No.380989

厄介な女

カカオ99さん

ソフィアリ家長男とアーチボルト家十代目の会話。外側から見た妹の印象。ソラウの話ですが、本人は出てきません。ネタバレと捏造だらけなのでお気をつけて。長男が見た七日間の夢→http://www.tinami.com/view/435754

2012-02-20 21:08:02 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1170   閲覧ユーザー数:1160

 美しくあれ。艶やかであれ。それだけを追求せよ。

 赤い髪は燃えるような輝きがありながら、指先から流れ落ちる絹のように。肌は染みがない初雪のように白く、赤子のようにみずみずしく弾力があるように。体の曲線は触れたときの滑らかさにため息が出るように。

 すべては男の理想に満ちた女の体であれ。

 

 それなのに、家に帰って来たソラウ・ヌァザレ・ソフィアリの体は醜かった。銃弾の跡がいくつもあり、右手は切り落とされていた。

 ソフィアリ家が近づきたい家への献上品として、魔術師の教養もある令嬢としてのイメージを細心の注意を払って作り上げ、外見の手入れをおこたらず、かすり傷でさえ傷跡が残らないかと大騒ぎしたほどなのに。

 

「家に泥を塗るとは、親不孝者が」

 

 生前の姿とは百八十度変わった娘の遺体に向かって、実の父親は声高に非難した。

 

 極東でおこなわれた聖杯戦争でアーチボルト家とソフィアリ家の思惑は合致し、ソラウは天才といわれた婚約者のケイネス・エルメロイ・アーチボルトに付いて行った。天才とそれを支える腕がある未来の妻の華やかな戦いとなるはずだった。

 周囲の期待は大きかったが、二人とも死に、万能の願望機(がんぼうき)と呼ばれる聖杯を得ることはできなかった。

 父親は親族として悲しむより先に、当主として反応した。父親からすれば怒ったのは当然であり、兄である長男も妹の死を素直に悲しめなかった。

 ソフィアリ家の英才教育は実に見事。

 

 ではアーチボルト家は、はたしてケイネスの跡を継いだ新しい当主はどうなのだろうと、長男は興味を持った。

 

 だがソフィアリ家全体に、アーチボルト家の人間と会うことはひかえるように言われていた。事実上の禁止である。

 聖杯戦争はアーチボルト家の九代目が婚約者を連れて行った形になるので、傷つけられたソフィアリ家は自然とアーチボルト家と距離を持った。

 距離を持ったのはアーチボルト家も同様であり、両家を会わせないようにするのがパーティ主催者の役目でもあった。

 

(でも、一度くらいは話してみたいよね)

 

 時計塔のとある学部の部長主催のパーティに、アーチボルト家の十代目が来ると小耳にはさんだので、長男は伝手を頼って会場に潜り込んだ。できるだけ主催者に迷惑をかけないように努める。

 華やかな会場にはドレスアップした人間があふれていて、ひかえ目な格好をしている十代目は見つけにくかった。

 

(目立たないようにしているのか?)

 

 人々と話すのに疲れ、一人になったところを狙う。炭酸水が入ったグラスを手に取ると、音もなくするすると近づき、横から差し出した。

 ソラウの享年と同じ年齢になった十代目。豪奢な赤薔薇のような妹とは正反対の、清楚な白百合のような印象を与える女性。

 

「初めまして、アーチボルトのお嬢さん。喉、乾いたでしょう?」

 

 向こうもソフィアリ家の長男の顔は知っているらしく、驚いた顔を見せたあとで、すぐに「初めまして」と完璧な笑顔で返し、「ありがとうございます」とグラスを受け取る。

 

「知ってる? アーチボルト家の新しい当主が女性だから、今度は長男の僕のほうと縁談を進めようかって話」

「初耳です。その話、あなたは実際に家中から聞いたことがあるのですか?」

「噂でしか聞いたことがない。ゴシップ好きの外野が騒ぎたてているだけさ」

「ネタがないんですね。古いネタを見つけて、焼き直ししているんですよ」

 

