No.384805

真・恋姫無双 EP.95 結締編

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
最後の戦いに向け、色々と動き始めます。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2012-02-29 15:23:52 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:3549   閲覧ユーザー数:3097

 よろよろと歩きながら雪蓮が戻ってきた時、村の入り口には大勢の兵士が倒れ、北郷一刀と陸遜の二人が石柱にもたれて座っていた。

 

「一刀……」

 

 雪蓮が声を掛けると、疲れたようにうつむく一刀が顔を上げ、わずかに笑顔を浮かべる。

 

「お別れは済んだ?」

「……うん」

 

 頷いた雪蓮は、一刀の横に腰を下ろす。むせるような血の臭いが、あたりから漂っていた。倒れている兵士の数は、百には満たないだろうか。おそらく状況がわからなかったため、やって来た部隊も無理に押し通ることをしなかったのだろう。それでも、二人で相手にするには少し骨が折れる作業だ。陸遜は戦闘が得意というわけでもなく、一刀に至っては、片腕しかないのである。

 

「怪我してる」

 

 一刀の頬の傷を、雪蓮はそっと指で触れる。そして済まなそうに、眉を寄せた。

 

「ごめんなさい……私のわがままに付き合わせちゃって」

「あんな雪蓮の姿を見たら、断れないよ。それに俺も、あのまま逃げるのは嫌だったからさ。ま、いいんじゃないかな」

「……」

「ん? 何?」

「んーん。変わってないなあって思ったの」

 

 雪蓮は肩をすくめて、小さく笑った。初めて会った時、黄巾党との戦いの最中で張三姉妹を助けようと立ちはだかった、あの『一号』の真っ直ぐな瞳と同じだったのだ。それを思い出し、雪蓮は何だか嬉しかったのである。

 

「ねえ、一刀……」

 

 声を掛けながら、雪蓮は一刀の肩に寄りかかるように頭を乗せる。

 

「父様の事、みんな……特に蓮華たちには黙っていて」

「いいの?」

「助かったのならともかく、結局、死んでしまったのだもの。だったら父様は、あの火事の時に亡くなっているままでいいと思うの。父親を失う悲しみを、妹たちに二度も味わわせたくはない」

「わかった」

 

 一刀が答えると、安心したように雪蓮はホッと息を吐いた。

 

 

 一刀が雪蓮を救出に成功した日から、数日前にさかのぼる。

 場所は洛陽の西、現在ではもっとも栄えている都市の一つ、長安。かつてのような栄華を極めた華やかさはなかったが、大通りは人で賑わい、活気に溢れていた。

 特筆すべきは、治安の良さだろう。街中はむろんのこと、近隣に至る主要な街道は安全に歩くことが出来た。その礎となったのは、袁紹が残した五万の軍隊である。

 二万は張飛が率いて、函谷関(かんこくかん)の封鎖が行われた。ここは洛陽の守りとして造られたが関所だが、逆に見れば長安を攻める際に通過する場所とも言える。そのため、元々強固な関所を長安側から封鎖することで何進軍の侵攻を止める手段にしたのだ。

 事実、散発的な何進軍の攻撃があるものの、函谷関を越えることは出来ていない。

 一万は関羽が率いて、街中の警備にあたっている。残りの一万ずつは趙雲、そして厳顔が率いて治安維持に従事していた。

 治安が良ければ商人が集まり、物や金が動く。そこに活気が生まれ、街は鮮やかさを取り戻してゆくのだ。

 

「おばさん、おはよう!」

 

 通りを明るく元気な声で挨拶をしつつ走り抜けて行く、一人の少女の姿があった。街の人々はみんな、その姿に働く手を休めて笑顔を浮かべる。彼女こそ、袁紹から軍隊と長安を任された人物……劉備であった。

 治癒術師の彼女は、義妹たちと共に長安にやって来て、多くの命を救ったのである。最初は彼女の術に半信半疑だった人々も、献身的な劉備の姿に心を開いていったのだ。

 

「おはようございます、劉備様!」

「劉備様、おはよう!」

 

 老若男女問わず、走る劉備に手を振り、頭を下げて挨拶をする。それに応えながら、劉備はある人物の姿を探していた。

 

(朝はいつも、このあたりを散歩しているんだけど……)

 

 劉備は走るのを止め、細い路地を覗き込んだ。賑やかになったとは言っても、それはまだ大通りに面したあたりだけである。細い路地の奥、普段はあまり人の通らない場所は荒れたまま放置されていた。元々の長安の人口に比べれば、洛陽から逃げてきた人々の数は少ない。治安の良さで周辺から移り住む者も増えてはいるが、まだまだあらゆるものが不足している状態なのだ。

