No.346704

恋姫異聞録130 -点睛編ー

絶影さん

今回出てくる舞のイメージはSum 41 - No Reason - Lyrics
http://www.youtube.com/watch?v=3rIr6ino-cI
です。よろしければ、聞きながらお楽しみ下さい

ちょっとだけ補足、今回のNo Reasonなんですが、そのまんまです

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2011-12-12 23:23:33 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:8456   閲覧ユーザー数:6388

辺に響く剣戟音

一つはただ破壊される鉄と木の折れる音。一つは引っ掻くような甲高い音を奏で、最後の一つは軽く

だがその軽い音は何十にも重なり辺に響き渡る

 

「我等を追い込み、いい気になるのは今のうちだ。背後に襲いかかる巨万の兵を貴様らは知らぬだろう」

 

己の得物を壊された周瑜は槍を持ち、華琳から振るわれる大鎌の一撃を間一髪の所でいなし、躱す

だが、華琳はその冷たい笑みを絶やさず回転し、まるで周瑜の槍を削るかのように攻撃を繰り返していく

 

「巨万の兵・・・ねぇ」

 

「何が可笑しいっ!?」

 

「貴女たちが此処まで足掻くのはやはりソレね。流石は白眉。あの時のように羌族を動かしたか」

 

「ば、馬鹿なっ!!知っていたと言うのか?五胡を、羌族を動かしたことをっ!!」

 

「鳳の報告によると西涼での交易の際に羌族の王の名を何度か耳にしたと。確か、迷当。氐族は阿貴、千万だったか

白眉ではなく劉備に誑かされたのかしらね、何方にしろ今はどうでも良い事」

 

羌族の王、迷当の名を出され動きの止まる周瑜に華琳は容赦無く大鎌を振るう

じっとしていて良いの?私に首を捧げてくれるのかしら?と言わんばかりに

 

「首よりも、私が欲しいのは貴女自身。だから抵抗しなさい、最後まで。全てを出し切った後、屈服させ、跪かせ

私が貴女を使ってあげる」

 

「ふざけるなっ!どうでも良いとはどういう事だ。残してきた兵はそれほどではあるまい。舞王が戻った所で

せいぜい兵は九万。蜀は羌族と氐族を合わせ、その数二十万だ!」

 

「二十万。なるほど、だから今の今まで兵を出せずに居たのね?五胡は遊牧の民。兵を招集するのに時間が

かかっていたと言うことね」

 

倍以上の数の兵数を口にする周瑜は、華琳がこの数を聞いて顔色を変えるに違い無い

動きが止まるのは今度はお前のほうだと笑を見せれば、華琳は顔色も変わらず

それどころか、少しだけ怒気を孕んだ殺気をぶつけてきた

 

「まるで全てを知っているような口ぶりだな」

 

「知ってるわ。だから彼を行かせた」

 

「知っ・・・」

 

絶句する周瑜に華琳は今度は哀れみの瞳を向けた。お前たちは酷い事をした。とても、とても酷いことを

彼の最後の優しさを、戦場ではあってはならない、だけど私が好きだった彼の弱さを

 

お前たちは切り取り、捨てさせたのだと

 

「どういう事だ、一体何を言っている」

 

「貴女にはどうでも良い事よ。今の彼になら前よりずっと、背をあずけて寄りかかって居られる」

 

柔らかく、ニッコリと笑を見せる華琳。周瑜はその笑を理解できず、先程よりも速さを増す攻撃を捌き続けた

言い知れぬ不安、華琳の言った言葉、一体何が起きているのか。諸葛亮が言ったとおりに五胡を動かし

本拠地の許昌を獲る事が、更には兵を此方に集結させている曹操の帰る場所全てを奪う事が出来るはずではないのか

 

孫権を此のまま安全な位置で、最後は逃がし。もし我等が死んだとしても、呉を復興出来るよう蜀と契約を交わした

だからこそ首を縦に、同盟を組んだのだ。我等は唯、耐えれば良い。そう、袁術の元に居た時のように

 

響く金属音に周瑜が視線を向ければ、孫策が最後の一本の剣を折られた所

武器を投げていた兵は、稟の仕向けた魏の兵に討たれ、最早投げられる武器はない

 

「参ったわね。最後の剣まで折られちゃった。身体も、痺れてお手上げよ」

 

「ならばどうする?」

 

「決まってるわ。まだ武器は残ってる。この両手がね」

 

そういって破壊された剣の柄を投げ捨てると、孫策は拳を構える。大剣を構え、静かに腰を落とす春蘭に怯む事無く

素手で有ろうとも、その闘志は萎える事無く、眼は更に鋭さを増す

 

孫策の姿に周瑜は歯を噛み締め、槍を握り締めた。何を馬鹿な事を、何を弱きになっているのだ

アレを見ろ、武器を持たず、拳を固め、身体をボロボロにしてなお立つ姿を!

友が自分の心に応えているのだ。最後まで、命を賭けて!折れてどうする、膝を屈してどうする

声を上げろ、まだ終わっていない。耐えてみせろ、最後まで。病で侵されているだと?

