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真・恋姫無双~君を忘れない~ 八十六話

マスターさん

第八十六話の投稿です。
ついに曹操軍との決戦が始まろうとしている。一刀、桃香、雪蓮の三人は自らが兵士たちの士気を高めようとするが、一方の華琳たちは悠然と進軍を続けていた。そして、ついに三人の王の戦いが始まるのだった。

*前回のあとがきにあるように、今回から第三者視点で物語が進行します*

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2012-03-20 02:23:02 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:6137   閲覧ユーザー数:5194

 

 荊州南郡当陽県――此度の戦で、一刀と華琳が総勢三十万を超える大軍をぶつけ合おうとしている場所であるが、その地名を言われただけでどれくらいの人間がその場所をイメージ出来るだろうか。

 

 長坂の戦い、と言われたら、三国志について多少知っている人間であれば分かるだろう。かつて劉表に身を寄せ、彼の死後、劉備が何万という民たちを引き連れ曹操軍から逃れようとして起きた戦いであり、当陽はその長坂坡のある場所である。

 

 三国志において、その戦では劉備の義弟である張飛がその身一つで大軍と渡り合い、また劉備の息子である阿斗君――つまり後の劉禅を救うために、単騎駆けで敵軍の中を疾走するシーンなどがドラマチックに描かれている。

 

 しかし、この世界の中においては違う。

 

 桃香は華琳から逃げたりはしない。

 

 背後にある江陵の民を守るために正面から華琳の軍勢を迎え撃つのだ。華琳から否定された弱かったかつての自分の面影はなく、普段は柔和の表情を浮かべるその顔にも、今は凛々しさすら察せられる。

 

 そして……。

 

「ついにこのときが来たな」

 

「……ご主人様」

 

 彼女の横には彼がいる。

 

 益州を暴君から救い出した英雄にして、管輅より天の御遣いとされた人物――北郷一刀。

 

 そして今、その二人の目の前には総勢十五万の兵士たちがいる。

 

 益州の兵八万、江東の兵七万、誰もが恐怖と緊張と勇気と興奮が溶け合った表情を浮かべているが、それは精悍といって過言ではないだろう。その瞳が見上げる三人が出陣の声を上げるのを今か今かと待ち侘びている。

 

「二人とも、何を緊張してんのよ?」

 

「そりゃ、相手はあの曹操さんですから、緊張しないわけにはいかないですよ」

 

 兵士たちの目に映る最後の一人、孫呉の王にして小覇王――雪蓮がいつもと変わらぬ声音で話しかけたのに対して、一刀は肩を竦めて苦笑を漏らした。

 

「あら? 私が味方にいるというのにどこに不安を感じる要素があるのかしら?」

 

「もぅ、孫策さんは自信過剰なんですよ。曹操さんが怖い人なのは一番私が分かっているんですからね」

 

「桃香、それは自慢にならないことなんじゃないか」

 

 さっきまでの凛々しさもどこへやら、いつも通りの的外れな言動に一刀は多少の呆れを感じてしまった。まあ、そんなことが言えるということは、桃香が一刀の予想よりも緊張してないことを示している以上、どちらかといえば安堵の方が濃かったのだが。

 

「でもね……」

 

「ん?」

 

「私は、ううん、私たちは勝つ。勝って、大陸を平和にする。誰もが笑って過ごせるような、幸せに暮らせるような国を作るんだもん。曹操さんと戦うのは怖いけど、兵士の皆が傷つく姿を見るのは怖いけど、そのためには絶対に負けられないよ」

 

「……そうだな」

 

 真っ直ぐに二人を見つめる桃香の瞳に宿る静かな闘志を感じて、一刀はもうこの娘は自分が心配するような娘じゃないことを悟った。誰もが敬いを感じる漢中王としての姿がそこにはあったのだ。

 

「だから頑張ろう、ね? ご主人様、孫策さん」

 

「ふふ……、雪蓮でいいわよ」

 

「え?」

 

「一刀にはとっくに許しているわけだし、あなたにも許さない道理もないでしょ。それに、あなたはもう王として一歩を歩みだしている。私は江東の王としてその姿に打たれたわ。もう誰もあなたのことをただの善い人だなんて言わない。理想だけの甘い人間なんて言わせない。これは信頼の証よ」

 

