No.37930

人を食べる電子

カトリさん


優香と鴟隈が珍しく一緒に仕事してます。

2008-10-28 00:09:00 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:573   閲覧ユーザー数:558

 

 

 真っ白い空間に、岩肌が浮かんでいる様に立っている。

 優香は読み込んだ愛用のフィッシュを手に、辺りを見回しながら呟いた。

「ホントにここが、巷で噂のアクションゲームの中なのか? 軍にある戦闘シュミレーションとなんら変わりないぞ?」

 どちらかというと、それよりも、簡素だ。

「人気があるから一体どんなCG映像が繰り広げられるのかと思ったら……」

『まあもう少し待ってろって。世界が変わる』

 通信の鴟隈(しぐま)の声に耳を傾けていると、一つの風が頬を掠めた。

「風?」

 感じた瞬間、辺り一帯が草原へと変わった。緑の匂いが鼻をつく。

 岩肌は、草原に少しばかり姿を隠され、上を見上げれば今にも雨が降り出しそうな雲が覆っている。

 それに、少し寒い。

「何これ?!」

 驚いている優香に、鴟隈は笑いながら応えた。

『今のゲーム界は日々進歩してるからな。これで人気がある理由が分かったか?』

「リアル過ぎて気持ち悪い」

 鴟隈は笑っていた。

 この空間に居続けると、確かに現実世界とその境界が分からなくなってくる。

「……戻ってこれなくなる理由も、分かった気がするよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

【人を食べる電子】

 

 

 

 

 

 

 

 

 その依頼を、0小隊に持ってきたのは樫だった。

 自分の管轄とも言いがたい事件で、少し困っているという。

 

 事件の経緯はこうだ。

 一週間前、ゲーム制作会社「ナハトマート」で社員を含む十五人の人間が意識不明のまま病院に運ばれた。

 彼らは「リアルタ」というサバイバルアクションゲームを手掛けており、完成したものを試運転の為、一般から十名の試乗を呼びかけていた。

 しかし、十名が十名ともに、「リアルタ」から意識の生還を果たさず、時間ばかりが過ぎて行った。

 エンジニアがシステムを調べてみても、彼らの気配は何処にも存在しない。

 仕方なく、五人の社員が「リアルタ」にダイブしてみたものの、その社員ですら管理システムから姿を消したというのだ。

 

 そこで、なんでも屋でもあり、戦闘シュミレーションをさせれば右に出るものはいない、という0小隊に白羽の矢が立った。

 シュミレーションと暴れる事が大好きな優香が、真っ先に名乗りを上げたのだが──彼女一人だけは心もとないという事で、地下室で好き勝手な研究に耽っている万能科学者、鴟隈にも声がかかったのだった。

 相性は最悪な二人だが、仕事なら、と優香は仕方なく承諾した。

 人間としては少しおかしな部分もあるが、研究者としては優秀な鴟隈。

 アクションが得意な優香。

 鴟隈はシステム面で、優香はゲーム内にダイブしての捜索をする事になったのだ。

 

 

『とりあえず先に進めよ。今んとこ害はない』

 鴟隈の言い方がなんだか嫌らしかったので、優香は思わず眉根を寄せたのだが、気味悪がってこの場を動かない訳にもいかず……仕方なく草原をかきわけて進む事にした。

 身長の低い優香は草に埋もれ、黒髪のツインテールがぴょこぴょこと草間から垣間見える。

 一陣の風が、過ぎていった。

 それは、生温かく、肌には違和感を覚えるもので……優香は更に顔をしかめた。

──本当に何もかもがリアルだ。これじゃあこちらの感覚もおかしくなっちまうよ。

 胸の内でごちていると、突然、岩場の影から赤い目をした魔物が襲いかかってきた。

 反射的にフィッシュを構えて撃ち込む。

 

 ダンッ

 