知ったことか。此処で武器を、拳を握らず、一体何時何処で戦うというのだ!?

 

「友の応えに返さずどうする・・・かかってこい、曹操。望みどおり全てを見せてやるっ!」

 

防ぐだけだった周瑜は槍を握り、華琳へと向かう。気迫と殺気を叩きつけ、周瑜には似つかわしくない

雄叫びを上げながら

 

 

 

 

舞が終わり歌は続く。降り注ぐ豪雨。だが、敵の軍勢は動く様子がない。余韻に浸っているのか、それとも圧倒され

信じられない光景に眼を奪われているのか解らない。詠の思うとおりならば、心を折られて動く事ができないの

かも知れない

 

「・・・」

 

鳳の睨みつける先には、予想する通りの五胡の軍勢。馬の旗に引かれ、異形の者たちが騎馬に乗り、厳顔達の

部隊と合流する様子。此処は平地、遮るものが何もない。部隊を展開されれば倍の兵数を持つ敵に勝つことはできない

 

「やっぱり羌族。迷当を説き伏せたんだ、氐族まで」

 

森の出入り口で部隊を展開させたせいか、後続の兵である羌族が途中で止まり、僅かに厳顔達の広げた涼州兵の後ろに

展開した程度。本来ならば、もう少し前進させて五胡の兵を展開させたいところだろうが、目の前の涼州兵は一人として

動こうとしないのだ

 

その様子を見て鳳は騎馬から降り、今だ心を揺さぶる声から逃れるように耳を塞ぎ風の元へと走る

 

「風っ!やっぱり羌族が、馬良のやつが迷当のやつと引きあわせたんだっ!!」

 

「・・・ぱくぱく」

 

慌て、風と詠の元へと走れば、鳳の眼に映ったのは櫓の階段に腰掛け、懐から取り出した握り飯をぱくつく風の姿

 

「な、何してんの。今ヤバイでしょ?此方、強行軍できたから実質六万ってとこしか居ないんだよっ!!

風がどんな凄い策を用意しているのか知らないけど、数では圧倒的のはず!五胡なんて馬鹿みたいに兵持ってるんだから」

 

馬騰が居たからこそ押さえられた五胡の攻撃。まるで暇つぶしの様に攻めてくる五胡を相手取り、一歩も退かず

西涼を守り続けた。英雄と呼ばれるには理由がある。魏が西涼を保持し続ける事が出来たのも

羌族から一目置かれた英雄、その娘である馬良の存在があったこともある。そして何よりも、そんな馬騰を

討ち滅ぼした魏を相手に、羌族は戦うことが良いと思わなかったからだ

 

さらにはそんな五胡の大軍に対し、昭率いる雲兵は三日で此処まで走り続けたのだ、幾ら兵が強靭であろうとも

脱落する者がいて当然。風からの伝令を受け取っていた鳳は、落ち着いて食事をする風に驚き

隣で同じように腰掛けてボーっと敵軍を見つめる詠に声を荒げ、喚いていた

 

「いえ。お兄さんが心配で、今まで何も口にしていなかったものですからー」

 

「だからって!」

 

「ふぅ。腹が減っては戦は出来ぬ。ごちそうさまでした」

 

満足そうに小さな手で自分のお腹をさする。ようやく動いて指揮をするのかと思えば、風は立つ事無く

今度は懐から竹筒を取り出し、栓を抜いて中のお茶をクピクピと飲み始めた

 

「・・・何してるの」

 

「食後のお茶を、飲みますか?」

 

「飲まないよっ!ああーっ!!ヤバイんだよっ!どうするのっ!?なんか策あるんでしょっ!?」

 

危機感の無い様子の風に鳳はますますわからなくなる。確かに儀式を行なって雨を降らせたのは凄い

でも後から来た五胡の兵には全く意味が無い。歌声は聞こえているだろうけど、雨なんか儀式で降ったなんて思わない

 

それどころか、今にも攻めてくるだろう。涼州兵が動かないならば、五胡の兵が涼州兵を押しのけ

此方に襲いかかってくるはずだ。なのにもかかわらず、風はのんびりと茶を飲んでいるのだ

意味など解らない、策が有るにしても何故動かないのだ

 

「落ち着きなさいよ。風は何時もこんな感じ。それよりも、上見てみなさい」

 

「上?」

 

詠の指差す方を見れば、櫓の中心に立つ男。そして男を後ろから強く抱きしめる秋蘭の姿

少しでも力を抜けば、男は獣の様に敵に襲いかかるだろう

 

舞が終わると男の視界に五胡と馬の牙門旗が入り、今にも駆け出しそうになる男の体を

秋蘭は抱きとめていた

 

眼は濁りきり、汚泥のような色を持ち、身体から溢れる殺気は紅の色を想像させる

錆びて朽ちた、切れ味の悪い刃を連想させる男の殺気に鳳は身震いをし、眼を逸らす

もし眼が合ってしまえば自分は喰い殺される

 

「な・・・何アレ。あんなの、昭様じゃない」

 

「アレも昭、普段の時も昭、どっちも昭。風はこの先が見たいんでしょう」

 

