No.331777

崩壊の森 6

ヒロさん

【熱砂の海→見えない夜→崩壊の森】
 闇の森へ向かう途中、寝袋に潜り込んだバシューの元にザバがやってくる。
 からかうような会話の中で交わされた約束。
 それはアルディートの未来に関わることだった。

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2011-11-08 22:59:47 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:494   閲覧ユーザー数:494

 野営地を定め、食事を終えるとそれぞれが与えられた責務を果たす。

 口の悪い仲間に「年寄りは休むといい」とバシューは言われ、だが言われ慣れた言葉に腹を立てることもなく「尻の青いガキは火の番でもしとけ」と返して焚き火から少し離れた場所に寝袋を広げるとその中に潜り込んだ。

 

 旧知の仲間と焚き火の前で談笑するアルディートを見る。

 年齢相応の表情。

 あんな風にくつろぐのは、アルディートにとっていつ以来のことだろうか?

 少なくとも神代となってからは無縁になってしまっただろう。

 

 その様子を見ていて、昔、立ち寄った神殿の神官たちから忌む言葉を浴びせられ反論も出来なかった夜、正規軍から抜け何もかも捨てて気ままな旅がしたいと心底思ったと、酒の肴にアルディートが言っていたことをバシューは思い出す。

(国王をぶん殴りになんて行くもんじゃねえな。待ってるのは不自由で窮屈な生活だ)

 バシューはそう思ったが、国王を殴ることも、国教の最高位に就くことも稀どころか、まずあり得ないことだった。

 その上、国王であるメルビアンはアルディートに恋を語るかのような言動をする。

 過剰すぎるアルディートの反応がメルビアンにとって新鮮な事もあるのだろうが、それ以上に他人と関わりを持とうとしないアルディートにそれを思い出させようとしているのかもしれない。

「半分成功、半分失敗だよなぁ」

 バシューは寝袋の中で呟く。

 確かにアルディートは反応を返してくるが、好意を持ってとは思えない。

 相手が国王でなければ殴り倒して二度と口をきかないだろう。

「見てる方は面白いんだがな」

 思い出し笑いを小さく漏らす。

 恐らく面白いからザバも強く止めたりしないのだろう。

 アルディートにとっては酷く厄介な三人であるはずだ。

 

「なにやら楽しそうですね」

 寝袋の中であれこれ考えていると、突然目の前にカップが現れた。

「――?」

「よもや明日、闇の森でお宝を独り占めする妄想をしているのではないでしょうね」

 視線を上げると、否定することを熟知しているザバが笑みを浮かべてカップを差し出していた。

 笑って「実はそうなんだ」と言って寝袋から這い出し、カップを受け取ると腰を下ろしたザバの隣に並んで座る。

「実は恐怖に眠れず、楽しい事を必死に思い出しているのかと思いました。笑みが引き攣ってましたから」

「えっ!」

 バシューは慌てて頬に触れて確認する。

 楽しい事を考えてはいたが、闇の森に対する恐怖感は確かに自分の中にあるからだ。

「眠れなかった訳じゃないが、あそこに近寄りたくないという感情は至極真っ当だと思うが」

「一般の人間はそうでしょうね」

「俺、一般人だが?」

「好奇心旺盛な傭兵でしょう」

「それはお前だ、ザバ」

 合った双方の視線が笑う。

「ああ。傭兵じゃなくて策士。いや、ペテン師って方が合ってるな」

 バシューはそう付け足してニヤリと笑った。

「今のままでいられるなら、どう呼ばれても構いませんね」

 さらりとザバが答えると、

「かなわねえな」

 ため息とともにバシューが返した。

「張り合っているつもりはありませんが」

「ああ、そうだろうよ。で、何の用だ?」

 カップに口を付け、熱いお茶をぐいと飲んでから傍らのザバを見る。

 いつも何を考えているのかさっぱり分からない男だが、今晩はどこか雰囲気が違う。

 ザバの視線の先を辿ると、向こうで火の番をする男と話しているアルディートを見ていた。

「珍しい生き物を見つけたとします。バシュー、あなたならどうしますか?」

「質問か? そうだな、とっ捕まえて売るな」

「傭兵には当然の答えですね」

「当たり前だろう」

 ニヤリと笑うバシューに再び視線を向けたザバは、

「売却が考えられないほど気に入った場合はどうします?」

 妙な質問をしてくるもんだと思ったが、答えを頭の中で巡らせ、何の例えをしているのか理解出来ると、ザバの最終的な答えを得るべく質問に答える。

「旨い餌でも与えて手懐けようとするだろうな」

「その反応は?」

「逃げるか懐くか……死ぬかだな」

 冷静な答えを口にすると一気にお茶を飲み干し、笑みを拭ってザバに鋭い視線を向けた。

「気に入らねえみたいだな」

「いえ……」

 視線を落としてザバは微かに笑みを浮かべた。

「私の生き方を誰も左右できないように、誰の生き方も左右するつもりはありません。けれど……」

 ザバは言葉を切った。

 誰に対しても、王に対しても辛辣な言葉をさらりと吐き出す男とは思えなかった。

「見えない檻、逃げ出すことの叶わない檻の中にいる場合は?」

「懐くか死ぬか二択ってわけか? だがな、ザバ。お前オマケを忘れてないか?」

「おまけ?」

「珍しい生き物には仲間がいて、こっそり助け出すのさ。まあ、派手に助けても俺は一向に構わないんだがな」

 視線を合わさぬまま、ザバがクスリと笑った。

「ペテン師より詐欺師の方がよさそうだ」

「非道い言われようです」

「望む答えを俺に言わせたじゃないか」

「いいえ、私は何も」

「…ったく」

 誰の生き方も左右するつもりはないと言ったのと同じ人間が、バシューの行く先を一本に絞らせたのだ。ゲームの駒になった気分だな、と思いながらバシューは黒い剛毛をかき分けるように頭をボリボリと掻くと、

「――このまま国を出るか?」

 ポソリと呟いてザバを見る。

 無言で差し出されたザバの手にカップを預ける。

「どこで生きてゆくか、本人次第です」

「何だ。ってぇことは俺は保険か滑り止めか」

「命綱・奥の手・最強の一手。好きな言葉を選んでもらって構いません」

 微笑と共に放たれた言葉に、バシューは深いため息をつき小さく呟いた。

「さすが詐欺師」

 バシューの言葉は立ち上がり離れていくザバの背中に届かなかったが、聞こえたとしても誉められたと感謝されるのがオチだろう。

 

 大人しく寝袋に潜り込む。

 ザバはカップを手にしたまま、焚き火のこちら側からアルディートに声を掛けた。そろそろ寝ろとでも言ったのだろう。「じゃあ」というアルディートの声が星空に溶け、消えていった。

 

 結局、ザバの真意を知ることなく未来の行動を約束させられてしまったバシューだが、アルディートが本気でこの状況から抜け出すことを考えているならば言われなくても力を貸すつもりでいたのだ。別段問題はない。

 ただ……ザバでさえ伺い知ることの出来ないこの国の王・メルビアンの動向に注意を払っておく必要があるな、と思わざるを得なかった。

 

(だが今は寝るのが仕事)

 時間のある時、短時間でも体を休め、いかなる時でも剣を握ることが出来なくては傭兵ではないと考えるバシューは、今度こそ眠りに落ちるべく目を閉じた。

 


 
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