No.390165

天馬†行空 十一話目 豫州 登頂 羊追い

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説です。
 処女作です。のんびり投稿していきたいと思います。

※主人公は一刀ですが、オリキャラが多めに出ます。
 また、ストーリー展開も独自のものとなっております。

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2012-03-11 15:01:22 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:6255   閲覧ユーザー数:4710

 

 

 

 

 

 交趾を出発してから東の南海に入りすぐに北上、予定通りに桂陽を抜けて荊州を通るルートでの旅路は思っていたよりも長閑なもので、特に劉表の治める荊州北部に差し掛かってからは街道沿いに賊の姿を見ることも少なくなり、一人旅をしている人の姿もちらほらと見受けられた。

 そのままなんのトラブルも無く劉表の居城がある襄陽に到着……と言っても一月は掛かった。まあ、徒歩だしね。

 襄陽の見聞は街の様子だけに留めて、城の方に訪ねてみたりはしなかった。

 

 理由は二つ。

 一つは以前に夕から聞いた劉表の評判だ。劉焉とは違い荊州全体の統治を任されてはいるものの、豪族の勢力が強い荊州の南(ここまでの通り道にあった桂陽、長沙など)には一切手を付けず、ほったらかしにしている。

 成都の統治を任されているにもかかわらず隣接する他の州へ武力制圧に出た劉焉よりはマシだとは思うけれども、これはある意味職務放棄に近い状態。

 獅炎さんみたいに政務が苦手でも輝森さん達と協力して一生懸命やっている人や、威彦さんみたく政務が出来る上に文官さん達と内政についての会議を頻繁にしている人の姿を見て来ただけにどうしても見劣りしてしまう。

 もう一つは俺自身が以前から知っている情報と襄陽から帰ってきた想夏からの情報。劉表は儒学者を招聘(しょうへい)し、学問を励行する等の方針を打ち出している。

 その反面、学の無い者や武一辺倒の者、或いは学識があっても出身が卑しい者(農民、商人出など)は士官を断られることがあるらしい。

 最近では稀にお抱えの儒学者が街中で傲慢な振る舞いをする騒ぎがあったようで、想夏は旅先で出会った人と街中を歩いている時に偶然目撃したそうだ。

 学問や儒学の教えそのものは良いとしても、それを修めた人達が驕ってしまうようなこの環境はいかがなものか? と思った。 

 

 ならば折角荊州に来たのだからと『三国志』で有名な水鏡塾を訪ねてみようと思ったけれど、街の人の話によると女学院で男は入れないそうだ、残念。

 そう言う訳で結局、荊州も殆ど通り抜けただけであまり収穫は無し。やった事と言えば途中、襄陽で威彦さん宛てに手紙を書いたのと、想夏の知り合いに挨拶しに行ったくらいだ。 

 荊州を出発し、さてどちらに向かおうか星と相談したが、ここは士壱さんからの忠告通りにいきなり洛陽を目指すのは避けて北東に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして五日後の朝、豫州(よしゅう)郡、頴川(えいせん)の街にもう少しで着く頃。

 

「ん?」

 

 うっすらと見える城郭の外、沢山の人間が街から出てくるのが見えた。

 先頭を行く人の群れは鎧を着けている、街の兵士だろうか? 数は……百五十、いや二百人くらいかな? 

 で、その後に続くようにかなりの数の人の群れ……多いな、ひょっとしなくても万単位じゃないか、あれ!? ……鎧とかも着けてないし一般の人達かな? 何があったんだろう?

 

「星! あれ!」

 

「うむ、なにやら騒動の最中(さなか)のようだが……どうする?」

 

「聞かなくても行くつもりでしょ? ……先ず状況を確認しよう。追い付いて話を聞いてみようか」

 

「よし、私は先頭の集団の方へ行こう。一刀は後方へ」

 

「了解!」

 

 頷き、駆け足でそちらへと向かう。

 街の人達の群れ(だと思う)は緩やかに移動していた為、追い着くのはすぐだった……のだけど。

 走っている途中で城郭の向こうから幾筋か煙が立ち上るのが見えた時、事態が悪くなりつつあることに内心溜息が漏れた。

 

 

 

 

 

「うおっと……ぶふっ!?」

 