竹筒から口を離した風は一息つくと、頷き。もうすぐ森の中から出てくる馬の牙門旗を見つめた

 

「名は人を表す。真名は特に」

 

「そうね、僕が昭の元に居るのが何よりの証拠だわ」

 

「はい。所で、詠ちゃんは不思議に思いませんでしたか?名で引かれ合う人達。ならば、何故お兄さんの真名を

冬の付くものにしなかったのか」

 

「どういう事?昭の真名は風が付けたんでしょう」

 

風は首を振る。自分が昭に真名を付けたのは、昭に聞いた評価と完全な直感、そして易によるものだと

普通なら、夏侯の名を持つ昭の真名は冬をが付くのが妥当である。何故なら、四季を表すように夏侯の姉妹は

季節の名を持っているからだ。なれば、易でも当然、冬を意味する文字が付くはずだと

 

「ですが、風の易にも雲とだけ。でも、それは当然のことだったんですよー」

 

「当然?」

 

「ええ、お兄さんは千変万化の雲。全ての季節を身に収める者。さて、今から見れるのはどの季節でしょうか

春は春蘭ちゃん。夏はお兄さんと思っていましたが、どうやら三人共。秋は秋蘭ちゃん。今、戦場に夏を終わらせる

涼風が、お兄さんを変える風が吹いてます。お兄さんは果たしてどの季節に変化するのでしょうね」

 

涼風。昭の娘の名を口にした風が櫓を見あげれば、娘の危機に鎖に繋がれた獣が牙を剥く姿

殺気を放ち、荒ぶる獣を白い鎖はゆっくりと男の指を絡め、握り締めた

 

「最早怒りに満ちたお前を止めることはしない。此処で負ければ娘がどうなるかなど解らぬのだ」

 

「・・・」

 

「数多の怒りを身に収め、民の声が、怒りがお前を蝕んでいるのだろう。弓の弦は既に限界まで引かれた

後は解き放つのみ」

 

秋蘭は男の耳元で囁き、頬を伝う一筋の涙。此れほどまでに濁る男の瞳など見たことは無かった

抱きしめても、その濁りきった瞳はますます淀み、濁っていく

 

男の心のなかでは赤黒い手が幾つも男の身体を掴み、放さない。我等の怒りをぶつけよ、戦をする者に怨みをはらせ

愛する者を失う痛みを知っているだろう?定軍山を思い出せ。お前も我等の様になりたいか?

 

瞑想などで逃れたつもりか?それとも我等から眼を背けるのか?

 

まさか忘れたなどと言うまいな?忘れたならば思い出せ。思い出せぬならば、思い出させてやる

そういって、赤黒い手は黒い剣を男の身体に降らせる。まるで豪雨の様に

 

突き刺さる痛み。心が張り裂けんばかりの苦痛。幾度泣いても、涙が枯れても癒されぬ

心が乾いても、癒す存在など既に失っているのだ。ならば無くすな、殺せ

 

甘さなど捨て去れ。殺し合いに優しさなど必要なものか。唯、怒りのままに敵を滅ぼせ

 

握り締める手は、綺麗に巻かれた包帯をブチブチと音を立てて切り裂く

だが、秋蘭に握られた右手だけは動くことはない

 

「愛するものを奪われた怒りはお前を幾重にも切り刻むだろう。思うまま戦え、眼を失えば眼に、腕を失えば腕に

私はお前の半身だ。どの様になろうとも、私が愛するのはお前だけだ」

 

「うぅ・・・」

 

「いいさ、娘を守ってくれれば。そして生きていてくれれば。だから、我儘を1つだけ言わせてくれ」

 

【負けるな】

 

唯一言。秋蘭の言葉に男は身を震わせる

身体を貫く黒き剣は雨に、辺は明るく光が包む

男の体に絡みつく無数の手は、ゆっくりと染み込み血肉となる。見あげれば、天には日輪が

 

「雄雄雄雄雄雄雄雄オオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォッ」

 

地鳴りのような声を上げる男に魏の兵士達は男へ眼を向けた。涼州の兵も、五胡の兵士すら異様な声に

眼を向ければ、櫓に立つ男が天に向かい咆哮を上げる姿

 

同時に、森から出た馬の牙門旗。牙門旗の元に立つ扁風が秋蘭の瞳に映り、秋蘭は張り詰めた弦から指を

放すように、引き絞った矢を放つ様に男から手を放す

 

男は腰の剣を、倚天の剣を抜き取ると天に掲げ、そのまま剣の切っ先を扁風へと向けた

 

同時に鳴り響く雷鳴。気付き、動いたのは厳顔と三人の涼州兵

森から騎馬に乗り、現れた扁風に真っ直ぐに襲いかかる秋蘭の放った矢は、盾になった涼州兵三人の頭蓋を撃ちぬき

轟天砲を貫いて厳顔の鼻先で止まる

 

「なんと・・・。この距離で三人を貫きおった」

 

驚く厳顔。矢の放たれた方向を見れば、秋蘭が弓を構えて男の隣に寄り沿う姿

やるでは無いかと笑を向けようとするが、厳顔の顔は引きつり、強張る。手が震え、背筋に冷たい汗が流れ落ちる

 

