No.321660

外史異聞譚~反董卓連合篇・幕ノ二十一/虎牢関編~

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2011-10-21 14:22:00 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3194   閲覧ユーザー数:1762

≪虎牢関・仮設謁見所/馬孟起視点≫

 

色々とおかしいな、とは思うけど、あたしは別に不安には思っていなかった

 

元々引け目を感じる理由がないんだから当然だ

 

涼州の代表として、漢室への忠義をしっかりと示せばいい

結果として逆賊側に組してしまったのは事実なんだから、そこのところは言い訳をせずに陛下の沙汰を受け入れるべきだ

 

あたしはそう考えていた

 

事実、詮議の内容は特に考える必要もないことで、蒲公英もあたしの発言に特に注意をしてくることもなく、他の諸侯とほぼ同じ内容に終始していた

 

そうして詮議も終わろうかという時だ

 

「賈軍師、俺からもいくつか詮議をさせてもらって構わないだろうか」

 

そうゆっくりとした口調で詮議に割り込んできたのは、天の御使いとか言っていた上座の男だ

 

(ちくしょう、こいつさえいなければ涼州は普通に…)

 

あたしの右袖が引かれる

 

いかんいかん、顔に出てたみたいだ

 

後で聞いたら出てたどころか思い切り睨んでたらしいんだけど

 

これも後で思い返せばなんだけど、アイツは故意に声の抑揚を抑えわざとゆっくりと話してたみたいだ

あたしを苛立たせるためだったんだろうけど、それに見事にしてやられた形になる

 

「涼州を代表する君達に聞きたい事があるのだが構わないかな?」

 

「………なんでも聞けよ」

 

蒲公英が小声で「お姉さま!」と注意をしてくるが、あたしはまだコイツを認めてない

陛下の御前だから最低限の礼は守るけど、コイツに礼をとる必要はまだないからな

 

男はゆっくりと頷きながら、ぬるっとしたというかどろっとしたというか、そんな感じでその質問を口にした

 

「詮議の中にはなかったので聞きたいのだが、涼州は漢室への忠を立てるために諸侯に与した、と言っていたね?」

 

は?

それ最初に言っただろ?

あたしは既に明言したことでもあるので、コイツを馬鹿にしたように言う

 

「それはとっくに言ったと思うけど?

 聞いてなかったのか?」

 

男はあたしの言葉に頷きながら、抑揚のない声で質問を続ける

 

あたしがもう少し冷静だったら、この時点で一見笑っているように見えるコイツの目が全く笑っていないことに気付いたかも知れない

 

「お姉さまぁ!!」と引かれる袖も、目の前の不快感のおかげでか気にならない

 

「確かに立派な忠だよね

 連合に与したとはいえ戦場に出るのは拒み、陛下の心身に危険が及んでいると明確になった場合だけ戦場に出る、と言ったんだったね」

 

「そうだ!

 無礼かも知れないが、あたしら涼州から見ればこれは董相国と袁家の権力闘争にしか見えなかったからな!」

 

不快感も手伝い、あたしは思っていたことをそのまま口にする

 

涼州は漢室の臣であり、五胡に対する盾である

諸侯の権力闘争など知ったことではなく、その忠義は漢室にのみ向けられている

そう宣言したつもりだった

 

でも、この言葉に青ざめたのは董卓側ではなく諸侯の大半だったという事をあたしは知らなかった

 

あたしは気付かなかったのだ

この一言で必死で取り繕い、敢えて詮議で見逃されることで維持されていた諸侯の面目を潰してしまったことに

 

「えっと、あの!

 ち、違うんです

 涼州はそういうつもりじゃなくて…」

 

蒲公英が慌てたように割り込んできたところで、あたしは失言に気付いた

本来はこれで終わりになってもおかしくないあたしの失言を、男は笑顔で流しながら慌てる蒲公英を宥める

 

「いや、大丈夫だよ

 陛下への忠義のあまり、言葉が強くなっただけというのは皆が理解している

 この事で陛下は涼州を咎めたりしないさ」

 

その言葉に安心しそうになるあたしだったけど、珍しく真剣な目で蒲公英があたしの袖を再び引いてきた

 

「なんだよ?」

 

「お姉さまはもう黙ってて、何があっても喋っちゃダメ」

 

「そんな事できる訳…」

 

「いいから!!」

 

あたしにとっては本当の妹みたいなもんだけど、従妹の蒲公英があたしにここまで強くものを言ったことは今まで一度もない

 

あたしはその雰囲気と剣幕に押されるように力なく頷く

 

「あ、ああ…」

 

あたしのそんな様子に、蒲公英はむしろ瞳に力を込めて小さく握った拳を見せると、あの男に目を向けた

 

「大丈夫!

