No.360044

真・恋姫†無双~猛商伝~第五話

砥石さん

まず最初に、作者の拙作を開いていただいたことに感謝を。
第五話となります

本作には
・作者の勝手な解釈

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2012-01-07 22:25:40 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:3190   閲覧ユーザー数:2281

 

昼の喧噪はどこかへ身を潜め、静寂だけが今の長安を支配している。

明かりが灯っている家は一軒も無く、人工の光は城門前の篝火だけだ。

気を許せば全てが虚構の果てに消えるような、非道く感覚が朧な感じ。

そんな中、月光が青々とこの夜を浮き彫りにする。

病的なまでの静けさ。まるで誰かが撮った写真の中で、ただ時だけが過ぎていく。

生者の気配はなく、青白い月だけが生きているようで酷く目が痛んだ。

そういえば、月は昔から『異界の門』この世ならざる場所と繋がっていると考えられてきたそうだ。

だからだろうか。そんな夜、久しぶりに俺は夢を見た。

 

 

怨嗟の声が俺を蝕む。

―――何故殺したのか

ある時は男が

 

―――助けてください

ある時は女が

 

―――痛い、イタい

ある時は少年が

 

―――どうして私たちは死んだのに、あの娘は助けたの?

最悪なことに、今回はあの少女だった

 

             第五話"The day before deream"

 

 

<Side 風/長安/図書館>

 

ここ長安の城には、たくさんの本が置いてある。

しかも、四隅を鉄製の金具で覆い、信じられないほど上質な紙と革で作られたそれらは、売れば一人の人間が当分生きていくだけの財産になるだろう。

それが数百や数千冊といった具合だ。

また、街の人の識字率が高いのも彼女の驚きだった。

 

2~3割の人が字を読めるらしいが、お兄さんとしては数年の内に8割を目指しているらしい。

普通、多くの領主というのは、民が知識を持たないように持たないようにと動くものだ。

何故なら余計な知識を持てば牙を剥く可能性も増え、敵対時の厄介さも増すから。

しかしお兄さん曰く、

「民の反乱を恐れるのは、彼らに非があるからで、俺たちが正しいことをしている限り民が義の元に行動を起こすことはできない。

 むしろ教育の場を俺たちが設け、そこに介入できれば民に覚えて欲しい事とそうで無いことの取捨選択が可能だから、今の方法で良い」

とのこと。

その為に教育施設の整備にかなりの費用を割いている。

ただ、それらの施設の符丁が書館や県校というのはなんというか些か不味くはないだろうか。

 

そういえば『社長』という言葉もそうですが、お兄さんはたまに風の知らない言葉を使います。

お兄さんに聞いても、詳しいことは教えてくれませんがどうやらお兄さんの国の言葉らしいです。

他にも西域の民の言葉をいくつも知っているらしく、よくその担当部署の人に言葉を教えているのを見かけます。

初めて聞くような知識をたくさん知っていて、大きな夢を持っている

そんなお兄さんに憧れの気持ちを持ってはいるんですが、たまに気の迷いなんじゃないかと思うこともあります。

例えば、

「何で皆社長って言ってくれないかなぁ。そう言ってくれるのは商会の一部の奴等だし、先生にいたっては『愉快な渾名ですなぁ』とか言い出すし」

こんな事を言っている時とか・・・・・・

お兄さんが有能なのは認めますが、仕事時と日常との差がありすぎます。

 

それでも、お兄さんの発想にはいつも驚かされます。

風も智についてはそれなりに自信がありますし、何処の勢力に属しても一線級の軍師として起用される自信もあります。

しかし、その能力もお兄さんの前には霞んでしまいかねない。

風がお兄さんについていく要因の一つとなったその才は、あまりに異質。

普通、策謀とは過去の事例からの積み重ねの先にある。しかしお兄さんは違う。

 

そもそも着眼点が明らかに他とは違うのだ

あまりに斬新、あまりに歪、あまりに異常なそれは、とても美しい

バラバラな欠片を一つずつはめ込んで作る絵のように

いかなる神の采配かと思わせるそれは、まさに無からの創造

 