 長男はわざと地雷を踏む会話をしているのだが、十代目は乗ってこない。天才の九代目と才能で比べられ、ソフィアリ家のことで嫌味を言われているはずなのに。

 

(よく訓練された子だ)

 

 アーチボルト家の新しい当主は少女だが、名門の一員としての教育がされており、魔術師としても素養がある。いばったところがなく、清楚で大人しくて良い子。

 その噂どおりの子なのだろうと長男は思った。大人たちが望むアーチボルト家当主を見事に演じている。

 声のトーンを落とし、「君は、妹と似ているよ」と真面目な顔で言う。

 

「妹さんと、ですか?」

 

 十代目は不思議そうな顔で首をかしげた。

 

(なんなの、この人)

 

 そう思っていることはおくびにも出さず、十代目は長男に調子を合わせ、話を打ち切る機会をうかがう。

 

「妹は親が望むとおりのいい子に育ちすぎたからね。いつか遅い反抗期が来て暴走すると思ったら、そうなった」

「いつ反抗期が来たんですか?」

「婚約のとき」

 

 一番踏んではならない話題に、さすがに十代目の表情がこわばった。

 

「僕としてはケイネスに同情するんだよね。あんな厄介な女を引き受けて、自爆行為に付き合わされて。ほら、反抗期って親に対してそういうことするでしょ?」

「反抗期に、自爆行為ですか?」

 

 長男の過激な話の内容に、十代目はオウム返しをすることで乗り切ろうとする。

 

「そうやって子供は親に反発して、試すんだよね。守ってほしいけど守ってほしくなくて、でもどんな悪いことをしても、お父さんとお母さんだけは見捨てないで受け止めてほしいって、無茶苦茶な要求をする」

「その気持ちは、分かる気がします」

 

「子供時代にちゃんと反抗期をやらないと、親の期待が一番かかるところで爆発するんだよ。特に結婚相手に父親像を重ねると大変だ。さらに白馬の王子様像を重ね合わせて期待すると最悪だ」

「どんなふうに最悪なんですか?」

「父親相手に反抗期をやりながら守ってと期待して、白馬の王子様相手にこの世界を壊してもいいから連れて行ってと期待する。それを無意識のうちに一人の相手に要求するから、最悪」

「女性でたとえるなら、母親と恋人の役割を同時に要求される、ということでしょうか」

「それかな」

「だったら、つらいですね」

 

「しかも複雑怪奇な魔窟になって、ものすごく厄介になる。女の子の初恋の相手はお父さんって説があるけど、君、結婚相手はお父さんと性格が違う人にしたほうがいいよ。こじらせると本当に厄介だから。ね?」

「その……当家の先代とソフィアリ家のご当主は、性格が似ていたんですか?」

「話の流れから、そうなる。実際は性格じゃなくて、なんとなく雰囲気が、ね。父と会うと、分かると思うよ」

「……なぜ、そんな話を私に?」

 

 長男はのぞき込むようにして十代目の顔を見る。

 

「そんな話をするつもりじゃなかったんだけど、顔、かな?」

「顔?」

「と思ったけど、やっぱり雰囲気」

「どんな雰囲気ですか?」

 

 常にこちらが喋るように誘導していると分かり、長男は苦笑の代わりに訓練された微笑を浮かべる。

 

「妹と似ていたんだ。これから厄介な女になりそうな雰囲気」

 

 さらりと言われ、二人とも微笑のまま、しばしの間見つめあう。

 

「要はお節介」

 

 すかさずフォローの言葉を言うが、十代目は長男に対して判断をくだした。

 

(嫌な男)

 

 炭酸水を一口飲んで一息つき、少しだけ会話のテンポをずらす。

 

「アーチボルト家の人間なのに、なぜそんなお節介を?」

「アーチボルト家の人間だから。ソフィアリ家と似た人間がいると思うと、嫌になる」

 

 十代目はふふっと声を出して笑う。多分、この人はこの人なりに妹を愛していたのだろうと思った。ささやかなる復讐。

 

