No.339791

【お約束シーンを書いてみよう】食パン咥えて「遅刻遅刻~」

自分なりに物語で付き物の「お約束」シーンを書いたらどうなるかな、と思いシリーズにしてみました。今回は「食パン加えながら遅刻しそうで走る女の子」です。これからもためしにちょくちょく書いてみようかな、と画策中。【12月3日】男女の意識の入れ替わりシーンを作ってたところ、「これって入れ替わるシーンよりも入れ替わってあたふたするシーンの方が重要なんじゃね?」と気づいてやりなおし。来週も仕事の関係で執筆できるかどうか不明……。

2011-11-26 19:46:45 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:451   閲覧ユーザー数:446

 まばゆい日差しがまぶたに焼き付いた。

 耳をに響く小鳥の声に目を開けると、栄子は「んむ・・・・・・」と声にならない声をあげ、寝返りをうった。

 朝の洗礼を避けるように身を縮めると、ふと一つの疑問が頭をよぎった。

「・・・・・・今何時」

 誰に言うでもなくそうつぶやくと、枕元に置いた時計に目を向ける。その瞬間、栄子は毛布を吹き飛ばすように体をはね起こした。時計の短針はすでに8を指し示している。

「うっそ、もうこんな時間!?ちゃんとタイマーしたのに」

 時計をベットに投げ捨てると、急いでパジャマを脱いで制服に着替える。メイクもほどほどにし、いつもなら30分はかける髪のセットも水で手直しして櫛を通すだけにした。

 あわただしく登校の準備を整えていると、一階の食卓から母親の声が上がってきた。

「栄子。あなたまた寝坊?夜更かしのしすぎじゃない」

「目覚ましはセットしたわよ!けど鳴らなかったの」

「鳴ってたわよ。すぐ止まったけど」

「なんで起こしてくれなかったのよー」

「起きたと思ったからに決まってるじゃない。朝ご飯できてるから食べていきなさい」

「そんな時間ないわよ」

「じゃあパンと牛乳だけでも食べて行きなさい。お昼までもたないわよ」

「はーい」

 適当な返事を返しながらも、カバンに今日の授業につかう教科書を押し込み、忘れ物がないかをチェックする。不足が思いつかないことを確認すると、カバンをかついで部屋を飛び出し、階段をかけ降りる。

 階段の下では母親が食パンと牛乳のコップをもって待ちかまえていた。

「ほら栄子、朝ご飯」

「ありがと」

 牛乳を一息に飲み干し、食パンを奪うとそれを口にくわえたまま玄関まで走り、靴を履いた。

「はしたないわよ」

「ちふぉふふるよふぃまふぃ!」

 母のあきれ声を背中に受け、玄関をでると短距離走選手さながらに走りだした。髪を振り乱し、口からぶら下がる食パンにすれ違う人々は皆彼女を振り返る。

 左の肩に掛けているカバンのひもがずれ落ちる。右手はなんとかパンを口に押し込むのに忙しく、しかたなく左肩をぎこちなく振りあげることで直そうとするが、そのたびに走りがもたついてしまうのだった。

「あーもー。ちふぉくちふぉくー」

 口にしてから栄子ははっとした。まさか自分が漫画みたいなお約束をするとは。あまりのことに顔をしかめた。

(なにをしてるんだろうなーわたしは)

 腕時計を見る。長針は真下を指していた。

(このままいけば間に合うかな)

 小道を抜け、大通りを右に曲がる。このまままっすぐ進めば学校につくことになる。道路にはほかに生徒はおらず、通行人もまったくいない。栄子は最後のスパートをかけた。

「んーーーー!」

 左手を肩紐にかけ、右手を大きく振った。半分ほど口に残った食パンも大きく揺れる。

 学校の正門が目に入る。校内では鐘のような音が鳴りひびいていた。

(やばい予鈴だ!)

 さらにスピードを上げようと顎をあげ、歯を食いしばった。猛スピードで校門を抜け、あとは自転車置き場の脇を過ぎればげた箱につく。

 一つの風となった栄子は自転車置き場を後目に駆け抜けようとしたところで・・・・・・。

 

                              †        

 

「で、なにもなかったと」

「ハァ、なにか起きてたら・・・・・・ハァ、間に合わないわよ」

 栄子は美子の呆れ顔に人差し指を当てた。

 ぎりぎりのところで間に合った栄子は、まだ息を整えてる最中である。

朝のHRが終わり、教室では一時限目の授業に向けたけだるい時間を迎えていた。

「白髭つけたまま食パンくわえて教室に入ってきたときは何事かと思ったわよ」

 椎子がけらけらと笑いながら言った。栄子がにらみつけるも、まったく意に介さずに笑い続ける。

「そこで男子とぶつかって、それがなんと転校生で、とかだったらおもしろかったのに」

「んぐ・・・・・・」

「ん、どうかした?栄子」

「ううん。ちょっと走ったから息が詰まっただけ」

「そう。でもそういう出会いも悪くないとおもうんだけどなー」

「そんなことあるわけないじゃない。美子は夢みすぎ」

「そうだよねー」

 指を組んで何かを見つめるような仕草をする美子の胸元に、椎子は手のひらの甲を当ててたしなめた。美子は舌を軽く出しておどけてみせるのだった。

「そ、そうそう。そんなことあるわけな・・・・・・」

「みんな時間だぞー。席に着けー」

 栄子が言いかけたところで、一時限目の先生がやってきた。それと一緒にクラスの担任の先生まで入ってくる。

 席に着きかけた生徒たちは一様にクラス担任を見つめ、いつもと違う様子にどよめきだしていた。

「えー、一時限の前にみんなに紹介したい人物がいる。本当はHRの時に紹介したかったんだが、ちとトラブルがあって遅れてしまった。簡単に言うと、転校生だ」

 教室のどよめきがさざ波のように広がった。クラス担任が「静かに」と静めるも、波はなかなか引こうとしない。

 そんな中、栄子だけはいやな予感にさいなまれ、腕を枕に顔を伏せていた。

「ほら、入ってきなさい」

 教室のどよめきが落ち着いたのを確認してクラス担任が教室の入り口へ手招きすると、一人の男子が入ってきた。それにあわせてふたたび教室中がささやき声でつつまれた。

「へー。なかなかいい男じゃん。栄子は、あれ?なにしてるの栄子」

「別に」

「別にって顔を突っ伏してたんじゃ見えないじゃない。ほら、見てみなよ」

「私はいいよ」

「いいわけないじゃない。これから彼と一緒のクラスになるんだから、顔ぐらい見ておきなよ」

「んー」

 美子に激しく揺さぶられ、栄子はしぶしぶと覚悟を決め、顔を上げる。そして彼の顔を見て、思わず「げ」と声をだした。

「彼が転校生の出男くんだ。ほら、挨拶して」

 出男と呼ばれた彼は、教壇に立つとクラスを一通り眺めた。そしてある一点で止まると、急に「あ」と声をあげた。

 その目線は、栄子の顔に止まっていた。

「やあ、さっきはどうも!」

 無邪気な声に教室の視線も一点に止まった。

 美子も、椎子も、誰もかもが栄子を驚きと、戸惑いの表情を浮かべている。

(勘弁してよ・・・・・・)

 ただ一人、栄子だけが泣きそうな顔で下を向き続けていた。


 
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