なんだアレは?こんな殺気など感じたことはない。何処までも冷たく、凍えるような

身を刺す冷たい殺気などいくらでも感じてきた。夏侯淵の殺気がソレだ。だが、此れは・・・

 

「冷気そのものではないか」

 

呟く厳顔の瞳に映るのは、櫓の中心で降り注ぐ雨すらも凍らせ、雹へと変えてしまうような極寒の殺気を放つ男の姿

その瞳は何処までも冷たく、氷塊を思わせる瞳。殺気までも特有の紅蓮の殺気などではなく、触れれば即座に凍りついて

しまうであろう冷たさを感じさせた

 

「・・・行ってくる」

 

「行ってらっしゃいー」

 

櫓の一段一段、ゆっくり階段を下りながら男は風を見ること無く声をかけた

鳳は雰囲気がガラリと変わった男に恐れ、後退り。詠はちらりと一瞥すると、再度敵軍に視線を向ける

風は手を軽く振り、男の前には凪達三人が道を案内するかのように立つ

 

たった四人で進む様子に鳳は大丈夫なのかと視線を風に向ければ

 

「大丈夫ですよ。心配いりません」

 

そういって指さし、風の考えが理解できた鳳は驚き、呆然と前を見ていた

 

「早々に指示を、此のままでは埒があかん。何時までも夏侯淵の弓から守っていられぬぞ」

 

義兄から放たれた宣戦布告の矢に扁風は少しだけ眼を見開いていた。だが、唇を強く噛み締めると自信の心を鼓舞し

変わり果てた男の姿を睨みつけていた。此処で折れては何の為に裏切ったのか解らない

戦え、そのために此処に来たのだろう。目的を果たすのだ、怯んでいる暇など無いと

厳顔の言葉に扁風は頷き、隣に立つ異形の者。顔の半分に刺青を施し、大斧を片手で持つ男に指で指示を送る

 

「解ッタ。全軍進撃ヲ開始シロ。動ケヌ涼州兵ハ無視ダ」

 

指示をするのは羌族の王、迷当。指示を受けた仮面を被る異形の者達は、騎馬を走らせ

動きの止まる涼州兵を避けて進撃を開始する。開けた土地は、見る見るうちに異形の者達、五胡の兵で埋まるが

次の瞬間、前列の者たちが次々に大地に飲み込まれていく姿

 

「危ないですよー。お兄さんや歌に見とれるのは構いませんが、地面の変化くらいは見ておかないと」

 

「やっぱり落とし穴」

 

「はいー。と言っても、地面を人の高さほど掘って、また埋めて、砂をかけたただけですが」

 

降り注ぐ雨のせいで一度掘られた土は水を大量に吸い込み底なしの沼の様に。しかも騎馬に乗っている兵たちは

地面に吸い込まれ、高い位置から身体を叩きつけられ、後続の騎馬に踏まれていく

 

「少ない日数で此れを仕上げたとなると、今いる青洲の人間?」

 

「お兄さんの提案である刀狩りで武器を手放し、人と戦う事はなくなりましたが、青洲の人々はずっと戦っていました

剣を鍬に持ち替え、ずっと大地と戦ってきたんです。この程度は三日もいらずにやってのけます」

 

「私達に一列で戻って来いって言ったのはこういう事」

 

「はい。ですから此方に向かってくるのは一列の騎馬兵。一騎当千とは言いませんが、凪ちゃんたちも猛将です

それに今のお兄さんが加われば、最早呂布とも引けを取らないでしょうね」

 

風の言葉に前へ眼を向ければ自分達が通った道、細い一本の道を通ってくる五胡の騎馬兵

此れならば幾ら大軍であろうとも戦う数は僅か。風はこの広い土地に隘路を作り出していたのだ

更には敵の進軍と同時にめまぐるしく動く自軍の兵士達

 

「陣形が、既に指示を出してたのね。道理で余裕が有るわけだ、言ってくれたって良いっしょ」

 

呆れる鳳。これで陣形を作って迎撃がと思えば、相変わらず風は動くこと無く男の姿をじっと見ていた

 

「どうしたの?」

 

「まだ見極めは済んでいません。お兄さんの変化を、完成された夏侯昭の姿を」

 

呟く風。詠も同じように男の後ろ姿を見つめ、鳳はまだ此れ以上のモノが有るのかと生唾を飲み込み

男の背に描かれた魏の文字に視線を向けた

 

 

 

 

 

 

「我等をお使い下さい」

 

「ウチらは隊長の剣や、思うままに」

 

「沙和達を使って欲しいのー」

 

男は無言で進み、櫓から離れた所で止まる。真桜は螺旋槍で地面に、男の前に線を引く。此処から先には絶対に行かせない

そういう意味を込め。敵に振り向き螺旋槍を回転させ、激しい音を立てて威嚇する

 

「馬鹿が、馬鹿どもが。一番ねろうたらアカンもん狙って。隊長の真名がなんで叢雲言うか知らんのか?

