No.340756

とある船乗の海上調書  【完結】

01_yumiyaさん

海洋冒険編、過去捏造。三人目の船乗り。  作品背景だけ借りた半オリジ話。

2011-11-28 17:06:11 投稿 / 全19ページ    総閲覧数:458   閲覧ユーザー数:453

[とある船乗の海上調書]

 

 

むかしむかし、グレートクインの南の地方にひとりの少年がいました。

 

少年は12人兄弟の1番上。

たくさんの弟たちを食わせていくため、少年は10歳を過ぎたころに、近所に住む老船長のもとで船の仕事をはじめました。

 

少年はよく働き、老船長に気に入られていました。

しかし老船長はかなりの高齢。そろそろ船に乗るのも限界だろう、と老船長は少年を呼んでこう言いました。

 

「いままでよく働いてくれた。お前にこの船をやろう」

 

船は高価なもの。

よく働いてくれたとはいえ、少年と老船長は赤の他人。

大事な船を譲るとは、老船長は少年をよっぼど気に入っていたのでしょう。

 

「ありがとうございます」

 

と老船長に笑顔を見せた少年は、

 

その足で譲って貰った船を売りにいきました。

 

高価なものとはいえ、中古の船。老船長が長年愛用していたためか若干癖がありました。

無理に使いこなそうとして苦労するよりは、売ってしまおうと少年は考えたようです。

 

船を売ったお金を使い、少年は少し旅に出ました。

国内を回るだけの小さな旅。

その旅で、少年はある船団の話を耳にしました。

 

『パラボルトから船が出航した。

世界は丸いらしいから確かめてくると。

馬鹿げたことを言いながら、

5隻の船が旅立った』

 

 

それを聞いても少年は、あまり興味を持ちませんでした。

少年は幼い時から船に従事していました。

船上での過酷さを知っています。

その船団もどうせ途中で力尽きるだろうと少年は思いました。

 

ならば自分には関係無いことだ、と。

世界が丸かろうとなんだろうと自分に害も利もない、と。

 

少年はワイワイと噂話で賑やかな人垣から離れ、旅を続けます。

当てもなくただふらふらと、国中を回りました。

 

 

ささやかな旅を終え、故郷に帰ってきた少年は

立派な青年に成長していました。

 

口調や物腰は丁寧ですが

少し皮肉屋の

少し強かな青年に。

 

故郷に帰ってきた青年は、親戚の船を手伝うことになりました。

その船は奴隷船。

 

この国で奴隷を使うことは別段おかしなことではありません。

多少裕福な家庭ならば奴隷がいるのがあたりまえ。

船においても、奴隷がいたほうが効率的です。

特に、砲台をたくさん乗せたガレー船は、漕ぎ手がいればいるほど速く進むことができますから、たくさんの奴隷を必要とします。

ですから青年も何も疑問をもたず、奴隷貿易に従事していました。

 

手先が器用で要領の良い青年は、ここでもよい働きをみせ、サクサクとお金を貯めていきました。

 

 

しかしある時、

青年がいつものように働いていると、ドンと船に衝撃が走りました。

驚く暇もなく、雨あられのように砲弾が降り注ぎます。

マストは倒れ、船体はそこかしこが破損していきました。

 

慌てた青年がなんとか周りを見渡すと、少し離れた海の上にパラボルトの海軍船が大砲を向けているのを確認できました。

攻撃を仕掛けているのはあの船でしょう。

青年は軽く舌打ちをして、いそいで操舵室に走りました。

 

 

パラボルトとグレートクインは海の覇権を争う仲でした。

海に乗り出したのはパラボルトが先。

後を追うようにグレートクインも海に乗り出しましたが、後手後手に回っていました。

グレートクインは知恵と発想力でなんとか肩を並べるまではきましたが、やはり海の王者はパラボルト。

海の上では痛い目に合わされまくっていました。

 

 

奇襲を受けた船団はほぼ壊滅状態。

青年はなんとか体制を整え一目散に逃げ出しました。

 

なんとか命からがら逃げ延びた青年は、陸地に着くとほっと安堵のため息をもらします。

実際のところ、国同士のいさかいは昔の話。今では多少関係が緩和し、グレートクインにパラボルトの商船が、パラボルトにグレートクインの商船が停泊することも少なくありません。

青年も、自分達が奴隷貿易をやっていたから攻撃されたのだろう、と理解はしています。

 

「だからと言って、…奇襲してまで潰さなくてもいいと思うんですがねぇ…」

 

そう呟いて青年は停泊しているパラボルトの商船を軽く睨み付けました。

その船に罪はありませんが、痛い目に合わされまくった国の船。

少しばかり憎しみが湧いてきます。

 

怒りを吐き出すように青年は再度ため息をつき、バクバクと今さら激しく鼓動する心臓を落ち着かせてから船から降りました。

 

外から確認すると、船は酷い有り様。

あちらこちらがボコボコで穴だらけ、陸地まで到着出来たのが奇跡のような状態でした。

よく生きて帰れたものだ、と青年は思いました。

 

(そうですね。…修理するより、新しい船を買いますか)

 

新しい船を。

新しい自分の船を。

 

もしも、また襲われたとしても、耐えられるような対抗できるような船を。

 

 

青年は少し笑って、帰路につきました。

破損した船の対応は明日でいい、今日は眠い。と軽く欠伸をしながら青年は歩きます。

途中、ビュンと凄い勢いで走り去る人影とすれ違いながら、暗い道を自宅に向かって進んでいきました。

 

次の日、

青年は手持ちのお金とにらめっこしながら、どう船を買おうかと模索します。

 

働いていた船団が壊滅したため、青年は今無職。

それでも青年は笑います。

船を買うならば実物を見に行こうと、青年は港へ向かいました。

 

 

天気も良く、周りの景色も青々と、川もキラキラ輝いています。

これから自分のものとなる船を思い描きながら、青年は悠々と歩みを進めました。

 

 

すると突然、

目の前に猫が一匹飛び出してきました。

猫は青年を横切るように走り抜け、すぐに視界から消え去りました。

 

青年が猫の走って来た方向に顔を向けると、顔を赤くして息を荒らげた男性が走ってくるのが見えます。

猫になにか盗られたのか、と青年が思うと同時に、ボチャンと反対の方から何かが水に落ちた音が聞こえました。

音のした方に顔を向けると、先ほど横切って行った猫が溺れもがきながら川に流されています。

 

追われて慌てていたとはいえ川に飛び込むとはトロい猫だな、と傍観していた青年は視界の端に人影を捉えました。

思わずその人影に視線を向けると、その人影は迷うことなく川に飛び込み、猫に向かって泳いでいきます。

 

驚きながらも青年はその救出劇を見守っていました。

 

人影がなんとか猫を捕まえた、と思うやいなや、その人影の姿が水面に沈み、浮き上がったと思うと、人影は慌てた素振りを見せながら川に流されています。

 

「猫を助けに入って自分も溺れるとは…」

 

青年は呆れたような顔をして、走り出しました。

見てしまったものは仕方がありません。青年は急いで岸ギリギリまで近付き、人影に向かって手を伸ばしました。

 

伸ばした手を捕まれた感覚を感じ、青年は思いっきり体を引きます。

人ひとり引き上げるのだからと、青年は力任せに引っ張りました。

 

 

思ったよりも軽い感覚で意外とあっさり人影を川から救出することが出来ました。

不思議に思った青年が今しがた引き上げた人影に顔を向けると、

思ったよりも小柄な、まだ年端もいかぬような少年が、

猫を必死に抱き抱えたまま、軽く咳き込みながら荒い呼吸を繰り返していました。

 

驚いた青年が少年に声をかけようとかがみこんだら、猫が少年の腕からするりと抜け出し、プルプルと体を振るわせた後どこかに駆け出して行ってしまいました。

薄情な猫だと青年は呆気にとられましたが、少年は嬉しそうに笑っています。

 

「よかっ、た」

 

そう言う少年に自分の着ていた上着を被せながら青年は少年に問いました。

 

「猫を助けて死にかけておきながら、何で笑っているんですか?」

 

「あれだけ元気なら大丈夫だな、と思って」

 

青年は理解できないものをみる目で少年を見ました。

 

「私がいたからあなたは助かったものの、あんな小さな生き物を助けようとして自分の命を落とすなんて馬鹿げていますよ」

 

青年は言いました。

それを聞いて、少年は笑いながらこう答えます。

 

「あの猫だって生きてるんだよ」

 

青年は返事に詰まりました。

呆れたようにため息をつきます。

同時に、不思議とこの少年に興味をもちました。

 

何故こんな真っ直ぐな考えができるのだろうか、と。

 

青年は少年に声をかけます。

 

「私の家はすぐそこですから、少し寄っていきなさい。服や食べ物もありますから」

 

「……」

 

青年の誘いを受けた少年はキョトンとした表情を見せてから青年に向かってこう言いました。

 

「…おじさん、ひとさらい?」

 

言われて青年は軽く固まりました。

確かに青年は奴隷商人やってましたが、人拐いをしたことはありません。

また、自分はおじさんという歳でもないと思っています。

言われた単語両方にショックを受けつつも、青年はなんとか少年に正確に説明をしました。

 

『君の服は濡れているから、うちの服を貸そうと思った』

『自分には弟がたくさんいるから、ひとつくらい合うのがあるだろう』

『早く着替えないと風邪をひいてしまう』

『泳いで溺れかけて疲れただろうから、何か食べなさい』

『おじさんって歳じゃない』

 

青年が心底必死に説明すると、少年はようやく納得したように頷きました。

 

「おじさんは悪いひとじゃない、かな」

 

先ほど青年が被せた上着を撫でながら、少年は呟きました。

青年はもう一度説明します。

 

『おじさんって歳じゃない』

 

青年の二度にわたる説明も虚しく、ひょいと少年は立ち上がり青年に向かって笑顔を見せました。

 

「おじさんち、どっち?」

 

「だから、」

 

「行く!」

 

そう言って少年は青年の手を取りました。

再度説明しようかと青年が口をひらいたとき、少年が派手にくしゃみをしました。

これ以上濡れたままでいたら少年は本格的に風邪をひいてしまいます。

 

反論を諦め、青年は少年の手を引き自宅に向かいました。

 

(船を買うのは、…また今度にしますか)

 