そんな彼に一歩でも近づくために今日はここに来たのだが、そこで彼女は本来居ないはずの後ろ姿を廊下に見つけた。

「……なんでお兄さんがここにいるんですか」

しかも例の包帯グルグル姿で、

「社長と呼んでくれよ。社長と」

馬鹿なことを言いながら振り向く姿は、

「それはいったいどうしたんですか!?」

真紅の血で赤く染まって。

 

一瞬お兄さんが血を流しているのかと思いましたが、すでに黒く固まり始めている部分が多く、足取りも普通なのでどうやら返り血のようです。

それでも、風以外誰もいないから良いようなものの、他の誰かが見たら即刻悲鳴を上げるような姿です。

「い、いったい何をしていたんですか~お兄さん」

「ああこれは気にしなくて良いよ。大丈夫、返り血だから」

 

返り血だと、いったい何が大丈夫だというのだろうか。

もしこの場に二人以外の人間がいたら、そう言っていたに違いない。

「本当にですかー?」

「本当」

これで済んでしまうあたり、彼女もここにすっかり馴染んでいるのだろう。

いい意味でも。そして悪い意味でも。

 

「それでは本題に戻りますがー、風を置いてお仕事に行ってたんじゃないんですか?」

風は少し恨みがましく言ってみました。

そう。風が今日ここにいる理由はそれによるところが大きいのです。

お兄さんに教えを請おうと思ったら、仕事があるからと断られ、ならば付いて行くと言ったら留守番を言いつけられてしまったからだ。

「結構早く終わったから帰って来た。で、この後先生の所に行って来る」

「お仕事の内容は~?」

するとお兄さんは言おうか言うまいか悩んだらしく、少し間を置いてから言いました。

「……薬物の取締り?」

何で疑問系なのでしょうか……

 

とりあえずバレないように、部屋から出て行ったお兄さんの後をつけてみました。

ただ、一つだけ気になったことがあります。

それは

「涙?」

お兄さんが先ほど振り向いたとき、目尻に涙の痕が見えたような気がしました。

ですが、それは思い過ごしというものでしょう。

あのお兄さんがそう簡単に涙を流すとは到底思えません。

しかし、その疑問はしこりのように風の心に残り続けました。

 

 

<Side 一刀/長安/太守執務室>

 

『我ら商会が目指すは、非道にあらず。

 義無き繁栄は必衰、心無き栄誉は必墜。

 これすなわち我ら商会の理念たれ。

 貨幣は有用されど万能の技にはあらず。 

 しかして契約は身命を賭して履行されるべし。

 我ら利に生く商人なれど、義侠の心を忘るる事なかれ』

 

無節操に利殖に励んでいると思われがちな俺たちの商会にも、いくつかルールがある。

それは絶対遵守のもので、俺たちトップから末端まで全員がその対象だ。

その内の一節に、薬物に関するものがある。

一つ、北郷商会及びその傘下に属するものは、医薬目的以外での一切の薬物の売買を禁止する。

一つ、医療目的の薬物は、商会が指定する店舗からのみ卸す事を認める。

一つ、上記の禁則に触れる行いが確認された場合、武力を持っての制裁も止む無しとする。

  (夷三族までとはいかないものの、対象者の家族にも完刑ないしは贖刑が課せられる)

 

今回重要なところだけ抜き出すと、上のようになる。

つまり許陽はその協定を破ったため、制裁が行われた。

ちなみに長安の律でも薬物が厳しく規制されている。

 

「というわけで、先生も気をつけてね?」

血まみれの包帯を取り捨て、太守としての俺が着る用の服に着替える。

彼がそんなものに手を出すとは思えないが、一応注意しておく。

何せこの時代では薬物に依存性があることがあまり知られていなかったり、そこらへんのモラルがとても低いのだ。

最悪のケースが起こってからでは遅いので、言っておくに越したことはないだろう。

「それにしても、少し厳しすぎませんかの」

俺の報告に対し、先生がそんなことを言ってきた。

別段驚きはしない。商会で指示したときも、同じ事を言った奴が何人かいたからだ。

確かに、他の土地と比べると長安の規制は厳しい。

だが、ただ厳しいだけという訳ではない。

「よく考えてごらん、先生。物事には裏と表があって、初めて成り立つんだ」

俺の謎掛けのような言葉に対し、先生は推理を始める。

 

