No.366152

真・恋姫無双~君を忘れない~ 八十二話

マスターさん

第八十二話の投稿です。
永安で過ごす一刀の部屋に向日葵が訪れる。一刀が大いに誤解してしまうような誘い方で、翠と蒲公英と共に漢中へと向かうのであったが、そこからの帰り道、いつも通りにふざける蒲公英と向日葵とは対照的にどうも翠の様子がおかしかったのだ。
深夜にやっと書き終わりました。これで翠の話もおしまいです。それではどうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

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2012-01-21 03:05:29 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:6541   閲覧ユーザー数:5228

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*注意*

 

 

 

 

 

 

 この物語は翠と一刀が結ばれる話となっています。

 

 

 

 

 

 

 紫苑さん以外と一刀くんがいちゃつくのが嫌という方、また本編をさっさと進めろと思っている方にとっては不快な思いをするかもしれませんので、そういう方は進まずに「戻る」を押して下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀視点

 

 冬から徐々に春へと移り変わろうとしているある日、俺は翠と蒲公英、そして向日葵と共に漢中へと出発した。現代の暦で考えれば、二月の半ば程であろうかと思われるような天候――日差しは温かいが、まだまだ風は身を切るように冷たく感じられた。

 

 永安から漢中までは馬を駆けらせればそんなに時間はかからないし、その行程を共にするのは西涼で馬と育った三人である。兵士を率いているわけではないので、俺が足を引っ張りさえしなければ、ほんの小旅行に過ぎないのである。

 

 曹操さんとの決戦を前にして、どうして今更漢中へ向かっているかというと、今日の朝の出来事を振り返らなくてはなるまい。

 

 今朝、目を覚まして政務室へ向かおうと準備をしていると、向日葵が俺の部屋へ訪れたのだ。彼女にしては珍しく神妙というか、真面目そうな顔をして、俺に話があると言ってきたのだ。

 

「お兄様、お墓まで一緒ですよ」

 

 開口一番にそう告げた向日葵の真意を理解するまでに相当の時間がかかってしまったのは言うまでもあるまい。何故かというと、そんな台詞は昔のテレビドラマのプロポーズにしか使われないと思っていたからである。正確には一緒にお墓に入ろうだがなんだかだと思うのだけど、それは俺の誤解を招くには充分な言葉であった。

 

「お、お前、待て、物事には順序というのがだな」

 

 などと、完全に取り乱してしまったのであった。向日葵は声帯模写やら、俺に対して幼女好きにする計画を練るやら、とにかくフリーダム極まりない幼女の代表格であるが、見た目に関して言えば、文句などつけようのない程の美少女である。

 

 俺の世界では既に珍しくなってしまった黒髪のツインテールに、大きな藍色の瞳は、見ているだけで吸い込まれそうになる。黙っていれば誰もが認める程の容姿を持っており、しかも精神的には結構大人びているので、時折見せる仕草にははっとさせられることがある。

 

 しかし、仮に向日葵が桜などと同様に成人を迎えているとはいえ、どう考えても幼女にしか見えないのだ。そんな彼女を淫らな目で見てしまうのは、人間として非道徳的なことであり、踏み込んではいけない領域であることに変わりはない。

 

 まさか向日葵から求愛されるなどと思ってもいなかったのだが、俺に好意を寄せている娘を無下に扱うことも出来ず、さりとて、その告白を素直に受け入れることもやはり出来そうになく、俺はその葛藤に大いに苦しむことになってしまった。

 

「お兄様? どうかしたのですか?」

 

 そんな俺の苦悩を知る由もなく、向日葵はあどけなく小首を傾げながら俺を見上げていた。その無邪気な瞳を見ていると、やはり向日葵を傷つけてしまうような返事は出来ないと思ってしまい、さらに答えに窮してしまうのだった。

 

「向日葵、いいか、俺の話をよく聞くんだ」

 

「はい?」

 

「俺はお前のことを妹のように見てきた。お前の気持ちは何よりも嬉しく思うし、勿論、それには応えてあげたい。だけど、やはりお前のことを妹として愛することしか出来ないんだ。分かってくれ」

 

 窓から外を眺めながら、俺にはそう言うことしか出来なかった。仮にこの一件で向日葵から嫌われてしまっても、もう以前のように楽しく会話することが出来なくなってしまっても、俺は向日葵の気持ちを受け入れてあげることは出来ないんだ。

 

「お兄様……」

 

「すまない。だけど、こんな俺でも、お前さえよければこれからも兄と呼んで――」

 

「勝手に苦渋の決断をしているところ申し訳ありませんが、大いに誤解をしていますよ。別に私はお兄様に求婚を迫っているわけでも、愛の告白をしているわけでもありません」

 

 溜息交じりにそう告げる向日葵に、俺は間抜けな声を発することしか出来ず、よくよく話を聞いてみれば、詠の報告にもあったのだが、翠が黒騎兵を再建することが出来たから、それを報告するために翡翠さんのお墓に行こうという話らしく、俺もそれに同行して欲しいということだそうだ。

 

「あ、あぁ、そういうことか。ははは……、俺としたことが何という馬鹿な勘違いを――」

 

「しかし、お兄様、私を妹としてしか愛せないという言葉は聞き逃すことが出来ません。お兄様には私を筆頭に、この世に住まう全ての幼女を愛してもらうという壮大な役目があるのですから。そうですね、これは良い機会です。今の内に既成事実を作ってしまいましょう」

 

 そう言うや否や、強引に俺の手を引っ張り――改めて言わせてもらうが、幼女であっても向日葵の正体はあの鳳徳であり、翡翠さんからも一軍を任されるほどの猛将であるのだから、一般人たる俺に抗う手立てはないのである。