青年は軽く笑いながら横でニコニコ笑っている少年をみました。

 

少年と共に帰宅した青年は、大きめの器に水をはり、少年に数枚の布を手渡しました。

 

「とりあえず、これで汚れを落としなさい」

 

「うん」

 

少年は服を脱ぎ、ゴシゴシと体を綺麗にしはじめます。

その間に青年は弟たちの服を一揃い引っ張り出してきました。

少年に手渡し、着替えるように促します。

言われるままに服を着替える少年に、青年が布を被せます。

 

「…まだ髪が濡れていますよ」

 

そう言って青年はワシワシと少年の髪の水気を拭いてやります。

少年がされるがままにしているものですから、青年は少し驚きました。

 

(大人しい子ですね)

 

なんだかんだで騒がしい弟たちと比べて、大人しく素直な少年に青年は少し好感をもちました。

あらかた髪を乾かし終わり、仕上げに軽く髪をとかします。

少年の肩口あたりまでの茶色い髪をぽんと軽く撫でて、終わりましたよ、と青年は声をかけました。

 

「ありがとう」

 

青年の方に顔を向けて、少年は礼を言いました。

 

 

 

軽い食事を用意しながら青年は、あの少年が育ちのいいとこの子だったらどうしよう、と少し不安になりました。

口に合わないかもしれませんけど、と一言付け足し少年に食事を渡します。

 

青年の不安は杞憂だったようで、少年は用意された食事をぱくぱくと美味しそうに食べていきます。

食事をとりながら、青年は少年と会話をしました。

 

どうもこの少年は野菜や果物を扱う商店の子らしく、たまに店の手伝いをしているそうです。

少し大人しい子なのは、ひとりでいる時間が多いからでしょうか。

 

青年がそんな考えごとをしていると、今度は少年が話をふってきました。

 

「…おじさん船乗り?」

 

「だからおじさんおじさん連呼しないでくださいよ」

 

「どんな船乗り?」

 

青年の訴えは軽く流されました。

完全に諦めた青年はこう答えます。

 

「つい先日、船を無くした船乗りですよ」

 

「…え」

 

 

驚いて困った顔をする少年を尻目に、青年は笑いながらこう言いました。

 

「…本当は今日新しい船を買いに行こうと思ったんですが、誰かさんが目の前で溺れたので」

 

「新しい船!?」

 

青年の言葉を遮って、少年が身を乗り出しました。

先ほどまでの困り顔はどこへやら。少年は目をキラキラさせています。

このくらいの歳の子は乗り物に憧れを抱く時期だった、と青年は話したことを少し後悔します。

 

どんな船にするのか、どんな大きさの船なのか、その船を使ってどこへ行くのか。

少年の口から矢継ぎ早やに質問が飛び出しました。

まだ具体的には決まっていない、と青年が言葉を濁すと少年は手を伸ばし青年の服を掴みました。

 

「買いに行くって言った」

 

痛いところを突いてきました。

青年は戸惑います。

買おうとしている船を、これからやろうとしている事を、少年に話すのは少し躊躇いがあります。

しかし、正直に答えないと離して貰えそうにありません。

少年が力を込める度、机がガタガタと揺れ、上に乗った食器がカチャカチャ音をたてます。

 

(なんで子供ってのは、こう、容赦ない生き物なんでしょうか)

 

真っ直ぐというか、一途というか、欲望に忠実というか。

青年は大きくため息をつきました。

 

 

根負けした青年が少年に話します。

 

『私はこれから海賊をやるつもりだ』と。

 

『欲しい船は、小規模でもいいがガレオン船。前甲板が低く、後甲板が高い、背後からの奇襲に耐えられる船だ』と。

 

『両舷には7門、船尾に2門の砲台を備え付けてある、海上での戦いに特化した船だ』と。

 

海賊にも色々いますが、基本的には船や沿岸部の町を襲い略奪する人たち。

目の前にいる人間にそれになると宣言された少年はぽかんと口をひらきました。

青年は笑っています。

これで少年は怖がって逃げ出すだろう、と青年はとどめとばかりに一言付け足しました。

 

「嘘偽りはありません、…正直に話しましたよ」

 

「…」

 

少年は青年を見つめたまま、言葉を発しません。

しかし掴んだ手は離さず、むしろ先ほどより強く握り締めています。

何故離さないんだ、と青年が不可解そうに掴んでいる少年の手に視線を落としました。

小さな声が青年の耳に届きます。

 

「…ほ」

 

「?」

 

「…他にも、小さな砲台がいっぱいあれば、いいと思う」

 

「…はい?」

 

少年の声を聞いて、今度は青年がぽかんと口をひらきました。

呆気にとられている青年を顔を見ながら、少年は次々と船の装備について話し出します。

目をキラキラと輝かせながら、楽しそうに。

 

少年が語る船の話を若干聞き流しながら青年は思いました。

 

(…『ぼくのかんがえた さいきょうのふね』ですねこれ)

 

船にトゲをつけてどうするんだ、と青年は心の中でツッコミをいれつつ少年の話を聞き続けました。

「ねえ、おじさん」

 

「…あ、はい。なんですか?」

 

少年の話を聞き流していた青年は、急に話をふられて驚きました。

戸惑い気味の青年に向けて、少年は笑顔でこう言いました。

 

「オレをその船に乗せて!」

 

青年は唖然としました。

海賊をやると言ったのに、怖がられるどころかその船に乗せろと返されました。

予想外の反応に、青年は言葉を返せません。

 

青年がなんの反応も返さなかったせいか、少年は再度船に乗せて欲しいと訴えます。

 

何回『乗せて』と言われたでしょうか。

ようやく青年が口をひらきました。

 

「駄目です」

 

青年のその言葉を聞いて、少年の動きがピタリと止まります。

少年は一瞬悲しそうな顔をし、ぷるぷると首を振った後、今度は不満そうな顔をしながら『なんで』と繰り返しました。

少年からの質問責めを遮るように、青年はゆっくり説明します。

 

「遊びじゃないんですよ?例え子供だろうと他人を船には乗せられませんよ」

 

むしろ、子供だからこそ、乗せられません。

青年はこれから海賊稼業をはじめます。どこに操舵室があり、どこに砲台があるか等、船の重要部分を他人に知られるわけにはいきません。

城に例えればわかりやすいでしょうか。見取り図を敵に知られたが最後、その城は落城するしかありません。重要部分も弱点も抜け道も知られてしまえば、逃げることも守ることも出来なくなってしまいます。

 

(子供というものはべらべらと喋りすぎますからねぇ)

 

青年はため息をつきつつ頭を掻きました。

子供としては自分が見たことを親や友人に話すだけなのでしょうが『船の後ろの一番下に食べ物がたくさんあった』などと言われた日には、確実にそこを狙われます。

子供は良くも悪くも素直です。

子供の発言から弱点がバレてしまうことは意外と多い事実です。

 

青年はそう説明したあと、言葉を続けました。

 

「それだけ危険があるため、仲間以外に船の内部は見せられません。

誰にも話さない、と言っても無駄ですよ。『つい』話してしまうことがないとは言い切れないでしょう?」

 

青年の言葉を聞いて、少年は押し黙ります。

そんな少年から目を逸らし、青年はぼんやり考えます。

 

船上で裏切った仲間を、和を乱した仲間を殺す理由のひとつがこれです。

変に仏心を出して生かしてしまうと、もし逃げられた時に船の内情を話されてしまいます。

商船ならまだしも、海賊船としては致命的。

 

(まあ、裏切りにムカついたから殺す、という感情的な面もなくはないですが)

 

長年の親友でさえも不信をもったら容赦なく。

ドロドロした世界だ、と青年は少し笑いました。

 

「おじさん、かんちがいしてない?」

 

今まで黙っていた少年が、青年を見据えながら言葉を紡ぎました。

 

「オレは遊びにいきたいんじゃないよ。おじさんの船の船員になりたいんだ」

 

「…海賊やるって言ってるでしょ」

 

「かまわないよ」

 

こっちが構います、と青年は思いました。

しかし少年の目は本気です。海賊船のメンバーにしろ、と訴えています。

海賊が主役の物語でも読んだのでしょうか。

あの主役たちは海賊というより冒険者に近いと個人的に思ってるのですが。

 

青年は苦笑いしながら少年にこう言いました。

 

「…いいでしょう」

 

少年が輝かんばかりの笑顔を向けました。青年は気にせず言葉を続けます。

 

「ただし、…。あ、手を離してもらえますか?」

 

青年は少年にずっと捕まれたままでした。

あ、と少年は慌てて手を離します。

解放された青年は席を立ち、本や切り抜きのファイルを持ってきて、少年の前に置きました。

 

「君はまだ幼すぎますからねぇ。2年、待ってください」

 

「2年…」

 

「ええ、それでその2年の間にこれを全て読んでください」

 

「なにこれ」

 

「…読めばわかります」

 

若干嫌そうな顔をする少年に、読まないなら仲間にしませんよ、と青年は笑いかけました。

 

 

多分読まないだろう、と青年は思います。

多分読めないだろう、と青年は思います。

もしちゃんと読んだとしても諦めるだろう、と青年は思います。

 

渡した本は青年が書いた航海についての本。専門的な単語もかなり入っているので知識がないと読めないでしょう。

渡したスクラップは海賊被害についての記事。どこに海賊が出没したか、どんな被害にあったか、被害者がどれだけ恐ろしい目にあったか、の記事。

これを読めば少年も海賊に対する考えが変わるでしょう。決してカッコいいものではないと。憎まれる職業だと。

 

(それに、2年も期間をあけたなら忘れてしまうでしょうねぇ)

 

青年は少し笑います。

本もファイルも捨てた気持ちです。まぁいいか、と青年は再度微笑みました。

少年はというと、渡された本をパラパラと軽く捲って難しそうな顔をしています。

そんな少年に青年が声をかけました。

 

「さて、そろそろ暗くなりますよ」

 

「あ、…うん」

 

少年が本とファイルを抱えて立ち上がります。

家まで送りましょうか?と青年は問いましたが、ここから遠くないから大丈夫、と返されました。

子供の身には重かろうと本を持っていってやるつもりでしたが、と青年は笑います。

ならばと少し丈夫な袋を少年に渡しました。抱えて帰るよりかは幾分か楽でしょう。

 

「ありがとう!…じゃ、帰るね」

 

