No.360494

【DQ5】遠雷(8)【主デボ】

sukaさん

2012-01-08 18:15:07 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:4020   閲覧ユーザー数:4014

 

 

(8)

 

 広間に降りると、使用人達が忙しそうに行き交っていた。呼び止めようとすると、少し面倒くさそうな顔をした後で、「すみません」などと言って断る。よほど忙しいようだと見て取ると、デボラは胸の奥に冷気を感じた。これは、“厭な予感”だ。

 「ちょっと!」

若いメイドの腕を引っ張って、強引に手を止める。メイドは小さな悲鳴を上げて何かを取り落とした。

「ああ、すみません!」

泣きそうな声で拾おうとするメイドの手を振り払うと、デボラはそれを拾った。真っ白な厚紙で出来た表紙の、薄い冊子だった。中には罫線が引かれている以外は何も書かれていない。

「なあに、これ。」

メイドは、眉間に吸い込まれるのではないかと言うほど眉を寄せ、口をもごもごとさせている。

「それは」

「なあに?」

顔を近づけると、メイドは更に眉毛を眉間に寄せ、震え始めた。

―― なによ。

そんなに己が怖いのか。それとも、他に恐れる理由があるのか。デボラはメイドを睨めつけた。

「め……、名簿です……。」

蚊の鳴くような声で、メイドは答えた。

「名簿?何の?」

詰め寄る。メイドのつぶらな両目に、眦をつり上げた己の姿が映る。可愛くないな、と思った。だが、今はそんなことはどうでも善かった。メイドは泣き始めた。

「それは、フローラ様の、」

もはや、夏の終わりの蚊のようだ。メイドは、目を瞑ってデボラから目を逸らした。

「フローラの何よ?」

「……デボラ様、目が怖いです。」

「元からよ!!!」

―― ちょっと気にしてるのに。

デボラは、己の容姿がおよそ“優美”とか“貞淑”といった言葉からはほど遠いことは、多少は気にしている。だが怯まない。美しければそれで善いのだ。だが、一方で、何となく悪いことをしている気分になる。しかし、引き下がる気にもならなかった。この真っ白な冊子は一体何なのか、解明しなくてはならない。

「だから、フローラの何よ!?」

「それは、」

要領を得ないメイドに、デボラは焦れた。スカーフを掴み、襟首を掴む。それでも彼女は答えない。というより、答えられない。デボラはそれに気づかなかった。メイドの顔が青ざめる。同時に、デボラの心臓は早鐘を打つ。“厭な予感”が止まらない。

 「コラ!サボるんじゃないよ!」

メイドの母親である年配の使用人の怒声が飛んだ。デボラに向けられたものではないが、デボラは自分が怒られたかのように感じて、手を引っ込めた。メイドは露骨に安堵した顔をする。

「すみません、お母さん!」

デボラの手から冊子をひったくると、再度「すみません」と言った。そうして、デボラが何かを言おうとする前に飛び出すようにその場を離れていった。

「だから、フローラの何なのよ……」

胸の奥の冷気が広がっていくのを感じる。あの冊子は、フローラの結婚に関わるものだろうという推測はある。ただ、具体的に何の為のものなのかを知りたかった。

―― そうだわ。パパに聞けば、何かわかるかも……。

しかし、ルドマンはこの場にいない。デボラは、屋敷中を駆け回って恰幅の善い体を探した。だが、何処に行っても直ぐに解るほど目立つ風体なのに、屋敷の何処にも見当たらなかった。一階の大広間にも、二階の書斎にも、父母の寝室にも別荘にも書庫にもフローラの部屋にもいない。便所にも浴室にも風呂桶の裏まで探したのに、見当たらなかった。デボラは何度も階段を行ったり来たりを繰り返した。脚が震える。腹の底が煮えくり返りそうだと思った。

「何で居ないのよ!」

苛立ち紛れに、毛皮のストールを床に投げつける。何の罪もないストールが、ぼふっ、という音を立てて床に転がる。その拍子に埃が舞った。

「あら、掃除されてないじゃない。」

常ならば、メイドが隅々まで塵と埃を取り去ってくれているはずだった。

―― 私の部屋の掃除も出来ないほど、忙しいわけ?

焦る。苛立つ。“厭な予感”がする。自分で部屋の掃除をするという発想はしない。ルドマンは見つからず、メイドは己の部屋の掃除を怠るほど“何か”に―― フローラに関わる何事かに、いそしんでいる。それは、おそらく、フローラの“結婚”に関わることに違いない。

「頭にくるわね!もう!!」

姉である己を放ってまで、妹を大事にすること自体には異論はない。デボラとて、フローラが大事だ。己が大事にしている妹を、沢山の人が愛してくれるのは嬉しい。しかし、問題はそれではない。

 ストールを拾い上げると、叩いて埃を払う。毛が何本か抜けたが気にしない。それから、そのストールを羽織り、髪をかき上げると、ハイヒールの踵で床を踏みつけながら、勢いよく階段を降りた。

 二階の踊り場には、フローラが立っていた。心配そうな面持ちで、階下を見つめている。

「フローラ!何をしているの。」

呼びかけると、フローラはうろたえた様子で人差し指を唇にあて、「静かに!」と言った。

―― なんなの??

