No.388864

真・恋姫†無双~恋と共に~ #74

一郎太さん

※如何にそのキャラが嫌いであろうと、キャラを貶める発言は禁止。心が痛くなるから。



前回のまとめ。

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2012-03-08 23:36:44 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:8321   閲覧ユーザー数:6197

 

 

 

#74

 

 

反董卓連合が解散してから、それなりの時間が経過した。かの戦は諸侯に少なからず影響を与え、それはそのまま、各々の領地にまで波紋を広げる。此処南皮もまたその例から零れる事無く、何かが変わっていた。

 

「――――――以上になります」

「分かりましたわ」

 

文官の代表からの報告を聞き終え、袁紹は顎に手を当て、目を細める。いつもの光景。だが、連合から帰還後、その姿を見た者たちはすべからく目を丸くしていた。ついぞ出なくなった高笑いを何故だか懐かしく思うと同時に、これもいつまで続くのやらと、ほんのわずかに心配だ。

 

「多分、大丈夫だと思いますよ?」

 

数日ほど前に顔良にその事を問うた時に、返された言葉。そうなのだろうかと疑う気持ちもあったが、代表者格のなかでの唯一の良心だ。しばらくはその言葉を信じようと思っていたが、いまだその期待が裏切られる気配はない。

 

「田豊さん、食料品や飲食店の税率をもう少し下げる事は可能ですか?」

「え?………あ、はい。冀州は広く、人も多いですが、その分店の数も多いです。僅かでしたら可能ですが……」

「そうですか……ならばそのように。ただし、酒に関しては嗜好品ですので、減税はしなくて結構ですわ」

「畏まりました」

 

食料は民の生活に直結するものだ。課税を抑えれば、その分値段も下がる事が期待される。そうすればより多くの利用者が見込まれ、その分税収は上がるだろう。要するに、民を想っての言葉だった。最初の言葉に一瞬呆けてしまった文官―――田豊だったが、すぐに思考を切り替えて頷いた。

 

「では、そのように。それと、先日お話しした屯田に関して報告を読ませて頂きましたわ。そのまま続けてくださって結構です」

「了解です」

 

それは、曹操の領地で行われている、農作の為の政策。兵の一部を農業に従事させ、国の備蓄を潤わせようとするもの。間者……とまではいかないものの、他所の政策を調査させていたものからの報告に目を通し、主としての裁量で導入したものだった。

これまでの、民が勝手に作ってくれた作物をただ徴収するだけの政策ではない。冀州は、ますますの発展を見せていく。

 

 

 

 

 

 

袁紹の執務室では、部屋の主を含め、皆が仕事に勤しんでいる。竹簡に目を通し、筆を走らせたり、内政について議論を交わす者もいる。その空間で、ひと際目立つ存在。

 

「……………」

 

背筋をピンと伸ばし、豪奢な机について、端整な顔立ちで報告を読み進める彼女。男の文官だけでなく、女の文官や侍女までもが、時々その姿に見惚れ、ほぅと溜息を吐いている。

 

「(確か―――それで―――こういった場合は―――――)」

 

しかし彼女はその様子にも気がつかない。凛とした態度を貫きながら、袁紹は過去の知識を必死に思い返している。汜水関や虎牢関では、私塾や専属の教師からならった兵法を掘り返していた。いまは、同様に学んだはずの政治に関する知識を手繰る。

 

「――――――しばし休憩にいたしますわ。皆さんもどうぞ昼食をおとりになりなさい」

 

太陽も天頂に昇る頃、袁紹は部下たちに告げた。これもまた、かつてとは違う光景。仕事もせずに文句ばかりを言い、勝手に食事に行き勝手に帰って来ていたというようなあの頃は、文官たちも休憩をまとめてとる事など出来ていなかった。今は違う。

返事を返し、書類も整理して部屋を出て行く文官と入れ違いに、2つの影が入ってくる。

 

「姫ー、飯食いに行こうぜー!」

「いきなり過ぎだよ、文ちゃん。お疲れ様です、姫」

「大した事はありませんわ。それでは行きましょうか」

 

腹心2人の誘いを受け、袁紹もまた立ち上がる。

 

「こないだ美味いラーメン屋を見つけたんすよ!なんでも曹操んトコの街で修行してた料理人が、こっちで店を開いたらしくて。大蒜で出汁をとってて、これがもー、メチャメチャ美味いんですから」