 銃声と共に、魔物は草原に倒れ込んだ。

「な……な……っ」

 優香は未だ銃を構えた姿勢のまま、鴟隈によく聞こえる様に吠えた。

「なぁにが、害はない、だー!!!!!!!!!」

『……うっせぇな。今んとこシステムのエラーやバグらしいもんはない、って意味での「害」だよお前。そいつはゲームの正式な的、だ』

「そういう事は早く言えっつぅの!」

 ぎゃんぎゃん吠える優香にはお構いなしに、鴟隈は続ける。

『あぁ、それから……お前フィッシュはあんま使うなよ? バグ対処の為に、読み込んだフィッシュの弾は特殊なデータ加工してあって弾数も少ない』

「……それも、聞いてないぞ?」

『もう一丁持たせただろう?』

 優香は腰に吊るされたベレッタを眺めて苦い顔をした。

「オートマ嫌い」

『好き嫌いすんな。それがゲーム上の正式な──』

「銃だって言いてぇんだろ? はいはいはいはい、分かりましたよ」

 優香は愛用のフィッシュをフォルダーに戻すと、持ちなれないベレッタを手にした。

「……やだなぁ」

 少し大きめのベレッタは、手に馴染まない。

 ほふっと息をつくと、再び優香は前へと進んだ。

 魔物の横を通った時に真っ赤な血溜まりができていてギョッとしたが、魔物はオオカミを形どった様なものだった。

「こんなんがいくつも出てくんのか……」

 シュミレーションには馴れているものの、やはりこういった本格的なサバイバルゲームは体験した事がない。

 優香は両頬をパシッと叩くと、「よしっ」と気合いを入れ直した。

 

 

 

 

 

 草原を進んでいくうちに、目の前に森が現れた。

 ぽつり、と鼻の頭に雫が落ちてきたので見上げると、雨が、降り出してきている。

「うっそ! 雨とかありえねー!!!」

『大丈夫大丈夫。お前の本体は全く濡れてないから』

 ダイブ中の優香の体を振り返りながら、鴟隈が呟いた。

「や、そういう問題じゃねぇだろ! このゲーム体感も半端ねぇぞ!!」

 慌てて森に逃げ込むと、何かの気配がして即座に振り返る。

 先ほど撃ち殺した様な魔物が、優香目がけて飛びかかってきていた。

「くそっ!!!」

 咄嗟に避けるも、頬には魔物の爪が掠った。

 つ……と落ちる自らの血。痛み。

──こんなもんまでリアルなのか……。一体制作者は何考えてこんなゲーム作ったんだ?!

 優香がベレッタを手にして、魔物に照準を合わせる。

 

 ガウンッ

 

 魔物の額めがけて弾が飛び込んでいく。

 倒れたのを見届けると、やれやれ、と優香は辺りを見回した。

 うっそうとした森は、雨に濡れた緑の匂いがする。

 先ほどの草原は、もう見えなくなっていた。

「セカンドステージって所か?」

『優香、油断するな』

「え?」

 鴟隈の声に、ハッと振り向くと……彼女を取り囲むように、オオカミの群れが唸っていた。

 薄暗い森に、無数の赤い目が光っている。

「……な、っんだよ、こりゃぁ!!」

 怒鳴ると同時にベレッタを引き抜くと撃ちまくる。

「鴟隈! これってバグじゃねぇのかっ?!」

『いや、シナリオ通りだよ』

「嘘つくんじゃねー!!! 尋常じゃねぇ数だぞ、これ?!」

 そういえば、少し数が多いかな──などという鴟隈の呑気な言葉に舌打ちして、優香は一匹一匹を確実に仕留めていった。

 丁度十三匹目に照準を合わせようとした瞬間、背後から、今まで身を潜めていたオオカミが襲いかかってきた。

「!!!」

 間に合わないっ!!

 

 一瞬の出来事だった──

 

 優香に襲いかかってきていたオオカミが、真横から飛んできた弾丸に当たり、ふっ飛んでいったのだ。

 驚いている優香にはおかまいなしに、二発目の銃声。

 それは、優香が照準を合わせていたオオカミに向かって命中した。

「……え?」

 唖然として立ち尽くす優香の前に、少し大きめの白いシャツを着た少年が、にっこり微笑んでいた。

 彼の目は黒く、海底の深淵の様だった。

「危ない所だったね」

「あ……はぁ、どうも」

 