「治安の維持……だけではないですな。それならばそこまでする必要がない。

 利益の独占も、全面的な禁止のため不可能。

 となると民からの印象や、薬物で利益を上げる組織への牽制を視野に入れた政策。

 ……こんなところでどうでしょうかな?」

「75点」

「ならば、商会の結束」

「80点」

「……降参ですな」

「じゃあネタばらしといこうか」

俺は先生との問答をそこで終え、残りの二十点分を話す。

 

「まず最初に、薬物の販売ってのはすごく金になる。

 元々がそこらへんに生えてるような草を乾燥させて、砕いたような物だから、生産コストが馬鹿みたいに安い。

 二束三文で手に入るような草を、薬として売ればあっという間に大金が転がり込んでくる。

 しかも厄介なことに、その依存性が高いものは需要が増えても減ることはなかなか無い。

 価格ってのは需要に対して変動する。だからこそ薬は高く売れる。

 そこらのチンピラが売ってるんなら可愛いけど、売人の裏にいるのは殆どの場合それなりの組織か役人か豪族だ。

 そんなやつ等の資金となるような物の販売を認めるわけにはいかないし、何より俺の民が食い物に されるのを見過ごすわけにはいかない。これが半分の十点」

 

「そして二つ目、第三者からの心象。

 『長安や商会の者は、みな家族同然。そんな奴らに薬を売るのは認めない。』

 こう明言することで民や社員の結束は固くなるし、風評に関しても良い物が流れるはずだ。

 まあ実際は幾分か打算があるにせよ、それは本心だから問題ないはずだ。何か質問は?」

そこまで説明し終えて、俺は先生に確認を取った。

「本当にそれだけですかな?殿ならまだ何か隠していそうなのですが」

こうやって素直に質問してくるところが、彼らしい。

商人は笑顔の裏で考え、言葉の裏でやり取りを交わす。

だからこういう素直に質問してくるような会話は気兼ねしなくていいし、楽しくて良い。

 

俺は笑いながら先生に先を促す。

「例えばこれは儂の想像なのですが、今回のような事態を殿は予期していたのではないですかな。

 わしには殿が反乱を起こされるようなへまをするとはどうにも思えんのです」

俺は笑みを一段階深いものにする。

「その答えは、ほとんど正解だよ。

 そこに利益があると知っていて黙っていられるほど人間はできちゃいない。

 どうにか監視の目をかいくぐり、取引を行おうとする奴等は必ず現れる。

 今回の組織がそうだったようにね。だが、そこでその利益が邪魔をする。

 大きすぎるんだよ、金額も規模も」

俺は呆れたようなため息を吐く。

先生も気がついたようで、成る程といった顔をしている。

禁制品を売るような連中のほとんどは、入ってくる金以外に興味は無い。

だから、より多くを売ろうとする。

薬一袋を作るのには、驚くほどたくさんの人が関わっている。

それこそ、袋を作る人間や草を育て、刈り取り、乾燥させる人間と、数えればキリが無い。

そんなものが、うちの商会の網にかからないはずが無い。

今回の彼らもそうやって見つかってしまったと言うわけだ。

「つまり、敢えて対立しやすい道を残すことで、現状に不満を持つものを見極める。

 そこに歯向かう物がいれば叩き潰す、ということですな。なるほど殿らしい策だ」

「お褒めに預かり、光栄ですよ」

そう言って先生と二人で笑う。

 

「裏切りを知っているのに手を組み、徒党を組んでいるのに裏切る。

 儂らには分からん世界ですなぁ、商人というものは。

 もっと楽に金とは稼げんもののですか」

先生がそんな事をぼやく。

だが、それに対し俺は首を横に振る。

「楽に稼げる仕事なんてこの世に存在しないんだよ、先生。

 あったとしても、そんなものには何の価値もない。

 俺たちはそんなものに、これっぽっちの興味も無いのさ。

 先生だって同じだろ?先生が稼ぐ金は、先生が戦場で剣を振る事で得る金だ。

 今長安に居ない行商人たちが稼ぐのは、死と隣り合わせに各地を回って得る金だ。

 金ってもんはさ、日雇いのアルバイトでも、賭け事でも、それがたとえ犯罪であったとしても、命懸けで稼ぐからこそ価値があるのさ」

 

