No.325609

外史異聞譚~反董卓連合篇・幕ノ二十五/洛陽編~

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2011-10-29 05:13:18 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3646   閲覧ユーザー数:1785

≪洛陽宮中・天譴軍陣内/徐元直視点≫

 

評定を終えた私達は、会議用に確保した一室で打ち合わせをしています

 

天譴軍本来の在り方からいうとかなり卑怯ではあるんですが、あの三人を見捨てる訳にもいきませんので公表時期や投票の方法などはある程度計らせてもらおう、という事です

 

諸侯に何か動きがあれば報告も兼ねられますし、時間を無駄にする必要もないという感じです

 

定期的に送られてくる漢中の情報も過不足もなく、緊急といえる状態もまたないようです

これは巨達の手腕と人気が大きいかな

 

これに関して一刀さんがいないのは、大要は任せるので思ったようにやってみて、という事を言われているからです

ただし、三人の罪科の公表に関しては一切の情報操作は認めない、と釘は刺されています

 

この点に関しては張将軍が非常に張り切っておりまして、賈軍師と相談した結果、洛陽が片付き次第漢中に挨拶に赴きたい、と言っています

なんでも、董相国や陛下の人気を高める意図もあるので、漢中辺境の邑まで回って三人の友誼と武忠を喧伝してまわるつもりのようです

 

これには一刀さんも苦笑はしていましたが

「止めてもやるだろうから、好きにやらせよう

 陛下や相国の喧伝も兼ねて宿将が自らというのもありだろうしね」

こう言って容認を示しました

一刀さんに言わせると、天の国では自分が支持する人物の応援に著名人が出向く事はよくあるのだそうで、これが人気取りなら問題はあるが今回は止めるのはおかしい、という事でした

 

真実そうしたいからする事を止めるのもおかしいだろう、という事なんでしょう

 

司法隊は当面は公祺さん、青龍軍は巨達が、玄武軍に関しては伯達さんが、近衛は仲達が預かるという事で話も纏まりました

青龍軍も玄武軍も守戦向きの軍ですので、将軍が預かるよりもその方がいいだろう、という判断からです

 

我々の間では既に確定事項となっている涼州と上庸との戦争も、涼州には最初から忠英さんと儁乂さんを充てる事は決まっていましたので、大きな変更は上庸に対して近衛が充たる事になってしまう程度の誤差です

恐らくどちらも瞬殺でしょうが

 

そうやって細部を煮詰めていると、放っていた間諜から報告が入りました

 

劉備と馬超が再び接触したようです

 

私はこの報告に違和感を感じたので、皆に改めて報告する事にします

 

「馬超が再び劉備と接触したようです」

 

私の違和感は、孔明と士元がいるのにどうしてわざわざ不利になりかねない事を、よりにもよってこの時期にするのか、という点なのですが、それを口にしたところ仲達だけが「さもありなん」という感じで頷いています

 

私を含めた全員の疑問に、仲達はこう答えました

 

「以前にも私は彼女達を“自身の冷酷さを覆い隠せる主君が必要な人間”と評しましたが、恐らくはそういう事なのでしょう

 劉玄徳という人物は、その徳でふたりを押さえ込めるだけの人物だという事ですね」

 

あのふたりの智と謀を抑え込める徳って、いったいどんだけなんだ…?

 

私と巨達が唖然とし、他の全員が仲達の評に表情を固くする中で、彼女はいつものように悠然と微笑んでいます

 

「今までは眼中にすらありませんでしたが、以降注意を払いましょう

 我が君の彼女に対する評はかなり酷なものでしたので考慮していませんでしたが、どうも劉玄徳という人物は放置しておくと味方を増やし続ける類の英傑かも知れません」

 

周の文王武王や高祖劉邦に類する人物、までは言い過ぎでしょうが、監視の目はより光らせておかないといけないようです

 

とはいえ、孔明や士元相手じゃ、かなり厳しいんだけど…

 

さすがにその評に呆れていると、周囲から報告の続きを促されます

 

「間諜の報告では、当初想定されていた方向と異なり、涼州の立場をもう一度説明したいという事で劉玄徳の協力を仰ぐ、という事のようです」

 