「昼から大蒜?午後も調練があるんだけど……」

「顔良さんの言う通りですわ。その店は今度の休日にでも赴くとして、今日は他の店にしましょう」

「ちぇー」

 

ワイワイと騒ぎながら前を歩く2人の背を眺め、袁紹はふと考える。ここのところ、とても充実している。以前とて楽しかった。顔良や文醜と好き勝手に遊び歩き、仕事は部下任せ。しかし、いま振り返ってみれば分かる。あれは、刹那的な享楽だ。あの頃とは、比ぶべくもない。

 

「やはり……あの人の影響ですかしら」

 

思い出すは、1人の男。女が力を持つこの大陸で、それを超越した存在。『天の御遣い』なのだから当然なのだろうか。そんな事を想いながら、なおも回想する。

かの戦では、自慢の部下2人が手も足も出せなかった。

 

『この連合が、お前が発端なのか、それともどこかの莫迦に唆されたのかは知らないが、俺たちを巻き込むつもりならそれ相応の力を示して見せろ』

 

彼からの言伝。その言葉を顔良から聞いた時は、何を不遜なと思った。だがしかし、彼は実際に20万の軍勢の中を単騎で駆け抜け、そして関へと戻っていった。その巨大な扉が閉まる瞬間、彼女の中で何かが変わった。あれほどまでに堂々とした存在。その存在に、一泡吹かせたいと思った。どうにかして見返してやりたいと思った。

 

「まったく……彼の言う通りだったのですから、笑えない話ですわ」

 

連合は張譲の言葉により発足したもの。だがしかし、結局は『天の御遣い』の言葉通りだったのだ。明確な勝敗がつく事はなく、ただ損害だけが増える。洛陽に到着してからは、どうやって事を収めるかに、華琳達と奔走した。それもまた、彼の言葉により収束する。

 

「華琳さんや孫策さんの所には客将として居たのでしたかしら……何故、私の所には――――――」

 

そこまで呟いて、袁紹は愕然とする。何故、自分はこうまで1人の男に執着しているのだろうかと。何故、彼を欲しているのだろうかと。

 

「これではまるで―――」

 

恋する乙女のようだ。その言葉を呑み込み、ぶんぶんと首を振る。

 

「何してるんですか、姫?」

「置いてっちゃいますよー?」

 

どうやら立ち止まっていたようだ。少し先に文醜たちが立ち止まって振り返っている。

 

「なんでもありませんわ」

 

ひと言返し、歩を速める。再び、彼の者の姿が脳裏を掠めた。

 

 

 

 

 

 

夜。湯浴みも終え、夜着に着替えた袁紹は、私室の卓にて、書を読んでいた。無駄に棚に並べられていた、最後に開いたのが何時なのかも定かではない書。それを読み返す。

 

「――――――ふぁ」

 

ひとつ、欠伸が漏れた。

 

「そろそろ寝ましょうか」

 

丁度その章も読み終わり、紐を挟んで書を閉じる。立ち上がり、寝台へと向かった。

 

「明日は―――――」

 

内政。街の長老達との会談。午後は調練の視察――――――。翌日やるべき事を頭の中で一通り反芻し、燭台の灯を消す。部屋を暗闇が満たした。

 

「…………」

 

柔らかな布団に潜り込む。その寝心地は相変わらず良い。この寝台に関してだけはわがままを言ってよかったと、彼女は小さく微笑む。

 

「…………」

 

眼を閉じ、しばらくしたところで――――――

 

「なんなんですのっ!?」

 

ガバっと跳ね起きる。音も光もない空間で、また彼の顔が浮かんだ。間近で見たのは、洛陽での1度きり。華琳の横で、連合の代表者たちを目の前にしてもいささかも怯む事無く、堂々と振る舞った彼の顔。それが思い出される。消えろと願うほどその姿は鮮明となり、彼女の睡魔を遠ざけた。

 

「これではまるで、私が御遣い様を慕っているようではありませんの!」

 

叫び、すぐに違和感に気づく。

 

「御遣い……『様』?」

 

何故、彼に敬称をつけている。いや、それよりも――――――。

 

「私が……あの御方を『慕っている』?」

 