 お姉さまは、叔母様は!

 涼州は私が守ってみせるから!」

 

「お、おい、伯瞻……」

 

そしてあたしもあの男に目を向けて、そして気付いた

 

あたしは毒蛇に食われる寸前だったのを救われたんだって事に

 

穏やかな表情と裏腹に、ぬらりと光る悪意がその瞳にあることに

 

 

悔しいけど、あたしはバカだ

 

こんな戦いだったら、あたしは一合だって持たないだろう

 

だったら蒲公英を信頼して任せ、責任はあたしがとる

 

「ごめん、あとは…」

 

あたしの呟きに頷く従妹に、その震えている手を握ることであたしは伝える

 

言葉にはできなくても、涼州のみんなが蒲公英の味方だと

 

責任はすべてあたしがとる、と

 

 

あたしら涼州にとっての戦は、これからはじまる

≪虎牢関・仮設謁見所/馬伯瞻視点≫

 

ずっと感じていた不安と恐怖の正体がこんな事だったなんて私は思ってもいなかった

 

もう少し気付くのが遅れていたら手遅れだったと思う

 

いや、もう手遅れかも知れない

 

まさかこの詮議での相手の目的が私達涼州を焦点にした“弾劾裁判”にあるなんて誰が思うだろう?

 

こういうのもなんだけど、叔母様は漢室への忠義も篤く涼州諸侯の信義も高い

五胡が近年頻繁に襲ってくるようになった事もあり、その武徳も恐らくは諸侯随一だ

 

西涼の馬寿成と聞いて、官位がどうであれ立てて接しない人間などいない

 

そのくらいのものを今の涼州は持っている

 

逆にいうと、わざわざ喧嘩するよりせめて喧嘩にならない距離でいた方が絶対に得だ、そう漢室も含めて考えるはずのものを涼州と馬一族は持っている

 

だから私達は考えもしなかったんだ

 

目の前の男の目的が“涼州諸侯の失墜にある”と

 

そしてなんとなくだけど理解した

 

私達はノコノコとこの場に来た時点で、既に“詰んでいる”状態なんだ

 

多分この男は、涼州にこれから仕掛ける事をここにいる全ての諸侯にやることができる

 

どういった理由で涼州を当て馬にしたのかは知らないけれど、これは見せしめを兼ねた公開処刑だという事になる

 

 

………うわぁ、すっごい悪趣味

 

見た目はちょっといい男なのに、残念

 

 

とりあえず、感情が直接口から出ちゃう体育会系脳筋なお姉さまにはなんとか我慢してもらったし、少しは立て直さないとまずいよね

 

「続けても構わないかい?」

 

「あっ、はい!

 大丈夫です!」

 

いけないいけない、余計な事を考えてる余裕なんて今はないもんね

 

男は辣韮を向くようにゆっくりと、ひとつひとつ丁寧に質問をしてくる

 

それは基本的には涼州の立場を肯定し、私達を立てるものだ

お姉さまが失言をしてしまった質問だって、こちらが言葉を選べばごく普通のものだと思う

 

問題はこれは絶対に故意なんだけど、わざと平坦にぬらっとした感じの声で質問をしてくるので、我慢に我慢を重ねないと言葉を選べなくなってくるところ

質問の内容そのものよりも生理的な嫌悪感との戦いを強いられている、というところがとってもきつい

場が陛下の前での詮議ということもあって、神経が鑢で削られるような異常な負担と心労を強いられているのもとっても厳しい

 

お姉さまが手を握ってくれていなかったら、さすがに我慢できなかったかも…

 