フローラの様子は明らかにおかしい。デボラは、フローラの傍らに立ち、同様に階下を眺めた。

 一階の応接間に続く階段の側に、義父の後ろ姿が見える。あれほど探しても見つからなかったのに、こんなところにいるなど―― デボラは腹が立った。義父の後ろ頭を殴りたい衝動がわいてくる。頭の天辺は今日は一段と艶やかで、奇妙な輝きを放っていた。

「みなさん、ようこそ!私がこの家の主人ルドマンです。」

義父の声が、朗々と響き渡る。デボラの位置からは義父の姿しかどうやら、誰かに向けて何事かを話しているようだ。

「何なのかしら……」

身を乗り出す。これ以上は手すりから落ちてしまうかもしれない。

「お姉さん、危ないわ。」

フローラが背を押さえる。無理な体勢で目をこらすと、見覚えのあるブロンドの長髪が見えた。

―― アンディ?何してんの、あいつ……。

他にも、街で見かけた顔を確認する。デボラに言い寄ってきたことのある男も数人いた。

―― どういうこと……?

ほぼ街中の若い男が屋敷に集められていた。

―― まさか……。

デボラは、手すりを乗り越えた。フローラが驚いて小さな悲鳴を上げる。そんなことは、気にしている場合ではなかった。

 ふわり、と躯を空中に預けると、そのまま静かに落下する。そうして、ハイヒールの踵を一度高らかに鳴らして着地した。

「さて、本日……、おあああ?」

ルドマンは、何かを言いかけたところだった。しかし、その言葉はその場に降ってきた人物によって中断させられる。ルドマンは、本来ならばいるはずの無いデボラを見つめたまま、目と口をめいっぱいに開けて固まっていた。デボラは、義父を睨めつけた。

 応接間には、アンディをはじめとする多くの若い男がひしめいていた。思っていたよりもずっと多かった。その全てが、デボラに釘付けになっていた。

―― どうしよう。

数日を費やした。すべてはフローラのためだった。フローラが、自分の思うとおりに生きられるようにしたかった。己の所為でフローラに結婚話が沸いたのはよくわかっていた。なんとか、義父の決定を覆したかった。フローラが可哀想だと思ったから。

―― もういいや!

応接間に集められた男どもに視線を向ける。思い切り、尊大で自己中心的に見えるように。彼らがこの家に愛想を尽かすように。

「うるさいわねぇ。何の騒ぎ?」

静まり帰った応接間に、デボラの声はよく響いた。

「こら!何をしている、デボラ!」

我に返った義父が、怒鳴っている。ここで引いてはならない。デボラは、拳に力を込めた。つけ爪がてのひらにめり込む。構っていられない。

「また、私とつき合いたいって男達が来たわけ?悪いけど……」

誰も、己と付き合いたいわけではない。きっと、フローラの為に来た。けれども、この中の誰よりも、己はフローラのことを想っている。彼女がより善く生きていくことを考えている。そのためならば、なんでも出来る。

「私は今の生活がいいの。結婚なんてしないわよ。」

既に青白くなっていたルドマンの顔が、怒気に歪む。“お説教”の時のような、余裕の無い、そこらの中年と変わらぬ顔になる。言ってやった。言ってやった!義父の顔に泥を塗った!デボラは、高揚していた。ここ数日の面倒が報われたような気がした。あとは、ルドマンが己の挑発に乗るのを待つだけだ―― デボラは、その時を今か今かと待った。

 しかし。

「ぷふっ……」

己に向かって飛んでくるはずの怒声は無く、代わりに、男どもの群れから笑い声が聞こえてきた。

―― 誰よ!?

群衆を睨む。その中から、失礼な声をあげた者を探す。すると、慌てて口を押さえた男がいた。黒い長髪を藤色のターバンで包んでいる。全体的に、みすぼらしい身形をしていた。

―― あの、紫のやつ……!

デボラは発作的に飛びかかろうとした。しかし、その肩を誰かに掴まれる。いつの間に階段を降りてきたのか、そこにはフローラがいた。

「お姉さん……。」

小声で呟く。その顔には諦念のよう表情が浮かんでいた。

「デボラ。」

ため息混じりの声が響く。義父の声だった。先ほど浮かんでいた怒気は、もう治まっていたようだった。

「その方たちはおまえじゃなくて、妹のフローラのために来たんだ。邪魔をしないで、自分の部屋へ戻っていなさい。」

―― 駄目だった。

きっと、あの男が噴き出した時に、義父は落ち着きを取り戻したのだ。もう少しだったのに。もう少しだったのに。

「あら……、フローラの……。ふぅん……。パパも、大変ね。」

声が、震えていた。己でもこれほど失望した声を出せるのか、と、デボラは思った。

「私には関係ないから。」

―― 関係なくないのに。

何もかもが徒労に終わる。これ以上ここに居ても、何も覆らないだろう。

「また、お昼寝でも、してようっと。」

踵を返す。背後から盛大なため息が聞こえた。一緒に髪の毛が何本か床に落ちたかもしれない。振り返らない。

―― ああ、フローラが、結婚しちゃう。

目の奧が痛い。眼球が頭の奧に引っ張られるような痛みだ。きっと己はこれから泣くだろう。ハイヒールの踵が虚しく廊下に響く。

―― あの紫頭、許さないわ……。

八つ当たりなのは、重々承知していた。それでも、当たらずにはいられなかった。

 

つづく。

 

 

*****

人物の出てくるタイミングとか台詞とか、ちょっと原典と違います。

すみません。

 

 

 

 

 
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