商人である以上、金について考えさせられ事は多い。

汗水たらして稼いで金を得た時、例えそれがどんなに小額であっても、そのうれしさは限りない。

しかし、何の苦労もなく金を得た時、その心はあまり満たされない。

その境界を忘れてしまった時、全ての栄華は唾棄すべきものに変わってしまうのだと思う。

俺の父母も商いに従事する嫌な人間だったが、その境界を越えはしなかった。

全ての事柄を理と利で考え、最適に演じて立ち回る。

九州の祖父は、そんな使いきれないほどの金を稼いでも商いを続けて、どうするつもりかといつも言っていた。

しかし、その問いに答えなんて存在しないのだろう。

第一、商人がなぜこんなにも金を求めるのかなんて俺にもはっきりとは分からない。

ただ、きっと俺たちは―――――

 

「……おっと。すまないね先生、長々と語ってしまって」

「いえいえ、殿の見解はいつも斬新ですからな。とても興味深くきいておりましたぞ」

「そういってもらえると助かるよ」

時計を見るとそれなりの時間が進んでいた。

どうやら思った以上に話していたらしい。

俺は苦笑いを浮かべながら先生に茶を差し出した。

 

 

 

俺が淹れた茶を飲み一息ついた後、先生が唐突に訊ねてきた。

「今回、嬢は使われないのですか」

 

ああ風のことか。と、一刀は頷きながら懐からをシガレットケースを取り出した。

きれいに並んだ自社製の葉巻から一本を選び、愛用のナイフで吸い口を切る。

少し考えてから彼は答えた。

「俺の偽善だってことは分かってるんだけど、あまり血生臭いことに関わらせたくはないんだ」

「優しいですな、殿は」

「そうでもないさ」

 

マッチで葉巻にゆっくりと火を付けると、一刀は思い出したように廬植にシガレットケースを差し出す。

「先生もどうだい?」

「あいにくと先週から禁煙中でしてな」

「……今度は成功するといいね」

数え間違いでなければ、その言葉を今年に入ってから四回は聞いたはずだ。

 

そして先生はもう一つ質問をしてきた。

「それで、今回の生き残りはどうしますか」

それに俺は、特には間をおかず答える。

「下っ端は地方の雑徭にでもつけておく。

 ただし首謀者と幹部全員は撫で斬りだ。

 聞く事を聞いた後は皆殺しにしてかまわない」

「恐ろしいですな、殿は」

「そうでもないさ」

 

短くなってきた葉巻の先端が、ポトリ、と灰になって落ちる。

法とは遵守されるからこそ、法たりえる。

それに一度裏切った奴は、口先で何を言おうとも信用を置くことは出来ない。

本当に改心していたとしても、最悪のケースというものはある。

そんなつまらないことで、計画に支障をきたされるようなことは避けねばならない。

信用していた部下に裏切られ、機密をばらされました。といった場合に、痛い目を見るのは俺だけではない。

何せこの長安には、よそ様に知られちゃならない事がごまんとある。

太守と王美人との繋がりや、俺たちの計画は勿論のこととしても。

軍事面での開発などはこの時期に流出すれば、どうなるかは想像に難くない。

俺は部下や民は本当に家族のように思っている。そんな彼らを道連れにできるはずが無い。

恐れられ、人でなしと呼ばれ、後ろ指を指される覚悟は、とうの昔に出来ている。

 

ただ、風は別だ。

彼女は元々真っ当な世界の人間だった。なのに俺が此方の世界に彼女を誘った。

身請けしたとは言え、彼女はまだ年端もいかない少女だ。

乱世に生きる以上無理とは分かっていても、血生臭いことにはなるべく関わらずに生きて欲しいとは思う。

それこそ新都市の造営や、統治などの民に感謝されるような仕事で十分だ。

汚れ仕事は俺や先生や他の商会の人間のような、世間からはみ出したような奴がすればいい。

今まで多くの命を奪い、これからも血を流し続ける俺が、たった一人の少女を救うという事。

これが俺の信念から来るものではなく、偽善だということは分かっている。

それでもそう思ってしまうということは、俺もまだまだ甘いのかもしれない。

 