 後方の集団に追い付く直前、目の前で小さな女の子が足を滑らせたらしく、仰向けに倒れかけていたので急いで距離を詰める。

 背中にしょっている黄色の風呂敷包みがバランスを崩した原因なのだろうか、女の子の身長の半分くらいのサイズのそれを顔面で受け止めながら両手でしっかりと風呂敷ごと女の子を受け止めた。

 思っていたほど衝撃はなかったので、勢いが完全に止まってからゆっくりと地面に下ろす。

 

「……っと、大丈夫ですか?」

 

「……なんとか。ふぅ、助かりましたー」

 

 振り向こうとして、つんのめりそうになった女の子に手を貸すとのんびりした口調で喋りながらその子はこちらを向いた。

 南蛮の子達とどっこいどっこいの小柄な身体と、膝の辺りまで届きそうなふわふわとした長い金色の髪。

 眠そうな半眼、手に持っている棒付きの飴……そして頭の上に鎮座している謎の人形。

 なんだ、アレ……太○の塔?

 今まで色んな人と色んな出会い方をしてきたけど……もう外見だけで忘れることが出来そうに無いな、この子は…………主にインパクト的な意味で。

 

「……なにか失礼なことを考えてませんかー?」

 

「イヤ、ソンナコトナイデスヨ」

 

 イカン、顔に出てたか?

 

「……むー……今は誤魔化されておくのです。それよりも……あー」

 

「どうしたんで…………ああ。俺は北郷と言います、よろしく」

 

「こちらこそー。程立(ていりつ)、字は仲徳(ちゅうとく)です。いきなりでなんですが、お願いしたい事がー」

 

「はい?」

 

「あそこに見える山の上まで行くのを手伝ってもらおうかと」

 

 と言った仲徳さんの指差す先には山、と言うより丘に近い木々も(まば)らな小山がある。

 山を見るとここから街まで行くのと大して変わらない距離だ。頂上まで行くのなら、そうだな、三刻(約四十五分)はみた方がいいだろう。

 

「構いませんが……今、何が起こってるか教えてくれませんか?」

 

「走りながら話します。今はちょっと急がないといけませんのでー。後、私に敬語は要らないですよー」

 

「ん、了解」

 

 よいしょ、と風呂敷を担ぎ直す仲徳さんだがこのまま走るとまた転びかねないな。

 辺りを見回すが、馬に……乗ってる人はいないな。

 

 ――仕方ないか。

 

「ちょっと失礼するね。……よっと」

 

 仲徳さんをおんぶして、っと。

 

「ひゃあっ!? な、何するんですかー!?」

 

「うん、別個に走るよりは俺が君をおぶって行った方が早いと思って。ゴメン、嫌かも知れないけどちょっとの間しっかり掴まっててね……あ、それと」

 

「なぴゅっ!?」

 

「喋ると舌噛むよ、って遅かったか……」

 

 仲徳さん、後でちゃんと謝るから肩に爪を食い込ませるのはヤメテ。

 

 

 

 

 

「で、街はどうなってるの?」

 

 風呂敷包みを俺の腰に巻いて(大きさの割にはえらく軽かった)その上に仲徳さんが座るような姿勢のおぶり方に変えて山の方角、詰まるところ人の群れが向かう先へと走る。

 少しは縦揺れが防げる筈だけど、あんまり長々と喋ってると仲徳さんがまた舌を噛みそうなので端的に質問をしてみた。

 

県丞(けんじょう)(県令の副官)さんが反乱を起こしたので、街に止まっている兵隊さん達との間で戦闘が起こっているかとー」

 

「反乱!? ……ん? じゃあ、あの先頭の方にいる兵隊さん達は何?」

 

 視線を進行方向、群れの一番前に向けるとそこには前にも見た鎧の一団がいる。

 街に残って戦闘しているのがここの兵隊さん達だとすると、あそこにいるのは何だろう……ひょっとして、避難している街の人達の先導兼護衛役の人達とかかな? 