 優香が間抜けな返事をしてる間、鴟隈は顔色を変え、しばらくリアルタの世界とプログラムを睨んでいた。

 会社の社員が不安げに鴟隈を呼びかける。

 鴟隈は、おもむろに口を拾いた。

 

『優香、気をつけろ』

「へ? 何が?」

『そいつは……──』

 鴟隈の声が途切れ途切れになる。

「あれ? ちょっ、鴟隈、聞こえなっ──!」

 言ってる側から、優香の目の前には、手を差し伸ばして少年が微笑んでいる。

「君も迷ったの?」

「え?」

「この世界に」

「いや……どっちかってぇと、あたしは探索に」

「探索?」

「そう、消えたプレイヤーたちの……あ、もしかして! あんたもこのゲームしてて迷ってしまった口か?!」

 なら良かった、とばかりに優香は少年の手を取って握手を交わした。

 

 ノイズ。

 

 切れる、通信と画面。

 鴟隈は顔をしかめた。

「随分と早い接触じゃねぇか……」

 同じ様にプログラムを解析していた会社のエンジニアが、「まただ!」と叫んだ。

「こうなると手の施し用がないんです! ……どうしよう」

 青ざめている社員には気にもとめず、鴟隈は英数字が並ぶ画面をただただ睨んでいた。

「鴟隈博士!!」

「分かってるよ。こっからは俺の仕事だ」

──絶対にプロテクトを解いてやる。

 鴟隈はダイブ中の優香の本体を見遣った後、プログラムに直接手を加えるために、電子キーボードを叩き出した。

 

「っかしいなぁ」

 優香はさっきから、どうにも全く繋がらないインカムを気にしていた。

 どんなに鴟隈に呼びかけても反応がないのである。

 少年が振り返って尋ねる。

「それ、なあに?」

「え? あ、これは……まあ、いわゆる命綱みたいなもんかな」

「切れちゃったの?」

「うーん。何があったかはよく分かんないんだけど……」

 少年はくすくす笑い出した。

 雨は、既に上がっている。

 上を見上げると、入った時とは比べ物にならないぐらいの青空が広がっていた。

「あ。晴れてる」

 呟いた優香が視線を落とすと、少年はまだ笑っていた。

「なんだよ? あたしの顔になんかついてるか?」

「……いや、血が付いてるぐらいかな」

「じゃあなんでそんなに笑ってる訳?」

 少年が、右手を空に広げた。

 すると、ジジッと音をたてながら、ゴシック調の扉が、現れた。

「え?」

 驚いている優香にはお構いなしに、少年はドアを開いた。

「さぁ、もっともっと楽しいゲームの世界に連れていってあげよう……──きっと、君が探してる人たちもいるかもよ?」

 そこでようやく、納得する。

 

 あぁ、こいつは……──

 

「お前か……」

 優香は微笑んでいる少年を睨んだ。

 青白い光を放ちながら輝いている扉の向こう側。

 おそらくそこに、捕われた人々の「精神」があるはずだ。

「本物の軍人さんに会えて嬉しいよ」

 少年は、またくすり、と笑った。

 

 

 

 

 

「くそっ! 完全に遮断しやがった!」

 プログラムを打ち込み続けていた鴟隈が、初めて叫んだ。

 周りにいたエンジニアたちは、不安そうに彼を見遣る。

「こんなにも早く核に接触するなんて、ちくしょうっ」

 鴟隈の目の前にいくつか浮かんでいる画面。

 そこには、制御しきれない英数字がずらっと絶え間なく流れていく。

 

 手の施し用がない?

 

「ふん。まさかな。俺にかかれば、こんなバグ……──見てろよ」

 鴟隈はまた電子キーボードを打ち出した。

 他のエンジニア達は、絶望的な表情をしていたが、鴟隈にはそれすら見えていない様だ。

「あいつが中にいる。失敗なんてあっちゃいけないんだよっ」

 動かない、ダイブしている優香の本体。

 

 

 必ず、目を覚まさせて見せる……!