何回か礼を言って少年は扉を開けて、外に出ました。

玄関先まで見送ろうと青年も一緒に外に出ます。

そういえば、と青年は思い出したかのように少年にひとつ問いをぶつけました。

 

『何故猫を助けたのですか?』

 

少年と出会うきっかけとなった、あの救出劇。

青年が少年に興味をもつきっかけとなったあの行動の意味を聞くのを忘れていました。

 

少年は少し困り顔で笑いながら答えました。

 

「…ちょっと前まで、オレ虫とかいじめてたんだ。

そしたら、飼ってた猫がこのあいだ死んじゃって。なんか、苦しくて。

オレが虫いじめてたからかな、って。

 

こんな苦しい思いをするなら、もうぜったいいじめない、って。虫でも動物でも命をたいせつにしようって思ったんだ」

 

『だって、からだの大きさは違うけど同じ命だから』

 

と、少年は少し照れ臭そうに頭を掻き、微笑みながら

じゃあね、おじさん!と手を振って、夕闇に染まりつつある道を駆けていきました。

青年は、そんな少年を見送りながらやんわりと手を降り返しました。

 

 

青年は内心戸惑っていました。

幼い頃から人間同士でも殺し合う世界に生きていました。

自分が助かるためには、他人を蹴落とすしかない世界に生きていました。

今も自分が生きるために、海賊をしていこうと決めたばかりです。

 

青年には、今少年が言ったようなことを考える余裕なんて、ありませんでした。

 

動物は食べるもの。

家畜は副産物を産み出す道具。

人間も、他人も同じこと。

兄弟であろうと他人のはじまりだと。

騙し騙され、信用なんて出来たもんじゃない。

自分の害になるなら殺すものだ。

 

今まで生きてきて、ずっとそう思っていました。

ずっとそうやって生きていました。

 

だから、青年は少年のような考えを『甘い』と思います。

しかし同時に、あの歳でそんな考え方が出来る少年にますます興味を持ちました。

青年は、人はひとりでは生きられないのを知っています。

『他の命を粗末にするな』という考え方に惹かれたのは事実です。

 

 

少年の姿が見えなくなっても、しばらく青年はぼんやりと少年の去った方向を見つめていました。

 

2年後が、少しだけ楽しみになったなと思いながら。

 

青年はあのあと、待望の自分の船を購入しました。

希望に沿うだけの船はなかなか見付からず、一番希望に近い船を探し、知り合いの船大工に改造を頼みます。

おかしな頼みではありましたが、船大工は楽しそうに改造していきました。

完成した船を見て、青年は満足そうに笑います。

 

「これでいいかい?」

 

「ええ。ありがとうございました」

 

「いや、面白かったよ。船の前が低くて後ろが高い。不安定にみえるけど、ちゃんと走る」

 

「目立ちますねぇ」

 

「それが目的だろう?」

 

そう言って船大工は笑いました。バレてましたか、と青年も笑います。

 

「壊れたらいつでも言ってくれ。この船は僕にしか直せないだろ?」

 

助かります、と青年はまた笑いました。眼鏡を光らせながら船大工も笑いました。

完成したお祝いに、ふたりでささやかな祝宴を開きます。

船は出来たが船員はどうするんだ、と問いかける船大工に青年は適当にやりますよ、と軽くはぐらかしました。

 

 

船が完成してから青年はあっちこっちを駆けずり回りました。

たくさんの砲台を買い、ほどよい量の食料を買い、必要なものを揃えて、船員を集めて。

船員はそんなに多くなくていい、しかし経験者がいい。船上でも陸地でも強く、船戦も強い、そんな人を。

そんな人材を探すのには骨が折れるかと思いましたが、意外とあっさり集めることができました。

海のあるところに海賊あり、とはよく言ったものです。海に囲まれたこの国では海賊・元海賊がウヨウヨしています。

少しばかり笑いながら、青年は自分の船に乗せる船員を選択していきました。

 

 

船の準備も整い、船員も揃え、青年はようやく活動をはじめました。

船を出港させ、しばらく南に進ませます。

青年は笑います。

 

「あれにしましょうか」

 

青年の視線の先には一隻の船。

パラボルトの船が悠々と海原を進んでいます。

 

青年はゆっくり船を近付かせ、旗を掲げました。

自分たちは海賊だと、ひとめでわかる旗を。

 

パラボルトの船が動揺したのがわかりました。

間髪入れずに青年は砲弾を打ち込みます。

 

あちらが反撃してきても、砲台の数ではこちらが上。勝てそうにないと判断したらしい相手の船は逃げ出そうと船首を返します。

それを見て青年は自分の船を素早く動かし相手の船に横付けました。

相手の船に乗り込みます。

 

「積荷をいただければ、命はとりませんよ」

 

そう言って青年は笑いました。

 

 

 

青年は他の国の船は襲いませんでした。

パラボルトの船だけを潰していきました。

パラボルトの船だけを狙い、パラボルトの戦力を、パラボルトの金銀財宝を奪う。

パラボルトにとっては大打撃でしよう。

 

青年は満足そうに笑いました。

『以前奇襲されたからやりかえす』という感情があるのは否定しません。

パラボルトに復讐心があることは否定しません。

ざまぁみろ、と青年は船を走らせました。

 

しかし青年は、人の命は奪いませんでした。

反抗されても、多少の怪我を与えるだけで、殺すことは絶対にしませんでした。

 

あの時の少年が言った言葉が、今も青年の心に引っ掛かっているのでしょう。

なんとなく、他人を殺す気になれませんでした。

 

 

毎日のようにパラボルトの船だけを狙う青年。

ふいに襲った船が偶然パラボルトの王の財宝を乗せていたらしく、それを奪った青年の名前はパラボルト中に広まりました。

 

「戦い方が人間業じゃない」

「あいつは悪魔の権化だ」

「前が低くて後ろが高い、そんな変な船には気を付けろ」

「あいつが乗っている」

 

その噂は青年の耳にも届きます。

それを聞いて青年は楽しそうに笑いました。

 

青年はグレートクインとパラボルトの近海を縄張りとし、そこを航行するパラボルトの船を襲い続けました。

噂が広まったせいか、戦力のない船や面倒事を避けたい船は青年の船を見掛けるとすぐさま逃げ出していきます。

青年の船に見付からないようにと、多少ルートを変えてくる船も増えてきました。

 

「やれやれ、…これでは商売になりませんねぇ」

 

青年は笑ってはいますが、少しばかり困り顔。

確かに、大したことない船と出会って無駄に弾数を減らすよりは、と船を目立つ外見にしましたが、ここまで避けられると商売あがったりです。

最近出会う船は、自分を退治しようとやってくるパラボルトの海軍船や名を上げようとやってくる弱小海賊だけ。

見事に全て返り討ちにしてはいますが、流石の青年も疲れました。

 

少しばかり休もうと、船を馴染みの船大工に任せて青年はブラブラ街を探索します。

 

堂々としていれば意外と海賊だとバレない、といいますか海賊のあふれかえるこの国では気にするだけ無駄というものです。

確かに街で暴れる海賊は嫌な顔をされますが、青年は自国では紳士的。

むしろ、稼いだ金品を惜しまず使うため比較的友好的に対応して貰えます。

近場の商店で購入した果物をかじりながら、青年は笑いながら久しぶりに自宅へと帰ることにしました。

 

 

もうすぐ自宅へ着く、というところで青年の背中にドンと何かがぶつかってきました。

思わず、かじっていた果物を落とす青年。

地面を転がる果物に軽く目を落としたあと、若干不機嫌そうに背中にぶつかってきたものにを確認しようと青年は振り向きました。

 

「おじさん!久しぶり!」

 

青年に笑顔を向けながら嬉しそうにそう声をかけてきたのは、あの時の、猫を助けた、青年の船に乗りたいと言っていた、少年でした。

 

「オレのこと覚えてる?約束、覚えてる?」

 

「…忘れてました」

 

青年は素直に答えました。今の今まで、顔を見るまで本気で忘れていました。

確かに少年の言葉に影響を受けて、他人の命を無駄に奪ったりはしていませんでしたが、少年の存在というか、2年経ったら船員にしてあげる、と約束したことを完全に忘れていました。

軽くショックを受けたような顔をした少年は、ポツリと呟きます。

 

「…オレは約束守って、ちゃんと、読んだよ」

 

「読んだんですかあれ」

 

「読んだよ!難しかったけど、ちゃんと全部!」

 

だから、と少年は大きな声で言葉を続けます。

 

「オレをおじさんの船に乗せて!」

 

勢いに少し押され気味な青年でしたが、ここは道のど真ん中。

わかりましたから、となんとか少年を宥めて青年は少年を自宅に連れ帰ることにしました。

 

(なんであれを全部読んだのに、私の船に……海賊船に乗りたいなんて言うんですかねぇ)

 

と軽くため息つきながら、青年は少年に目を向けました。

少年は少し不機嫌そうといいますか、完全に青年を睨んでいます。

青年は視線を前に戻し、深く深くため息をつきました。

少年と共に帰宅した青年は、軽いお茶を用意をし、少年と向かい合わせになるように席につきました。

 

2年ぶりに再会した少年は、以前と比べると体格も顔つきも大人らしくなっています。

子供の成長は早いものだな、と青年がしみじみ思っていると、少年が口をひらきました。

 

「…2年経ったら、船に乗せてくれるって、言った」

 

「…ええ、言いましたね」

 

「忘れてるとか、おじさん酷い」

 

「ええ、すいません」

 

顔を見たら思い出したんだから別にいいじゃないか、と思いつつ青年は少年に笑いかけました。

その態度に腹をたてたのか少年はブスッとした顔になり、青年から視線を外します。

青年は構わず笑いながら、少年にこう聞きました。

 

「渡した本も切り抜きも、全部、読んだんですよね?」

 

「…読んだ」

 

「なら、理解していますよね?船の仕事がいかに過酷か。……私の仕事が、どんなものか」

 

「…知ってる。おじさんの船の噂は、たくさん聞いた」

 

だったらなんでこう頑なに『船に乗せろ』と言うんだ、と青年がため息をつきました。

青年は少年に言います。

 

「おうちのことはどうするつもりですか?あなたの家はお店やってるでしょう?」

 

「…」

 