業を取り去る雲、風はそう言っとった。三時業を取り去る雲やって。過去と未来と現在の業。ソレを取り去るんが

隊長の真名やって」

 

槍を握り締める真桜は頬を涙で濡らし、歯を噛み締める。そして、迫る敵兵を睨みつける

その瞳は怒りの炎で染まり、敵を飲み込むかのように

 

「なんで隊長が他人の業を、ソレも過去やら未来やら取り除かんとアカンのや?アホみたいに自分傷つけて

あんな邑まで作って。死んだ兵の家族んとこで、地面に頭こすりつけて、ボコボコに殴られて、怨みやら怒りやら

関係無いもんまで」

 

真桜は叫び、吐き出すように吠える。止まること無く流れ続ける涙を其のままに

 

「全部。ぜーんぶ涼風の為やろうがっ!未来を生きる子供の為に、怨みを、怒りを全部終わらせる為やろがっ!!

近くに居って、隊長の事理解もせんと裏切って。何処まで隊長を傷つければ気がすむんやっ!ウチは絶対許さんぞ

お前ら皆殺しや、誰一人逃がさん。誰一人生かして帰さんからそう思えっ!!」

 

怒りを叩きつける真桜を男は抱き寄せ【有難う】と一言

その一言に真桜はますます怒りに染まり、凪と沙和も拳を、剣を握り締め怒りを顕にする

 

男の腕から解き放たれた真桜は中央に立ち、突出し、迫る一騎の騎馬に槍を向けた。同じくして凪は地から足を離し宙を舞う

 

「演出郭嘉、叢演舞戦神」

 

男は剣を握ったまま、眼を見開き敵の動きを、感情を全て己の中に取り込み始める

 

「真桜、二歩前へ。凪は真桜の肩で更に跳躍。沙和は俺の前で左右の剣を縦に振れ」

 

男の指示に、真桜は迫る騎馬に槍を構えたまま二歩前へ。騎馬は音を嫌がり寄れる

そこへ凪が真桜の肩を踏み台に宙を舞、騎馬の顔へと蹴りを放ち、前へ投げ出された五胡兵の両腕を

沙和の振り下ろした双剣が切り落とす

 

剣を宙に舞わせる代わりに凪達が剣の代わりに。戦神は稟の知識と凪達の力によって作り変わる

まるで稟の様に目の前の三人を指揮し、剣の代わりに凪達を操り敵を討つ

 

宙に舞う五胡兵の両腕。男の前で膝を地に着ける五胡の兵士。男を前に、立ち上がれば

男はおもむろに剣を五胡兵の腹に突き刺し、そのまま真下へ振り下ろす

 

「ヒッ!」

 

声を上げる鳳。男の目の前で五胡兵は、己の身体から流れ落ちる臓物を見て小刻みに震え膝を着き

どうにか自分の身体に戻そうと身体をよじるが、戻ることはなく。大量の血で大地を染めていく

 

涙目で、懇願するように目の前の男へ視線を向ければ、冷たく、何の感情も無い瞳で己を見下ろす姿

 

「ア・・・アッ・・・」

 

か細い声を出し、力尽き、地面に身体を投げ出す兵に、男は言葉をかけるでもなく

慈悲の心で止めを刺すわけでもなく。ゆっくりと首に右足を置き、踏みつぶしていく

 

辺に響く、首の骨を踏み折る音。その様子に後続の五胡兵達は騎馬を止め、唖然としていた

慈悲も無く。戦場での作法である止めを刺すわけでもなく。ただ苦しませ、虫を殺すかのように踏みつぶす

冷酷な姿に言葉を無くしていた

 

「あ、あんなの昭様じゃないっ!ダメだよっ!ダメだよ風!」

 

「違う、アレが完成。アレでいい。そうでしょう、風」

 

首を振る鳳に対し、昭の姿に確信を持った詠が風と視線を交わして頷く。アレこそが完成された魏王の影

夏侯昭の姿なのだと

 

「もともと素質は有りました。呉での交渉後に孔明さんへした行為。黄忠さんへ子供を引き渡す際の賊へ対する

行為など。ここでお兄さんは将として完成しました。敵に慈悲はなく、だが優しさも同時に持ちあわせています」

 

「何処がっ!?あんな、あんな殺し方っ!!」

 

「いえ、アレはお兄さんの戦場での優しさです。見てください、お兄さんの行動で敵は足を止めた

無駄に敵を殺すことは無いでしょう。それに、怒りで頭に血が上る凪ちゃんたちを冷静なお兄さんは操っている」

 

見れば敵の騎兵は冷酷で異常な行為に完全に飲まれてしまっていた

男の身体から流れる極寒の殺気は更に敵兵達に牙を向く

 

「優しさも怒りも、何一つ捨てること無く。更には流れこむ感情さえも支配している

証拠に敵を討ってもお兄さんの体は傷がつかない」

 

何時もならば、敵の体を傷つけた時に浮き出る傷が何処にも浮き出ることはなく

それどころか男は踏みつけ、殺した兵に対し冷たい瞳を向けるだけ

 

「お兄さんは欲張りですね。夏も冬も捨てることはない。お兄さんの自軍の兵に対する気迫はこんなにも熱く

敵には極寒の寒さを。どうですか?これが貴女の望んだお兄さんの姿ですよ?完璧でしょう?敵に冷酷に、味方に熱を

まるで英雄のようです」

 

男の行為に自軍の兵達は声を一斉に上げて大地を轟かせ、怒りを増大させていく

貴様らが変えたのだ、この人を。我等の怒りを、悲しみを知る者を。何故変えた?何をした?