その呼称に、今度こそ気づかない。それ以上に気になった言葉。それを意識した途端、彼女の顔が暗闇でもわかりそうな程に、朱に染まった。

 

「なんて……なんて、事ですの………」

 

胸が高鳴っている。自身にも聞こえそうな程の鼓動は、彼女の思考の邪魔をする。

 

「御遣い……様……」

 

もう一度、その言葉を口にした。完全に意識してしまう。初めて抱くその感情を、彼女は止めようとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

※※※

 

誰もが固まるなか、彼女は口を開く。

 

「なんて不遜な男だろう。最初はそう思いました。そして、その鼻をへし折ってしまいたいと。それがきっかけだったのです」

 

恥ずかしそうに、彼女は目を伏せる。だが、すぐに顔を上げて言葉を続けた。

 

「ですが、洛陽で貴方の姿を見て、その感情も変わりました。帝から、義兄妹の契を交わすほどの信を受け、孫策さんや……華琳さんのような英傑にも認められた、貴方様………そのお姿は、内心驚くと同時に、憧れもしました」

「……」

 

誰も言葉を挟めず、風ですら一刀の足を踏みつけた足の力を無意識に緩めていた。

 

「劉協様のお言葉通り、私は南皮に戻ってから、これまでの自分を捨て、善政に努めてきました。どれほどの事が出来たかは分かりませんが、それでも、とても充実しているのです。かつてはまったく顧みなかった民の笑顔を目にし、言葉を交わし……自身の悪行を恥じると同時に、貴方に感謝もしました」

 

彼女は、一刀の手を取ったまま、彼の瞳をじっと見つめる。

 

「私が変われたのは、貴方様がいたからなのです」

「……」

「それに気づいた時、私は貴方様への想いを受け入れました」

 

まさか。公孫賛が思わず言葉を零す。

 

「お慕い申しております。御遣い様」

 

はっきりと告げる。そして。

 

「「「あぁぁぁぁあああぁぁぁあぁぁああああぁぁあああああああっ!?」」」

 

麗羽は、一刀の唇に、自身のそれを触れさせた。

 

 

 

 

 

 

玉座の間。来客を迎える為に集まった将たちは、皆が緊張を強いられていた。凪は無表情に固まり、真桜と沙和は手を取り合って震え、季衣と流琉は主の後ろで抱き合っている。春秋姉妹は互いに困ったような顔をし、霞は茫然とその光景を見ていた。稟は鼻血を垂らし、風はジト眼で睨み、桂花は嫌悪感を露わにしている。

 

「………………ねぇ」

 

そんななか、轟くような低い声。

 

「…………な……なんでしょう?」

 

誰に問うたかなど、考えるまでもない。彼はその視線にビクつきながら、なんとか応える。

 

「どうして………『そう』なっているのかしら?」

 

玉座の間の広大な空間を満たし、それでも足りぬほどの怒気を発するのは、城の主・曹孟徳。

 

「………………俺にもさっぱりで」

「そんな訳ないでしょう!?というか麗羽!貴女もいい加減離れなさい!!」

 

怒りの原因は、一刀―――の腕に自身の腕を絡め、その豊満な胸を押し付けている麗羽だった。

 

「嫌ですわ。何故華琳さんにそのような事を指図されなければなりませんの?」

 

怒鳴られた袁紹はといえば、まったく気にも留めずに、なおも一刀の腕を抱き締める。その後ろでは、文醜たち3人も震えていた。

 

「主の命令よ。すぐさまその脂肪の塊をどけなさい」

「あら、華琳さんともあろう方が、部下の自由恋愛を禁じるのですか?それに、ご自分にはないからといって妬むのは如何なものかと」

「あら、貴女が一刀と直接話したのは洛陽での1度きりでしょう?名家の人間がそんな簡単に男に色目を使うなんて、どうかと思うけど?」

「一刀様は『天の御遣い』でいらっしゃいますわ。袁の家名よりも高貴な御方。私に相応しい御方だと思いますが。それに……もう契りの口づけも交わしておりますのよ?」

「そうなの?」

 

華琳の視線が一刀を射抜く。

 

「いや、一方的にやられたんだけど………」

「そんな事だろうと思った。貴女に出来るのは、所詮その程度よ………まぁ、私はとうに身体を重ねているのだけれど」

「ちょ―――」

 