少年は顔を伏せながら黙ります。

しばらく沈黙が続きました。微妙な空気に耐えられなくなった青年が声をかけようとしたとき、少年は呟きます。

 

「…潰れた」

 

「え?」

 

「ええと、…とうさんが倒産?」

 

「微塵も笑えませんからねそれ」

 

若干笑いながらそう言った少年に、間髪いれずに青年が指摘します。

軽く深呼吸して、青年は少年に話の続きを促します。

 

「オレんち、果物とか野菜とか売ってたんだけど、最近ほかの国からいろいろ入ってきて。そっちのが珍しいし安いってお客がいなくなったんだ」

 

「…それはまた」

 

「そのほかの国ってのが、大抵パラボルトなんだ」

 

「…」

 

「おじさん、パラボルトの船専門の海賊だよね」

 

「ええまあ」

 

「手伝わせて」

 

青年の顔を真っ直ぐ見ながら、少年は言いました。

青年は面食らいながらも、少年の目をしっかり見返します。

 

少年の目は、真剣そのものでした。

 

青年は2年前にも言った言葉を繰り返します。

 

「遊びじゃないんですよ」

 

少年は答えます。

 

「知ってる」

 

青年は聞きます。

 

「海賊ですよ?」

 

少年は答えます。

 

「わかってる」

 

 

ふうと青年が軽く息を吐き、ぽんと少年の頭に手を乗せました。

 

「…足手まといだと判断したら、すぐ海に捨てますからね」

 

そう言って、青年は少年の頭をぐりぐりと撫でました。

少年はキョトンと少し驚いた顔をしたあと、すぐに笑顔になりました。

 

「うん!」

 

少年の嬉しそうな、元気のよい声が辺りに響きました。

 

青年の船にメンバーがひとり増えました。

いちばん小さな、いちばん年下の少年が。

はじめは少し嫌な顔をした他の船員たちも、少年が小さいながらもちょこまかと一生懸命働くのを見て、頑張ってるな、と少し見直していきます。

 

「前の船に乗ってたチビに似てるな」

 

と、ある船員が笑いながら呟きました。

その呟きは青年にだけ、聞こえたようでした。

青年は他の船員たちの詳しい過去は知りません。

調べる気も知る気もありません。

だから青年はその呟きを聞き流しました。

無駄に過去に縛られている、そんな人間は青年の船にいませんから。

 

青年たちは入ったばかりの少年のため、近海の島を行き来します。

近場を往復しての訓練。もちろん、航海の訓練だけでなく海賊行為の訓練も。

運悪く近海を航行中のパラボルトの船はさくっと金品を奪われました。

少年は少しばかり抵抗の意思を示しましたが、青年は気にせず海賊行為を続けました。

嫌になりましたか、と青年が問うても少年は、なってない、と強がります。

意外と強情だな、と心の中で青年は笑いました。

 

少年がメンバーに入ったおかげで、以前に比べて青年の船は穏やかに金品を奪うようになりました。

子供がいるしなぁ、と船員全員が若干自粛気味です。

まあ、パラボルトの人には「どこが穏やかなんだ。どのへんが自粛してるんだ」と叫ばれてしまうのでしょうけども。

 

しばらくの間、青年たちは自粛しながら略奪していました。

が、子供の順応性は高いもの。最近は少年も『海賊』に馴染んできました。

やった倒したざまぁみろ!と笑顔で言われた日には青年の方がビビりました。

 

少年があっというまに慣れてしまい、これはこれでマズイんじゃないかと、青年たちはこれからもなるべく穏やかに略奪することにしました。

子供ゆえの残虐性に目覚められたら困ります。

手に終えない海賊に成長してしまうかもしれません。

自粛しながら、少年の成長を導きながら、青年の船は変わらずパラボルトの船を襲います。

 

前々から派手に海賊行為をしている青年たちですが、自国からは全くお咎めはありません。

以前、自国の海軍船に出会いましたが砲弾数発であっさりと引き下がりました。

まるで、『近くの国がうるさいから一応きた』と言わんばかりの形だけの牽制。

そのあとは、なにをやっても黙認されています。

といいますか、この間は港に帰った青年たちの前に砲弾がつまれました。

わざとらしく「使わない砲弾、ここに捨てていくぞ」と声をあげながら。

青年たちはそれを国からの支援だと受け取り、快くパラボルトの船にぶっぱなしました。

 

 

今、グレートクインとパラボルトの関係は均衡を保っています。

 

…表向きは。

 

裏では、グレートクインは我が物顔で海を支配するパラボルトが気に食わないですし、パラボルトは最近調子にのってあちこちに顔を出すグレートクインが気に食わない。

しかし表向きは友好的な関係を築き、お互いに交易船を行きさせなくてはならない。

 

そんな時にグレートクインに現れた、パラボルト船だけを狙う強い船。

パラボルトは裏切られたと怒りますが、グレートクインは知らぬ存ぜぬの一点張り。

実際、青年の船は国とはなんら関係を持っていません。

 

これ幸いとグレートクインは黙認し、パラボルトの戦力をガンガン削っていきます。

パラボルトが対抗しようとしても返り討ち。砲弾やら壊された船やら奪われた金品やらで財政は圧迫。

 

青年が海賊をはじめたことがきっかけで、周辺の戦力図が崩れはじめてしまいました。

表向きはまだ、友好的。

しかし、グレートクインとパラボルトは一種の緊張状態に陥りはじめました。

 

 

 

青年がそれに気付いたのは、かなりの年月が経ってから。

毎日のように海賊行為を繰り返し、何年も何年もパラボルトを苦しめ続けた青年のもとに一通の書状が届けられてからとなります。

 

国からの、一通の書状。

それを読み青年は、人知れずこっそりと、城に走りました。

 

「…どういう意味だ?」

 

船室に船員の声が響きました。

広い広い海の上の船のなか、秘密の話し合いをするならばこれ以上良い場所はないでしょう。

青年は船員全員を集めて、届いた書状の話を、城で話された事柄を報告しました。

 

 

「つまりうちの船に対しては、極秘とはいえ最大限の出資はする。かつ、何をやっても黙認する。とのことですよ?…ほら、免許状」

 

「なんだそれ免許とか意味わかんねぇ馬鹿か」

 

「これ持ってる海賊船は、なにやっても黙認。持ってない海賊船はただの海賊として取り締まることにしたようですね」

 

「だから意味がわかんねぇって。ただの海賊ってなんだ」

 

「…海軍の敵だけを攻撃して略奪する海賊は、海軍の味方でしょう?味方をわざわざ取っ捕まえるのも無駄ですし」

 

「え?まあ、いや、……あれ?」

 

「ややこしいですがね。免許持ってる船は『プライベーティア』と呼んで味方と認識されるみたいですねぇ」

 

 

そこまで話して青年は笑いました。国の考える事はわからないと若干小馬鹿にしたように楽しそうに笑いました。

青年は笑ったまま、言葉を続けます。

 

「…パラボルトにちゃんと取り締まれと文句でも言われたんでしょう」

 

青年は軽くため息をつきながら、気にしたら負けだと思います、と苦笑いしました。

ざわざわと騒がしい船員たちに向かって、青年は前置きが長くなりましたが、とようやく本題を話はじめました。

 

 

 

青年は皆に向かって言いました。

『黙認する、出資する。その代わりに、南西の大陸にあるパラボルト領を攻撃しろ』

そう国から密命を受けた、と。

南西の大陸とは、ニューホープのある大陸の南に位置する大きな陸地のことです。

今ある地図の一番端っこ。地図ギリギリに表記されている大陸。

命令されて行くのは癪ですが、と青年は笑いながら、こう、言い放ちました。

 

 

 

「行くついでに、世界一周してきませんか?」

 

 

 

青年はとある本を入手していました。

書いたのは『カリムー』という男。

かなり前に、世界は丸かったと主張し続けた男。

世界の反対側で宝を見つけた、と言い続けた男。

 

青年が入手したのはただのカリムーの日記。

カリムーの長い長い旅の日記。

書いた人間の主観が入り交じり、これだけでは『世界が丸い』という説を信用する気にはなりませんでした。

 

しかし青年は、もう一冊のボロボロの本を入手していました。

事務的に、きちんと、航路も海も大陸の様子も書き込まれた航海日誌。

誰が書いたかわからない、ボロボロの航海日誌。

 

青年はカリムーの日記とボロボロの航海日誌を照らし合わせ、知識を総動員し、新しい情報を組み合わせて、ようやく確信しました。

 

『おそらくきっと本当に、世界は丸いのだ』と。

 

カリムーの日記や、ボロボロの航海日誌の内容から、危険な箇所を割り出し、正しい航路を導き出しました。

被害の多かった箇所を避けるように、害がありそうなものの対策をして、比較的安全なルートを割り出します。

 

同時に、両方の本で曖昧な表記をされている部分を探します。記録されている航路を辿ると、ある一点でいやに曖昧な、いやに記録の薄い箇所を見つけ出しました。

ちょうど、この場所から反対側の、小さな島国があるあたり。

 

青年は多分ここだ、と目星をつけました。

カリムーが言っていた、『世界一の宝』がある場所は、ここだ、と。

 

 

 

(国から援助もでる。十分な人脈も得た)

 

本を手に入れ、読み解いたときから計画していた、壮大な夢を実現するときがきました。

『襲え』という国の命令には従います。

そのついでに、少しばかり寄り道するだけ。

少しばかり、世界を回って帰るだけ。

 

青年は本を読み解いたときから思っていたことを呟きます。

『パラボルトから出航した船が成し遂げたなら、私たちに出来ないはずがない』

 

カリムーたちは何百人と犠牲になって、世界一周を成し遂げました。

ならば私たちは、ひとりの犠牲者もださずに成し遂げてみせよう。

そう、青年は決意します。

 

青年は笑いました。

心の底から、楽しそうに。

青年が船員たちにそう話をすると、にわかに騒がしくなりました。

やってやろうじゃないか、ついでに宝を持ってきてやろうぜと、威勢の良い声があがります。

 

「オレも行っていい?」

 

少年が聞いてきました。

もちろんいいですよ、と青年が笑いかけると少年はとても嬉しそうに笑顔を見せました。

 

「とはいえ、しんどいぞ。行くならそれなりの準備しねーと」

 

船員のひとりが険しい顔をして青年に話しかけました。

地図を広げてトンと指を置きます。

 