だけどその偽善のために、俺たちの夢のために、彼らに害が及ぶ可能性を考えれば、裏切り者の処分ぐらい容易いものだ。

例えそれが誰であろうと、俺は殺す。

商会結成当時からの古参であったとしても、盃を交わした相手でも。

例えそれが……先生や風だったとしても。

だから。だから。

許陽を殺したのも納得した上でだったはずだ。

(なあ、許陽。どうして裏切ったんだよ……)

古参の彼を殺した事実は、想像以上に俺の心に重くのしかかっていた。

「……殿」

 

その時、部屋の外で物音がした。

この部屋がある区画に入れる人間は限られている。

となると今のは、

「どうやら聞かれたようですな」

先生の言葉に俺はうなずく。

「ああ、風で間違いないだろうね。

 神様ってのがいるならぶん殴ってやりたい気分だ」

日頃の行いが悪いからだろうか。

俺はさして信じちゃいない神様を、今日程恨んだことはなかった。

「まあ過ぎたことを悔やんでも仕方ないか。

 先生、お先に失礼しますよ」

そう言って先生と別れ、俺は城の中にある自室へと向かった。

 

 

<side 盧植/太守執務室>

 

―――臣、盧子幹。貴方の志の元にこの武と知を振るいましょうぞ。

―――頼りにしてるよ、先生。見果てぬ夢の先に、泰平の世ってやつを俺が必ず作ってやる。

 

儂が殿に仕えてから、もう四年近くになる。この数年はこれまでの人生の中でも、格別のものだった。

自分の力の全てを預けるに足る主君に出会い、不遇の身であった己を救われた。

一刀に出会う以前に宮中での権力闘争の余波を受け、彼は危険分子として処断された。

職を追われた彼は幽州の地で私塾を開き、隠棲していた。

門下の子どもたちに読み書きや孔子の教えや兵法などを教える日々は一応は充実していた。

しかしそれは、彼が心の底から求めるものではなかった。

 

盧植は、いわゆる清流派の士大夫であった。

漢帝国の国教は儒教であり、儒教道徳による統治が国是である。

よって高級官僚は全て儒学の大家でなければならなかった。

しかし、相次ぐ幼帝の即位や外戚の専横によって混乱をきたし爛熟し腐敗した宮廷で行われるのは、私欲にまみれた権力闘争や汚職でしかなく、帝国も末期になった近頃では儒教道徳なんてものは既に形骸化していた。

彼が属していた清流派とは、皇帝に取り入り権勢におぼれる宦官や外戚の横暴に反対する士大夫集団である。

宦官は、後宮を管理するために去勢された役人のことだが、皇帝や皇后に容易に接近できるため強大な権力を握りやすい。

この漢帝国の歴史は、宦官たちと外戚間の政権闘争の歴史と言っても過言ではないだろう。

清流派はこの両者を濁流と呼び、彼らを排除することで腐敗した政治を建て直そうと動いていたのである。

この当時は、中常侍という役職の中でも特に権力の強かった十人が十常侍と呼ばれ、政権を我が物としていた。

だが、彼らを打倒しようとした清流派官人たちは逆に宦官たちによって謀反の罪をなすりつけられ、その多くが処刑され追放された。これがかの有名な「党錮の禁」である。

 

彼はこの政変の犠牲者の一人であった。

職を追われ故郷に逃れた彼が私塾を開いたのも、自分にもしもの事があった際にその志を途絶えさせぬためである。

この清流派は大きく分けて三つに区分することができる。

「地方豪族出身の官吏」「孝廉・茂才により推挙された官吏」「中央の政治を嫌い、出身地に隠遁する事を選んだ知識人」である。

盧植はどちらかといえば三つ目であった。

だが彼が他と違っていた事は自分から行動を起こしたことだ。

多くの士人が清談に勤しむ間に、彼は後世を育て、己の武を磨いた。

全てはかねてより抱いていた、救国の志を果たさんが為である。

 

 

 

 