「ありがとうございます、孫さ――いえ、雪蓮さん。私の真名は桃香です。益州の王として、漢中王の名を戴くものとして、この戦、共に戦い勝利を得ましょう」

 

「ええ、桃香」

 

 二人は共に穏やかな笑みを浮かべた。

 

 その胸中には、華琳と戦うことへの不安はあれど、戦に負けることへ不安はなかった。

 

 そして、その視線は一刀へと向けられた。

 

 本来であれば、桃香と雪蓮、二人がこうして本当の絆で結ばれることなどなかったのかもしれない。演義においては結局のところ、孫家との関係は政略により複雑化し、最終的には関羽が孫呉の手によって討たれることになるのだから。

 

 しかし、それはたった一人の青年によって変えられた。

 

 どういう理由か、この世界へと踏み込むことになった単なる高校生だった彼は、多くの人間に会い、仲間と出会った。そしてとある王との出会いと別れを経て、自分の力のなさを痛感しながらもそこに立っている。

 

「さぁ、ご主人様」

 

「ほら、一刀」

 

「……あぁ」

 

 三人で同時に一歩を踏み出した。

 

 次への一歩であり、死への一歩であり、志への一歩である。

 

 戦いが始まるのだ。

 

 多くの輩がそこで無残に散り、仲間たちへとその想いを託す。辛く、そして長い戦いへの、だが、その戦いで全てを手に入れるのは自分たちだと、三人は強く誓ったのだ。

 

 

 ――長かったな。

 

 一刀は兵士たちの表情をつぶさに見つめながらそう思った。

 

 さぁっと風が彼の前髪を揺らす。決戦を告げる春風は、これから始まるであろう凄惨を極めた戦いとは裏腹に、とても暖かく、一刀の心に僅かな潤いを与える。

 

 だが、自分たちはその風の中、前へと進まなくてはいけない。彼らを抱きしめるように吹き抜けていく風たちの手を振りほどき、一刀たちはさらに歩を一つ進めた。

 

 兵士たちの目に光が煌めいた。これから自分たちの君主が決戦のときを告げる。その声と共に自分たちは最後の戦いへと向かうのだ。誰かが唾を呑み込んだ。横にいる友かもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 

 一刀はゆっくりと深呼吸をした。さっきの雪蓮の言葉通り、緊張はしているが、それでもそれは程よいくらいであり、決して敗戦の不安へと繋がるものではない。寧ろ、武人でもない自分が戦いの前に高揚しているかのようだった。

 

 兵士たちの顔を見る。

 

 決して精兵揃いの曹操軍に劣っているとは思えない。

 

 瞳を一度閉じた。これまでの出来事が走馬灯のように脳裏に過る。大切なものがたくさん出来た。守りたいものがたくさん出来た。そして、それらは決して失うわけにはいかないのだ。

 

 一刀の瞳がかっと見開いた。

 

「黄忠! 厳顔! 魏延! 賈駆! 呂布! 陳宮! 袁紹! 文醜! 顔良!」

 

「関羽! 張飛! 趙雲! 諸葛亮! 鳳統! 馬超! 馬岱! 鳳徳! 公孫賛!」 

 

「周瑜! 甘寧! 黄蓋! 周泰!」

 

 三人の呼びかけに彼女たちは、応っと答えた。

 

 駆け足で前へと出ると、兵士たちから見える位置に立った。

 

 その肢体から溢れ出る闘志は波のように兵士たちに伝播し高ぶらせる。彼らは歴戦の猛者たちばかりであり、正に一騎当千の将たちである。その姿を一目見るだけで兵たちの士気は自然と高まり、決戦への強い意志が生まれるのだ。

 

「ここに集いし勇猛果敢なる兵士たちよっ! ついに我らは最後の決戦へと進もうとしているっ! 敵は大陸の覇王たる曹孟徳っ! 彼女たちは我らと孫呉の信頼の証である江陵を陥落させんと、既にこの地に向けて進撃を開始しているっ! だが、決して恐れるなっ! 決して退くなっ! 恐れれば敗北、退けば死あるのみだっ! 死ぬのならばここで死のうっ! 俺と共に戦場で散ろうっ!」

 

 一刀の雄弁に兵士たちは身を震わせる。

 

