗い空間に置き去りにされる可能性だってあるのだ。

亜由美はそう解釈すると急いでその少年の後を追った。

 

 

何もない質素な白い通路を歩いて行くと、ある扉の前で研究員が止まってそこで何らかのパスワードを壁に設置された暗証登録機に打ち込むと、「ピー」という音がして扉がスライドした。

 

その中に入って行くと、中には簡易ベッドと剥き出しのトイレがあるだけで、まるで監獄の様だった。

しかもその部屋の角にはスピーカーが四方を囲む様に設置されており、そこから何やら激しいノイズを掻き鳴らしている。

 

『よし、ジャミングも正常に作動しているな』

 

そう呟きながら確認を終えた研究員は、少年をこの部屋に置いて出て行こうとした。

しかし、少年は研究員の白衣にしがみついた。

その顔は焦燥に駆られており、一人になりたくない一心で振りほどこうとする研究員にしがみついている。

 

『ま、待って!一人にしないで!!』

『えぇい放せ!』

『あうっ!』

『お前はこの部屋でじっとしてるんだ。準備ができたらまた来る』

 

研究員は自分の白衣にしがみついた少年の手を振り払った勢いで投げ飛ばすと、そのまま部屋から出て行った。今この部屋にいるのは少年と亜由美だけだ。

しかし少年には当然亜由美の姿は見えておらず、必死に扉を泣きながら叩いていた。

 

『開けて!開けてよ!!』

 

だが、その扉は一切開く気配がなく、ただの壁として沈黙を続けてるだけだった。

やがて少年は叩くのをやめてガックリとうなだれると、ベッドに座って泣きながら何かボソボソと呟き始めた。

 

『……ん……ぁ……さ……』

「?」

 

少年が何を言っているのかと思い、近づいて耳を澄ましてみると、少年が今望むのもを口にしていた。

 

『母さん…どこ…?』

(あぁ、そっか……。歩の時間はここで止まってるんだ……)

 

亜由美はこの光景を一度見た事がある。“龍騎の世界”で人を殺しそうになった歩と同じなのだ。

ひょっとしたら歩の心は今も子供の状態で止まっているではないだろうか?

この少年は母親を欲している。家族という、温もりを……。

 

(この子に、何かさせてやれればなぁ……)

「まったく、何でこんな弱虫がディージェントドライバー適合者なんだか」

「っ!?」

 

突然この亜由美と少年の二人しかいない空間に第三者の声が聞こえてきた。

後ろを振り返ると、そこにはマゼンタカラーのインナーの上に黒いコートを着た茶髪の青年が立っていた。

歳は歩とそう変わらないくらいで、その顔は皮肉そうに歪んで嘲笑っているかのようだった。

 

「だ、誰ですか!?」

「俺の名は門矢士。最初の仮面ライダーディージェントだ」

「最初の…?もしかして、オリジナルって事ですか?」

 

“最初の”という言葉を聞いて、紅渡と言う人物を思い出した。

彼も確か最初の仮面ライダーキバだと歩が言っていた。と言う事は、この青年も紅渡の仲間なのだろうかと思い訊ねてみた。

しかし門矢士と名乗ったその青年はそれを聞くと、軽く溜め息を吐いて「やれやれ」と言いたげに両手を上げて、更に続ける。

 

「少し違うな。俺は正確に言えばディージェントドライバーに備われた人格プログラムだ。メインシステムであるディケイドの装着者の人格を基にした…な……」

 

そう言いながら亜由美の周囲を回って少年に近づいて行き、その小さな頭をポンと叩こうとしたが、すり抜けてしまう。

それに士は少しムッとして口を尖らせるがすぐに気を取り直して亜由美に説明を続ける。

 

「本来だったら俺がDプロジェクトを完遂する筈だったんだが、どう言うわけか破壊されたディケイドが復活した所為で人格プログラムを保てなくなってな。それでしょうがなくディージェントドライバーに適合できる次元移動能力を持ったコイツにその役目を任せてるってわけだ。今の俺じゃあ、こうしてコイツの潜在意識の中で動く事しかできないしな」

 