「ここ。常に海が荒れてやがるぞ。…あとは、…」

 

つーっと指を滑らせ、いくつかの箇所を指摘していきます。

青年は深くは聞かず、言われたことを注意深くメモしていきました。

船員は羊皮紙に簡単に地図を描き、説明を続けます。

 

「まあ、…奪っていいんだよな?ならこのあたりは大丈夫か」

 

頭をポリポリと掻きながら、船員は自分が描いた地図の、なにもない箇所を指さしました。

おそらくそこは、カリムーの日記にあった『島も海賊も嵐もない、穏やかな太平の海』のある場所。

青年は言います。

 

「攻撃しろ、と命じられた領地はその海に面してます」

 

「ああ、ならそこで補充すればいいな」

 

ちょうど良いじゃねーか、と船員は笑いました。

あとは砲弾のことだが、と船員は話を続けます。

青年は素直にその船員の話を聞き、メモをしていきました。

 

ある程度話がまとまった青年たちは、他の船員たちに指示を出します。

世界一周はあくまでついで。他の人には話さないように、と。

各自いつものように準備を。ついでに2・3年帰れなくてもいいようにしておけ、と。

 

指示を受けて船員たちは解散していきます。

青年もそろそろ陸地に帰ろうと、操舵室に向かいました。

 

「ああそうだ」

 

先ほどの船員が青年に声をかけます。

 

「船大工、もうひとりくらい捕まんねーか?世界回るなら俺ひとりじゃキツい」

 

「…心当たりはありますね」

 

「じゃあ、そいつ連れてきてくれ」

 

無理そうならいいけどさ、と笑いながら船員は去って行きました。

船大工と言われて、すぐに青年の頭に浮かんだのはこの船を改造した彼。

どうやって引っ張り出そうかと青年は悩みながら、船を陸地に向かわせました 。

 

 

陸地に着いて、船員たちはすぐに準備に取り掛かります。

青年は国から貰った支援金を船員に渡しました。食料や砲弾、装甲を強化してもらいます。

その間に、青年は船を改造してくれた船大工のもとへ向かいました。

 

「いらっしゃい」

 

「貴方、船に乗ってくれませんか?」

 

挨拶もそこそこに、青年は船大工を勧誘します。

あっけにとられている船大工をガシと掴み、問答無用で引きずり出しました。

 

「な、な、な」

 

「いやなに、説明しても勧誘しても結局は力ずくになるんじゃないかと思いまして、じゃあいっそのことハナっから力ずくでいったほうが合理的かと」

 

「意味がわからない」

 

「このまま船に軟禁して海に連れ出せば逃げられないかなと」

 

「意味がわからない!」

 

本気で抵抗する船大工をみて、青年は経緯を全部話しました。

そして、船大工の経験がある人はいるが今は戦闘をメインにしてもらっている。船大工を本職としている人材が欲しい、と素直に伝えました。

 

「…なるほど」

 

「ちなみに極秘事項も話しましたから」

 

「いぃっ!?……本当、きみは、なんというか…!」

 

「海賊ですがなにか」

 

「ああもう。…わかったよ乗るよ」

 

「あっさりしてますねぇ」

 

「断っても力ずくだと宣言して、極秘事項も聞かせたとか宣言された。他人に話したら殺すと暗に言ってるじゃないか。完全に逃げ道塞いでおいて『あっさり』とはどういう意味だ」

 

「もうちょっと抵抗してくだされば、めくるめく新世界へご招待しましたよ」

 

「断る」

 

ぷりぷりと怒りながら、船大工は部屋の中を漁ります。

何をどのくらい用意したらいいんだとぶつぶつ呟きながら。

メモをみながら、青年は船大工に声をかけました。とりあえず必要最低限のものを準備させ、他に必要なものに対してはリストを渡します。

 

「ああもう面倒だな」

 

「…よろしくお願いします」

 

青年は船大工にペコリと頭を下げました。

そんな青年をみて、船大工はとても驚きます。

頭を下げたまま、青年は言いました。

 

「貴方を信用しているから、話し頼んだんです。…受けてくれてありがとう」

 

その言葉を聞いて、船大工はぐっと言葉に詰まりました。

黙ったままガンと青年の背中を蹴り飛ばします。

 

「なんですか!」

 

「うるさい!」

 

船大工は近所の女の子直伝のキックをくらえとばかりにもう一発蹴り込みました。

こんなアグレッシブな奴だったのか、と青年は少し意外に思いました。

 

メンバーも集まり、船の用意も整いました。

さて出航、と意気込んだものの航海を開始してすぐに暴風雨にあい、たった13日で港に戻ることになりました。

幸先が不安です。

 

船員の士気が下がる前に、と、急いで修理と強化改造を施し、再度出航します。

 

目的地に着くまでに、パラボルトの沿岸部の地域へ襲撃を繰り返し、さくさくと食料や砲弾を補充していきます。

 

「噂には聞いていましたが、ここまで強いと変な性癖に目覚めそうですね」

 

「気を付けろ。船長みたいになるぞ」

 

船大工と船員が楽しそうに会話をしています。

仕事が船大工同士、仲良くなったようです。

会話が聞こえた船長こと青年は、笑顔でふたりに近付いて笑顔でふたりを海に叩き落としました。

 

派手な水音が辺りに響き、慌てて他の船員も集まってきます。

少年が真っ先に駆け付け、海を見下ろします。

 

「どうしたの!?」

 

「足を滑らせたみたいですよ?」

 

青年が笑いながら答えました。

あわあわと少年がロープを投げ下ろし、集まってきた船員たちと共にふたりを引きあげます。

水揚げされたふたりに睨まれましたが、青年は黙って静かに微笑んでおきました。

 

 

何日航海したでしょうか。

青年たちの船は輸送船を捕捉しました。

積荷を根こそぎ奪うとばかりに砲撃を繰り返し、輸送船のマストをへし折ります。

動きが止まった輸送船に切り込み、大量の銀を奪い取りました。

 

「40万ペラ、ってとこですかね」

 

青年は満足そうに笑いました。

そのまま船を進ませ青年たちは、例の世界で最も荒れている海域に入りました。

世界でいちばん幅の広い海峡であり、最挟部でも650kmあります。

 

「ああ確かカリムーが見つけたんでしたっけ。もうカリムー海峡って名付けていいんじゃないですかここ。常に最も荒れている海域とか長いです。名称が長すぎますね舌噛みますよ。なんですかここ絶叫してるみたいな波ですよ。いや来た奴らが絶叫しますね死ぬ。これは本気で死ねます半端ない。常に最も荒れている絶叫する海域とかなんで名称長くしてんですか私」

 

青年は荒れ狂う波に翻弄されながら誰に聞かせるともなく呟きました。

 

 

なんとかカリムー海峡を越えましたが、船員が全員若干死にかけています。

ただ幸いにも、海に放り投げられたり落ちたりした船員はおらず、全員無事に生き延びることができました。

 

「…何回…転がったんだろう…」

 

ぐったりと甲板に倒れ込む少年に青年は大丈夫ですか、と声をかけます。

少年はいちばんコロコロと転がったらしく、平穏な海に出てもなかなか回復しません。

 

「だからウロチョロしてないで、大人しくしてなさい、って言ったでしょう」

 

「だって…」

 

船長が外で働いてるのに、自分が休むわけにはいかないよ、と少年はぐったりしながら答えました。

あぁもう、と青年は少年を引きずって寝室に運びました。

 

「あー…おじさん、じゃないや、船長ー…。ハンモックは揺れるから嫌ー…」

 

「ワガママ言わない」

 

ズバッと切り捨てて青年は少年をハンモックに放り投げました。

床にある仕切り板の寝床に寝かせてもいいのですが、一回寝ていた少年に気付かず潰したことがあるので、船長権限によって少年は問答無用でハンモック行きです。

 

ふう、と青年は軽くため息をもらしました。

船大工ふたりの働きによって、破損状況は大したことありませんが、食料が少し減ってきてしまっています。

 

(そろそろ目的地に着かないと…)

 

予想では、もうすぐで国に攻撃指示されたパラボルト領のはずなのですが、なかなかたどり着きません。

この辺りは海賊も商船もあまり通らず、補充が困難となっていました。

 

(…最悪の事態を考えて、対策を立てねばなりませんね)

 

頭ではそう考えていましたが、青年はそうならないことを心から祈っていました。

 

 

少し休んでから船を進めます。荒れ狂う海域を越えたと思ったら、生まれてはじめて経験したスコールや、熱帯圏に住む奇妙な鳥、見たことのない魚など恐怖と不安が連続で襲います。

 

「ああ、大丈夫大丈夫。食える」

 

船員が笑いながら奇妙な鳥や魚を捌きました。

恐る恐る口をつけると、よく食べていた鳥や魚と変わりません。

 

「物知りですね」

 

と船大工が笑いました。

まぁな、と船員も笑います。

談笑していると、偵察に行っていた他の船員たちが帰ってきました。

 

「ここからしばらく行くと、町があるそうですよ」

 

その報告を聞いて、青年はほっと胸を撫で下ろしました。

ようやく、目的地に到着出来るようです。

 

明日明後日には町を襲います。

全員に、きちんと体力を回復させろ、と指示をして青年は笑いました。

殺さずに奪う。

青年たちのスタイルは変わりません。

言葉が通じるかわかりませんが、その時はその時。

武力は言語に左右されない、絶対的な言葉になります。

青年たちは武器の手入れをし、砲台の点検をし、万全の状態にしあげてから眠りにつきました。

 

次の日の夜。

青年たちは指示された領地に到着しました。

どうするかと全員で相談し、夜明けと共に襲撃することが決まりました。

静かにその時を待ちます。

 

空が白くなりはじめたころ、青年は挨拶代わりに町に向かって砲弾を打ち込みました。

一気に騒がしくなる港町。

構わず弾を打ち続けました。

港が崩れたのを見計らって、小舟数隻で町に乗り込みます。

案の定言葉は通じませんでしたが、全員が手にしている武器と先ほどの砲撃のせいか町の人々は怯えていました。

ここまできて、青年はハタと考え込みます。

 

(…言葉の通じない相手に『食料と金品くれれば命は奪いません』ってどう伝えればいいんでしょうか)

 