一刀の反論を遮るかのように、今度は玉座の間が驚愕の叫びで満たされた。元より感づいていた秋蘭は溜息を吐く以外は特に反応を見せないが、春蘭は華琳に問い、桂花はこの世の終わりだとでもいうような顔を見せ、稟は鼻血を噴いている。風の視線の温度は空気も液体になりそうな程に下がり、凪は何故か哀しげな瞳で一刀を見つめ、真桜はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、沙和は眼を輝かせている。流琉は顔を真っ赤にし、季衣は首を傾げ、修羅場がおもしろいのか、霞は腹を抱えて大笑いしていた。

 

「だからどういたしましたの?有力者が伴侶を複数抱える事は、別段おかしくありませんわ。それに、華琳さんのような貧相な身体よりも、私の大人の身体の方がお好きに決まっていますわ」

「いま此処で貴女を斬って捨ててもいいのよ?」

 

どこからか、絶を取り出し構える。殺気が本物だった。

 

「かまいませんけど、勅に反したとして禁軍が来ますわよ?」

「秘密裏に処理すれば問題ないわ」

「どちらにしろ、一刀様が守ってくださるのですけれど。ね、一刀様?」

「え、俺?」

「なに、傍観者気取ってるのよ!」

「ちょ、俺、動けな――――――ぎゃぁぁあああっ!?」

 

華琳に斬りかかられ、麗羽を抱きかかえ、鎌を躱しながら過ごすこと小一時間。最近華琳の、覇王としての仮面が崩れやすくなっていた。

 

その時の事を、一刀は思い出したくもない。しかしながら、此処ではその過程を少しだけ書き記しておく。

逃げ惑いながらも文醜に麗羽を押し付け、華琳の鎌を鞘ごと野太刀で受け止める。そのまま刀を回転させて鎌を弾き飛ばし、華琳を抑えつけた。その小さな身体を抱えて玉座の間を飛び出し、城門、街の門を走り抜ける。場内では誰かが来そうだし、街では落ち着かない。そうしてやって来たのが、郊外の森。華琳には内緒にしてくれと秋蘭に言われた場所だ。心の中で彼女に謝罪しながら、華琳を抱き締める。それから彼女のわがままを聞く事さらに小一時間。

ようやく戻ってきた華琳の爽やかな顔と一刀の憔悴しきった顔を見て、皆が―――桂花でさえも―――同情を禁じ得なかった。

 

「さて、それでは予定通り報告を聞かせてもらうわ、麗羽」

「え、えぇ……」

 

何事もなかったかのように不敵な笑みで進行する華琳に、麗羽は何も言わずに顔良に促す。彼女もまた、引き攣った顔で南皮での状況報告を開始した。

 

 

 

 

 

 

――――――長沙。

 

居並ぶ孫策軍の将の前で、堂々と立つ3つの影。

 

「まさか、同じ事を考えていたとはね」

 

雪蓮は、彼女達に向けて言葉を掛ける。

 

「我々の状況は同じです。さすれば、同じ結論に至るのもまた道理かと」

 

応えるは、色の薄い金髪を揺らす少女。その幼い容姿からは想像できない程に、朱里は毅然と振る舞う。

 

「だが、孔明殿もなかなかに狡賢い。いや、これは褒めているのだがな」

「私達の事ですか?」

 

微笑む冥琳に、香が問う。

 

「それはそうですよ。香さんや恋さんがいたら、円満に進み過ぎて困るじゃないですか」

 

そして七乃が笑いながら応えた。友人という立場の利用。超がつくほど一流の武人がいるという脅迫。そのどちらともとれる。

 

「それもありますが、主な理由は道案内と私の護衛です。我が軍もあまり大きな部隊を割く事は出来ませんので、このお2人に同行をお願い致しました」

 

厭味ともとれるような言葉に、朱里はなんでもない事のように応える。その後も少しだけ恋や香に雪蓮が質問をし、そろそろ本題だと、朱里が切り出した。

 

「先ほど孫策さんが『同じ事を考えていた』と仰いました。ならば、同盟に依存はないと?」

「えぇ」

 

その問いに、雪蓮は即答する。

 