逆にお姉さまは「蒲公英に任せたぞ!(ニカッ)」という、なんというか愛すべきおばさかんっぷりを発揮してくれてて、なんだかなあ…

まあ、それならそれで余計な事はしないだろうからいいんだけど、いいんだけどぉ………

 

「では、涼州諸侯は陛下を認めてくださる、という事でいいのかな?」

 

「はい

 何事もなかった以上、涼州は漢室に変わらぬ忠誠を誓わせていただきます」

 

叔母様、やっぱりこれ、私じゃきついよぉ…

かといって叔母様に無理はさせられないしぃ…

 

こんな事を考えられるくらいに単調になりがちだった質問に私も油断してた

 

まさかいきなりこんな質問が出るなんて思ってもいなかった

 

 

「では、天の御使いが漢室を支え導くものであると正式に認め、涼州もそれに従ってくれるのかな?」

 

 

………っ!!

 

ダメ、これは答えられない

 

どう答えてもこれはまずい

 

思わず周囲を見回せば、陛下に従って列席している文官武官は笑いを噛み殺し、背後にいる諸侯は苦渋半分安堵半分で私達を見ている

 

この質問の悪質なところは、漢室への忠を声高にすればするほど、それを肯定できないにも関わらず、陛下がお認めになっているという事実がある、という部分にある

 

普通に考えれば、諸侯連合に参加したとはいえ漢室への忠義と忠誠を示したのだから、陛下の言葉に否はない、と答えれば済むだろうと考えると思う

 

でも違うのだ

 

諸侯連合が董卓の専横を非難し漢室への忠義を示す、という建前を用いて発足した以上、たとえ陛下がお認めになったとしても“同格”ともとれる存在を諸侯連合は認めてしまってはいけないのだ

つまりこれは、董卓・天譴軍同盟が“私達を除く全ての諸侯”に故意にしてこなかった質問だという事になる

 

男はそれを十分に理解しているのだろう、諸侯に向かってはこう告げる

 

「諸侯の方々にはわざわざ肯定の言葉をあげてもらう必要はないよ

 否があるならその時は前に来てくれればそれでいい」

 

実質はそれぞれの思惑や欲に満ちてる諸侯連合だ

 

肯定の声をあげろと言われれば躊躇もするだろうけど、否定するなら前に出ろと言われてわざわざ前に出てくる諸侯がいるとも思えない

また、この言い方のいやらしいところは“否定にあたる言動をしなければ灰色の返答を認める”という事を言外に伝えている、という点にある

肯定の声はあげず、否定の声もあげないということは“消極的肯定”ということで、後日いくらでも言い逃れはきく

 

逆に肯定すればどうか

これはもう論外で、認めてしまえば天譴軍の言葉を陛下の勅と同格に扱わなければならなくなる

 

丁寧に執拗に涼州の漢室への忠義を入念に褒め称え明確にしたのは、この一言のためだったのだ

 

私も罠を仕掛けるのは大好きだけど、ここまで執拗かつ悪辣なものは考えた事もなかった

 

男は瞳の奥の悪意を強めて返答を迫る

 

「諸侯連合の中でも一際漢室への忠義に篤い涼州連合に聞くことで諸侯の意思の確認にもなると思ってね

 無理にとはいわないが答えてはもらえないだろうか?」

 

お姉さまに握ってもらっている掌に汗が滲む

 

私はお姉さまの手を強く握り締めて、目を瞑って唇を噛み締める

 

(お姉さま、叔母様、涼州のみんな、ごめんなさい……)

 

そんな時、お姉さまから私の掌を握りしめる力が強くなって、私は顔をあげる

 

そこには怒りに満ちたお姉さまの顔があった

 

 

「……っざけんなよ、この如何様詐欺師!!

 てめぇと陛下を同格なんてありえねえ!!

 巫山戯るのもいい加減にしやがれっ!!」

 

あ~あ、やっちゃった…

 

でも仕方ないか、こういう時に嘘がつけないまっすぐなのがお姉さまだもんね

 

叔母様は多分怒るだろうけど…

 

いや、珍しく褒めてくれるかな?

 

 

ま、やっちゃった以上仕方ないし、こうなったら涼州の気概と誇りをとことん見せつけてやって!

 

やっぱり我慢してるなんてお姉さまには似合わないしね!