武力で怯えさせることは簡単でしたが、武力では意志疎通は出来ません。

困ったな、としばらく考えた青年は何も言わず近くの建物に押し入りました。

ガサゴソとその建物を漁り、金目のものと食料を回収します。

回収したものを小舟に乗せ、今度は別の建物に入り金品と食料を回収しました。

ほどよい量になったら船員に指示し船まで運ばせます。

 

持っていかれてなるものか、と抵抗をしめした町の人を軽くあしらった青年は、面倒ですがと、町の広場に町中の人たちを集めて船員数人に見張らせます。

あとは空になった家や店から金品食料を奪うだけ。

言葉が通じないのは面倒ですねぇ、と呟きながらも全員で町中の金品を回収していきました。

 

こんなもんでいいかな、と青年は全員に指示し、町に火をつけます。港から町に向かって火がまわるように。

町の人たちを集めた広場は港から少し遠いですし、今日はあまり風が強くありません。

火にまかれて死ぬ人は出ないでしょう。

 

(しばらく立ち直れないようにしましたよ。…これでいいですか)

 

青年は遠い祖国に向かって呟きました。

 

 

国からの密令を完遂し、青年たちはあとは帰るだけ。

少しばかり寄り道しながら、国へと帰ります。

 

「多分、ここにあると思います」

 

青年は船室に全員を集めて手描きの地図を広げました。ある一ヶ所をトンッと指で弾きます。

カリムーの言った『世界一の宝』それはきっとここにあるはずだ、と青年は言いました。

 

「…いいんじゃねえか?」

 

船員のひとりが言いました。

そこを目指して船を進めます。

広く長い太平の海を横断して、目的の島に到着しました。

着いた頃には全員疲労困憊。若干飢えかけました。

食料は積んでいましたが、奪った金品が場所を取ります。食料はギリギリでした。

 

「まあ、全員生きてんだから、いいじゃねーか」

 

船員が笑いました。

もう限界だ、とばかりに食料回収と休息だけで1日が終わりました。

 

 

次の日なんとか全員体調を回復させ、島の探索に向かいます。

うっそうと繁る木々を、身の丈ほどの草を掻き分け島の奥へと進みます。

 

探索をしている青年たちの前に、大きな遺跡が現れました。ここか、と全員の士気が上がります。

青年たちは遺跡に潜り、宝を探して歩いていきました。

 

いちばん奥まで来たものの、特に目ぼしいものはありません。

やはりカリムーの妄言か、と全員が肩を落とした時、あたりに凛とした女性の声が響きました。

 

「誰?」

 

一瞬驚いたものの、青年は負けじと声の主に話しかけます。

 

「海賊です。…宝をいただければ命はとりませんよ」

 

「…え?」

 

凛とした声が急に変化しました。先ほど感じた恭しさは消え、普通の女性の声が響きました。

不思議に思ったら青年は、音をたてずにスッと声のした方に移動しました。

ぐいと声の主の腕を掴みます。

 

「きゃあ!」

 

「…はじめまして」

 

青年はにこやかに笑いながら、女性を見つめました。

小柄な赤いリボンの似合う可愛らしい、

 

「女の子、でしたか」

 

「いや、あたし子供じゃないよ」

 

「え?…それは失礼しました」

 

 

若干間抜けな会話をしつつ、先ほどの凛とした声はどっからでてたんだ、と青年は思います。

数回言葉を交わしただけですが、多分この子はお気楽な人種ではないでしょうか。数回の会話で意外とコロコロ表情が変わります。

 

「貴女はなんですか?」

 

「ここの管理人…、あ」

 

「?」

 

「恭しくしたままならあれだね、怖がったよね崇めたよね讃えたよね。しまった失敗した!」

 

知るか、と青年は正直思いましたが紳士的に対応します。

女性を掴んでいた手を離し、丁寧にお辞儀をしながら名乗りました。

 

「…いい名前だね」

 

「そうですか?」

 

「うん。好きな色」

 

そう言って女性は自分のリボンをそっと撫でました。

ぼんやり青年を見つめます。

名前をそういう方面で誉められたのははじめてだな、と青年が女性の感覚に疑問を持っていると、いきなりコートをぐいと捕まれました。

 

「ねえ、あたしを船に乗せて!」

 

「…は?」

 

虚をつかれて青年は本気で戸惑いました。

若干の既視感が青年を襲います。

 

(昔あの子に似たような事をやられましたねぇ…)

 

青年はキョトンとこちらの様子を見ている少年に軽く視線を向けてから、へばりつく女性に視線を戻しました。

 

「貴女今『自分はここの管理人だ』と言ったじゃないですか」

 

「捨てる」

 

「ちょっと、」

 

「どうせ玉がないと開かないものあそこ!あたし居ても意味ないの!」

 

「あそこ?」

 

壁だと思っていた遺跡の奥。よくよくみると装飾が施されており、所々に亀裂が入っていました。

あの辺から開くんですかね、と青年はぼんやり思いました。

つまり宝はあの扉の奥。

あの扉は『玉』がないと開かない。

無駄足でした。

 

はぁと青年はため息をつきます。

そんな青年を見て、女性は慌てて取り繕いました。

 

「あたしが宝ってことにすればいいじゃない。こんな美しい女性、他にいないよ!」

 

「自分で言いますか」

 

苦笑しながら青年は

『確かに海賊が無駄足を踏んだのは面子に関わる』

と計算します。

どうしようかな、と青年が悩んでいると一部始終を見守っていた船員が声をかけてきました。

 

「いいんじゃねえか、連れ帰っても」

 

「え」

 

「嬢ちゃんも暇してるみたいだし、何より船に潤いが出る」

 

そんなんでいいのかと思いながら、周りのメンバーの顔を見渡すと全員賛成のような表情をしています。

これだから男所帯は…、と苦々しい顔になりながらも青年は女性に了承の意を伝えました。

 

「ホント?」

 

ニコッと女性は微笑み、感謝を述べました。

やれやれ、と青年は笑い返しました。

 

 

世界の反対側で、青年の船にメンバーがひとり増えました。

青年は唯一の女性の仲間ために船長室を明け渡します。

 

「ここ使ってください」

 

「一緒に?」

 

「なんでですか!ひとりで使ってくださいひとりで!」

 

チッと女性が軽く舌打ちしたのを青年は見逃しません。

狭い船で何か問題があると面倒臭いことになる、ゴタゴタで内分裂して最悪船が沈む、と青年はコンコンと説教をかましました。

 

説教を終え地味に疲れた青年は、外の空気を吸おうと船から抜け出しました。

しばらく島の沿岸部を歩いていた青年の耳にカキンと変な音が届きました。

なんだ?と音の聞こえる方に近付いてみると、船員が石に文字を刻んでいます。

 

「なにしてるんですか?」

 

「ああいや、記念に」

 

船員が刻んでいる文字を覗きこむと、こんな文章が書かれていました。

 

『この地にて天使を見つける。

彼女こそが至高の宝と知り

探索をここで打ち切ることにした』

 

船員は文章の末尾に青年の名前を彫っています。青年は慌てました。

 

「待ってください、何してるんですか」

 

「記念に」

 

「私の名前彫らなくてもいいでしょう!」

 

「こういうのは船長の名前彫るもんだろ?」

 

これではまるで自分が女性に見惚れて拐かしたかのようです。

不本意かつ不名誉です。

青年は手頃な石を振り上げて、船員が刻んでいる石碑を壊そうとしました。

ぎょっと表情を変化させる船員。

 

「危ねぇな下ろせ!」

 

「うるさい黙れ壊させろそんなもん残されてたまるかなんだ私は美女に心奪われる駄目男か」

 

「口調崩れてんぞ」

 

やかましい、と青年は構わず石をぶんと振り下ろします。

石碑を抱えながら船員は間一髪、逃げ出しました。

そんな船員をキッと睨み付け、青年はもう一度石を持ち上げようとかがみこみます。

 

「落ち着け、話せばわかる!」

 

「わかりません!」

 

ふたりでギャーギャーと追いかけっこをしていると、騒ぎを聞きつけ少年が駆け付けてきました。

いい年したおっさんふたりが本気で騒いでいるのをみて、少年は軽く混乱します。

とりあえずパッと見、岩を振り回す青年の方が危険だと判断した少年は慌てながら青年を隙をみて羽交い締めにします。

 

「おじさんどうしたの!落ち着いて落ち着いて落ち着いて!」

 

「落ち着いてます!」

 

「どこが!!」

 

いいから深呼吸して、と少年は必死に青年を宥めます。

深呼吸をするたびに、青年は冷静になり、次第に年下に宥められたということに気付き、バツの悪そうな顔をしました。

すいません、と少年に謝罪します。

青年が落ち着いたのを見て、少年が問いかけました。

 

「船長があんな風に怒るのは初めてみた。…どうしたの?」

 

「いえ、あの馬鹿が阿呆な石碑を残そうとしていたもので」

 

「馬鹿とはご挨拶だな。年上は敬えよ」

 

笑いながら船員が会話に割って入ってきました。青年はギンと船員を睨み付けます。

どんな石碑?と少年が視線の間に割り込みました。青年は少し不機嫌そうな顔になりつつも、睨み付けるのをやめ、ぷいとそっぽを向きます。

じっくりと文章を読んだ少年は笑い、こう青年に言い放ちます。

 

「面白いからいいんじゃない?残しとこうよ」

 

「な、」

 

「お前遊び心をわかってんな。必要だよな、こういうのも」

 

少年の言葉を聞いて、船員は嬉しそうに笑いながら少年の頭をぐりぐりと撫でます。

多数決で負けた青年は、珍しくオロオロしはじめました。そんな青年を見て、ふたりはまた笑います。

 

「もし、いつかここに来た誰かが『前来た奴は阿呆だ』と思ってくれればいいさ」

 

「なんでですか!」

 

「…船長、アンタは海賊だ。もしも後世に名が残った悪人にされる可能性が高い」

 

「…そりゃそうでしょ」

 

「俺らはアンタが悪人じゃない事を知ってる。で、…アンタが後世の人間に悪人にされんのは嫌だ」

 

「……は?」

 

「ここまで来た時点で、ひとりも犠牲者を出していないだろ。それだけでも凄いんだ」

 

だから、そんなアンタが『海賊』だったからという理由で悪人にされるのは嫌なんだ。と船員は言いました。

静かに話を聞いていた少年も、笑いながら青年に向かって言います。

 