 

 そのまま寝台に無理やり押し倒され、胸をぐっと押さえつけられるだけで、俺は身動き一つ出来なくなってしまい、そんな俺を見下ろしながら、向日葵は楽しそうに口角を歪めたのである。その嗜虐的な瞳に背筋に寒いものが走るも、抵抗が出来なかった。

 

「さぁさぁお兄様、最初は痛いかもしれませんが、すぐに気持ち良くなりますよ」

 

「ま、待て、それは俺の台詞――じゃなくて、話せば分かるっ!」

 

「まずは服を脱ぎ脱ぎしましょうね」

 

「ちょっ! ダメ、待って、そんなところ触ったら――」

 

「そんな可愛い声を出すなんて、あぁ、俺の御遣い様も我慢の限界だっ!」

 

「俺の声を真似るなぁっ!」

 

 向日葵は血走った目で俺の服に手をかけようとした。どうやら俺の大切なものも、この幼女に奪われてしまう運命にあるのかもしれない。元の世界にいる爺ちゃん、婆ちゃん、天国にいる父さん、母さん、俺はどうやらダメみたいです。

 

「向日葵ー? ご主人様の準備は出来たかー?」

 

 そんなときだった。部屋の外から向日葵の様子を見に来たのだろうか、翠が姿を現したのだ。彼女の目に映っているのは、強引に俺を組み敷く向日葵と、既に上半身を剥き出しにした俺の姿であり、それを見た瞬間、彼女の顔が凍りついた。

 

「★■※@▼●∀っ!?」

 

「あ、見つかっちゃいました。てへっ」

 

「てへっ――じゃねぇっ!」

 

「お、お前ら一体朝から何をしてんだぁぁぁっ!」

 

 翠の絶叫が永安に響き渡った。どうやら今日も俺は穏やかに過ごすことは出来ず、それからしばらくの間はこの噂で持ちきりだった。天の御遣いが幼女に強姦されそうになるだなんて、全くシャレにもなりはしない。

 

翠視点

 

 全くご主人様と向日葵は朝から何をしていたんだよ。話を聞く限りだと、また向日葵が暴走したみたいだけど、ご主人様だってなんだか満更でもなかったみたいだし、あたしが来ていなかったら、もしかして……★■※@▼●∀っ!?

 

 漢中までの道程、それぞれが馬に跨って陽光を満身に浴びながら進むが、あたしの心の中はこの澄み切った空とは正反対で、母様のお墓参りに行くというのに、もやもやした状態のままだった。

 

 漢中へ着いてからは、深い山の中を進まなければならないので、馬は近くの村に停めて、そこから徒歩で進まなくてはいけない。あたしたちにとっては大したことはないけど、ご主人様はあたしの後ろでぜいぜいと荒い呼吸を繰り返している。

 

 それもそのはずで、ご主人様の背中には定位置と言わんばかりに踏ん反り返る向日葵と蒲公英の姿があり――二人とも身軽な方であるが、この険しい道を進む以上はそれなりの負荷はかかるだろうし、しかも、二人ともご主人様のことなんて気にかける様子もなく、いつも通りに口論を繰り返している。

 

 本日の議題は――と言っても、普段から真面目な討論をしているわけもなく、今回も巨乳な幼女は邪道であるとかどうとか主張する向日葵に対して、蒲公英は、所詮は貧乳の僻みじゃないと切って捨て、向日葵の怒りを煽っていた。

 

「お兄様、お兄様はどう思いますか? 巨乳と幼女なんて組み合わせ、明らかに狙い過ぎな上に、ある層に対して阿り過ぎではないかと思いませんか?」

 

「そんなことよりご主人様、蒲公英は小悪魔系少女の魅力について存分に語り合うべきだと思うよ」

 

「そうやって自己主張が激しい女はお兄様から嫌われますよ?」

 

「何よぅっ! あんただって幼女ってことを全面的に押し出しているじゃないのっ!」

 

「い、いや、とにかく、お前らはだな、少し落ち着いて――っていうか、早く降りてくれ」

 

 ご主人様の方は残念ながら議論に参加するだけの余裕はなさそうだった。あたしからも何度も降りるように言ったのだが、二人が素直に人の話を聞くはずもなく、あたしもご主人様も既に諦めている。まぁ、あたしの方は特に何の被害もないんだけど、何だかこうして三人が仲良くしているのを見ると、胸のもやもやが濃くなるような気がした。

 

「お兄様のあ、い、す、る、妹を背負うことも出来ないなんて、兄として恥ずかしいと思わないのですか?」

 

「い、いや、それとはこれとは――」

 

「ふふん、だったらよろしいですよ。この場で朝の続きと洒落込もうではありませんか」

 

「お、お前、何を――」

 

「はむっ」

 

「うわぁっ! 向日葵、馬鹿、耳を噛むなぁっ!」

 

「あぁっ! 向日葵ばっかりずるいっ! 蒲公英もっ!」

 

「いい加減にしろぉっ!」

 

 ご主人様もきちんと二人のことを叱ってやればいいんだ。そうやって怒鳴っているけど、本心から怒っているわけではないから、二人も反省することはない。何だかんだご主人様だって二人と話しているのを楽しんでいるに違いないんだ。

 

 あたしだって……。

 

 何だろう? あたしだって――なんて、あたしは何を考えているんだ。別に二人のことを羨ましく思っているわけでもないのに、そんなことが浮かんでしまうなんてどうかしているよ。でも、そうやって思っている自分に自信が持てなくて、心の霞がどんどん広がっていった。自分でも訳が分からなくなるくらいだよ。

