No.361135

魔理沙と花

やくたみさん

魔理沙のまっすぐってのは一体どういうあれなんだろう。

2012-01-09 21:00:28 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:665   閲覧ユーザー数:665

 自宅に篭って魔導書を読み漁り、自慢の地下室で魔法の実験や研究をすることが、一番多い彼女の時間の使い方だ。研究目的は時期によって変わり、最近に作り上げた改心の作は、地下室を明るく照らすキノコの発明であった。元々好戦的なわけでもなく、趣味と、日常的な実用を求め続けた結果、彼女は他の魔法使いと比べると、いささかその威厳に欠けた。

 同じ魔法の森に住む魔法使いであるアリス・マーガトロイドは、七色の人形遣いという二つ名を持ち、卓越した器用さでもって、複雑な人形操作を同時にいくつもこなすことができる。アリスの人形の汎用性は非常に高く、日常生活における実用性もさることながら、戦闘においては強力な武器になり、また、子供向けの人形劇にも利用できる。基本的に面倒見のいい性格をしているが好戦的な面もあり、彼女の戦いにおける人形を駆使した攻撃は、非常に難解な勝負になることが多く、その際の集中力や思考展開の速さは、器用さと人形に隠れがちな、彼女の恐るべき武器である。幻想郷においては数少ない、妖怪であり魔法使いであるという希少な存在で、他の魔法使いよりも肉体の強度が優れている点も、彼女の戦闘能力を語る上では欠かせない要素だ。

 魔法の森から離れ、幻想郷で恐らく一番大きな湖である妖精の湖、そのほとりにある紅魔館。ここに住むパチュリー・ノーレッジは魔女と呼ばれる種族で、その魔力と知識は、魔法を使役する者の中でも最高レベルの水準に達している。パチュリーの肉体の強度は人間程度しかないが、こと戦闘において、それを問題にしたことは無い。彼女が使役する幾種類もの強大な魔法は、その膨大な魔力と聡明な頭脳による同時使用によって、複雑な相乗効果をもたらし、また、対峙する者の弱点を的確に突くことによって、必勝の威力を発揮した。知識と日陰の少女、あるいは、動かない大図書館、というあだ名は、パチュリーの存在規模に比して、あまりにも矮小化された呼称だった。

 一方魔理沙の二つ名は、『普通の魔法使い』だった。魔理沙は生まれてからまだ十数年も生きていない。それでいてある程度の、つまり魔法使いと名乗れるほど魔法を使役できるのは、彼女の弛まぬ努力の賜物だ。彼女の強さは妖怪や魔女には無い精神のあり方、言い換えれば、人間であることそのものなのかも知れない。

 魔理沙は戦いを好まない。必要とあれば戦うが、彼女はいつも純粋な好奇心によって行動し、いつも面白いものを探している。それは彼女の知的好奇心が、いかに彼女の行動原理に関わっているかを物語る。そのような精神はいつか、彼女にとって意味のある大きな実を結ぶことだろう。彼女はまだ力を蓄えている段階だ。将来の大成を夢見て、己が内に、瑞々しい命の源をたっぷり取り入れようとしている蕾なのだ。

 蕾ゆえに、その精神が未だに完成していないのは、当然のことでもあった。近頃魔理沙は、悩むことが多くなった。友人に相談したこともあったが、魔理沙の胸を苛む諸々の出来事と思念は、いずれも魔理沙自身で決着をつけ、克服せねばならない類のものだった。相談された相手もそれを知っていて、簡単に答えを提示する真似はしなかった。魔理沙は、やはり悩むしかないのだと考えを確かにし、悲観せずに前向きに悩むようにした。

 それでも魔理沙を苛むことはいくつかあった。どれも重要そうな事柄に見え、どれにも手をつけられない。肉体の成長と心の成長に伴う、多くの不安と期待が混ざり、自らの位置が掴めない。深刻そうな悩みをすぐ手元に置きながら見つめているだけにし、板ばさみにすらならない途方も無い自分への手ごたえの無さが、魔理沙の真っ直ぐな性格を責め立てる。このまま無闇に時間が過ぎるのは、自分や周りへの手抜き、怠慢、不始末、裏切りではないか。気を抜くと、また魔理沙はそんな風に考えてしまうのだ。