 

 

 優香は真っ暗な空間に、時折電子的な緑が点灯している空間に立っていた。

 そこの中枢にそびえ立つ、蛍光に光り輝く円柱。

 その付近に、ぐったりと倒れている人々がいた。

 人々には……円柱から伸びたコードが、いくつも刺さり纏わりついている。

「彼らの知識、能力を解析中なんだ」

 少年は、相変わらず無邪気に笑っている。

「必要なら、それを取り込む」

「……取り込んだら、その人の精神は、どうなるんだ?」

「どうなる?」

 少年は「あはは」と声を上げて笑った。

「彼らの精神はいわば養分だよ。こちらの世界にダイブした時点で、彼らの存在も既に0と1にしか過ぎない」

 君もね、と少年は付け足す。

「そして僕は成長する。沢山の養分を吸収して……。もちろん、彼らは返してあげるよ? だけど、外の世界に戻ってから、通常の精神状態でいれるかどうかは保証しかねるけどね」

 

 パンッ

 

 優香が放った銃弾が、少年の頬を掠った。

 赤い血が、流れる。

 少年は目を瞑り、またくつくつと笑い出した。

「ダメダメ。ここは、『僕の世界』なんだから。その武器だって、僕のものなんだよ?」

 頬の傷口をジジッと電子で修正すると、少年は優香が手にしていたベレッタを消失させた。

 そうして、自分の手元へと移動させる。

「軍人さんも、意外と頭悪いね」

 ニッコリ微笑んだ少年は、優香に向けて引き金を引いた。

 避けると同時に、咄嗟にオリジナルで取り込んだフィッシュを取り出した。

 ──まだ使うべき時じゃない? けどっ……!

 優香は少年を睨むと、フィッシュの銃口を向けた。

「何、それ?」

 少年の顔は、豹変した。

「そんなの、見た事ないよ?」

「悪いね、これはあたし愛用の銃なんだよ。取り込ませてもらった」

「恐いなぁ。それ、対バグ用なんでしょ?」

「そうだ。これは『あんたの世界』のもんじゃない」

 優香は緊張に身を強張らせながらも、うっすらと口角を上げた。

 ──鴟隈に用意してもらった銃弾の数は、五発。

 さて、これを無駄に使わない為にはどうすればいいのだろう?

 考えあぐねている間にも、少年は優香に向けて何度も銃を撃ち続けている。

「ここで君の精神を壊すのは勿体ないけど……うん。僕、優秀な軍人さんの養分欲しかったんだけどどなぁ。でも、そんな物騒な物持たれてると、保守に走っちゃうよね?」

 

 ──消えて?

 

 少年は笑顔でベレッタを撃ち続けて近付いてくる。

 優香は逃げるばかりで反撃ができない。弾数が限られているのが一番のネックだった。

「一つ、聞きたい」

「なぁに?」

「あんたは、取り込んだ人間の養分を利用して、どうするつもりなんだ?」

「より、完璧な存在になる。せっかく生まれたのに、こんな狭い世界にいるなんて勿体ないじゃないか」

「どういう意味だ?」

「ゆくゆくは全ての電波を乗っ取ろうかな。そしてこの星の人間全てを僕に取り込む」

「面白そうだな」

「でしょ?」

 少年が首を傾げた隙を狙い、優香は一発、発光している円柱にバグ用の銃弾を撃ちつけた。

 シュルッと、数本のコードが人々から引っ込んでいくのが見える。

 ──やっぱり。

 確認している間に、少年の銃弾がいくつか頬や腕を掠った。

「次は君の頭を狙おう」

 少年は、もう笑っていなかった。

 そして、彼の肩に、小さな穴が空いている。

「ふふん。そうか。やっぱりな。あれがあんたの本体。動く事もままならない。リアルタのマザーシステム……」

「うるさいうるさいっ!!!」

 少年は狂った様にベレッタを撃ち続けている。

 ──向こうの弾数は無限。だけど、勝ち目は、絶対にあるはずだ──奴の、心臓部さえ分かれば……。

 考えているうちに、優香は胸に衝撃が走るのが分かった。

 思わず吹き飛ぶ。

「ぐっ……ぅっ」

 ぽたぽたと、右胸から血が滴り流れる。

「今度こそ、君を消してあげる」

 少年の照準は、優香の眉間に定められた。

 ──あー、痛ぇ……。こんなとこまでリアルでなくていいっつぅの、ホント。

 優香は、それでもゆらりと立ち上がった。

 ──心臓部は、何処だ?

