No.384470

剣の魔王:幕間+偏愛のエルナード+

ぽんたろさん

短い話です。剣の魔王後編の全部終わってから紅茶までの間の話。DV表現等に耐性が無い方には非推奨。

2012-02-28 18:58:02 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:387   閲覧ユーザー数:373

「おにいさま」

 

小さな声だった。

金色の日だまりのような少女が駆け寄って来る。手には花。

 

「おにいさま」

 

手を伸ばす。

 

夢。

エルナードは自室のベッドで目を覚ました。

遮光カーテンを軽く引くと日が沈んでいくのが見えた。

そろそろ執務の時間だ。

シャワーを浴び、服を着替え、スカーフを巻く。

冷たい水で顔を洗い、髪を撫で付け仕事道具を確認する。

何の問題も無い。

いつも通りだ。

『ご主人』

蝙蝠が窓を叩く。エルナードは小さな動作で窓の留め具を引いた。

『まもなく妹君がお戻りになられます』

 

コツコツコツコツ

 

固い靴底の音が回廊に響く。

今城に居住している魔族は少ないしまだ日の入り前だ。仕方がないと言えよう。

ギィィ

古い扉を片手で押す。先代までは扉を開ける係まで居たそうだが力の優れる吸血種にそんなもの不要だ。

机の上には書類と封筒。

「今日の分はこれだけか」

『そうですね。昨日までにあらかたの案件は片付けちまいましたから』

蝙蝠は天井の照明にぶら下がった。

「そうか」

ここで待てと蝙蝠に言うとエルナードは部屋を出た。

 

 

ざくざくざく

「まお…リヴェリア。そろそろ日が落ちるぞ」

アルヴァーンは腕の中で眠っていた少女に声をかける。

「にゃ…」

にゃ

「おはよう。リヴェリア」

フードを除けた顔が固まっている。金の髪がしゅるりとこぼれた。

「おは…よう………ひょっとして日中ずっと歩いてたの?」

「応。いい天気だったぜ」

 

オルガノ・ヴィスターチェから魔王城までは結構な距離があった。

アリアとウォーロックは人目を避け別なルートで魔王領に戻ったが、リヴェリアはアルヴァーンに同行した。

アリアは無論悪鬼羅刹の怒り様だったが、リヴェリアが悲しそうな顔をするとそれ以上反論せず自分はウォーロックと同行すると申し出た。

ウォーロックは魔族だがあの鎧が本体と言う訳では無いそうだ。

鎧は魔導鎧といい特殊な工房でしか修理できないため道中には助けが要る。

しかし工房までの道のりは人間には酷なものであることと、半眷属とはいえ儀式も済ませていない人間にその道を知られる訳にはいかないとのことでアルヴァーンは徒歩で魔王城を目指している。

もっとも、道案内のリヴェリアは日差しが苦手ということもあり移動は夜で昼間は休んでいることが多いのであまり効率は良くない。

もうすぐ港町だから北の大陸は目前だ。

 

「少し休みなさい。あなた昨日の夜も寝てないし」

「いやいや、少しでも距離を稼いでおきたかったからさ。あとどれくらいかな?」

「降ろして、地図を見せてちょうだい」

リヴェリアを降ろすとアルヴァーンは道ばたの岩に腰掛け荷物から地図を出す。

右腕には隙間無く包帯が蒔いてあるので少し滑るのか、まごまごと地図を開いた。

魔法のかかった地図には現在地のドールが表示されている。

「こっちにいくんだよな次も真っ直ぐだろ?」

「この街道を右。本当にあなた方向音痴なのね。」

リヴェリアが顔を寄せる。

「何故、地図があるのに迷うの?」

「だからこそ寄り道しまくって強くなったんだぜ」

何故か誇らし気にアルヴァーンは答える。

リヴェリアは溜め息をついた。

「もう少しだし、私も大分回復して来たもの。歩くわ。行きましょう」

港町エルノからはなんと北大陸への定期船が出ているらしい。

「アルヴァーン、私重くなかった?」

「全く。むしろもうちょっと食べた方が良いと思うぞ」

リヴェリアは俯く。

「食べたら重くなるのかしら、私」

「血以外食べないんだっけか」

「普通は」

「うーん。ケーキとかパンとか」

「無理ね」

「そっか」

「…」

「まぁそのうちおっきくなれるさ、元気出せ」

アルヴァーンはぽんぽんとリヴェリアの頭を叩いた。

「………」

 