私の言葉に嫌な顔をしたのは子敬でした

 

「おかしいですね

 そういう類の人物には見えなかったんですが、私の見間違いでしたかね

 くきゃっ」

 

確かに、詮議の場ではそういう方向に頭が向く人物とは見受けられませんでした

従妹だという馬岱も頑張ってはいましたが、あれはどう見ても若すぎます

年齢ではなく経験が、ですが

 

だとするとやはり…

 

「劉玄徳、ですね」

 

伯達さんの言葉に私達は頷きます

彼女が入れ知恵したのでもなければ、予定通り涼州はそのまま暴発するはずでしたから

 

「拙者としては、無用な流血が避けられるのであれば問題はないと思うのでござるが」

 

儁乂さんは一度戦うとなれば人格が変わったのかというくらい容赦がなくなる人ですが、普段は穏やかですし、そう思うのも当然でしょう

でも、地味に将兵の調練も儁乂さんが一番厳しいという評判もありますし、武芸指南の時は一時期仮病が流行ったそうです

個人調練では狂戦士かというくらい激しい斬撃を休みなく繰り出してくるとの事で、仲業さんあたりはなるべく相手をしたくないとぼやいていました

これで戦場では理知的なんですから、戦では相手にしたくない部類の人間なのは間違いないところです

 

そんな儁乂さんの言葉に、公祺さんがのんびりと応えます

 

「ま、これはあのコマシ野郎にも聞かなきゃならんが

 減るもんじゃなし、会ってやるって前提でいこうじゃないか

 噂の劉備とやらをアタシも近くで見てみたいしね」

 

実際に会話をしたふたりがいない以上、それもまたひとつの手段でしょう

 

申し出があった場合は会談を受けるという事で話はまとまり、私達はまた後日の話を煮詰めます

 

 

正直、今はその事に比べれば劉備や馬超など些事でしかないのですから

≪陳留/荀文若視点≫

 

かつて私が持っていた人脈を頼りに洛陽に揺さぶりをかけてみたのだけれど、結果は芳しくない

 

董卓の宦官官吏の粛清は私の予想以上に徹底していたようで、後暗いところのある官吏は現在も民衆の暴発を恐れてまともに出仕もできない状態のようだ

後の事を考えて比較的ましな官吏と誼を通じていたのだけれど、わざわざ董卓の不況を買うような真似をしようという官吏はいないみたい

 

これは、官吏を一度は力で黙らせた上で洛陽がある程度以上落ち着いた善政の下にある、という事の証明なので、こちらとしては遠回しに後日の贈物を約束しての協力を願うしかないのだが、利得を優先するような人物とは誼がないのが仇となっている

 

それでも漏れ聞こえてくる話を送って返してくれているだけ有難い、というべきで、私は軍の管理を凪達に任せてそれら情報の精査をしている

華琳樣が洛陽から離れられない以上、外側にいる私が後日の布石を打たなければならないのは自明の事で、それができないようならお仕えしている意味もないからだ

 

漏れ聞こえてくる情報を総括すると、どうにも華琳樣の転封は避けられないようだ

華琳樣はからっと

「今回は賭けに負けたってことね

 本初の策に乗っかった私が馬鹿だったってことで仕方がないわ」

と、あっさりと次の立て直しを考えているようだが、筆頭軍師としては笑ってもいられない

 

転封の候補は井州・益州・揚州・交州

 

いずれも辺境で騒乱が絶えなかったり豪族や太守との軋轢が予想される難地ばかりだ

 

私はこれらの中で、まず揚州を除外する

理由は袁術が抱えていた豪族のお膝元で、ここに手を加えるのは漢室としては執れない手段だからだ

むしろここは袁術の締め付けより豪族を開放し、慰撫して忠を求めるのが上策

 

次に益州を除外する

事実上の中立ではあるけれど、今回漢室に唯一といっていい形で弓を引かなかった巴蜀の劉焉をわざわざ怒らせる理由がない

信賞必罰の理念からも、益州には今回は手を触れないだろうから、ここも除外できる

 