 

 そんなことを考えている内に、あたしたちは母様たちが――西涼の戦士たちが眠っている場所にまで辿り着いた。さすがにそこまで来ると、蒲公英も向日葵ももう悪ふざけをすることなく、静かにご主人様の背から降りると、穏やかな顔で墓標を見つめていた。

 

 墓標といっても母様の武器であった龍閃が刺さっているだけのものである。何百戦という数々の戦いを共にしたその槍は、もう使い手もおらず、役目を終えたようにひっそりとただ朽ちていくのを待っているんだ。

 

「母様……。生き残った兵士でまた黒騎兵を作り上げたよ。あたしとこの二人で母様の意志を継ぐから、しっかり見ててくれよな」

 

「翠姉さまの足りない知能は蒲公英が補うから、安心してね、翡翠母さま」

 

「結局二人は私に頼ることになるので、後のことは任せてください。母上様は天上でお酒でも楽しみながら、ゆっくりとお休みになってくださいね」

 

 二人は多少の軽口を交えていたが、それはふざけているわけではない。少しでも気を緩めれば涙が溢れそうな瞳で、母様の眠るお墓を見つめているが、決して泣くまいとしているのだろう。母様に少しでも安心して欲しいから、もう自分たちは平気だということを伝えたいから、そんなことを言いながら気を紛らわしているんだ。

 

「翡翠さん……」

 

 それはご主人様も同じだった。母様から初めて名前で呼んでもらったあのとき――母様の最期のときと同様に、唇を噛み締めながら心の底から湧き上がる悲しみに耐えている。母様の存在はそれだけ大きかったことであり、あたしたちの理想の王だったんだ。

 

 だけど、あたしは母様を超えなくちゃいけない。それは母様の娘としてであり、王の娘としてではない。あたしはあたしのやり方で黒騎兵を操り、母様以上の力を示すことで、西涼の騎馬兵こそ大陸最強であることを示さなくちゃいけないんだ。

 

 それからしばらくの間、お墓の前でこれまで出来事を語った。まるでそこに本当に母様がいるかのように、益州に厄介になってからもあたしたちは西涼の誇りを捨てることなく武芸に励み、そして、冬明けには宿敵である曹操軍と戦うということになったと。

 

 その決戦ではあたしたちも主力として騎馬隊を率いて、おそらく母様と争った張文遠の部隊と、白蓮の率いる白騎兵と共にぶつかることになると思う。母様、あたしはここで誓うよ。必ずあたしがあいつの部隊を蹴散らして、母様にそのことを報告するってね。

 

「じゃあ、また来るよ、母様」

 

 日が暮れるまでには下山しないと危ないから、あたしたちもそろそろ帰らないといけない。次にこの場所に来るときは、決戦も集結し、大陸は平和になったときだと思う。そして、その頂点にはご主人様と桃香様が立っているんだ。

 

 ――翠?

 

「え?」

 

 ――負けんじゃないよ。武人としても女としても、あんたがあたしの娘だってことを、あの生意気な小娘と御使いの坊やにきちんと分からせてあげな。

 

「……あぁ」

 

 風の悪戯だと思うけど、あたしの耳にははっきりと母様がそう告げるのが聞こえた。ちょっとだけ涙が出そうだったけど、目にゴミが入ったふりをして、服の袖で拭い去った。母様に言われなくても、そんなことは分かっているんだからな。

 

 だけど、武将として曹操にあたしの強さを分からせるっていうのは分かるけど、ご主人様に分からせるってどういうことだろう? あたしは母様の言葉――まぁ気のせいかもしれないけど、その意味がこの時点では分かっていなかった。

 

一刀視点

 

 漢中の山中はまだ冬が深いようで、重く陰った曇り空からは今にも雪がぱらつきそうだった。そんな中、俺たちは翡翠さんのお墓の前で結構な時間を過ごしたのだ。翠を始め、俺たちは翡翠さんにこれまでのことを報告し、曹操さんに勝利することを誓った。

 

 翡翠さんですら勝てなかった相手――最終的には羌族の反乱など予期せぬ事態が起こったから、翡翠さんが実力で負けたわけではないと、俺は思っているのだが、事実上は西涼連合が曹操さんに敗北を喫したわけだった。

 

 そんな相手に勝てるかどうかなんて俺には分からないし、俺一人だけだったら絶対に無理だとは思うけど、こうして翡翠さんに誓いを立て、さらには俺を支えてくれる、ここにいる翠たちと共になら、勝てると思えるようになってきた。

 

「翡翠さん、あなたに認められた男として必ずや理想を実現してみせます」

 

 俺はそう告げた。翡翠さんから名前で呼ばれたあの日から――翡翠さんに天の御遣いとしてではなく、一人の男として扱われたときから、俺はずっと思い続けてきた。俺を支えてくれる仲間たちと共に、この大陸に平和をもたらすということを。

 

 そして、俺たちは翡翠さんの墓前から、下山するために再び山の中を歩いていた。さすがの蒲公英と向日葵も墓前ではしおらしく振舞っていたが、二人とも元々は陽気な性格をしているから、すぐに行きと同じように俺にじゃれついてきた。まぁ、それもさっきまで泣きそうな表情をしていたことが恥ずかしくて、それを紛らわせているんだろうけどな。

 

 二人はいつも馬鹿なことをやっているけど、根は本当に良い娘であるのは知っている。蒲公英も向日葵も姉である翠と共にあの黒騎兵を率いることになるのだから、そのプレッシャーは半端ではないだろうし、その姿を見られたくないのか、あまりアピールしていないけど、相当に厳しい鍛錬を自らに課している。