一体何を狙ったのだ?我等の心か?我等の愛する者か?生きる糧(理由)を我等から奪おうというのか?

ならば思い知れ、代償を、その身を持って我等に償えとばかりに

 

風は遠くで此方を見つめる扁風を睨みつける。珍しく、その瞳から涙を流しながら

小さな手を握りしめて

 

「ですがこんな姿は風は嫌いです。大嫌いです。お兄さんは優しくて、戦場など不似合いで。小さなことに

でも涙を流して。風を家族だと呼んでくれる。そんな姿が大好きで」

 

「風・・・」

 

「英雄などではない、御使などでもない。皆の前で舞ってくれて、皆を笑顔にして、頑張った時は優しく頭を撫でてくれる

風達の為に叱ってくれて、怒って、泣いて、たまに料理を作ってくれて。色々な話をきかせてくれて」

 

両手で流れ落ちる涙をグシグシと拭い、風は怒りを込めて扁風を、蜀の旗を睨み続ける

 

「だから風はフェイちゃんを許しません。どんな理由が貴女にあったとしても、風はお兄さんを変えた貴女を許すことは無い」

 

風の叫びに呼応するように、真桜は叫び怒りを爆発させた

 

「アホウがっ!なにビビッとんじゃ!今更命乞いなんぞ聞かへんぞ!皆殺しや言うたやろうが!」

 

男の殺気に飲まれ固まる五胡の兵士に真桜は螺旋槍を振るい、蹴散らしていく

凪と沙和も同様。まるで木偶のように固まる敵兵を次々に打ち倒し、その光景に異形の者達

仮面を被る五胡の兵は士気を落としていく

 

「沙和、右へ三歩。騎馬に横薙ぎを」

 

騎馬に通り過様、双剣の横薙ぎを振るえば騎兵は飛び降り、男へ槍撃を。突きを繰り出す

 

「真桜、下から掬え。凪、腕を蹴り上げろ」

 

男の指示に、真桜は突き出された槍を下からすくい上げ、凪は兵の腕を蹴り上げる

男の眼前で両腕を上げて棒立ちになる五胡兵

 

トンッ・・・

 

軽い音と共に五胡兵の喉へ剣が突きさり、男は同じように真下へ振り下ろす

喉から下が真っ二つに切り裂かれ、五胡兵は立つことも出来ずに地面へ崩れ落ちた

 

震える手で男の足をつかめば、男は無表情に五胡兵の両腕を切り落とし

今度は喉を踏むこと無く放置する。そのまま息絶えろとばかりに

 

その様子をずっと見ていた扁風は、落とし穴を埋める指示を出し、次に義兄を殺す為に用意した策を発動させた

五胡の兵の中から四人が扁風の指示に頷き、馬を走らせ男のもとヘと向かう

 

一人は将なのだろう。異形の仮面と鉄の剣を携え、率いる三人に指示を送りながら止まる味方をすり抜け

細い道を一直線に駆け抜ける

 

迫る五胡兵に男は少しだけ眼を細めた。何故なら迫る四人の行動が、考えが読めないからだ

まるで砂嵐が目の前を遮るように

 

それもそのはず。扁風の用意した策とは真名に風を持つものを集め、義兄の元へと送ること

思考が読めぬならば、義兄は成すすべなく獲る事ができる

 

男の異変に気づいたのは詠。だが、詠は動くこと無く相変わらず視線を向けるだけ

 

何故ならば心配する必要が無いからだ。全くと言ってもいいほどに

自分が気がついたのだ、ならば心配等必要が有るはずもないと

 

迫る四人の兵士。男は動じる事無く一言「アレは任せる」とだけ

 

男の指揮から解き放たれた凪達三人は、まるで鎖から解き放たれた獣の様に、怒りの赴くまま

襲い来る兵に襲いかかる。凪は蹴りで砕き、真桜は螺旋槍で貫き、沙和は双剣で切り裂く

 

だがソレは読み手だとばかりに、兵を犠牲に五胡の将は棒立ちの男へ剣を向けた

襲いかかる剣の切っ先。だが、男は微動だにせずただ立つだけ

 

もらった。そう叫ぶ五胡の将の体は雷鳴と共に立ち止まる

 

体を貫く鉄の鏃。更には二射、三射と腕、足を貫く雷

櫓の中心に立つ秋蘭は、静かに夫の影に居る敵兵に向け雷咆弓を放っていく

 

「馬鹿ね。昭は何時だって一人じゃない。一人じゃ何も出来無い、だから叢雲なんじゃない」

 

