No.360916

桜に託した想い

報われない雁夜おじさんに愛の手を。
ただそれだけで思いついたこんなお話。stay nightから入った自分としては、彼の結末は予想通りだったのですが、あまりにも寂しすぎるなあと。
色々と既に終わっている話なのですが、彼の想いだけでも伝わって欲しいものだと思いながら書きました。

2012-01-09 14:04:43 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1320   閲覧ユーザー数:1303

 

 会話の無い居間というのは、居心地が悪い。今は、夕食を食べ終えた満腹感と共にまったりとした幸せな気分を味わっているべき時間だと思うのに。

 いや、考えてみれば一人のときは会話はないし、集団でもみんながテレビに熱中しているときとかは別に居心地が悪いわけではない。

 しかし……う~む、そうだ、迂闊に会話出来そうにない空気ってのが気持ち悪いと言うべきなのだろうか。

 それで、どうしてそんな空気になってしまっているのかというと――

「ねえ士郎? あんた、また桜に何かしたの?」

「またってなんだよ、またって? 俺は何もしてないぞ。遠坂じゃないのか?」

 ひそひそと遠坂と小声で会話する俺と遠坂。

 そう、桜さんの様子が何だかおかしいのだ。夕食の時からずっと、心あらずというか。ライダーなんか、特にどうしていいのか悩んでいるのか、夫婦喧嘩をしている両親の間に挟まれた子供のような表情を浮かべている。

 何かあったのだろうか? とは思うのだが、どう聞いていいのやら……。

「サクラ? 何か悩み事でもあるのですか?」

「え? はっ? ……ええっ!?」

 不意にセイバーに声を掛けられ、桜が慌てふためく。よし、ナイスだセイバー。よく言ってくれた。

「どうしたのです桜? 夕食の時もそうでしたが、ずっと心あらずという具合でしたよ?」

「……そう」

 桜は顔を上げて俺達を見渡して、小さく溜息を吐いた。

「はあ……。ごめんなさい。気を遣わせてしまっていたみたいですね」

「何かあったの? 助けが必要なら、力を貸すわよ?」

 そうだそうだ。遠坂の言うとおり。

 桜に何かあるというのなら、俺達に協力出来ることならなんだってするつもりだ。

「いえ、そうではないんです。もう全部、終わっている話なんですから」

 しかし、桜は首を横に振った。

 でも……終わっている話? どういう意味なんだ?

「話を聞いて貰っていいですか? 話して楽になるのかどうかも、私には分からないんですけど」

 寂しげに笑う桜に、俺達は頷いた。

「ありがとうございます。ねえ姉さん? 姉さんは雁夜おじさんのこと、覚えてますか?」

「雁夜おじさん? また随分と懐かしい名前ねえ。そりゃあ、お世話になったし覚えているけど」

 雁夜? 誰だ? 初めて聞く名前だ。

 この中で知っているのは桜と遠坂だけらしい。セイバーもライダーも分からないという顔をしている。

「雁夜おじさんってのは、昔私達がお世話になった間桐のおじさんよ。信二の叔父で、私達の母さんの友達だったみたい。子供の頃、よく遊んでくれたわ」

「そうなのか? なんか、こう言っちゃ悪い気がするけど間桐と遠坂の家の間で、そんなほのぼのとした交流があったなんて、意外だな」

 その辺は遠坂も分からなくもないのか、苦笑を浮かべてきた。

「そうね、気持ちは分からないでもないわ。今思えば、どうしてあの家からあんなまともな人が生まれ育ったのか不思議だもの。もっとも、そのせいか間桐の家から出て行ったらしいけどね。私達と会ってくれていたときには既に。あんまり、詳しいことは知らないけど」

 懐かしむように言ってくる遠坂の表情が、心なしか柔らかく見える。どうやら、遠坂にとっても心許せる人だったのだろう。

「それで、雁夜おじさんがどうかしたの? ずっと会ってなかったけど」

 軽い口調で訊く遠坂に対して、桜は沈痛な表情を浮かべた。

「いえ、雁夜おじさんにはもう会えないんです。姉さんにはずっと黙っていましたけど、雁夜おじさんは亡くなっているんです。第四次聖杯戦争に参加して……」

「あ、そう……なんだ」

 子供の頃から、いつしか長いこと会っていなかったことから、薄々どこかで遠坂も感づいてはいたのだろう。けれどもそうは考えたくなくて、どこか遠くに行ってしまって、元気に暮らしているんだと、そんな可能性が捨てきれなかったようだ。

 遠坂の瞳にも、寂しげなものが混じるのが、目に映った。

「その雁夜おじさんが、私宛に手紙を遺していたんです」

「手紙?」

「はい。先輩は覚えていますか? この春に初めて咲いたっていう、家の庭にある桜の木を」

「ああ、覚えている。桜が世話をしたんだろ?」

「はい、その桜です。その桜に手紙を隠していたんです。家の中や、魔術を使うとお爺様に見付かるからでしょうか? 幹のちょっと高いところ……お爺様や小さかった頃の私の背丈では見付からないような場所に、ナイフか何かで枝に穴を作って、そこに隠してありました。昨日、桜の様子を見に行って、気付きました」