 ケイネスとソラウの仲を知る人間は、ケイネスが一方的に熱を上げていたと証言する。

 十代目も赤毛の婚約者を遠目で見たことがあった。いかにも上流階級の出身という気品と冷たい印象を与える美しい貴婦人だったが、ケイネスに対しては複雑なようだった。

 なにか言いたそうな目で背中を見るのに、いざ視線が合うと女王のような態度でケイネスを振り回し、離れるとまたなにか言いたそうな目で見る。その繰り返し。

 嫌っていないが、恋するように好いているとも見えず、だがなにかしら好意をいだいているかのように見えた。ソラウの好きという感情がとても複雑で、彼女以外の誰にも通じないのではと、十代目は子供心に思った。

 

 当時は、同性でも子供だから分からないのだと思っていたが、ソラウの亡くなった年齢と同じ年齢になった今も、複雑な印象はそのままだった。

 それが今、実の兄によって解説された気がした。確かに分からない。複雑すぎる。

 複雑なのは兄も同じ。他人には理解しづらい遠回しな方法で、妹を愛している。

 十代目は長男に対する認識を改めた。

 

(厄介な男)

 

 今度は十代目がのぞき込むようにして長男の顔を見る。

 

「正直なんですね」

「それで父からはよく怒られる。でも、ケイネスに同情しているのは本当」

 

 長男の声が真面目だったので、十代目は姿勢を正した。

 

「向こうだって拒否する権利はあったのに、なんでああいうの選んじゃったんだろうね。中身がない女だったのに」

「男女の仲は理屈が通じませんから」

「じゃあ本能に従って、胸かな?」

「そういう話、女の人は嫌いますよ?」

「これは失礼」

 

 悪びれない態度で謝ったが、十代目には好ましく映ったらしい。態度が軟化しているのを、長男は肌で感じ取る。

 

「似た者同士だったんじゃないですか?」

 

 意外な答えに「胸が?」と長男は返したが、相手は「中身がなかったところが」と軽く受け流した。

 

「あの天才に中身がないだなんて、それを君が言う?」

「天才であること以外は、期待されていませんでしたから。それは、中身がないと言えるかもしれません」

 

 だから身内でも、天才として、当主として、なにも期待しない子供に対しては甘く、優しい人だったのかもしれないと、そこまでは口にしない。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトに優しいおじさまという一面があったことは、十代目にとって大事な秘密。

 グラスをゆっくり回していた手を止めると、一気に炭酸水を飲み干す。口元を押さえ、小さなげっぷを出した。

 

「今の、内緒ですよ?」

 

 そう言うと、グラスがからになったのが話の終了の合図とばかりに、「ではごきげんよう」と十代目はきらびやかな場へ帰って行く。

 長男は大きなため息をついた。なにが内緒なのか。マナー違反とされるげっぷか、それとも。

 

「なーんだ」

 

 鼻で笑う。

 突然当主にかつぎだされた純情な子というイメージがあったが、それはかわいい女優が、裏でどんなことをしているかも知らずに憧れる気持ちと同じだったかと、自身をあざける。

 

(ケイネスのことは言えないな)

 

 長男は妹の婚約者のあまりの天才ぶりに嫉妬を覚える暇などなかったが、名家を継ぐ者として親近感を覚え、死後に哀れみを覚えた。彼は同胞であり戦死者だった。

 昔ならいざ知らず、今の魔術師にとってパーティ会場こそが戦場。そこにいる人間たちは自分以外、敵。血統のいい女を選び、結婚し、子を成す。

 ケイネスは女性選びを失敗するとああなるという見本。聖杯戦争などは後付けでしかない。

 出立前の挨拶に来たとき、彼女の夫に恥じぬようにと言った。彼女を守り、日本に行っても不自由な思いは絶対にさせないと。ソラウこそが聖杯戦争に参加した理由のすべて。

 

 長男はパーティ会場を見た。さまざまなタイプの美しい女たちが着飾り、化粧をし、香水を付け、自身を演出している。十代目は年上の男性と談笑していた。

 

「……もうとっくになってたか」

 

 長男は十代目に対して判断をくだした。

 嗚呼、なんと厄介な女だろう、と。

 

END

 

   後書き

 

ソラウは子供ができたら大きく変わるタイプだと思います。


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