「では、孫策・劉備同盟軍が曹操軍に勝利したとして、その後の展開も決まっていると考えても?」

「左様。戦後は、曹操軍を除外し、現在の勢力での戦を行う。その結果にて、大陸の覇者を決める」

「我々の考えも同じです。曹操にどちら側に降るのか決めさせる事も考えましたが、彼女の性格を考えれば、そのような中途半端な形は好まないでしょう。それに、帝の御意を無視してしまいかねません」

「なら、決まりね」

「はい」

 

こうも簡単に決まってしまうとは。冥琳は苦笑すると同時に、自身や穏たちと同等の智を持つ朱里に感嘆の念を抱く。

 

「さ、難しい話はおしまい。同盟記念にさっそく飲みましょう」

 

そして出る、主のいつもと変わらない発言。冥琳は隣を睨む。

 

「雪蓮?」

「いいじゃない。折角来てくれたんだし。それに恋や香とも話したいわ」

「そうじゃな。香とはまだ決着がついておらんからな」

 

その発言に、祭も乗る。

 

「えぇと、私ですか?」

「そうじゃ。敗ける事などありはせぬが、まが勝ってはおらんからな」

「えぇと、恋さん。代理をお願いします」

「………だが、断る」

「そんなぁ!?」

 

そんなコント紛いの事をしていると、七乃がパンパンと手を叩いた。

 

「ほらほら。皆さん、さっさと行きますよ。中庭に準備してありますから、早く来てくださいねー」

「………待て、七乃。何を言っている」

「雪蓮さんの事ですから、どうせ飲みたがるだろうなーと思いまして。侍女の方にお願いして、準備しておいてもらったのです」

「威張るな。………仕方がない。ここまでお膳立てをされてしまっては、もう却下する事もできないな」

「さすが、かの美周郎さんです。即断即決ですね」

「黙れ」

 

とうに宴の準備が整っている事を告げられ、冥琳は溜息を吐く。

 

「それじゃ、皆、行くわよ」

 

そういう事となった。

 

 

 

 

 

 

「ようやっと、そなたと話せるな」

「はい。お久しぶりです、美羽様」

 

雪蓮と祭が飲み比べをし、冥琳が溜息を吐きながらもゆっくりとそれに付き合う。その隣でもきゅもきゅと恋が食べ物を口いっぱいに頬張り。朱里は性格と役職上話が合うのか、亞莎と談笑をしていた。七乃は蓮華や思春に捻くれたなぞなぞを出し、真面目に応えた蓮華は穏に訂正され、思春は怒気を露わにする。明命は、何故かセキトと仲良くなって遊んでいた野良猫を見て恍惚としていた。

 

「うむ。元気そうでやっておるみたいじゃな」

「美羽様こそ、少し背が伸びましたか?」

 

そこから少し離れた場所で、香は美羽と言葉を交わす。草の上に腰を落とし、その脚に美羽の小さな身体を座らせている。その手にはそれぞれ、酒の杯と蜂蜜水の湯呑。

 

「うむ。いっぱい食べて、いっぱい運動もしておるぞ。勉強も……まぁ、それなりにじゃが頑張っておる」

「確か、穏さんに教わっているんでしたっけ?」

 

その言葉に、美羽の身体がぶるぶると震え出した。

 

「………美羽様?」

「うぅ……穏は怖いのじゃ……」

 

曰く、授業の開始時点で頬は上気している。曰く、書を読み進めるに従って悩ましげな息が零れる。曰く、最後の方ではあの巨乳に抱き締められる。曰く、その後の記憶は、毎度ない。

 

「あー…穏さんですもんね……」

 

かつてこの長沙に滞在していた香も、当然の如く彼女の性癖を知っている。困ったように苦笑し、美羽の頭を撫でた。さらさらと流れる髪が、手に心地よい。

 

「七乃の手も気持ち良いが、香が撫でるのもまた、違った良さがあるぞ」

「ふふ、美羽様の髪も、とても綺麗で触り心地がいいですよ」

「そうであろ?」

 

互いに微笑み合う。かつての主従は、その名残を残しながらも友となっていた。

 

「のぅ、香や」

「なんですか、美羽様?」

 

様々な話題を口にし、ふと、美羽が問いかける。

 

「この禅譲の儀が終われば……そなたはどうするのじゃ?」

 

それは、香が彼女の眼の前に現れていた時からずっと抱いていた問い。その、ほんの少し寂しげな、そして何かを諦めかけているような声音に、香は少女を抱く力を強める。

 

「まだ……考えてません」

 