船券の手配もスムーズに進んだ。

船に乗る時、船員は通常身元検査をするものだが、特にリヴェリアを調べたりはしなかった。

「どうなってんだ」

「私に関心が向かないようにアリアが魔法をかけてくれてあるのよ」

「へぇ」

アルヴァーンは魔術魔法の類いの心得があまり無いのでその手のことはよくわからない。

リヴェリアはチケットを船員に差し出し半券を受け取るとさっさと船に乗り込む。

「慣れてるんだな」

「慣れてるもの」

「いつもこんなことしてるのか」

「自前の船を使ったり海竜に運んでもらうかの違いくらいあるわよ」

「…」

 

二人が乗ったのは中型の船だった。

北大陸の端にある人間の街とを行き来する定期船である。

二人の他にも観光や行商なのか何組かの客が乗り込んでいる様だった。

もっとも、観光客は海が綺麗に見える昼の便を使うことが多いらしい。人はまばらだ。

「北の街ってどんな所なんだ?」

甲板で海風に吹かれながらアルヴァーンはリヴェリアに訪ねた。他の客はいない。

「普通よ。それなりに景観もいいし街の近くには農園とかもあるし、そこそこ潤ってるわ」

「なんかもっと、不毛の地を想像していた。」

「天空城付近はそんなものよ」

「なにそれ」

「北大陸の観光名所みたいなものかしら」

「魔王の支配下で観光…」

「別に魔族だって観光したって良いじゃない」

「まぁ、確かに」

星が綺麗に見える。

「空とか、何十年も曇ってたって聞いてたし」

「その代の魔王がおどろおどろしい空気が好きだったんでしょうね」

「演出!?」

「当たり前じゃない。水蒸気と山があったって、風があるのに大陸全土が何十年も途切れなく雲間無く曇り続けるなんて自然には起きないわ。火山の噴火直後とかならわかるけど」

「そう…なのか」

なんだか生々しい話を聞いてしまった気がする。

「植物の生育に悪いし、多分見せかけだけだと思うけど…。近づけば晴れてたと思うわよ」

「!?」

「だって寒いじゃない」

「いや、だってさ」

「樹とか枯れてないんだから、光は補給してるのよ」

なんだか北大陸に抱いていたダークなイメージが崩れていくのをアルヴァーンはぼんやり感じていた。

+++

 

明け方まで北大陸が見えないか海を見ていたが結局日が昇るまで叶わなかった。

船内に軽食屋が入っていたのでアルヴァーンはエールとパンを買う。

リヴェリアは少しだけ水を飲んで新聞を読んでいた。

「新聞読むの?」

「ええ」

パンをもぐもぐと咀嚼する。

「もう一月位たったし…やっぱり話題になってるか」

「そりゃね」

小声で話す。

リヴェリアが記事を見せた。

城が瓦解して人間が死に絶えた町と町を見聞する帝国兵の絵。

「無惨だな」

「オルガノは地図から消えるそうよ。まぁ都市一つで出来たような国だったから仕方ないわね」

「そうか…」

もぎゅ

「あなた、お酒飲んでるの?」

「エールくらい普通に飲むだろ」

「身体を壊すわよ?」

「深酒してないし問題ないない。俺のいた騎士団だと10歳で酒を飲んでたぜ。こんなの水とかわらないって」

「成長期が終わるまで飲酒は控えた方が良いと思うけど…」

「もう20歳だしとっくに終わってるって。問題ないだろ」

「…若い」

「え?」

「な、なんでもない…」

「お前、そういえば何歳なんだ」

「教えない」

「なんで」

「絶対教えない」

機嫌を害してしまったようでリヴェリアは新聞で顔を隠してしまう。

「むむ」

乙女心と言うのは全くよく分からない。

 