 

「あー……あれは県令さん達ですねー」

 

「ふーん……って、ええ!?」

 

 うわ、最低だ。トップが真っ先に逃げてんのか…………いや、もっと酷いのが江州にいたな。

 んー、騒ぎが起こって真っ先に上の人間が逃げ出してしまえば、下の人達も浮き足立つ。

 城から県令と一緒に兵も逃げだしたら……そりゃあ街の人達も一斉に逃げ出すよなあ。

 

 ――ふむ。

 

「仲徳さん、反乱を起こした人達の規模は分かる?」

 

「大まかですが、街に(とど)まった兵士さん達の半分以下でしたので……五百、いえ四百もいないかとー」

 

 少なっ!?

 街から逃げた兵が二百人前後、街に残ってるのが……おおよそ千人くらいか。

 反乱を起こしたのは全体の四分の一か、それ以下ぐらいだな。  

 

「……一応聞くけど、なんで県令さんは逃げ出したの?」

 

「北郷さんの考えてる通りだと思いますよー?」

 

「……あー。ひょっとして、突然の出来事に驚いて状況確認もせずに周りの兵だけを連れて逃げ出した、とか?」

 

「おおっ、北郷さん、なかなかやりますねー」

 

 当たってたみたいだけど……嬉しくないなあ、県令が臆病者だって事が判っただけだし。

 

「で、仲徳さんは山に登って何をするつもりなの?」

 

 周りを見ると逃げている人達はやはりというか、いきなりの事態に混乱してるみたいでとりあえず前の集団に着いて行っている模様。

 とは言っても先程から歩みは殆ど止まっている。先頭集団もどうやら小休止しているみたいだ。

 後ろに目を向けて街の方を見ても城門から兵が出てくる様子は無いから、一番後ろの辺りを歩いている人達も襲われる心配は無さそう。

 

 だからこそ今、他の人達とは違う行動を取ろうとしている仲徳さんの考えが気になるのだけど。

 彼女は県令を含めこの場にいる人達とは違ってとても混乱しているようには見えない(まあ、背中にいるので顔は見えないけれど)。

 こうして今、急いでいるのも逃げる為と言うよりは『何か』をしようと考えている……様な気がする、ただの勘だけど。

 例えるならそうだなあ、雲南での戦前に作戦説明をしていた時の夕みたいな、そんな感じ。

 何と言うか…………そう! 冷静なんだ。さっき教えてくれた情報の内容から、彼女は事が起こった時に逃げるよりも先に事態の把握を優先していた事実を示している。

 

「ふふふー、まだ秘密なのです。ですが上手く行けば街から反乱軍を追い出せますねー」

 

 どこか弾んだ調子の声音で彼女はそう言った。

 

 ……実はこの子も兵法者だったりしないよな? 

 

「おおー、北郷さん速いですねー。もう先頭が見えて――」

 

「――(ふう)っ!!」

 

 おっと、考え事をしているうちに大分前の方まで来ていたらしい。背中で仲徳さんの声がしたかと思うと、前方から女性の誰かを呼ぶ声がした。

 

「北郷さん、足を止めちゃ駄目ですよー……(りん)ちゃ~ん! 風はこのまま行くので後はお願いしますねー!」

 

 どうも先程の声の女性は彼女の知り合いだったようで、速度を緩めようとすると仲徳さんに止まらぬよう耳元で囁かれる。 

 

「解ったわ……って、風!? その殿方――」

 

 ようやく顔が見えて来たその女性――とりあえずショートカットと眼鏡は確認した――は俺におぶられている仲徳さんを見て吃驚したようで誰何(すいか)の声を、

 

「――一刀!!」

 

 上げようとして隣にいた星の声に掻き消された。

 

「星! 状況は背中の仲徳さんに聞いた! 俺もこのまま行くから!」

 

「! 子龍殿! 説明は私がします! 今は二人をそのまま行かせて下さい!」

 

 声を上げた俺にはっとした表情になった稟さん(真名かもしれないから口には出せないけど)が星にそう言っているのが見える。

 

「! 了解した! 一刀! 抜かるなよ!」

 

「星こそ!」 

 

 反射的にそう返して二人の前を通り過ぎる、目的地はもう目と鼻の先、自然と足に力が入っていくのを感じた。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ…………ふぅ。で、これから何を?」

 

「北郷さん、見た目よりも体力ありますねー」

 