「そうだよ、うちの自慢のキャプテンだ」

 

「…その自慢のキャプテンが阿呆な奴扱いされてもいいと」

 

青年が困った顔をしながら返します。

船員が笑って青年の背中をポンと叩きました。

 

「悪人扱いより阿呆な奴扱いされたほうが、人当たりがいいさ」

 

取っ付きやすいだろ?とニッと笑いかけます。

青年はため息をつきながら、もう好きにしてください、と小さな声で言いました。

軽い、嬉しそうなため息でした。

 

青年の希望により、石碑は少しばかり隅っこの目立たない所に建てられました。

好きにしていいとは言いましたが遺跡の真ん前に置くな、と青年から本気で泣きが入ったからです。

 

「あたし天使か。ふふふ、困ったなぁ」

 

石碑を読んだ女性は、微塵も困っていない、すこぶる嬉しそうな顔で言いました。

そんな女性にこっそりと小声で船員は話しかけます。

 

「この文面読んだときな、船長は『美女に心奪われる~』とか言ってたぜ。…嬢ちゃんをちゃんと美女と認識してるっぽいな」

 

「ほほう?」

 

船員はニヤリと笑いながら、女性はキラリと目を光らせます。

石碑の前で笑い合うふたりに青年がこんなとこにいた、と近寄ってきました。

 

「何してるんですか?そろそろ出発しますよ」

 

「はーい」

 

ふたりは軽く目配せをして、青年に連れ添りながら船に戻りました。

あとは青年たちは帰るだけ。

カリムーとは少しルートを変えて、航路を真っ直ぐ西に。

このまま何の犠牲も出さずにすめばいいが、と青年は思いました。

 

 

嵐や海賊にもあわず、青年たちは順調に船を進めていきます。

あたしの愛の力で障害を取り除いてるんだよ!と女性が微笑みました。

はいはい、と青年は相手にしません。

むぅと女性は悲しそうな顔をします。

 

そんな会話をした数日後。

ウンガルフ近くの海で、船が暗礁に乗り上げました。

右舷が傾き体勢を立て直すことができません。

いくつかの大砲を捨てて、少し重さを調整しようと船大工が提案しますが、青年は躊躇します。

 

「なんでだ?そりゃ無駄かもしれないけど多少はマシに…」

 

「いや、…小さい大砲を大量に、って案は昔あの子が言い出してまして。いい案だなとそれだけ採用したんですよ」

 

あの子?と不思議そうな顔をする船大工。青年はちらりと少年を見ます。

なんとか体勢を整えようと、大砲やら荷物やらを右に左に一生懸命移動させている少年。

 

「だからまぁなんと言いますか、捨てたくないな、と」

 

「…じゃあ、積荷捨てるかい?」

 

「それはもっと嫌です」

 

捨てたら敗けの気がする、とキパッと言い放つ青年に、大きなため息をつきながら船大工は言いました。

 

「…海の藻屑になりたいのかきみは」

 

「…船に乗ってるものを捨てずに、座礁から体勢を立て直す方法はありませんかねぇ」

 

「ない」

 

青年は困った顔をします。

そして、少し元気のない声で、もうしばらく様子をみて、駄目そうなら捨てます、とぽつりと呟きました。

 

まあ結局は、しばらく待ったら潮が満ちてあっさりと座礁から解放されたわけですが。

 

船大工はなんだこの運の良さ、とあっけにとられました。

青年は積荷も大砲も捨てず、全員が無事にこのアクシデントを乗り越えたことに安堵しました。

ご機嫌です。

 

機嫌の良いまま青年は船を進め、とても順調に航路を辿ります。

 

途中、補充と香辛料の買い付けのために立ち寄った町で若者が4人、青年に話しかけてきました。

「自分たちを船に載せてほしい」と。

こじんまりとしたこの町から未来を夢みて、別の街にいきたいと。

たとえ場所が変わっても、成功するとは限りません。

しかし、自ら「外に出たい」と志願した若者たち。

自ら行動を起こした人間ならば、成功失敗に関わらず人間として成長するでしょう。

そんな人間がきっと世界を、未来を動かす、と青年は若者たちの乗船を許可しました。

メンバーが4人、増えました。

 

悠々と船を進めます。

嵐にはあいません。

海賊にもあいません。

病人もでませんでした。

 

 

運の良さに少しばかり不安になりつつも、2年の歳月をかけた旅が終わりを見せました。

グレートクインが見えてきます。

陸地が見えたとき、青年もメンバーも全員が歓声をあげました。

 

青年は、誰一人として犠牲をださず、むしろメンバーを5人増やして、カリムーと同じくらいの期間で、旅を、世界一周を成し遂げました。

青年たちが堂々と帰国しても、歓喜の声は聞こえてきません。

ちょうど今日は礼拝の日。

街の人はみんな礼拝のために教会に行っていました。

少しばかり脱力します。

 

「いや、…いいんですけどね」

 

青年は苦笑いしました。

 

礼拝が終わり、青年たちが帰ってきたと町中が騒ぎになります。

青年たちが持ち帰った財宝や香辛料は莫大な量にのぼり、青年たちに出資してくれた人たちにはかなりの配当金が与えられました。

特に、極秘に大量に出資した国は4700%の配当金を入手し、財政赤字をまるっと解消してしまいました。

赤字を解消してもまだお金は余り、一気に黒字に。

 

喜んだ国は青年を城に呼び、詳しい航海の話を語らせました。

6時間の長い長い物語を聞き、満足した女王は青年に華やかな式典の開催を約束します。

 

船を使って行われた華やかな式典にはきちんと女王も出席し、青年に挨拶にきます。

女王の前にひざまずいた青年に対して、女王は青年の首元に剣を当てました。

 

「きっとパラボルトは貴方の首を欲しがっているでしょうね」

 

そう言って、首を切る真似をしたあと、青年に、船のメンバーに惜しみ無い称賛を与えました。

女王は続けます。

 

「貴方に名誉の騎士の位を与えたいのだけれど」

 

騎士の位、つまり『サー』と名前の最初につく人間は貴族です。

青年の功績を称え、貴族の位を与えたいと女王は笑顔で言いました。

 

青年は返します。

これは私の功績ではない、と。

青年は女王に、式典に来ている人たちに『カリムー』の話をしました。

彼の日記を読んだから成し遂げられたのだ、と。

 

式典に来ていた人は驚きます。

パラボルト嫌いで有名な青年が、パラボルトから出港した船乗りのことを誉めた、と。

 

青年は少しばかり微妙な顔をしながら言葉を続けました。

 

「この国に、カリムー船団の生き残りがいるらしいのです。…貴族の位なら彼に」

 

どこに居るかはわからないが、カリムー船団の生き残りがこの国に。

その場にいた全員が驚きました。

女王はその場で指示を飛ばし、その生き残りを探させるように命じます。

 

慌てる全員を横目で見ながら、青年は笑いました。

 

 

正直、青年は貴族になんてなりたくありませんでした。

あんなややこしそうな世界、誰がいくかと本気で思っています。

ならば『カリムー船団の生き残り』に押し付けようと、船員からの話を聞いて思いました。

『彼』はまだ若いらしいので、いきなり貴族になっても大丈夫でしょう。

 

青年は笑いました。

自分は現場で暴れているほうが、性に合います。

貴族の世界に縛られるよりは、パラボルトに向かって砲弾ぶっぱなす方が楽しい、と青年は笑いました。

 

 

青年はしばらく穏やかに陸で海で生活します。

唯一穏やかでないのは、あの島から連れてきた女性が、青年の家にあがりこんだことくらいです。

 

「連れてきたのは貴方だから、責任とってね」

 

と語尾にハートマークでも付きそうな声で、女性が言いました。

少年も船大工も船員も、メンバー全員がからかいます。

青年は内心穏やかでありません。

 

それでもなんとか穏やかに生活していきました。

パラボルトが「奪った財宝返せ」と言ってきたらしいですが、些細なことです。

女王はしらばっくれて、財宝を塔に隠したそうです。

城を調べても財宝のざの字も出てこなかった、とパラボルトは苦々しい顔をしながら帰っていきました。

うちの女王いい性格してんな、と青年は思いました。

 

 

そういえば、例の『カリムー船団の生き残り』は国の誘いを断ったそうです。

生き残りとはいえ、彼はパラボルト出身の可能性が高い。

敵国出身者をいきなり貴族入りさせるのは、問題があるだろうと、海軍に突っ込み『グレートクインの』海軍提督という肩書きをつける作戦でしたが失敗に終わりました。

 

その代わりに彼は商売をはじめるようです。

交易船を相手にした、交易所を。ここ、グレートクインで。

彼の交易所が話題になれば、世界中から安定した交易のために船が集まります。

世界中の船が、ここ、グレートクインに。彼の商売が成功すれば、グレートクインに利益を産み出します。

 

どうも彼にはパラボルトの商船が頻繁に訪れているようです。話題が広まり、成功するのも時間の問題でしょう。

ならば、と国は彼の貴族入りをしばらく保留にすることにしました。

商売が成功したら、その時に彼の子孫を貴族に。

グレートクイン生まれの、グレートクイン育ち。なおかつ、商売で成功して国に利益をもたらした人間の子孫。

これならば、なんの問題もなく貴族入りさせることができます。

 

そう目論んで、国は彼の動向を見守ることにしたようです。

 

青年が穏やかに暮らしていけたのは、一重に彼のおかげです。

青年がカリムーの名を出し、船団生き残りの彼の話をしたため、カリムーと彼に話題がかっさらわれました。

世間の目はカリムーに、国の要人の目は彼に向いています。

 

これで安心して好き勝手できる、と青年はニコニコと笑いました。

以前より頻繁ではありませんが、青年はまた『パラボルトの船を狙う海賊』という生活に戻っていきました。

 

しばらくいつものメンバーで海賊業を続けました。

その生活が終わりを告げたのは、青年の家に訪問者がやって来た、ある日のことです。

 

トントンと扉を叩く音に急かされ、青年は慌てて扉を開きました。

扉の外に立っていた人物を見て、青年は呆気にとられます。

 

「失礼します」

 

そう言ってしずしずと、しかし堂々と青年の家に入ってきたのは

 

この国の女王でした。

 

女王は供も連れず、護衛も連れず、たったひとりで青年の家を訪れました。

我にかえった青年は、女王に声をかけます。

 

