No.385361

Colors

refuge774さん

昔寄稿させていただいた物。
極天本編終了後のシンゴとリーチ。
本編を読んだ後に自分が感じたものから。

当時あの漫画から受けた衝撃は未だに忘れられません。

2012-03-01 23:40:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:320   閲覧ユーザー数:320

 はらり、はらり、と桜が散る。

 青い青い空に、緑色の芝生の上に、寝転がってそれを見ている自分の上に。

 信号は顔に落ちた花びらをふっ、と吹き飛ばして、大きく伸びをした。

 

 校舎が壊されたのはつい数ヶ月前のこと。

 未だに全て修復されたとは言いがたいけれど、生徒の強い希望があって(学外でそれぞれが暴れたせいもあるけれど)、早いうちにこの学校に戻れることが出来た。

 無事に卒業式も入学式らしきものも行われ、もうここにいられるのも残り一年。

 先輩方もいなくなり、元締めである自分は何をしているかというと。

「ふわ……あ、……いい天気だ」

 変わらず裏庭で昼寝を決め込んでいる。

 青くなった芝生と、他の季節よりも綺麗に咲いている染井吉野に春を感じる。

 ちくちくと頬を刺す感触やぽかぽかと暖かい陽気も昼寝には絶好だ。それに、こうして木の下に寝転がると桜の薄桃色と空の青が際立って美しい。

 その色彩の鮮やかさに見惚れてどれくらいたったのか。近づいてくる人の気配に信号は体を起こした。

 

「またここにいたのかよ。ほんっとに飽きないね、お前も」

 すっかり呆れたような顔と言葉を共に姿を見せたのはスケッチブックを小脇に抱えたリーチだった。

 桜の花でもスケッチにきたのだろうか。そういえば彼の絵は抽象画しか見たことがないな、と片隅で思いながら言い訳をする。

「ほら、この時にしか見れないものもあるじゃない?」

 毎日まったく同じ風景なんてないんだし、空も桜もこんなに綺麗だし、と笑いかける。

 そんな信号を横目に苦笑しながらリーチはスケッチブックを広げた。

 本当にスケッチしに来たのか。

 思わず身を乗り出して聞いてしまう。

「桜、描くのか?」

 少し、意外だ。

 こちらの心の声が聞こえたかのようにリーチは渋い顔をした。

「確かにあんな絵ばっかり描いてるけどな、たまには違うものも描いてみたくならあ」

 鉛筆を出して、カッターで少し削って。

 いつもキャンバスにそのまま描く油絵しか見たことがないから、いつもとは違う準備をする様を見ていると興味がわいた。

「……後ろで見ててもいいか?」

「邪魔すんなよ」

 すでに気は桜に向いている返事に笑う。本当にリーチは絵が好きなんだな、と思う。

 

 しゃっ、と音がして動き出す手元を覗いた。

 鉛筆が紙の上を走るたびに線が増える。ただの線だったそれらが集まって、つながって。

 何回見ていても、描くという行為は不思議だと思う。

 どうして同じ構造の手からあんなものが生まれるのかとか、ただの無作為な線のはずなのに集まると二次元の上に何かが表現されているのとか。

 何回見ていたって飽きない。

 黙々と線を走らせるリーチを見る。

 絵を描いているときの顔は真剣で楽しそうで。

 これも、何回見ていたって飽きない。

 さっき見ていた桜も綺麗だったけど、こういう風に何かに真剣になっている人も一種綺麗だというか、きっと人を惹きつけるものをもっている。

 