 魔理沙は、朝からずっと読んでいた魔導書を閉じた。日が暮れかかっていた。その日は何も食べていなかった。酷い空腹に気付いたが、食欲は無かった。テーブルの上のクッキーを一つつまんで口に放り込む。魔理沙の口の中で噛み砕かれたクッキーは、少ない唾液を悉く吸収し、乾いた不快感を呈した。しばらく悪戦苦闘したが、魔理沙は結局それを飲み込めず、窓から吐き出した。魔理沙は無性に悲しくなって、小さなソファーに顔をうずめ、目を閉じた。そのまま気持ちが治ればいいのに、と、毎回思い、毎回そうはならなかった。それでもしばらくすると、飽きたのか、体が無駄だと気付くのか、とにかく再び歩き回れるようになった。

 魔理沙は一人で暮らしている。誰かに研究を見られるのは嫌だった。一通りの実験器具が揃った暗い地下室は、彼女の城だった。城の中で一度研究に手をつけると、三日三晩篭っていられた。が、近頃の魔理沙は数時間で疲れてしまう。研究そのものも進まなかった。明らかな不調だが、魔理沙にはどうすることも出来ない。どうすればよいかも分からない。時々遊びに来る友人は何も言わないが、自分のことを心配しているようだった。でも、どうすることも出来ない。どうすることも出来ないのなら、いっそ、しばらく研究から離れてみようか、と魔理沙は大きな覚悟と共に考えた。

 気分転換、と言えるほど彼女の覚悟は軽くは無かった。彼女は城に厳重に鍵を掛け、借りっぱなしにしていた魔導書をすべて返却した。紅魔館の図書館の主は目を円くしていたが、魔理沙は特に深く語らず、その場を後にした。帰宅すると、枕元に放置してあった、自前の魔導書が目に付き、それは本棚の奥深くに押しやって、背表紙も見えないようにした。魔理沙は一度、頭をまっさらな状態にしたかった。自分がやることを減らすことによって、より優先されるべき事柄や課題を浮き彫りにしようと思った。魔法の研究はひとまずやらなくていい、なら私は今、何をするべきだ? と魔理沙は自分に問い質した。

 しかし、何も思いつかなかった。彼女はそんな馬鹿な、と、改めて考え直す。一体何が問題なのか。そもそも何に苛まれているのか。彼女を取り巻く不安は、不思議と、彼女には分からなかった。

 魔理沙は結局、その日は諦めて、粥を作って寝た。

 翌朝、実に早く目が覚めた。昨夜に何もせずに寝たせいで、彼女の頭は妙にすっきりしていた。大きくないベッドを降り、黒いスリッパを履き、作っておいた粥を長年使っていないコンロで温めなおした。ミニ八卦路は使わなかった。粥を食べながら、どこかに遠出しよう、と魔理沙は思った。

 黒いドレスに白いエプロン、黒いベストに黒い帽子に赤いリボン。お気に入りの、魔法使いらしい装いで、魔理沙は箒を地面に突き立てた。どこへ行こうか、どこへでもいいか。と、箒にまたがり飛び立とうとしていると、ずっと遠くでアリスが薬草を摘んでいるのを見つけたが、魔理沙はそのまま飛び立った。アリスはいつもこんなに早くから動いてたのか、と魔理沙は感心した。

 空を飛びながら、ふと気付く。考えてみたら、朝が早いも何も、確かアリスには食事や睡眠は必要ないのではなかったか。いつぞやの鬼ごっこで、アリスは食料やら睡眠やらの心配をしていたが、あれは全て自分のためだったのだ。今更そんなことに気付くとは、自分はなんて迂闊なのだろう、と魔理沙は思う。自分が知らない間に、同じようなことはたくさんありそうだった。が、魔理沙はあまり考えないようにした。