そう言いながら少年の横にドカリと座るが少年は一切気付いておらず、ただボソボソと母親を呼んでいるだけだった。

という事はこの人物は歩の潜在意識に一切干渉出来ないのだろう。

 

「潜在意識……じゃあ、やっぱりここって歩の記憶の中?」

「そう言う事だ。お前はコイツの異次元同位体らしいからな、それでここまで来る事が出来たんだろ。俺には大体分かる」

「大体って…それで、ここって何時の記憶なんですか?かなり昔みたいですけど……」

「この空間はコイツの最も忌むべき記憶で作られた場所だ。さっきのディジェクトとの戦闘でそれが蘇ったんだろ」

 

やはり歩が倒れていたのは好太郎が原因の様だ。でも今は彼を責めている場合じゃない。

最も忌むべきという事は、これからもっと別の何かが起きると言う事だ。先ほど見た光景よりももっと残酷な何かが……。

 

「一体、これから何か起きるんですか?」

「そうだなぁ、今から起きる事は…っと来たみたいだな」

「え?」

 

士が言いかけた所で何かの気配に気づいて扉に目を向けると、その瞬間扉が開いて先程の研究員が入って来た。

 

『来い、準備ができたぞ』

『…ッ!!』

 

その言葉を聞くと少年は怯えた様子で逃げだそうとするが、子供の身体で大の大人に抵抗する事が出来るわけがなく、すぐに捕まってしまう。

 

『コラ逃げるな!まったく、大人しく付いて来い!』

『う…うぅ……』

 

少年はその研究員に引っ張られて部屋から出て行く。

その時少年は身体を震わせていた。相当怖がっているようで何とか触れてやりたい気持ちになるが、今の自分ではどうする事も出来ない。

だが、同時に怖くなったのも事実だ。

このままついて行けば歩の最悪の過去を見る事になる。

自分はそれを見て、彼を受け入れる勇気があるのだろうか……。

そんな自分の不甲斐なさに憤りを覚えながら拳を握りしめていると、士が扉の前に立って問い掛けて来た。

 

「言っておくが、無理について来る必要はないぞ?ここでお前がブラックアウトしても、元の場所に戻るだけだしな。

さあどうする?ここから先はアイツの最も辛く、忘れたくても忘れられない出来事が待っている。お前には、この先に待ち受ける惨劇を見る覚悟があるのか?」

「そ、それは……」

 

その真剣な語調につい口籠ってしまうと、士は「やっぱりな」と言って溜め息を吐いた。

その間にも部屋がおぼろげに暗くなっていく。

 

「どうやら、今のお前じゃあこれ以上は見れないみたいだな」

「歩…ゴメンね……」

 

この場にはいない歩にポツリと謝った。暗闇も大分濃くなり、何やら眠気さえも感じて来る。

 

「まあいいさ、まだチャンスはあるしな。もう一度見る覚悟ができたらアイツの意識がない時にディージェントドライバーに触れればいい。そうすれば、俺がまたここまで案内してやる」

「意外と優しい人ですね」

 

亜由美は士のその面倒見の良さにそう思った事を零すと、目の前の青年はムスッとして目を逸らした。

 

「チッ、俺も大概お人好しだな…何で破壊者がこんな性格をしてたんだか……」

 

この青年は自分をディケイドの装着者の人格を基にしていると言っていた。つまりディケイドもこういう人物だったという事だろう。

彼がどうして自分の事を破壊者などと言っているのか分からないが、少なくとも亜由美にはそうは見えなかった。

 

「おい、変な事考えてないでとっとと寝て元の場所に戻れ。俺だってディージェントなんだ、お前の考えくらい読めるんだよ」

「……ってアナタも私の心を読みますか!?」

「いいから帰れ!それに、そろそろ意識を保っておくのも難しいんじゃないのか?」

「え?ぁ……」

 

その言葉を聞いた途端、意識が急激に遠のいて行く。その中で士の声がわずかに届いた。

 

「いいか、アイツにはお前が必要なんだ。アイツは見た目が大人でも中身はまだガキだからな。保護者としてちゃんと面倒見とけよ」

 