 膝を抱えてしばらく黙って見ているとリーチから声がかかった。

「いいのか、大将がいなくてよ」

「ん~、だってこれといって何も起こってないでしょ?」

 毎日の授業は技術と称して校舎の修理だし、一年生も入ってきたばかりでまだ目立った行動は起こしていない。

「まあな、でもそろそろ一年が慣れて騒ぎ出すころじゃねえ?」

 話しながらもリーチの手は止まらない。なんで話しながらこんなに描けるんだろう、と思う。

 数分前まで白紙だったその上にはもう桜の花が咲きかけていた。

「んだね。歓迎会代わりになんか行事でも開いてみますか?」

「あー、やれやれ。勝手にやっててくれ。俺はその間好きに絵描かせてもらうから」

「うわ、手伝ってくれないの?! 酷い!」

「面倒だしな、大変だしな。特にお前が中心になってやんだろ? うわ、絶対なんか起きるわ。決定」

 そんなにトラブルメーカーでしょうか? と問いかけたかったけど帰ってくる言葉が目に見えたので止めた。

 そんな会話の間にも描き続ける手元からふと思い出し、代わりにずっと気になっていたことを聞いてみる。

「そういえばさ」

「あ?」

 どうでもいいこと聞いて邪魔すんじゃねえぞ、と言いたげな目線を受け止めて口を開いた。

「なんで、赤なの?」

 ずっと気になっていた。キャンバスの赤。

 先輩が「血よりも赤い」と評した。

 どこかからにじみ出た血のような、燃え上がる炎のような、様々に例えることは出来るけれど、リーチにしか描けない赤い色。

 

 リーチは少し困っているようだった。

 手を止めてこっちを見る。

「なんで、ってなあ……。あ~……アレだ、なんていうか、その」

「?」

 少し恥ずかしいのかまた桜を見て

「生きている色、ってのか。なんか、しっくりくるんだよ。血の色だとか色々言われるけど。

 俺には、生きるために必要な色で、生きていれば見える色」

「…………」

 胸が、詰まった。

 あの日、ここに来る前に父ちゃんが言った言葉を思い出す。

「……生きていると実感する、色?」

「まあ、そんなところかもな」

 

 

『じゃあ、いってくるよ。とーちゃん』

 

 あの日も今日みたいに綺麗に晴れていて、

 まるで入学式かのように何処からか飛んできた花びらが宙に舞っていた。

『シンゴ』

 歩き出そうとした自分を呼び止めて、とうちゃんは言った。

『牢獄にも自由がある。考えるという「自由」がね』

『その時に 見えるんだよ、シンゴ。

 本当の色が』

 

 本当の、色?

 疑問に思う自分を見て、とうちゃんは笑って言った

 

『生きていると実感する「色」を

 見ておいで』

 

 

 ここにきて、わかった。

 色々な事を、知った。

 自分を突き動かすもの。行動の原動力。

 守りたいもの。汚れることも厭わない。

 多くの事が起こって、その中で。

 生きている。

 毎日、そう思った。

 

 

「シンゴ?」

 

 リーチが手を止めてこっちを見ていた。

「どうした? 急に黙り込んで」

「あ……、うん。ちょっと、びっくりした」

 怪訝な顔をしているリーチに父ちゃんの話をすると「へえ」という顔をして、また手元のスケッチブックに目を落とした。

「お前の父ちゃんが見たその色ってのは何色だろうな」

「それは、わからない」

「聞いてみたいな」

「うん」

 いつの間にかリーチは顔を上げて桜を見ていて。

 自分も固まった身体を伸ばすように足を伸ばして座りなおした。

 桜は薄桃色の花びらを絶えることなく落としている。

 ひらひらと舞うそれを目で追っていると声が聞こえた。

 

「お前は、見えたか?」

 

 空を見る。

 透き通るように青かった。

 

「……見えた、気がする」

 出した声ははっきりとしていた。

 

 そう、きっと見えた。

 いや、あの時確かに見た。

 生きていると実感する色。

 自分をつくる色。

 

「何色だった?」

 

 目を閉じて全ての色を消す。

 それでも見えるのは。

 

「青」

 

 どうしても白になりきれない自分の色。

 自分の大人になりきれない部分。

 自由に生きるには型にはまることなんて出来なくて、どうしても譲れないものがあって、そうある限りどうしても『大人』にはなりきれなくて。

 

「全ての衝動の根源。自分の足りない部分の証。

 でも、それが、自分が生きている証」

 

 それを聞いてリーチは笑った。

 スケッチブックを閉じて腰を上げる。

 歩き出した姿に焦って声をかけた。

「あれ? まだ描き終わってないんじゃないの?」

 ああ、と振り向いて一言。

「桜よりそれを描きたくなった」

 そしてまた、歩き出す。

 極当然のような言い方に、はあ、さいですか……と思わず見送ってはたと気づく。

「え、ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 それはまた俺のために描いてくれるってコト?

 

 すでに桜吹雪にかすむ後姿に聞くために、俺は走り出した。

 


 
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