目の前で止まる敵将の首を掴み、握りしめ体を持ち上げていく男

泡を吹き、此のままでは喉を握り潰される。この手を離さねばと、男の腕に手を伸ばそうとした時

更に連続で秋蘭の矢が敵将の腕を貫く。貴様が触れて良いものでは無い。それは私の物だと言わんばかりに

 

「雲はね、雨を降らせれば雷だって落とす。秋蘭の矢は昭と言う雲から落とされる雷よ」

 

腕を射ぬかれ、更には足までも射ぬかれ、身動きが取れぬまま男に喉を握りつぶされ絶命する五胡の将

男はそのまま放り投げ、また何事も無く前を向く。次は誰だと剣を握り締めて

 

完全に士気を折られる前線。男の姿、そして自分の策に対する対応で指揮をしていた扁風の指はとまり

沈黙する蜀の兵達。しかし、そんな中で笑を深くして武器を携え細い道を走る者が一人

 

騎馬は不利だと騎馬から降り、轟天砲を手に冷気のような殺気を放つ男の元へ一直線に駆ける

騎馬の横を通り過ぎ、一気に凪達の居る元へと出ると、武器を振るい襲いかかった

 

「凪、真桜、沙和、俺の元へ」

 

厳顔の一撃を避け、男の元へと寄れば厳顔はますます笑を深くする。一体何を見せてくれるのか?

先ほどの劉封のように、尋常ではない攻撃方を見せてくれるのか。ゾクゾクと身を震わせ

武器を構える厳顔は、再度無拍子の攻撃を仕掛ける。試してやる、貴様がどの様な変化をしたのかをと

 

後続の兵を止め、厳顔は真っ直ぐ歩いて男ヘと近づいていく。轟天砲を担ぎ、上段からの一撃を見舞う為に

 

あと一歩で間合い。そう思った瞬間、男の口が開かれた

 

「舞え、俺の剣よ。目標、夏侯昭」

 

間合いに踏み込んだ厳顔の眼に映ったのは信じられない光景

凪達三人は、本気の攻撃を、一撃で葬り去ることが出来るであろう攻撃を男に向けて放った

 

信じられるであろうか、最も信頼を寄せ、己の怒りの源であるはずの男を

男自身が口にしたこととは言え、本気で攻撃を向けることなど

 

訳も解らず振るう厳顔の無拍子の攻撃。だが、振るった場所には男は居らず。轟天砲の側面を真桜の螺旋槍が

ガリガリと音を立てて削る音。横撃を喰らい横に寄れれば、男に向けて振り抜いた凪の蹴りが厳顔の顔へ

 

「な、んだとっ!?」

 

腕を盾に、蹴りを受け止めれば今度は背後から。男に回りこまれ、腕を掴まれた沙和の剣が軌道を変えられ

厳顔へと襲いかかる

 

無理矢理轟天砲を引き上げ、振り向くと同時に剣戟を防ぐと今度は男は厳顔の背に張り付いていた

 

厳顔の脳裏に浮かぶのは「まずい」と言う一言。何故ならば男は言ったのだ。攻撃目標を夏侯昭と

ならば攻撃は自分に集中するはず。そう思った時には既に遅く、厳顔の正面から襲い来る真桜の螺旋槍

 

男はくるりと振り向き、厳顔の膝を爪先で叩く。武器を横薙ぎに迎撃するため、踏みしめた足は

男の爪先で崩され膝を折る厳顔。驚き、体制の崩れた所に男は更に襟を掴んで引き込む

 

「うおおおおおおっ!!」

 

厳顔は迫る螺旋槍を振り上げた蹴りで逸らすが、襟をつかんでいた場所を狙い

体制の崩れた厳顔の首を切り落とすかのように真桜の肩を踏み台に、空に舞い上がった沙和の剣が振り下ろされた

 

驚く暇なく厳顔は武器を再び引き上げ、沙和の一撃を防ぐが背中に鋭い衝撃が襲いかかる

そう、先ほどまで男のいた場所へ放たれた凪の強烈な蹴りの一撃だ

 

体制を崩され、防御すら出来ずまともに受けた一撃は、厳顔の体を吹き飛ばし地面を転がる

 

理解出来無い攻撃方法。すべての攻撃は男を狙わせ、男はその攻撃を利用して敵を攻撃する攻撃法

 

だが、詠と風だけは理解をしていた。戦神はもともと剣を舞わせ、敵を引き込み利用する攻撃方法でもある

腕を傷つけるはずの剣は将に、敵を引き込む戦闘法は其のままに。今まで仲間の動きを鏡に写したかのように

真似られるようになった男は、まるで己の手足であるかのように凪達を動かしていく

 

男は地面に転がる厳顔に走る。厳顔は、男へ向かい轟天砲の引き金を引こうとすれば

直前で屈み、男の影から凪の飛び蹴りが一直線に襲いかかり、轟天砲を弾く

 

更には屈んだ男へ目掛け振りぬく沙和の下段斬りは、厳顔の足を狙う一撃に

それを素早く轟天砲を地面に突き刺し止めれば、男は轟天砲へ足をかけて駆け上り、厳顔の肩に乗っていた

 