その言葉に何か返そうとした所で、亜由美の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

美玖は勤務時間を終え、コンビニに立ち寄って缶コーヒーを買ったあと、近くの公園のベンチに座って飲んでいた。いや、飲もうとしていたと言う方が正しいだろう。

 

「フーッ、フーッ……」

 

今の季節は11月の末、もうすぐ冬になろうとしている時期だ。

こんな時期には温かい飲み物は必須なのだが、彼女は猫舌だ。飲もうにも熱すぎて飲めないでいるのだ。

 

「まったく、何故世間は猫舌の人達に対して何も考えてやらないのだ……ズッ…アチッ!」

 

どうせなら猫舌の人の為に人肌程度の温かさの飲み物があってもいいのではないかと思いながら軽く啜るが、やはりまだ熱い。

幸いこの時間帯はこの辺りは人通りが少ない。こんな所を知り合いに見られようものなら、恥ずかしさで死ねる自信がある。

彼女はそう思っているが、実は既にスマートブレインでは誰も言わないだけで皆知っていたりする。

逆にその彼女の普段とのギャップによる可愛さで密かにファンクラブがあったりするほどだ。

因みにそこの名誉会長は正幸だったりするのだが、その事実を美玖が知るのは当分先の話である。

 

「~~ッ!!まだ熱い…フーッ、フーッ……」

 

未だに缶コーヒーの熱さと奮闘していると、ファイズフォンから着信が鳴った。

その着信先は章治がいた研究所の物で、もしかすれば章治の手掛かりが見つかったのかという淡い期待を持って通話ボタンを押した。

 

「はい、こちら犬飼……」

『犬飼さん、大変です!襲撃です!!』

「何!?」

 

ファイズフォンから聞こえてきた所員の声からは恐怖の色を感じ取った。かなりの強敵の様だ。

 

「それで、どんなタイプだ!?」

『それが…見た事のないタイプなんです…!金色の大鷲型の激情態です!!』

「金色の鷲…あの時のか……!!」

 

美玖は所員から得たそのオルフェノクの特徴で、すぐにオーガと共に撃退したあのミラーモンスターだと理解した。

 

『それで、丁度こちらに来ていた社長と何人かのオルフェノクの所員が戦闘中です!早く…援護を……!!』

「分かった!すぐそちらへ向かう!!」

 

美玖はそう言って通話を切ると、片手でオートバジンの後部座席に置いてあったアタッシュケースを開いて、ファイズ専用変身ベルト…ファイズドライバーを取り出しながらファイズフォンに変身コードである「555」を打ち込んで閉じる。

 

[スタンディング・バイ……]

 

コード認証音声が鳴ったそれを閉じて口で咥(くわ)えると、ファイズドライバーを両手で持って腹部にセットした。

完全にセットされたのを確認すると、今度は口に咥えたファイズフォンを手に取り、天高く掲げて認証コードを叫んだ。

 

「変身!!」

 

[コンプリート]

 

美玖の身体を赤いフォトンストリームが包み込み、その姿をファイズへと変身させた。

ファイズは両手をブラブラと揺らすと、「よしっ!」と言ってガッと拳を握り絞めて確認を終えた。

 

そしてファイズはオートバジンに跨ると、研究所へと走らせて言った。

彼女が座っていたベンチには飲みかけの缶コーヒーと少しばかりの灰があるだけだった。

 

 

 

 

 

亜由美は気が付くと先程までいた地下駐車場で倒れていた。

その横には未だに気を失っている歩が呻きながらその目からツーッと涙を流していた。

きっと今頃あの後の続きを見ているのだろう。

亜由美はその歩から流れている涙をそっと指で拭うと、そっと謝罪の言葉を述べた。

 

「ゴメンね歩…今の私じゃ受け入れられないかもしれないから……。でも待ってて、いつか必ず受け入れるから……」

 

その言葉は亜由美の決意を表した言葉でもだった。

今の自分では歩の事を全て知るには早すぎる気がしたのだ。

亜由美は彼の全てを知っているわけではないし、彼の事をどう思っているのか自分でもよく分からない。

本人は自分の事を保険と言っていたが、恐らくそれだけではない気がする。

自分と歩がこれからどういう関係になって行くか見定めてから、改めて行こうと思う。彼の過去を受け入れに……。

 