 空を飛びながら、また考える。アリスや霊夢やパチュリーのことだ。彼らは自分のことが好きらしい。自分も彼らのことが好きだ。しかし、彼らの『好き』、と自分の『好き』は意味が違う。自分もそれくらいは分かる。が、この状況がどういう状況なのか、良いのか悪いのかも分からない。始末の悪いことに、彼らはどうも、それで良いと考えているようだ。魔理沙にはそれが信じられなかった。想いが強ければ強いほど、独占したくなるのではないか、というのが魔理沙の感覚だ。恋愛経験の無い魔理沙だが、もし自分の想い人が自分以外の人間と仲良くしていたら、いても立ってもいられなくなるだろうという確信があった。けれど彼らはどうやら、そんな風には考えていないようだった。魔理沙の不安の源泉はこの辺りにあるようだった。

 魔理沙は、並んだ地蔵の前で手を叩くと、よっこらせ、とその辺の石に座った。自作のおにぎりを膝の上で開け、一緒に入れた塩の塊を、指でつまんで砕いた。具は、昆布、梅干、沢庵。三つのおにぎりをゆっくり食べた。三つは多いと思っていたが、それらは魔理沙の胃袋にすんなり収まった。竹筒の水筒を取り出して栓をあけ、がぶがぶと水を飲む。少し温かったが、さして問題ではなかった。昼食が終わった頃、太陽が一番高くなっていた。

 太陽の畑に来た。獰猛な妖怪は見当たらなかった。視界一面に広がる広い畑で、向日葵の背も高いものばかりだから、その中に入ってしまえば、どこからも見えなくなるのは当然だった。魔理沙は、畑の前で、また適当な石に座った。

 アリスも誘えば良かったかな、とふと考えてしまうが、それでは意味が無いな、と思った。ぼんやり考えていると、向日葵の海から、人影が出てきた。軍手をはめてはさみを持ち、赤いリボンの付いた麦藁帽子をかぶり、首にねじったタオルを巻いた、風見幽香だった。

「珍しいわね。お花さんを見に来たの? 感心感心」

幽香は、慈愛に満ちた和やかな顔で微笑んでいた。魔理沙もつられて笑顔になった。

「きれいだな」

「そう言ってもらえて、お花さんもきっと喜んでるわ」

 日焼けた顔の幽香は、魔理沙の隣で、誇らしそうに腰に手を当てた。軍手の土が服に付いていたが、意に介さないようだった。

「幽香も大変だな。こんなに広いのを一人で作業してるんだろ?」

「時々手伝ってくれる者はいるのよ。先日は里から来た人間が、肥料と虫除けを持って来てくれたわ。だから私一人で全てやっているわけではないの」

「里の人間もここに来るんだな」

「彼らは私を必要としてくれてるの。結構依頼が来るのよ、花の手入れの仕方を教えてくれ、とか。桜の咲く時期だと、病気になった桜を治してくれっていうのが多いわ」

「花か。年中、きれいな花が見られたらいいな」

「この太陽の畑は夏だけだけど、私は他の場所で年中お花さんを育ててる。気が向いたら見に来なさいよ。きっと気に入るわ」

「年中ってことは、冬にも花は咲くのか?」

「自然の中だとあんまり無いけどね。冬菊が少し残ってたりするくらいで。里に作った温室に行けばいつでも好きな花が見られるわよ。ちなみに温室は人間の里の者に協力して造ってもらったの。そうそう、そう言えばこの間は……」

幽香は饒舌に話し始めた。長くなりそうな気配に、魔理沙はそろそろ退散しようかと考えたが、日焼けした幽香の楽しそうな表情には、ずっと見ていたくなるような、不思議な魅力があった。

「幽香は花が好きなんだな」

「ええ、それはもう。あなたもお花さんを育ててみたらどう? なんでも教えるわよ」

幽香は顔を近づけてきた。敵意の無いのを重々承知していても、強力な妖怪に鼻が付きそうなほど近づかれて、流石に身の危険を感じたが、それをおくびにも出さず、魔理沙は落ち着いて答えた。

「それもいいな。一度その温室に行って、どんな花があるのか見てみるよ」

「それは殊勝な心掛けね」

幽香は上品に微笑んだ。

「そういえば魔理沙。あなたが一人なんて珍しいわね。いつもアリスか霊夢と一緒だと思ってたわ」

と、始めからずっと自分の話を一方的にまくし立てていた幽香が、ようやく魔理沙に落ち着いて発言するタイミングを渡した。少し前から、魔理沙は幽香に相談してみようと考えていた。