「…何用ですか?」

 

「貴方に頼みがあります」

 

そう口火を切って女王は語り出しました。

 

パラボルトとの関係が少し悪化したこと。

パラボルトが武力艦隊を作り始めたこと。

小規模な武力船はいくつかもう既に完成しており、グレートクインを狙っていること。

国の海軍だけでは防ぎきれないこと。

 

そう国の事情を話した女王は、青年に向かってこう言いました。

 

「助けてください」

 

「…パラボルトを潰せと?」

 

「いえ、…少し、大人しくさせてくれれば、いいの」

 

攻めてくる艦隊だけでも大人しく、と女王は言います。

国一個潰せと言われたら、女王と言えども追い返すつもりでしたが、女王が言うのは「パラボルトの船を潰せ」。

青年がいつもやっていることと変わりません。

 

「お金…軍資金なら、貴方が持ってきてくれた宝があるから、心配しなくてもいいわ」

 

もしこれが無かったら、国民から厳しい税を取り立てなくては軍資金は作れなかった、と女王は青年に感謝します。

 

「国が、困っているときに貴方はいつも助けてくれた。…厚かましいお願いだけど、…助けて」

 

そう言って、女王はいち国民の青年に向けて、深々と頭を下げました。

青年は内心慌てていましたが、表にはそれを出さず、女王に声をかけます。

 

「私も結構いい歳です。…そろそろ引退して船の若い子に任せようと思っていたのですが」

 

「…」

 

「直々のお願いなら、仕方ありませんね。引き受けましょう」

 

うつむいていた女王の顔がパァッと明るくなります。

ありがとう、と女王は青年の手を握り笑いかけました。

 

 

何度もありがとうと礼を言い、女王は城に帰りました。

城まで送ります、と青年が言うと、こう見えても剣術得意なの、と腰につけた2本の剣を軽く叩きながら女王は笑いました。

 

 

女王が帰ったあと、青年は考え事をはじめます。

そんな青年に、お茶を出しながらあのとき島から連れてきた女性が青年に話しかけました。

 

「凄いお姫様だね」

 

「厳密には姫でなく王ですよ。国のトップ。…パラボルトを煙に巻いた方ですから、あの方がトップにいるうちは、国はしばらく安泰かもしれませんねぇ」

 

先ほどの訪問者について、ふたりで語り合います。

青年は、

前々からの国の行動に疑問を持っていましたが、ただ単に国を守るために必死だっただけなのだなと、笑いながら

国に、女王に好感を持ったと言うと、女性は少しムッとしながらこう言いました。

 

「…空の青さより、海の青さよりも、深いもの。知ってる?」

 

「?」

 

「それはねぇ、愛だよ!」

 

「なんですかいきなり」

 

急に謎かけられて、急に愛を説きはじめられて、青年は戸惑います。

青年に笑顔を向けながら、女性は続けました。

 

「あたしは国守ったり、あなたにお金を渡したり、願いを叶えたりはできないけど、あなたに愛をあげられるよ」

 

誰よりも深い、誰よりも優しい愛を。

そう大声でぶちまけて女性は荒く呼吸をします。

きょとんとしていた青年は、そんな女性の頭を軽く撫でてこう言いました。

 

「愛ですか。…そうですね、戦うことは愛になりませんか?」

 

「?」

 

「私が戦えば、国は平和になりますよね。それは貴女の平穏な生活に繋がりませんか?」

 

「え」

 

「戦うことが愛ならば、貴女のために戦いますよ?貴女の幸せが私の願いですし」

 

青年はさらっと返しました。

今度は女性がきょとんとし、言葉の意味を理解したと同時に、呟きます。

 

「いままで、一度も、そういうこと、言わなかったじゃない」

 

「そりゃまぁわざわざ言いませんよ恥ずかしい」

 

そう言って青年はそっぽを向きました。そのまま言葉を続けます。

 

「…多分、これが最後かなと思うんです。おそらくこの海戦が私の最期の戦いになります」

 

「…そう」

 

「ですから、笑って送り出してもらえると嬉しいんですがね」

 

「…」

 

「駄目ですか?」

 

そう青年が聞くと、女性はペンと青年の頭を叩いて、こう言いました。

 

「わかった行ってこい!大活躍してパラボルトの奴らをヒィヒイ言わせてきて!」

 

そう笑いながら言ったあと、女性は少ししんみりと呟きます。

 

『あなたは海が好きだから、もしも海の上で死んだなら、わざわざ帰ってこなくてもいいよ。海の泡となっていいよ。

この家は私が守るから。心配しないでいいよ』

 

そう言って青年の首に腕を回し、ぎゅっと抱き締めました。

されるがままの青年は、はじめて会ったあのときから愛しいと思った女性の頬に軽く触れ、やんわりと手を伸ばして優しく髪を撫でました。

 

 

「いってらっしゃい」

 

元気の良い声に送られて、青年はもう二度と帰らない家に別れを告げました。

 

(きっと私は、この戦いで死ぬだろう)

 

青年が船乗りを引退するつもりだったのは本当です。

若いときから無茶をしすぎたせいか、あちこち体にガタがきてきます。

若いつもりなんだけどな、と青年は笑いました。

 

 

いつものメンバーを集めて、青年は港を出発します。

青年はパラボルトの陸海同時攻撃の計画を嗅ぎ付け、準備をしていたパラボルト軍に奇襲を仕掛けました。

 

壊れた船に火をつけて、敵の陣営に送り込みます。

燃え盛る船は、火弾となって敵の船にぶつかっていき、連鎖を起こして燃え広がっていきました。

みるみるうちにあたりは火の海となっていきます。

 

準備段階であったパラボルトは、いきなりの奇襲になすすべがありません。

一気に33隻の船を潰した青年は、勢いに乗って次々とパラボルトの船を撃沈させていきます。

 

快調に破壊し回る青年の前に、パラボルトの艦隊が現れます。

巨大船7隻、大型船17隻、中型船32隻、小型船19隻に加えて輸送船の、総勢130隻の大部隊です。

しかし、青年にとっては幸運にも、この大部隊は陸軍の援護を第一としていました。

グレートクインとの海戦は二の次。

 

そこをついて青年は艦隊を先に進ませないように、国の海軍と連携をとって航行を阻みます。

一週間に渡って、パラボルトとグレートクインの艦隊はぶつかり合いました。

 

このままでは作戦が遂行できない、とルートを変えたパラボルトの艦隊に、運悪く嵐がしこたま襲いかかりました。

大部隊だったパラボルトの艦隊は壊滅状態に追い込まれ、命からがら逃げ出します。

そんなパラボルト軍をみて、青年たちは笑いあいました。

 

「無敵艦隊を倒した!」

 

「…無敵艦隊?あっちはそんなこと一言も言ってませんよ?」

 

「そう言った方がハクがつくじゃない。オレたちは無敵の艦隊を倒しました、って」

 

この大打撃のおかげで、パラボルトはこの海戦に対し次第に落ち目になっていきます。

輸送船も青年たちや他の海賊に強奪され、軍資金が減っていきます。

また、隣の国で独立戦争がおきたり、別の国の内乱へ介入したり、艦隊の整備をしたりと、財政難に陥りました。

 

もうだめだ、とパラボルトは力尽きます。陸地での戦争敵国と休戦し、グレートクインとも和平を結びました。

こんどは本当に友好的な関係を築こうと、パラボルトはゆったりと頑張っていきます。

グレートクインも、そちらがその気なら、と本当に友好的な関係を築いていきます。

 

少しばかり世界を騒がした、少しばかり派手な海戦が、ゆっくりと幕を閉じました。

「終わったね」

 

少年が船長室で横になっている青年に声をかけました。

 

「すいませんねぇ、あまり動けなくて」

 

「いや、十分だったと思う…」

 

艦隊との戦いに一段落がついたあと、青年はパタリと倒れました。

船員たちは青年を陸に戻そうとしましたが、本人が拒否します。

 

『最期まで海で』

 

必死に青年が頼むものですから、船員たちは諦めて青年を船長室に運びました。

 

青年は少年に言います。

 

「貴方に跡を継いでもらおうかと思っていましたが、やめました」

 

「へっ?」

 

「貴方、海軍に入りなさい」

 

「えぇぇ!?」

 

私の船にいた、と伝えれば多分あっさり入れるでしょう、と青年は言います。

私の戦い方を間近でみて育った貴方ならきっと、と青年は体を起こしながら少年に語りかけました。

 

「なんで、」

 

「…今回のことでわかりました。グレートクインの海軍は海賊の寄せ集めです。故に連携がとれず艦隊に対処出来ない」

 

「いやでももう和平を」

 

「いざというとき困るでしょう?敵国だけじゃない、強力な海賊が現れないとも限らない」

 

そんなとき今の海軍では頼りない、と青年は笑いました。

手招きし、近寄ってきた少年の頭にぽんと手をのせます。

 

「貴方が今の海軍を変えてください。貴方ならできます」

 

「でも、」

 

「そうですね。…この国は女性が強い。まずは海軍に女性でも入れるようにしてみてください」

 

「…最初の課題がキツすぎるんだけど」

 

「がんばれ」

 

そう言って青年は笑いながら、少年の頭をぐりぐり撫で回します。

私がそれを見守れないのが残念ですが、と青年はまた笑いました。

 

「おじさん、」

 

「死んだら鉛の棺に入れて海に放り投げてください」

 

絶対に浮かばないように、と笑いながら少年に伝えました。

青年はまだしゃべります。

 

「あと、あの人のこと、頼みます。意外と寂しがりやですから」

 

変なとこ強いんですけどね、と青年は家に置いてきた女性のことを思い出しながら、幸せそうに笑いました。

一通り言い遺した青年は、ふぅと軽く息を吐きました。

 

 

「頑張ってくださいよ。…この国は貴方にかかっています。

この国を護ってください。

小さな島国ですが、いい人ばかりですから」

 

そう言って青年は最期に笑って、目を閉じました。

 

 

海賊でありながら国を護り

国を助け

国を救った青年は

 

世界で二番目に世界が丸いことを証明し

世界で一番目に世界が丸いことを証明した人の名誉を回復させ

 

仲間に未来を託しました

 

 

彼の名前は

『レッド・ボイラー』

 

 

グレートクインの海賊であり

忠臣であり

英雄です

 

 

END

 


 
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