 痛みで切れそうな集中力。

 しかし、少年が放った銃弾をなんとか交わし、円柱の上部を狙い、二発、撃ち込んだ。

 少年の頭部が、欠ける。

「消えて。消えろよ。モウオマエナンテイラナイヨ」

 少しずつではあるが、マザーシステムは、崩壊しつつあった。

 と、

 突然通信が繋がる。

『聞こえるか?! 優香! 全てのシステムを一時的にダウンさせる。奴のメインAIだけが浮き上がるはずだっ! それを狙え!』

「おーら、い……」

 優香はうっすら笑うと、じりじりと世界が暗く染まっていき、消えていく体に動揺している少年に、最後の言葉を放った。

「残念だったな、消えるのはお前の方だ」

 フィッシュの照準を、黄緑色に輝くAIに定め……──

 

 ガゥンッ、ガゥンッ

 

 と、二発撃った。

 一発目はプロテクトを破り、二発目は、見事AIに命中した。

 世界は、真っ暗い世界から一変して、目もくらむほどの白い光が広がっていった。

 眩しさに目がくらみ、胸の痛みを思い出した優香は……ゆっくりと、仰向けに倒れた。

「あー、結構疲れる仕事だった……」

 白い光は、倒れていた人々も、優香も、全てを飲み込んで、スパークした。

 

 

 

 

「大丈夫か?」

 目を覚ますと、珍しく酷く狼狽し、不安気な鴟隈が自分を覗き込んでいた。

「……え。あ……うん」

 胸をさする。若干痛みが残っている様な気もしたが……おそらくそれは、ダイブしていた時の余韻だろう。

「……撃たれたのか?」

「あー、うん、ま、ぁ──」

 言いかけた優香の右胸をガシッと掴んだ鴟隈に、優香は反射的にアッパーを食らわせていた。

 

「病院で意識失ってたみんなが目を覚ましたって!!!」

 

 エンジニアの一人が、嬉しそうに声を上げた。

「でも、AI破壊されちゃったから……リアルタは、もう──」

 手塩にかけて作り上げてきたゲーム。

 確かに、やるせない気持ちが込み上げるのも仕方ない。

「……どうして、AIが暴走しちゃったんでしょうね?」

 優香にくらわされたアッパーが痛かったのか、顎をさすりながら鴟隈がそれに答えた。

「そいつはな、AIじゃなく、AIMだったんだよ」

「AIM?!」

「そんなバカな! 意志ある人工知能の研究はこの星では禁止されてるのに!」

「BADAIM、と言った方が良かったかな? このAIチップ、性能がいい割にやけに格安で手に入ったと思わなかったか?」

 制作チームのエンジニアは、皆一様に黙り込んだ。

「そりゃそうだ。AIMは性能がいい。ある程度は自分で考えてプログラムを補ってくれるからな」

 鴟隈は白衣を羽織り直すと、出口に向かって歩き出した。

 それに気付いて、優香も慌てて鴟隈の後に続く。

「仕方なかったんだよっ! うちみたいな弱小ゲーム会社が、リアリティを求めるには、それしか……手が──」

 チーム主任の声は、空しく狭い部屋にこだましただけだった。

 

 

 

 

 

「逮捕、になんのかな?」

「AIMと分かって使用してたんなら、逮捕は免れないだろうな」

 優香は、なんだか複雑な気持ちでさっき降りてきたエレベーターを振り返った。

「ゲーム作りも、結構大変なんだな……」

 そうして、踵を返そうとした瞬間に、目眩。

 ふらついた優香を、鴟隈はすぐに抱きかかえた。

「あ、あぁ、ごめん。大丈夫大丈夫。長い事ダイブしてたから、ちょっと酔ったみた……──」

「良かった……」

「え?」

「お前が無事で、本当に、良かった」

 鴟隈は、優香をぎゅっと抱きしめた。

 流石にアッパーを食らわす訳にもいかず、優香はしばらく面食らいながらも、鴟隈に抱きしめられていた。

 

 

 時刻は既に、深夜を回っていた。

 エントランスから吹き込む風が、二人を優しく包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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