船が港に到着したのは更に半日程たってからだった。

夕日が沈み始め、ごとんと音を立てて船が接岸する。

船を降りる時も船員はリヴェリアに注意を払わなかった。

街はなるほど活気に満ちていた。

接岸した船から次々と荷物が運び出され小さな市場が出来る。

アルヴァーンは一つリンゴを買って齧りながら歩いた。

「本当に普通の街だな」

ランプの明かりが暖かい。店の看板も多いし人通りもある。普通の街だ。

今日も天気がいいので星が綺麗だ。満月なので少し見える数は少ないが。

(補足:この世界には複数の月があるが、常に夜に見える白い月で暦を数える。)

「だから言ったじゃない。普通の街だって」

まだ機嫌が悪いようでリヴェリアはつかつかと先を歩く。

その歩みがぴたりと止まった。

「どうひた?」

街の中、人通りの中に男が立っている。

中性的な美しい顔立ち。肩口まで伸ばし一括りにした真っ白い髪。赤い目。

道行く人は誰も目を留めない。こんなに派手なのに。

「リヴェリア?」

 

男が口を開く。

 

「お帰り」

 

アルヴァーンはリヴェリアが小さく震えているのに気づいた。

 

「ただいま戻りました。お兄様」

 

 

+++

 

「魔王の…兄…?」

アルヴァーンは呟いた。

「普通兄貴が居るならそっちが王になるもんじゃねぇの?」

「黙って」

「リヴェ「黙って!!」

急に大声をあげたためか周囲の視線が一瞬リヴェリアに集中するが、直ぐにまた何も無かったかのように動き出す。

「どうしたんだよ」

リヴェリアは俯いている。

「迎えを呼んである。来なさい」

「…はい」

リヴェリアはアルヴァーンに振り返った。

「アル。後で迎えを寄越します。この街で」

「リヴェリア」

びくりとリヴェリアが縮こまる。

「は…い…」

「お友達かい。一緒に送ろう。来なさい」

「……………はい」

 

馬車の中でリヴェリアは一言も口をきかなかった。

リヴェリアが兄と呼んだ男はエルナードと言うらしい。

「この度魔王様に雇って頂くこととなりました。アルです。よろしくお願いします」

「アルヴァーン君だね。よろしく」

背筋が、ぞっとした。

「まお…陛下の兄君でいらっしゃるんですか?」

「そうだよ」

赤い目が細められるが、笑ってはいない。

「あまり、似ていらっしゃらないように思えるのですが…」

どうしても気になる。

「アルヴァーン君はリヴェリアとどんな関係なんだい?」

「戦友です」

即答する。

エルナードは声だけで笑った。

「そうか、公務すら一人で果たせないのか。リヴェリア」

リヴェリアは膝の上に手を置いて瞼を伏せている。

「そういう言い方は…」

「気分を害したか。すまないね」

 

馬車に揺られていたのは数時間だったが永遠に降りられないのではないかと錯覚する程空気は重かった。

 

「アルヴァーン君はここで待っていてくれ。間もなく日が昇る。我々は先に仕事があるのだ」

「あ…」

エルナードはリヴェリアの手を引いた。

「陛下!!」

アルヴァーンは嫌な予感がした。

エルナードとリヴェリアの足が止まる。

「ど…う…した…の…」

「どうかご自愛ください」

「……だそうだよ。リヴェリア」

「…あり…が…と」

そこで扉が閉じられた。

 

+++

 