 

 それも全ては母親である翡翠さんの意志を貫かんとするためである。自分たちが最強の騎馬隊であるという証明し、翡翠さんを超えるため――かつて最強と謳われた武人を乗り越えるためである。そのためには毎日血の滲むような修練を積まないといけないのだ。

 

「はぁ……、帰りはどうして背中に乗せてくれないのですか、お兄様?」

 

「そうだよぅ。蒲公英は十歩以上歩くと死んじゃう病なんだよ」

 

「俺の苦労を考えてくれ。そして、蒲公英、嘘を吐くならもう少しましなものにしろ」

 

「あぁっ! お兄様のあの乗り心地の良い背中に乗れないなんて、私はなんて不幸な美少女なんでしょうっ! どうか、どうかもう一度だけあの背中に乗ることが出来たら……ちらっ」

 

「ご主人様の温かくて大きな背中、頼り甲斐のあるそれに乗ることが出来れば、蒲公英はもう何もいらないよ。そう、もう今の蒲公英にはご主人様の背中だけが……ちらっ」

 

「ええいっ! 二人揃って変に演技したってダメなものはダメだぞっ!」

 

 悲劇のヒロインを感情豊かに演じる向日葵と、それとは対照的に悲哀を満ちた演技をしてみせる蒲公英、きっと彼女たちが現代にいれば、舞台で大活躍してくれるに違いないと思われる臭い演技だった。まぁ、こちらを窺う擬音がある時点でダメだと思うけど。

 

「もう、翠からも何か言ってやれよ」

 

「…………」

 

「翠?」

 

「あ、あぁ何でもないよ。二人もいい加減にしろ。帰りが遅くなったらいけないだろ。ふざけるんだったら、二人だけにしろよな。あたしやご主人様を巻き込むな」

 

「え? あ、はい、申し訳ありません、翠様」

 

「ご、ごめんなさい、翠姉さま」

 

 翠の態度は少しおかしかった。二人がこうやって俺と遊ぼうとするのはいつものことだし、むしろ俺の背中にずっと乗っていた行きの方が酷かったくらいだ。そのときには大して怒りはしなかったのに、今は不愉快に思っているということを露わにしている。

 

 そんな翠の様子に蒲公英と向日葵もしゅんとしてしまった。

 

「翠、どうしたんだ? 確かに何か言ってやれとは言ったけど、そこまで怒ることもないんじゃないか? 二人だってそのくらい分かっているよ」

 

「…………」

 

 翠は俺の言葉に何も返さなかった。ただふんと鼻を鳴らすと、一人で先へ行こうとしてしまったのだ。明らかに何かあったのだろうけど、翡翠さんの墓前では普通だったし、そこからここまでも何か特別にあったわけでもない。

 

 蒲公英と向日葵にそれとなく目で訊いてみるも、二人も翠の様子がおかしいことは分かっているが、その原因までは分かっていないようだった。

 

「お兄様……」

 

「ご主人様……」

 

 二人ともただ俺を見つめることしか出来なかった。いつも翠のことをからかってばかりいるが、翠のことを姉としてかなり慕っているのだ。あんなことを言われたこともショックだったのだろうけど、それ以上に翠の様子が変であることの方が心配なのだろう。

 

 二人の気持ちはよく分かっているので、ここは彼女たちの主として、そして兄代わりとして俺が何とかしなくてはいけないだろう。悩み事があるのか、それとも気に入らないことがあるのか、そこまでは分からないけれど、とにかく翠の話を聞かなくては始まらない。

 

 俺は二人に頷いてみせると、少し早歩きで翠の後を追いかけた。

 

「なぁ、どうしたんだ? 何かあったなら、俺が話を聞くぞ」

 

 なるべく翠が話しやすくなるように普段通りに振舞ってみせた。

 

「……何でもない」

 

「何でもなくないだろ? 蒲公英も向日葵もお前のことを心配しているぞ」

 

「うるさいなっ! 放っておいてくれよっ!」

 

「……翠?」

 

「そんなに蒲公英と向日葵のことが気に入ったのなら、あたしなんかに構わずに二人の側にいてやれよっ!」

 

 そう言い捨てると、翠はどんどん先へと行こうとしてしまった。

 

「あっ! 待て、翠っ!」

 

「え?」

 

 そんな翠を俺は慌てて止めようとしたのだが、遅かった。あまり前を見ずに歩いてしまったのか、足を滑らせてしまったのだ。しかも、今俺たちが歩いている道はとても狭く、片側が崖のように険しい斜面状になっていたのだ。

 

「翠様っ!」

 

「翠姉さまっ!」

 

 それに気付いた二人も慌てて駆け寄ろうとしたが、翠は斜面に足をとられてしまい、そのまま落ちそうになってしまった。一番早く気付けた俺が片腕で翠の腕を掴むことが出来たのだが、それがやっとだった。

 

「くっ、ダメだ……。もうもたない」

 

 俺は翠と一緒にそのまま斜面を転がり落ちてしまったのだった。

 

翠視点

 

「ん……」

 

 あたしはどうしたんだ? 確か母様の墓前から山を下ろうとしていて、蒲公英と向日葵がご主人様と楽しそうにしているのに、何故か無性に腹が立って、それから……。

 

「ご主人様っ!」

 

 そうだ、思い出した。あたしはご主人様から離れようとして、碌に前を見ずに歩いちゃったもんだから、誤って道を踏み外したところを、ご主人様が助けようとしてくれて、でもそのままご主人様を道連れ下に落ちちゃったんだ。