 

 

 街外れにある雑草が伸び放題の廃墟のような場所に、劉備の探し人は居た。真っ白な服を着たやせ細った少年である。

 

「劉協様」

 

 劉備が呼びかけても、少年はじっと何かを見つめたまま動かない。何を見ているのかと、そっと近寄って見る。

 

「花、ですか?」

「……劉備か。うん、小さな可憐な花だ」

 

 二人の視線の先には、雑草に囲まれた白い小さな花が咲いている。

 

「何という花なんでしょうか?」

「さあ。名も無き、野の花だ。可憐で、弱々しい」

 

 少年はそう言うと、ゆっくり足を持ち上げてその花を踏みつけた。驚いた様子で劉備は見るが、少年は無表情のまま踏んだ足を持ち上げる。白い花は汚れ、潰れてしまった。

 

「劉協様……」

「可哀相だと思ったかい? でもね、これは仕方のない犠牲だ。今は意識して踏んだが、草原を走り回れば花を踏むことはある。そうしなければ、進むことは出来ないからさ。人の歩むその下には、犠牲が生まれる。それは必然だ」

 

 無表情だった顔に、ほんのわずかな笑みが浮かぶ。劉備は言葉を失い、何だかその笑顔が恐ろしくなって、わずかに身を震わせた。

 厳顔が持って来た袁紹の手紙によれば、この少年の正体は帝である。その事実を知る者は、劉備を含めほんのわずかだ。だが知らない者からすれば、ただの不気味な少年でしかない。無口というわけではないが、口数は少なく、たまに何かを話しても今のように達観した言動を見せるのである。

 どう接すればいいのか、正直、劉備にもわからなかったのだ。

 

「あの……」

 

 気持ちを切り替えて、何か明るい話題でもと切り出した時だった。息を切らせた兵士が、劉備の姿を見つけて走って来たのである。

 

「劉備様!」

「どうしたの?」

「申し上げます。張飛様より伝令で、何進軍が……函谷関を越えました!」

 

 

 一瞬、我が耳を疑った。劉備は言葉の重要さを再確認するように、自分で呟いてみる。

 

「何進軍が函谷関を越えた?」

 

 長安が今まで平和だったのは、函谷関があったからともいえた。洛陽との街道を遮る関所がある限り、何進軍に怯える心配はない。万が一に備え、張飛軍も配備していたのだ。

 だが、その函谷関を越えられたと報告が来た。

 

「どうしよう……」

 

 任されたとはいえ、軍事に関しては素人の劉備には打つ手が浮かばない。

 

「報告を受け、すでに関羽様が出立されました」

「愛紗ちゃんが? そう……」

「ともかく、すぐにお城にお戻りを!」

「うん、わかった」

 

 頷きながら、劉備は自分の心臓が早鐘を打つように激しいのを感じる。覚悟をしていたとはいえ、思ったよりも早い。まだ防備は不十分で、今攻められたら、簡単に落城するだろう。

 

(やっと人が集まって、みんなが笑顔になれる街が造れると思ったのに……)

 

 自分は暇になるほど、嬉しかった。それは誰も怪我や病気をしていないということだからだ。戦いが始まれば、寝る間もないほどの忙しさになるだろう。それを面倒と感じたことはなかったが、頼られることを素直に喜ぶことも出来ない。

 

「劉協様」

 

 劉備は少年の手を取り、城に戻るため歩き出す。

 

(こんな時、私は祈ることしか出来ない)

 

 己の無力さに唇を噛み、劉備は何かにすがる気持ちで天を仰ぎ見た。

 

 

 ほぼ同時に、二人は声を上げた。

 

「あわわ、朱里ちゃん!」

「はわわ、雛里ちゃん!」

 

 互いの顔を見合った二人の少女は、通じ合うように頷く。

 

「大きなうねり……地脈が震えている」

「天脈も大きな変化を告げているよ。でも星の輝きが、吉なのか凶なのかはっきりしないの」

 

 天脈を視てきた諸葛亮と地脈を視てきた鳳統は、今までで初めての変化に戸惑っていた。しかし同時に、師である水鏡の言葉を思い出す。

 

「今がまさに、動くべき時なのかも知れないよ」

「うん……私もそう思った」

 

 互いの意志を確認しあった二人は、すぐに荷物をまとめて山を降りたのである。


 
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