「どういうつもりだ?リヴィ」

「あ…が…」

ぎり…

地下室の小部屋。

説教部屋とエルナードは呼ぶ。

人払いをかけた完全な二人の秘密の部屋。

「人間を眷属に?気でもふれたか?」

リヴェリアは首と後ろ手に縄をかけられ、つま先が床につき、かかとが浮くよう柱に吊られていた。

ぎぢ

「ちが…ひう…」

エルナードは気まぐれにその足下を払う。一気に縄が締まりリヴェリアは悲鳴を上げた。

「おまえが人間の血が嫌いなことは私が”誰よりも”知っている」

ぎぃ

「あ…う…」

「おまえはあの男に抱かれたのかい」

「ちがひ…ます…」

ぎちち

「父上の真似でもするつもりかい?」

「ぐ」

ぎち

「無理をすることは無いんだよ?リヴィ」

「おにぃ…さま…ゃめ…」

足を払う。

ぎぢぢ

「おまえも雌なんだから」

紐がピンと張りリヴェリアの首が絞まる。

「ぁ…が…」

「リヴィ」

「…」

リヴェリアの身体が力なく弛緩する。

「なんだ。もう窒息したのか。だらしがない」

エルナードは縄から妹を降ろす。

この程度では吸血鬼は”死ねない”

「おまえはいけない子だな。リヴィ」

「…こほ…ごほ」

エルナードの膝の上でリヴェリアは息を吹き返し咳き込む。

エルナードはそれを確認してからその細い首に噛み付いた。

 

+++

 

 

城の周りには殆ど警備等はなかった。

勇者とかが潜入したらどうするんだろうとアルヴァーンはのんびり門を見つめる。

「なにしてるの。おまえは」

アリアがいた。

「ウォーロックは大丈夫だったか?」

「問題ないわ。それより陛下は?」

「兄貴と一緒に先に仕事があるって」

次の瞬間頬に強い衝撃をうけ、アルヴァーンは地面に転がっていた。

どうやら回し蹴りをくらったらしい。

完全な人間だったころなら首の骨が危なかったかもしれない。

「いってぇ…」

「おまえと同行させたわたくしがアホだった。死ね。ウジ虫」

「なんなんだよ」

「どれくらい経った」

「何が」

「時間だ」

「…二時間くらいだな」

「っ…」

アリアはアルヴァーンを睨みつけると城に走っていく。

「待てよ」

アルヴァーンも追いかける。

城の中も何だか閑散としていた。

いや、気配はあるが人影がないのだ。

もしかしたらリヴェリアのように夜行性な魔族ばかりなのかもしれないなぁ。

とアルヴァーンはのんきに考える。

アリアは一直線に何処かへ走る。

階段をいくつも降り、石の扉をひっくり返し、簡素な木製のドアの前までたどり着く。

「姫様」

ノックをすると何故か部屋の中からはにゃあと猫の声が聞こえた。

がちゃり

アリアが部屋に入り、少しだけ躊躇いながらアルヴァーンも続く。

目に入るのは石で出来た壁と小さな寝台。

その小さなベッドの上にリヴェリアが座っていた。

リヴェリアの周りにはイタチのような生き物や犬猫がぬいぐるみのようによりそっている。

「あり…あ…」

「姫様っ」

アリアがリヴェリアを抱きしめる。

「ごめんねありあ…」

「姫様が謝る必要はございません」

「やれやれまたですか」

話しが分からず立ち尽くすアルヴァーンの後ろから声が聞こえた。吃驚して振り返るが人の姿は無い。

「?」

「こちらですよ」

足下を見ると白いウサギがいた。

「?今のは、きみか?」

「以外に居ないでしょう。従者のメイメルともうします。お見知り置きを」

うさぎはぺこりと頭を下げた。つられてアルヴァーンも頭を下げる。

「リヴェ…陛下はどうしたんだ?俺は新人なんで事情がどうにも…」

「お兄様に血を吸われたのでしょう。エル様にも困ったものです」

「…ヴァンパイアって同種続で血を吸うもんなの?」

「いいえ、むしろ禁忌の部類に入りますね」

「………」

アルヴァーンは兄を見た時のリヴェリアの怯え様を思い出す。

「リヴェリアは…王様なんだろ?」

ウサギはアルヴァーンを見上げる。

「それぞれのお家で色々ありますからね。我々の与り知る所ではございません」

「リヴェリア」

アルヴァーンはずかずかとベッドに歩み寄る。

「何で嫌だって言わないんだよ!!」

「おまえは!!何も知らないから!!!」

アリアがリヴェリアを抱きしめる手に力を込めたのが分かった。

「知らねぇよ!!!」

ついつい語気が荒くなる。

「知らないんだから俺にも教えろ!!」

リヴェリアの首に残る真新しい縄の跡も殴られたような跡も首についている傷も、何もかもが気に入らない。

「助けてくれって、あの時みたいに言えよ!」

そうしたら

そうしたら?