 

 すぐにご主人様がどこにいるのか辺りを窺うと、ご主人様はあたしの下敷きになっていた。きっとあたしに怪我をさせないために庇ったに違いない。まだ意識を取り戻していないみたいだな。

 

 あたしたちが転げ落ちた斜面を見上げてみると、かなりの距離があるみたいで、あたしたちが元いた場所はかなり遠かった。ただ不幸中の幸いというか、転がりながら木にぶつかることがなかったみたいだから、あたしもご主人様も大した怪我を負わずにすんだようだ。

 

 もう、あたしは一体何をやってるんだよ。これだけ傾斜があるんじゃ、登ることも出来そうにないし、蒲公英と向日葵も心配しているに決まっている。あたしがあんな馬鹿なことをしなければ、こんなことにはならなかったのに。

 

「……翠?」

 

「ご主人様っ! 無事かっ? どこも痛くないかっ?」

 

「あぁ、大丈夫みたいだ。翠は平気か?」

 

「あたしの心配なんかすんなよ。あたしのせいでこんなことになって、それでご主人様が怪我なんかしたら――」

 

「そんなことよりも急いで山から出ないと日が暮れちゃうな。ここを登るのは……無理そうだな。迂回して山を下るしかないか」

 

「そうだな」

 

 上に残っている蒲公英と向日葵も心配だけど、二人であればあたしたちを探しに行くなんてことはしないだろう。こういうときにもっともやってはいけないことは、そうやって探しに行って自分たちまで遭難してしまうことだ。二人もまずは自分たちが先に山を抜けて、それからすぐに近くの駐屯地まで応援を呼びに行くだろう。

 

 それからご主人様と道なき道をひたすらに歩いたが、どうにも同じ場所をぐるぐる回っているような気がして――あたしもご主人様もこの山の地形を完全に把握しているわけではなく、母様のお墓までの道くらいしか分からなかった。

 

「あれ? 雨?」

 

 しかも最悪なことに、あたしの鼻先にぽつりと水滴が落ちて、雨が降ってきたことに気付くと、それはすぐに激しく降り注いだのだ。あたしとご主人様がすぐに雨宿りが出来そうな洞穴を発見して、そこに避難したけど、既に全身が濡れそぼってしまった。

 

「これは止みそうにないな」

 

「ど、どうするんだよ、ご主人様」

 

「このまま一晩待つしかないだろう」

 

「そんな……」

 

「今から山を下ろうにも、すぐに日も暮れてしまうし、この天候じゃ危険すぎる。朝になれば蒲公英たちが救助に来てくれるかもしれないから、今は体力を温存するためにもゆっくりここで休もう」

 

「でも……へくちっ」

 

「こんなびしょびしょじゃ寒いだろ? 服を脱ごう。ちょうどここには木の枝も落ちているから火もおこせそうだしな」

 

「ぬぬぬぬぬぐって、ここでかっ!?」

 

「恥ずかしがっている場合じゃないだろ。あっち向いているから安心して」

 

「う、うん」

 

 ご主人様はあたしに背を向けると、上着を脱ぎ始めた。先に脱がれてしまったら、あたしだけが服を着ているわけにはいかないし、実際に雨に濡れた衣服はとても冷たくで、このままでいたら確実に体温を奪われてしまうから、脱いだ方が良いのは分かっていた。

 

 ご主人様はあたしを気遣ってくれたのか、上半身は脱いだだけで、あたしの方を見ないようにしながら、木を集めて焚火をおこしてくれた。あたしたちが見つけた洞穴はそこまで広いものではないから、その小さな火でも充分に温もりを求めることが出来た。

 

 その間にあたしも自分の服に手をかけた。水をかなり吸って重くなってしまった服は、あたしがそれを地面に置くだけで音が鳴ってしまって、きっとその音がご主人様の耳に届いていると思うだけで、猛烈に羞恥心が湧き上がってくる。

 

「ごごごご御主人様っ、絶対にこっち向いたらダメだからなっ!」

 

「分かっているよ。それよりも服脱いだら火の側で身体を温めろよ。注ぎ火用の木の枝もたくさんあるし、当分は大丈夫だと思う」

 

「分かったよ。ご主人様もこっち来いよ。そこじゃ寒いだろ?」

 

「え、でも――」

 

「こっち見なければいいよ。風邪でも引いたら大変だろ」

 

「分かった。ありがとう」

 

 ご主人様はこっちを見ないように、近付いてきた。焚火があるから、その温度を目安に移動しているのかもしれないけど、その変な動き方につい笑いを堪えられずにいた。

 

「わ、笑うなよな。結構大変なんだぞ」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

 そうやってご主人様と笑い合った。今の状況は――原因はあたしにあるんだけど、何故か危機感というか、このまま帰れなかったらどうしようという不安はなかったんだ。逆にこの状況を楽しんでいるというか、こうやってご主人様と過ごすことが出来て嬉しいとか思っている自分がいた。

 

 それにさっきまではどうしようもなくイライラしていて、つい蒲公英と向日葵にあんなことを言ってしまったのに、ご主人様と一緒にいるだけでそんなのは吹き飛んでしまった。あたしがあんな風になってしまったのはきっと……。

 

 それに気付いた瞬間、あたしのもやもやの正体が分かった。そして、自分がどれだけ醜い人間であるということも。これじゃ母様の娘として失格だ――いや、それ以前に人間として最低だと思った。

 

一刀視点

 