 中腹までは木も疎らで傾斜もなだらかだったお陰でさほど苦労も無く頂上に辿り着けた。

 呼吸を整えて顔を上げる俺に、風呂敷包みを解いていた仲徳さんは感心した風にも、どこか呆れた風にも取れる感想を口にする。

 鍛えてますから、と返事をしながら仲徳さんの手元に目をやると、彼女は解いた風呂敷の中から風呂敷と同じ大きさ、同じ色の布を地面に広げていく。

 一、二……十枚程か、黄色の布の中央に黒のシルエットで虎(だと思う)が描かれている。

 布の大きさは縦横共一メートル位で虎のシルエットも併せるとまるで、

 

「旗みたいだなあ」

 

「おー、また当たりですよ北郷さん。これは話が早いですねー、なるべく真っ直ぐな木の枝を取って来て貰えませんかー?」

 

 思わず口を衝いて出たその感想は当たりだったらしい。出来た旗で麓に居た稟さんに合図を送るのかな?

 むう、仲徳さんの意図が読めないが……いいや、後で解説して貰うとして作業に移ろう。

 ……半刻位(七~八分くらい)辺りを歩き回って長さもあり丈夫そうな枝を集めて戻り、仲徳さんと即席の旗を作る。

 

「できましたねー、では北郷さんこれをあちらの茂みの少し後ろの辺りに立てますよ、出来るだけ間隔を空けて山頂いっぱいに並べましょうねー」

 

「了解……っと、こんな感じ?」

 

 全部で十本の旗を手早く地面に突き刺していく、山頂付近は中腹までと違って木々は茂っているので特に気を遣わなくても仲徳さんのオーダー通りに並べられた。

 

「はい、上出来ですねー。では…………ぐー」

 

「いや仲徳さん、ってうわホントに寝てるし! 起きて!?」

 

 凄い勢いで(いびき)と鼻ちょうちんを出して立ち寝を始めた仲徳さんを揺さぶる。 

 

「おおっ……心地よい疲労感についうとうととー」

 

 ゆらゆらと頭を揺らしながら目を開けて……本当に眠そうだな、仲徳さん。

 

「なんですかー? 北郷さん」

 

「いや、なんでじゃなくて。ここでやることはもう終わったの?」

 

「そですよー……北郷さん、下の様子を見ていて下さいね。多分、すぐに動きが有る筈ですよー」

 

 言われて下を見てみると俺達が山を登っている間に街から逃げてきた人達は麓近くまで来ていた。

 

「! あっ!?」

 

 しばらく目を凝らして様子を見ていると、先頭にいた県令の一団が向きを変えて来た道を引き返していく。街の人達も少し遅れてその後を付いて行くようだ。

 

「これは……さっきの人が?」

 

「はい……稟ちゃんが上手くやったみたいですねー」

 

 横目で仲徳さんを見ながら尋ねると、眠そうな声で彼女はゆっくりと頷いた。 

 

「私達の役はここまでです、後は高みの見物と行きましょうかー」

 

「……」  

 

 芝生に腰を下ろしながら言う仲徳さん。

 すぐにでも眠ってしまいそうな彼女を再び起こすのも躊躇われて、俺は一連の行動の意味を自分なりに考えてみることにした。

 

 

 

 

 

 先ず、この旗は何の旗だろう? ……仲徳さんは初めから『山』にこれを立てるつもりのようだったが。

 山……高所なら当然、旗は目立つ……しかもこの山は逃げる人達の進行方向にある……山に軍、或いは兵を展開するのは何だ? 

 ……山賊、か? もしそうならこの旗の数……仮に一本の旗で百~二百人いると考えれば、賊の総数は千~二千だな。 

 

 いや待てよ、仲徳さんの目指す勝利条件を知る為にも、現在行われている街での情報をおさらいしてみよう。

 

 ……街にいる反乱軍は県丞を頭とする三百~四百名前後、対する街の守備兵は率いる者の居ない千名前後。数では守る側が上、だけど統制が取れている(と思われる)反乱軍が相手では恐らく分が悪いと思う。

 県丞の統率力がどの程度かは判らないけど……将の居ない、例えば楊懐、高沛のような将に率いられた千の兵と、張任さんの率いる五百では雲泥の差があるだろう。

 戦闘が長引けば反乱軍に投降、最悪は賛同する人達が出かねない。そうなると街は完全に反乱軍の手に落ちてしまう、県令と周りの兵が急いで引き返せば或いは形勢は変わるかもしれない。

 

 してみると、仲徳さん(と稟さん)の策は県令とその兵を街に戻す事ではないだろうか?