「おにいさまを、ころすの?」

赤い目がアルヴァーンを見ている。

 

「エルナード様はとても気性の激しいお方です」

メイメルが口を挟んだ。

「今まで同じような状況で8人、エルナード様は殺害されております。」

ウサギはぴょんぴょん跳ねてリヴェリアのベッドに飛び乗る。元々リヴェリアの様子を見に来たのだろう。

「は」

殺害?

「今まで似たようなことは何度もあったのです。エルナード様は相手の息の根を止めるまで決して治まりません」

「同族殺しは、問題にならないのかよ…」

「王族は、王族です。それに吸血種は他の魔族とかけ離れた種です。彼にとってどれだけ抑制力があるか」

「それに」

リヴェリアが押し黙る。

「今回荒れている理由はおそらくおまえへの嫉妬が原因だ。火に油を注ぐつもりか」

アリアが続けた。

「そんな…」

馬車の中での冷たい笑みを思い出す。

「アル、ありがとう。おにいさまも暫く矛を収めて下さると思うの。私は大丈夫だから。」

少しだけ困ったようにリヴェリアは笑った。

「喧嘩、しないで」

 

 

明け方、アルヴァーンは城の門の前にいた。

 

まだ役は割り振られていない。明るいうちに城下の見物でもしておけとアリアに言われた。

激情に駆られるアルヴァーンをリヴェリアから引き離そうとの配慮だろう。

「はぁ」

胃がむかむかする。

「おや」

白ウサギが足下から見上げていた。

「振られちゃいましたね。ざまぁみろ」

「お前ら腹黒いな」

門脇の柵にもたれる。

「案内でもして差し上げましょうか」

「いや、いい。」

「陛下は即位された30年前には既にあのような仕打ちに慣れていらっしゃいました」

「さ」

さんじゅうねん?

「おや、ああ。吸血種は歳を取らないのですよ。寿命が来るとジュッとなるらしいですよ。ジュッと。」

「…だから年齢の話を嫌がったのか…」

「脱線しましたね。しかし最近内容がえげつなくなって参りましてね」

「知ってるのか?」

「払いはされておりますが陛下のお体を見れば分かります。」

「今日は…」

「首つりですね。人間どころか魔族でも普通に死にますよ。あれは」

「………」

「そこで元勇者君」

「勇者じゃねーよ…あとそれ誰に聞いたの?」

「アリアです。彼女諜報が得意なんですよ?他にも色々存じております。ああ、頼みを聞いてもらえれば他言しません」

脅迫か

「陛下はああおっしゃられましたが、僕は少し違う意見なのです」

「俺に出来ることか?」

「エルナード様と、喧嘩して頂けませんでしょうか?」

 

 

「お父様、その子はだぁれ?」

「おまえの妹だよ」

父は嬉しそうに笑った。腕の中のちびな子供は眠っている。

「いもうと…?」

母様はもう居ないのに。妹が出来るの?

「吸血種としては、この子の方がお姉さんになるかな」

「??」

「仲良くしてあげなさい」

「はい!」

 

庭師のハンスに聞いた所人間達が召還しようとしたなんとかという神の生け贄にそのちびは選ばれたという話しだった。

魔王様のご公務に付き添った父上は身寄りのない子供を引き取って来たらしい。

「ハンス。いけにえってなに?」

「殺しちまうんですよ。ぼっちゃん」

「折角生まれた子供を?」

「人間達はおっかねぇ。おいらにゃ理解出来ませんよ」

そういってハンスは笑った。

 