彼女は正直に応えた。

 

「………そうか」

「ですが」

 

残念そうな美羽の声に重ねるように、香は言葉を続ける。

 

「ちゃんと約束は守りますよ、美羽様」

「え?」

「だって、約束したじゃないですか。いつかは……いつになるか分かりませんが、必ず帰るって」

 

その言葉に、美羽は茫然とする。あれは、お願いとして口にした筈だ。その筈なのに―――約束と思っていたのは自分だけの筈なのに、香は当然のように、あれは約束だと応える。そして、それを必ず守るとも。

 

「かつて、私は美羽様のもとを離れました。そして新しき主とも離れ離れになり、いまは客将ですが、3人目の主を得ました。一刀さんも劉備さんも、人の上に立つ資質を持っていると思います。ですが――――――」

 

香は上体を屈め、美羽の右肩に顎を乗せる。その柔らかな頬に自身のそれを摺り寄せながら、告げた。

 

「――――――私が1番仕えたいと思っているのは、美羽様なんですよ?」

「………ぇ?」

「確かに、昔の美羽様は目も当てられませんでした。わがままは言い放題。お仕事も投げっ放し。好きに生きていらっしゃいました」

 

自覚はしていた事だが、かつての部下の言葉に、少女はぎゅっと服の裾を握る。

 

「でも、美羽様は変わられました。お仕事を頑張り、お勉強を頑張り、蜂蜜水だって、こうしてゆっくりと飲めるようになりました」

「………」

「美羽様は、名門袁家の出です。名家の人間として相応しいお姿を、少しずつですが身に着けています。私は、貴女が素晴らしい御方になってくれると、信じています。そして誰もが認める程の人物になられた時………その時は、私も将の末席に加えて頂けたらな、って思っているんですよ」

 

じっと、最後までその言葉を聞き終えた美羽は、香の膝の上で身体の向きを変えた。つぶらな瞳には、いまにも零れそうな涙。

 

「……香」

「はい」

 

じっと、香の眼を見て美羽は宣言する。

 

「妾は誓う。きっと……そなたも認めてくれるような、立派な人間になると。じゃから………じゃから、その時は、妾のもとに戻って来てくれるか?」

「もちろんですよ、美羽様」

「……うむ!」

 

しっかりと頷き、美羽は香の胸に顔を埋める。その背に手を回し、香の身体を抱き締める。

 

「だから、お互い頑張りましょうね」

 

胸の中で首肯する少女の頭を再度撫でる。

袁術軍が敗れた事は、知っていた。だが、まさかこの長沙で再開できるとは思ってもいなかった。彼女は誓う。最後まで桃香を手伝おうと。そして、すべてが終わった時は2人の主に許可を得て、必ず少女のもとへ、帰ってこようと。

 

 

 

 

 

 

腹も満たされた彼女は、少し休憩と中庭を去る。彼女がやって来たのは、城壁。各角に据え垂れた詰所のような場所に、見回りの兵も詰めているのだろう。あるいは見回りの時間にはまだ遠いのか、城壁の上に兵の姿は見えなかった。

 

「………」

 

彼女が見据えるは、街の向こうに広がる北の空。明確な方向感覚は、本能でしかわからない。それでも、その方角に彼がいるであろう事に、彼女は疑いを抱かなかった。

 

「なーにやってるの、恋?」

 

ひとり佇む恋に声を掛ける。雪蓮だった。

 

「こっちは………あぁ、なるほどね」

 

自分たちがいる場所で彼女の思考を読み取ったのか、雪蓮もまた、星の瞬く北の空を見つめる。

 

「一刀の事は、聞いた?」

 

大陸の南よりに位置するこの地域は、夜でも寒くはならない。涼しげに流れる夜風を心地よく思いながら、雪蓮は口を開いた。

 

「ん……星から聞いた……」

「えーと、趙雲だっけ。たしか曹操のトコにいたのよね」

「ん……」

 

汜水関での鈴々と星の会話を思い出し、雪蓮はその真名が趙雲のものであると判断した。

 

「恋は、どうする?」

「……」

 

漠然とした問い。しかし、恋はその意味を違えない。じっと考え、答えを口にする。

 

「………一刀がいると、戦いはたぶん…終わらない」

「そうかも、ね…」

 