「皆さん、よくここまで将たちの厳しい調練に耐えてくれましたっ! 曹操軍の強さは誰よりも私が知っていますっ! きっと、私一人では手も足も出なかったでしょうっ! しかし、私にはこんなにたくさんの仲間が、頼りになる戦友たちがいますっ! 横にいる友と共にならば曹操軍にも勝てますっ! あなたたちは一人じゃないっ! それを心に、この戦で乱世を集結させましょうっ!」

 

 桃香の熱弁に兵士たちは心を震わせる。

 

「孫呉、益州の兵士たちっ! 誇り高き勇者たちよっ! 我らは大陸の住まう全ての民たちの宿願を一心に背負っているのだっ! 民を戦争という苦痛から解放し、安らかなるときを与えるときが来たのだっ! そして、今ここに、江東の小覇王、漢中王、天の御遣いの三人が揃ったっ! どうして曹孟徳に負けることがあろうっ! 我らが掴むのは勝利の二文字のみであるっ! 勝利し、そして、我らが気高き想いを成し遂げんっ!」

 

 雪蓮の能弁に兵士たちは志を震わせる。

 

「益州軍が将、袁本初っ!」

 

「はっ!」

 

 一刀の許に麗羽が立つ。

 

「先鋒を任せる。貴女の強さは我らの強さ、貴女の美技で曹操軍を翻弄せよ」

 

「我が君の仰せのままに」

 

 一刀は自分の腰に佩かれた刀を外すと、それを麗羽に託した。

 

 麗羽はそれを恭しく受け取ると、華麗に抜き去り兵士たちに翳して見せた。

 

「益州軍の皆様に告げますわっ! 我が君より授かりしこの宝剣に誓いまして、わたくしは必ずや先鋒としての役目を果たしますっ! 全軍、出撃用意っ! この戦に、わたくしたちが華を添えてみせましょうっ!」

 

 麗羽の言葉に兵士たちが湧く。

 

 麗羽がかつて江陵を落とすために、あの周瑜を計略に嵌めて、また曹操軍とぶつかり合ったときには身命を賭した突撃を敢行したことは記憶に新しい。

 

 益州軍にとってはかつて劉焉の奇襲により危機に瀕した永安を救ってくれた救世主に他ならず、また孫呉にとっても麗羽という名将ならば隣を任せることに何の不安もないのだろう。そのための先鋒である。

 

 そして、その麗羽の隣に雪蓮も並び、南海覇王を掲げた。

 

「孫呉の兵よっ! 我が軍の先鋒はこの孫伯符自らが引き受けるっ! 私もまた、江東の虎と呼ばれ恐れられた母、孫文台から受け継ぎしこの南海覇王に誓おうっ! 孫呉の強さを亡き母にしかと見てもらうのだっ! 総員出陣準備っ! 我らが絆をここに示さんっ!」

 

 雪蓮の言葉に兵士たちの士気は最高潮に達した。

 

 言うまでもなく、雪蓮が孫呉にとっては絶対的なカリスマ性を持つ存在である。その小覇王自らが陣頭に立ち、自分たちを率いると宣言しているのだから、孫呉の兵にとっては何よりも心強い。

 

「さぁ参りましょうっ! わたくしの親愛なる戦友たちよっ!」

 

「さぁ行くぞっ! 我らが誇りし大陸の戦士たちよっ!」

 

 出陣――と麗羽と雪蓮が同時に声を上げた。

 

 兵士たちは片手を掲げてそれに応えた。

 

 ついに覇王曹孟徳との決戦の火蓋が切って落とされたのだ。

 

 

 さて、その頃、華琳たちは既に当陽に向けて進軍を開始していた。

 

 進軍は正に堂々としたものであり、王の軍の呼んでも過言ではないだろう。兵士たちの表情には緊張も慢心も見られず、彼らのコンディションが万全であることを見て取れる。

 

 それは今回の出陣が華琳に自らに率いられていることに起因し、また先の戦とは異なり、足手纏いとなる者もおらず、精鋭のみで構成された軍であるから生じる自信なのだろう。

 

 一刀たちは華琳の強さを既に十二分に承知しているが、その慢心のない自信こそがもっとも厄介なものと言える。華琳やその家臣たちも油断していないのは当然であるが、それは麾下の兵士たちにもそれは徹底されているのだ。

 