 翠と一緒に斜面を落ちてしまったが、幸いなことに怪我はせずに済んだ。これも俺がきちんと翠を支えることが出来なかったからだし、翠が何かを悩んでいたかもしれなかったのに、蒲公英や向日葵と遊んでしまったのが原因だろう。翠は自責の念に駆られているけど、悪いのは俺なんだ。

 

 今の翠の様子を見ていると、さっきみたいに不機嫌な感じはしないけど、それももしかしたら、この状況で俺が不安になってしまうのを気遣ってくれているかもしれない。今だって何か思い詰めているかもしれないのだから、俺がその相談に乗るべきだろう。

 

 雨宿りに使っている洞穴が焚火によって充分に温まり、翠も俺も少しだけどリラックスすることが出来た。今は帰れないかもしれないなんてネガティブな思考を持つべきではなく――実際問題、最悪のケースでもここで一晩明かすくらいだろうから、悲観に暮れる必要性もないのだ。

 

「翠、ちょっといいか?」

 

「どうしたんだ、ご主人様?」

 

 俺は時期を見計らって翠に話しかけた。

 

「話したいことがあるんだけど、そっちへ行っていいか」

 

「……あぁ。大丈夫だよ」

 

 俺は翠の返事を待ってから、そっちへと向かった。勿論、翠の裸を見ないようにしなくてはいけないから、彼女と向き合うわけにはいかず、自然と背中をくっつける態勢になってしまった。背中に翠の体温を感じ、そこからじわじわと全身へ温もりが伝わっていった。

 

「落ちる前の話なんだけどさ……」

 

「……うん」

 

「本当に何も悩んでいないのか? あんな風に二人に冷たく接するなんて、翠らしくなかったぞ。お前はいつでも明るく、あの二人の馬鹿っぷりにも笑顔で許していたじゃないか」

 

「…………」

 

 背中越しに翠が緊張しているみたいに、身体を硬直させたのが分かった。こんな反応を見せるくらいなのだから、やはり何か思うところがあったのだろう。

 

「あたしは……嫌な女だ」

 

「……翠?」

 

「あの二人に嫉妬してたんだよ……。あんな風に楽しくご主人様と接する二人を見てて、それが羨ましくて……、でも、あたしは、ああやってご主人様と話すことが出来なくて……、だから……あたしは……」

 

 翠の言葉はどんどん小さくなっていった。それと同時に翠の身体は少しずつ震えていって最後の方はほとんど涙声になっていた。翠自身も二人にあんなことを言ってしまったのが酷いことだと分かっていながらも、それでも感情を抑えていることが出来なかったんだ。

 

「ご主人様に好かれたいと思っているのに、こんな最低な女じゃ無理に決まってるよっ!」

 

「……翠」

 

「うぅ……グスッ……、ごめんな、ご主人様、こんなこと言われたら困るよな? あたしみたいな色気のない女じゃ好かれたって、迷惑だろうし、蒲公英や向日葵みたいに可愛い娘の方が――」

 

「それ以上言うなよ」

 

 俺は後ろから翠の身体を抱きしめた。涙を流して、自分が最低だ――なんて卑下する彼女の気持ちに気付けなかった自分が憎かった。こんなにも俺のことを想ってくれているのに、目の前で他の娘と仲良くされたのでは、たまったものではないだろう。

 

 しかも翠はまっすぐな娘だ。何事にも一直線に突き進み、愚直なまでに全力で物事を進めようとする彼女だからこそ、不器用で、素直じゃなくて、あのときだって――いや、これまでだって、あの二人のように俺と接したかったのだ。だけど、どうすれば分からなくて、二人に八つ当たりする形になってしまったのだろう。

 

「……ご主人様、あたしは――」

 

「好きだよ、翠のこと」

 

「……っ!」

 

「ごめんな、気付くのが遅くて。本当にどうしようもない男だよ、俺は。近くにこんなに俺のことを思ってくれている娘がいるのに、それに気付かないなんて」

 

「でも、あたしは、妹に酷いことを言うような女だぞ? 顔だって可愛くないし、他のやつらみたいに――」

 

「だからそうやって自分を貶めるようなこと言うなよ。俺にとって、翠は本当に可愛い娘だし、魅力だって語りきれないくらいあるんだぞ。証拠に今から翠の好きなところあげてやろうか? 一晩じゃ全然足りないくらいだ」

 

 俺は翠の耳元でそう囁いた。

 

「あぅぅ」

 

「だから、もう自分を悪く言うのはやめてくれ。翠には涙なんか似合わないよ。お前が一番可愛いのは笑っているときだから、いつもみたいに笑っていてよ」

 

「ご主人様ぁ……」

 

 俺は翠の身体をゆっくりとこちらへ向けた。改めて彼女の顔を見ようとすると、涙に濡れた顔を見られるのが恥ずかしいのか、翠は手で顔を覆ってしまった。そんないじらしい彼女ら愛しくて、ついつい意地悪したくなってしまった。

 

「翠……」

 

 俺は顔を隠そうとする翠の指先に軽くキスをした。中指にも手の甲にも、果ては指の間にも口づけをした。既に外の雨音も俺の耳には入らなくなり、狭い洞穴の中には俺のキスする音が鳴り響いたのだ。繰り返されるその音はとても淫靡で、そうしている内に、翠も観念したのか、手をやっとどけてくれた。顔は湯気が出そうな程に赤くなっていた。

 

「ふふふ……、隠すなら別なところにすべきじゃないか?」

 

「え? あっ……」

 

 俺たちはびしょ濡れになった服を乾かすために、服を脱いでいたのだ。俺は、一応は翠のことを気遣って上半身だけしか脱いでいないけど、翠は全部脱ぎ去ってしまっている。そうなると当然、翠の全てが露わになっているわけだ。