 ……仲徳さんはこの策が成功すれば街から反乱軍を追い出せると言った。そして、今彼女は『私達の役はここまで』とも言った……それはつまり、策は上手く行ったと言うことなのだろう。

 それは、今正に雄叫びを上げながら街へと走る県令の兵、そして驚いたことに兵と同じく雄叫びを上げている街の人達の姿が物語っているように思える。

 咄嗟(とっさ)の事態に冷静さを欠き、しかも真っ先に逃げ出す臆病な県令……それを街へ、戦端へ戻すことに成功したこの策の肝は……。

 

「やっぱり、この旗か」

 

 山頂に吹く風にたなびく黄色い旗に目を遣る。これが掲げられた途端、事態に変化が現れた。

 さて、初めの推測に戻って考えよう……この旗は何を示すものか? だが、俺はやはり山賊(別にただの賊でもいいけれど)の旗ではないかと思う。

 少し強引な考えになるが、臆病な県令はたとえ反乱軍の数が少なく街に戻って一戦交えれば鎮圧できるかもしれない、と判っても決断するのに必要以上に時間をかけるのではないか? 

 そこに突然、反乱軍よりも多勢(に見える)の賊が行く手に現れればどうだろうか。……当然、県令は混乱するだろう。

 そこで稟さんが(もしくは(あらかじ)め言い含めておいた県令の周りの兵が)県令に一言進言する……例えば「賊が動き出すより前に街を取り戻し、備えに当たりましょう。幸い、街を占拠しようとする者達は我が方より小勢です」とか。

 県令が即断しなくとも、恐らくは同じく混乱しているだろう兵隊や街の人達に「県令様はこれより引き返し街を取り戻す為に一戦する」と言って扇動する手もあるんじゃないだろうか。

 

 で、そのどちらかが上手く行った……。

 

「う~ん、こんなところかな?」

 

 いつの間にか俺も芝の上に胡坐(あぐら)をかいて考え込んでいたらしい。一旦、思索から抜け出して背伸びをす――

 

 ――パチパチパチパチ。

 

 手を打つ音に気付いて横を見ると仲徳さんが人形の手に飴を持たせ、俺の方を向いて拍手をしていた。

 

「うえ!? ど、どうしたの仲徳さん?」

 

「お見事ですよ北郷さん。よく風の策を見破ったのです」

 

「? あ! もしかして俺、口に――」

 

「――はいー。途中から駄々漏れでしたねー」

 

 うおおお!?

 

「ですが解説する手間が省けましたねー。北郷さん、一時辰(約二時間)したら起こして下さいね……よいしょ」

 

「いやいや仲徳さん、何故当たり前のように俺の膝を枕にしようとしてるの?」

 

「……駄目ですかー?」

 

 うっ……そんな上目遣いで聞かれたら断る訳には行かないじゃないか。

 

「畏まりました、お嬢様。どうぞこちらへ」

 

 素直に言うのも気恥ずかしかったので、わざと畏まった口調でそう返した。

 

「…………」

 

「仲徳さん?」

 

「…………は女誑しなのです」

 

「? 何か言った?」

 

「何でもないのですよ。……では、失礼してー」

 

 何かぼそぼそと呟きながら仲徳さんは横になる。

 

「ではお兄さん、また後でー」

 

 ん? お兄さん? ああ、俺のことか…………良かった! アニキじゃなくてホントに良かった!!