「華琳様」

 

「報告をなさい、桂花」

 

「はっ。当陽より敵軍の出撃を確認致しました。先鋒は孫呉が孫の旗を掲げていることから、孫伯符自ら率いていると思われます。益州は……」

 

 そこで桂花は口を噤んでしまった。

 

「続けなさい」

 

「は、はっ。益州は袁の旗を掲げております」

 

「そう。麗羽が先鋒なのね」

 

 桂花から報告を受けた華琳の口角が吊り上った。

 

 桂花自身も未だに信じられずにいる。かつて自分が仕えていたあの愚者が今や益州軍の先鋒を任され、絶大な信頼を寄せられていることに。荊州において春蘭と風が、孫策たちもいたとは言え、麗羽に敗北を喫したと報告を受けたときは我が耳を疑ったものだ。

 

 人は変わる――そんなことが分からない程に桂花は鈍くはない。

 

 しかし、その程度が問題なのだ。

 

 もはやかつての麗羽とは別人である。自分が周瑜と軍略を競い合って勝てるかと言われれば、自分の誇りにかけて勝つと信じるが、では、霞の率いるあの精強な騎馬隊に対して無策の突撃をすることが出来るだろうか。

 

 援軍の到来もあったからと言い訳をしたとしても、結果として麗羽は生き残ったのだ。

 

「桂花」

 

「は、はっ」

 

「分かっているのでしょう? 麗羽は前とは段違いよ。まさか油断なんかしているわけではないのでしょう? あれはもはや我が軍の将と比較しても遜色ないわ」

 

「はい……」

 

 と、返事はするものの、桂花は自分が簡単に切り替えられるほど器用な性格をしていないと自覚している。それでも無理やりに切り替えなくてはいけないのだ。此度の遠征は華琳自らの指名で、桂花は華琳の補佐をしている。失敗など許されるはずがない。

 

 桂花はゆっくりと呼吸を整えながら、軍師としての自分を呼び起こす。

 

 こうして華琳と共に戦に出るなどいつぶりであろうか。

 

 華琳に仕えんがために、かつて敢えて彼女を試すようなことをした。そのとき初めて華琳と戦に向かったことは、まるで昨日のことのように覚えている。あのときは華琳の横にいるという興奮と、決して失敗出来ないという緊張で無我夢中だった。

 

 華琳の勢力が大きくなるにつれて、桂花は華琳の留守を預かることが多くなった。

 

 それは自分が華琳から信頼されているという証であると分かっていても、風や稟のように参戦出来ないことが煩わしかった。華琳のいない居城で働くことの虚しさすら感じることがあったほどだ。

 

「報告っ!」

 

 緊急報告に現れた兵士の声で桂花ははっとする。

 

「前方に敵軍を確認っ! 孫呉の軍勢は三段に構えてこちらに圧をかけていますっ!」

 

「益州軍は?」

 

「はっ。一つに纏まったままこちらの様子を窺っている模様です」

 

「そう……桂花?」

 

「はいっ。あなたはそのまま先鋒に伝令に向かって、こちらの合図を待つように伝えなさい」

 

「はっ!」

 

 華琳は直立して去っていく兵士を見送ると、桂花に向けて妖しく微笑んだ。

 

「大丈夫そうね?」

 

「勿論です。相手が誰であろうと、華琳様の覇道の邪魔をする者には容赦はしません。袁紹だろうと、諸葛亮だろうと、天の御遣いだろうと、全て駆逐します」

 

 その答えに華琳は満足気に頷いた。

 

「春蘭のところにも伝令を送りなさい。このまま立ち止まることなく進軍し、接敵するわ。私たちの挨拶が始まり次第、そちらも始めなさい、とね」

 

「はっ」

 

 側に控えていた兵士が復唱して去っていく。

 

「益州軍の参謀はおそらく諸葛亮。その補佐に鳳統かしら? どちらにしろ、私を相手にして様子見だなんて選択肢をした時点で、私を舐めているのね」

 

 全く困ったものね、と言っているものの、華琳の表情は楽しそうだった。

 

「まぁこの攻撃に耐えられないようだったら、私の相手じゃなかったというものだものね」

 

 前方の砂塵を華琳たちの位置からでも確認でも出来た。もう間もなく、こちらの先鋒と衝突が始まってもおかしくないだろう。

 