結果として、運命の女神は彼に微笑んだ。

それは例年よりも寒く、どの家も固く扉を閉ざす季節の出会いだった。

降り積もる雪の中、盧植の前にその青年は現れた。

その男が彼の前に立ったのは、あたりが鴇色に染まったころだった。

「どなたですかな?」

戸を開けると、そこにいたのは顔立ちの整った見知らぬ青年だった。

彼は黒を基調とした服に裾の長い外套を羽織り、腰に柄の長い剣を佩いている。

貴族の子息のような上等な身なりに、一目でただ者では無いと思った。

「人を探しています。盧 子幹という人物をご存知ありませんか?」

綺麗な発音からは育ちのよさが分かり、所々に混じる幽州の訛りが親しみを感じさせる。

だが盧植はその喋り方に違和感を感じた。

特にこれといった理由がある訳ではないが、どこか作為的だと思った。

「儂がそうだが」

返答も自然と警戒心が表に出てしまう。

青年はそれに対し特に気にした風でもなく、笑顔を絶やさず自己紹介をした。

「自分の名前は鍾 元常。この度長安の太守を拝命する事になりました。以後お見知りおきを」

地方官僚ならいざ知らず、太守。しかも長安クラスの都市となれば、今の時代にそんな職につける人間がまともな人間であるはずが無い。

大方、中央の有力者の親類か宦官どもに大枚を叩いたといったところだろう。

だがこの男の名乗った『鍾』なる姓の有力者に心当たりは無い。

「ほう、それはそれは。して、貴殿のような方が何用か」

「高密県の康成殿から紹介を受けたのですが」

と、鍾繇と名乗る青年は言葉と共に紹介状を差し出した。

その竹簡を手に取り、封を解き「失礼、少々お待ちを」といって盧植はその文を検めた。

 

中身は偽造でもなんでもなく、正真正銘の彼の学友がしたためた物だった。

これはますます分からない。少なくとも彼の知る鄭玄という男は、師と違い清廉さに重きを置く人物である。

そんな男が浅ましい人物を紹介してよこすとは思えない。

どちらにせよ、旧友からの紹介なのだ。通さない訳にはいかないだろう。

いささか気は進まないが、仕方あるまい。

そう思っていると青年は笑顔のまま懐に手を伸ばし、西域からの高級品である厚めの羊皮紙に、漢王朝の皇族の証である竜生九子の紋印が捺されたもう一通の書状を覗かせて盧植に告げる。

それはもう『笑顔って何ですか?』と聞かれたら、これですよと言いたくなるくらいの笑顔で告げる。

「是非、お話を」

「……ッ!!その紋は……」

盧植は驚きのあまりに声が出せなかった。

ますますこの青年は何者なのかという疑念に駆られたが、まったく心当たりが無い。

とにもかくにも、盧植にはこの得体の知れぬ青年を家へと招き入れる以外の選択肢はなくなった。

 

 

 

青年の素性を聞かされたときの盧植の驚きは相当なものだった。

外戚としては珍しく士大夫達からの支持が高い王美人の親友というだけでも驚きなのに、その頭脳の明晰さや発想の豊かさは盧植がこれまで出会ったどんな士人をも凌ぐものだったからだ。

盧植が持て成し用に出した酒を飲みながら、二人は語り合った。

「昭君は言ってたよ。高祖劉邦はけっして神なんかじゃない。彼は民のために立ち上がる勇気を持っていた勇者だった。

 漢帝国がだめになってきたのは、代を重ねるごとにその気が薄まっていくからだってね」

「ならば元常殿、あなたは勇者か」

そう盧植がたずねると、鍾繇は救国の英雄や勇者には似つかぬ二重の瞼をしばたかせて笑った。

「そうでありたいとは願っている」

盧植はこの青年が皇帝をあまり敬わない理由を知った。

鍾繇にとって高祖とは、崇め奉る神などではなく、己もかくありたしと願う勇者なのだろう。

そして彼にとっての皇帝とは、民の心を安らかに保つための鍵となる人物でしかない。

なんと不敬で、大胆にして斬新な思想だろうか。

最初はただの不審者かと思っていたが、この青年は本当に救国の士となるやもしれない。

志し高い彼こそが、自分が長年探し求めた主なのかもしれない。

そう盧植は思うようになった。

この男の目指すところとはいったい何なのであろうか。

何を敵とし、何を願うのであろうか。

 

「では元常殿、あなたの敵とはいったい何なのですか」

「俺の敵は一言で言ってしまえば遍く民の貧しさと飢渇だ。欲得塗れの連中が国を動かせばどうなる?