ちびは僕より先に「大人」になった。

大人になったら僕をちゃんとしたヴァンパイアにしてくれるって言ったのに。

まだ小さいのにちびだけずるいと言うと、父上は僕とちびの時間に合わせると仕方がないと笑っていた。

ちびは何をするにも僕の後をついて回った。

うっとおしい。本当のきょうだいでもないくせに。

ぼくはちびに辛く当たるようになっていった。

 

ちびは何年経ってもちびのままで、僕はあっという間にちびよりずっと大きくなった。

 

少しだけ、寂しかった。

 

 

数日後

アルヴァーンはリヴェリアの執務室の前にあぐらをかいて座っていた。

「君は…何をしているんだい?」

エルナードがその前に立つ。

「仕事です!」

「はぁ…?」

「メイメル様の指示でこの部屋の警備についております」

「ここが何の部屋だかは?」

「は!リヴェリア様の執務室でございます」

ぴく

掛かった。中にはリヴェリアはいない。

「そうだね。”陛下”のお部屋だね。」

例の笑っていない笑顔。

アルヴァーンは真顔で言った。

「そんなに妹が取られるのが怖いか。シスコンめ」

ビシ

何かに亀裂が入る音がした。

壁に、エルナードの手がめり込んでいる。

アルヴァーンは立ち上がり駆けだした。

 

背後からアリア等可愛く見える程の殺気の塊が追いかけて来る。

「愛されてんなぁリヴェリア」

ただ彼女の最大の不幸はその愛情が大体歪んでいることなのではないだろうか。

アルヴァーンは死ぬ気で走る。

おそらく、強化されてなければ瞬殺されていただろう。

「おにーさぁーん」

振り向かずに話しかける。

「いもうとさんをぼくにくださああああああああああい」

城を飛び出し柵を飛び越え塀を登り山に向かう。後ろは振り向かない。多分振り向いたら、死ぬ。

白の月に加え今日は青の月も出ている。かすかな雲に隠れる姿も、また風流。

アルヴァーンは山の中腹で足を止め、襲いかかる凶刃をかわす。

「人間ごときが俺に何を言った…」

早い。薄皮一枚持っていかれた。

頬を赤い血が一筋伝う。

「今だ!!やれ!!」

「!?」

二人の周りに結界が展開された。岩陰に仕込んでいた術士の功績である。

「なんのつもりだ」

エルナードの瞳に理性が戻る。

「リヴェリアちゃんのお兄さん。俺と喧嘩しましょう」

アルヴァーンは両の拳を打ち付けた。

 

「俺は名をアルと言います。ヴァーンは師匠に貰ったのでまぁどっちでもいいです」

エルナードの怒りは収まっていない。

「俺に名前をくれたアホな師匠は言いました『男なら拳で語れ!!』そして子供だった俺ををグーで殴りました!!」

「で」

「俺に文句があるなら俺に言って下さい!そういうのすごくイライラします!!」

「死にたいのか」

「俺も本気でいくんで。あ、ただし」

アルヴァーンは手を挙げる。

二人の足下に魔法陣が展開される。

エルナードの手から剣が落ちる。魔法の効果だ。

「何の真似だ」

「この空間ではあらゆる武器と魔法の使用が禁止されます。あ、爪もアウト」

「それで」

「闘りましょう」

アルヴァーンはにかっと笑った。

 

+++

 

リヴェリアは地下の自室でその映像を見ていた。

傍らにはアリアが寄り添っている。

「アルヴァーン…」

 

+++

 

「素手なら勝てると、そう思うのか」

エルナードが上着を脱ぎ捨てる。

「俺、強いですよ」

ただの虚勢だ。アルヴァーンはなるべくエルナードを煽り平静さを欠かせようとしているだけだ。

リヴェリアの運動能力を見ればヴァンパイアの戦闘力が高いこと等分かりきっている。

自分ははみでても人間だ。

聖剣もない。

勝算はない。

しかし、こういうのはワクワクする。

 

 