 この戦、舌戦など必要ない。それは以前に江陵に訪れた際に一刀と桃香にしているのだから。口では言っていないものの、お互いが承知しているのだ。次に直接会うときは、どちらかが首となっているということを。

 

 従って、言葉による挨拶など必要としない。

 

「さぁ、叔父上たち、挨拶はお任せしますよ」

 

 華琳が手を軽く上げると、それを合図に旗が大きく振られた。

 

 

 時を同じくして、曹操軍の先鋒には壮年の二人の武将がいた。

 

「全く、姫君にも困ったものだ。軍から退いているというのに、この決戦に儂らを招集するとはの。そういうところはあの御方の血筋を引いていると言えるがの、なぁ、子廉よ」

 

「ふん、その割には嬉しそうにしていたのはどこのどいつだ、子孝。俺としては、趣味の蓄財に勤しみたかったのだから大きな迷惑というところだ」

 

 曹操軍、対益州軍部隊の先鋒を任されたのは曹仁、曹洪という将だった。

 

 二人とも華琳の親類で、華琳の母、曹嵩に従っていた。華琳が家督を譲り受けた際に、後事は若い世代に任せると言って、軍から身を引いたのであるが、この遠征が始まる前に華琳から戻ってくるように言われたのだった。

 

「何を言うか。姫君直々に頼まれたことに歓喜して、貯めていた財で宴を開こうと言ったのは誰だ。大体どうしてお主と共に先鋒を任されんといかんのだ。益州軍など儂一人で十分じゃわい」

 

「はっ、言っとけ。お姫様からはちゃんと報酬をもらうんだよ。それに、お前は守りの戦では未だに負け知らずだろうが、攻めの戦では俺に勝てたことなどないだろうが。かつて曹家の守護神と呼ばれていようが、所詮は守り一辺倒じゃ単なる足手纏いだ。ぱっぱと帰って爺は早く寝てろ」

 

「何じゃとっ! というか、お主は儂より年上だろうがっ!」

 

「うるせっ! どう見てもお前の方が老け顔だろ。お姫様に良いところを見せようとしてもそうはいかねーぞ。戦功第一は俺のもんだ」

 

「何をっ! お主だけには絶対に負けんぞっ!」

 

「はんっ! 寝言は寝て言えっ!」

 

 敵が目前にいるというのに、全く緊張感を見せていないことに、先鋒の兵士たちは心配そうに指揮官たちを見ていた。彼ら自身はこの二人の実力を話でしか聞いたことがないのだから、それも当然と言える。

 

「あ、あの……」

 

「何じゃっ!」

 

「何だっ!」

 

「ひっ……。ほ、本陣で旗が振られています。あ、合図だと思われますが……」

 

 恐る恐る副官がそれを知らせると、二人はやっと口論を止めてくれた。

 

「ふむ……、ならば行くとするか」

 

「仕方ない。行くか」

 

 不意に二人の顔つきが変わった。先ほどまでの様子とは打って変わり、真剣な眼差しに変わると、後ろに控える先鋒の兵士たちに向けて檄を飛ばした。

 

「諸君っ! これより我が部隊は敵軍に挨拶に参るっ! 何、心配することはない。諸君は儂に従ってついて来られればそれでよろしいっ!」

 

「貴様らっ! 緒戦だっ! 負けは許されないっ! 貴様らの負けは俺の負けだっ! だが、俺の勝ちは貴様らの勝ちでもあるっ! ただひたすら俺の後を追ってこいっ!」

 

 言っていることは相変わらず無茶苦茶ではあるが、何故かそこには圧倒的なまでの存在感があった。まるで主君である華琳から叱咤されているような心地がして、しばしの間唖然としてしまうが、二人から返事は、と怒鳴られると誰もがそれに応えていた。

 

 そして、そのまま二人が駆け始めた。慌ててその後に従うと、すぐに陣形を変えるように指示が飛ぶ。その様に、兵士たちは彼ら二人は話通りの人物であると悟ったのだ。

 

「姫君から褒められるのはこの儂じゃっ!」

 

「お姫様から褒められるのはこの俺だっ!」

 

 曹操軍先鋒が益州軍に向かってその牙を剥いた。

 