「・・・」

 

自分の真上に立つ男に唖然とするのは一瞬。男は何もすること無く、そのまま厳顔の目の前に降りた

真上に立っていた男がいなくなり、代わりに現れたのは螺旋槍の跳躍機能を使って空中に滞空していた真桜

 

「フフッ、フハハハハハハハハッ!!」

 

最早追いつく事の出来無い攻撃の嵐に厳顔は笑っていた。真上から切っ先を向けられ、全体重をかけて

落下し回転する螺旋槍の穂先を地面から抜き取った轟天砲で防ぎ、体を削られながら無理矢理弾きとばす

 

飛ばされた真桜は、正面で距離をとった男と背中合わせで立ち。武器を構えて厳顔を見据えていた

 

「言葉もない。手強いなどと、一言ではいいあわらせんな」

 

「此方は精一杯や」

 

精一杯等という真桜に、何を謙遜するのかと言おうとすれば、真桜と男の背後から煌々と輝く光

それは次第に大きく、まるで太陽であるかのように光を放つ

 

「な・・・気弾か!?」

 

光球の後ろでは、沙和が歯を食いしばり己の全てを注ぎ込むようにして気を練る姿

 

「凪ちゃんは隊長が怪我したときに役に立ったのー。真桜ちゃんは刀を作って隊長の腕が怪我しないように

沙和だけ、沙和だけ何もしてない。沙和だけ置いてけぼりは嫌なの!だから、今度は沙和が隊長を助けるためにっ!」

 

男が再び怪我をした時、凪の様に気を使い、男の役に立てるようにと習得した気

それは大きく、太陽のような暖かさを放つ巨大な気弾を創りだしていた

 

「面白い。だがそこまで膨れ上がった気弾、作るだけでやっとであろう。撃つ事など出来るはずが無い

だからこそ轟天砲のような武器があるのだ、気を溜め込み打ち出す武器が」

 

「ならば私が撃ちだそう」

 

厳顔の言葉に答えるように、沙和の背後で凪が両掌に気を溜め、腰を落とし半歩前へと踏み出すと同時に掌を返しながら

震脚の弾ける音と共に放つ一撃。沙和の練りだした光球は凪の一撃によって男へと襲いかかる

 

「撃ち出したのは良いが、それでは舞王が巻き添えだ。儂に当たる前に、貴様の護るべき存在が消し飛ぶぞ」

 

そう、厳顔へ向けたのではない。依然目標は夏侯昭。気弾の軌道上に男と真桜、厳顔が居るだけ

此のまま行けば、当たるのは真桜と男のみ

 

しかし、男は背後から迫る気弾を見ることもせず。真桜の腰に自分の腕を回すと回転

遠心力を利用し、体を屈める。足を水平に開き、真桜を抱えたまま気弾の真下を

地面を滑るようにしてくぐり抜けた

 

「なっ!?」

 

気弾を潜りぬけた先では男が背を向けたまま、真桜を抱きかかえる姿

ならば、同じように気弾の下を潜りぬけるまでと厳顔は身をかがめようとするが

時間差で、凪の一撃によって気弾は膨れ上がり、くぐり抜ける隙間すらなくなるほど巨大化する

 

「言っておく。その気弾は沙和の気功によるものだ。私の発勁に気を乗せるのとは違い、多少の怪我ならば

その気弾を受けるだけで癒えるだろう」

 

厳顔は轟天砲を構え、砲撃によって打ち消そうと試みようとするが、先程、真桜を弾いた時だろう

撃鉄に鉄の塊のようなものが挟まり、引き金を引いても撃鉄は弾を、溜め込んだ気を打ち出すことはなかった

 

「チッ、弾かれる時に何かしたか。ならば防ぐまで」

 

そう言って轟天砲を盾の様に構えれば、凪は厳顔に指を差す

 

「だが、私の一撃でその気弾は性質を回復から攻撃に変えた。それがどういう意味か解るか?」

 

迫る気弾。武器を構え、気弾を防ごうとすれば、気弾は直撃と同時に音もなく厳顔の目の前から消え失せる

 

「私の虎撲子により沙和の気功弾は、吸収され体内を【多少の怪我】で破壊する。防御不可の気弾になったと言うことだ」

 

武器を構える厳顔の両目からは涙の様に血が流れ落ち、鼻からも、耳からも、そして口からまでも血をダラダラと垂れ流し

吸収された気弾は鍛える事の出来無い内蔵を、体の内部全てを【多少の怪我】で破壊し、厳顔は地面に血溜まりを作り

背中からゆっくり崩れ落ちた

 

「ウチら三人、アンタと戦ったらいいトコ引き分け。言うたやろ?精一杯やって。せやけど隊長が居れば、ウチらの力は

何倍にも、何十倍にもなる。ウチら一つ一つの雲が集まれば、雷を落とす雷雲にだってなることが出来るんやで」

 

真桜は地面に崩れ落ちた厳顔を一瞥すると、轟天砲の撃鉄に挟り、ひしゃげた己の工具を見て礼を言い

地面にけむり玉を投げつけた

 


 
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