アルヴァーンは先攻した。

できれば顔を殴りたいがボディを開けるリスクを避け短い打撃を放つ。

エルナードは片腕で止めるとカウンターで脇を狙う。

脇を締め拳を止めるが、重い。脂汗が滲む。

殴る音ではない。拳から風を切る音がする。

顎を狙い下から打った打撃は避けられ空いた腹に蹴りが入る。

「ぐ」

声を押し込み足を捕え固め技に入る。

腕を絡め、間接を狙う。

うんざりする程エルナードは冷静だった。

反対の足でアルヴァーンの首を狙う。

「うあ」

間一髪持っていかれる事態は避けられたがホールドが解けてしまう。

腕をついた勢いでエルナードは立ち上がりながら蹴りを放つ。

アルヴァーンは身体を倒し地面を転がる。

ズドンと音を立て蹴りが地面にめり込む。

 

 

「…ずどん…」

岩陰からメイメルが呟く。

 

一時間程そんな攻防が続いた。

二人とも息が上がり擦り傷だらけになっている。

「お兄さん。降伏も認めますよ」

「まだ虚勢をはるか」

どうやらバレていたようだ。アルヴァーンは口に溜まった血を吐き捨てる。

「お前は、目障りだ」

エルナードの速度が更に上がる。

蹴りが髪の毛を数本切りとった。

「俺も気分が悪いんだよ」

アルヴァーンの拳がエルナードの胸に届いた。

「ぐ」

しかしエルナードはアルヴァーンの胸ぐらを掴み、引き倒す。

マウントポジションを取られた。

エルナードの顔に勝者の笑みが浮かぶ。

そして振り上げた右拳を

アルヴァーンが掴む。

にやりと口角がつり上がる。

左の拳もアルヴァーンは掴み取ると地面にめり込む程肘を引き、全力で地面を蹴り上げた。

「!!」

ガッ

ふわりとエルナードの身体が舞い上がる。そして地面に叩き付けられると同時にアルヴァーンの膝が一瞬遅れてエルナードのみぞおちにめり込んだ。

 

 

「けんかしないでって言ったのに…」

リヴェリアはアルヴァーンの切れた額に消毒液を塗る。

魔法で治すことも出来たがアルヴァーンは勿体ないからと辞退した。

そして簀巻きにされ転がされたエルナードの隣でリヴェリアに手ずから治療を受けている。

完全に嫌がらせである。

「見た?最後の!すっげぇ綺麗に決まったよな!!」

「最後はあなたがお兄様に馬乗りになって延々殴ってた気がするけど…」

リヴェリアは溜め息をつく。

「だって気を抜いたら殺されるだろ」

キリッと眉間に力を込めてアルヴァーンは言った。

「だからやめてって」

「でも勝てた!」

アルヴァーンは満面の笑みを作ったが傷に染みたのか顔をしかめた。

「…うん」

 

「エルナード様。申し訳ございません」

メイメルはぐるぐると巻かれたエルナードの傍らで頭を下げた。

「いや、いい」

「責任は私めが負います」

「必要ない」

「しかし」

「殴られると、痛いのだったな」

エルナードはぽつりと呟いてそっと目を閉じた。

「忘れていた」

 

 

次の日の夜

「おい」

エルナードが荷物運びを頼まれていたアルヴァーンに話しかけた。

流石に再生能力が高いだけあって傷は粗方回復している。

アルヴァーンは荷物を置くとファイティングポーズをとって身構えた。

「今日は何もしない。少しついて来い」

塔の廊下をただひたすら歩く。階段が嫌いな魔王が改装したのか廊下は緩やかな螺旋を描いており、歩いていると少しづつ登っていく仕組みになっている。

「戦うんじゃなければ何の用だよ。」

「俺と君の共通の話題等妹のことくらいしか無いだろう」

なぜだか仄かに馬鹿にされた気がする。

「ここが俺の執務室だ。入れ」

重そうな扉を難なく開けてエルナードは先に部屋に入る。

アルヴァーンは適当に椅子を運び、腰掛ける。

「リヴェリアの話ってなんだよ」

「まぁ待て」

エルナードが指を鳴らすと上空からワインのグラスとボトルが降って来た。

「おお」

コルクをテーブルに置かれたナイフで抜き、グラスに注ぐ。

そしてグラスの一つをアルヴァーンの方に”投げた”