 

「もう遅いよ」

 

 俺は翠を半ば押し倒す形で上に覆い被さった。翠に身体を隠す機会を与えるわけにはいかないので、両手で翠の腕を抑えてつけている。翠が本気で抵抗すれば、俺からすぐに自由になれるだろうけど、翠は何の抵抗もしなかった。

 

「あ、あのさ、ご主人様、あたし、まだ心の準備が――」

 

「大丈夫。優しくするから、俺に身を任せて」

 

「……うん」

 

 翠の頭をそっと撫でてあげると、少しは安心してくれたのか気持ちよさそうに目を細めた。そのままゆっくりと顔を近づけて、翠の唇にそっとキスをした。最初は軽い所謂フレンチキス――そして、徐々に唇を吸い上げていって激しいキスへと変えていった。

 

「んんっ、ご主人……様……激しいよ。もっと……優しく……」

 

 口ではそう言っているが、翠は既に自分から求めて始めていた。手を俺の背中に回し、唾液と舌を何度も絡ませ合う。翠の柔らかい肢体が俺に触れ、徐々に俺の興奮も高まっていった。

 

「……ぷはっ。ご主人様……もう一回あたしのことを好きって言って」

 

「何度でも言ってやるさ。好きだぞ、翠」

 

「うん、あたしも大好きだよ、ご主人様」

 

 そのまま俺たちは再び唇を合わせた。焚火で温まった洞穴の中では、こうして裸で抱き合っているだけで熱いくらいに感じられ、だけど、そんなことは些細なことに思われるくらい激しく愛を確かめ合ったのだった。

 

翠視点

 

 微睡の中、外から差し込んでくる光でゆっくりと目を覚ました。

 

 どうやらあのまま寝てしまったようで、ご主人様はあたしの隣で――いや、正確に言うならば、あたしがご主人様の腕の中で眠っていたのだ。今もご主人様はだらしなく顔を弛緩させながら、気持ちよさそうに眠っている。

 

「もう、しょうがないな」

 

 あたしはそんなご主人様の頬にそっと口づけをした。

 

「……ううん、翠もっと激しくしちゃうぞぉ」

 

「★■※@▼●∀っ!?」

 

 もうっ! 寝ているときでもあたしのことを恥ずかしくさせるなんて、本当にどうしようもなくご主人様はエロエロ魔人なんだからっ!

 

 だけど、すぐにあたしは頬を緩めてしまった。そんなご主人様が誰よりも好きで、そして昨日、あたしの想いが叶ってしまったことが何よりも嬉しかったんだから、仕方のないことだった。惚れてしまったあたしの負けだ。

 

「……様ぁっ!」

 

「ん?」

 

「翠姉さまっ! ご主人様っ!」

 

「翠様っ! お兄様っ!」

 

 どこからか蒲公英と向日葵の声が聞こえた。

 

「蒲公英っ! 向日葵っ! こっちだっ! ほら、ご主人様、二人が迎えに来てくれたぞ」

 

 すぐにご主人様を揺り起こそうとしたが、ご主人様は未だに、どんな夢を見ているのか、起きてくれる気配がなかった。何度もあたしの名前を呼んでいるけど、どうせスケベな夢でも見ているに違いない。

 

「あっ、翠姉さまっ!」

 

「やっと見つかりましたっ!」

 

 そうこうしている内に蒲公英と向日葵があたしたちの許に来てくれた。あたしの顔を見ると、心から安堵したような表情を浮かべ、そのままあたしの胸に飛び込んできた。

 

「良かったよぅっ! 翠姉さまが見つからなかったら、どうしようかと思って、蒲公英、ずっと怖かったんだからぁ」

 

「良かったです、翠様もお兄様も無事でいてくれて。私たちがあんなにふざけてしまったから、本当にごめんなさい。ごめんなさい、翠様ぁっ」

 

 蒲公英はともかく、普段はあまり感情を露わにしない向日葵まで涙を浮かべていた。何度もあたしに謝っては、ぼろぼろと大粒の涙を零して、既に顔はぐしゃぐしゃになっていた。そんな二人をそっと抱きしめた。

 

「謝るのはあたしの方だ。あんな酷いことを言って、本当にごめんな。姉として失格だよ」

 

「ううん、そんなことないよっ! 翠姉さまはたった一人の蒲公英のお姉さまなんだからっ! もう離れ離れになんかなりたくないよっ!」

 

「そうですよっ! 血は繋がっていなくても私たちは立派な姉妹ですよっ! 私は誰よりも翠様のことを慕っていますし、ずっと翠様にお仕えしますっ!」

 

「お前ら……」

 

 二人のその言葉にあたしの目にも涙が浮かんだ。あたしは母様のように王才はないけれど、妹には恵まれたと思う。こんなに大切な妹が側にいてくれて、あたしは本当に幸せな女だ。もうこれ以上何もいらないよ。

 

 たった一晩しか離れていなかったのに、生き別れの姉妹に会ったかのような感動に浸っていたが、そこに空気を読まない人間が間抜けな寝言と共に寝返りをうった。

 

「翠、もう無理だよ。もう限界だってばぁ……、むにゃ……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 嫌な沈黙が場を支配した。というか、冷静に考えてみれば、あたしもご主人様も全裸なわけで――寝る前に乾いた服を布団代わりに使っているから、ご主人様の方は見えていないけど、あたしの方は既に二人と抱き合った際に落ちてしまっていた。

 

「ふぁ……、あれ? もう朝か? おぉっ!? 蒲公英に向日葵じゃないかっ! 良かった、迎えに来てくれたんだなっ!」

 

 しかもどうしてご主人様はこんなときに目を覚ましちゃうんだよっ! 少しは今がどんな状況なのか考えてくれよっ!