≪虎牢関・仮設謁見所/北郷一刀視点≫

 

うん、まあまあ粘った方ではあるかな?

 

元々が詰碁だった訳で、基本的には粘れば粘るほど状況は悪化するようにこの会話は仕込んである

 

 

恐らくこれが劉備であれば“全面的に自分達の非を認める事”でこちらの追求を逃れただろう

こういった場において自身の保身を考慮せずにいる人間というのは非常に性質が悪い

そういう手合いは程々で開放しないと藪蛇となる場合が多いのだ

 

 

曹操であれば言葉を選び抜くため、こういう方向に話題をもっていかせないだろう

相手に応じて物事を灰色で済ませる事で身を護る術を曹操は心得ている

敢えて的にして舌戦を楽しみたい気持ちもなくはないが、そういう“遊び”は今回は必要がない

 

 

袁術は、気持ちいいくらい袁紹に全てを擦り付ける事でこの場を乗り切った

多分、こちらが言えば俺の足でも舐めただろう

ここまで徹底されると袁紹に哀れみさえ感じるのが不思議だ

 

 

孫策は多少気にはなったが、豪族の代表として従っている諸侯に追従したに過ぎないという立場を明確にしている

ここに列席したのは、恐らくは今後の独立を考えて俺達を見ておきたかったというところだと思われる

現時点で叩く理由が存在しない

 

 

公孫瓚に仕掛けさせたのは、いわば余興である

ここでの反応で劉備と公孫瓚の思惑がある程度知れるからだ

その結果、袁紹の武威に屈したのは事実ではあるが、建前と本音に差がなかったことも見えたという事で、この両者には他の諸侯に見られるような余計な欲はなかったと判断できる

 

 

そして涼州

これは今、馬超が御前であるにも関わらず暴発したことでその意識が知れる

明確になったのは、涼州は漢室への忠が高いが故に“天の御使い”という要素を認められずに諸侯連合に参加した、という事だ

ここで灰色の返答に終始する事ができる政治力があれば違ったのだろうが、どうにもそれを可能にするには忠義が篤く誇りも高いらしい

世に名高い馬寿成ならばここで言葉を選ぶ事で暗に俺の立場を否定しつつも漢室を立てるくらいの芸当はやってのけただろうが、正史に近い性質をもっているのだろう、馬超にそれは不可能なようだ

馬岱は経験があればやれそうではあるが、それにはあと5年はいりそうだ

 

 

まあ、俺としてはこの諸侯連合との謀略戦においては最大の副産物をおいしくいただける状態となったわけで、不満などあろうはずもない

 

怒りに肩を揺らし息を荒らげる馬超を見つめ、俺はもうひとつだけ尋ねることにする

 

「西の防衛の要である涼州諸侯は認めてはくれない、ということか

 なら君達はどうする?」

 

「そんなもん決まってるだろ!

 陛下の言葉なら従うが、お前らに従う理由はねえっていってんだよ!!」

 

無理強いをするなら一戦も辞さず

むしろ漢室に寄生する佞臣を除くいい機会だ

 

そう言わんばかりに気炎をあげる馬超に、俺は苦笑する

 

「そうか…

 なら俺の質問はここまでだ

 ありがとう賈軍師」

 

『へ……?』

 

馬超だけではない、諸侯の間からも気の抜けたような声があがる

 

ざっと見渡したところ、俺のこの対応に表情を引き締めた諸侯は曹操と孫策、周瑜に諸葛亮と龐統、そして張勲といったところだ

 

いや、恐いよね

俺が何を考えてるか、ある程度以上は理解したって事なんだからさ

 

賈文和達には予め、虎牢関での詮議では致命的となりうる言葉は“ここでは”出さないと伝えている

 

大義名分はもらえたのだ

 

後は熟成を待って収穫し賞味するのが嗜みというものだろう

 

 

賈文和が詮議の終了を宣言し、処分その他については洛陽にて上意下達される旨、そのため諸侯には洛陽にこのまま同行し、諸兵は帰路の護衛を残し即時領地に帰還させるべし、との意を伝えて解散となった

 

たかが数日だが、ここでどうなるかで諸侯の命運も決まるという事だ

 

 

さあ、存分に泳いでくれよ、錦馬超


 
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