猫も微睡むような暑い夏の午後。
私は昼の食事をとる為に、日陰を目指してあちこちを転々としていた。
が、大体おいしい場所はすでに埋まっているのが常。
結果、舟を係留している所まで戻ってきてしまった。
「仕方ない、か…」
うだるような暑さに辟易しながら。まあしようがないが。
風があるだけ、まだいい。
私は舟の近くの低い壁に張り付くように座り、麻袋に入れた昼飯に手を伸ばした。
と、見慣れた琥珀色の髪が近くを通り過ぎた。
私は息を呑む。
が、やがて月のような光をたたえた髪の持ち主はこちらへやって来た。
どうやら、発見されてしまったらしい。
「キナリ、昼ご飯一緒してもいいかなあ?」
少し、不思議に思えた。
彼が、ひとりなのは珍しい感じがする。
それに、シエナ、だったか。
彼を慕うあの少年、いや少女をむげに置き去りにするようには、私には見えなかった。
私の微妙な表情を見たのか、彼は困ったようにくしゃり、と笑う。
「あの子は、まあ、事情あって今いなくて。今友達らしいけど、別の子が代わりやってくれてて。梓黄の奴がつききりなんだ」
ーそれに、俺はロウとは話が合わないしー
そう呟き、彼は私の隣に何気なく座った。
そして茶色の、中くらいの紙袋から彼は昼ご飯を取りだした。
それは。
明らかに昼というより、午後のお茶に相応しいようなメニュー。
私は一瞬でいままでの彼と出逢った状況を記憶と照らし合わせ、ある結論を導き出した。
彼がいつもふらふらしている理由。
多分、いや、8割方は当たっているはずだった。
私はおそるおそる問いかけた。
「まさかそれ3食ってわけないよね」
「そうだけど」
あっさりすぎた。しかも即答。
おまけに、キナリにもあげる、と半分に千切って渡してきた。まだ口はつけていないものだが。
…彼の秘密が色々バレたら別の意味でもまずいのではないか。とくに、こないだシエナに喧嘩を売っていた、ロウなどには。もっとも、ロウ自身は自覚していないようだが。
無防備すぎる所に若干呆れながら、私は彼の常食、アーモンドパイを食べた。
「…美味しい」
思わず零れ落ちた言葉。
しかし、それが始まりだとは、私はまだ知らず。
「でしょう?それで、」
その後私は彼の語りに散々つき合わされる事になる。
「…はあ」
「いやーごめんね、キナリ、ついつい」
「いや…とりあえず案内するから」
とっぷり日が暮れて。一通り語り終わったタイミングを見計らい、私はいきつけの喫茶店へ彼を案内する事にした。
その店は、私の古い知り合いから紹介された店で、下は喫茶店、上はアパートである。
オーナーはハクという青年で、東の異国から来たらしかった。旅の途中だったが、この街に惚れ込み、誰も住んでいなかった民家を買い取って、改築したのだと本人から聞いた。
Azure Cafeという、その店は、街でも古い界隈、旧市街地にあった。
登りはとりわけ坂がきつい。私は彼の歩幅にあわせながら、ゆっくり階段をのぼっていった。
夕日が海に沈む。この街でよく柵代わりに使われる植物も赤く染まっていた。
しかし名前は知らない。
「長い事ここにいるのにな」
私はひとり、呟いた。
知らず知らずに殻にこもり、空を仰ぎ見てばかりだった自分。
変わってゆく景色の中で、自分だけ変わらない気がしていた。
あの日。
彼と出会って私の世界は広くなった、気がした。
でも。
知らないことは、まだ多いのかもしれない。
と、静寂を破るようにして、騒がしい足音が私の思考を貫いた。
あかね色に染まる海の潮風を纏い、黒髪の少年が一気に階段を駆け上がってきた。
「あ、キナリさん!お久しぶりですっ!」
元気そうな少年、ルメの姿にほっとする。
次に少年の口から飛び出した言葉は意外なものだった。
「隊長さん、でしたっけ。梓黄さんが探してましたよ、あ、キナリさん、隊長さんと知り合いなんですか?」
偶然か、必然か。
訂正。
…世界は意外に狭かった。
「さっき言ってたシエナの友人って、ルメ?」
彼は苦笑しながら頷いた。
「そうだねえ、こら、今朝もいったけど、言葉使いには気をつけなさい」
「はあい」
ルメは頬を膨らませ、そっぽを向いた。
「2人こそ仲いいじゃないすか、恋人みたい~」
ただの反撃。
「…」
「…」
私は顔を空へひょいと向け、ちらっと彼女を見る。
冷や汗をかいた私と違い、楽しそうに彼女はルメを見ていた。
「まあ、明日は石版運びだから、全員駆り出されるから、よろしく頼むよ!ルメくん」
ぽんぽんと頭をたたかれ、ルメは抗議した。
「だから、子供扱いしないで下さい、隊長!」
今日だけのはずなのに、と嘆くルメを横目に、私は空と同じ色、喫茶店のあかねの壁を見つめて、苦笑した。
はたして、彼女は鈍いのか、勘が鋭いのか。
私は知ることがまだ、かなわない。
道のりは、遥かに遠いようだ。
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ゆうぞらと。