 

「ときに、翠姉さま、一つ訊きたいことがあるんだけど?」

 

「偶然ですね、蒲公英、私も翠様に尋ねたいことがあります」

 

「い、いや、これはだな――」

 

「翠姉さま、何が無理なの? 何が限界なの?」

 

「翠様、ナニが無理なんですか? ナニが限界なんですか?」

 

「待て、向日葵っ! お前のその発音はおかしいぞっ!」

 

「へ? 何がどうなってんの?」

 

「ご主人様は黙っていてくれぇぇぇぇぇっ!」

 

 こうしてあたしたちが昨日一晩どのように過ごしたのか、二人の前で正座をしながら洗いざらい白状することになってしまった。勿論、ある程度は誤魔化そうとしたんだけど、きっとこの二人なら気付いているだろう。

 

 何とも言えない雰囲気の中、あたしとご主人様は服を身に着けて洞穴を後にしたのだ。漢中までの帰り道、二人はずっとあたしたちをじと目で見つめていた。

 

「なぁ? もう機嫌を直してくれよ? 悪かったよ」

 

「はぁ、もう仕方ないなぁ。その代わり、今度からご主人様のことを一刀お兄ちゃんって呼ぶからねっ!」

 

「何でそうなるのっ!?」

 

「それは、翠様とお兄様がそういう関係になれば、当然の如く、翠様の妹である私たちとは兄妹になりますよ、お兄様。ちなみに私は既にお兄様と呼んでいますから、呼称については変わりません。しかし――」

 

「しかし?」

 

「本当に兄妹になったら、それはそれで興奮します。禁断の愛、許されざる関係、あぁ、もう、考えただけで堪らなくなります。さぁ、お兄様、今こそお兄様の隠された真の性癖が覚醒すべきですよ」

 

「うわぁっ! だから急に抱きつくなっ! というか、お前どこに触ろうとしているんだっ! この変態、鬼畜、色情魔っ!」

 

「グヘヘ……、全て私にとっては褒め言葉に過ぎないですね。もっと罵ってください、貶してください、辱めてください」

 

「あぁっ! ずるい、一刀お兄ちゃん、蒲公英にもっ!」

 

「こらぁぁぁっ! お前たち、いい加減にしないかっ! ご主人様が困っているじゃないかっ!」

 

 ご主人様と結ばれても、どうやらこの二人は変わらないみたいだな。だけど、もうあのときみたいに腹が立つことはなかった――いや、こうしてご主人様と想いを通じ合えたのも、この二人のおかげとも言えるんだから、感謝しなくちゃいけないのかもな。

 

 あたしたち姉妹は――ご主人様も加えて四人で、ずっとこうしてやかましく過ごすのがお似合いなんだろう。きっと毎日のようにこんな騒がしい日常を、二人の妹を叱りながらも楽しく過ごすんだろう。

 

あとがき

 

 第八十二話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 さて、翠の話も終わりました。相変わらず、蒲公英と向日葵は勝手に動いてくれるので、書くのが非常に楽しいです。本編である翠と結ばれるシーンは結構な時間がかかっているのですが、蒲公英と向日葵が登場するシーンは筆が一切止まりませんでした。

 

 シリアスとコメディが上手く絡み合ってくれれば良いのですが、やはりそれは難しいことですね。特に終盤は涙ぐましい感動シーンから一気にコメディになってしまったので、読者の方がついて来られるかどうか心配です。

 

 以前はシリアスな雰囲気をぶち壊してくれるのはフリーダム幼女代表たる向日葵の役目でしたが、今回は一刀くんがその栄光ある役目を負ってくれることになりました。

 

 こうして蒲公英と向日葵と楽しく絡んでいると、本当に仲の良い親子や兄妹に見えますね。

 

 さてさて、本編である翠との絡みのシーンですが、今回は甘味豊富にお送りすることが出来たでしょうか? 最初の方で結構な尺を使ってしまったので、やや急展開だったかなと反省はしているのですが、その分、甘さは豊富にしたつもりです。

 

 翠は可愛い、これだけは譲れない。

 

 ちょっと不器用で自分の気持ちを上手く表現できないのが、彼女の魅力の一つかなと思っているので、今回は仲良く遊ぶ蒲公英と向日葵に嫉妬する形で、自分の気持ちと向き合ってもらいました。

 

 嫉妬する自分が情けなくて泣いてしまうなんて、男としてはその気持ちを受けるしか選択肢は残っていないだろうと思います。

 

 後はもう勢いに任せて、二人にイチャイチャしてもらいました。

 

 本来であれば彼女の代名詞たる失禁シーンも放り込むところでしたが、さすがにそれを入れてしまうと、長くなりすぎますし、本編のシリアスな雰囲気を壊してしまうのではないかと思い、割愛させていただきました。

 

 ちなみに流れとしては、失禁して汚れてしまった翠のあそこを一刀くんが愛でるという(ry

 

 さてさてさて、次回は雪蓮の話です。

 

 前回は彼女が一刀くんの個人の魅力に気づくお話だったわけで、甘味が足りなかったと思うので、次回はまたまた甘味豊富でいこうかなと。

 

 雪蓮はお姉さま系で攻めているので、そんな感じでフリーダム小覇王様に振り回される一刀くんをコミカルに描ければと思います。

 

 では、今回はこの辺で筆を置かせていただきます。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 


 
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