 そんな答えは幼子だって分かる。なぜなら今の現状が答えそのものだからだ!」

目先の損得ではない大義が、この男の腹のうちにあるのか盧植は知りたかった。

「自分たちだけが食うに困らないような生活に、いかほどの価値がある。

 俺はそんなものは侮蔑の対象でしかないと信じている。

 卑劣な手を使おうと、屍の山を築こうと、全ての民が腹を空かせなくて済むような世にこそ、価値がある」

彼の予想した大義などが安っぽく感じるほどに、鍾繇の夢は高みにあった。

盧植の髭面を見つめて、鍾繇はさらに語る。

「いったいこの国のどこに、天下万民の楽土を願う者がいる。

 だからこそ億いる民の九割九分がつらい目を見ている」

(トエ)。その通りですな」

「だったら倒すべきはおのずと見えてくる。

 欲で動く連中を皆殺しにしてでも、俺はこの手で民の楽土を作る。

 それが、見果てぬ先の夢だったとしてもだ!!」

鍾繇から感じる覇気に、盧植は涙を流す。

自分のこれまでの人生は、全てがこの男に出会うためのものだったのかもしれない。

そう考えれば、不遇の多かった過去に何の苦も感じなかった。

「元常殿。この儂を貴殿の麾下の末席に加えてくだされ。

 さすればこの盧植、ひたすら忠恕の道を以って大御心に添い奉りましょうぞ」

「俺は王者になんかなるつもりは無いけど、それでもいいかい?」

鍾繇はそうたずねたが、盧植の答えは既に決まっている。

「勇者とは、成ろうと思い生まれるものではありませぬ。

 しかして王者も同じであります。

 両者ともその行いを民が求めた結果、生まれるのです。

 儂は、貴方に王の気を感じた。

 ならばこの老骨が身命を賭すのにいかほどの躊躇いがありましょうか」

 

盧植のいる涿郡は比較的住みやすい環境だが、他の州や郡では今日を生きることもままならぬ人々がいることを彼は知っていた。

「臣、盧子幹。貴方の志の元にこの武と知を振るいましょうぞ」

「頼りにしてるよ、先生。見果てぬ夢の先に、泰平の世ってやつを俺が必ず作ってやる」

その惨状を、この男とともに変えていきたいと、盧植は固く決意した。

 

 

<side 盧植/太守執務室>

 

ああ。懐かしい夢を見た。

あの日から、儂の人生は劇的に変化した。

易経の繋辞伝に困の卦を説く言葉があるが、まさにその通りであった。

曰く、困は窮して通ず、と。

万民救済の夢を信じ、儂はひたすら耐え忍んだ。

結果として、いにしえの文王が太公望を見出したように、殿が現れた。

そしてその志に感銘し、殿の覇業を共に歩み始めたのだった。

 

長安を治め、各地の士人を招聘し、殿の策を実行してきた。

反乱を収め、匪賊の討伐も何度もした。

そんな中で気がついたのは、殿の御心はあまりにも繊細であるということだ。

殿は反乱は許さないし、冷徹になるときはとことん冷徹になる。

許陽討伐の際にも、普段の温厚さからは考えられない、悪鬼のような行いをした。

しかし、『名君』と敬われる殿も『蝙蝠』と畏れられる北郷としての殿。

その二つの顔は、彼の人間性における両極端なのだろうと、盧植は感じた。

 

そして、古参である許陽を殺したと報告に来る前に、きっと殿は涙を流しておられたのだろう。

誰にも見られることなく。そして自身でも気がつくことなく。

「あまり無茶をなされるな。いくら平気そうな顔をしていようとも

 殿の心の軋む音が、儂にはしかと聞こえているのですぞ」

一刀がこの世界に来てから、最も長く仕えている彼の呟きは

誰もいない部屋に、静かに飲み込まれていった。

 

             ――――――To be continued

 

以下補足(作者の技量を補う場)

 