「雁夜おじさんも随分と分かりにくいところに隠したものねえ。そんなの、下手するとずっと見付からないじゃない」

 呆れたようにぼやく遠坂に、桜が苦笑を浮かべた。

「そうですね。でも、ひょっとしたらおじさんも、いつか見付けて貰うこともあるかも知れないって……そんな淡い期待だったのかも知れません」

 そうかも知れない。

 あの家の中で、そういったものを残して伝える方法っていうのは限られていたことだろう。

「それで、その手紙には何て書いてあったの?」

「そうですね。色々と……。その手紙は、おじさんが聖杯戦争に参加する直前に書いたものだったようです」

「そうなの?」

「はい。聖杯戦争に参加して……ひょっとしたらこれが、自分の正気を保っていられる最後の時間になるかも知れないからと書いてありました」

 それはつまり、桜に宛てた彼の遺書だったということか。

 彼はどんな思いで聖杯戦争に参加したのだろう?

「雁夜おじさんは、お爺様と約束をしていました。聖杯戦争を勝ち抜いたら私を間桐の魔術から解放するって、そんな約束を」

「じゃあそれって」

 遠坂の声に、桜は小さく頷いた。

「ええ、雁夜おじさんは私のために聖杯戦争を戦ってくれたんです。今思えば、雁夜おじさんが間桐の家に帰ってきた間は、私への処置も和らいでいました。それもおじさんのおかげだったのかも知れません。代わりに、おじさんの体は蟲に蝕まれていきましたけれど」

 桜の体が小刻みに揺れる。

「私があの手紙を読んでいるっていうことは、おじさんの望みは叶わなかったっていうことで……そのことをおじさんは手紙の中で悔しがっていました、そして本当にすまないって何度も謝っていました。でも――」

「でも?」

「私が本当にもうダメだって思っても、絶対に私は一人じゃないって言っていました。父さんには、ひょっとしたら訊いて貰えないこともあるかも知れないけれど、でも姉さんだったらきっと……必ず助けてくれるはずだって書いてありました。絶望しきっているだろう私にこんな事を言うのは酷かも知れないけれど、それでも希望は捨てて欲しくないって」

 そこで桜は、気分を落ち着けるためか、大きく息を吐いた。

「雁夜おじさんは……聖杯には届かなかったけれど、最後には私の目の前で……譫言を呟きながら、満足げに笑いながら……死んでいきました」

 ぽつぽつと話しながら、桜はそのときの光景を思い出しているのだろう。

 その瞳を通して、俺にも彼の最後が見えた気がした。そして、彼が最後に見ていた光景も……。

「私、この手紙を読んで……どうしたらいいのか分からなくなっちゃったんです。こんな私にも、命を賭して戦ってくれた人がいたんだっていう嬉しい気持ちと、そんな人の最期を見ながら……あのときの私は、どうしてあの人は大人なのにこんなに物分かりが悪くて、無意味なことをして、死んでいったんだろうって思って、それからもずっと理解出来ないままで……」

 ぽたぽたと、桜の芽から水滴が溢れ、食卓の上を濡らした。

 そう、これは桜の言ったとおりの話だ。もう既にすべてが終わってしまっている。生きている彼に何かを返すことはもう、出来ない。

 だから桜は苦しいのだ。

「サクラ……。それはもう、彼に私達に出来ることは、忘れないことだけですよ」

「うん……分かってる。分かっているんだけどね。ライダー」

 桜だって分かっている。だからきっと、桜は彼のことを忘れない。

「桜。その話、聞かせてくれて有り難う」

「先輩?」

「何て言うかさ……上手く言えないけど、俺も……俺達以外にも桜のことをこうして大切に想ってくれた人がいたんだって知って、嬉しかった」

 うんうんと遠坂が頷く。

「そうね。まさかあの雁夜おじさんにそれだけの根性があったとは意外だったけれど、私も……おじさんが命を懸けて桜を守ろうとしていたのを知って、見直したわ」

「サクラ、彼の想いも命も決して無意味なものではありません。彼の想い、それは私達が受け継ぎます。彼が桜に出来なかったことを今度は私達が成し遂げて見せます。ですから、そんな顔はしないで欲しい。それはきっと、彼も望んではいないでしょう」

 桜はセイバーに頷いた。

「はい。……有り難う……ございます」

 震える声で、笑いながら桜は涙を拭った。

 そう、桜に託した想いは、こうして長い年月を経て伝わった。彼の想いが花開くのは遅かったけれど、決して無意味なんかじゃない。俺はそう思うし、無意味にしたくなかった。

 俺はみんなと同じように、桜に微笑む。桜も、俺達に微笑みを返した。

 俺は彼の想いを背負って生きていくことを心の中で誓った。会ったこともない人だけれど、雁夜おじさんが近くで笑っているような気がした。

 

 

 ―END―

 

 

 
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