頬に伝わる指の感触に気付いたのか、歩は閉じた瞼をピクリと動かすと、ゆっくりと目を開けてこちらの存在に気付いたのか、ゆっくりと首を動かして添い寝する形で倒れている亜由美を見つけた。

初めてこの虚ろな目を見た時は死んだ魚の目だとか怖いだの不気味だのと思っていたがあの過去を見た今なら分かる。

歩の目は泣き腫らした目なのだ。

今まで誰にも自分の声が届かず、その孤独感で涙を流し尽くした目……。そんな悲しげな目で自分の名を呼んだ。

 

「……亜由美?」

「ウン、起きた?」

「……ウン」

 

その短いやり取りの後、たがいに身体を起こすと、歩はポツリと語り始めた。

 

「……両親に会った夢を見た」

「両親?」

「ウン、でも本当に会ったわけじゃないんだけど、傍にいてくれた……そんな気がする」

 

歩の言う夢が先程亜由美が見た光景だとすれば、その両親というのは恐らく自分と士と名乗った青年の事だろう。

あの時自分には何出来なかったのかと思ったが、傍にいてやる事が出来たかと思うと少しだけ嬉しく思う。

でも、これは歩に言うべきではないだろう。

自分は彼の本当の妹というわけではないし、ましてや母親でもないタダの他人だ。

歩が自分の事をどう思ってるのか分からないなら尚更だ。

もし傍にいたのが親でも何でもないただの他人だと分かれば、ガッカリさせてしまうかもしれない。

だったら、自分に言える事は一つ……

 

「そっか、よかったね!」

 

最高の笑顔でそう答えてやるだけだ。今の自分にはこれくらいしかできないが、何も出来ないよりはずっといい。

歩はその笑顔を見ると、自分の事を思って笑ってくれているのだと気付き、そっと呟いた。

 

「ウン、ありがとう……」

 

歩に「ありがとう」と言われるのはこれが二度目だが、やはりこの言葉を言っている時は何時もの素っ気ない口調ではなく、ちゃんと心が籠っている。それだけ嬉しさと感謝の気持ちが強いのだろう。

何時もそう言う感じで話せばいいのにと思うが今の所はこれで良しとしよう。これから慣れてくれればそれでいい。

 

「フフッ、どういたしまして…ってあぁ!!」

「どうしたの?」

 

そこまで思い立った所で亜由美はある重要な事を思い出した。

そうだ、章治さんのライダーズギアが奪われたんだった!

 

「歩!章治さんの……」

「っ!待った!」

「歩?」

 

突然何かに驚いたように歩は目を見開くと、外に繋がる通路を睨んだ。

亜由美もそちらを見るが特に何かあるわけではない。一体どうしたのだろうか?

 

「……消えた」

「え?消えたって…何が?」

「『基点』が…章治さんの気配が消えた」

 

一瞬、歩の言っている事が分からなかった。いや、分かりたくなかった。

だって、さっきまで一緒にいたんだよ?すごく良い人そうだったんだよ?

何でそんな人がいなくならなきゃいけないの?

 

「……亜由美、好太郎君の所まで次元断裂を展開して…僕だと正確な位置に出せないから」

「ウ、ウン!分かった!!」

 

歩の頼みをすぐに聞き入れ、好太郎の所へ続く次元断裂を出し、亜由美達はその中へと走り出そうとした。

 

『……ま……にの……だな……』

「ん……?」

 

しかし、歩は何かが聞こえ、立ち止まって後ろを振り向いた。だが、そこには誰もおらず、何もない駐車場が広がっているだけだった。

 

「…?」

「歩!何してんの!?早く!!」

「……ウン、分かってるよ」

 

亜由美に急かされて、歩は先程の声が空耳だと解釈すると、次元断裂の中に亜由美と一緒に溶け込むように消えた。

 

しかし、歩は気付いていなかった。その声は背後からしたのではなく、自分の潜在意識から呼びかけられた声だった事に……。


 
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