残るは井州と交州なのだけれど、ここで私は井州を除外する

華琳樣の早馬と官吏の情報を統合すると、今回の連合で一番の的にかけられているのは涼州諸侯だ

つまり董卓……いや、この場合は漢中で天譴軍を名乗ったやつらだろう

彼らが欲しいのは涼州であり、その先にある井州だと考えられるからだ

その2州を基盤に巴蜀とやりあうつもりなのだろう

劉焉が漢中を欲しがっているのは誰の目にも明らかだというのもある

 

彼らの統治は独特で、こちらで確認した情報によると五胡の一部と友好的な関係にあるらしい

となれば、彼らなりの勝算を持って涼州と五胡に対する準備は既にできている、という事になる

その後、北方民族と折衝を行い井州を入手し、明確な財政基盤を得ようと考えているのだとすれば、華琳樣を井州に置く理由がない

 

これらの結果から、ほぼ間違いなく華琳樣は南部辺境の交州に封ぜられる、と私は考える

 

宮中工作に期待ができない以上、私が打てる最善手は交州の状況把握と華琳樣に追従してくれる官吏の統制だ

同時に、ここまで一気に伸びてきた漢中の統治方法、別けても農業をはじめとする食糧生産技術について学ぶ必要がある

私達が今までやることもなかった、少数民族や南蛮に対する交渉術や戦闘方法を構築する必要もあるし、南部の水や病も敵となる

 

これらの中で唯一といっていい良い材料は、南部が未開地であるが故に大体的な開墾事業に打って出られる点くらいなものだ

これらを可能にする為に、今までと異なり流民や貧民の優遇措置を行う必要があり、宮中工作はそちらの策に移行すべきと考える

 

そして、可能であるなら華琳樣麾下の有力な何人かを漢中に送り込み、その手法を学ばせる必要がある

改革とは常に既存の常識を打ち破って行われるものであり、それを推し進めてきたのが華琳樣なのだから、彼らの手法に見るべき部分が数多あるのであれば、それまでの手法にこだわる方では決してない

 

私はこれらの事を含めた献策を上奏した書を認め、急ぎ洛陽へと馬を走らせる

 

 

董卓や天の御使いは、彼らとしては十分以上に華琳樣を警戒しているのだろうが、まだまだ甘い

 

この荀文若がいる限り、例えどのような状況からでも持ち直してみせる

 

逆に龍を肥沃な大海に放ったと後悔させてやろう

 

 

私はこの逆境に逆に燃え上がっていた

≪洛陽宮中・天譴軍陣内/北郷一刀視点≫

 

うん、俺が暇なのはいいことだ

 

のんびりと白湯を啜りながら、俺はまったりとした午後を過ごしていた

 

(うーん……

 今日はちょっと贅沢して、茶に蜜を垂らしてみたらダメかな……)

 

仮にも一軍の大将がなにをせせこましい事を、とか言われても困る

 

なにせ俺はこの数年、自戒を重ねて過ごしてきた訳で、いうなれば清貧生活が骨身に染み付いてしまっているのだ

これはなんというか、コンビニで普段普通の肉まんしか食ってないところで、特選肉まんにあんまんを買ってもいいかを悩む、あの心境に近い

 

(でもなあ…

 これから令則さんや仲業や徳に苦労させる訳だし、やっぱりダメだよなあ……)

 

俺の予測では彼女達の留任はほぼ確実だろうとは思うのだが、それでも無駄な苦労を俺のせいでさせる事になる訳で、今となっては非常に居心地の悪い気分を味わっている

せめて苦労を分かち合いたいと考えると、どうしても食くらいしかない訳で

 

(家畜資料に回す余裕がかなりある蕪と、人気がない蕎麦が主食かな、こうなると)

 

ちなみに蕎麦は麺状にしたものは民間では受けが悪く、蕎麦がきにして食されるのが一般的だ

麺類は俺が考えるようなコシや歯応えは“固くてゴリゴリしている”と感じられるらしい

味醤も大豆をはじめとした豆類の生産が軌道に乗ったことで漢中で一気に流行しはじめているのだが、やはり総生産量の問題からまだまだ高級品である

ここに、この時代の料理は湯、俺達でいうところのスープに味を付けるのではなく、湯に加える食材の食感や味で湯の味の違いを楽しむ、という通念があるため、尚更蕎麦が人気がなくなる、という訳だ