 そして、益州軍の先鋒を任されている麗羽はその動きの報告を聞いて、速やかに防御態勢に移った。敵軍が鋒矢陣を布いていることを見て取り、このまま真正面から受け止めるのは愚であると思ったのだ。

 

「敵の威を削ぎ落としますわ。弓兵、構えなさいっ!」

 

 麗羽もさすがに戦功を積んでいるだけあり、その判断は迅速だった。まずは弓を射かけて勢いを殺してから、突撃の衝撃を受け流し、返す刀で敵へと突貫を仕掛ける。指揮官としては間違った判断ではなかった。

 

 しかし……。

 

「ふん、温いのぅ。そんな矢など止まって見えるわい。総員、盾を構えよっ! 出来る者は槍を構えてそれを撃ち落とせいっ!」

 

 曹仁がまるで見本を見せるかのように手に持った槍を振り回し始めた。

 

 放った矢が大して効果を発揮しないことに驚いた麗羽だが、先鋒が掲げている旗を見てさらに言葉を失った。

 

「あれは……まさかっ!」

 

「麗羽様、何かご存じなんですか?」

 

「華琳さんのお母様には必殺の剣と鉄壁の盾があったと聞いたことがありますわ。その名も曹子廉と曹子孝。華琳さんに家督が移ったときに退役されたと伺っていたのですが……。どうやら戻っていたようですわね」

 

「え? それは……?」

 

「詳しく話している暇はありませんわっ! 全軍、小さく纏まりなさいっ! 守備体形を――」

 

「はっ、遅い遅い。そんなんで守れると思っているのかよ? おらっ! 攻めるぞっ! 一気に踏み潰してやれっ!」

 

 曹洪の号令の方が麗羽のものよりも素早かった。

 

 曹操軍の先鋒はそのまま麗羽の部隊へと殺到したのだ。

 

 斗詩と猪々子を筆頭に懸命に守ろうとするが、曹洪の容赦ない攻撃は麗羽の部隊へと襲い掛かった。

 

 華琳の挨拶――曹洪と曹仁による猛攻が麗羽の部隊を蹴散らしたのだった。

 

あとがき

 

 第八十六話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 さて、まずは出陣から緒戦の頭くらいまでをお送りしました。

 

 やはり戦闘シーンは第三者視点の方が書きやすいですね。余計な描写を省くことが出来る分、スピーディーに送ることが出来ます。特にこの決戦は登場人物が多い分、キャラ視点だと心理描写は書きやすくても文量がかなり多くなってしまいますので。

 

 やっと開戦まで描くことが出来ました。

 

 物語が進行するのはおよそ三か月ぶりですね。拠点ばかり書いていたので、やはり本編を進めるのは作者的にも新鮮味がありました。

 

 さてさて、益州軍、孫呉軍では君主たち三人による演説で大きく士気を上げることが出来ました。こういう演説は台詞のピックアップが難しく大変だったので、書くのに時間がかかります。

 

 同盟軍の方が寡兵なのでその分を戦略と士気とで補わなくてはいけない分、一刀も桃香も本来ならば苦手とすることでしょうが、普段よりも気合を入れているところが伝われば良いかなと。

 

 一方、華琳様たちは堂々たる進軍。正に王の軍といった感じでしょうか。

 

 そして、一刀たちが上げた士気を打ち砕くように二人の猛将による挨拶が行われます。

 

 曹洪と曹仁は史実だと曹操の従兄弟となっていますが、この世界では華琳様の母親である曹嵩に従っており、年齢的にも華琳様よりも相当上の設定となっています。

 

 同盟軍に比べて曹操軍の方が恋姫の武将キャラが少ないので、この二人に登場してもらうことにしました。必殺の剣、鉄壁の盾として曹家を支えてきたという背景が分かってもらえればとりあえずは大丈夫です。

 

 キャラ数の違いも作者の中では悩みの一つで、孫策軍とは蓮華たちを江陵に残しているのでかなり少ないですね。そこら辺は寛大な目で見て頂けると幸いです。

 

 さてさてさて、緒戦は曹操軍による強烈な攻めに晒されてしまった益州軍ですが、それを切り抜けることが出来るのでしょうか。

 

 先鋒を任されることになった麗羽様は活躍することが出来るのでしょうか。

 

 今回はこの辺で筆を置かせて頂きたいと思います。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 


 
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