1.作中で登場した物品

※中原付近での商売は、今のところ五銖銭が主な貨幣として扱われています。

 円相場としては、一銭百八十円ほどです。色々な本からの平均値です。よって「違うよー」という声があるかもしれませんが、この作品の黄巾以前はこの相場で行きます。

 

・風の着物

 一刀が現代の知識を基に作った一品。ちなみに非売品だが、一刀曰く売るなら手付金として四千石相当。

・本

 長安城の蔵書は数千冊。

 この時代貴重な紙を大量に使用しているため、ここを知る一部の士人たちからは憧れの場所。

 一冊辺りのお値段は平均2,000銭~

・煙草&シガレット

 葉色は鮮黄、芳香佳良、味も甘美でニコチンの含量も少ない……らしい。

 一刀も盧植もかなりの愛煙家。

 「煙草くさい」と言われることもあるが、禁煙はしないらしい。

 一箱500銭~1,000銭程

・盧植邸のお酒

 この時代のお酒のため、結構薄い。(一刀談)

 盧植と飲むたびに「先生、絶対に本当の酒を飲ませてやるから」と言っているため、酒の開発をしている模様。

 三十升130銭~

 

2.キャラ紹介

 

盧植

優れた学識と高い人望があり、宦官に全く媚びない清廉さを持っていたと伝わる後漢きっての壮士。

知力型の将軍というイメージの能力値としました。

白い髪を後ろに撫で付け、戦場で鐘のように響く声で指揮を飛ばす、長安の宿将です。

性格は異なりますが、外見は三極姫の司馬 懿やアランドロン(老)的なのをイメージして下さい。

紳士的な振る舞いや見た目から、各地の士人達からの人気も高いです。

※前に外見はアランドロンをイメージして下さいと言ったら、「ベルゼですか?」と言われまし た。映画俳優の方です(汗

 やっぱり今の若い世代にはあまり知られてないのかな←(作者は平成生まれの映画好きです)

 

特技説明

・百戦錬磨 敵迎撃時、統率・武・槍兵が+1段階上になる。

 

真名の由来はアマゾナイト(別名、希望の石)という微斜長石から。

アレじゃないです。はい。一応書いておきます。

意味は、約束の日。

はたして、一刀たちの夢見る楽土は創られるのでしょうか。

こうご期待。

 

次に風

・特技説明

自分より知力の低い部隊への撹乱が必ず成功

史実では剛直な参謀でしたが。

この外史では、どうなっていくでしょうか。

¥あとがき¥

 

「師走は、師が俺を殺すために走ってくるのだと理解した」

(静岡の方言でお久しぶりの意味)

いやぁ、忙しい年末でした。

そのため更新が遅れて申し訳ありませんでした。

 

@報告事項

1.テスト期間中にエクストリームバーサスを出した某『夢を作る企業』が悪いんだOrt

 ネット対戦でウザイ∞使いがいたら、作者かもしれません(笑

 

2.Web恋姫が二週目に突入したよ!!←

 新天地を目指して、8+9で新しく始めました。

自分は董卓軍スキーなのに、いつになったら出るのだろうか。

次に好きな勢力である呉でプレイしてますが、今回の外史でも呉は劣勢ですOrt

それと自分に素直になったら、自軍の武将が一太郎さんの小説の南陽みたいな面子になってしもうた。

幼女キャラ好きだから別に良いんだけどね(ヲイ

 

まだやったこと無い人は是非一度試してみてください。

ぶっちゃけ好みは分かれると思いますが、作者は楽しんでおります。

『おおー

 お兄さんにまた会えたのです』

鯖選択直後の風が可愛いです。

『…ぐー……おぉ?

 お兄さん、おはようございます』

鯖選択直後の風が可愛いです。

 

大事なので二回言いました。

みんなやるんだったら、呉をお勧めするよ!!(誘い

 

そういえば某SLGで程昱は黄忠よりも年上でした。

作者はかねてより思っていたのですが、実は風はロリBB―――ッ←(何かの刺さる音

 

風「おやおや~。こんなところに物言わぬ死体が放置されていますねー

  後でお兄さんに報告しておきましょうか。

  皆さんも、何も聞かなかったし、見なかったということでお願いしますね~

  それではまた次回にお会いしましょう」

 

 

 
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