「実はその二人と、もう一人のことで悩んでてさ……」

魔理沙は自分の悩みと考えを打ち明けた。魔理沙と彼らの『好き』の、違いについて。それと、彼らが魔理沙を奪い合うことなく、魔理沙の理解の外の感情によって納得していること。その感情を魔理沙が理解できないことについて。幽香は、切実な顔の魔理沙に対して、無表情なような、あまり考えていないような顔で聞いていた。

 魔理沙が説明し終わると幽香は、ふむ、と小さくうなりながら顎に手をあて、しばらく考えた後、少し畏まって切り出した。

「大体分かったわ。そう言えば魔理沙はまだ十年ちょっとしか生きてないんだっけね。しっかりしてるから、つい五十年くらい生きてるように感じちゃうわ」

全く深刻に受け止めていない様子の幽香は、結論自体は出ているが、それをどう言えばいいものかと考えているようだった。

「回りくどいようだけど、私のことを先に話すわ」

幽香は、少し真面目な顔をしていた。

「私は昔からお花さんが好き。きれいで、いい匂いで、無用な争いもしない。でも人間は嫌いだった。人間はことあるごとにくだらない争いをするから。そんな私が人間と交流するようになったのはここ十年くらいのことよ。その頃は、幻想郷が平和ボケし始めて、人間の数が急に増え始めたの。そして人間の里がどんどん大きくなった。学校も出来たし、少しずつ外からのいろんな文化を取り入れ始めたわ。その文化の中に、ガーデニングというものがあったの。それは花を愛する人間のための知恵だった。それで里でも花を愛する人が増え始めたの。そんなある日、里の人間がこの畑を見つけたの。私は初めは人間なんて無視してたけど、その内、私に話しかけて来るようになって、お花さんのことを聞いたり、逆に私が聞いたりと、まあ、楽しかったわけよ。妖怪の中で熱心にお花さんを愛する者なんて、あまりいないからね。私はそういう話が出来る里の人間達と、いわゆる友達になったのよ」

幽香は一呼吸溜めて続けた。

「魔理沙は言ってみれば、私や里の人間にとってのお花さんなのよ。皆がお花さんを好きだから、仲良くできるし、独り占めもしないの。だって、お花さんを巡って喧嘩なんてしたら、お花さんだって悲しいだろうし、私達もお花さんに顔向けが出来なくなるでしょ? それに、私は初めは、お花さんだけが好きだったけど、今は里の人間のことも、少し気に入ってるわ。温室も造ってくれたし。何百年と生きてて、一度もこんなことは無かった」

言われてみれば単純な話。魔理沙は、なぜ今までそんな風に考えられなかったのか不思議だった。

「魔理沙はまだ若くて、自分が花を咲かせてないから、誰かにそんな風に好かれることが信じられないのよ。言ってみれば魔理沙はまだ蕾。だから自信が無くてもしょうがないわ」

幽香は魔理沙の心を読んだかのように付け加えた。

 

 その後、幽香に温室の花のことを小一時間続けて聞かされ、魔理沙は自分の住処に帰ってきた。帽子を壁に掛けて、ベッドの上に仰向けに寝転んだ魔理沙は、まさか幽香にあんなが饒舌に話すとは…… と、記憶にある文献の中の幽香とのギャップに改めて驚くのだった。そしてまた、幽香の言葉を思い出す。

『時期が来れば、魔理沙は決断しないといけない。でも、まだ魔理沙はまだ蕾だから、そんなつらいことしなくていい、って三人は思ってるでしょうね』

魔理沙は、きっとその通りなのだろうと思った。ほとんど会った事の無い妖怪に、あそこまで言い当てられる程、自分は単純だったのか、それとも、私が悩んでいた事は、それだけ普遍的な事柄だったのか。なんにしろ、肩の荷が軽くなったような気がする。

 魔理沙は、明日にもパチュリーからまた本を借り、その帰りに幽香の温室に立ち寄ろうと思った。


 
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