 

 

 

 

 

 ……それから二時間程、仲徳さんを膝枕したまま街の方角を見続けていると、城郭から僅かな兵が出て行く――と言うかあれは逃げ出していると言った方が良いか――のが見えた。

 

「仲徳さん、仲徳さーん。時間だよ、起きて下さいよー」

 

 ゆさゆさと肩を揺すっていると、くあっ、と猫のような欠伸を一つして仲徳さんは俺に半眼を向けると、何故か口元に手を当ててニヤリと笑い、

 

「お早うございます。……で、風の寝顔をずっと見ていたお兄さんは休憩出来ましたかー?」

 

 そんな、人聞きの悪いことをのたまった。

 

「いや見てないよ!? 街の方を見てたよ!?」

 

「……むー、そう否定されるのも複雑ですねー」

 

「どっちなのさ……じゃなくて仲徳さん、街から少人数の兵が出て行くのが見えた。作戦は上手く行ったんじゃないかな?」

 

「ふむ~……では旗を下ろしますよー。端から順番にゆっくり、二本ずつ一緒に下ろして下さい。風は反対側に行きますのでー」

 

 成る程、賊が後退して行く様に見せ掛ける訳か。

 一本、二本と下ろして行き一刻(約十五分)は掛けて全部を下ろす。

 回収した旗は仲徳さんの指示で中腹まで降りてから埋めた。

 偽の旗の証拠隠滅もあると思うけど、後で街から偵察の兵が出された時に賊が完全に立ち去ったと判るようにする為だろう。

 後片付けを終え、麓に下りて一息つく。太陽は中天を過ぎたばかりだ、これなら夕暮れを待つことも無く街に辿り着けるかな。

 

「さて、街に行こうか仲徳さん」

 

 と仲徳さんの方を……

 

「何故に俺の背後に回るのですか?」

 

「おや? 帰りもおんぶして頂けるのではー?」

 

 …………。

 

 

 

 

 

「おお一刀、帰った……ようだな」

 

「お疲れ様、風……足でも挫いたの?」

 

 結局仲徳さんに押し切られて、行きと同じ格好で街に入ると入り口で星と稟さんに出迎えられた。  

 

「ただいま星、お疲れ」

 

「稟ちゃんもお疲れ様です。……いえ、風が歩くよりもお兄さんにおぶって貰った方が速かったのでー」

 

「そうなの? ……おっと、そちらの方、私は戯志才(ぎしさい)と言います。よろしく」   

 

「北郷です、よろしく、戯志才さん」

 

「はい、……そうですね、ここで立ち話と言うのもなんですから」

 

「酒家の店主なら先程店を開けた様子。そちらで話すとしよう……私は趙雲、字を子龍と言う」

 

「程立、字は仲徳です」   

 

 改めてお互いに名乗りあい、星の先導で酒家に向かう。

 周りを見ると、巡回の兵士達が折れた矢や剣の破片などの後片付けをしている(家屋などへの被害は殆ど無いように見える)。

 しばらく通りを歩くと酒家の赤い看板が見えて来た。

 皆の後に続いて店内に入り席に着き、一通り料理を注文したところで戯志才さんが今回の事件について話し始める。

 ……話は長くなりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――斜陽が席に着く四人の若者たちの横顔を照らす。

 

 

 

 

 

『中原』のほぼ中央に位置する頴川でのこの事件は、乱れきった今の世では今もどこかの街や村で起きている『ありふれた』出来事の一つでしかなく。

 かの若者達の名が世に知られることも無く、また彼等も自ら名乗り出ることも無かった。

 

 

 

 

 

 ――だが。

 

 

 

 

 

(黄色の旗……か。旗印は虎だったから『アレ』じゃないとは思うけど……まさかね)

 

「お兄さん、何か言いましたかー?」

 

「いや、何でも無いよ」 

 

 

 

 

 

 眼に焼きついた旗の『色』が『正史』を知る少年の(うち)に、ある一つの予感を宿らせていた。

 

 

 

 

 

 風が街を通り抜け、通りの砂を舞い上げる。

 ――舞い上がる黄砂が、沈み行く夕日の赤を黄色に霞ませていった。

 

 

 

 

 

 

 

  

 あとがき

 

 お待たせしました。天馬†行空 十一話目をお届けします。風、稟との出会いの部分ですね。

 今回のお話は程昱が曹操に仕える以前のエピソードを参考にしました(事件の場所を程昱の故郷の東郡から頴川に変えたりしています)。

 これから少しの間は原作沿いに話を展開するつもりなので、次回はあの人の出番になるかと思われます。

 

 

 ※補足

 一ページ目の「想夏の知り合い」→亞莎ではありません。

 

 

 

 

 


 
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