なので現在、蕎麦は一部の奇特な人間の食品であり、その大半は蒸留酒として加工されている

 

もり蕎麦を普及させることができれば、茹で汁まで無駄にならないという事が理解されてはいるので変わってくるとは思うんだけどね

 

(自業自得なんだが、俺泣きそう…)

 

 

まあ、こんな事を悩みながらぼーっとしていられるくらいの余裕がある訳で、この洛陽では俺は本当にやることがない

逆に他のみんなは結局政務から開放される事はなく、日々折衝やら後日に備えて奔走している

 

事実上謹慎処分の三人にも身体を動かす事は禁じていないので、日々鍛錬をしているようだ

 

と、日課ではあるのだが懿が俺のところにやってきた

 

「本日のご報告です」

 

「毎日ありがとう

 それで今日はどんな感じだい?」

 

「漢中での留任投票の概要が決まりました」

 

お?

思ったより早かったな

 

先を促す俺に懿が答える

 

「投票期間は公布より3日間、札は3種類となります

 否認、是認、減刑要求の3種です

 もっとも、減刑はあくまで期間の短縮のみで、最低でも半年はという線は譲っておりませんが」

 

まあ、理由を知っちゃった今となっては、それに強くは言えないんだよな…

なにせ俺のせいなんだし

 

「どうせ我が君も実刑期間中は普通の生活を望みはしないでしょうから、雑穀粥と蕪と蕎麦でその間は過ごしていただきます

 宴席もお嫌でしょうから、それらは私達で対処しますので」

 

困った人です、との呟きには頭を下げるしかない

 

「ご迷惑をおかけします…」

 

くすっと微笑って懿が続ける

 

「それに関しては諦めましたので

 それで、今後こちらに“正面から”交渉を行なってくる諸侯に関しては、普通に会談の席を設ける、という事で纏まりました」

 

「うん、それはいいんじゃないかな

 別に拒否する理由もないし」

 

のんびりと頷く俺に向かって懿が続ける

 

「現在予想されるのが、劉玄徳と馬孟起くらいなものですし、贈物を持参した場合は基本的に追い返して以降に席は設けない、という事で宜しいでしょうか」

 

「うん、それでいいと思うよ

 贈物は受け取ってしまうと面倒が増えるからね」

 

俺の言葉に頷いて、懿が着席する

今日はもう忙しくないって事か

 

俺はとっておきの蜜と茶を用意しながら彼女を碁に誘う事にする

 

「暇なら相手して欲しいんだけど、どうかな?」

 

「それは構いませんが、これで私が5連勝になりますね」

 

「うぐっ…

 こ、今度こそ俺が勝つ!

 だいたい、前回は半目差だったじゃないか!」

 

手加減してやったんだ、と言わんばかりに微笑む懿に俺は勝利を誓いながら用意を進める

後で令則さん達のところにも、お茶と蜜は持っていってもらうかな

 

こうして碁を打ちはじめようとしたところに、公祺さんがやってきた

 

「お楽しみのところ悪いんだけどね、お客さんだよ」

 

ふたり揃って『誰?』という顔でいると、疲れたような感じで公祺さんがぼやく

 

「なんでこうも重なるのかねえ

 劉玄徳と馬孟起、それに曹孟徳に孫伯符、あとは張伯輝

 計ったようにほぼ同時に、私達との会談をお望みだ」

 

 

もう客間までみんな来てるよ、と言い捨てて去っていく公祺さんを俺達は呆然と見送る

 

 

何かに祟られてんのか、俺

 

折角久しぶりに懿と過ごせると思ったのになあ…

 

 

ふと彼女を見ると、珍しくもぷくっと頬を膨らませている

 

なんとなくそれに癒されて、俺は彼女に告げる

 

「仕方ないから行くとしようか

 ちょっと残念だけどね」

 

 

頷いて席を立ち、車椅子を押してくれる彼女と共に、俺は客間に向かう事とする

 

 

さて、切り替えないといけないな


 
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