思い出すは、汜水関での戦い。華雄や香もいたとはいえ、彼らはたった3人で倍以上の豪傑達を抑えていた。それが、一刀1人になったからといって衰えるとは思えない。むしろ、他人を気遣う必要がなくなり、存分にその武を振るえるだろう。さらには、彼を数人掛かりで抑えるという事は、その分こちらの戦力を割かなければならないという事だ。それはそのまま、敗北の可能性を強める事を意味する。

 

「だから」

 

珍しく―――恋にしては、珍しく。

 

「一刀は、恋が止める」

 

はっきりと、そう告げた。

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

――――――許昌。

 

「という訳で、アタイと勝負だ!」

 

夕方。紅く染まりつつある練兵場で、大剣を肩に担いだ少女が叫ぶ。

 

「………なんで?」

 

問うは、漆黒のスーツに身を包んだ男。腰には2振りの日本刀。

 

「だって、連合の時にはいいようにあしらわれたかんな!アタイだって斗詩と修行したんだ。今ならアニキにだって勝ってやるぜ!」

「無茶だと思うんだけどなぁ」

 

憤る親友を見ながら、顔良は溜息を吐く。

 

「なぁに言ってんだ、斗詩ぃ!アタイを信じられないってのか?」

「信じてるけど、北郷さんはそれ以上に強いと思うんだけど……だって、春蘭さん達も、北郷さんが鍛えたった話だよ?春蘭さんにも勝てないのに、北郷さんに勝てるのかなぁ………」

「なにを!?だったら斗詩、アタイが勝ったら胸を揉ませてもらうからな!」

「またそんな事を言って…もぅ……」

「アニキ!アニキが勝ったら斗詩の胸を揉ませてやるから、本気で来いよ!」

「ぶぶぶ文ちゃん!?」

 

盛大にどもった。

 

「いや、そういうのはいいんだけど……」

「嘘吐け!男なら、そこに胸があれば揉むもんだろうが!」

「いや、捕まるだろ」

 

溜息を吐く一刀に構わず、文醜は切っ先を向けた。

 

「いいから勝負だ!勝負勝負勝負っ!!」

「………はぁ」

 

再度溜息を吐き、仕方がなしに、一刀は腰に挿してある小太刀を抜いた。

 

「………なんだよ、それ」

「文醜の力量なら、まだこの程度だ」

「んだとぉっ!?」

 

あえて挑発するような言葉を向ける。案の定、文醜はいきなり地面を蹴り、勢いもそのままに斬山刀を振りかぶった。

 

「ちょ、文ちゃん!?」

「おらぁぁぁあああっ!」

 

真っ直ぐに振り下ろされる大剣に向けて、一刀は右手を掲げる。

 

ガキィッ!

 

それ―――小太刀の峰が当たった瞬間、一刀は手首を捻った。

 

「んなぁ!」

 

軌道を逸らされた直刃刀は地面へと減り込む。その柄を握る腕を一刀は掴み、ぐいと下方に力を籠めた。

 

「なにくそっ!」

「そら」

 

反射的にその腕を引こうとする文醜の肩に、小太刀の柄を持ったままの右手を添え、タイミングを合わせて押す。

 

「……………」

「俺の勝ちだな」

 

地面に転がった文醜は呆と空を見上げていた。

 

「………あの、北郷さん」

「どうした、顔良?」

「今のって、どうやったんですか?」

 

単なる合気道。それでも、この大陸には方法論として発生しない力の使い方。顔良とて一流の武人に名を連ねる者の1人だ。練習さえすれば、簡単な動きは覚えられる。

 

「ん?」

 

駆け寄ってきて問いかける顔良に、一刀は微笑み返す。

 

「秘密」

「ヒドイっ!?」

 

何故か意地悪をされる顔良だった。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

最後のページは、進展が見込めなかったのでそこで打ち切り。よっておまけ扱いです。

 

今回は麗羽様が頑張りました。

華琳様がご乱心。

霞さん、笑い過ぎです。

七乃さん、空気読み過ぎです。

美羽様、可愛いです。

恋たん、かっこいいですでも途中のひと言はどうかと思うんだ。

うちのフェレットが自力でよじ登ったロフトベッドから降りられません。

 

まとめるとこんな感じ。

風をひいたっぽいので、今日はもう寝ます。

 

おやすみなさい。

 

 

 


 
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