「うわあああ!!!アブ!!…なくない??」

グラスはフワフワと飛びそっとアルヴァーンの手に治まる。

「飲め、毒は入っていない」

エルナードは先にグラスに口を付ける。

「…」

何を考えているのか全く分からずアルヴァーンはグラスとエルナードを交互に見る。

「俺はリヴェリアを愛している。無論肉親としてではない。女としてだ」

アルヴァーンはグラスを取り落としそうになってあわてて支え直す。

「はぁ…………」

「しかし俺たちは兄弟で、なおかつ血が近過ぎる」

「そ、そうなのか。」

「吸血種の繁殖法を知っているか?」

アルヴァーンは首を横に振る。

「人間と同じだ。男と女が何であれをすると子供が出来、妊娠を経て生まれる。」

初耳だった。それにしてもセンスの欠片も無いぼかし方だ。

「それじゃあ兄妹だと無理ですねぇ…」

なんというか、返答に困る。

「この段階では多少丈夫な人間の子供と大差無い。問題はここからだ。ある程度の年齢になると吸血種の親は己の肉を子に食わせる」

「………」

「ひとかけらや眷属の様に血を舐めさせる程度ではない、子供の体重に応じて腕、必要なら足も切り取って子供に食べさせる」

「……おそろしい方法で増えるんだな…」

「ああ、そう感じるだろうが我々は時間さえかけて放っておけば足だろうが腕だろうが再生するからな。大した問題ではない。その肉をとった段階で吸血種の成長は止まる。」

「全盛期で止めるんだな。あれ…じゃあリヴェリアは…」

子供の姿。

吸血種として生きるには些か若すぎるように思えた。

「リヴェリアは俺の父に吸血種にされたが父の子ではない。色々あって父に引き取られた人間の子供だ」

「え…」

人間

「無論既に完全に吸血種になっている。今は人間ではない。」

本人も割り切っている。とエルナードは続けた。

「リヴェリアがあの姿で吸血種になったのは俺がいたからだ。俺が儀式。まぁ肉を食べる行事なんだが、それに臨むのに父が回復出来るギリギリの頃にリヴェリアを吸血種に変えた」

「何で、その話しを俺に?」

「…俺はリヴェリアを一生縛り付け、一生面倒を見るつもりでいた」

本当に聞けば聞く程迷惑な愛情の偏り方をした兄である。

「しかし、同等の条件で戦った人間の君に敗北してしまった。リヴェリアの前で」

エルナードは立ち上がりアルヴァーンのかけた椅子の前まで来ると、片膝をつき頭を足れた。

「妹を、よろしく頼む。」

「うぇ?」

 

『いもうとさんをぼくにくださああああああああい』

 

思い出す。

ああ、そういえばそんなことも言ったっけ。

「それと」

「へ」

アルヴァーンの顔に影が落ちた。

エルナードがアルヴァーンの首筋に噛み付く。

歯が肌に突き立てられ血が溢れ出す。耳元でごくり、と喉が鳴る音が聞こえる。

不思議と痛みは感じないが頭がくらくらした。

スッと顔を引くとエルナードは顔をしかめた。

「リヴェリアに吸わせるならもう少しビタミンを取れ」

 

そして一人部屋を出て行った。

 

「アルヴァーン…首に吸い後があるけど…」

「え?いや、虫に刺されたんだよ」

アルヴァーンは膝に乗せた猫の背を思い切り撫でて噛み付かれる。

この犬猫たちはリヴェリアの眷属らしい。なるほど、人形の眷属はアルヴァーン以外に居ないと言うのは額面通りであった。

「しかも結構大きい歯形…」

まさかお前の兄に噛まれたと言う訳にもいかずアルヴァーンは苦笑いを続けるしか無かった。

 

おしまい


 
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